ホンの旅 2009



 学生のころから読書カードを作っていましたが、今時の若者はあまり本を読まないということを聞き、こんなにも楽しいことをなぜしないのかという問いかけから掲載をはじめました。
 海野弘著『本を旅する』に、「自分の読書について語ることは、自分の書斎や書棚、いわば、自分の頭や心の内部をさらけ出すことだ。・・・・・自分を語ることをずっと控えてきた。恥ずかしいからであるし、そのような私的なことは読者の興味をひかないだろう、と思ったからだ。」と書かれていますが、私もそのように思っていました。しかし、活字離れが進む今だからこそ、本を読む楽しさを伝えたいと思うようになりました。
 そのあたりをお酌み取りいただき、お読みくださるようお願いいたします。



No.437『生きていくための短歌』

 奇しくも同じ月日に発行された新書だと読み終わったときにわかったのですが、どちらもいかに生きていくべきかを綴っているように思いました。もちろん、時代も年代も仕事もすべて違うのですが、その生き様には共通点がありそうだと感じたのです。
 この本は、神戸工業高等学校という夜間定時制に勤務している教師がまとめたもので、主役はあくまでもそこで学ぶ生徒たちです。たしかに短歌としての技巧も飾りもありませんが、その直球で投げつけてくる思いが強烈に伝わってきます。著者は、「単価を詠むという営みは、さながら、自分に向き合うことで、自己再生をはかる人間回復の作業である」と書いていますが、読んでいると本当にそう思います。
 現在、この夜間定時制高校は「不登校やひきこもり経験生徒、暴走族経験生徒やシンナー吸引生徒、荒れている生徒、リストカットや何らかの病気とたたかっている生徒、障害を持つ生徒、外国人や在日外国人生徒、中高年生徒などが人間の再生をかけて、また、人が人らしく生きたいと願い、人間の尊厳を取り戻す場所」になっているそうですが、まさにこの悩ましい現代を凝縮したように感じます。
 このような状況のなかで、たとえば、
 「夜学来て やっと分かった身に染みる 「普通の」「まともな」 どうでもいいや」 (伊藤 肇)
 たしかに、若いときには、普通のこととかありふれたことなどに対して強く拒絶し、自分なりの個性を際だたせたいと思っています。まともなことに対しても、ある種の反骨心を持っていて、自分こそはという一種の自尊心もあります。でも、現実の社会にもまれると、その普通のことがいかに有難いことなのかが分かってきます。やはり、夜間定時制に通いながら社会と関わる仕事をしているからこそ、見えてくるものがあります。それでも、
 「母が死に 父は失踪 兄と俺 夜学4年目 今生きている」 (古木晴久)
 という短歌には、生徒の育った家庭環境のすさまじさを感じます。彼の母は小学校4年のときに癌で亡くなったそうで、そのショックで父も変調をきたし、中学校2年のときに失踪、それからは生活の苦しさと二人三脚のような生活だったそうです。たしかに、今、こうして生きていることすらも、不思議なのかもしれません。
 また、神戸といえば、1995年1月17日午前5時46分に起こった大震災で未曾有の被害を受けたところで、そのなかでの苦しみや悲しみ、そして復旧・復興に関わることなども短歌に刻んでいます。たとえば、
 「駆けつける 友の住まいは 崩れ落ち 生き埋めの友に 我は無力」 (坂居 保)
 大工さんの彼は、この思いを抱きながら、復旧の作業に我を忘れるかのように関わったといいます。おそらく、言いようのない空しさを感じながらも、それを打ち消すかのような毎日の忙しさだったと思います。
 また、この学校を卒業した松山茂君は、その後も勤めた会社が倒産したり、リストラにあったり、コンビニでアルバイトしながら求職活動をしたりしながらも、「もうすぐ新時代の幕開けです。暗闇の中、私たちはきっと試されているのです。自らが光となりお互いの足元を照らし、支えあう優しさを分け合うことができるか。そこには、お金や、名誉、学歴は要りません。」と、卒業から5年経ったある日に訪ねて置いていった原稿に書かれていたといいます。
 ぜひ、今、悩みながら生きている中高生徒たちに読んでいただきたい1冊です。
(2009.12.23)

書名著者発行所発行日
生きていくための短歌(岩波ジュニア新書)南 悟岩波書店2009年11月20日

☆ Extract passages ☆

 @働きながら学ぶ学校であること。学校以外の仕事場の先輩や大人から、仕事や人間関係のあり方などを教えられ、人生を学ぶことができる。
 A多様な生徒が学んでいること。不登校やひきこもり経験生徒以外にも、暴走族やシンナー吸引生徒、荒れている生徒で鑑別所や少年院経験のある生徒、またリストカットや何らかの病気とたたかっている生徒、障害を持つ生徒、さらには外国人や在日外国人生徒、中高年生徒などです。実に様々な人々が、それぞれの挫折経験の中から、自分の居場所、人生のやり直しを求めて定時制高校で学んでいます。
 B一人ひとりの個性が尊重されること。服装や髪型などの決まりがないことなど、昼の学校に比べて校則などがゆるやかで、過ごしやすい。・・・・・・
 そして、これが一番大事な要素だと思うのですが、
 C生徒たちによる励ましや支えあう関係があるということ。生徒たちが様々な挫折経験を持っているからこそ、弱い立場の人たちへの思いやりがあり、他者への関わりや影響力も大きくなるのです。

(南 悟著 『生きていくための短歌』より)




No.436『鑑真』

 今年の11月1日、唐招提寺金堂の落慶法要が行われました。これは1998年に唐招提寺金堂保存修理専門委員会発足し、実際に2000年から解体修理がはじまり、そして9年の歳月をかけた一大事業でした。それが、11月3日午後7時55分よりTBS系列で「唐招提寺1200年の謎」として放映されました。金堂修理に使われた屋根瓦の約80%は新しく焼かれたもので、残りの20%の古瓦は東の屋根に集められているそうです。
 その番組を見て、さらにこの本を読み、鑑真和上の偉大さを改めて知りました。いままでは、どちらかというと、5度の渡航に失敗し、それでもあきらめず6度目にしてやっと来日した不屈の意志と、それらのことから盲目にまでなったという苦心談しか知らずにいました。しかし、受戒のためという漠然とした渡航目的の真の意義と、来日後の行動、そしてその後の日本仏教に対する影響など、知りたいことはたくさんありました。
 そういえば、テレビのなかでは鑑真なきあと、弟子の思託が金堂建設に旧用材を使いながらやっとなんとか建立したと描いていましたが、この本では、「『東征伝』に書かれた鑑真の唐での活動をみてもわかるように、高僧が貴族や金持ち、庶民から寄付を募って、寺や寺の境内の堂を建てることは珍しくなかったようです。公共事業ではなく、いわば民間活力の導入です。仏教が入って、たかだか200年ぐらいにしかならない日本との違いといえるでしょう。そういう風に見ると、唐招提寺の建立過程は、唐の寺院造営のやりかたに似ていることがわかります。鑑真とその弟子たちは、とくに切り詰めて節約しょうとしたのではなく、唐で行われていた通常の方法で、唐招提寺を建てようとしたのだと思います」と書いています。やはり、そのようなとらえ方のほうがすっきりとするようです。
 また、鑑真が日本に来るときに、あの西遊記でなじみ深い玄奘の『大唐西域記』を持ってきたというのも、自分の行動にすこしオーバーラップしていたのかもしれないと勝手に想像してしまいました。
 また、『父母恩重経』は中国で書かれたものとは知っていましたが、もともと仏教では出家、すなわち肉親の情を捨てて僧団に入ることですから、親に孝行を尽くすなどという教典はないはずです。この本では、「中国に広まった仏教では、伝統的な観念と妥協し、釈迦が説いたという偽の経典を作って、仏教も孝行をないがしろにしてはいないのだという教えが広められるようになりました。その代表が『父母恩重経』です。」とあり、なるほどと納得しました。
 ですから、ところどころに中国の仏教と日本の仏教の違いなどが垣間見え、興味深く読むことができました。
 ぜひ、多くの方々にもお読みいただきたい1冊です。
(2009.12.19)

書名著者発行所発行日
鑑真(岩波新書)東野治之岩波書店2009年11月20日

☆ Extract passages ☆

唐招提寺の「唐」は、この寺を「唐寺」とか「大唐寺」という例もあるように、唐僧たちが多く住んだことから付いているので、中心は「招提」にあります。ですから「招提寺」も、この寺の正式な寺名として、よく使われます。・・・・・・「招提」は、本来、梵語のチャトルデイシャを漢字に移して「柘闘提奢」といい、それを少し誤って二字につづめた語です。意味は、各地から集まった僧たちの住む所ということです。つまり僧たちに、衣食を提供する施設でした。中国にも、これに先立って「招提寺」と名づけた寺が建てられていますが、たとえば6世紀、南朝の梁で建てられた招提寺の場合は、その趣旨が「十方僧の為め、招提寺を建立す」と記されています。

(東野治之著 『鑑真』より)




No.435 『書く----言葉・文字・書』

 2冊続けて中公新書を読みましたが、『ヒマラヤ世界』が自然科学系なら、この『書く----言葉・文字・書』は文化系のいわば芸術に近いものだと思います。では、書は芸術かといわれればすぐには納得できない部分もありますが、たとえば今年の9月に訪ねた「良寛記念館」に展示されていた良寛の書は、芸術というより生活臭さを感じました。もちろん、良い意味での解釈ですが、良寛さんの優しさとか人間くささとか、やはりお坊さんの書かれたものだと強く思いました。
 そういえば、この本で著者の立場は、「書はけっして美術ではない。書は書なのである」と言い切っています。たしかに、書は言葉の一つの表現ですが、美術館などを巡ってみると、これは芸術ではないかと思われるような書もあります。やはり、書は、あくまでも書なのかもしれません。
 では、書とは何かといえば、著者は下に抜き書きしたような感覚で捉えているようです。ぜひ、この文章を何度も読み、その意味を考えてみれば、自ずと理解できるのではないかと思います。
 おもしろいと思ったのは、筆に関してのところです。「毛筆という絶妙の、最も古くて最も進んだ筆記具が、紙に触れて、その跡を残していく。なぜ筆が最も進んだ筆記具であるかと言えば、あらゆる筆記具が筆の中に含まれているからだ。ペン、刷毛、へら、鉛筆、烏口、ミリペン、針などのように筆を使うことができるが、その道は必ずしも可能ではない。筆でミリペンのような表現はできるが、ミリペンで筆のような表現はできない。筆では、数千本から数万本の毛が、紙と接触して、一本一本いつも複雑微妙に動いている。これが書を書いているときの姿であり、筆蝕の元になるものである。この筆蝕に導かれて文は生まれる。」と書いています。
 たしかに、そう言われれば、筆は万能の筆記具のような気がしてきました。
(2009.12.14)

書名著者発行所発行日
書く----言葉・文字・書(中公新書)石川九楊中央公論新社2009年9月25日

☆ Extract passages ☆

 尖筆が対象(紙だけではなくて、紙の乗っている机なども含めて考える)と接触し、摩擦し、離脱する。和語で言えば、出会い、触れあい、わかれる。この出来事が書と書字の始まりであり、終わりである。書は何かということを考えるとき、筆先が紙に触れ、紙と筆とのあいだに演じられる力と動きを思い浮かべればよい。筆先と紙が触れた接触、つまり接触点がすべての始まりであるとイメージできれば、書と書字の問題は解ける。・・・・・・
 「触れる」現場は、人間の側でもなければ、脳でもない。筆先が紙に触れている接点にある。すべての力の源泉がここにある。それゆえ、書き手はすべての意識をこの部分の接触のしかた、摩擦のしかた、決別のしかたに、集中させ、同化する。ここに書が生まれる。

(石川九楊著 『書く----言葉・文字・書』より)




No.434 『ヒマラヤ世界』

 ちょうど2000年からネパールやインドに行くようになりましたが、行くたびに、その変化に驚かされます。私自身もカメラはフィルムを使っていましたし、携帯電話も持っていませんでした。しかし、今ではネパールの人たちもデジタルカメラや携帯電話を使っていますし、インドなどではIT産業に関わる人たちが急速に富裕層の仲間入りをしています。たしかに、ネパールの山の中で、携帯電話が使えると便利ですし、あるときなどは緊急連絡があり、翌日に日本に帰らなければならず、そのようなときにはとてもありがたく感じました。
 そういえば、向さんご夫妻の『カラー版トレッキング in ヒマラヤ』を読んだことがありますが、自分がヒマラヤを歩くときの参考になりましたが、今もその当時のままの部分と、大きく様変わりした部分とがあるように思います。たとえば、著者も書いていますが、「世の中、何もかも杓子定規でなくてもよい。理屈や科学とやらで割り切ってしまう必要はない。自然の驚異、不思議さにしても、マクロレンズや超望遠レンズで徴に入り細をうがって何もかもさらけ出されてしまっては世の中が味気なくなる。人間の想像力が枯渇してしまう。ヒマラヤはまだまだ、ふところが深い。もやもやとしたものがある。隠遁できる自然がある。イエティ話は健在である」ことなどは、今でもそのような世界がヒマラヤだと思います。
 この本は、第1部が「ニム・マガールとの旅」で、ガイドのニム・マガールさんとエベレストの麓を歩いたときのことが中心に描かれています。また、第2部「ラクパ・シェルパとの旅」では、ガイドのラクパ・シェルパとシェルパ族の故郷ナムチェからターメなどを歩きながら水力発電のことなどに触れています。さらに第3部「ヒンドゥスタン平野」で、お釈迦さまの生まれたルンビニからインドへ、そしてバングラデシュまで水との関わりで書き進めています。
 それぞれにヒマラヤ諸国の今を考えさせられるテーマですので、ヒマラヤに興味のある方は、ぜひお読みいただければと思います。
 下に抜き書きしたことは、私自身の少ない経験でも、そう思います。秘境に入ると、ヒゲをそらない、いやそんなヒマはないという人もいますが、精神的にダウンしていまう方が多いようです。要は、毎日の生活でも秘境での生活でも、同じだということです。
(2009.12.10)

書名著者発行所発行日
ヒマラヤ世界(中公新書)向 一陽中央公論新社2009年10月25日

☆ Extract passages ☆

 シェルパの人たちは身ぎれいだ。着ているものは洗いざらしでも、よく見ると汚れは少ない。居間も台所も家の周りも、いつもこぎれいだ。厳しい環境下では努めて清潔な生活習慣をつけないと生き抜けないという真理を先祖代々、長い民族移動の過程で悟ってきたからではないかと考えることがある。これは自分のこれまでの探検と僻地体験を通じて得た悟りである。
 髪もじゃ、ひげもじゃ、身だしなみ無視の一見「探検家風」は、厳しい野外生活が続くと真っ先にダウンする。病気や虫の標的になる。疲れがたまってくると万事、面倒になるものだが、面倒でも毎日、体を洗い、服も洗い、できるだけきちんとした身だしなみを続けていないと精神面でも長持ちしない。厳しい状況を乗り切れない。

(向 一陽著 『ヒマラヤ世界』より)




No.433 『わたしは、なぜタダで70日間世界一周できたのか?』

 著者名の伊藤春香のあとにカッコがあり、はあちゅうと書かれていました。最初は何なんだろうかと思いましたが、「はじめに」のところに、あだなだと書かれていました。それもちょっと意外ですが、この本そのものも普通の女子大生が自分の卒業旅行にスポンサーをつけて、タダで世界一周旅行をしたときの記録なんだそうです。
 そう思って読み始めましたが、タダ旅行というのも大変なことだとわかりました。それはそうです。昔からタダほど高ものはないといいますし、なんの拘束もなしに援助してくれるわけもなし、それなりの見返りを求めてくるのは当然です。もちろん、著者は、それなりの覚悟もし、自らその企画を持って企業まわりをして援助してくれるよう頼み込んだのですから、スゴイものです。
 結果的には、本の最後に協賛してくれた企業名が17社さらには匿名企業が8社、さらには個人協賛の方という項目もありました。それだけの方々に後押しされれば、それなりの責任もあり、それがプレッシャーになったかもしれません。しかし、22歳という若さがそれらをはねのけたようです。
 そういえば、「賛否両論あるかもしれないが、私は夢をかなえたいときはとにかく人に言いまくることが大事だと思っている。日本人的には「不言実行」よろしく、あまり周りにアピールせずに着々と行動するほうが品がよいのかもしれない。けれど、私にはそのガッツがない。周りにさんざん「やりますやります!!」と宣言して、自分を追い込まないと行動できないタイプなのだ」と書いていますが、これだって、もしできなくても若いということで許してもらえるような気がします。
 久しぶりに旅行記みたいなものを読みましたが、一般的な旅行記より企画やブログなどの意外性があり、楽しく読むことができました。もし、もっと軽いパソコンでもできれば、私も旅をしながらブログに書き込みなどをしてみたいと思いました。
(2009.12.05)

書名著者発行所発行日
わたしは、なぜタダで70日間世界一周できたのか?伊藤春香ポプラ社2009年8月31日

☆ Extract passages ☆

あるアンティークのお店にいたおじさんはとても変わり者だった。本当は裕福で、いろいろなビジネスを世界中でやっているのに、趣味で売れないアンティーク屋もずっと続けているのだという。・・・・・・
 経験値の豊かな彼の口から発せられる言葉は、私の胸に鋭く刺さった。たとえばこんな言葉。
「人生で大切なのは、日常を正しくこなすことではなくで、たまにその日常の外でいろいろなものを吸収すること。そうするとルーティンもより充実するからね。日本人はルーティンをこなすことが大事だと思ってるでしょ?でも恐れないで、そのルーティンの外に出ていくことで人生って全然変わるんだよ」

(伊藤春香著 『わたしは、なぜタダで70日間世界一周できたのか?』より)




No.432 『日本の難点』

 今の時代は、何が正しくて何が正しくないのか、というはっきりした回答ができない時代のようです。著者も、現代とは「社会の底が抜けた時代」と表現しています。つまり、相対主義の時代が終わり、すべての協会があやふやで恣意的(デタラメ)な時代となっているようです。ということは、この時代をしっかりと見据え、それと関わり合いながら、生きていくのに必要な「評価の物差し」を見つけていかなければならないのです。この評価の物差し」がないから、ますます混迷を深めていってしまうのです。
 著者は、社会学者であり評論家でもあり、援助交際をする少女たちのことを書いた本もあり、幅広い活動をしているようです。現在は首都大学東京教授で、歯に衣着せぬ言論は、ときどき物議を醸し出しますが、言いたくても言えない立場の人からみれば、まさに拍手喝采です。そういう思いで読むと、たしかに過激な内容を含んでいます。
 たしかに、言おうとしていることはわかりますが、著者の個人的思いが強ければ強いほど、論点がかみ合わない場合もあります。自分ではこう考えると言ってみても、それが一般的な同意を得た解釈ではないときもあります。そうすれば、最初の出だしから食い違うのは当然です。
 一通り読み終えて、とても幅広いものの見方をすると思いました。随所に、なるほどと納得する内容もありました。この日本には、多くの難点があることも理解できます。では、とうすればいいのか。
 来年は「寅」年です。この寅という文字は、人間が曲がった矢を直そうとしている姿からつくられたといいます。やはり、ときどきは曲がっている部分を直すということも大切なことで、正しいことと間違っていることなどの判断基準も問い直す必要があります。そうでなければ、何が正しくて何が間違っているかの判断すらできません。
 来年は、少し正義感を持って、言動を一致させたいものです。
(2009.12.01)

書名著者発行所発行日
日本の難点(幻冬舎新書)宮台真司集英社2009年4月15日

☆ Extract passages ☆

米国からの要求に応じるがままにすれば、日本の(生活世界)の、相互扶助で調達されていた便益が、流通業という(システム)にすっかり置き換えられてしまうことも、予想できたことでした。
 (システム)の全域化によって(生活世界)が空洞化すれば、個人は全くの剥き出しで(システム)に晒されるようになります。「善意&自発性」優位のコミュニケーション領域から「役割&マニュアル」優位のコミュニケーション領域へと、すっかり押し出されてしまうことになります。
 物理的空間に拘束された人間関係は意味をなくし、多様に開かれた情報空間を代わりに頼りにするようになります。それまでの家族や地域や職場の関係から何かを調達するよりも、インターネットと宅配サービスで何もかも調達するようになります。その結果、何が起こるのでしょうか。
 答えは簡単。社会が包摂性を失うのです。経済が回るときには社会も回るように見えますが、経済が回らなくなると個人が直撃されるようになります。なぜなら、経済的につまずいても家族や地域の自立的な(=行政を頼らない)相互扶助が個人を支援してくれる社会が、薄っぺらくなるからです。

(宮台真司著 『日本の難点』より)




No.431 『そのときはそのとき 楽老抄W』

 いろんなところに書いた短い文章をまとめた本で、最後に『古典・女のよもやま咄』ということで、河内厚郎さんとの対談が載っています。
 やはり著者の話をおもしろく、日常生活そのものも小説にできそうです。しかも、2008年には文化勲章を受章しているのですから、すごいものです。
 こてこての大阪弁で書いている部分も多く、関西人の生活がにじみ出ています。その一つに、「せいてせかん」というのがあるらしく、今の大阪の若者たちも使わなくなった言葉だそうで、下に抜き書きしてみました。これを読むと、たしかにフシギな言葉ですが、ある意味、生活の知恵みたいなものだと感じました。
 そういえば、『古典・女のよもやま咄』のなかで、自分が『源氏物語』を現代語訳したときの思いを書いていますが、『私は、王朝時代の人々が『源氏物語』を自由に楽しんで読み取ったらこんなふうかなと、古い日本のみやびやかな言葉を探しつつ、現代感覚の新しい『源氏物語』を書こうと思いましたから、現代人に冗漫と思われる長々しい説明は簡略にするという作業もおそれませんでした。紫式部はきっと恕してくれると思ったんです。千年後の読者にも理解できるように、原典の簡潔すぎてわかりにくい部分を補填し、行間の無言の言葉を拾いあつめ、つづり合せるという作業をー。』心懸けたそうです。そういえば、昨年は『源氏物語』千年という区切りのいい年で、関連の本がたくさん出版されました。私も、『源氏物語』を読む講座に参加しました。
 そこで思ったのですが、主人公の光源氏は、一般に考えられているようななよなよとした性格ではなく、政治家として百戦錬磨の戦いをしているわけです。ただ、著者も指摘しているように、『源氏は女性のよいところを瞬時に見抜き、その人が褒めてほしいと思うところを褒めるのですよ。誰も言ってくれない、誰も見てくれなかった、そんな女どころを、光源氏ほどの人が、上手な言葉で「あなたは本当にこうこうですね」と言ったら、感動しない女性がいるでしょうか。この女性は何を誇りにしたがっているか、すぐに見抜くのですから、みんな自分の人生に光源氏の言葉を持って帰りたいと思うでしょう』。
 だから、もてるわけです。
 だからこそ、『源氏物語』が千年も読み継がれているわけではないでしょうが、学ぶべきところがたくさん隠されているような気がします。
 たとえば、「源氏は歳を重ねるにつれて、人間がどんどん大きくなっていくんですよ。人に対する理解が深まっていき、人を責めなくなっていくんです。どんな人にも過ちを犯す権利があるという考え方ですね」という解説を聞き、なるほどと納得しました。歳をとるとダメになるのではなく、人として円熟していく、大きくなる、それが大事だと思いました。
 それと、『源氏物語』を読んでいておもしろいのは、自然の四季の描写、草花や木々などについても随所に取り入れられ、衣装や香の種類まで四季との兼ね合いがあり、とても季節感があります。茶道もそうですが、この四季の変化の取り合わせが日本文化のおもしろさにつながっています。
 だから、『源氏物語』はおもしろいんですよ。
(2009.11.28)

書名著者発行所発行日
そのときはそのとき 楽老抄W田辺聖子集英社2009年6月10日

☆ Extract passages ☆

 何かを依頼する、あるいは心くばりを期待することがある。これは、命令ではなく、相手の好意を待望するのであるから、(相ねがわくは)という願望がある。それゆえ、あることをしてもらう、きいてもらう、それもできるかぎりすみやかに、と実は、急いている。しかし、ぶっちゃけて、それを言っちゃおしまいよ・・・・・・という事情があり、それゆえ、(せいてるようで、せいてはおりませんが、相なるべくは、せいて下さると、誠にありがたいのですが)という含みをもたらす。
 「せいてせかん話やけど、例のアレ、お願いします」
 なんていわれると、聞き手は、(あ、そうか、急を要する依頼なんだな)と、ピンとくるのである。これをやられると、むきつけに〈急いでくれ〉といわれるより、緊張してしまう、という、ふしぎな言葉である。

(田辺聖子著 『そのときはそのとき 楽老抄W』より)




No.430 『脳で旅する日本のクオリア』

 著者は、NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』でキャスターを務めているのでご存じの方も多いかと思いますが、脳科学や認知科学などを専門にしているそうです。よくテレビなどでも「クオリア」の話しをされていますが、この「クオリア」ってそもそも何なんだろうと思い読み始めました。
 もともと、この本は、雑誌『和樂』に連載された「日本のクオリアを旅する」に書き綴った文章を一部修正や加筆をしたものだそうで、行き先その他は編集者でライターの橋本麻里さんが選定されたと書かれていました。
 そもそもクオリアとは、この本では、『時は過ぎ、還らない。振り返ることすらできない「心理的現在」が、サヨウナラを言いながら私たちの魂に残していくかすかな痛みと甘美な残響。それがクオリアである。』と表現しています。たしかに通常の科学という枠組みからはみ出したような記述で、とてもすっきりわかるというものではありません。それでも、何となく感じられるというか、もしかするとそういうものかもしれない、という範囲内での理解でしかありません。
 そういえば、よくテレビでいう「アハ体験」などということも、わかった瞬間に頭がよくなる体験であるとしているようですが、これも何となくわかったようなわからないようなものです。
 つい先日、11月10日に東京国税局から3億数千万円の申告漏れを指摘されていたことが分かったそうですが、その弁明も自分で申告作業をしていたため忙しかったからできなかったそうです。
 もちろん、書いてあることとその著者の言動は必ずしも一致しなくてもいいのでしょうが、でも、読者としてはなんらかの同一性は求めるでしょう。
 あるページに、『カナダの森では、倒木は森の看護をする「ナース・ウッド」と呼ばれるのだという。・・・・・・森の中で根を生やし、思い切り丈を伸ばし、光を受けて葉を繁らせる。そのような「生涯」の果てにナース・ウッドとなって大地に還っていく。そんな樹木の生涯に比べて、お前の人生はどうか。』と書いていますが、聞いてみたいものです、
 まあ、それにしても、たいへん興味深い著者の一人であることには間違いありません。
(2009.11.25)

書名著者発行所発行日
脳で旅する日本のクオリア茂木健一郎小学館2009年7月13

☆ Extract passages ☆

 日本人は好奇心にあふれていて、外から入ってくるものをどんどん取り入れる。今日においても、東京ほど、世界各国の料理が楽しめる都市は世界的に例を見ない。一神教を奉じることなく、「八百万の神」がおわしますという日本の世界観は、異質なこと、新しいものに対して寛容だと言われてきた。しばしば指摘されるように、結婚式はキリスト教の教会で行い、元旦には近所の神社に初詣に行き、葬礼は仏教でという日本人の行動は、一つの信仰体系内部の整合性を重視する文化に属する人から見れば、「支離滅裂」にさえ見える。しかし、私たち日本人の生活実感から見れば、それほど不自然なことをやっているようにも感じられない。
 好奇心を刺激するもの、生活に便利なものならば、世界のどの文化圏に由来するものでも、食欲なまでに取り入れようとする日本。その一方で、極めて保守的で、頑ななまでに変わらない「芯」のようなものがある。その「芯」を見きわめないと日本のことはわからないとある時期から気づき始めた。「ここまで」という領域を越えると、頑ななまでに侵入を拒む。あるいは、時には原型を留めないまでに、自分たちの流儀に変えてしまう。それが、「日本」という文化のあり方である。

(茂木健一郎著 『脳で旅する日本のクオリア』より)




No.429 『ものごとに動じない人の習慣術』

 今週は大切なお祭りがあり、その準備で本を読む時間がありませんでした。まあ、考えてみれば、目をしばらく休めることもできましたし、お酒を飲まない休肝日と同じように休読書日を持てたような気持ちです。
 でも、これも禁断症状の一つなのか、19日に終わるやいなや、一気にこの『ものごとに動じない人の習慣術』を読んでしまいました。
 ところで、昔は聖人は1日に3回反省するといいましたが、今の脳生理学で考えてみると、あまりいいことではないといいます。この本でも紹介されていますが、『記憶はとりあえず、短期記憶として脳の海馬にストックされ、睡眠中に整理され、ファイルに分けられ、ファイルごとに長期保存がかけられるのである。だから、寝る前に反省すると、結果的にその失敗の苦い味は、長期保存されてしまうのである。第一、疲れた脳で問題点の洗い直しをしたところで、ろくな考えが浮かぶはずがない。夜はできるだけいい気分になって、上質の睡眠をとるようにしたほうがずっといいのだ。精神科の医師であり、すぐれたエッセイストでもあった斎藤茂太さんは、毎日、「ああ、今日もいい一日だった」とつぶやいてから、目をつぶることを習慣にしていらしたそうだ。』ということです。
 これは、たしかにそうだと思います。脳って、意外と都合のいいもので、自分の都合のいいようにしか記憶に残さないようです。だとすれば、さらにいい記憶だけ残すように工夫すれば、いい人生だったと思いながら生きていられますし、死ぬときだって、そう思いながら死ねれば本望です。
 下に抜き書きしましたが、「いいかげん」という言葉のなかに「湯」を入れれば、「いい湯かげん」という言葉になり、毎日温泉に入っている我が身にしてみれば、これほどいい気分のものはありません。ぬるければ湯冷めしてしまいますし、熱ければ長湯はできません。いい湯加減だからこそ、温泉を楽しむことができるわけです。
 これからは、この「いいかげん」も毛嫌いせずに、加減しながらゆっくりと歩いていきたいと思います。
(2009.11.20)

書名著者発行所発行日
ものごとに動じない人の習慣術(KAWADE夢新書)菅原 圭河出書房新社2008年12月5日

☆ Extract passages ☆

 いいかげんというと、なんだか妥協の産物のような印象があるが、けっしてそうではない。適度にゆるさもあるいいかげんこそ、最高によいかげんなのである。
 そんなよいかげんのなかで、あせることなく、いらだつことなく、生きていく。その呼吸を身につけてしまえば、あとはなんでも、どんとこい。アップダウンの人生を、かえって楽しみながら、それでもすこしずつ上昇していく。そんな最高の生き方がちゃんと実現されていくはずだ。

(菅原 圭著 『ものごとに動じない人の習慣術』より)




No.428 『長寿の研究』

 今年、一つの大きな節目なので、なんとなく健康とか寿命というのに目が行きます。それでこの本を手に取ったのですが、長寿にはなにかそのための要件みたいなものがないかと思ったわけです。読んでいて、やはり、そのようなものはない、と思いました。でも、ある程度はこのようにしたらいいのではないか、というものはあるようです。でも、それだって、ありきたりのことしか書かれてはいませんでした。
 その「長寿の要件をさぐる」の1節を下に抜き書きするので、読んでみてください。持って生まれた体質といわれれば、これは今更どうしようもないことですし、生活環境でも、変えられるものばかりではありません。また、性格だって、「スズメ百まで踊り忘れず」ですから、なかなか難しいものがあります。
 と、考えていくと、長寿には長寿になるわけはありますが、みんなが皆、そうできるかといえば難しいと思います。
 でも、しかし、少しでもそれを見習い、ちょっとでも、近づこうとする努力はできそうです。たとえば、認知症の予防ですが、「現在のところ、認知症は生活習慣病のひとつとして考えられているので、アンチエイジング食品を摂取したり、適当な運動をおこなうこと、心の安定を保つこと、生活リズム、ことに睡眠リズムを乱さないこと、生活のなかでものを考える、つくる作業、読み書きなど、脳機能を賦活維持するようなことなどを実行することが、予防につながると考えられている。」といいますから、心当たりの方はぜひ実行してみてください。
 では、人間って、はたして何歳まで生きられるかといえば、よく書かれていることに120歳説があります。でも、これにはまったく根拠がないとこの本には書かれてありました。
 むしろ、「生きている」ことより、「生きていく」ことにこそ意味があり、そのための長寿です。よりよく生きていくためには、なにが必要か、それらを考えることも必要ではないかと思いました。
(2009.11.14)

書名著者発行所発行日
長寿の研究(岩波新書)祖父江逸郎岩波書店2009年9月18日

☆ Extract passages ☆

 百寿者の家系には長寿者が多い。百寿者では、動脈硬化、アルツハイマー型認知症の危険因子が少ない、がんなど悪性腫瘍に関する遺伝子が少ないなど、家系調査結果の研究では、疾病の発生しにくい体質をもっていることがわかってきた。
 生活環境としては、農村が多い。出産順位では長男・長女が比較的多く、学歴は高い傾向がある。職業は農業が多いが、教員、会社経営など知的職業も少なくない。なんらかの趣味をもった人が多い。アルコールを飲む人はいるが、喫煙はしない。食事は三食を規則正しくとっている人が大半である。食事内容にも注意をはらい、適宜な運動・休養をとっている人が多い。昼寝をしている人が多く、睡眠は12時間以上におよぶ。経済的には多くは恵まれている。
 性格としては、意志が強い、好奇心に富む、仕事熱心など執着性性格が特徴的であり、明るい、ほがらか、親しみやすいなどの側面もある。
 体質については、体温が低い、血中インスリン値が低い、DHEA-S値(デヒドロエビアンドロステロン・サルフェート値)が高い。

(祖父江逸郎著 『長寿の研究』より)




No.427 『「人望」の研究』

 この人望というのは、なかなかつかみにくい言葉の一つです。何にをもって人望があるというのか、あるいは、何が欠けるから人望がないというのか、その見極めが難しいものです。だからこそ、このような本が出てくるのかもしれません。
 この本のなかで、『「人望」というのは、「あの人ならついていける」、あるいは、「あの人のためならがんばりたい」と思わせる何かがそこにあるということだろう。一番わかりやすいのは、本当に 部下のためを思ったり、部下のために命を投げ出すこともできるだけの度量があるかないかであろう。部下やまわりの人にやらせ、自分は何もしないでは、「人望」はついてこない。その点、昔からの言葉ではあるが、「率先垂範」は、「人望」にとって、キーワードになる。』とありますが、下に抜き書きした上杉鷹山は、たしかに「率先垂範」の殿さまでした。誰がただ言うだけの殿さまに従うでしょうか。殿さまやその家族が率先して倹約をしているから、みんなも従うのです。
 でも、それだけで人望が生まれるわけではなく、たとえば、人の話しを聞くなどというのも大事なことです。この本で知ったことですが、『「人の意見に耳を傾ける」などというとき、ここに書いたように、「意見」と書かれるのがふつうである。ところが、中世・近世では「異見」と書いた。この方が意味からすると正しい漢字といえる。』とあり、いわれてみれば、まったくその通りです。人の「異見」を聞き、率直に自己を反省することができれば、当然人望にもつながります。
 これら、数々の人望のキーワードを、歴史上の人々を例に出しながら、なぜ人望があったのか、あるいはなぜ人望がなかったのかを対比させながら論じています。
 まさに、「人望」の研究です。
 今の時代はとくに個人主義が中心で、人のためになにかをするという方は少なくなってきています。でも、こんな時代だからこそ、必要なのが「人望」です。自分さえ良ければ他の人はどうなってもいい、なんて世の中は困ったものです。まさに無節操な時代だからこそ、「人望」のあるリーダーが求められているように思えるのです。
(2009.11.10)

書名著者発行所発行日
「人望」の研究(ちくま新書)小和田哲男筑摩書房2001年8月20日

☆ Extract passages ☆

 鷹山の施策として注目される一つは節倹である。もっとも、節倹は財政難に陥ったどこの藩でも取りくんでいることで、とりたてて米沢藩の場合が目新しいというわけではない。・・・・・・他藩で節倹が徹底しなかったのは、家中の侍や領民に節倹を命じておきながら、殿様とその家族は特別扱いされているケースが多かったからである。・・・・・・その点、鷹山はちがっていた。食事は一汁一菜であり、衣料も木綿で通していた。経費の節約を率先して励行していたからこそ、米沢藩の節倹政策は功を奏したのである。
 注目される施策のもう一つは農村復興であった。鷹山は、大規模な開墾によって新田をふやし、米の生産量をあげることで財政の好転をはかろうとし、奉行の竹俣当綱を新田開発の責任者に任じ、大規模プロジェクトをスタートさせている。そして、このような場合、ふつうは現場の責任者にすべてをまかせてしまうことになるが、鷹山はちがっていた。何と、自ら現場に足を運び、鷹山本人も鍬をふるっているのである。

(小和田哲男著 『「人望」の研究』より)




No.426 『表現する仕事がしたい』

 「表現する仕事」といえば、まず代表的な仕事は、音楽家とか作家、あるいは映画監督とか、いろいろな職業が思い出されます。でも、この本を手に取った主な理由は、写真家という仕事に興味を持ったからです。
 でも、写真家の一人として丸田祥三さんが書いていますが、この方は、写真家になるというより、写真家になってしまったという人です。5歳の頃からカメラを持ち、小学校に入ると自分の近くの廃止された都電や線路など、廃線や廃墟などのすでに見捨てられたようなものばかり撮っていたといいます。ですから、プロになった今でも、中学2年生のときに撮った街の写真を使ったりしているそうです。
 題名が「無理解と対峙し続ける、ということ」とありますが、その小中学生のときから「何十年も経って、豊かなことが当然になったら、やっぱり過去をキチンと捉えかえそう、という人が増えてくる」と思っていたそうです。
 たしかに、写真は過去にさかのぼって撮るということはできません。だからこそ、今の一瞬を写真として残す意義があるのです。
 これも、やはり、一つの表現に違いはありません。
 このような表現者、13人が、10代や20代でどんなことに悩み、こだわって「この道」を選んだのか、それをざっくばらんに語っているのがこの本です。
 私のようにすでに終盤にさしかかっている人には関心がなさそうですが、この表現という言葉にある種のあこがれを持っています。一流の人たちが、どのように表現することにこだわっているのかを知ることは、むしろ興味のあることで、読んでいても楽しいものです。
(2009.11.07)

書名著者発行所発行日
表現する仕事がしたい(岩波ジュニア新書)岩波書店編集部編岩波書店2009年6月19日

☆ Extract passages ☆

 「表現する」からには「表現したい」ことが当然あるはずです。今まで生きてきて思ったいろんなこと。美しいと思った景色、心がほんわり温かくなった言葉。思い出しただけで涙がにじんでくるような哀しい出来事。人に伝えたいと思うこと、そして怒り。
 どうでしょうか、今自分の心を開いてページをめくっていくと、そんな感情が次々に浮かんでくるのではないでしょうか。
 でも、その感情をそのまま日記のように文章にしたり、漫画のキャラクターに言わせてみたりしただけでは、「表現した」で終わってしまいます。それを「仕事」にするためにはその先へ進むことが必要です。
 「仕事」というのは、それで人様からお金を出してもらって生活をする術です。自分の「想い」を表現して、人にお金を払ってもらうのですから「こんなのだったら自分でもできるよ」と、見た人に思わせるようなものでは通用しません。誰もが持つ心の動きを、誰も見たことのなかった形で表現することが必要なのです。(漫画家 : 安野モヨコ)

(岩波書店編集部編 『表現する仕事がしたい』より)




No.425 『名詩の絵本』

 『眠れる旅人』を読み、やはり、詩っていいなぁ、と思いました。だから、この本を選びました。装丁も絵本らしくかわいくて、なんか、夢のあるような本でした。
 読み始めると、やはり、名詩といわれるにふさわしい詩の数々が載っていました。今では頭の隅っこに残っていたかのような、学校の教科書で習ったようなものまでありました。
 たとえば、高村光太郎の「レモン哀歌」や萩原朔太郎の「旅上」、そしてポール・ヴェルレーヌの上田敏訳の「落葉」など、ほんとうに懐かしく思い出しました。なかでも、立原道造の「夢みたものは・・・・・・」などは、何回となく口ずさんだものでした。
 やっぱり、詩もいいなあ!
 数は少ないのですが、各章の最後に短歌も5首ずつ紹介してあります。これもまた、懐かしいものばかりです。小野小町の「うたたねに恋しき人を見てしより夢てふものはたのみそめてき」から川野裕子の「たとへば君ガサッと落葉すくふやうに私をさらって行ってはくれぬか」まで、いろいろと取り混ぜて紹介されています。
 詩というのは、なかなか論評しにくいものです。ぜひ、自分の手にとって、お読みください。
(2009.11.05)

書名著者発行所発行日
名詩の絵本川口晴美編ナツメ社2009年7月6日

☆ Extract passages ☆

 散歩 長田弘 (おさだ ひろし)

 ただ歩く。手に何も持たない。急がない。
気に入った曲り角がきたら、すっと曲がる。
曲り角を曲ると、道のさきの風景がくるりと変わる。
くねくねとつづいてゆく細い道もあれば、
おもいがけない下り坂で膝がわらいだすこともある。
広い道にでると、空が遠くからゆっくりとこちらにひろがってくる。
どの道も、一つ一つ道が、それぞれにちがう。
 街にかくされた、みえないあみだ籤の祈り目を
するするとひろげでゆくように、曲り角をいくつも曲って
どこかへゆくためにでなく、歩くことをたのしむために、
街を歩く。
とても簡単なことだ。とても簡単なようなのだが、そうだろうか。
どこかへ何かをしにゆくことはできでも、
歩くことをたのしむために歩くこと。
それがなかなかにできない。
この世でいちばん難しいのは、
いちばん簡単なこと。

(川口晴美編 『名詩の絵本』より)




No.424 『眠れる旅人』

 久しぶりに詩集を読んでみたけれど、もともと詩は大好きなジャンルの一つでした。それこそ、大昔は自分で詩集をだしてみたいとあこがれてもいました。やはり、読書週間だし、文化の日が近いこともあり、思い出したのかもしれません。
 著者は年譜によると、これまで詩集を14冊だしているようで、1953年香川県の生まれです。この本には42篇の詩が収められていますが、ひらがな書きの詩が多いようでした。
 まずは、この題名に惹かれましたが、後記によると、「拠って立つ人と場処とを根こそぎ奪い去る津波のような変化の最中、私の中の眠れる旅人は幾夜かを眠れる旅人であったことのみ記して置きたい」とありました。そして、これら42篇の詩は、その幾夜かに旅人の吐かされた42塊の泥であるとしています。
 まあ、読んでみて、すぐには理解できることばかりではなく、直感でわかることもあり、何度も読み返しました。
 それが詩なのかもしれません。
 すぐ、言葉じりでわかるというより、その言葉の裏に隠されたものがにじみ出てくるまで、時間というものが必要です。もしかすると、その時間を待つことができなくて、最近は詩から遠ざかっていたのかもしれません。
 灯火親しむこの時期、ゆっくりと詩集や写真集でも開いてみたいと思います。
(2009.11.03)

書名著者発行所発行日
眠れる旅人池井昌樹思潮社2008年9月1日

☆ Extract passages ☆

 こんなこと

こんなことになるともしらず
わたしはまいあさつとめにでかけた
こんなことになるともしらず
かえりにケーキをかったりもした
こんなことになるともしらず
うっとりつきをみあげてもいた
こんなことになるともしらず
まれにはこころでおがんだりした
こんなことになったいまでも
わたしはまいあさつとめにでかけ
かえりにケーキをかったりもして
うっとりつきをみあげてもいて
まれにはこころでおがんだりする
こんなことともしらないで

(池井昌樹著 『眠れる旅人』より)




No.423 『自然はそんなにヤワじゃない』

 著者は、信州大学山岳科学総合研究所教授で、専門は陸水生生態学で、とくに湖沼の動物プランクトンの生態研究だそうです。そういえば、「まえがき」で、「私は湖の生態系を研究している。特に動物プランクトンに注目してきた。プランクトンは湖水中で比較的均一に分布しているため、一定量の湖水を採取してその中のプランクトンを顕微鏡の下で調べると、それぞれの種の現存量を明らかにできる。そのため、湖水中の環境の移り変わりに応じた生物群集の変化を比較的容易に捉えることができる。すると、そこから、生物群集が環境の変化に対応して柔軟に変わる様子がみえてくるのである。」と書いています。
 その専門的なところから、自然そのもの、生態系に対しても自分なりの視点を持っています。たしかに、プランクトンなどの目には見えないものでも、「見えない」と「いない」とではまったく違います。その小さな存在にも目を配り、生態系を考えて書いています。副題は『誤解だらけの生態系』です。
 最近、里山の自然にも注目が集まっています。もともと、この里山や水田に生息している動植物には馴染みがあります。馴染みがあるからこそ、それらを失うことに自分たちの少年時代の楽しい思い出までも失ってしまうかのように感じるのかもしれません。
 たしかに、今、これらの自然環境のことを考えなければ人類の未来さえ危ういものになると思います。いや、絶対に人類の未来はありません。
 やはり、これら里山や水田に生息している生物に愛着を持ち、それらを護ろうとする行為は、いわば野鳥の会のメンバーたちが野鳥が住めないような環境では人も住めなくなるという発言に近いものがあります。たしかに自然はそんなにヤワじゃないかもしれませんが、だからといって、そんなに強いわけでもないのではないかと思います。ある時点までは持ちこたえられても、ある一点を超えると、大きく傾くということがありそうです。
 著者は、この本のなかで、人間の生存にとって必要な「安定した生態系」が必要だといいますが、そのためにも、もし好ましくない方向に変化した場合にはいち早く察知する体制づくりこそが大切で、なるべく初期段階で抑えるようにするのが最も効率的ではないかと思います。
(2009.11.01)

書名著者発行所発行日
自然はそんなにヤワじゃない(新潮選書)花里孝幸新潮社2009年5月25日

☆ Extract passages ☆

 これまでの人類は、「今、自分たちに得になること」を重視して様々な活動を行ってきた。その結果、環境を大きく変えることになり、深刻な環境問題を生んだのである。これからは、その轍を踏むべきでない。そこで、生態系を保全しようとするときには、その行為が、今の″人類にとって得か損かという尺度で評価するのではなく、百年後、千年後、一万年後まで人類が生き残るため、またそのときでも人類が健やかに生きていけるということを基準として、考えるべきであろう。

(花里孝幸著 『自然はそんなにヤワじゃない』より)




No.422 『偶然のチカラ』

 著者は1947年生まれで宗教学を専攻したそうですが、現在ではさまざまな人間学の研究をしているようです。人間の根底には宗教的なものも深く関わっているので、その推論にはなるほどと思わせるエピソードなどもちりばめられています。
 でも、最初のうちはなかなか要点がつかめませんでした。自分で選択するべからずといいながら、なかなかその結論らしきものが見えてこなくて、途中で確率や占いのことが出てきて、その意図もつかめませんでした。
 しかし、読み進めていくうちに、その落としどころが少しずつ見えてきて、なんとなくわかるようになりました。
 でも、その結論らしきものをすべて納得できるかというと、そうではありません。もちろん、人それぞれの考え方もあるし、自分自身の生きてきたなかで、強く印象に残ることも違います。それで同一の結論を求めるのはお門違いでしょうが、題名の偶然のチカラとは思えない部分もあります。
 しかし、人生は勝ち負けではない、という意見には賛成です。つい最近まで、「勝ち組」や「負け組」などの言葉が大手を振って歩いていたようときには世も末だと思いましたが、やはり人生は勝ち負けではありません。勝ちと思っていたら負けだったり、負けと思っていたら勝ちだったり、この世の中は先のことがまったくわからないのです。そう簡単には決まらないから、頑張れることだってあります。
 でも、下に抜き書きしたように、「なるようにしかならない」のも、ある意味、現実ではあります。
 そして、「人生ではだれの身にも起こることを不幸と呼んではいけない。だれもが年をとり、病気になり、死んでいく。それは生き物としてはごく当たり前のことであり、不幸でもなんでもない。もしかしたら、それこそ持っているだけで安心できる最高の切り札なのかもしれない。」という言葉には、素直に納得できました。
(2009.10.28)

書名著者発行所発行日
偶然のチカラ(集英社新書)植島啓司集英社2007年10月22日

☆ Extract passages ☆

 人は「よく考えればもっと違う人生があったかもしれない」というが、そんなことはけっしてないだろう。努力する人は努力するし、努力しない人は努力しない。努力して恵まれる人もいれば恵まれない人もいる。「もっと努力すればよかった」は単なる言い訳にすぎない。いや、そもそも努力の問題なんかではなく、大事なのは潔さとかこころざしとか気持ちの問題なのである。

(植島啓司著 『偶然のチカラ』より)




No.421 『なぜあの人はあやまちを認めないのか』

 けっこう厚みのある本(349ページ)ですが、具体的なことが多く書かれてあり、知らず知らずに読んでしまいました。著者のキャロル・タヴリスは『ニューヨークタイムズ』や『ロサンゼルスタイムズ』などにも論説や書評を書いていますし、エリオット・アロンソンは国際的にも著名な社会心理学者で、ボリビアのサンタクルスに住んでいるそうです。
 しかし、キャロル・タヴリスはロサンゼルスに住んでいるので、事例として取り上げているのは、アメリカのことが多いようです。
 そういえば、足利事件(1990年5月12日、栃木県足利市内のパチンコ店駐車場から4歳の女児が行方不明になり、翌13日の朝に渡良瀬川の河川敷で遺体となって発見された事件)も、無期懲役判決が確定しながら、今年に入って冤罪とわかり、今月21日に再審初公判が行われました。その再審の決め手となったのがDNA鑑定です。この本によると、アメリカでDNA鑑定により無実の収監者がはじめて釈放されたのは1989年のことだそうです。では、なぜ、このような冤罪が生まれるかというと、「刑事というものは、容疑者から話を聞きだした瞬間に、こいつはシロかクロかと反射的に判断を下す傾向がある。彼らは長年の経験により、いくつかの手がかりは追い、別の手がかりは無視する術を覚え、精度に自信をもつようになる。この自信は経験のたまものであり、注意力や疑念よりもスピードと確信を重んじる訓練の成果でもある。」と書いています。では、なぜ無実の人が自白してしまうのかというと、「何時間も取り調べを受け、思うのはただ家に帰りたいということだけ、疲労困憊したそんな容疑者は、たったひとつ現実に考えられる説明として担当官が示した説明、たったひとつ意味の通る説明を受け入れてしまう。そして犯行を自白する。たいていの場合、かけられていた圧力がなくなって、一晩の睡眠を与えられると、容疑者は自白を撤回する。しかしそのときはもう遅い。」というのです。これでは、まったく冤罪はなくならないのではないでしょうか。しかも、無実の人を刑務所に入れるだけでなく、本来刑罰を受けるはずの者が自由にどこでも歩くことができるのです。
 ロイ・クライナーを弁護した上訴弁護士のマイケル・チヤールトンは、「司法体系がきちんと機能しないならば、すなわち、自らのあやまちを正せず、あやまちをおかしたことを認められず、人々にそれを正す機会も与えられないならば、その司法体系は破綻している。」といいましたが、まったくその通りです。
 この本には、このような冤罪だけでなく、心理療法者の問題や自分を正当化するあまり、まったく違う方向に進んでしまうことなど、たくさんの事例が書き綴られています。もし、時間があれば、ぜひお読みいただき、自分自身の記憶の不確かさを実感してもらいたいと思います。そうすれば、あまり言い訳をしない人間になれるかもしれません。
  (2009.10.25)

書名著者発行所発行日
なぜあの人はあやまちを認めないのかキャロル・タヴリス&エリオット・アロンソン著、戸根由紀恵訳河出書房新社2009年3月30日

☆ Extract passages ☆

 自己正当化には代償が必要であり、一方でその恩恵もある。自己正当化そのものは悪いことではない。そのおかげで私たちは夜、ぐっすりと眠ることができる。自己正当化をしなければ、いつまでも悶々として苦しみ続け、ああすればよかった、ああしなければよかったと後悔で自分を責め続けるだろう。どんな決断をしようとも、あとから思い悩みもするだろう。私は正しいことをしたのだろうか。結婚した相手は、買った家は、買った車は、選んだ職業は正しかったのだろうか。しかしながら、愚かな自己正当化は、流砂のように私たちを呑みこんで、さらなる厄災にひきずりこむ。間違った行為を正すどころか、あやまちに気づくこともできなくなる。事実を歪め、物事をきちんと評価するのに必要な情報も利用できなくなる。・・・・・・
 失敗をせずに生きていくことなど人間には不可能な話だ。しかし私たちには「これはよろしくないぞ。これでは理屈が通らない」と言うことができる。あやまちは人の常であるが、それを隠すか白状するかは本人の選択ひとつだ。そしてその選択が私たちの次の行動を決めるのに重要になってくる。

(キャロル・タヴリス&エリオット・アロンソン著 『なぜあの人はあやまちを認めないのか』より)




No.420 『雇用はなぜ壊れたのか』

 昨年後半から、よく雇用問題が取り上げられるようになり、「ワーキング・プア」などという言葉も聞かれるようになりました。この本の副題は「会社の論理 vs. 労働者の論理」となっていますが、まさに雇用そのものが変わりつつあるようです。とくに問題なのが非正社員の雇用増加で、いわば派遣型労働の増加です。
 たとえば、自分の卒業時期に就職状況が良いか悪いかは、まさに運の問題です。それで正社員として就職できず、フリーターになってしまったとすれば、これを本人の落ち度にはできません。しかし、ある意見では、「若者の救済は、自立へのインセンティブを阻害するような寛大すぎる施策であってはならない。貧困にあえぐ若者に対する金銭的な補助は、緊急避難的な場合を除き、望ましいことではない。働かずに、国のお金をもらっていたほうが得という「貧困の罠」を引き起こしかねないからである。甘い政策は、かえって、いつまでも国家丸抱えの貧困層を作り出す危険がある。」といいますが、むしろ早めの救済策こそ必要だと思います。
 では、なぜ、このような労働形態が増えたのかというと、そのきっかけは平成7年に当時の日経連(現在は日本経団連)の『新時代の「日本的経営」』の発表によるとしています。このなかで、「雇用ポートフォリア」という考え方を示していますが、それは『雇用には3つのグループがあり、それは@「長期蓄積能力活用型グループ」(会社が長期的に継続雇用しょうと考え、社員もそのように働きたいと考える、雇用期間の定めのないグループ)、A「高度専門能力活用型グループ」(「会社の抱える問題解決に専門的熟練・能力をもってこたえ、必ずしも長期雇用を前提としない有期雇用のグループ」)、B「雇用柔軟型グループ」(「有期雇用で、職務に応じて柔軟に対応できるグループ」)』で、このうちのBが「雇用柔軟型」ではなく、「生死柔軟型」とでもいうべきもので、使われる労働者側からみると、会社が生殺与奪の権限をもっていると考えられるのだそうです。
 つまり、この部分の労働者を非正社員でまかなうということで、平成11年の労働者派遣法の規制緩和につながるわけです。そして、そのころから派遣型労働の是非が問われるようになり、最近ではその問題点も浮き彫りになってきました。だからこそ、このような本が出版されるのでしょう。
 この本は、雇用という問題を会社の論理と労働者の論理とを比較しながら、歴史的にひもとき、その時代背景を追いながら、現在の雇用まで問い続けます。
 何が問題なのか、それをぜひ自分で読み解いてみてください。著者は、「エピローグ」で、下記に引用したようなことを述べています。
  (2009.10.19)

書名著者発行所発行日
雇用はなぜ壊れたのか(ちくま新書)大内伸哉筑摩書房2009年4月10日

☆ Extract passages ☆

日本の雇用システムには美点がたくさんあったし、今もあるはずだ。とりわけ、生活者の論理と労働者の論理との間の絶妙なバランスは、世界に誇ってよいと思う。現に、日本人は、他国にはないほどの高い質の生活を享受できるようになったのである(今の日本人だけ良ければ、それで良いのか、という意見もあろうが、それはとりあえずおいておく)。そして、より大事なことは、こうしたバランスは、政府や企業に押しっけられたものではなく、労働者たちも望んだ結果だったのである。

(大内伸哉著 『雇用はなぜ壊れたのか』より)




No.419 『道楽三昧』

 最初から最後まで、まったくの対談形式で、話し手は小沢昭一さん、聞き手は神崎宣武さんです。副題は、「遊びつづけて八十年」です。
 話し手の小沢昭一さんは、独特の語り口で知られ、私的には、TBSラジオの『小沢昭一の小沢昭一的こころ 』のパーソナリティがとても印象に残っています。ちなみに、この番組をネットで調べたら、1973年1月8日に放送がはじまったそうですが、私は地元のYBC山形放送でよく聞いていました。また、昨年の10月24日には、番組開始35周年を記念して、それらのトークを収録した「小沢昭一の小沢昭一的こころ大全集」(全10枚組のCD、ジェネオンエンタテインメント)が発売されたそうです。
 その生き方にもその遊び心にも興味がありますから、つい、手にとって読み始めました。すると、あのラジオの声が聞こえて来そうな語り口で綴られていました。
 先ず、著者の言う道楽とは、夏目漱石の「道楽と職業」という講演のなかで、『「仕事」というのは人のためにやるもので、「道楽」というのは自己本位のものなんだという区分けをして、学者とか科学者とか芸術家とかいうのは、みんな自己本位に仕事をやっているんだから、それは職業じゃなくて道楽なんだ』と言っていたそうですが、そのような道楽という考え方です。つまり、小沢昭一的には仕事も道楽も、みな道楽として生きたきたようなものだということになります。
 ちなみに、この夏目漱石の話しは、「道楽と云ひますと、悪い意味に取るとお酒を飲んだり、又は何か花柳社会へ入ったりする、俗に道楽息子と云ひますね、あゝいふ息子のする仕業、それを形容して道楽といふ、けれども私の此処で云ふ道楽は、そんな狭い意味で使ふのではない、もう少し広く応用の利く道楽である、善い意味、善い意味の道楽といふ字が使へる使へないか、それは知りませぬが、段々話して行く中に分るだらうと思ふ、若し使へなかつたら悪い意味にすればそれで宜いのであります。」とはじめたそうですが、これも、いかにも小沢昭一的な感じがします。いや、むしろ夏目漱石の方が先ですから、夏目漱石的な、あるいは「吾輩は猫である」的な感じでしょうか。
 いずれにしても、あまり人のためにするという大義名分より、まず自分自身が楽しいという気持ちが大事だと思います。著者のように、「遊びつづけて八十年」と言えることはすごい、と思いました。
  (2009.10.15)

書名著者発行所発行日
道楽三昧(岩波新書)小沢昭一、聞き手神崎宣武岩波書店2009年7月22日

☆ Extract passages ☆

 とことんのめり込んで遊び切ると、パッと別のオモシロイことに乗り代わる、これも早いのでして、飽きるというよりその時の自分なりの遊び能力一杯までやり尽くして、一応引き出し≠ノ収める。すぐまた、次なる新たな遊びにゼロから突進するというような、いわば遊びの収集癖でしょうかなあ。
 ですからこの癖は、遊びだけでなくて、仕事面でもそうなっているようで、いわゆる「一道を貫く」的な、芸人魂は欠けているようです。よく聞く「芸人として舞台の上で死にたい」なんて思ったこともありません。いえ、そういう芸能者の発言のパターンを踏めば通りがいいので、嘘つくことはありますがね。

(小沢昭一、聞き手神崎宣武 『道楽三昧』より)




No.418 『文房具を楽しく使う ノート・手帳篇』

 著者は1964年生まれで、和田電気(株)の代表取締役をしているそうです。幼少のときから文房具が好きで、1997年4月から個人のウエーブサイト「ステーショナリープログラム」を開設しています。また、現在では文房具販売をするサイト「信頼文具舗」も開設し、趣味としての文房具普及に努めていると著者紹介にありました。
 じつは私もこの文房具が好きで、まだ使っていない文房具がおおきな机の引き出しに一杯詰まっています。とくに好きなのが筆記具で、万年筆なんか今でも毎日使っています。だからそれに詰めるインクもカートリッジインクではもったいないので、別売りのコンバーターを使ってボトルインクにしています。それだと1瓶で約1年ほど持ちます。それらの万年筆を紙質に応じて使い分けをしていますが、当然のことながら、ノートなんかも何冊も同時に使っています。
 著者によると、このノートの分冊もいろいろ考えられるとして、次のようにサンプルとして掲げています。
●パソコンにできる用件、紙にまかせたい用件を明確に分ける。
●仕事のこと、プライベー卜のことをノートの違いで区別する。
●長期間保存されること、短期間に終わることで分冊する。
●外出先で身軽に使える専用のノートやダイアリーを別に組み立てる。
●趣味のジャンルごとにノートを分冊する。
●素材として雑多、大量に記録する安価なノートを別に用意する。
●公開、非公開で分ける。
●プリントアウトされる用紙のサイズに合わせる。
●使いたい筆記具とのマッチングでノートを使い分ける。
 など、を紹介しています。
 もちろん、自分自身でも違う分け方や使い方もできますし、それを考えることが楽しいと思えるのが文房具の趣味です。ちなみに、著者の考える文房具という趣味についての文章を、下に抜き書きしましたので、読んでみてください。
(2009.10.12)

書名著者発行所発行日
文房具を楽しく使う ノート・手帳篇和田哲哉早川書房2004年7月31日

☆ Extract passages ☆

 文房具という趣味は、コレクションとしての楽しみがあるいっぽう、手に入れた製品をどのように使いこなし自分の仕事や生活に役立ててゆくかを考え、評価をすることにも、意義や充足感を感じるものであります。

(和田哲哉著 『文房具を楽しく使う ノート・手帳篇』より)




No.417 『脳を味方につける生き方』

 副題に「"いままでにない変化"を起こす10の方法」とあり、著者は脳機能学者で、しかも天台宗ハワイ別院国際部長という肩書きがありました。
 脳を味方につけるというのは、いわば、脳の仕組みを知り、それを利用することでもあります。脳は、今までの自分を肯定したがりますが、それを演技でもよいから「思い通りの自分」や「なりたい自分」になりきることです。それがいつの間にか、その通りになってしまうといいます。
 著者は、「自分の人生なのですから、自分の好きなようにフィルムをつなげばいいのです。今日あった嫌な出来事はカットしてしまいます。NGシーンは使わない、つまり記憶から削除してしまいましょう。次の日に改めて演技し直し、OKシーンだけを使うのです。」と書いていますが、必ずしもそうできる人ばかりではないようです。そうできないからこそ、悩んだり苦しんだりするのです。
 数日前にあるテレビで、彼女がいないし、話しかけることもできないという人に、「ご飯をいっしょに食べよう、と言えばいいじゃない!」と言っていました。もちろん、答えた人は気軽にそう言えそうでしたが、言えない人は、もし断られたらどうしようとか考えて、言えないんです。なぜ言えないの、と言われてもできないことはできないのです。
 このような本のジレンマは、意外とこのようなところにありそうです。たしかに、ここに書かれていることを実行できればれば、"いままでにない変化"を起こすことは可能でしょう。するかしないか、それが問題です。
 でも、この本に書かれてあるように、「快活な人物になりたいと思うなら、快活な人物を演じます。本来は消極的な性格であっても、人前では快活な人物になりきる。すると、演じているうちに、みんながあなたを快活な人物だと認識し、快活な人物として扱ってくれるようになります。周囲がそのように扱い始めると、いつしか演技は演技でなくなっていき、快活なあなたが本物のあなたになっていくのです。」となればしめたものです。
 そういう意味では、ぜひ参考にしていただき、「なりたい自分」になるきっかけにしてほしいと思います。
(2009.10.10)

書名著者発行所発行日
脳を味方につける生き方苫米地英人三笠書房2009年7月15日

☆ Extract passages ☆

 自分の知っている世界は「現実世界」です。自分の知識でしか存在し得ない世界は「臨場感世界」です。しかし、自分の知識の外にも世界はあるのです。いくら学びたくても学べないその外の世界を認識するためには、抽象度を上げるしかありません。それ以外に方法はないのです。
 与えられた知識の世界に閉じ込められている私たちが、その殻を破る方法はひとつしかありません。「抽象度を1段階上げる」ことです。抽象度を上げた瞬間に新しいことが見えるようになります。それを繰り返すのです。

(苫米地英人著 『脳を味方につける生き方』より)




No.416 『君子を目指せ 小人になるな』

 著者の名を初めて知ったのは、あのホリエモン騒動(2005年、ニッポン放送の時間外取引など)の時に、突然「ホワイトナイト」として登場したときでした。もちろんでしょうが、この本の著者紹介には、それらに触れられていませんが、数々の要職を歴任しているようです。
 その著者がなぜ中国古典、とくに『論語』を読むことをすすめるのかといいますと、『偉大な足跡を残した先人が紐解いた古典は、混迷する現代を生きる私たちにも大きな力を与えてくれるはずです。明快な指針の見出しにくい今、確固たる人生観、仕事観を養い、よりよい人生を創造するためにも、ぜひとも古典を手に取り、心を養い、古典が説くところの「君子」を目指していただきたいのです。』といいます。そして、この『論語』を読むことの効用について、著者は、
 一つに、読み返すたびに新しい発見がある。私の経験や知恵が増すにしたがって、短い句に秘められた奥深い意義が読み取れる。
 二つに、読めば必ずと言っていいほど、自己を反省する材料が提供される。
 三つに、毎日の生活や仕事の中で、これほど事の判断に役に立つ実践的な書はない。
 と書いています。
 もちろん、読み通してみると、やっぱり古典といわれるものには、含蓄があります。読む度に気づかせられることがあります。たしかに、読むことはいいことだと納得します。
 しかも、10月7日の毎日新聞の記事によると、『いま「論語」が、親子を中心に人気を集めている。先行き不透明な時代、“生き方指南”が求められているのか、子ども向けの解説本がベストセラーになり、論語塾も盛況だ。【木村葉子】』といいます。「親子で楽しむ こども論語塾」安岡定子著、明治書院発行は続編を含め2巻で計10万部も売り上げているそうです。
 しかし、今年の3月22日の六本木で働いていた元社長(堀江貴文)のブログで、「彼は表面的には少なくとも立派なことを言っているようなんですけど、なぜか私が相手のケースになると突然に攻撃的になりますよね。しかも事実と違うことを言ってまで・・・。なにが彼をそうさせるのでしょうか。中国古典を読むと私のような小人に関わってもいいことはないとおもうんですがね。」と書いています。
 まあ、部外者にとっては、わからないことだらけですし、あまり興味もありません。しかも、今月5日の段階で、著者が代表取締役執行役員CEOを勤めているSBIホールディングス(株)が、東京国税局の税務調査を受け、平成20年3月期までの2年間で約3億円の所得隠しを指摘されていたことが産経新聞などに掲載されています。やはり、自分のことを絡ませて君子を説くのは、難しいようです。
 ただ、古典といわれているものは奥が深い、ということだけは間違いなさそうです。
(2009.10.07)

書名著者発行所発行日
君子を目指せ 小人になるな北尾吉孝致知出版社2009年1月20日

☆ Extract passages ☆

「夫れ学は通(つう)の為に非ざるなり。窮して困(くる)しまず、憂えて意衰えざるが為なり。禍福終始を知って惑わざるが為なり」(荀子)

 学問というものは、立身出世や生活の手段ではなく、どんなに窮しても苦しまず、どんな憂いがあっても心が衰えず、何が禍で何が福なのか、その因果の法則を知り、人生の複雑な問題に直面してもあえて惑わないためのものである、と。

(北尾吉孝著 『君子を目指せ 小人になるな』より)




No.415 『絵の言葉 新版』

 この対談は、もともとエッソ・スタンダード石油(株)広報部の高田宏氏の企画で、『エナジー対談、第3号、絵の言葉』(昭和50年12月刊、非売品)として刊行されたものだそうで、それを1976年に講談社学術文庫の1冊として出版されました。それを、さらに新版として今年の6月に出されたもので、30年以上も前のものです。しかし、今、読んでもとてもおもしろく、示唆に富んでいます。
 たとえば、小松左京氏の「高野山へ歩いて登るのも、・・・・・・ぼくは実際やってみたのですが、微妙に曲りながらの山道を登っていくと、一町ごとに石が立ててあって、それを数えながら登る。ふうふう言って登っているうちに、頭がぼけたようになって雑念がなくなり、上がるにつれて杉木立のなかに入っていき、「神聖なところ」へ入っていくような気になる。中腹以上になると次の石が見えるのにすがりつきたい気になる。そうして人生の険しい道を上がらせて、最後に眼前に八葉の大伽藍がバッと拡がる。おそらく浄土ってのはこんなところじゃないかという気がしたのじゃないか。そういう経験をさせることで、仏教というものをつかませようとしたのじゃないかな。」というのは、まさに自分の経験からいってもそのような感じです。
 また、高階秀爾氏の「日本の芸道ですと順々に段が上がっていって最後に免許皆伝になりますが、あの秘伝書というのには結局たいしたことは書いてなくて、言葉で表現できないものが最終的な秘伝であるということでしょう。だから秘伝というのは努力目標ではあっても、それを読んだら芸道の奥儀が分かるというものではない。その努力のあいだに、言葉で割り切れないものを身につけさせようということで、芸道が成り立っているようですね。」という発言も、それなりの説得力があります。私もお茶を習っていますが、まだまだ習うべきものがたくさんあり、今のままでは一生かかりそうです。つまり、一生かかっても努力を続ける姿勢こそが大切なことで、1年も休んだら、また元に戻ってしまいます。
 たしかにこの本は読みにくいというか、すぐには理解できないことがたくさん出てきますが、なんども読み返すと、それなりにわかってきます。
 ぜひ、途中であきらめないで、読み続けてほしい本です。白黒ですが写真も多く、読み解くヒントにはなります。
(2009.10.04)

書名著者発行所発行日
絵の言葉 新版小松左京×高階秀爾青土社2009年6月20日

☆ Extract passages ☆

小松左京 日本にも暦は入ってきましたが、それ以前に稲作農業が普及していて、農事暦はだいたい花によっている。月ごとに違った花が順番に咲く国だから、天体の運行など見なくても、花を見ていればいいわけです。その上、季節ごとの鳥獣虫魚がある。だんだん蒸し暑くなってきて、蛙が鳴きはじめ蝸牛が出、紫陽花の花が咲くと、そろそろ梅雨だということは自然に分かる。環境それ自体が暦になっているから、抽象化した暦は必要としなかったのです。
高階秀爾 日本では自然というものが、それだけ頼りうるものだった。花札の図柄などにも、それがあらわれているな。西洋のカード類とはおよそ違って、自然そのものになっている。

(小松左京×高階秀爾著 『絵の言葉 新版』より)




No.414 『名言力』

 『名言の正体』に引き続き、『名言力』を読みました。やはり、名言や箴言はおもしろいです。
 副題は「人生を変えるためのすごい言葉」とありましたが、言葉だけで人生を変えるだけのインパクトはなかなかありません。誰がどんなときにその言葉を使ったのか、が大事です。たとえば、「見た目じゃなくて、心と言うけれど、見た目が汚ければ、心も汚いんじゃないの?」って飯島愛が言うから納得できるので、もし今時のバカタレが言えば反発を感じてしまいます。また、大学受験に失敗して自殺をしたいという高校生に「はやく、死んでしまえ。こう云われて、くやしかったら、生きてみろ!」って柴田錬三郎が言うから一喝になるし、強烈な言葉として残っていくのです。
 やはり、言葉だけの一人歩きはあまりなく、その人こそが大事なような気がします。
 そう、思ってもう1度読んでみると、名言は吐くような人は、やはりすごい生きかたをしています。たとえば、イギリス首相だったウィンストン・チャーチルは「私の業績の中で最も輝かしいことは、妻を説得して私との結婚に同意させたことである。」という言葉を残しています。11歳年下のクレメンタイン婦人との間に5人の子どもがあり、終生仲良く暮らしたとのことです。そして、「人生生まれ変わっても、政治家になり、またチャーチル家の一員に生まれ、そして世界中どこにいても妻クレメンタインを探して結婚したい」と言ったと伝えられています。まさにノロケ話ですが、その気持ちをずーっと持ち続けていたからこそ、名言として残ったのでしょう。だからこそ、その名言には力が感じられるのです。
 この本では、「名言力」を「言葉そのものにも力はありますが、それを自分の栄養にしてこそ名言に初めて価値が生まれてきます。それが名言によって生まれる力」と定義しています。
 ぜひ、これらの名言から力をいただいて、より良き人生を生きていただきたいと思います。
(2009.09.29)

書名著者発行所発行日
名言力(ソフトバンク新書)大山くまおソフトバンク クリエイティブ(株)2009年6月24日

☆ Extract passages ☆

 キュウリを植えればキュウリと別のものが収穫できると思うな。
 人は自分の植えたものを収穫するのである。(二宮尊徳)

 人は働いた分の対価しか得ることができません。しかも、キュウリを栽培していても、冷害などがあれば思うような収穫が得られない場合だってあります。努力が必ずそのまま報われるとは限りません。しかし、それがわかっていてもキュウリを植えて育てなければ、キュウリを収穫することはできないのです。

(大山くまお著 『名言力』より)




No.413 『名言の正体』

 「大黒さまの一言」という携帯サイトを、1週間に1度更新しているので、名言や箴言には比較的関心があるほうです。だから、この題名に惹かれましたが、副題の「大人のやり直し偉人伝」というのはどのような意味なのかわかりませんでした。しかし、読み始めてすぐに理解できました。
 最初に取り上げられたのは、おそらく名言のなかでも一番人々に知られているのは「天才とは、99パーセントの努力と1パーセントのひらめきである」というエジソンの言葉ではないかと思います。しかし、このままの意味からすると努力が大切と考えざるをえませんが、じつはエジソン自身もこの言葉には戸惑っていたとされています。その理由は、下に抜き書きしたので、お読みください。それを読むと、まったく違う趣旨の言葉だということがわかるかと思います。
 もちろん、名言にはこのように誤解されたものもあれば、誇張や捏造されたもの、さらには途中でカットされ不本意な解釈をされたりしたものもあります。これらは、今のマスコミを見ていても感じるもので、放送時間などの都合で前後を伝えなかったことにより歪曲されてしまうものもあります。
 著者は、『トンデモ偉人伝 天才編』を出版して以来、本書が記念すべき10冊目の本だそうです。それで今回は、素晴らしい名言なのに、出典が怪しいなどの理由で載せることができなかったものを取り上げたのだそうです。
 たとえば、あのアメリカ合衆国の初代大統領だったジョージ・ワシントンの「お父さん、僕は嘘をつくことができません。あの桜は、僕がこの斧で切ったんです。」という有名なエピソードを知らない人はいないでしょう。しかし、最初から伝記に書かれていたものではなく、第5版から書き加えられたそうで、それ以降の伝記の売上は伸び続けたそうです。しかもこの伝記の著者であるウィームズという牧師は「マウント・ヴァーノンの教区の牧師」とプロフィールに書かれているにもかかわらず、その教区は架空のものだったそうです。ですから、この伝記の内容も胡散臭くみられています。さらに、2007年にジョージ・ワシントン財団が少年時代を過ごした住居跡を東部バージニア州で発見したそうですが、桜の木も切り株も、そして斧もなかったことを確認したそうで、このエビソートはほぼ事実ではないとされています。
 しかし、この「真の友情はゆっくりと成長する植物である。友情と呼ぶにはふさわしいところまで成長するには、たび重なる危機にも耐え抜かなければならない」というフレーズは、本当に言ったことです。
(2009.09.26)

書名著者発行所発行日
名言の正体(学研新書)山口智司学習研究社2009年8月4日

☆ Extract passages ☆

 新聞記者に「これまでの発明の中で最も素晴らしいひらめきの結果は何か?」と聞かれて、エジソンが次のように答えたことから、この名言は生まれた。

 「それは赤ん坊の頭脳の中に天才を見いだしたことだ。生まれたての頭脳ほどリトルピープルにとって住みやすい場所はない。つまり、年が若いほど、リトルピープルの声に耳を傾けることができる。大人になってからでは至難の業となるが、それでも、何とか1パーセントのひらめきと99パーセントの努力があれば不可能ではないだろう」

 「リトルピープル」とは、ネイティブアメリカンの間で語り継がれている「妖精」のことである。「妖精の声」を聞き逃すことなくひらめきにつなげられるか。それは大人になると、相当、努力をしなければならないが、できないことではない、とエジソンは言う。
 つまり、エジソンが伝えたかったのは実は、「努力すること」ではなく、「ひらめきを大切にすること」だったのだ。

(山口智司著 『名言の正体』より)




No.412 『ゆとろぎ』

 著者は国立民族学博物館名誉教授で長くイスラームの日常世界を研究してきた方で、『イスラームの日常世界』(岩波新書)や『アラビアノート』(ちくま学芸文庫)、『イスラーム世界事典』(明石書店)、などの著書もあります。この本の副題は「イスラームのゆたかな時間」とあったので、むしろ、それに興味を持って読み始めました。
 この『ゆとろぎ』というのは著者の造語で、『(アラビア語の)ラーハには、「学ぶこと」、「ねむること」、「瞑想すること」、「旅をすること」など、いろいろのものがふくまれます。わくわくいきいきと生きていることがラーハであるといいます。労働のあとに許されるごほうびとしてではなく、人生でなによりも先に大事にされるラーハを、わたしは、「ゆとり」と「くつろぎ」をたして、「りくつ(理屈)」をひいた言葉「ゆとろぎ」にしてみました。』と解説しています。
 たしかにイスラームの世界ははるか遠い世界のことのようですが、いまや世界そのものが時間的にも空間的にも近くなってきました。今日イスラームで起こった出来事は、すぐに多くの世界の人たちに影響を及ぼします。今やイスラームの世界を知らなければ、世界を語ることができないほどです。そのような時代だからこそ、興味を持ったともいえます。
 読んでみると、日本人がむかし持っていた感情、たとえば目に見えるものより、目に見えないもののほうを大切にすることなど、とても親近感を持ちました。たとえば、食事をともにしたとき、その食べ物そのものより、いっしょに同じ時間を過ごしたことが大切だと考えていることなど、「一期一会」に相通じるものがあります。また、子どもたちがそのへんに落ちているものを遊び道具にしていろいろな遊びをつくってしまうことなどは、むかしの子どもたちはみなそうでした。オモチャを買ってもらうなどということは、高度経済成長後のことです。
 それに初めて知ったことですが、イスラーム世界では、言葉をとても大切にしているそうで、子どもから大人まで詩を読む機会が多いといいます。砂漠に涼やかな風がふきはじめる夕方には、いつもインシャード(詩の朗読)がはじまるそうです。それは、「子どもをひざの上にのせながら、朗々と詩をよみあげるお母さんがいるかと思えば、子どもたちといっしょに、物語のしりとり、詩のしりとりをする人たちもいます」と書くほど、ありふれた光景のようです。
 やはり、これからはイスラーム世界のことも知る必要があります。世界中の人々が仲良く暮らすためには、お互いがお互いに理解し、わかり合うことが大切です。そのためには、知らなければ理解もできません。たとえば、イスラーム世界では人間を弱い存在であると考えているそうです。だからこそ、「その弱さゆえに、ついいいかげんな行動をしてしまったり、誘惑に負けやすくなるような状況を作らないように腐心するのです。男女隔離やヴェールの着用、禁酒なども、この人間認識のゆえといえます。不特定多数の男女が肌をみせて接触していると、まちがいがおこりゃすいから、長い衣服やヴェールをつける。弱い人間に酒を飲ませると、何をしでかすかわからないから、トラブルがおこる前に禁酒にしておいたほうがよい。社会の秩序を保つには、このほうがよいと考えるのです。」と聞けば、数々の宗教的制約もそれなりの理由があることがわかります。
 やはり、知ることが大切、とこの本を読みながら思いました。
(2009.09.23)

書名著者発行所発行日
ゆとろぎ片倉もとこ岩波書店2009年5月28日

☆ Extract passages ☆

 目に見えるものより、目に見えないもののほうを大切にする文化は、神や祈りといった、宗教的な場面以外にも、日常生活のいろいろなところにあらわれています。食事をともにしても、食べもの自体には重点をおかないようにします。たいせつなのは、ひとときでもあなたといっしょに過ごせたということ、なんと幸せな偶然でしょうということです。・・・・・・
 祈りや、人との集いのほかに、「ゆとろぎ」として大事にされるのは、イルム(知識)を得ること、旅をすること、寝ること、ごろんとすること、詩をつくること、うたうこと、瞑想すること、ぼけーとすること、家族といっしょにいること、友と語らうこと、パーティーをひらくことなどです。

(片倉もとこ著 『ゆとろぎ』より)




No.411 『選び抜く力』

 著者は現在、伊藤塾の塾長をしているそうで、司法試験、法科大学院、公務員試験、法律資格試験の受験指導をしています。さらに経歴をみると、法学館法律事務所所長で弁護士ですが、この本を読む限り、受験指導の方に力点があるようです。
 この本では、「私が自分自身の体験と、長年の教育者としての経験の中で培ってきた『選び抜く力』についてお話しするとともに、人にとって本当に大事なものは何か、何を大切にしていくべきかということについてお話ししていきたいと思っています」と最初に書いています。
 たしかに、1つの目標を達成したいとすれば、それなりの努力が必要ですし、それが勉強でもあります。その1つの目標を達成すると、また新たな目標が見つかり、また努力を続けなければなりません。そうして生きていくのが人間です。まず行動を起こさなければ何事もはじまりませんし、途中であきらめたら、それで終わりです。いくらあせっても、階段を一歩一歩上るように進むしかありません。著者も書いていますが、実はこの一歩一歩の前進こそが目標達成の一番の近道だそうです。
 それと、「やればできる」と自分自身を信ずる気持ちも大切です。そして、未來なんてどうなるか誰もわからないわけですから、自分で選んだというモチベーションも必要です。やはり、ワクワクしていれば、たとえ困難な出来事と出会っても立ち向かえますし、このワクワク感がなければつまらない人生になってしまうような気がします。
 そういう意味では、たしかに『選び抜く力』を身につけることは大事です。とくにこれからなんらかの試験に合格したいと思えばなおさらです。一生、挑戦し続けることになりますが、先ず、この前の最大の難関に挑むとき、いささか参考になるような気がします。
(2009.09.20)

書名著者発行所発行日
選び抜く力(角川oneテーマ21)伊藤真角川書店2009年3月10日

☆ Extract passages ☆

 何事も、一つの目標を達成すると、そこで新たな多くの選択肢が現れるようになります。そうしてはじめて自由に自分の人生を自分自身で設計することができるようになるのです。つまり自分の幸せを自分の意志で決定できるということです。ただ、自分で自分の幸せを実現するにはそれなりの努力が必要で、それが勉強なのです。
 試験は過酷です。勉強は楽ではありません。ときには泣きながら勉強することもあるでしょう。しかし、それらはみな、将来の自分の選択の幅を広げ、自分をより自由にしてくれるのです。私は現実には不自由な社会だからこそ、自由という価値に意味があると考えています。自分らしくありたいと考えるからです。

(伊藤真著 『選び抜く力』より)




No.410 『命といふもの第2集 無心にして花を尋ね』

 この堀文子画文集は、『サライ』の2005年6月号から2009年6月号に掲載されたものを加筆、再構成したものだそうです。特集内容によっては、『サライ』をときどき買っていたのでなじみはあるのですが、このように1冊のきれいな装丁本になると、また味わいが深まります。
 著者の絵を初めてみたのはNHKの『今日の料理』テキストの表紙絵でした。略歴によると、1978年から1982年3月号まで担当していたそうですから、その間のことだと思います。とても雅味のある絵で、やさしい風情が感じられました。同じく略歴によれば、今年で90歳になられたとか、夫を早く亡くされたり、転居を繰り返したり、さらには海外に居を移されたり、それでも56歳で多摩美術大学教授になられ1999年まで勤められたことは、やはり1本筋が入っているかのようです。
 おそらく、今年の正月に書かれたようですが、「無我夢中で過した一年が終り、又新しい年を迎える事になった。昨年の手柄も無念も既に終り、どんなに悔やんでも過ぎたその日をとり返す事は出来ない。人は日々のしくじりと悔恨を背負いながら、二度と返らぬ時の流れに身を委せて生きるのだ。修正の出来ぬ過去をきっぱりと捨て、何事が起るか解らぬ未知の明日を、心を空にして迎えたいと思う」ということは、できることのようでなかなかできないことです。きっぱりと捨てきるのも、未練たっぷりのこの世では難しいことです。
 この潔さが、数々の画にもあらわれているように思いました。とくに日本画は、絵の具をまぜたり重ね塗りをすれば色が鈍り、光沢も消えてしまいます。ということは、いわば修正できないということです。油絵のように何度も何度も塗り重ねはできません。だからこそ、思いっきりの良さが必要です。それが文章にも表れているように思いました。
 植物の好きな人、自然が好きな人、そして絵の好きな人もお読みいただければと思います。
(2009.09.17)

書名著者発行所発行日
命といふもの第2集 無心にして花を尋ね堀文子画文集小学館2009年4月28日

☆ Extract passages ☆

高山を踏破する登山家ではなく、山を取り巻く森や草原をあてどもなく歩くのが好きなだけだ。山の花達に会い、鳥の声を聞き、斜陽にくっきり山ひだを見せる朝夕の山並の荘厳な姿にひれふす山歩きで、萎えた心に山気が絡み、生気を取り戻すのだった。
 北海道、東北、信州と長い年月の問に歩き廻った山々の思い出はつきない。高山植物をたずねた夏山の事も日にやきついているが、私がひかれるのは山の冬だ。澄み切った冬空にせり上る雪の山嶺。人跡たえた白銀の冬山は此の世で見る最も崇高な姿だと思う。
 凍りつく雪原の中で、浅問や八ヶ岳や八甲田の神々しい姿に、身動きも出来ず手を合わせた日々の記憶を私は決して忘れない。

(堀文子画文集 『命といふもの第2集 無心にして花を尋ね』より)




No.409 『蓮100の不思議』

 この本は蓮文化研究会の会誌『蓮通信』の34号(2007年)から43号(2009年)に「蓮Q&A100」として掲載したもので、ウェブサイトでも公開しているそうです。それにしても、1つの花を取り上げ、その愛好者たちが総カラーの立派な本を出したことに、まず驚きました。そして、それを読んで、さらにその内容の深さに、またまたビックリしました。そして、趣味だからこそできたのではないかと、その趣味の高さと広がりを感じ、納得できました。
 そういえば、ハス(蓮)とスイレン(睡蓮)の違いがイマイチわからないという方がいますが、ハスはハス科ハス属、スイレンはスイレン科スイレン属で、まったく違う植物です。それをこの本では簡単な見分け方として「蓮は花の中央に雌蕊が入っている花托がありますが、睡蓮には花托がありません。蓮の花弁はふっくらして幅が広いですが、睡蓮の花弁は細長く花弁の先端が鋭角的です。また、蓮の葉は丸いですが、睡蓮の葉には深い切れ込みがあります。蓮の地下茎は食用のレンコンになりますが、睡蓮にはレンコンが出来ません。花色では青い睡蓮はありますが、青い蓮はまだ発見されていません。」と、紹介しています。
 この本は、とくに写真が多く、とても楽しく読むことができます。植物の場合、たとえばピンクの花色で、といわれても、濃いのか薄いのかさえわかりませんが、写真だと一目瞭然にわかります。白花だって、その白さ加減が違います。やはり、植物を扱う本は、カラーが絶対です。
 それと、生きものを扱うことは、必ず弱ったり、最悪の場合はなくしたりします。とくに貴重なものほど、大事にしすぎるためかダメにすることが多いようです。下に抜き書きしましたが、「近江妙蓮」もどこかに分根されていなければ、この世から消えてしまったかもしれないのです。いくら室町時代から代々伝わってきたといっても、生きてる以上はなくなることがあるということです。ただ、「近江妙蓮」の場合は金沢の持明院に分根され栽培されていたので、絶滅から救われたのです。
 今、古典園芸植物を守ろうと収集し栽培している方がいます。しかし、経済的にゆとりのある時代には協力者も多いのでできるのですが、現在のような100年に1度ともいわれるような大不況下であれば、協力したくてもできないでしょう。だからといって、いったん絶滅してしまえば、ほぼ確実にこの世から永遠に消えてしまいます。
 この蓮の本を読みながら、大切な植物について、いろいろと考えさせられました。
 もし、蓮のことについて知りたいならば、この本をお薦めいたします。
(2009.09.15)

書名著者発行所発行日
蓮100の不思議蓮文化研究会編著出帆新社2009年6月24日

☆ Extract passages ☆

 滋賀県守山市の大日池に「近江妙蓮」と呼ばれる、ちょっと変わった種類の蓮があります。蕾は普通の蓮花と同じように見えますが、開くと雄蕊も雌蕊もない花弁だけの花で、花弁の総数は二千枚から七千枚にも達します。
 近江国(滋賀県)野洲郡田中村の田中家に、室町時代から代々伝わってきた「蓮」です。田中家に伝わる『江源日記』には、一四〇六年、足利義満にも献上された記録があります。その後も皇室、将軍家などに献上されています。田中家の妙蓮の「いわれがき」には、三国伝来とあり、インドから中国、日本へと伝わったと思われますが、確かなことは分りません。・・・・・・
 明治中期になって大日池に「妙蓮」が咲かなくなりました。大日池から分根されて金沢市の持明院で栽培されていた妙蓮を大日池に復活させたのは、大賀一郎博士であり、昭和三十五年に移植され、三十八年に開花させました。

(蓮文化研究会編著 『蓮100の不思議』より)




No.408 『わかりやすく〈伝える〉技術』

 著者の池上さんといえば、NHKの「週間こどもニュース」のおとうさん役のイメージが強いのですが、もともとは報道記者だったそうです。ですから、まさに現場に強い方ですが、現在はフリージャーナリストをしています。
 その現場でたたき上げたわかりやすく伝える技術を紹介したのが、この本です。たとえば、人と話をする場合だけでなく、パワーポイントを使ってプレゼンテーションをするときにも、すごく役立ちます。
 たとえば、3の魔術とは『「三」という数字は過不足のない、きりのいい数字です。「大事なことは三つあります」と言われると落ち着くのです。何と何と何だろうという興味も持てます。プレゼンテーションの前にメモを作る際、言いたいことが五項目あったとしても、三つに絞る努力をしてみてください。五つの中で優先順位の低いものはどれだろうか。あるいは、AとBは実は一つにまとめられるな、などということを考えながら、整理をしていくのです。三つ目の項目を話して、まだ時間の余裕があれば、そして聞き手にまだ聞く態勢があれば、「ちなみに」「さらに言いますと、こういうこともあります」などと付け加えてもいいですね』だそうですが、これなどはどうまとめようかと考えていたときにはとても役立ちます。
 また、「つかみ」にもどることも、あらためてその大切さを知りました。たしかに、最初に戻らないでそのまま終わってしまえば、なんとなく言いっぱなしみたいな印象を与えそうだし、中途半端にも思えます。やはり、地図を示したら、最後にその地図の全体像を示すことも大切ではないかと思います。
 「いずれにしても」、ああっ、この言葉や「そして」や「ところで」、「話しは変わるけど」、「こうした中で」なども使いたくない言葉だそうです。そして、なるべく無意味な接続詞を使わずに、論理的に文章を書けば、自ずと短くて分かりやすいものになるそうです。
 もう、すでに「そして」を使ってしまっているので、私の文章はまだまだのようです。
 もう、1度、この本を読み直さないとダメなのかなあ?
(2009.09.12)

書名著者発行所発行日
わかりやすく〈伝える〉技術(講談社現代新書)池上彰講談社2009年7月20日

☆ Extract passages ☆

 ニュースはインターネットで得るという人が多いのですが、インターネットのニュースでは、多くの人が、自分が知りたいことしかクリックしません。その結果、自分の興味や関心のないことには、驚くほど疎くなっている現実があります。自分では「ネットでニュースを見ているから大丈夫」と思い込んでいても、実は社会や私たちにとって重大なニュースを見過どしていることが、いくらでもあるのです。
 その点、新聞には、私たちが知りたいと思うこと以外の情報が満載です。いわば「ノイズ」にあふれています。そこがいいのですね。
 自分が知りたいと思わなかったニュースでも、向こうから飛び込んできて、結果的に自分が獲得する情報量が増え、視野も広くなっていきます。

(池上彰著 『わかりやすく〈伝える〉技術』より)




No.407 『日々是修行』

 今月2〜3日と、坂東三十三観音巡拝に行ってきましたが、今年で4年目、毎年1泊2日の日程でしたが、なんとか全部をお詣りすることができました。やはり、それなりの達成感があり、何か仏教的なものを読みたくなったのか、この本を手にしていました。
 この本は、「朝日新聞」2007年4月5日から2009年3月26日までに掲載されたコラムをもとに加筆修正したものだそうです。著者のご専門は、仏教哲学や古代インド仏教学、仏教史などで、現在は花園大学文学部国際禅学科教授です。この大学は仏教系で、経営母体の学校法人花園学園は臨済宗妙心寺派の宗務総長が理事長を兼務しています。
 なかでも、国際禅学研究所は禅研究では世界をリードするもので、海外の評価も高く、文学部そのものも夏目房之介氏や玄侑宗久師などを客員教授に迎えるなど、積極的な教育を行っています。
 著者はもともと理系からの転向組で、そのために随所に理系的な物の見方があらわれ、とても理解しやすいところが感じられます。そういえば、茶道教授の堀内氏も理系出身ということで、教え方もとても論理的で理解しやすかったのを思い出しました。
 下に抜き書きしましたが、まさにお釈迦さまの教えも非常に論理的で、キリスト教やイスラム教とは一線を画しています。たとえば、『お釈迦様は、「人が生きるこの世界は、どのように成り立っているのか」という未解決問題を考え続けた瞑想者である。・・・・・・彼が見つけたのは、「我々の世界はすべて、因果の法則で動いている」という素敵な真理である。もう少し詳しく言おう。「この世には、超越的な力を持つ絶対者など存在しない。すべては、原因と結果の間に成り立つ法則性で動いている。私たち自身の肉体も心も、その法則性に沿って存在しているのだ。だから、生きる苦しみを消し去るためには、外の絶対者にお願いしても意味がない。世の法則性を正しく知ったうえで、それを利用したかたちで自分の心を鍛錬していく、それが苦しみをなくす唯一の道だ」という、これが釈迦の答えなのである。そして、実際に心の鍛錬をするための方法を考案し、私たちに教えてくれた。』という指摘通り、まさに数学的でもあります。
 毎回書き残しているカードも、今回は16枚になりました。これは、この本のなかにぜひ抜き書きしたいという箇所が多かったということです。とくに、生きた仏教とは、「正しい修行方法を指導するための教育システムがしっかり続いていくこと」と言い切っているあたりは、まったくその通りだと思います。
 読み終えた日が、9のいくつかの重なりで「あっー!」と思いましたが、お釈迦さまは苦しみの根本原因は、「自分の心の不合理な思い込みで、それを消すことで苦しみも消える」といいました。
 もし、今の仏教に物足りなさを感じたら、ぜひお読みいただきたいと思います。
(2009.09.09)

書名著者発行所発行日
日々是修行(ちくま新書)佐々木閑筑摩書房2009年5月10日

☆ Extract passages ☆

仏教は、心の中の法則を探求する宗教なのだが、これとちょうど対になる分野が科学である。科学の目的も仏教と同じく、世界の法則を発見することにある。ただそれが外部にある物質世界の法則だという点に、仏教との違いがある。仏教は智慧の力で「心の法則」を探求し、科学は智慧の力で「物質世界の法則」を探求する。仏教と科学は、互いに補い合い、尊敬し合うことのできる、同じ次元の領域なのである。

(佐々木閑著 『日々是修行』より)




No.406 『今日よりよい明日はない』

 だいぶ前のことですが、小学館のアウトドア雑誌『BE-PAL』を毎月読んでいたとき、この著者の文章に出会ったことがあります。そのときは、なかなか素像をうかがい知ることはできなかったのですが、この本を読んでみて、なんとなくわかるような気がしました。やはり、短いエッセイなどよりは、新書といえども単行本のほうが想いが伝わってきます。
 生まれが1945年ですから、まさにギリギリの戦後生まれ、いわば団塊の世代の先頭バッターです。この本の『今日よりよい明日はない』という題名の言葉は、ポルトガル人に教わった言葉だそうですが、「今日よりよい明日はない、と思い定めれば、不確かな未来に心を煩わすこともなく、人生最高の日である今日を心ゆくまで楽しめばよいのですから。」といいます。たしかに、今の経済不安のなかでは、長い将来にわたる計画を立てるよりも今の今をしっかりと地に足を付けておくほうが現実的です。
 考えてみれば、著者がいうように、団塊の世代が生まれたころの平均余命は50歳程度だったそうで、それが還暦近くまで生きてみると、目の前にあるはずのゴールのテープがはるか向こうに張り直されているのですから、戸惑うはずです。これでは、どこまで頑張ればいいのか、いや、むしろあまり頑張らず淡々と人生を過ごせばいいのか、どっちにしても迷ってしまいます。
 著者は、おそらく、自分の人生のなかからこのような処世訓を学んだようですが、これからの時代は今ここにあるもので幸せを感じることが大切です。たとえば、日本人は、畳の生活からフローリングの生活に変わりつつありますが、それでも家の中ではスリッパを履いています。しかし、欧米の人たちは、家の中でも靴を脱ぎませんし、靴を脱ぐのは夜、寝室でベットに入るときだけです。このあたりを、この本では『フランス語でスリッパのことをパントウツフルといいますが、「パントウツフルを履いて暮らす」というと、安楽な生活を送る、安心してのんびり暮らす、左うちわで暮らす、というような意味になります。寝るときだけでなく、一日じゅうスリッパを履いて暮らすことができるのは、敵に襲われるおそれもないし、借金取りに押しかけられる心配もない、安全で安心な暮らしである、ということなのです。』と説明しています。ということは、スリッパを履いて家でのんびり過ごすことができるということは、いかに平和で幸せなことだということがわかります。
 また、若いからなんでもいいということではなく、歳を重ねることもいいことだといいます。つまり、「最初で勝って最後で負けるより、できれば尻上がりに調子を上げて、最後でいちばんよい結果を手にするほうが望ましい」ということです。
 ぜひ、下に抜き出した言葉をお読みいただき、自分の成長と老化を自ら決めていただきたいと思います。
(2009.09.05)

書名著者発行所発行日
今日よりよい明日はない(集英社新書)玉村豊男集英社2009年6月22日

☆ Extract passages ☆

 信州では、収穫してから長い時間が経ったリンゴが、身がやわらかくなって味に締まりがなくなることを「ボケ」るといいますが、いい得て妙な表現ですね。
 子供から老人までは、一貫した流れです。
 子供の生長は、すなわち老化でもあります。生まれ落ちたその瞬間から、人間は一歩一歩死に向かって進んでいくのですから。
 その意味では、老化も生長である、といえるでしょう。少なくとも、生長の続き、であることはたしかです。誕生から死に至るまでの一直線の変化の過程を、ある年齢までは生長または成長と呼び、ある年齢からは老化と呼ぶ、ただそれだけの話なのですから、どこまでを成長といいどこからを老化と呼ぶかは自分で決めればよいのです。

(玉村豊男著 『今日よりよい明日はない』より)




No.405 『動物たちの奇行には理由がある』

 この本は「知りたいサイエンスシリーズ」の1冊ですが、副題が「イグ・ノーベル賞受賞者の生物ふしぎエッセイ」とあり、とても興味を持ちました。
 このイグノーベル賞(Ig Nobel Prize)というのは、1991年に創設されたもので、「他の誰もやりそうにない、ユーモアと独自性を兼ね備えた研究や開発」に対して与えられ、本物のノーベル賞受賞者を含むハーバード大やマサチューセッツ工科大の教授らが書類選考するそうです。このイグノーベルの名は、「ノーベル賞」に反語的な意味合いの接頭辞を加えたもじりであると共に、「卑劣な、あさましい」を意味する"ignoble"にも掛け合わせています。
 とても興味深く読んだのは、下に抜き書きしたペンギンたちが陸や氷の上から海に飛び込むシーンです。これは映画やテレビでも見たことがありましたが、ここで解説しているようには見ていなかったからです。著者は、南極探検隊にも選ばれ、その後も何度か南極大陸を訪れ、さらにはペンギンの腸の動きに関する物理学的研究で2005年のイグ・ノーベル賞を受賞したのですから、相当な造詣をもっています。その著者が言うのですから、真実みがあります。
 まさに、この本は、こういった動物たちが普通におこなっている行動がじつに理にかなったもので、人間から見ると奇行に映ったとしてもそれは当然なことであるということです。だから、おもしろいのです。
 たとえば、『群れの中にいるある「チンパンジー」 のすぐそばに好物のバナナを置いてみます。そのチンパンジーはバナナに興味津々ですが、それをすぐに取って食べようとはしません。取ると周りに気づかれて横取りされる危険性があるからです。そこで、このチンパンジーは周りにいるものたちを誘導しながら数100m離れた所にまで連れて行き、こっそり隠れるように元の場所まで戻ってバナナを独り占めしまうのです。』は、つい人間も似たような行動を取るかもしれないと思い、ニャっと笑ってしまいました。
 そんなおもしろい話しもたくさん載っていますので、動物好きならぜひお読みください。
(2009.09.01)

書名著者発行所発行日
動物たちの奇行には理由があるV.B.マイヤーロホ著、江口英輔訳技術評論社2009年4月25日

☆ Extract passages ☆

 「ペンギン」は可愛い動物の代表格ですが、実は仲間を死に導く物騒な性質を持ち合わせています。テレビなどでペンギンが流氷や絶壁から次々に海へ飛び込むシーンがよく放映されていますが、飛び込む前は落ち着かなく上に行ったり下に行ったり、よちよち歩きながら躊躇しています。彼らが躊躇するにはきちんとした理由があります。それは深くて暗い海には危険がいっぱいあるからです。飛び込んだ先に腹を空かしたヒョウアザラシやシャチがいたら、ひとたまりもなく彼らの餌食になってしまいます。しかし、怖がって海に入らなければエサをとることができません。あまり長く飛び込むのを躊躇していると、ペンギンたちは乱暴にも仲間の1匹を海に突き落します。そして、突き落としたペンギンが生きているのか、それとも血しぶきをあげて皮膚の破片を残して死んでしまったのかを注意深く観察するのです。後者の場合、仲間を突き落としたペンギンたちはどんなに自分の足が冷たくなっていても、内心では喜んで再び長い間陸上で待機します。そして仲間たちは再び集まり、もう1回テストとして群れの誰かを海に突き落とすのです。

(V.B.マイヤーロホ著 『動物たちの奇行には理由がある』より)




No.404 『秘境添乗員』

 この本の題名の『秘境添乗員』というのに、まず心惹かれました。もともとこの「秘境」という言葉にあこがれみたいなものを持っていたこともありますが、どんな仕事なんだろうという興味もありました。この『秘境添乗員』というのは、「業界用語は存在しない。私自身が名乗るきっかけとなったのは、この本のもととなった文華春秋発行の月刊「本の話」誌上に連載(2006年2月号〜2008年5月号)を執筆するにあたり、担当編集者がタイトルとして付けてくださったからだ。とても気に入ったので、それ以来、肩書きとして使わせていただいている」ということです。
 でも、この秘境添乗員だけでなく、ジャーナリスト、英語・アラビア語通訳などをしているそうですが、中学生の頃は不登校児だったといいますから、驚きです。それが高校生の時にアメリカ留学でホームスティを経験し、異文化などのカルチャーショックを受けたのがきっかけで、異文化交流の大切さを実感したのだそうです。それでエジプトのカイロ・アメリカン大学に留学し、それが現在の仕事につながっているようです。
 たしかに、『秘境添乗員』と名乗るには、それ相当の知識と経験が必要です。おそらく、通常のツアーなら起こりえないことが起こるのが秘境です。そもそもこの秘境とはどの地域を指すのかも共通認識としては不明で、ある人はこれが秘境といっても、ある人にとってはそんなところは秘境とはいわない、かもしれないのです。あるいは、同じところであっても、そのルートによっては秘境と呼べるかもしれず、この本では、日本国内すらも秘境と呼んで企画しています。
 私もよく利用している西遊旅行は、あとがきをみると著者も何度か添乗しているようですが、この旅行社の売りは「秘境・シルクロード・登山 海外旅行の西遊旅行」です。この西遊旅行は「インドやネパールのヒマラヤを中心とした山岳旅行(トレッキング)、そしてアフガニスタンやイラン、トルコに代表されるシルクロード方面への旅行を企画、 販売することを目的に1973年に設立され」たそうです。そういう意味では、アジア、中国、中近東、中南米やアフリカの秘境専門旅行社としての地位を確保しています。
 私は、格安航空券を購入するのがほとんどですが、秘境に入るには、やはり著者のような添乗員がいたほうが安全ですし、やはり安心もできます。
 しかし、旅はトラブルが付きものですし、そのトラブルを避けようとしていろいろなことを考えます。いや、むしろそのトラブルそのものを楽しもうとする、そのようなある種の余裕が必要です。だとすれば、私に『秘境添乗員』はいらないのですが、ここに書かれた経験はもしかすると必要になるかもしれません。そういう意味では、楽しく読ませていただきました。
(2009.08.30)

書名著者発行所発行日
秘境添乗員金子貴一文藝春秋2009年4月25日

☆ Extract passages ☆

「ガイドさん、この街路樹は何ていう名前ですか?」私は即座に隣に座っていたエジプト人ガイドに聞いた。すると、彼は一瞬考えてから、「シャガラ」とアラビア語で答えた。「木」という意味である。私 は訳すのがためらわれ、「シャガラという木です」と答えた。おばあさんは丁寧にメモ帳に記載すると席に戻っていった。が、しばらくして街路樹が変わると、またやってきた。「ガイドさん、今度の街路樹はなんていうんですか?」またガイドに尋ねると、彼は即座に「シャガラ・夕エア」と答えた。「別の木」という意味である。私が「シャガラ・夕こアという木です」と言うと、またしても彼女は丁寧にメモして戻っていった。
 これは、同じものでも文化により興味を持つ側面に違いがあることを示すエピソードだ。実は、エジプト人も含め、アラブ人は植物の名前には興味がない。彼らが興味を示すのは花の香りだ。一方で、ガーデニングで有名なイギリスでも、花の名前よりは何色の花が咲くかに興味があるというから、世界的に見れば名前に興味を示す日本人の方が特殊なのかもしれない。

(金子貴一著 『秘境添乗員』より)




No.403 『おとな時間の、つくりかた』

 著者は、紹介のなかで「ごくあたりまえのような気がしていることを、シアワセと気づいて暮らしたいとねがっている」と書いていますから、当たり前の普通の生活から時間について考えたのだろうと思います。
 たしかに、「自分の時間を大事にするひとは、相手の時間をも慮る。自分の時間を徒に浪費し、時間に対し無頓着なひとは、相手の時間を、無造作にむさぼってしまう」とありますが、その通りです。いつも会議に遅れてくる人はほとんど同じ人だし、待ち合わせにしても、けっこう無頓着の人はいます。聞いてみると、いろんな理由をこねるのですが、そうだとしたらちょっと早めに出たら済むのではないかと思ってしまいます。それは、大人でも子どもでも同じです。この平等に与えられた時間を尊重するところから、すべてが始まります。
 そして、その後に、その時間をいかに有意義に過ごすか、その時間をいかに捻出するかということが問題になります。著者は「特技は、日々くり返す時間のなかに、おもしろみをみつけること」といいますから、その時間のなかで見つけたおもしろさを書き綴ったのがこの本のような気がします。
 ところどころにコメントの付いた写真が目休めのように置かれ、それが微妙な間をつくっています。だから読みやすいのかもしれません。あっという間に読み終わりました。
 でも、その写真に惹かれてなんどかページを繰ると、つい、そのまわりの文章を読み直しています。すると、最初に読んだのと、また、違う印象だったりします。たしかに、本は1回読んだだけですべて理解できるものばかりではなく、読むたびにいろいろと教えられるものもあります。そのときは気づかなかったり、自分のそのときの感性で違うように感じたりもします。だから、本はおもしろいのです。
 本を読むにも時間はかかります。また、時間をかけて読むからいろいろと考えることもできます。
 これからも、本を読む時間だけは確実に持ちたいと思いました。これが私のおとな時間です。
(2009.08.27)

書名著者発行所発行日
おとな時間の、つくりかた山本ふみこPHPエディターズ・グループ2009年4月6日

☆ Extract passages ☆

 時間と経済は、似たところがある。
 時間は、この世にいる誰もが等しく一日二十四時間持っているのに対して、経済のほうは、それぞれ持つ量にばらつきがある。そして、お金(経済)は蓄えられるが、時間は貯めておかれない。
 と、いう具合に、ことなるところはあるけれども、たとえば、遣い方を決めたり、節約したり、そこは似ている。

(山本ふみこ著 『おとな時間の、つくりかた』より)




No.402 『人の気持ちがわかる脳』

 人の気持ちがわかるということは、とても大事なことだし、人の喜びや悲しみに共感することも人として大切です。では、その「人の気持ちがわかる」ってどういうことなんだろう、と思いながら読んでいました。そして、他の人の喜びや悲しみが自分の喜びや悲しみに影響を及ぼすのはなぜなんだろう、などということの問いには、答えてはいませんでした。この副題は、「利己性・利他性の脳科学」ですから、その内面まで踏み込むことはできなかったのでしょう。
 著者自身も、『書き始めたときに、もっていたイメージは、「人の気持ちがわかる」ことを技術的な問題として考えていた。次の瞬間の人間の行動を予測するときには、ニュートン力学にしたがう物体の運動としてその軌跡を予測するよりも、その人のおかれた状況やその人の表情から、さらにその先の相手の気持ちを予測して行動を予測したほうがうまくいく。だから、人間は他の人間の心について知りたいのだ。他の人間についての行動の予測がうまくいくと、自分が生きていく上で有利になる。友人関係や職場や家族の中でやっていきやすくなる。』と書いています。
 たしかに、「人の気持ちがわかる」ってことはとても重要な能力だけれども、この能力をなんらかの事情で恵まれていないとすれば、人と共存していく上では大きな苦労を背負っていくことになります。たとえば、空気が読めない、ということもその1つです。今の時代のように、先行きが不透明で人と人との関係がギスギスすればなおさらのこと、重要な能力であるわけです。
 しかし、「人の気持ちがわかる」にはどうすればいいか、ということまでは書いていません。それは脳科学というよりは、哲学の分野かもしれません。あるいは、はっきりとこうすればいい、という結論がでない内容かもしれないのです。
 ただ、科学的な考え方と自分たちの常識的な考え方のギャップみたいなものは感じることはできました。なぜそうするのか、というのは、脳のなかでそれなりの場所でそれなりの判断をして、それなりの行動が生まれる、ということです。
 おそらく、これだけではわかりにくいでしょうが、直接お読みいただけば自分なりの理解はできるかと思います。
(2009.08.24)

書名著者発行所発行日
人の気持ちがわかる脳(ちくま新書)村井俊哉筑摩書房2009年7月10日

☆ Extract passages ☆

 腹内側前頭前皮質や背外側前頭前皮質などのそれぞれの脳のパーツは、いわば料理そのものといえるが、ドパミンやセロトニンは、塩コショウなどの調味料やスパイスにあたる。塩やコショウはシチューのニンジンだけ、ジャガイモだけなどと個別の材料に振り掛けることはできない。シチュー全体に行き渡り、全体として味付けを変える。ドパミンやセロトニンは非常に小さな化学物質であるが、これが大量に脳の広い範囲に行き渡って影響を与え、脳全体の活動の「味付け」を決めるのだ。

(村井俊哉著 『人の気持ちがわかる脳』より)




No.401 『勉強する理由』

 ときどき。子どもたちから「なぜ勉強をするの?」と聞かれます。普通は「する」とか「しない」とか考えずに、「しなければならない」と思っています。だから、あらためて「なぜ勉強をするの?」と聞かれると、なかなかすぐには答えられません。そこで、この本が目に留まりました。副題は、「本気で打ち込めるようになる方法」です。
 著者は、1986年生まれで、中学は麻布、高校では開成、大学は東大理Vといった難関校に合格し、東大在学中です。そして、「世界一わかりやすい東大受験完全攻略法」や「東大生が教える超集中術」などの著書もあります。いわば、現役の東大生を売りにして、塾経営や受験情報ブログなどの運営もしているそうです。
 読んでみて、なるほどと思うところも多く、今時の受験生の考え方や対処の仕方なども参考になります。たとえば、「そもそも受験勉強なんかは、そういう効率の悪い勉強を、なんとか少しでも効率を上げようとしてがんばるものです(いまの制度上は、ですが)。受かってしまえば、ほとんどのことは忘れてしまうので、むなしい気分になることも多いのですが・・・・・・。ちなみに、ぼく自身は、理科や数学のことは、大学に入ってからはどんどん忘れました。」といわれるとちょっと寂しい感じもしますが、それでも「大好きだった倫理は、いまでもかなりのことを覚えていて、大学に入ってからもプラトンをはじめ、哲学の本をけっこう読んだりもしたものです。」と書かれていて、いくら受験勉強とはいえ少しは救われます。
 とくに、この題名の『勉強する理由』については、「勉強とは、自分自身が幸せになるためにする努力」だとはっきり言い切っています。そして、「勉強とは、すごく楽しいものです」と書いています。さらに、「勉強をする過程で、もちろん、大変なことやつらいことがあるでしょう。しかし、自分自身の幸せのためにやっているのだったら、「つらさ」自体を楽しめるものです。たとえば……そうですね、ジョギングと同じです。息が上がって苦しいのだけど、でもジョギングが好きな人は、そのような苦しさも含めて走るのが好きなのです。ゴールだけではなくプロセスまで愛せるはず……そう思います」。
 もし、自分の子供や孫に「なぜ勉強をするの?」と聞かれる前に、機会があれば読んでみてください。少しは答えられるようになるかもしれません。
(2009.08.22)

書名著者発行所発行日
勉強する理由石井大地ディスカヴァー・トゥエンティワン2009年4月15日

☆ Extract passages ☆

 受験勉強はゴールのある勉強です。だから、受かってしまうと勉強は終わり。
 ゴールに価値を置いている人にとっては、受験に受かってしまえば、あとに残るものは「受かったという事実」だけです。
 しかしながら、ぼくはどちらかというと、本質的な勉強のすぼらしさは「プロセス」に宿ると思います。なにか自分自身を成長させていくこと自体の喜び、楽しさがあると思うのです。
 勉強をしたら、年収が何倍になるとか、資格がとれるとか、そういうことも現実としては大切ですが、そうではないところにある勉強そのもののおもしろさみたいなものも、無視するにはもったいないように感じるのです。

(石井大地著 『勉強する理由』より)




No.400 『観音力』

 たまたまですが、No.400 が芥川賞作家の玄侑宗久氏の本になりました。というのは、本を選ぶというより、興味の赴くままに読むほうなので、まさにたまたまこの本にぶつかったというだけの話しです。
 でも、調べてみると、玄侑宗久氏の著書はけっこう読んでいます。しかし、その第125回芥川賞受賞の『中陰の花』は読んでいません。意識的に読まないということではなく、ただ、読む機会がないだけです。まったく無自覚的に本を選ぶので、なぜ、あのとき、こんな本を読んだのか、さえ、わからないときがあります。
 この本は、講演をされたもの4本と、エッセイ2本とが載せてあります。具体的には、浅草の浅草寺などのお寺で講演されたものと、神戸と東京のホールみたいなところで講演されたもので、流れとしてはお寺で講演されたもののほうが観音さまのことがよく表されているように思います。やはり、ご本尊さまが後ろに控えておられるので見えない力があったのではないかと想像しています。
 おもしろかったのは、多重人格障害(現在は解離性同一性障害という)の話しで、「たとえばその人の場合は、主人格は40代後半なんですよ。ですから、目が老眼です。ところが交代人格の中に、15歳ぐらいの少年が一人いる。その人格が出てきたときには、老眼鏡がいらないんです。」というのは、ほんとうにすごいことだと思いました。さらに、「たとえば他の人格が出てきたときは、もともと右利きなのに左利きになってしまうこともあります。主人格は右利きですが、同じ身体を左利きに使うんですね。それから、交代人格の中には、主人格が学んだこともない外国語を話せる人もいます。」と聞くと、人間の能力とは果てしないもので、それを制限しているのは自分自身だとさえ思えてきます。
 できない、とか、できる、というのは、自分自身が勝手に決めているだけのことで、本来はもっともっとすごい能力が隠されており、それを知らないだけなのではないかと思います。それを観音さまが教えてくれる、つまり自在に考えたり行動することを教えてくれる、それも大きなご利益ではないでしょうか。
 だとすれば、下に抜き書きしたように、植物のようにここにしっかりと根を下ろして生きるとしたら、その応化力を身につけるしかないわけです。その応化力こそ、観音さまのいいところです。
 もし、観音さまとは、と思ったらお読みください。
(2009.08.18)

書名著者発行所発行日
観音力玄侑宗久PHPエディターズ・グループ2009年3月11日

☆ Extract passages ☆

 動物って、都合のいいところを動き回って生きる、という生き方を選んだんじゃないでしょうかね。だって、とことん都合が悪い状況になれば動物は別のところに移動していくでしょう。移動しきれないくらい大幅に広い地域で大変動が起これば、恐竜のように絶滅してしまうわけです。だから動物というのは、基本的に都合のいい環境を求めてめぐり歩くものですよ。植物も最初はそうだったんです。藍藻類のころは、水のなかをフラフラ浮遊して、どこに行くかわからなかったわけです。しかしある時その生き方をやめた。俺はここに根を張って生きるんだと決めたときから、いろんな応化力が身についてきたんじゃないかと思います。

(玄侑宗久著 『観音力』より)




No.399 『忘れられない、あのひと言』

 各界で活躍している60人のエッセイで、日本サムスン広報誌「いい人に会う」に掲載されたものです。ほとんどが3ページの短い文章ですが、短いひと言が大きな力を与えてくれたという内容です。
 どんな方々かと調べてみると、掲載順に、篠田節子、松本幸四郎、二宮清純、玉村豊男、村松友視、小田島雄志、船曳建夫、戸張捷、千住真理子、岡本おさみ、鹿島茂、轡田隆史、米長邦雄、日野原重明、谷村志穂、横澤彪、崔洋一、吉岡忍、しらいみちよ、南伸坊、阿川佐和子、三枝成彰、江戸京子、田崎眞也、夏目房之介、手塚眞、鎌田實、梯久美子、大石芳野、重松清、阿木燿子、小泉武夫、岸本葉子、林望、小菅正夫、田村能里子、谷川浩司、浅井慎平、安西水丸、半藤一利、青木玉、月尾嘉男、宮本文昭、大田垣晴子、佐木隆三、加藤登紀子、戸井十月、辺見じゅん、眞木準、宮本亜門、草野満代、玄田有史、林英哲、下重暁子、山田五郎、天児牛大、岸田秀、加藤タキ、陳舜臣、小山薫堂です。
 たしかに、そうそうたる一言家です。
 下に引用したのは、ちょっと長いのですが、私の知っている人に伝えたいようなひと言でした。これを書いたのはエッセイストで作家の阿川佐和子さんで、中国の映画監督である張藝謀(チャンイーモウ)さんのひと言です。初出は、日本サムスン広報誌「いい人に会う」3号(2006年11月発行)です。
 いくら愚痴ってみても、この世の中は思うようにならないのが普通です。しかし、その思うようにならないことでも、あとから自ら歩いてきた道を振り返ってみると、それ以外の人生なんてありえないぐらいしっかりした道だったりします。ぜひ、何度も張藝謀監督の言葉をかみしめて欲しいと思います。
 今は旧盆ですが、だからこそ、先人のこのような智恵を学ぶ機会にしていただきたいと思っています。
(2009.08.15)

書名著者発行所発行日
忘れられない、あのひと言「いい人に会う」編集部編岩波書店2009年4月24日

☆ Extract passages ☆

 張藝謀(チャンイーモウ)監督は現在(2007年)50代の半ば。父親が国民党の軍人であったため、対立していた共産党が天下を取り、文化大革命が始まってからは、夢も理想も持つことを許されない青春時代を送る。しかしときは移り、虐げられた生活から少しずつ解放されるにつれ、そういう階級の若者にもチャンスが巡ってきた。
 「大学へ入る枠が用意されたんです。大学卒業という資格さえあれば今よりいい職にありつける。だからどこの大学でもよかったんですよ。体育大学で募集があると聞けば、毎朝、走る訓練をして受けに行き、美術大学の募集があれば、毎日、絵を描き始めるという具合にね」
 そんな勢いのなかで監督は、すでに年齢が二七歳になっていたが、ひたすら卒業資格に魅かれて映画専門大学への入学を果たす。しかし、入った撮影科は自分より若い人だらけ。これでは卒業後にカメラマンの仕事が巡ってこないかもしれない。ふと隣の監督科を覗くと、年齢層が高い。どうやらこちらのほうが将来性はあると判断し、ひそかに監督の勉強を始める。
 「私の場合、映画大学に入ったのも監督をやるようになったのも、別に理想や情熱があったわけじゃない。だから今でも私の家族は、どうして私が監督なんかになったのかわからないと言ってますよ」
 そして監督は静かにおっしゃった。
 「でもね、人生なんて、そんなものじゃないかと恩うんです。私のように理想なんか持たず、運命に翻弄されて、いたしかたない選択を繰り返していても、いつのまにか道が開けているんですから」
 目の前に突きつけられた二者択一を、その場の理由で選び続ける。それがたとえ本意でなくとも、選んでいるのは自分である。そしてその選択の積み重ねがどれほど予想外の方向へ行っていたとしても、自分が選んだ道なのである。 (阿川佐和子)

(「いい人に会う」編集部編 『忘れられない、あのひと言』より)




No.398 『山と花に魅せられて』

 著者は現在、尾道大学の教授で、日体大体育学部体育学科で学ばれたそうです。ご専門はわかりませんが、スポーツや登山などの本を書かれています。「あわりに」をみると、自分が情熱を傾けた25年間の記録だそうです。ちなみに、お名前は携と書いて、「すがる」と読むそうです。
 私も山に登るからわかるのですが、若いときにはおにぎりと文庫本1冊を持って山に登り、頂上でそのおにぎりを食べて文庫本を読み、さらに昼寝をしてから下山して来ました。著者も25年間の体力の違いを「例えば、富士頂上から五合目登山口に下山して、喉の渇きを癒すために飲むビールは、四〇歳代前半は美味しく飲めた。四〇歳代後半は、ビールは飲む気持ちにならず御殿場駅や三島駅で飲めるようになる。五〇歳代になるとビールが飲めるようになるのは、新幹線駅で名古屋、大阪、岡山と自宅に近づくようになってくる。六〇歳代になると、自宅に帰って風呂に入った後にビールが飲めるようになってきた。ビールが飲めるまでに時間を要するようになってきた。それは疲労回復が遅くなってきたことを意味するのであろう。」としています。
 私はお酒を飲まないのでこのような実感はないのですが、たしかに体力は間違いなく落ちています。しかし、体力が落ちたとしても、ただ闇雲に登るだけの登山から、周りの景色を楽しんだり、高山のお花畑を堪能したりと、また別なゆったりとした時間を楽しむことができるようになってきました。だから、この本の題名も、山だけでなく花にも魅せられて登ってきたとの思いが込められているのかもしれません。
 とくに第3章の「高所トレッキングと身体の変化」は、還暦を過ぎて山に登る方にはお読みいただきたいと思います。登ることで身体にどのような変化や無理がかかるかということを自分が登ったときのデータを掲げて書いています。とくに怖いのが高山病で、それの対策なども出ていますが、いまのところ有効な方法はなさそうです。
 しかし、登山の効用として、トレッキング前とトレッキング後に血中脂肪などを計測すると、総コレステロールなどは減少し、悪玉コレステロールも減少しているそうです。まあ、いろいろな効用もあるでしょうが、身体を動かすことによって健康作りができることが一番です。楽しみながら登る、だからいいのです。
(2009.08.12)

書名著者発行所発行日
山と花に魅せられて平松携道和書院2009年5月16日

☆ Extract passages ☆

 これまで幾度となく登山してきたが、私一人できたわけではない。登山その行為は一人であっても、登山仲間があってこそ山行がある。山は登ることが目的であることから単純な身体的活動である。山仲間は、利害の縮まない集団で人間関係が純粋であるところに心が開かれる。それに身体活動で汗を流し筋肉を維持することなどから健康づくりにも効果的である。頂上に立ち山頂からの展望は生きている証拠にもなる。地域や職場から離れて(少し家族が頭に浮かぶ)、自然のなかで「人間」を回復してくれる空間でもある。

(平松携著 『山と花に魅せられて』より)




No.397 『和の思想』

 副題として「異質なものを共存させる力」とあり、日本人は島国だから閉鎖的で排他的であるとする論に真っ向から挑んでいます。むしろ、島国根性などではなく、その反対で、海外への好奇心が旺盛で、その文化を受け入れることにもどん欲だったといいます。むしろ、島国だからこそ、その広い海のどこからでも受け入れてきたと考えるのです。まさに、古代の唐かぶれ、安土桃山の南蛮かぶれ、明治の西洋かぶれ、そして戦後のアメリカかぶれなどです。
 そういわれれば、まったくその通りです。
 著者は、「おわりに」のところで、自らこの本の要点を整理していますが、「和とは本来、さまざまな異質のものをなごやかに調和させる力のことである。なぜ、この和の力が日本という島国に生まれ、日本人の生活と文化における創造力の源となったか。これがこの本の主題である。
 その理由には次の三つがある。まず、この国が線の野山と青い海原のはか何もない、いわば空自の島国だったこと。次にこの島々に海を渡ってさまざまな人々と文化が渡来したこと。そして、この島国の夏は異様に蒸し暑く、人々は蒸し暑さを嫌い、涼しさを好む感覚を身につけていったこと。こうして、日本人は物と物、人と人、さらには神と神のあいだに間をとることを覚え、この間が異質のものを共存させる和の力を生み出していった。間とは余白であり、沈黙でもある。
 この間を作り出すために切るという方法がとられる。布地を切り、空間を切り、野菜や魚を切るだけでなく、花を切り、思いを切り、言葉を切る。誰でも感じていることだろうが、この切るというしぐさが涼しさと結びついているのはこのためである。
 和の力とはこの空自の島々に海を越えて次々に渡来する文化を喜んで迎え入れ(受容)、そのなかから暑苦しくないものを選び出し(選択)、さらに涼しいように作り変える(変容)という三つの働きのことである。和とはこの三つが合わさった運動体なのだ。」
 と、言い切ります。
 これだけ端的に指摘されると、もう、何も言うことはありません。
 ぜひ、この本を読んで、日本人のものの考え方をもう1度考えてみてください。やはり、自らを知る、ということが大切です。
(2009.08.10)

書名著者発行所発行日
和の思想(中公新書)長谷川櫂中央公論新社2009年6月25日

☆ Extract passages ☆

いつだったか、福島光加という草月流の花道家に会ったとき、「生け花とフラワーアレンジメントはどう違うのですか」と尋ねてみた。
 福島は日本在住の多くの外国人に生け花を教えているだけでなく、しばしば外国に出かけて指導もしている人なので、きっとこういうことに詳しいだろうと思ったのだ。すると、たちどころに、
「フラワーアレンジメントは花によって空間を埋めようとするのですが、生け花は花によって空間を生かそうとするのです」という明快な答えが返ってきた。
 そのとき、この答えは生け花とフラワーアレンジメントの違いをいいえているだけでなく、日本の文化と西洋の文化の違いにも触れているのではないかと思ったことを今でも覚えている。

(長谷川櫂著 『和の思想』より)




No.396 『京都に暮らす雑貨暦』

 この本の文章とイラスト、そして写真も自ら撮られたものだそうで、このブックデザインに惹かれて読み始めたようなものです。このデザインは中島寛子さんで、とても素敵に仕上がっています。
 読み始めてから気づいたのですが、京都で好きな雑貨とともに暮らし、写真を撮り、絵を描き、言葉を綴るということは、いわばブログの世界で、それをあえて活字にしたもののようです。もちろん、本人はそのような思いは全然ないでしょうが、読んでいるとそう思います。
 まさに季節のなかで、いろいろなこととものに出会い、それが京都という場であるからこそのものがきっとあるはずです。たとえば、それが自然からの贈りものであったり、人の手によって作られたものであったりしますが、あくまでもそれらが京都暮らしのなかで出逢えるものです。だからこそ、本の題名にも京都に暮らすという形容詞が付いたのでしょう。
 それと写真の1枚1枚がとても説明抜きで物語りを語ってくれます。いわゆる写真家の写真ではなく、イラストレーターの写真です。描くように撮っているかのようです。
 それともう1つ、文章に罫線が入っていると日記風な感じがして、いかにも私的な文章みたいです。この私的を詩的と読み替えてもいいかな、とも思います。誰に見せるというものではなく、まったく自分の気持ちの趣くままに書いているようです。もちろん、最初から出版するつもりで公にする気持ちでしょうが、そう思わせないのがブックデザインの力なのかもしれません。
 365日、毎日を1ページに3日分ずつ書き記し、そのほとんどに写真かイラストを入れることで、とても読みやすくなっています。見せるという本でもあります。
 もし、雑貨に興味があったり、京都の四季に関心があれば、ぜひ読みいただきたい1冊です。
(2009.08.07)

書名著者発行所発行日
京都に暮らす雑貨暦ナカムラユキアノニマ・スタジオ2008年12月13日

☆ Extract passages ☆

木陰で読書しよう。
読みかけの文庫本とお財布だけをぽんと文庫鞄に入れて自転車を走らせる。
本を読むためだけの時間を作り、その場所を探し求めて。鴨川なら北山通りより北のベンチ。御所なら「母と子の森」に横たわる大きな木株。
叡山電車に乗り、貴船の川に足をつけながら……それもいい。

(ナカムラユキ著 『京都に暮らす雑貨暦』より)




No.395 『謎解き 江戸の川柳』

 著者はお医者さんですが、医学用語に「廃用萎縮」という言葉があり、からだは使わなければ衰えるということだそうです。たしかに、医学用語で説明されなくても、日常生活でも実感することです。
 この江戸時代の川柳も、とくに説明はされなくても、江戸時代の人たちならすぐに理解できたと思いますが、それがなかなかできないのが今の人たちです。生活も違えば、使う言葉も違うし、さらにはその当時求められていた文化的素養も現代人にはないのですから、これはどうしようもありません。やはり、謎解きをしてもらうしかなさそうです。
 たとえば、表紙に書かれていた川柳は3つあり、その1つが「殺された奴は八月目に化けて出る」というものですが、まず「八月目(やつきめ)」がわからなければ理解できません。この本によれば、これは質流れの川柳で、江戸では8ヵ月、大阪では3ヵ月で質流れをするそうです。だとすれば、質流れした着物は仕立て直しされて、再び売り出されることから「化けて出る」ということになるそうです。
 また「同じ字を雨雨雨と雨るなり」という川柳もありますが、これは雨という文字をいろいろに読むことから、「あめさめだれとぐれるなり」と読むそうです。意味的には、ぐれるというのが今風ですが、脇道にそれるとか、まともでなくなる、ということです。
 いやはや、なかなか難しいものです。
 著者は、この江戸川柳を学ぶ利点として、次のことを上げています。
「一、川柳の内容が、きわめて広い範囲の知識を必要とし、歴史の勉強にもなる。したがって、脳を日常の固定した使い方から範囲を広げられる。
 二、いま見習うべき江戸時代の生活の内容をしることが出来る。現代は、生活が肥大化し、精神は萎縮している。
 三、難しい漢字や言葉を知ることも、応用ができる。
 四、原則十七文字の川柳は、それだけで広い世界をもっており、私たちの脳の使い方にもしげきとなる。
 五、何よりも、笑いがあり、頭を楽しく使える。
などであろう。」
 私の気に入った江戸川柳を、引用文に載せておきました。興味があったら、お読みください。
(2009.08.04)

書名著者発行所発行日
謎解き 江戸の川柳太田保世里文出版2009年4月6日

☆ Extract passages ☆

 学問の邪魔だと蛍一つやり (誹風柳多留拾遺)

 「蛍雪の功」は、中国・東晋の時代(3世紀頃)の2人の苦学生、車胤と孫康の故事による。車胤は、勉学のための灯油が買えず、数十匹の蛍を絹の袋に入れ、その明かりで勉学し、後に吏部尚書(現在でいえば、文部次官か)という高官に出世をした。
 孫康も、冬に雪明かりで勉学にいそしみ、後に御史大夫(いまでいえば、検察庁長官か)に出世した苦学生であった。
 したがって例題句の意味は、車胤が子供に慕われていたのか、勉強中に子供がまつわりつくので、勉強の邪魔になるので袋の中の蛍を一匹くれてやったということになる。

(太田保世著 『謎解き 江戸の川柳』より)




No.394 『作家のおやつ』

 これはコロナ。ブックスの1冊で、写真が多く、文章も短く完結していて、とても読みやすい本です。
 この『作家のおやつ』は、どちらかというと作家にはおやつが似合わないように思いますが、その無理を承知でつくったような本です。なかには、おやつよりお酒のほうが絶対に似合う作家もいますが、それでも、おやつを食べていたに違いはありません。それを紹介しようとしたのが、この本です。
 お菓子の種類も、巻末に一覧表があり一目瞭然ですが、お店の名前と住所と電話番号とが掲載されています。さらに文学館や記念館、さらにはこの本に取り上げられた文の著作リストもあります。
 考えてみると、作家の本を読みながら、その作家が好きだったおやつをほおばり、その作家が好んで飲んでいたものを飲み、その世界に浸るということは、楽しいに違いありません。よく、小説の舞台になったところを訪ね歩くというのを聞いたことがありますが、それよりもお手軽に出来そうな気がします。
 そして、この本を読みながら、自分も好きなお菓子が取り上げられたりすると、なぜかその作家に親近感がわきます。まことにたわいないことですが、それだけでも身近に感じられるのですからバカにはできません。
 もし、お菓子が好きだったり、本を読むのが好きだったりする人は、読んでみてください。
 ひょっとすると、作家に親近感が増すかもしれません。
(2009.08.02)

書名著者発行所発行日
作家のおやつコロナ・ブックス編集部編平凡社2009年1月23日

☆ Extract passages ☆

 何を食っても腹一杯にさえなればいいという思想こそ、金さえあればうまいものが食えるさ、という鈍感なくらしと共通する、もっとも遅れた貧しい考え方なのです。・・・・・・
 つまり、うまいものを食うというのは、人間の内容をよりゆたかにするために開拓し努力することなのです。教えこまれ慣らされているカレーライスが、いかさまなものであること、パック入りで食わされる肉や刺身の何という形式主義的な頽廃。 (井上光晴「美味について」より)

(コロナ・ブックス編集部編 『作家のおやつ』より)




No.393 『世間さまが許さない!』

 副題が「日本的モラリズム」対「自由と民主主義」とあり、どれがどのように対立関係にあるのかと思いながら読みました。読み進めると、たしかに「日本的モラリズム」の文化的背景でものごとを考えていることに気づきました。この「日本的モラリズム」とは、著者は「倫理的共産主義」と=で結んでいますが、そういう側面はたしかにあるようです。
 とくにスポーツの世界では目立ち、たとえば、『日本に招聘されたあるアメリカ大リークの審判は、「審判に期待されている仕事が、日本とアメリカでは全く異なる。もう我慢できない」と言って帰国していったが、アメリカで修業し実績あげてから日本に戻りプロ野球の審判をしていたある日本人も、「ルールどおりの判定をすると、日本では観客も選手も納得してくれない」と言って、失意のうちに再びアメリカに戻って行った。』ことなどを紹介しています。
 たしかに伝統的に精神主義が強く残っているスポーツ界では、この「日本的モラリズム」の影響が強く、これから始まる甲子園での高校野球を観ているとそう思います。たとえば敬遠という野球のルールに従ったものであっても、理不尽なバッシングを受けることもあります。
 では、どうすればいいのかというと、著者は、この「日本的モラリズム」を前面に押し出し、「世間さま制」にしたらどうか、と第5章で紹介しています。今の「憲法」を廃止して、「世間さまのモラル基準」で社会を維持するという発想です。どっちみち、日本人に合わない価値基準でものごとを判断するより、みんながすっきりする「世間さまのモラル基準」をもとに社会システムをつくっていくということです。もちろん、これは一種の逆説で、いかに日本人が本来の「自由と民主主義」の考え方と違うのかを示しています。
 たしかに、おもしろい考え方ではありますが、この世界が一つの時代に、このような考え方が多くの世界の人たちに受け入れられるかどうかはいささか疑問です。しかし、『いわゆる「地球環境問題」は、「地球」にとっての環境問題ではなく、「地球上の誰か」にとっての環境問題であり、その誰かを主体とした場合の「地球規模での環境問題」(地球規模でどのような状況になるとその主体にとって得か)という問題である。
 地球の気温は現在上昇しっつあるが、今のペースで温暖化が進んでも、西暦2100年の気温は「縄文時代と同程度」にすぎない。要するに「縄文時代の気温に戻りつつあるだけ」だ。さらにその前の時代を見ると、人類誕生後だけを見ても地球の気温は激しく変動を続けてきており、海面が現在よりも30メートル以上高かった高温期が何回もある一方で、逆に100メートル以上低かった低温期も何回もあった。実は、北極の氷は存在しなかった時代の方がはるかに長く、また、北海道に行くと珊瑚礁の化石が多くある。』という考え方は、一つの考え方として当然だと思います。みんなが地球温暖化に反対というわけではありません。
 まず自分自身を知る、そのためにはこの本を読むと納得できることがたくさんありました。
(2009.07.30)

書名著者発行所発行日
世間さまが許さない!(ちくま新書)岡本薫筑摩書房2009年4月10日

☆ Extract passages ☆

 日本人が一方で「自由と民主主義」や「個性化・多様化」を進めながら、他方では依然として「モラル感覚の統一」(世間さまのモラル基準の復興)によって社会問題に対応しょうとしているため、さまざまな場面で「アクセルとブレーキを同時に踏む」ような混乱が広がりつつある。そうした「モラル感覚の統一は、大人が対象である場合は「意識改革」と呼ばれ、子どもが対象である場合は「心の教育」と呼ばれることが多い。
 例えば日本の学校では、近年「個性化・多様化」が叫ばれてきたが、これは、「子どもたちの心(モラル感覚など)もバラバラになっていく」ことを意味している。しかしその一方では、「心の教育」や「モラル教育」(道徳教育)によって「子どもたちのモラル感覚を統一する」ということをしており、教育現場でも「アクセルとブレーキを同時に踏む」という混乱を引き起こしている。

(岡本薫著 『世間さまが許さない!』より)




No.392 『寺よ 変われ』

 日本の寺は、いまや死にかけている、という事実に真正面から向き合ってきた長野県の神宮寺住職が書いたもので、とても共感できる内容でした。
 おそらく、この「日本の寺は、いまや死にかけている」と思っている方は多いようですが、では、どのようにして死にかけてる寺を再生させるのかという具体的事例は少なく、その一つが神宮寺でもあります。葬式仏教という言葉を聞いて久しいのですが、ますます葬式仏教というよりは、葬式のある一部分にしかタッチしていない仏教者も多いようです。人は生まれることそのものが苦だとお釈迦さまはいいましたが、生きていれば病気もすれば老いてもいきます。老いれば、その先に死もあります。それを四苦といいますが、まさに四苦八苦の世界がこの世です。だから、そのためにはどう生きればいいのかをお釈迦さまが教えてくれたのが仏教であり、だからこそ2,500年も伝え続けられてきたわけです。
 著者は、最後に、「人々が「四苦」を抱えながらも、それぞれの地域で生老病死という道を歩くとき、そこに点在する寺が、そしてそこに住む坊さんたちが、「苦」をもつ人々に寄り添い、「苦」を緩和し、 ともに「苦」を乗り越えていこうという、意志と覚悟をもったならば、人々は寺や坊さんへの信頼感を深めていく。それは同時に地域の人々の安心感の広がりにつながっていく。厳しく生きにくい社会だからこそ、その意志が必要なのだ。
 意識を変え、意志と覚悟を強めることで、坊さんの行動は変わり、寺は変わる。いま、寺は変わらなければならない。」という言葉でこの本を結んでいますが、まさに自分自身が実践してきたことだと思います。
 なんとかしなければ、と思っている方も多いかと思いますが、なにをするにしても、「変える」ということは大変なことで、傷みも伴います。それをこの本を書かれた著者がし、その具体的事例を示したのです。もちろん、地域性や寺そのものの問題もあろうかと思いますが、誰の目にもこのままでは死んでしまうということだけは間違いないようです。
 ぜひ、寺に関わりのある方、そして檀家の方々にもお読みいただければと思います。
(2009.07.28)

書名著者発行所発行日
寺よ 変われ(岩波新書)高橋卓志岩波書店2009年5月20日

☆ Extract passages ☆

 いま、門を閉めている寺は多い。セキュリティの問題だというが、それ以上に「面倒な問題にはかかわりたくない」というのが本音のようだ。つねに門を閉め、自分に都合のいいときだけ開ける。それは、寺が自ら社会との信頼関係を放棄することにつながっていく。逆に、積極的に門を開き、人々の苦しみや迷いに対応することができたとき、確実に社会は寺を信頼するようになる。信頼関係の構築は、寺が変わるための根本課題なのだ。

(高橋卓志著 『寺よ 変われ』より)




No.391 『カラー版 インド・カレー紀行』

 著者は、あのマンガ『美味しんぼ』の第24巻で「カレーの本を書いたインド史の辛島先生」として登場したこともある方で、いわばカレー博士でもあります。インド料理というばカレーですが、一口にカレーといっても奥は深いものです。実際にインドに行ってみると、日本人が考えるようなカレーライスはまったくありませんし、私のインドの友人がわが家を訪ねてきたときも、日本のカレーライスを食事に出したら、今まで食べたことがない味だとビックリしていました。
 このような経験があり、カレーライスそのものも大好きなので、もっともっとカレーそのものを知りたくて読み始めました。
 しかし、読み進むにしたがって、カレーは料理であると同時に、インドの文化だと思いました。しかも、そのインドの文化や歴史を知らなければ、カレーそのものもなかなか理解できないようでした。しかも、カラー版ですから、楽しみながら読み進めることができます。
 現在では、インドはお釈迦さまの生まれたところというよりは、バンガロールやハイダラーバートなどのIT都市やIT産業が有名になっていますが、これからはインドのことをもっとよく知る必要があります。そのためには、まず身近な食べものから入るのがいいのではないかと思います。
 しかも、日本人もカレーは大好きですから、そのルーツを訪ねることは意味のあることです。
 インドでは、必ずカレーに使う調味料というのがあり、これが入らなければカレーとはいわないとまで言い切ります。それは、「ターメリック、クミン、コリアンダール、コショウ、マスタード」だそうです。さらにインドの主婦たちは、  この5種類にチリ(トウガラシ)など20種類もの調味料を使いこなすのだそうです。
 そういえば、インド料理のお店に行くと、いわば定食ともいわれるのがターリーというステンレスの丸いお盆の上に、これもステンレスの小さなボールに何品かのおかずを入れて出てきます。そして、主食になるのが揚げたてのプーリーが真ん中に置かれ、その後に、南インドの場合は白いご飯、北インドならチャパーティーやバロータが出されるのが一般的です。
 北インドのお釈迦さまの遺跡を訪ねたおり、いつも食べていたのがこの定食とチャパーティーです。ですから、このチャパーティーには思い出もたくさんあるので、この本で紹介されているチャパーティーの作り方を下に引用させていただきます。
(2009.07.25)

書名著者発行所発行日
カラー版 インド・カレー紀行(岩波ジュニア新書)辛島昇著、大村次郷写真岩波書店2009年6月19日

☆ Extract passages ☆

 チャパーティー(C.Solomonの本を参考に)
◆材料
 全粒の小麦粉3カップ、塩小さじ1強、ギーまたはサラダオイル大さじ1、ぬるま湯1カップ

◆つくり方
1 ボールに、小麦粉(あとでのばすときのための少量を残して)、塩、ギーを入れてよく混ぜあわせる
2 水を一度に加えてぎっと混ぜあわせたあと、手のひらやこぶLを押しつけながら、10分以上しっかり練りあげる。耳たぶくらいのやわらかさになったら、丸くまとめてラップでくるみ、1時間以上おいておく。ここで十分時間をおくと(一晩でも)、よりやわらかな仕上がりになる。
3 大きめのくるみ大のポールをつくり、粉を振った台の上で、丸くパン皿大に均等にのばす。2mmくらいの厚さがいいようだ。
4 フライパンを十分熱してから、火を弱めておく。
5 3を1枚入れて1分焼き、裏返してまた1分焼く。このとき、丸めた布巾でチヤパーティーのまわりを順に押さえつけていくと、中央がふくらんでやわらかく仕上がる。また、フライパンから取り出して直火にあてると、ぷーっとふくらむ。このとき、まん丸くボールのようになれば最高のできである。
6 できたものから乾いた布巾にくるんで、冷めないように。
7 くるんで食べられるよう、水分の少なめの料理といっしょに食卓へ。

(辛島 昇著 『カラー版 インド・カレー紀行』より)




No.390 『美しいをさがす旅にでよう』

 この本は、白水社の「地球のカタチ」シリーズの1冊です。このシリーズは、「不思議はすてき!」を合い言葉にしてこの地球を楽しもうという企画ものです。以前このシリーズで読んだのが「世界の地図を旅しよう」でしたが、たしかに旅でつながっているようです。
 では「美しい」とは何を具体的に指すのだろうかといえば、それが意外と難しいのです。美しいという概念は、時代によっても、民族によっても違います。その違いを丹念に挙げれば、切りがありませんし、それだけで何冊にもなりそうです。それでも、この本では「美しい」という感じ方がじつに多様であることをわかって欲しいが為にたくさんの具体例を上げています。だから、そのことから何が美しいかを見いだすヒントにはなるかと思いますが、最初から「美しい」ものはおのおのの価値観で違ってくると短絡的に考えてしまうと、それでは話しが進みません。
 たとえば、見るという行為ひとつを考えてみても、『「見る」とは送られてきた信号を脳が意味づけることである。・・・・・・すべてがつながってごっちゃになっている世界に、切れ目を入れ、約束事やパターンをあてはめ、自分にとって理解可能なものに変換することによって、初めて「見る」ことができる。生まれつき目の見える人は、このような作業を、生まれてからずっと行ないつづけている。「見る」とは学習である。文化や環境といった約束事にしたがって、目に入ってくる信号を関連づけ「世界」をつくるのが「見る」ことである。ありのままの世界を、見ることはできないのである。』ということです。
 では、いつもこのようなパターンで物事を見るということはどうなのかといいますと、これもまた、硬直化した感覚が広がり、ついには閉塞的な状況がつくられてしまいます。一方ではパターン化することが省力化に必要ですし、いつもそれだけを続けていると新しい見方ができなくなってしまいます。
 つまり、この閉塞感を打破するために、美しいものを見いだす必要があると著者はいいます。それを、下記に抜き書きしましたので、読んでみてください。たしかに、一理はあると思います。
(2009.07.21)

書名著者発行所発行日
美しいをさがす旅にでよう田中真知白水社2009年4月28日

☆ Extract passages ☆

思うに、美しさを見出すとは、こうした硬直化したパターン認識から抜け出すことである。美しさというのは、文化によって異なるという話をしてきたが、その文化というのは人間が生きていくのに都合のいいように、あるがままの世界から抽出したパターンである。いいかえれば、伝統的につくりあげてきた、物の見方のクセといってもよい。しかし、そのクセにとらわれすぎると、そのクセではとらえきれない世界の豊かさを見失いかねない。美しきを見出すとは、自分の中に組み込まれたクセから自由になって、世界の新しい見方を発見することにはかならない。

(田中真知著 『美しいをさがす旅にでよう』より)




No.389 『地獄と極楽の違い』

 旅に出るときには、文庫本を2〜3冊持って出かけます。そして、電車の中や待ち時間の間、さらには寝る前などに読みます。いわば、それがクセになってしまっているようです。
 7月15〜16日と、東京に出かけ、仕事が一段落した翌日には北の丸公園の東京国立近代美術館で開かれている「ゴーギャン展」と三井記念美術館で開かれている「道教の美術」を見てきました。いずれもたいへんおもしろかったのですが、ここではその間に読んだ『地獄と極楽の違い』の読後感を書いてみます。
 これは、読むクスリシリーズの第30冊目だそうで、短い文章が綴られており、旅に持ち出すには最適です。ひとつひとつの文章が短く起承転結がつけられ、読むリズムも心地よいものです。そして、これって現実にあるし、役立つよね、って思えるのです。それが読むクスリ副題が付く理由なのかもしれません。
 そういえば、最初のうちはただ「読むクスリ」という題名で、パート番号が付けられていただけでした。それがシリーズの28から、「新人はトイレを磨け」とか「笑うから楽しい」などの題名が付けられているようです。
 でも、もともとこのシリーズは、『週刊文春』に掲載されていたものを単行本化し、さらに文庫本化されたもので、読みやすさや買いやすさからいえば、やはり文庫本が一番です。
 そういえば、この本のなかで、北里大学医学部精神科教授の村崎光邦さんの言葉を紹介していますが、寝だめは利かないそうです。いちばんいいのは、休みといえども「だらだらベッドにいるのはやめて下さい。いったん朝いつもの時間に起き、家族そろって食事をし、昼寝するのがいいんです。毎日のリズムが崩れませんから」といいます。
 だから、くれぐれも読書で夜更かしをしないようにしてください。もし、夜更かしをしたら、睡眠不足を補う昼寝をお勧めいたします。そういえば、今回泊まった「レム秋葉原」というホテルのベットは、とても快適に眠ることができました。枕もいくつか準備されていて、選べるということでした。
(2009.07.16)

書名著者発行所発行日
地獄と極楽の違い 読むクスリ30(文春文庫)上前淳一郎文藝春秋2001年9月10日

☆ Extract passages ☆

 家に子犬が連れてこられると、家族みんなが取り囲んで、かわいい、かわいい、となでたり、さすったりする。
「まずこれで子犬はつけ上がります。群れの中でみんなから注目されるのはボスだけなのですから」
 日がたつにつれ、
「どうしたの? おなかすいた?」
「お散歩に行きたい?」
 お母さんも坊やも、寄ってたかって甘やかす。
 犬はいっそう、自分のほうが序列が上だと思うようになっていく。
「日本の愛犬家の九五パーセントは、そんなふうに犬を飼っていますね。その結果、犬が周囲に権勢を振るい始めるのです」
 本来家庭の中でいちばん序列が下のはずの犬が、上下関係を認識できず、威張りだす。
「これを、飼い犬の権勢症候群、と呼んでいます」
 犬だけの話ではないような気もするが。

(上前淳一郎著 『地獄と極楽の違い』より)




No.388 『茶道をめぐる歴史散歩』

 この本は、遊子館歴史選書の12にあたるそうですが、遊子館という出版社を初めて知りました。裏千家家元の千宗室氏が推薦の言葉を書いていますが、たしかに「茶道百話の玉手箱」のようです。
 著者はもともと日本古代史の研究者ですが、茶の湯にも造詣が深く、明恵や道元などの僧侶や、珠光、紹鴎、利休、宗旦など、多くの茶人も登場します。そして、エピソードだけでなく、その方々の考え方や言葉などにも言及しています。
 それを、2ページ読み切りにしていますので、どこで休んでもいいですし、仕事の合間にも読めます。そして、知らず知らずの間に茶道を中心とした精神文化に触れることができます。
 この本に書かれてあることを思い出しながら、お茶会などに出席すれば、とても楽しいと思います。お茶会は道具だけで成り立つものではなく、先達の方々の様々な工夫や思いなども反映されています。その長い歴史を感じながら、一服のお茶をいただくのも、一興です。たった一杯のお茶でも、あるいはお菓子でも、その場にある不思議さを感じれば、もっともっとお茶が楽しくなります。
 そして、道具にばかりこだわるより、その取り合わせのおもしろさや工夫、さらには新しい茶碗より長年使い続けてきた茶碗への愛着など、むしろ誰が見ても完成された美しさより未完の美こそ心の安らぎを感じられるようになると思います。
 これこそ、村田珠光が『月も雲間も無きは、いやにて候』と語った言葉に近い考え方ではないかと思っています。
(2009.07.14)

書名著者発行所発行日
茶道をめぐる歴史散歩井上辰雄遊子館2009年5月15日

☆ Extract passages ☆

 栄西は、ある意味で、妥協性に富んだ人で、法然上人や親鸞上人のように、決して、本山の天台宗などには、さからわなかった。時には、協調しながらも、臨済禅を着々とひろめていったのである。そこに、むしろ栄西の寛容さ、懐の広さをみるべきであろうと、わたしは、考えている。
 禅では、特に臨機応変が尊ばれているが、栄西もかかる見地から、その融通性を評価されるべきであろう。その境地に到達するまでの栄西の求道の道は、なみなみならぬものがあったからである。・・・・・・
 かかる人物によって、日本の茶が始められたことは、わたしは、感謝すべきことだと思っている。
 茶道はあくまで和合が目的であるが、その底辺には、激しい求道精神が流れていなくてほならないからである。

(井上辰雄著 『茶道をめぐる歴史散歩』より)




No.387 『歴史を変えた「旅」と「病」』

 7月2〜5日まで、北海道の大雪山にキバナシャクナゲを見に行ってきました。もちろん、旅には本が必要です。それも、なるべくなら旅つながりの本なら、旅先で読むには最適です。ただ、一般的な紀行文だと、自分の旅の印象が弱められるような気がして、いつも避けています。
 そこで、今回の旅で選んだ本がこの『歴史を変えた「旅」と「病」』です。もともと田畑書店より刊行された 『伝説の海外旅行』を文庫収録されたものだそうです。著者は、あまり聞き慣れないトラベルメディスンを習得したお医者さんです。
 このトラベルメディスンとは、本書で「トラベルメディスンとは海外旅行のための医学である。その対象には海外旅行者だけでなく、仕事で海外に滞在する人や移住者なども含まれる。こうした人々が旅先で 遭遇する健康問題を予防し、健康的で楽しい旅を提供するのが、この医学の目的になっている。トラベルメディスンの発祥は1950年代で、その後は、海外旅行者数の増加とともに欧米社会で急速に発展してきた。欧米には至る所にトラベルクリニックと呼ばれる専門医療施設が設置されており、国民は海外旅行に出かける前、そこを訪れて旅行中の健康指導やワクチン接種を受けている。クリニックでは旅先の医療情報の提供や、携帯医薬品の販売も行っている。また、帰国後に症状のある旅行者の診療を行っている施設もある。」と説明していますが、今以上に昔は海外旅行はまさに冒険だったようです。
 この本は、往復の飛行機の中や泊まった宿で読みましたが、大雪山に登るとなると夜は早く寝なければならず、朝は早朝から動き始めます。ということは、読書の時間があまりなく、全264ページの半分ほどしか旅先で読めませんでした。残りはその後となりますが、帰宅後は撮ってきた写真を整理する時間に追われて、これまた、読書時間がとれません。それで、やっと今日読み終えたところです。
 この本にも書かれてありますが、旅行の英訳である Travel という単語は、Trouble(心配)やToil(苦労)を語源とするもののようです。たしかに、旅は心配事も多く、苦労の連続でもあります。今回の旅も、一日中大雪山を駆け巡りキバナシャクナゲを撮るというもので、足腰がガクガクになりました。でも、そのなかにありながら、気分は最高で、夢中で被写体を見つけてはシャッターを押しました。帰宅後の写真整理でも、その高揚した気分が続いています。
 旅の楽しさは、計画を立て、それを実行し、帰ってからそれらの整理をする、つまりこの期間全てが旅をしているかのようです。身体の疲れは数日でなくなりましたが、その旅を楽しんだことの一つ一つがしっかりと胸の内に残っています。もしかすると、その旅が大変であれば大変であるほど、その楽しさが持続するのかもしれません。
(2009.07.09)

書名著者発行所発行日
歴史を変えた「旅」と「病」(講談社+α文庫)濱田篤郎講談社2008年12月20日

☆ Extract passages ☆

 チャーチルに限らず、第二次大戦中は首脳会議が盛んに行われたが、この新しい外交の形は、政治家による新たな旅への挑戦といえるだろう。首脳同士が直接に話し合いをすることは、それだけ外交的効果の高いものだったが、その一方で、首脳自身の健康状態により、会議の結果が思わぬ方向に進むというリスクもあった。この典型的な例がヤルタ会議なのである。
 こうした首脳会議で万全な健康状態を維持するためには、その開催場所が大きな意味をもってくる。この点でスターリンは巧妙だった。テヘラン会議もヤルタ会議も、スターリンは自分の領土内で開催することができたのである。これは精神的にも大変に楽だった。さらに開催場所までの距離をみても、米英からの距離が圧倒的に長かったわけだが、移動距離が長ければ疲労もそれだけ蓄積し、健康状態にも大きく影響を及ぼすことになる。
 これに加えて、テヘランとヤルタの経度に注目したい。いずれの経度も、モスクワのそれとほぼ同一である。これは時差がほとんどないことを意味する。スターリンは日頃のモスクワ時間で会議に臨めた。その一方で、米英の首脳はかなりの時差ぼけに悩まされたことだろう。これは首脳会議において最も危倶すべき事態だった。こうした点までスターリンが計算していたかは不明であるが、開催場所の設定により、ソ連が米英から大幅な外交的譲歩を勝ち得たことは明らかなようだ。

(濱田篤郎著 『歴史を変えた「旅」と「病」』より)




No.386 『図解 名言で学ぶ! 哲学入門』

 『大黒さまの一言』などで名言を集めているので、この名言とか箴言という言葉に弱く、ついつい手に取ってしまうようです。この本を読み始めたのも、それがきっかけです。でも、何でもそうですが、そのきっかけがとても大事で、そこから次々と広がり、いつの間にか自分を知らない世界に連れて行ってくれます。そうでなければ、今さら、哲学なんて読もうともしません。
 この本は、古今の名言を掲げ、それを解説することによって哲学への入門になるという筋立てになっています。1つの名言で2ページの解説、タレス(紀元前624〜546ごろ)からデリダ(1930〜2004)まで、数多くの哲学者や思想家の話しが載っています。
 そして、この名言を読むことによって、哲学の全体像を理解し、ものの考え方などに興味を持つようにつくられています。また、「コラム なるほど!東洋思想」も5つほどあり、東洋的な考え方もわかります。その東洋思想の1つ、「空」の部分を、下に抜き書きしてありますので読んでみてください。
 もともと、哲学は全ての学問の中心で、そこから枝葉分かれをしていったのですが、ややもすると、その最初の哲学がぼけてしまっていると感じることがあります。たとえば、今、国会で審議されている臓器移植法のことでも、人とはなにか、命とはなにか、生きるとはなにかという基本的なことから煮詰めていかなければならないと思いますが、それを短期間で審議し法案を通そうとすれば、どこかにひずみが生ずるのは当たり前です。たしかに臓器の提供を待っている人たちもいて、少しでも早くという気持ちも理解できるのですが、この大事な部分の共通理解がなければ将来に禍根を残すと思います。
 そのような思いもあって、この本を読みました。名言と図解とで、難しい哲学も、取っつきやすいものになっているようです。
(2009.07.02)

書名著者発行所発行日
図解 名言で学ぶ! 哲学入門富増章成洋泉社2008年8月18日

☆ Extract passages ☆

大乗仏教が大きな飛躍をとげた理由が、「空」の思想である。
 仏陀の教えでは、あらゆるものが相互依存しているとされる縁起の思想が説かれたが、この思想を発展させたのが、竜樹(ナーガールジユナ)である。
 竜樹は、空の思想を中心とする中観派の祖である。
 彼は、すべての存在は相互依存しているのであるから、あらゆる事物、自我、諸法はすべて自性を欠いていると説く。竜樹はこれを「空」であると解釈した。
 ここでは、善と悪、浄と不浄などの固定的な対立は除かれ、中道が実現する。生きとし生けるものに慈悲を与えるという根拠がここにある。

(富増章成著 『図解 名言で学ぶ! 哲学入門』より)




No.385 『世界一の庭師の仕事術』

 23歳で花屋のアルバイトを始めた著者が、紆余曲折しながらも花や緑と関わりながら庭師になる生き様を描いたものです。副題は「路上花屋から世界ナンバーワンへ」となっていますが、必ずしも「チェルシー・フラワーショー」のガーデニング部門のゴールドメダルが世界一の称号だとは思いませんが、たしかにイギリスという国は、とても園芸に関心があります。
 数年前のことですが、この「チェルシー・フラワーショー」を主催する英国王立園芸協会の役員の講演を聴いたのですが、日本の山野草や盆栽の世界とは異質の、貴族趣味的な園芸の深さを感じました。その方は、植物の分類や名称に関する専門家でしたが、私たちも、NPO法人「栽培植物分類名称研究所」の会員としてお聴きしたものです。
 この本は、1つのものの考え方として、あるいは1つの成功物語として読むと、なかなか味わい深いものがあります。成功の陰には、必ず失敗があり、その躓きが大きければ大きいほど、それに耐え、それをバネにできると、その先には素晴らしい世界が広がっていくようです。いわば、夢を見て人に語り続ければ、いつかは実現できるはずです。著者は、『夢は、人に語ったほうがいいのです。いや、語らなければダメなのです。人に言うことによって自分にプレッシャーがかけられる。それがいいのです。途中で「言ってもダメだった」とやめることなく、実現するまで言い続ける。実現しないなら死ぬまで言い続ける。そうすれば、嘘にはなりません。「ああ、この人は本当にやりたかったんだな」とみんなから思われて、人生を終えることができます。』と書いています。まったくその通りだと思います。
 もし、今、したいことがなく悶々と過ごしていたり、アルバイトばかりでこの先が見えてこないなどの悩みを抱えていたら、ぜひ、読んでみてください。必ず、積極的に生きようとする勇気がわいてくると思います。
(2009.06.30)

書名著者発行所発行日
世界一の庭師の仕事術石原和幸WAVE出版2009年3月29日

☆ Extract passages ☆

 「花を売らずに、夢を売る」
 29歳で店を開いたときに、決めたことです。
 花をモノとして売るのではなく、「あのときのカスミソウが忘れられない」と思ってもらえるような、花をもらったことが心に刻まれるような仕事をしたいと思ったのです。
 風花という社名に決めたのも、「花の命も人の命も短いけれど、心に残る感動は永遠」という意味を込めたからです。
 もし、あなたが月明かりの下で、雪が風に舞うようにちらちらと降る風花を見て、感動したとします。その風花は、永遠に心に残ります。好きな人と一緒に見たなら、なおさらでしょう。

(石原和幸著 『世界一の庭師の仕事術』より)




No.384 『山野草の民俗』

 この本は、いわば私家版で、著者の住まいは西置賜郡白鷹町荒砥だそうです。荒砥には、古い桜の木々があり、植物に対する関心も深そうですから、このような本が書かれる土壌があるのかもしれません。
 そういえば、今年の4月に置賜桜回廊ということで、桜の古木を訪ね歩いたとき、この荒砥にも行き、「早乙女桜」に行く途中で、山野草をたくさん栽培しているおばあちゃん宅を見つけ声を掛けると、自宅の庭に案内されました。そこは、足の踏み場もないほど山野草が植え込まれていました。
 おそらく、この本の著者宅も、このような庭をお持ちではないかと勝手に想像しました。
 全部で102ページの小冊子ではありますが、扉からの4ページはカラーで、その扉には「池坊山形支部創立50周年・青年部創立15周年記念 いけばな池坊展」に出品したと思われるヒョウタンに藤の花の写真ですから、もしかすると華道をなされているのかもしれません。
 なにはともあれ、置賜に伝わる山野草関わりのことなどを、自分が体験したことや古老から聞き取った話しなどを書き留めています。このような話しは、今、書きとどめておかなければいずれ忘れ去られてしまいます。そういう意味では、貴重な記録ではあります。
 たまたま、別なことを調べているうちにこの本があることを知ったのですが、これからは、このような本も読んでみたいと思いました。おそらく、現在では手に入らないとは思いますが、図書館などでお読みいただければと思います。
(2009.06.27)

書名著者発行所発行日
山野草の民俗奥村幸雄私家版1996年9月15日

☆ Extract passages ☆

 こうした当時の子どもの生活を考えると、全く自然の真只中という気がする。与えられた自然でなく、自分が見つけて遊びを作れる自然である。子どもはそんな自然が好きなのだ。自然の中で夢中になって遊びながら多くのことを学んできたように思われる。自然の教育力なのであろう。翻って今の山野を見てみると、真先に気付くことは、子どもの姿が少ないことである。忙しくて遊ぶ余裕がないこともあろうが、自然が自然でなくなってしまったということもあるように思えてならない。川があるから自然がある、やまがあるから自然は残っている、のではないと思う。川があり、そこに魚がおり昆虫がおり、岸辺にはいろんな野草が生え、それらと遊ぶ子供たちかいて、初めて自然があるといえるし、その状態があって初めて自然が残っていると言えるのではあるまいか。山も亦同じであろう。豊かな教育力を保持していた頃の自然の懐に抱かれて育った筆者は、今の子どもにもそうさせてあげたいし、そうなるように努めるのか、大人たちの大事な仕事の一つでもあるように思えてならない。

(奥村幸雄著 『山野草の民俗』より)




No.383 『戦争を止めたい』

 写真に関心はありますが、戦争カメラマンといわれている人たちのことは、ほとんど知りません。かろうじて、1966年にピューリッツァー賞を受賞した澤田教一氏は数々の本で知ってはいましたが、副題の「フォトジャーナリストの見る世界」に興味を持ちました。
 著者は、塾講師からフォトジャーナリストになったそうですが、そのいきさつを「当時、私は30代後半でした。写真を撮る仕事は3分の1が下調べ、3分の1は取材の際の時間待ち、そして残りの3分の1はカメラ機材などの荷物運びという肉体労働だと思ってきました。シャッターを切ることなど、全仕事量の1%にも満たないのではないでしょうか。そう考えると、重い荷物を持つ仕事を始めるなら、今が最後の機会ではないかと思いいたったのです。もちろん子どもたちと教室で過ごすことにはやりがいを感じ、また安定した収入を犠牲にすることに迷いもありました。それでも私は写真を撮るほうを選びました。何度か通ったパレスチナ難民キャンプで知り合ったおばさんが語ってくれた、こんな言葉にうながされたからです。『ヒロシマ、ナガサキを体験したあなた方日本人なら、私たちのこの悲惨さを理解できるはずです。どうか、この現状を日本の人々にも伝えてはしいのです』」と書いています。
 そういえば、湾岸戦争などで使われたとされる劣化ウラン弾も、詳しくこの本で知ることができました。この本は、基本的に「戦争には絶対反対」という姿勢で書かれていて、最後に「私が歩いた戦場では武力によって問題が解決したところはありません。むしろ武力は武力を呼び、絶え間のない暴力を引き出し、問題の解決をより遠のかせてきたというのが現実です。こうした歴史が忘れ去られているとしたら、それこそジャーナリズムの敗北です」という言葉で、この本を締めくくっています。
 たしかに、戦争は戦場のみでおこなわれているわけではなく、もし、戦争が始まれば、ほとんどの人たちはその犠牲者になるだけです。もし、良かったと思える人がいるとすれば、戦争を始めたホンの一部の人と戦争で使う武器を製造し販売し儲けた人たちだけではないかと思います。そんな戦争は、まっぴらごめんです。
 ぜひ、戦争を知らない若い方々に読んでいただきたい1冊です。ありふれた動画より、寡黙な写真のほうが多くを語りかけてくるようです。
(2009.06.25)

書名著者発行所発行日
戦争を止めたい(岩波ジュニア新書)豊田直巳岩波書店2009年4月21日

☆ Extract passages ☆

 紛争の現場を歩いてわかるのは、銃を持つ人々は必ず「敵」を必要とするということです。法によって銃の所持が認められた警察官などを除けば、「敵がいる」ことが唯一、銃を正当化できる根拠と考えるからでしょう。その結果、銃を持つ人々は市井の人々を「敵」か「味方」かに選別するのです。そして法律が支配するのではなく、銃が「法」となって支配していきます。「正義が勝つ」のではなく、「勝った者が正義」だという考えが横行していくのです。
 銃を持つ者たちが「味方」を獲得するために、敵・味方を選別する手段として利用してきたのが、「宗教」や「民族」「国籍」といった区別(差別)です。そうした区別が強調されることで、いつの問にか、「私」という個人よりも、たとえば、同じ宗教をもつ「私たち」という集団に重きが置かれることになります。そして、集団としての一体感を味わうと同時に、自分たちの集団ではない相手を区別することにもなります。その心性を強調することが、戦争のなかで利用されるようになります。

(豊田直巳著 『戦争を止めたい』より)




No.382 『知られざる直江兼継』

 今年のNHK大河ドラマは「天地人」で、直江兼継が主人公です。当然、地元の盛り上がりは相当なもので、カネタンというゆるキャラまで大活躍です。
 ですから、そのドラマを見ている人も多いかと思いますが、私はあまり見てはいません。先週の「何でも鑑定団」に出演したある鑑定士は、「あれはドラマですから・・・・・」と話していましたが、まったくその通りです。あれが真実だと勘違いされれば、とても困ります。その鑑定士は、あのドラマを見るより古文書を見ていた方が楽しいと言っていましたが、そこには真実が隠されています。読めるか、読み取れるかはその人自身の力です。
 でも、ドラマはあくまでも創作されたものですから、ある程度、おもしろおかしくなければ視聴者は見てくれません。視聴率にも響きます。次のドラマを創るときの予算に反映されるかもしれません。だから、いろいろな理由で、事実とは違うことがクローズアップされてしまいます。
 では、事実がしっかりと伝わってきているかといいますと、それも疑問です。古文書にしても、残したいと思うことがすべて事実ではないからです。抹殺したい事実もありますし、歪曲して残そうとする意図が見え隠れする場合もあります。正史といわれるものでさえも、そのときどきの為政者の気持ちを代弁したものに過ぎないとする学者もいます。たしかに、その通りだと思います。
 では、なぜ、この説話を寄せ集めたようなものを読むのかといいますと、その逸話のなかにしのばせて伝えたいという気持ちが入っているからです。たとえば、この本で紹介されている逸話ですが、
 「あるとき兼続の家臣が、ささいなことで下僕を無礼討ちした。下僕の遺族たちは怒って、兼続にこう訴え出た。「あれの粗相は無礼討ちにされるほどのものではない」
 調べてみると遺族の訴えの通りであった。兼続は家臣に、お金で賠償するよう命じた。だが遺族たちは、お金ではなく、下僕を生かして還せとしつこく食い下がる。とうとう兼続はこう言った。「よし、それほど申すなら冥土の官吏に掛け合って呼び戻そう」
 続けて、「だが、あの世に使いにやれる者がいない、すまぬがそちたちが行ってくれぬか」
 そう言うや、遺族三人の首をはねて、その首を河原に晒し、その横に立て札を立てた。そこに闇魔大王への生還依頼をこう書いたという。「この者どもを使いに出すから死人を還せ 慶長二年二月七日 直江山城守兼続判」
 いつまでもつけあがらせたくなかったのである。」とあります。
 この逸話だけで直江兼継の人となりを語れませんが、そのいっぺんをうかがい知ることができるような気がします。
 もし、直江兼継に興味があれば、読んでみてください。
(2009.06.22)

書名著者発行所発行日
知られざる直江兼継由良弥生ランダムハウス講談社2008年11月25日

☆ Extract passages ☆

 ここではないどこかへ、行こうとは決して思わなかった。最後の最後まで、君を君とし臣は臣として、君臣の道を踏み外さなかった。鬼にもなれば仏にもなって、一途に上杉家だけに「義」を立てたのである。謙信の思想の影響や、本人の性格ももちろんあるだろうが、景勝との関係がそれほど緊密であったともいえる。
 そこまで気持ちが一致するのかという微妙な瞬間を、妻のお船は幾度も見ていたのだろう、二人の緊密な関係に嫉妬さえ覚えることもあったといわれる。
 そんな兼続は、さらに上杉家の末永い安泰をはかろうとしたのだろう。のちに本多正信の二男を長女の婿養子に迎えている。兼続には長女のお松(13歳)のほか、次女お梅(11歳)、病弱な嫡男竹松(9歳)がいた。兼続は竹松嫡子を廃し、婿養子に直江家を継がせ、景勝に嫡子が生まれない場合には、上杉家の世子にすることまで考えている。

(由良弥生著 『知られざる直江兼継』より)




No.381 『デジタル社会はなぜ生きにくいか』

 デジタル社会は、たしかに便利ですが、ちょっと戸惑うときもあります。さらに、技術革新が早く、知らないうちにまったく違う内容に変わってしまうことさえあります。だから、生きにくいといわれれば生きにくいような気がしますが、個人的には、とても便利で手放せないものです。
 この本のなかで、「注文は完売のため、受けられないという連絡が届いた。しばらくして、その会社から金額0円の請求書が届いたが、無視した。すると今度は、期限を定めた金額0円の督促状が届いた。」のようなパロディが載っていましたが、たしかにあり得ることです。また、「製品やサービスの種類がどんどん増えて、内容もよく変更されますので、担当者がご質問にすぐには答えられない場合がございます。 あらかじめご了承下さい。」などということは、ときどき経験しています。
 たしかに、現在のようなデジタル社会の急激な変化に追いついていくのは容易ではありません。でも、だからといって、昔のフィルムカメラがいいかというと、今更この便利なデジタルカメラを手放す気にはなれません。フィルムを買い、それをカメラに入れ、24枚か36枚撮ったらカメラ屋に持って行きネガにしてもらい、その中から選んでプリントしてもらう、なんて冗長なことはできません。今撮って、それをパソコンで処理し、プリンターで印刷する、それで終わりです。またメモリーをチャラにすれば、何度でも使えますし、パソコンに記録しておけば、いつでも撮った写真を見ることができます。アルバムをどこかにしまい忘れたということもありません。
 だからといって、すべてがいいかというと、そうでもありませんし、生きにくいと感じている人も多いかと思います。でも、このデジタル化の流れを変えることはできないようです。
 では、このデジタル社会をこれからも生きていくためにどうしたらいいのか、その心構えをこの本では6つ取り上げています。
 @ 半分信用し、半分信用しない
 A 必要な知識や情報を得て、自分を守り、他人の立場を尊重する
 B 自分ですることの境界線を定める
 C 利用することと利用しないことの境界線を定める
 D 危険を分散し、代替の方法を持つ
 E 依存しすぎない
 以上です。
 もし、現在のデジタル社会を生きにくいと考えたなら、ちょっと目を通してみるといいかもしれません。
(2009.06.19)

書名著者発行所発行日
デジタル社会はなぜ生きにくいか(岩波新書)徳田雄洋岩波書店2009年5月20日

☆ Extract passages ☆

 デジタル社会には光と影がある。
 まず光の面をあげてみよう。新しい産業や仕事が生み出され、経済活動が活発化する。遠隔地でもいろいろなサービスを直接受けることができる。機器やシステムが自動化し便利になる。大規模な情報が利用可能となり、地球1、いつでも、どこでも、誰でも、直接に通信し、情報や知識を共有できる。
 一方、デジタル社会の影の面は次のようなものである。自動化や中間過程の消滅で人々の仕事が減る。企業や店舗は広域的な市場競争にさらされる。公共システムの停止や障害で社会的混乱が発生する。情報の大規模蓄積・流出・喪失や破壊行為により、個人生活や企業活動が脅かされる。

(徳田雄洋著 『デジタル社会はなぜ生きにくいか』より)




No.380 『バオバブの記憶』

 これは写真集で、たまには活字本ではなく、ゆったりと写真を眺めるのもいいものです。
 そういえば、最近は出版社もインターネットや経済不況などの影響から、定価の高い本の出版は少なくなっているようです。その最たるものが写真集で、なかなかいい写真集は出てこないようです。それで仕方なく、昔の写真集を引っ張り出して何度も見るのですが、やはり初めて見るような強い感動は薄れてきます。また、写真展などの図録にもいいものがありますが、それもたしかに少なくなっているような気がします。
 そのようなとき、この写真集を見つけました。
 じつは、バオバブというと、あの『星の王子さま』に出てくるのを真っ先に思い出します。2008年は『星の王子さま』が日本国内で出版されて55周年目だそうで、それを記念して「星の王子さまとバオバブの木-スペシャルエディション- 」と銘打ち、バオバブの種子や栽培キットが一式で売り出されたりしました。もちろん、温室がなければ育てられませんし、あの雄大な姿には絶対になりそうもありませんが、まあ、夢だけは味わえそうです。
 この写真集は、バオバブの木だけを撮っているのではなく、その木とそこに暮らす人々の生活などを撮ることによって、あまりにも変わりすぎる現代社会に一石を投じています。アフリカの人たちは、このバオバブの木と何百年も変わらぬつきあいをしているかのようですし、そこに安定的な暮らしぶりをみることができます。まさに大地にしっかりと根ざした生き方です。
 もし、機会があれば、この写真集だけでなく、もっともっと多くの人たちに写真集のすばらしさを感じてほしいと思います。
(2009.06.17)

書名著者発行所発行日
バオバブの記憶本橋成一平凡社2009年3月10日

☆ Extract passages ☆

 今や地球上の人口は300年前の10倍にもなっているという。頭脳だけが飛躍的に発達し、さまざまな動力をつくり出し、原子力に手を出し、宇宙やいのちまで探り出している人間たち。ついこの間まで地球上のたくさんの生きものたちと同じ時間の流れの中で生きてきたはずなのに。いつからだろう、人間だけが走り出してしまったのは・・・・・・。五百年も千年も前のぼくらの暮らしはどんなだったのか、バオバブに聞いてみたくなった。
 今もバオバブと共に暮らしている人たちがトウーバ・トゥール村にいた。彼らならバオバブの記憶をひもとくことができるかもしれない。

(本橋成一著 『バオバブの記憶』より)




No.379 『コーヒーの鬼がゆく』

 そういえば、学生のころはコーヒー豆を買ってきて、自分の好みにブレンドし、それをイギリス製の手動ミルで丁寧に碾き、それをネルフィルターで膨らばせるようにして抽出していました。この本を読みながら、その当時のことを思い出してしまいました。
 副題は『吉祥寺「もか」遺聞』となっていて、この「もか」の店主・標交紀(しめぎゆきとし)の軌跡を追うという設定です。この標こそ、稀代のコーヒー求道者であると著者はいいます。
 著者はすでに、『コーヒーに憑かれた男たち』という本を書いていますが、そのなかで、現役最高齢の銀座ランブルの関口、業界きっての論客である南千住バッハの田口、品格あるコーヒーの求道者ともいえる吉祥寺もかの標の3人を頑固者で自家焙煎のカリスマとして描いています。ということは、さらにこの本で標個人にスポットを当て書いているということになります。
 たしかに、この本で指摘しているように、紅茶などは専門家によってブレンドされ、店では抽出に工夫を加えるだけだし、もともと紅茶はワインなどと同じようにペアリングで楽しむものです。つまり、クッキーやスコーンなどを食べながら飲むものです。でも、コーヒーは、自家焙煎という味造りの大事な部分が残されており、これでコーヒーの味が決まってしまうとも言われているのだそうです。そこに、自家焙煎をする意義があるわけです。そこに、個性やオリジナリティを吹き込むことができることになります。その極意にいたる過程を、下に抜き書きしたような表現をしています。
 たしかに、コーヒーは奥が深いと思います。自分で抽出するにしても、豆の量やお湯の温度、さらには天気なども影響するようです。それに生豆を買ってきて焙煎する過程が加われば、まさに暗闇の奥底という感じがします。だから、それに取り憑かれれば、一生涯突き進むことになります。
 この本を読みながら、つい、喫茶店でコーヒーを飲みたくなりましたが、すぐに思いつくところはなく、仕方なく「ドトール」に行きました。そこで「今日のコーヒー」を頼み、そのガラスケースにあるケーキも食べたくなり、いっしょに注文しました。そのとき、ふと、ケーキを食べながらコーヒーを飲むなんて標さんから怒られそうだと思いました。
(2009.06.15)

書名著者発行所発行日
コーヒーの鬼がゆく嶋中 労中央公論新社2008年12月20日

☆ Extract passages ☆

 ある「量」的なものが持続的に積み重なり臨界点を超えると、「質」的なものに転換する瞬間がある。大工や料理人が駆け出しの頃に、よく刃物研ぎをさせられるが、修得するまで場合によっては二年、三年かかるものもある。遠回りに思えるような修業でも、ある時ふと、極意みたいなものを会得する瞬間が訪れる。「量」が「質」に転換する瞬間だ。
 おそらく標が 「わかった!」 と思った瞬間は、そんな瞬間なんだと思う。標はよく「いい風が吹く」なんて言い方をしていたものだが、無心になり、邪念を払ってひとつことに集中していると、身体が無意識のうちに動く。気がついてみるとポイントがぴたりと合っていて、その過不足のない仕上がりに自分でも驚くことがある。長い時間をかけ、手や身体が記憶したことは、意識下に納められてふだんはじっとなりをひそめているが、いざとなると無意識のうちに身体を動かす。そしてポイントを外さない。

(嶋中 労著 『コーヒーの鬼がゆく』より)




No.378 『単純な脳、複雑な「私」』

 この本は、20年前に卒業した母校で、著者が後輩の高校生たちに語った脳科学の「最前線」を、そのまま収録したものです。といってしまえば、NHKのテレビ番組『課外授業 ようこそ先輩』に近いものを想像しますが、第1章は「脳は私のことをホントに理解しているのか」という題で、全校生徒の前で講演をしたものです。でも、第2章以降は、その全校講演で興味を持った生徒たち9名に声をかけて春休みに連続講義をしたものだそうです。ちなみに、第2章は「脳は空から心を眺めている」、第3章は「脳はゆらいで自由をつくりあげる」、第4章「脳はノイズから生命を生み出す」です。
 この講義の一貫したテーマは、「心の構造化」です。ここでいう心とは、「意識と無意識を含めた脳の作用全般」の広い意味で使っています。でも、このちょっと難しそうなテーマでも、読んでみるとわかりますが、実験などが多く取り入れられ、とても理解しやすく書かれています。もちろん、高校生が対象ということもありますが、講義そのものを収録して書き起こしているので、話し言葉になっています。それも読みやすさにつながっているようです。
 たとえば、ひねくれアリの存在理由を、「すべてのアリが厳密な規律に従うわけじゃなくて、集団内のあるアリはゆらいでいてルールから外れる。つまりノイズ成分のアリだ。なぜ進化の過程で、そんなノイズのようなアリが生き残ったのか。怠け者とか、謀反人なんていない方が、システムとして効率がいいはずでしょ。全メンバーがせっせと働いてくれるからね。全員が頑張る働きアリであった方が成果が上がるはずなのに、でも、アリの社会は、言うことを聞かないヤツを必ず残しておく。進化の過程で排除しなかった。それはなぜだと思う?
 高校生 − そのアリがもっと短いルートを見つけるかもしれないから……。
 まったくその通り!
・・・・・たしかに最初にたまたま発見したルートが必ずしもベストな解答であるなんていう保証はない。それがポイントだ。もしかしたら、ノイズ成分のひねくれアリが、フラフラとルートを外れてたまたま近道する可能性がある。フェロモンのまかれた元来の道筋を無視して、その道を逸れて、大発見をするかもしれない。これがノイズがあることの利点なんだ。」と書かれています。
 本当にわかりやすく、この本1冊で、書き留めたカードも17枚ほどになります。私ってなに、自分が存在するのはなんで、などと疑問に思うことがあれば、ぜひ読んでいただきたい1冊です。おそらく、「自分探し」なんてことは、考えなくなるかもしれません。
(2009.06.10)

書名著者発行所発行日
単純な脳、複雑な「私」池谷裕二朝日出版社2009年5月15日

☆ Extract passages ☆

 記憶というと、脳の中に保管された文書が、コンピュータのデータのように、そっくりそのまま保管されるように考えている人もいるかもしれないけど、実はそんなことはない。すごく曖昧で柔らかい方法で貯えられているんだ。しかも、このふたつの例のように、記憶が呼び出されるときに、その内容が書き換わってしまうこともある。
 つまり、情報はきちんと保管され、正確に読み出されるというよりも、記憶は積極的に再構築されるものだってこと。とりわけ、思い出すときに再構築されてしまうことがポイントだ。思い出すという行為によって記憶の内容は組み換わって新しいものになる。それがまた保管されて、そして次に思い出すときにもまた再構築されていく。
 記憶は生まれては変わり、生まれては変わる。この行程を繰り返していって、どんどんと変化していく。だから「見た」という感覚がいかに怪しいかがよくわかる。

(池谷裕二著 『単純な脳、複雑な「私」』より)




No.377 『野菜畑で見る夢は』

 久しぶりで小説を読んでみたい、それも夢見るような現実感のないものをと考え、これを見つけました。
 ほぼ、当てづっぽうで選んだのですが、考えていたのにぴったりの小説でした。しかも、去年から野菜の花の写真を撮るようになり、そのおもしろさから、それらの野菜のことを調べ始めていました。この小説も、それら野菜のうんちくが書かれていて、「そうそう、これは知っている」とか、「ええーっ、それは知らなかった」ということが次々にでてきます。
 ホント、時間を忘れて読んでしまいました。でも、その知らなかったことを書き記すために、再度読んで、やはり、いつも通りの時間がかかってしまいました。
 もともと、この本は、『日経ヘルス』(日経BP社)の2007年4月号から2008年11月号にかけて掲載されたものだそうです。少しは加筆や修正はされているでしょうが、必ず野菜がテーマで、この本にはありませんでしたが、画家の白浜美千代さんは「毎月、土のついた野菜に魔法をかけて、雑誌の誌面で芸術品に仕上げて見せて下さった」といいます。それをぜひ見たかったなあ。もし、再版があるなら、ぜひそれも載せていただきたいものです。
 それにしても、野菜について博学だと思いましたが、野菜に関する情報や体験談やレシピ、自然農法について、野菜畑で実際に起こることなどを教えてくれたのがニューヨーク州在住の判憲司さんご夫妻とか。でも、それらに小説の味付けをして、読者を野菜の世界に引き入れるのは作者の力量だと感じました。それも、恋愛小説のようなとろけるような味付けをして・・・・・・。
(2009.06.05)

書名著者発行所発行日
野菜畑で見る夢は小手鞠るい日経BP社2009年3月16日

☆ Extract passages ☆

 あたしたちはよく「誰がとうもろこしで、誰が豆で、誰がかぼちゃか」について、話し合っては、笑い転げてた。
 とうもろこしと、つる性の豆と、オレンジ色のかぼちゃは、三姉妹。
 みんなで互いの足りないところを補い合って、助け合い、支えながら成長していく。
 それは、かぼちゃ畑を訪ねた時、お百姓さんが教えてくれた話だった。
「とうもろこしは縦に伸び、かぼちゃは地面を這うから、それぞれの成長の邪魔にならない。しかも、猛暑の季節に地面を覆うかぼちゃは、畑から水分が蒸発するのを防いでくれる。一方、豆類は空中の窒素を吸収して土壌を肥やし、つる性の豆なら、とうもろこしを支柱にして成長していくことができる。だから、ネイティブ・アメリカンの人たちは、とうもろこしとつる性の豆とオレンジ色のかぼちゃを『スリー・シスターズ』と呼んで、同じ畑に植えていたんだよ」

(小手鞠るい著 『野菜畑で見る夢は』より)




No.376 『一度は拝したい奈良の仏像』

 今年の4月、東京国立博物館で「国宝 阿修羅像展」を見て以来、なんとなく仏像に関心が向き、雑誌などで仏像を扱っていると、つい、手に取っていました。たとえば、「BRUTUS」2009/4/15、もそうでした。表紙が阿修羅像ということもあり、常にはまったく読まない雑誌でも、なんか引きつけられるようにして買ってしまうのです。それで読むと、仏像に関する新しい見方などがわかって、さらにまたそれに類するものを探してしまうのです。
 その流れで見つけたのが、この 『一度は拝したい奈良の仏像』です。ここには国宝や重文はもちろん、あまり知られていない奈良の仏像まで、詳しく紹介されています。特におもしろかったのは、それを仏教史の中から読み解くのではなく、その仏像を制作する側から書いていることです。制作方法はもちろん、一般にはわからない内部の構造まで、自らの研究で知り得たことがイラスト入りで詳細に述べられています。たとえば、あの阿修羅像は乾漆という技法で造られているそうですが、その技法を自ら体験したときの様子なども紹介されているので、すごくわかりやすいのです。
 それと、仏像を造る立場から見るということは、その仏像制作を依頼する側、つまり有力者だったり皇族だったりするわけですが、それとそれをまつる側の寺院側の間に立つということで、その両方の気持ちを考えなければならないということになります。その狭間で、さらに自らが造りたい仏像を造ろうとするわけですから、いわば多くの葛藤から生まれてくるということになります。それが、この本の主題ではないかと思えるのです。「まえがき」のなかで、「仏像の造り手と対話する」ということが書かれていますが、その仏像に込められた制作者の意図や思いを読み解く、というのがこの本のおもしろさではないかと思います。
 今、先が見えにくい現代にあって、仏像がブームみたいですが、どんな時代であっても、信仰の対象であるだけでなく、心の安らぎや感動を与えてくれるのが仏像です。もし、仏像に少しでも興味があれば、お読みください。
(2009.06.03)

書名著者発行所発行日
一度は拝したい奈良の仏像(学研新書)山崎隆之著、小川光三写真学習研究社2009年3月31日

☆ Extract passages ☆

 西金堂の群像を、あえて少年像としたのには、何か別の、積極的な理由、意図があったのであろう。それは、仏師の好みといった個人的問題ではない。願主からの強い意志があったのではないか。
 そこに、光明皇后の密かな願いが込められていた、と筆者はみたい。・・・・・・
 インドでは、「輪廻転生」という考え方があり、人は永遠に生まれ変わりをし続ける。その中で、女性は男性に生まれ変わることによって、はじめて成仏への道が拓けるという。『金光明最勝王経』では、釈迦も、実は遠い過去世に「福宝光明」という女性であったという。その時、ある如来の予言によると、いずれ男性として生まれ変わり、成仏すると告げられた。それが自分、すなわち釈迦であるという。光明皇后の光明子という名前も、この「福宝光明」に由来するといい、皇后の、この経典への期待の大きさがうかがえる。
 皇后が、もし、この 「変成男子」を目指すなら、その変成すべき理想の男子像を、西金堂の群像の中に忍ばせておきたい。そう考えても不自然ではあるまい。もちろん、皇后自身が、直接仏師に指示することはなかったであろう。皇后の気持ちを察した道慈が仏師将軍万福に命じ、実現させた。それが、阿修羅像であったとはいえないか。

(山崎隆之著 『一度は拝したい奈良の仏像』より)




No.375 『世界チョウ図鑑500種』

 「華麗なる変身を遂げるチョウとガの魅力」とあり、その正方形の独特の本の形に魅せられて、手に取りました。ケン・プレストン・マフハム自身が世界中をまわり写真撮影したそうで、よくもこれほどと思えるような内容です。
 ケン・プレストン・マフハム氏は、1949年のイギリス生まれで、チョウやガだけでなく、動物や植物・きのこなど、自然界の博物学的な角度から撮影しているそうで、すでに4,800種ほどに及んでいるそうです。
 この図鑑は、世界のチョウを扱っていますが、もちろん、そのなかには日本のチョウやガも含まれていて、見ていても楽しくなります。この手の図鑑は読むというよりは見るというもので、1ページずつめくる楽しみがあります。本来は、調べるときに使うのが一般的でしょうが、見ていても楽しいのです。
 地球上には、約165,000種のチョウやガが生息しているそうですが、そもそもチョウとガはどのように違うのか、と疑問を持ちました。なんとなく、見た感じが違うのですが、それだけで判断はできません。そこで、この図鑑を見ると、「主な違いは、翅の動かし方と触角にあります。チョウは、後翅の上側の縁か前翅の下の緑とオーバーラップして一緒に動くため、前後翅か一個のユニットとして動きます。ガは、前後翅か翅棘と呼ばれる仕掛けで物理的につながれています。また触角は、チョウはすらりとした形と棍棒状の先をもち、ガは太くて櫛状の先をもっています。」と書かれていました。
 これで、納得です。
 いずれ、わからないチョウやガが出てきたら、もう一度取り出して見てみたいと思います。
(2009.06.01)

書名著者発行所発行日
世界チョウ図鑑500種ケン・プレストン・マフハム著、大谷剛監修・訳ネコ・パブリッシング2009年3月20日

☆ Extract passages ☆

もし、行くことが実現したら、標本を作るためにチョウを捕えることはやめよう。チョウの生態系を壊し、後から訪れる観察者の驚嘆を奪うことは、誰にも許されないのだ。ビデオカメラやデジタルカメラに、美しいチョウの画像を収め、コンピュータやテレビ画面で大きく再生すれば、その動きや息吹さえ感じ取ることができる。標本作りは、チョウの生態や環境などの研究のためだけに理解されるものである。

(ケン・プレストン・マフハム著 『世界チョウ図鑑500種』より)




No.374 『「ケータイ時代」を生きるきみへ』

 最近、学校での携帯電話の使用が禁止される傾向にありますが、では、子どもたちが実際にどのような使い方をしているのか気になっていました。しかし、メディアに登場するのは極端な例が多く、それだけで今時のこどもたちはとひとくくりできないと思いますし、それ以上の問題としてあまり携帯電話に依存して、何も手に付かない状態でも困ります。若いときには、いろいろな体験が必要なのに、すべてを携帯電話を通してというのも気にはなります。先ずは、それを知りたいと思い、この本を見つけました。
 著者の尾木さんは、私立や公立の中学校の教師をされ、現在は法政大学キャリアデザイン学部教授などをされているそうで、こどもたちとの関わりも長いようです。データも豊富に載っているので、具体的につかみやすいとこの本を読んで感じました。
 たしかに、携帯電話は便利です。この本では、その特性を @ケータイは「パーソナルメディア」である、A情報は大人とボーダーレスで真偽不明なものが多い、B対人関係にトラブルを発生させる危険がある、Bケータイ依存に陥る可能性がある、C思春期の自己葛藤を妨害されて「もう一人の自分」と向き合うことができず、精神的自立に影響が出る、としています。
 この現在のネット社会は、「バーチャルタウンなのです。私たちの日常生活は、法律の綱で守られているのに対して、今のネット世界は、何の決まりもない道路のようなものです。往来を歩く人はもちろんのこと、運転者自身にとっても危険極まりありません。しかも、その運転は18歳以上の免許保有者でなくとも許されるのですから、あきれるのん気さです。保育園児や幼稚園児も中・高生も大人と同じように車を運転できてしまうのです。こんな大人と子どもがボーダーレスな世界など、実社会ではどこに存在するでしょうか。これほどの非常識がまかり通っているとは、これはもう、大変な手抜き社会か、よほどのお人好しといえるのではないでしょうか。」といわれるのも、仕方のないことでしょう。
 大阪府では、政令市を除く府内の全公立小・中学校でケータイの持ち込みを禁止し、府立高校では校内の使用を原則禁止する方針ですが、はたしてそれが一番いいことなのかは疑問です。なかには、生徒自身がケータイの使用を禁止したり使い方に制限を設けたりしているところもあるようです。あるいは、人によってはケータイを持たせてそのルールをしっかり守らせる方がいいのではないかという意見もあります。それらを考えるときの基本的視点の1つが、下に掲げた1998年の第2回「テレビと子ども」世界サミットのロンドン会議で、世界各国の子どもたち30数人(8〜14歳)が採択した「子どもの電子メディア憲章」です。見ていただければ、その内容がわかるかと思いますし、今の無秩序なインターネット問題を考えるときの基本にもなるのではないかと思います。
(2009.05.29)

書名著者発行所発行日
「ケータイ時代」を生きるきみへ(岩波ジュニア新書)尾木直樹岩波書店2009年3月19日

☆ Extract passages ☆

 子どもの電子メディア憲章
1. テレビやラジオについて子どもたちが述べる意見は、尊重されなければならない。
2. 子どものための番組制作においては子どもの意見を聞き、子どもを関与させなくてはならない。
3. 子ども番組には音楽、スポーツ、ドラマ、ドキュメンタリー、ニュース、コメディーなどが含まれなければならない。
4. 子どもたちには海外からの番組だけでなく自国で制作した番組がなければならない。
5. 子ども番組は面白く、楽しむことができ、教育的で、相互交流できるもので、身体的発達、精神的発達を促すものでなくてはならない。
6. 子ども番組は正直で現実的でなければならない。子どもは世界で何が起こっているかについて真実を知る必要がある。
7. どの年代の子どもにもその年齢にあった番組が必要であり、その番組は子どもが視聴できる時間に放送されなければならない。
8. 子どもの番組はドラッグやたばこやアルコールに対して否定的でなければならない。
9. 子どもは番組放送中、コマーシャルなしに番組を見ることが出来なければいけない。
10. 子どものテレビには子どもを尊重する、見下したりすることのない司会者が起用されなければならない。
11. 暴力のための暴力、問題解決のための暴力が奨励されてはならない。
12. テレビ制作者は視聴障害や聴覚障害を持つ子どもを含め、すべての子どもが子どものための番組を見たり聞いたり出来ることを確認しなければならない。番組はそれを見ている子どもの国の言語に翻訳されなければならない。
13. すべての子どもは自分の言語や文化をテレビで見たり、闘いたりできなければならない。
14 すべての子どもはテレビで平等に扱われなければならない。これは年齢、人種、障害を持つ者、持たない者、そしてすべての身体的外見を含む。
15 どの放送組織も子ども番組やテレビに関する問題、権利について助言する子どもたちを持たなくてはならない。
 (訳責 FCT市民のメディア・フォーラム)

(尾木直樹著 『「ケータイ時代」を生きるきみへ』より)




No.373 『豊かさへ もうひとつの道』

 だいぶ前のことですが、岩波新書の『豊かさとは何か』や『豊かさの条件』を読みましたが、それ以来の暉峻淑子さんの本です。最初は、名字も読めなかったのですが、「てるおか」さんだとわかり、名前を見ますと、淑子と書いて「いつこ」と読むということもわかりました。改めて、日本の名字や名前の読み方の難しさを思い知りました。
 さて、この本は、「豊かさ」そのものより、今までの自分生き方や教育の問題、さらには老いについてなど、さまざまな視点から「豊かさ」にアプローチしています。本当の豊かさとは何か、教育とはいかにあるべきか、自分たちの住む町づくりを考えよう、などなどのことを具体的に海外の経験などを踏まえて書いています。
 特におもしろかったのは、阿蘇山の外輪山を遠くに望む山都町での話しですが、村人たちの車座の座談会で、ある方が明日収穫しようと話しをしていたら、狸がその話しを聞いていたかように翌朝にはみな食べられてしまったそうです。それを聞いたある人は、「そりゃあ、あんたが自分だけの分だけつくっとるけんじゃ。狸の分もつくっとかにゃ」と声をかけ、みんながそれにうなずいたということでした。たしかに、この話しは現代離れした浮世の話しのように聞こえますが、効率化ばかりを推し進めようとする今の社会に鋭く問いかけているような気がしました。
 人は、「在ること」に意義があります。子どもも大人も、健常者も障害者も、その「ありのままでいい」のです。老いたからダメなのではなく、記憶力が減退しても、身体の機能が衰えても、そのままでいいのです。マーガレット・ミードの「母親はバスタオル1枚の始末についてもこの世の終わりがくるかのように叱るものだが、祖母というものはそれくらいのことでこの世は終わらないことを知っていて、それを教えてくれる存在なのだ」ということが載っていますが、日本にも同じような話しがいくつか残っています。その長い経験が必要になることもあるのです。
(2009.05.26)

書名著者発行所発行日
豊かさへ もうひとつの道暉峻淑子かもがわ出版2008年11月28日

☆ Extract passages ☆

 人間は平等にできているから、競争に敗れたものは自己責任、という考えは根本から間違っています。人間は決して平等にはつくられていません。生まれつき体の弱い人もいるし、運動能力や暗記力や話すのが不得意な人もいます。良心に反することがどうしてもできない人もいるし、融通無碍という性格の人もいます。
 むしろ人間の社会は、個人個人が持つその弱さや欠点を補い合うことによって、人間関係と社会をつくってきたし、多様性を維持して、人類の衰亡を防いできたのではないでしょうか。例えば武士の社会で有能であった人が、資本主義社会でもエリートである保証はありません。それぞれの時代にはその時代にだけとくに高く評価される資質というものがあり、それが必ずしも人間としての普遍的な能力でないことは、戦争中に、いやというほど私達も味わったはずです。

(暉峻淑子著 『豊かさへ もうひとつの道』より)




No.372 『小屋番 三六五日』

 『屋久島で暮らす』がとてもおもしろかったので、引き続き山溪叢書2を読みました。
 これは、月刊誌『山と渓谷』2001年5月号から2006年3月号に連載された「小屋番三六五日」をまとめたもので、原則として当時のデータを踏襲しているそうですが、もうすでに山を下りられた方もいるそうです。それでも、副題にあるように「人と自然と山仕事、山小屋暮らし とっておきの五十五話」です。
 下の抜き書きにも取り上げましたが、ほとんどの小屋番は楽しくってしょうがない、という雰囲気を持っています。もちろん、それは大変な仕事の連続でしょうが、それを楽しむすばらしい方々ばかりのようです。しかも、それぞれの山小屋に特徴があるように、その小屋番にも個性があり、それが登山者を惹きつける魅力でもあります。私も、そのような方に何度か出会っています。
 たとえば、越百小屋の伊藤憲一さんは、「もともと自営で店をやっていた私は、その当時から山の生活に憧れ、いつか自分の山小屋をもちたいとずっと思っていました。念願かなって小屋を開いたのが十六年前。以来、ここでの生活を続けているわけです。だから、山の生活が苦になるどころか、今でも楽しくてしょうがありません。好きなように小屋を整え、必要な仕事を自分の手でひとつひとつごなし、体を動かして作業をする食事の仕込みをして、寝床を豆タンで温め、登山者によかれと思う工夫をこらして、登山者を待つ。もうかる仕事ではまったくありませんが、私はこうした仕事が好きなのです。」と書いています。まったく好きでなければできない仕事です。道楽だといわれれば、たしかにそのような山小屋もありますし、お金を稼ぐための山小屋もないわけではないでしょうが、この「小屋番三六五日」を読むと、やはり好きだからという答えが返ってきそうです。
 それでも、登ってみるとわかりますが、登山者にも昔の山ヤさん気質はなくなり、いわゆる中高年登山者が多くなりました。それにつれて、登山技術や登山マナーも低下してきているように感じます。私のような昔は山岳部だった者にしてみると、隔世の感があります。
 そんな懐古の情を感じながら、この山溪叢書も楽しく読むことができました。
(2009.05.23)

書名著者発行所発行日
小屋番 三六五日(山溪叢書)55人山と渓谷社2008年11月1日

☆ Extract passages ☆

 ときどき、お客さんから 「いろいろなことをして大変ではありませんか〜」と聞かれることがありますが、私は「自分は道楽者で、いろんなことを楽しんでやっているんですよ」と答えています。たしかにつらいときや大変なときはありますが、それでもやっぱり楽しいですし、自分がほんの少しっらい思いをしても、それで山小屋に来られたたくさんの人を笑顔にして、ほんの少しの時間でも幸せにすることができたら、こんなすぼらしい職業はほかにはないと考えるようになったのです。
 楽しんで生きるtとは父親に学んだことなのですが、とにかくいろいろ考えて、実行してみることを心がけています。 (「大日平山荘」佐伯直樹)

(『小屋番 三六五日』より)




No.371 『屋久島で暮らす』

 私が屋久島に行ったのは、2005年のことです。まったく偶然にも、この同じ年の3月31日に東京を出発し、4月3日に屋久島に移住した「あるサラリーマンの移住奮闘記」がこの本でした。だから、この年は屋久島のヤクシマシャクナゲが10年ぶりの大開花で、この本にも「6月4日 しゃくなげ登山 移住早々、当たり年に恵まれたヤクシマシャクナゲを、友人と見に行った」と書かれています。じつは、私は6月1 〜2日に宮之浦岳に登り、3日は白谷雲水峡に行き、4日の午後に屋久島空港から飛び立ったのでした。
 すごい懐かしさで、この本を一気に読んでしまいました。そして、もう一度読み返しました。
 島には島のきまりがあり、お祭りや行事も多いのですが、それに家族全員で溶け込もうとする気持ちはたいしたものです。だから、たかだか3年ほどで、地区の役員までできるようになったのでしょう。おそらく、島の人たちと距離を置き、傍観者的な立場にいれば、だんだんと孤立し、居にくくなってくるのではないかと思います。
 最後の方で、「田舎に憧れてこの島に暮らすようになった僕たちだが、3年にわたる島暮らしを通じて、島の若者が都会に憧れる気持ちもまた、一方では理解できるようになった。まさに隣の芝生は青く見えるもので、あと十数年もすれば、我が子らも都会に出たいと口にするかもしれない。彼らが島を出ることを望むなら、それはそれでいい。狭い島社会だけにとどまるよりも、もっと広くできるだけ多くの世界を見たほうが本人のためだ。彼らが将来この島を離れたとき、自分たちの過ごしたこの島の豊かさを改めて知り、そしていつかはこの島に帰ってこようと思える、そんな故郷に屋久島がなることを、僕たちは願っている。そのためにも、いずれはこの島のどこかに土地を求めて、確固たる拠り所を構えたいと思う。それが僕たちの次なる目標だ。」と書いています。
 まさに島に骨を埋める覚悟が文章の端々に見え隠れしています。
 現在、屋久島の人口は、住民基本台帳(2008年9月1日現在)によれば、13,651人、6,635世帯(うち口永良都島149人、85世帯)だそうです。その人口の3割弱が65歳以上といいますから、地方の典型的な人口構成のようです。でも、この著者のような若い方々の移住を、快く受け入れようとする懐の深さがあれば、屋久島の将来は明るいのではないかと思います。
 ぜひ、屋久島に興味のある方には、読んでいただきたいものです。
(2009.05.19)

書名著者発行所発行日
屋久島で暮らす(山溪叢書)菊池淑廣山と渓谷社2008年11月1日

☆ Extract passages ☆

 様々なストレスを抱えながらも、いざとなれば医療面で安心できる都会に暮らすのがいいのか、それとも医療面は万全でなくても、自然豊かな田舎の島で心身ともに健やかに暮らすのがいいのか……。島への移住を考えたとき、それは僕に限らず誰もが頭を悩ます問題だ。どちらがいいとか悪いとか一概には言えないが、僕はこの島で体が本来の機能を取り戻しっつあることを、確かに感じている。それは紛れもなく、この島の豊かな自然のおかげだ。屋久島は其の意味で、「癒しの島」なのかもしれない。

(菊池淑廣著 『屋久島で暮らす』より)




No.370 『毒と薬の世界史』

 三沢地区で毎年開催される「春の山野草展」では、必ずトリカブトが出品されます。それも、間違いやすいニリンソウと比較するために、隣り合わせに展示されます。というのは、毎年山菜の季節になるとトリカブトの誤食が新聞などで紹介されるからです。
 このトリカブトも、じつは漢方で重要な薬草の1つだそうで、使い方によって毒にも薬にもなるわけです。それらを世界史的にまとめたものが、この本というわけです。
 たしかに、現在は病気になれば多くの薬に助けられて健康を回復しますが、それらの薬にも長い歴史や開発のためのドラマがあったはずです。有名なところでは、華岡青洲の全身麻酔薬「通仙散」の完成のために妻の加恵は盲目となり、母の於継は命を失ってしまったことですが、それ以外にもこの本にはたくさんのドラマが記されています。たとえば、「『蘭学事始』の出版にはドラマがある。1867年(慶応3)、当時の開成所(現在の東京大学)教授であり、また、1877年(明治10)には東京数学会社を創立したりした神田孝平(1830−98)は、たまたま露店で『和蘭事始』と表題のある写本を見つけた。実はこの写本こそ、偶然にも、彼の師である杉田成卿(1817−59)の祖父杉田玄白の書いたものであった。この本の出版を強く勧めたのは福沢諭吉(1834−1901)であり、福沢は出版にかかる経費も負担した。そして、1869年(明治2)に、大槻玄沢による杉田玄白の略伝などを附して、木版の2冊本として出版されることになる。この時にあらためて『蘭学事始』の表題がつけられた。すなわち、『蘭学事始』の原稿は実に50有余年の時を経て陽の目を見たことになる。」などということは初めて知りました。
 まさに、毒と薬の両面からとらえようとするのは、とてもおもしろく、興味深いものでした。たとえばアヘンやモルヒネなども、使い方によってはとんでもないことになりますし、だからといって、なければ良いというものでもありません。毒と薬は紙一重、ちょっとしたさじ加減です。人間の使い方で、毒にも薬にもなるのです。そういえば、喘息の特効薬であるエフェドリンが発見され、そのアルカロイドの化学構造研究中に、その化学変換によって覚醒剤であるメタンフェタミン(ヒロポン)が生まれたことや、そのアルカロイドの化学構造に少し手を加えヘロインやLSDなどの化合物をつくったことなども書かれています。さらに、ドーピングの問題など、まさに毒と薬は時代を映し出す鏡のように描かれています。
 この本は、いわば薬の世界史でもありますが、人間と病気との闘いのドラマでもあるように感じました。ぜひ、興味のある方は読んでみてください。
(2009.05.16)

書名著者発行所発行日
毒と薬の世界史(中公新書)船山信次中央公論新社2008年11月25日

☆ Extract passages ☆

日本における植物薬使用についての記録として知られている最も古いものの一つは、『古事記』にある「因幡の自うさぎ」の話である。皮をはがれた自うさぎが通りかかった大国主命によって、蒲の穂を使うことを教わり、救われたことになっている。ガマの穂から生じる花粉は現在でも蒲黄と称して、止血薬として外用に用いられる。

(船山信次著 『毒と薬の世界史』より)




No.369 『今、ここからすべての場所へ』

 著者の茂木健一郎氏は、NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」のキャスターでも知られていますが、先月の4月28日も「国宝・阿修羅像を運べ」で、軽快なトークをしていました。先日観てきたばかりの阿修羅像だったので、その隠された裏舞台の出来事を興味を持って見ていました。
 もともとは、「クオリア」(感覚の持つ質感)を手がかりに脳と心の関係を研究しているそうですが、この本でも、脳とはあまり関係のない心象風景のようなことを書いています。しかし、その書き方に自身の興味の持ちようが表れ、それがむしろおもしろさにつながっているのではないかと思いました。
 この本は、もともとユーラシア旅行社の『風の旅人』に連載したものだそうで、ところどころの記事が旅とクロスしているのがわかります。たとえば、『「変わり得る」ということは、人生において一番大切なことなのではないか。それは、必ずしも「旅する」ことの中だけにあるとは限らない。しかし「旅」こそが、私たちの魂をざわざわと突き動かすことができることも確かである。』というのは、まさに旅をすることによって手っ取り早く変わり得ると言っているようなものです。さらに、『何かに出会った時に、どれくらい新しきものを受け入れることができるか? この「受容」のプロセスこそが、変化の階段を上るための鍵となる。心の振れ幅こそが、精神の若さを測るメルクマールとなるのである。』と言い切っています。このメルクマールとは、ドイツ語で物事を判断する時に用いる指標のことで、いわば判断基準のことです。
 下に抜き書きしましたが、このあたりの記述はいかにも脳科学者らしいとらえ方で、静寂と空白の味わいなど、とても興味深いものです。
 この本は、ちょうど、「第33回三沢 春の山野草展」の準備から開催中に読んだので、なかなか読み進めることができませんでした。さらに、内容もとても難しく理解できないところもあり、それらを書き写すために時間ばかりかかり、気づいたら1週間ほど経っていました。
 でも、読んだ後は、爽快な気持ちになり、まさに本の中を旅をしていたように感じました。
(2009.05.12)

書名著者発行所発行日
今、ここからすべての場所へ茂木健一郎筑摩書房2009年2月5日

☆ Extract passages ☆

 森の中を歩いていて、キツツキの音がして、それが止んだ後の静寂は確かにそれまでよりも味わいを増している。音楽とは、実は、「空自」を耕すための芸術ではないか。太鼓を連打した後の静寂は、フルートの音が鳴り終わった後の静寂とは違う。この世界の中で私たちが耳にする音の種類が増え、構造が豊かになり、音楽に接することで私たちの意識がとらえるクオリア(質感)のレパートリーが拡大するに従って、それらの不在がもたらす音の空白はいよいよ味わい深くなり、意味の艶やかさを増す。

(茂木健一郎著 『今、ここからすべての場所へ』より)




No.368 『死んだ金魚をトイレに流すな』

 初めは、この「死んだ金魚をトイレに流すな」という本の題名を不思議に思い、とっさには理解できませんでした。副題が『「いのちの体験」の共有』というので、なんとなく今時の子どもたちを書いたのではないかと想像しました。
 では、この共有という言葉はどのような意味なのかというと、『共有とは、フロムの言葉を借りれば「愛すること」であり、同じ思いを分かち合うことだ。孤独と不安におびえているとき、自分の身近にいる誰かも自分と同じような思いを経験したことがあるんだ、あるいは今自分と同じような不安を抱えているんだとわかれば、子どもは安心する。もうひとりぼっちではないと思えるからだ。』といいます。
 たしかに今の時代は、いじめなどで孤立しやすく、たえず携帯電話などで友だちと連絡を取り合っていないと不安だと聞きますが、その共有関係が希薄だからかもしれません。この不景気の時代、親も仕事で大変だし、子育て支援もかけ声だけでほとんど進まないし、まったく先行きが不透明です。だから、結婚も控えてしまうとか、その結果、子どもも少なくなってしまい、共有すべき人がだんだんと少なくなってきています。だとすれば、この先、この共有関係が希薄どころか、まったく感じられなくなってしまうのではないかと危惧いたします。
 やはり、死んだ金魚を懇ろに弔うだけでなく、生きているすべてにその命を全うできるようにしていければと思います。日本には、「草木国土悉皆成仏」という言葉があります。金魚だけでなく、草も木もすべてに命があり、それらを大事にしたいという想いがあります。それを、もう一度、思い出す必要があるのではないでしょうか。
 やはり一番大切なことは、『親自身が与えられたいのちを大切に思い、「毎日を精一杯楽しく生きていきたい」と生き生きと生活していることだ。そんな親と子どもができるだけ一緒に時間を過ごし、楽しんだり、悲しんだりという共有体験を積むことで、子どもの生命力も輝きを増していくのだと思う。』という著者の言葉ではないかと思いました。
 この大型連休で読むには、ちょっと重苦しいテーマではありましたが、「こどもの日」にはちょうどいいかな、と思いながら読んでいました。
(2009.05.07)

書名著者発行所発行日
死んだ金魚をトイレに流すな(集英社新書)近藤卓集英社2009年2月22日

☆ Extract passages ☆

 子どもが感情や思いを内面に取り込むのは、すべて模倣からである。たとえば人が「うれしい」を表現するときは、目を輝かせ、満面に笑みを浮かべ、全身を大きく伸ばす。それを見ていた子どもも目を輝かせ、口を大きく開き、体中を大きく伸ばして、「うれしい」という思いを共有する。「悲しい」ときも、同じようにそこにいる誰かと子どもの心と体が共鳴して、悲しさを共有する。こうした体験を繰り返して、さまざまな思いや感情が子どものものになっていくのである。
 乳幼児の頃から繰り返される共有体験を通して、自分はここにいてよいのだ、自分は生きていてよいのだ、つまり自分のいのちを本当に大切だ、と思える基本的自尊感情が確実なものとなっていく。そして、身近な誰かと何度もさまざまな思いを共有することによって、自分の痛みを他者に置き換えられるほどの強い想像力が培われていく。

(近藤卓著 『死んだ金魚をトイレに流すな』より)




No.367 『人間の覚悟』

 初めは、「百寺巡礼」のノリで読み始めましたが、意外と思いテーマで、まさに覚悟を決めざるをえない今の状況に即したものでした。
 また、初めてこの本で「悒々(ゆうゆう)」という言葉を知りましたが、著者の父親が漢文教師だったそうで、『「君子ハ終身コレヲ守リテ悒悒」つまり君子たる者は「悒」という感覚を常に身につけていなければならないのだ』と話していたそうです、この「悒」という感覚は、喜びの背景に流れるある種の哀感と似ているそうですが、うつろいゆくものへの寂しさであり、「情(こころ)かなしも」のように嬉しいとか愛しいという裏側に常に漂うような悲しみみたいだと書いています。でも、これは中国語からくる印象で、日本人にも共通する心象ではないかと思います。
 たしかに、人生は憂鬱ですし、とくに今のような下り坂の時代にはまったくそのように感じます。
 著者は最後に、1本のライ麦の話しをされ、生きるということの大切さを説かれます。「30センチ四方、深さ56センチの木箱を作り、そこに砂だけ入れて1本のライ麦の苗を植える。水だけで育てて3ケ月後に箱から取りだして砂をすべて振るい落し、広がっている根の長さを計測してみたところ、根毛の先にある顕微鏡でしか見えないようなものまで全部合わせると、何と1万2100キロメートルもあったという。1本のライ麦が砂の中から水だけ吸い上げ、60日間を生きつづけるために、シベリヤ鉄道をはるかにこえるくらいの長さの根を張りめぐらせ、その命を支えていた。そう考えたら、その麦は色がさえないとか、穂が付いていないとか文句を言う気にはなれません」と、アイオワ大学の教授の実験を紹介しています。そこには生きつづけるというだけで、ものすごい努力があった。人は生きているだけで偉大であり、貧しくても無名でも、生きているだけでものすごい重みがあると話します。そして、『ブツダが「天上天下唯我独尊」と言ったように、自分はだれも代わることができないたった一人の存在だから尊いのです。そのことは、上り坂の時代でも、下り坂の時代でも変わりません。この先が、「地獄」であっても、極楽であっても、です。生きることの大変さと傍さを胸に、この一日一日を感謝して生きていくしかない。そう覚悟しているのです。』という言葉で、この本を締めくくっています。
 生きることに疲れたとか、なぜ生きるのかなどということを考えはじめたら、ぜひお読みいただきたい1冊です。
(2009.05.03)

書名著者発行所発行日
人間の覚悟(新潮新書)五木寛之新潮社2008年11月20日

☆ Extract passages ☆

 人生百年という今の時代でいうなら、五十歳くらいまでに山を登りつめたなら、そこで十年ぐらいは頂上にとどまったとしても、それから先は六十歳からの長い下山をはじめないといけないわけです。
 今は自分が登山中なのか下山中なのか、そこをきちんと判断して自分なりの心がまえをもたなければなりません。・・・・・・
 下山は決して寂しく惨めなことではないし、穏やかで豊穣で、それまでの知識や情報では及びもつかなかったような智恵にふれる、そういう期間であるはずです。山を下りるその時は疲れているだろうと思いますが、その疲れは人生の正しい疲れであって、ひたすら上を目指して競争している間は、気がつかなかったことが感じられる。

(五木寛之著 『人間の覚悟』より)




No.366 『まず歩きだそう』

 副題が「女性物理学者として生きる」とあり、全体的にも少ないと思われる理系の女性科学者の生き方を自ら書いたものです。著者自身が「はじめに」で書いていますが、この本は、「本書執筆の第一の目的は、理系の研究の楽しさを伝えることである。そして、第二の目的は、勇ましく(そして無鉄砲に)生きてきたロールモデルの一例を知ってもらうことである。この目的を念頭において、本書を次のように構成した。第一章では物心ついてから小学校卒業まで、第二章では中学入学から大学卒業まで、第三章では二十代から三十代半ばまで、第四章では三十代後半から現在までを扱う。第五章では、まとめとして、若い人たちへのメッセージを綴った。」とありました。
 たしかにアメリカの第44代大統領はバラク・オバマ氏で、「アフリカ系の大統領」ではありますが、たまたま大統領が「アフリカ系」であったに過ぎません。それと同じように、「物理学者」の米沢氏がたまたま女性であったという書きかたをしておられますが、世の中に認められるまでは相当大変な道筋だったのではないかと想像します。
 考えてみれば、その道筋が大変だったからこそ、後進の人には大きな礎になるのであって、そこに今回の本の意義があるのではないかと思います。読んでみて、その大変さをものともしない生き方に、大いに勇気づけられました。
 最後に、若い人たちへのメッセージとして、自分の人生のモットーを紹介していますが、それを抜き出しますと、「1. 自分の能力に限界を引かない、2. まず歩き出す、3. めげない、4. 優先順位をつける、5. 集中力で勝負する」です。
 その一つ一つを紹介してありますので、とくに若い方にはお読みいただきたいと思います。
(2009.04.29)

書名著者発行所発行日
まず歩きだそう(岩波ジュニア新書)米沢富美子岩波書店2009年3月19日

☆ Extract passages ☆

 何週間もこの間題を考えた末、もし二者択一なら物理を取るしかない、と私の気持が固まりかけたとき、彼は不思議そうな顔で、「物理と僕の奥さんと、その両方をとることを、どうして考えないの」と私に聞いた。まるで、ショートケーキにするかシュークリームにするかを決めあぐねている人に向かって、「欲しいなら両方食べればいいじゃないか」と言うときのように、あっけらかんとした口調だった。「こんなに当たり前のこと、どうして分からないの?」とでもいいたげだ。
 彼のこのひと言で、私は目から鱗が落ちた。そうか、欲しいのなら両方選べばいいのだ。それに伴う困難は、自分の手で環境をととのえてクリアすればよい。私の心の中のあらゆる束縛がはずれた。私の心は鳥のように空高く飛翔し、「これでほんとうの自由を手に入れた」と歓喜の叫びをあげた。
 それ以降は、「欲しければ両方選ぶ」「自分で環境づくりをする」をモットーに、私は道を開くことができるようになった。

(米沢富美子著 『まず歩きだそう』より)




No.365 『このケイタイからは、あなたにメールしてない、私。』

 108ページほどのかわいらしい本で、一気に読んでしまいました。今時のケイタイにからめた恋愛模様のかけらを集めたものみたいで、ちょっと若返った気分です。
 著者のあとがきにも書かれていますが、「 恋の話、ばかりを集めました。こうしてみると、恋の始まりと、終わりの話が圧倒的に多いことに気がつきました。どうしてでしょう? 恋、真っ只中、のことが、少ないです。・・・・・・
 相手の気持ちがわからない恋の始めの方とか、ふたりのテンションが落ちて、もういつ終わってしまうかわからない、といった恋の終わりの方ばかりが、印象に残ります。」、たしかにそうかもしれません。むかしは、交換日記があったり、電話に相手の父親が出てあわてて切ったり、母親だとなんとかつないでもらったりと、いろいろな思いがあります。でも、今は簡単にケイタイで話せる、と思っていたのですが、じつはそう単純なものではないようです。
 ケイタイだからできることや、その返信をもらうまでの葛藤や焦りなど、今時の恋愛事情が少しだけ垣間見えたような気がしました。
 むかしは、というより、今も男女の心のひだには似たようなところがありました。ただ、ケイタイというツールがあるかないかだけ、そんな印象です。たとえば、「電話が来ない。私の不安は、もう地球を二周半くらいした。」なんて気持ち、まったく同じではなかったでしょうか?
 この問いかけ、意外と大事で、忘れてほしくない青春の一こまです。もし、結婚しても、下に抜き書きした気持ち、忘れてほしくないですね。
(2009.04.27)

書名著者発行所発行日
このケイタイからは、あなたにメールしてない、私。北川悦吏子ソニー・マガジンズ2009年2月10日

☆ Extract passages ☆

 でも、焦ることはないんですよね?
 だって、私たちは、もう結婚してる。
 「恋」はすぐ答えを出さなきゃいけない、けど
 「結婚」は、やがて答えが出ればいい、みたいなとこあるもんね。
 期限のない宿題みたいで、のんびりやれて、私はそれがわりあい好きです。
 明日は、明日の風が吹くって感じで。ゆるやかな感じ。
 ゆっくり作っていけばいい、関係。

(北川悦吏子著 『このケイタイからは、あなたにメールしてない、私。』より)




No.364 『博士、質問があります』

 この本は、2005年10月から2008年3月までの2年半の間、『日経パソコン』(隔週刊)に連載した「森博嗣の半熟セミナ」をそっくりそのまま、順番までも同じに掲載したものだそうです。私もときどき『日経パソコン』を読んでいましたので、この連載も読んでいましたが、科学問答60題を一気に読んでみると、また別な味わいがあります。
 もちろん、すべてに興味があるわけではありませんので、なるほど、と一応納得したように思いながら読み進めるのですが、ほんとうにわかったかというといささか疑問です。たとえば、四次元の世界というのも、理屈ではなんとなく理解できるのですが、縦、横、高さの3つの軸のいずれにも垂直な方向にもう1軸存在するといわれても、やはり金太郎飴よりは複雑で頭がついていかない感じです。
 でも、この60題のなかには、今まで疑問に思っていたことが理解できたこともいくつかあります。やはり、下に抜き書きしたように、「道理を知ることは面白いもの」です。1つ知ると、また別な疑問が出てきて、それを知るとまた違う疑問が生まれてきて、というように最初に考えていた方向とは違うところに進んでいきます。まさに興味の赴くままに、という感じです。
 そういえば、写真に撮るとなぜ小さくなるのという質問に、博士は、「いいかね。月の直径は、約3500km、月までの距離は、約38万kmだ。これは比率にすると、1%以下になる。ということは、腕をいっぱいに伸ばして約50cmとすると、その1%だから5mmになる。つまり、腕を伸ばしたら、月は5円玉の穴に入ってしまうくらいの大きさということになる」というのである。たしかに人間の場合は、その目で見た映像を頭で処理をしているから、いろいろと都合良く見えたりするが、実際は博士がいうようなものではないかと、妙に納得しました。
 興味のある方は、ぜひお読みください。
(2009.04.26)

書名著者発行所発行日
博士、質問があります森 博嗣講談社2008年12月18日

☆ Extract passages ☆

 科学にかぎりませんが、なにごとも道理を知ることは面白いものです。1つの道理を知ったとき、いろいろなものに対してそれを応用し、一見関係がないと思っていたものが、実は同じ仕組みだったり、同じ 法則に従っている、というように、ものごとを広く関連づけて見る目を持つことが一番大切だと思います。だから、この本を読むときも、眠くなるまえに、ときどき気を散らして、あれこれ考えましょう。あれ は、どうかな?もしかして、あれもそうだろうか?と・・・・・・。

(森 博嗣著 『博士、質問があります』より)




No.363 『よくわかる 国宝』

 4月2日に上野の東京国立博物館で開催されている興福寺創建1300年記念「国宝 阿修羅展」を見てきたこともあり、国宝という存在そのものを知りたいと思いました。もちろん、国宝の中には「阿修羅像」も入っていますが、2009年1月現在の国宝指定件数は、建造物214件(262棟)、絵画157件、彫刻126件、工芸品252件、書籍。典籍223件、古文書59件、考古資料43件、歴史資料2件、で合計1,076件だそうです。
 そもそも、この国宝という言葉は、明治以降の法律の造語で、そのきっかけとなったのがアメリカのアーネスト・F・フェノロサとその協力者の岡倉天心の調査と明治政府への進言でした。まさに廃仏毀釈が吹き荒れる時代だったのです。それが1897年の古社寺保存法となり、1929年の国宝保存法へとつながっていきます。さらに、1950年に現行の文化財保護法が施行され、何度かの改正があり、現在に至っています。
 この本の副題は「国宝でたどる日本文化史」とあり、日本文化の黎明期縄文・弥生・古墳時代、仏教に国造りのベースを求めた飛鳥時代、仏教が国家権力の象徴となった奈良時代、権謀術数と怨霊が闊歩した平安時代、初めて武家によって統治された鎌倉時代、今日まで続く日本的文化を生み出した室町・安土桃山時代、町民・武家文化が成熟し、数々の芸術家を輩出した江戸時代、日本文化の創世に多大な影響を与えた中国・朝鮮の文化、とに分け、それぞれの国宝をカラー写真などで紹介しています。
 たとえば、日本最古の肖像彫刻である「鑑真和上座像」の説明では、「鑑真は、唐の時代の中国に生まれ、20歳のときには高い名声を得ていた高僧で、26歳で戒律の講座を開き、受戒した弟子は4万人を超えたという。受戒僧の日本への派遣を請われた鑑真は55歳で渡航を5回も計画するも、幾多の困難にあいことごとく失敗する。最初の計画は743年、そして753年に日本にたどり着いたのは10年後であった。そのときには鑑真は失明していたが、東大寺に戒壇を立てて戒律を伝授し、聖武天皇に授戒を与えた。」とあります。さらに、「老齢になった鑑真は新田部親王の旧宅を与えられ、これを唐招提寺と称して戒律研鑽の寺とした。鑑真は死期が近いことを悟ると西に向かって結伽扶坐し、その姿のまま亡くなったという。鑑真の徳を慕う弟子たちは、その姿を克明に写し取って像とした。これが日本最古の肖像彫刻となった。」と説明が加えられています。
 もし、国宝や日本の文化史に興味があれば、ときどき開いたところを読んでみるだけでもおもしろいと思います。それを参考にして、その国宝を見る旅に出てみるのも楽しいと思います。
(2009.04.23)

書名著者発行所発行日
よくわかる 国宝岡部昌幸監修JTBパブリッシング2009年3月

☆ Extract passages ☆

 国宝に指定されている陶磁器で、国産のものはわずか5点。そのなかで茶碗は、三井記念美術館が所蔵する志野茶碗 銘卯花墻と、サンリツ服部美術館所蔵の本阿弥光悦作、白楽茶碗 銘不二山の2点のみである。ちなみに、海外産の陶磁器で国宝に指定されているものも9点のみで、国宝指定の陶磁器は合計14点だけとなる。・・・・・・
 この茶碗は、牟田洞窯で焼かれたもので、歪んだ形に箆削りがされ、鉄絵が施されている。銘の卯花墻は、この鉄絵の模様が、卯の花の垣根に似ていることから付けられた。命銘者は、江戸時代の茶人で、徳川将軍の茶道師範を務めた片桐石州。茶碗の入った箱には、石州の筆で、「山里の卯の花垣のなかつ道 雪踏み分けし心地こそすれ」という古歌が書かれた色紙が貼り付けられている。

(岡部昌幸監修 『よくわかる 国宝』より)




No.362 『カメラに訊け!』

 写真を撮るのが好き、カメラという機械も好きなので、この副題の「知的に遊ぶ写真生活」という言葉に引き込まれてしまいました。
 でも、昔はもい少し良いカメラがあればきっといい写真が撮れるはずと思っていましたが、昨今のデジタルカメラになってからは、新しいカメラであればみなそこそこには撮れるようになり、おもしろさが半減してしまいました。写真は失敗するから、どうすればもっといい写真が撮れるかを考えますが、そこそこに撮れれば、そこそこにしか考えないようになります。
 著者自身も、仕事で使うカメラでも、入門用のデジタル一眼レフとコンパクトデジカメがあればいいと言います。たしかに風景とか写真展で大きく伸ばして使う写真とかになればそれなりのカメラが必要かもしれませんが、ホームページにしか使わないとすれば、型落ちの旧式のコンパクトデジカメでも充分過ぎるくらいです。
 しかし、著者のようにライカがいい、コンタックスがいい、とカメラ本体にこだわることはないと思います。もちろん、あのいかにも機械式という精密機械らしい金属感覚はいいと思いますが、いざ撮る段になると、ちょっと不便です。その不便さが人間的でいいと言われれば、それ以上は趣味の世界ですからなんともいえませんが、撮る道具である以上は、良く簡単に撮れたほうがいいような気がします。
 とくに旅に出て撮るときはそうです。先ず良く撮れること、そして軽いこと、そしてかさばらないことです。付属品も少ないほうがいいです。昔は、単焦点のレンズがいいとカメラ雑誌などの影響でそう思っていましたが、今ではほとんどズームレンズを使っています。ただし、花のクローズアップだけは単焦点のマクロレンズでなければダメのようです。
 そう、人によってカメラやレンズは違うのが当たり前です。何を撮るのか、それだけでその組み合わせが違ってきます。それを考えるのが写真生活であるのかもしれません。初めて海外に写真を撮りに行ったときなどは、機種とレンズを絞るのにすごい苦労をしました。そう、絞れきれなかったのです。つい、これもあれもと持っていき、最後まで使わないレンズなどもありました。フィルムも途中で買えないからと、たくさん持っていきました。今では、コンパクトフラッシュ数枚です。しかも出がけの時と違って、だいぶ安くなりました。
 それでも、著者の思いは、たしかに私もそうだと納得できるところがたくさんありました。
 カメラ好きの方は、お読みいただければ共感できると思います。
(2009.04.20)

書名著者発行所発行日
カメラに訊け!(ちくま新書)田中長徳筑摩書房2009年3月10日

☆ Extract passages ☆

フィルムカメラには、まず入門機があって、それから段々と腕を磨いて、上級機に進んでいく。そこに到達するまでには5年も10年もかかる。もっとも、フィルムを使う高級一眼レフは、いったん発売されると、同じモデルが3年とか5年とか、さらに10年以上も現役モデルとして頑張っていたのです。だから、カメラ人類の腕の上達が何年かかっても、目指す憧れのカメラは待っていてくれるという、ゆっくりした時代でした。
 いまでは腕を磨きながらカメラをバージョンアップしていくことが不可能になってしまいました。3年とか5年経過していくうちに、理想のデジタルカメラの機種はすでに3回以上もモデルチェンジしてしまっている。これが現代のデジカメ市場の変化の速度です。

(田中長徳著 『カメラに訊け!』より)




No.361 『ひと言の思いやり』

 この『ひと言の思いやり』には「人生が豊になる100の話」という副題がついていていますが、そもそも、月刊誌『THE21』の2006年10月号から2008年4月号に連載されたものだそうで、それに新たに書き下ろしを加えてまとめられたものだそうです。
 著者は長く生命保険会社に勤務し、現在はイワキ総合研究所顧問の要職にあるそうで、本の内容からしてもご自自身の経験からきていることがたくさん載っていました。
 それにしても、ご自身の体験を人に語ると言うことは大変です。たとえば、この本に紹介されていますが、ある会議のパネリストとして参加したときの自己紹介で、「1956年に、私は「品格のある会社」に入社した。91年に、恥ずかしながら「品格のない会社」を退職した。この間、会社はなぜ変わったのか。答えはひと言で済む。
 「浮利を追ったから……」
 しかも、浮利を追うのにもっとも安易な方法を選んだ。四比で職場を動かしたのだ。四比とは、他社比、前年比、前任者比、強制された計画比のことだ。これで、働く人々を追い続ければ、間違いなく会社は品格を失う」と自分の経験から述べたそうです。もちろん、その通りだと思いますが、引き合いに出された会社の人たちはどのようにその発言を聞いたのでしょうか。また、巨人軍監督の原辰徳氏のことも書かれていますが、もしその通りだとしても、本人はどのように思ったのでしょうか。
 やはり、自分のこととはいえ、引き合いに出すということはなかなか難しいと思いました。本当のことだから、それはそれで間違いないことだと思います。でも本当のことだからこそ、傷つくことも多いのではないでしょうか。
 もし、ひと言の思いやりというのなら、個人名や会社名をわからないようにして引き合いに出すという配慮も必要だと感じました。
(2009.04.16)

書名著者発行所発行日
ひと言の思いやり金平敬之助PHP研究所2008年7月7日

☆ Extract passages ☆

 「素敵な上司とは?」・・・・・・
 @昼食を共にしたい人。
 A礼状をきちんと出す人。
 では、共に食事をしたいとは、どんな人か。こちら中心に会話を進めてくれる。異見もしなやかな心で受け入れてくれる。ときにユーモアが入る。明るい。何よりも笑顔がいい。こんな人ではないか。
 反対に、話がいつも一方的。真面目すぎる。固すぎる。昔話中心。新鮮味がない。終始、説教調。
 こんな人とでは、だれも食事したくないだろう。
 こう考えると、「昼食を共にしたい人」は「素敵な上司像」と重なるのではないか。
 米国のハーバード大学も、「入学させたいのはいっしょに食事をして楽しい学生」といっている。さすが世界のリーダーを育てる学校だ。人物を見抜く知恵をもっている。

(金平敬之助著 『ひと言の思いやり』より)




No.360 『〈勝負脳〉の鍛え方』

 2006年10月20日の第一刷発行ですが、2008年12月25日に第十五刷発行になっているところを見ると、そうとうな読者がいたのではないかと思います。たしかに読んでみると、なるほどと納得できるところが多々ありました。
 著者は長く救急患者たちの治療に取り組んできた医師で、脳神経外科では実力のある方だそうです。その人が〈勝負脳〉という独自の造語をつくり、スポーツなどの話しを絡めながら持論を展開していきます。
 先日のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の試合でも思ったのですが、ピッチャープレートとホームベースの距離は、18.44mです。もしピッチャーが時速150qでボールを投げれば、ホームベースに到達するまでの時間は約0.45秒です。もちろん、これは単純な計算上のことですが、バッターが打とうと思い、実際にスイングするまでに約0.5秒弱の時間がかかるのだそうです。では、まだピッチャーの手からボールが離れていない状態で打とうと思えるのか、それが不思議だったのです。さらに今回のキューバチームのチャプマンは、時速160qものボールを投げるというのですから、まったく考えられません。その明快な答えが、この本に書かれていました。
 どちらかというと、今まで読んだ本では、脳という臓器は身勝手なものだという見解が多いなかで、これは違いました。たとえば、この前のWBCの日本チーム優勝で、多くの日本人がテレビに釘付けになったのは、「人間は同種既存の遺伝子を持っています。学校に入学するとその学校が好きになる、会社に入るとその会社が好きになる、日本で生まれると日本が好きになる、自分が日本人でもかりにアメリカで生まれたとするとアメリカが自然に好きになる。これらは、同種既存の遺伝子が組み込まれているからです。これも、人間の本能として機能しているものです。私たちはこの本能のおかげで、誰でも、自分が生まれた国のチームを自然に好きになります。もし、自国のチームが好きになれない人がいたら、本能を作り上げる脳のどこかがおかしいか、その遺伝子に障害があるのかもしれません。」という理由らしいのです。
 そして、スポーツと脳という関係でみると、「勉強のできるやつ」も「スポーツのできるやつ」もまったく矛盾しなく、モジュレータ神経群の昨日を高め、心をいつも前向きにすることで、頭もよくなれば、運動も上手になるということだそうです。まさに、文武両道というのは、当然至極なのです。
(2009.04.13)

書名著者発行所発行日
〈勝負脳〉の鍛え方(講談社現代新書)林 成之光文社2006年10月20日

☆ Extract passages ☆

 脳は本来、どんなに意見や考えや立場が違っていても、お互いを認め、いもに生きることを望んでいる臓器なのです。この過剰反応という脳の弱さと、その反面持っているすばらしい働きの仕組みを知っていると、スポーツによって打ち負かした相手に対しても、自分たちに勝利という感動を与え、切瑳琢磨する気持ちを与えて高めてくれた人であると考えることができます。自分が負けたときも同様です。負かされた相手を認め、尊敬する心を持つためには度量が要りますが、それによって自分も一回り大きく成長することができます。負けた悔しさを大切にすることによって、自分の足りない点を学び、そこからさらに努力というエネルギーをもらい、人はさらに成長するのです。感謝しこそすれ、相手を恨むなどはとんでもないことです。

(林 成之著 『〈勝負脳〉の鍛え方』より)




No.359 『おひとりホテルの愉しみ』

 東京から帰ってきて、しばらくしてからこの本を読み始めました。すると、ページの後半の「題5章 最高の眠りを得るために 快眠ルームへの誘い」というところに、今回泊まった『レム秋葉原』が載っていたのです。
 どちらかというと一人旅が多いので、そこで困るのが泊まるところです。旅館は一人だと断られることが多いので、ほとんどがホテルです。それで、この『おひとりホテルの愉しみ』が目に付いたのです。著者は、ホテル専門誌の編集記者・編集長を経て、独立後はホテル・旅行作家として活動しているそうです。だから、各地の有名無名のホテルがたくさん取りあげられており、これから利用するにはとても重宝すると思いました。
 そして読み進めるうちに、ホンの数日前に泊まった「レム秋葉原」のことが出ていました。このレムとは、レム睡眠のレムのようで、レム睡眠とは浅い眠りの状態のことを指し、よく夢を見る睡眠状態のことだそうです。ちなみに、レムとは Rapid Eye Movement (急速眼球運動)の頭文字を取った言葉です。
 もちろん、ここはベットや枕にもこだわっていて、「快適な眠りにとって、最も大切な要素であるベッド。レムだけの心地よい眠りを創りたいという想いから、私たちは、日本ベッドと共同開発でオリジナルベッド『シルキーレム』を生み出しました。一般的なポケットコイルマットレスの倍の数(1800個以上)のスプリングを使用した超高密度構造で、無数の細かい点が体圧を可能な限り分散します。」とあり、たしかに寝心地は良く、安眠できました。さらに枕も2つ準備されており、1つは表面がひんやりとしたPCM(宇宙開発技術から生まれた新素材)シート入りのソフトパイプの枕で、もう1つは、私もつねに使っているテンビュールの最新低反発枕「シンフォニーピロー」です。その他にも、フロントに問い合わせると、そば殻100パーセントの枕など3種類があるそうです。
 ただ、ここのホテルにはバスタブはなく、シャワーブースのみですが、レインシャワーという新しい設備があり、真上に直径20センチの直づけのシャワーがあり、これがまさに雨のように頭から降りそそぎます。これが意外と気持ち良く、春雨じゃ、濡れていこう、の感覚で使えます。
 さらに部屋にはリビングテクノロジー社のマッサージチェアもあり、のんびりゆったりとホテルライフを愉しめたことを思い出しながら読みました。
(2009.04.09)

書名著者発行所発行日
おひとりホテルの愉しみ(光文社新書)富田昭次光文社2009年2月20日

☆ Extract passages ☆

 池内紀氏の『ひとり旅は楽し』(中公新書)に、こんな一節がある。
 「ひとり旅にとりわけ欠かせない必需品がある。無限の好奇心であって、それを自分なりに表現する。そのときはじめて旅が自分のものになる。
 よそへ出かけたからといって、べつに新しいことがあるわけではない。変化はしていても新しくないのだ。旅先だからこそ新鮮で、えがたい冒険になる。新しさと冒険を自分でつくり出している。旅はするものではなく、つくるもの。旅の仕方で、その人がよくわかる」
 この文章の「旅」を「ホテル」に置き換えると、まさに私の言いたいことになる。おひとりホテルの楽しみは自分で作るものなのだと思う。

(富田昭次著 『おひとりホテルの愉しみ』より)




No.358 『困ったときの良寛さん』

 4月2日、山形新幹線で東京へ行き、その旅の途中でこの本を読みました。
 この本以外にも何冊かは読みましたが、それは泊まった「レム秋葉原」がとても快適で、読書しやすい環境だったからです。普通のホテルは読書灯が少し暗いのですが、このホテルは読書灯もベットの上にある灯りも自在アームで、とても使いやすいものでした。しかも、このホテルのすぐ近くにブックオフがあり、とても便利でした。
 さて、この本ですが、文庫本であっても書き下ろされたもので、とても読みやすく、詩歌や逸話などを交えながら書き進めています。たとえば、「美しい月を見ては一晩中、詩や歌を口ずさみ、花が咲くとその美しさにうっとりとして、世上の思いに立ちかえるのを忘れてしまう。いちど仏法の道場を離れてからは志とくいちがい、愚か者との評価を受けている。」という詩の後に、下に抜き書きしたような文章が続くのです。
 良寛さんは、どちらかというと清貧が求められている時代になると取りあげられるようですが、もともとはすごい修行をした僧侶で、おそらくその当時の仏教界の堕落に反発していたのではないかと思います。その心意気が越後の人たちの共感を誘い、托鉢修行を支えてくれていたのではないでしょうか。
 いつの時代も、体制にあぐらをかく人々は必ずいます。その自らに都合の良い体制を批判されると、必死にたたきつぶそうとします。しかし、批判もせず、何を考えているかもわからないようなことをしていると、体制側はそれを無視します。しかし、それ以外の人々は共感し、とくに素直な子どもたちは本能的に近づきます。この認識が正しいかどうかはわかりませんが、良寛さまが修行された岡山の玉島円通寺を訪ねたときに、ふと、そう思ったのです。そのときは、近くの国民宿舎「良寛荘」に泊まり、夕方と早朝にお詣りさせていただきました。
 良寛さまの本は何冊も読んでいますが、この本は初めての方にはお薦めできると思いました。
(2009.04.06)

書名著者発行所発行日
困ったときの良寛さん(知的生きかた文庫)松本市壽三笠書房2009年2月10日

☆ Extract passages ☆

へりくだった態度の良寛だから、心にはうんと余裕がある。また時間もある。美しい月に見とれ、花や鳥を眺め、四季の移ろいの中で感ずるままに詩や歌を作り、現実の時間を忘れるほどであった。
 こんな自由で気ままな生き方は、禅寺の規矩にしぼられた僧侶の生活から遠く離れてしまい、愚か者だと軽蔑される。しかし自分はこんな生活に満足していて、これならば十分に世のため人のためにつくせるのでは、と良寛は思っていた。『老子』にこうある。「欲望をたくましくすることが最大の罪悪であり、満足を知らないのが最大の災禍であり、物を貧りつづけるのが最もいたましい罪過である。だから満足を知るというその満足こそ、永遠に変わらない誠の満足なのだ」と。

(松本市壽著 『困ったときの良寛さん』より)




No.357 『みてまわる日々』

 「みてまわる」とはなにかと言いますと、美術館やギャラリーをめぐって展覧会を見ることのようです。そう、この本は日本や外国の美術館やギャラリーを訪ね歩き、そこで見て感じたことなどを書き記したものです。
 特徴的なことは、書くことだけでなく、その見たときに急いでメモをいておくような感じでモレスキンのスケッチノートに形などを書き写しているのも、随所に掲載されています。さらに白黒やカラーの写真などもあり、楽しく読めるようになっています。
 たしかに写真は、精細な記憶に役立ちますが、自分で描いたものにはそのときの強う感動が閉じ込められています。それを見ると、そのときの印象が鮮やかにもどってきます。私もメモ魔で、日にちや時間など、さらには展示会の詳しい印象などをメモ帳に書いていますが、それらを後から見ると、昨日見たかのような鮮やかさでよみがえってきます。博物館や美術館などでは、普通は写真撮影ができませんから、とくにメモ書きは有効です。ただし、鉛筆を使うことが望ましいようです。一度、東京都写真美術館で見た写真の印象をメモしてましたら、スタッフの方から注意を受けたことがあります。私はシャープペンシルで書いていたのですが、それでもそのペンにはボールペンの黒と赤のインクも使えるようになっていたからです。それ以来、鉛筆を使うようにしています。それだと、紛らわしくありませんし、ヘンな遠慮もいらないようです。また、ときには、ICレコーダーを使うこともありますが、これだとデジカメと間違えられやすいので、これまた注意が必要です。やはり、混雑しているような展示会では、そこから出て、ゆっくりと椅子にでも座って書いた方が良さそうです。
 取り上げられている日本国内の美術館は、ほとんど私も見ていますが、一人で行くことが多いので、美術館内のレストランに入る機会がありません。たまたま数人で行った世田谷美術館内のレストランで食べたことがありますが、そのときもけっこう並んだような記憶があります。この本で紹介されていますが、乃木坂の国立新美術館の3階にある「ブラッスリー ポール・ボキューズ・ミュゼ」では食べてみたいような気がしました。
 いいものを見て、すぐその後に美味しいものを食べる、それ以上の贅沢はありません。それにしても、一人で入ってもゆっくりと食事を楽しめる美術館や博物館があればいいといつも思います。
(2009.04.03)

書名著者発行所発行日
みてまわる日々堀田和子幻冬舎2008年10月10日

☆ Extract passages ☆

 年を重ねて、不思議と自分があるものに出会った瞬間に、それをどのくらい好きかがシンプルにわかるようになった気がする。たくさんの素敵なものに出会った記憶が、きっと一瞬のうちに、データ集積して判断を下す。大好きなものに出会うと、熱くなっているはずなのに、分析を終えた脳はクールに、“これは後の行動に責任持てないくらい、めちゃくちゃに好きな状態だから、じたばたすらできなさそう と考えているわけなのだ。

(堀田和子著 『みてまわる日々』より)




No.356 『「インド式」インテリジェンス』

 この本を読んで、インドにはもう仏教はほとんどないと思っていたのを、改めなければならないと思いました。副題の「教育・ビジネス・政治を輝かせる多彩性の力」というその力に、仏教の心が生きているのを強く感じました。むしろ、仏教さえもヒンドゥー教の多彩さに含まれていると考えているかのようでした。
 たとえば、『インドでは「どうして間違ったことをしてはいけないの?」という子どもの質問に対して、「過ちを犯したらこういう処罰を受けるから」と答えるよりも、「人間は常に正しいことをしなければならない」と教える。そして、「どうしてよいことをするの?」に対しては、損得ではなく「気持ちがよいから」と教える。』というのは、まさに精進の心であり、布施の精神でもあります。
 また、子どもに勉強をさせる方法は、「今は勉強の時期だから勉強する。」というのは、たしかにそうだと思いました。今の日本の親たちはもまず子どもに興味を持たせて、そして自分で納得しないと勉強しないから、といいますが、子どもに勉強の大切さがわかるかといえば、わからないというのが本音だと思います。大人になって、その必要に迫られてやっと実感するのであって、「親を亡くして初めて親の有り難さを知る」みたいなものです。だとすれば、インド式に「これしかない」と納得させるべきです。
 また、「お重に詰められた日本は確かに美しいが、外側の美しさのためには、一人ずつの人格をある程度犠牲にしなければいけない。肉の香りが豆に移ったり、なますの酸っぱさが田作りの香ばしさを消したりするのを我慢しなければならない。もしインドにおせち料理があったら、素材は統一しても、黒豆と栗きんとん用の器、なます用の器と、形やサイズの違ういくつもの器がテーブルいっぱいに広げられることだろう。」という考え方もおもしろいと思いましたが、でも、なますの酸っぱさに田作りの香ばしさが混じり合ったその味も捨てがたいものです。その中途半端な味にも独特な味わいがあるのですが、やはり、それが日本人の日本人たるゆえんかもしれません。
(2009.03.31)

書名著者発行所発行日
「インド式」インテリジェンス(祥伝社新書)須田アルナ ローラ祥伝社2009年2月5日

☆ Extract passages ☆

 人間はどんな社会においてもソーシャル・アニマルであり、社会での居場所が欲しい。だが、その社会が黒いカラスだけで構成されていた場合、自分も仲間に入りたければ、羽を黒く塗らなければ仲間に入れない。
 インドの場合は、みんなと同じでなくても社会から認知される。というより「同じ」であるべきスタンダードがないのだ。その場に身を置けば、黒であっても、白であっても、どんな大きさであっても存在が認められる。色もサイズも形もバラバラの集団にピンクのカラスが紛れ込んだとしても、ピンク色だからといって浮いたり、省かれたりすることはない。だから、自分の好きな色でいられる。だが、日本では、ピンクのカラスでいることはとても生きづらい。

(須田アルナ ローラ著 『「インド式」インテリジェンス』より)




No.355 『都会の花と木』

 毎回、本を読んでいいと思ったところをカードに記入しているのですが、今回は1冊で初めて38枚ものカードを作成しました。というのは、もちろん植物そのものに興味があるということはもちろんですが、ただ花や興味があるということはもちろん紹介しているだけでなく、花が開くのはどのようにしてなのかとか、動かない植物もこのようにして自分の身を守っているとか、とてもおもしろく書かれていたからです。
 たとえば、サツキの花はいつ開き始めるのかということに関しては、その日に開くべきツボミのすべては午後7時から真夜中の午前0時までの5時間以内に開いているのだそうです。では、どのようにして開くのかというと、「ツボミは開きながら、花びらの重さと大きさが、1.5五倍以上になることがわかった。・・・・・花びらが重く大きくなるというのは、花びらに多くの水が吸収されるためである。・・・・・いろいろ調べると、ツボミが開くとき、花びらの中でブドウ糖という物質の量が増えていることがわかった。一個の花の花びらに含まれるブドウ糖の量は、ツボミ一個の花びらに含まれる量の約2倍に増加していた。この増えたブドウ糖が花びらに水を吸い込む力となるのだ。」と結論づけています。
 なるほど、だから花時にはたくさんの水が必要なのであり、水切れを起こすと、なかなか回復できなくなるということも理解できます。サツキの花もただ咲くのではなく、体内時計に合わせて開花し、それも液体は濃度が違う場合には混じり合うと同じ濃度になろうとする性質で、水分を多く取り入れる結果、ツボミの花びらがふくらんで開くということになるようです。
 なるほど、そういわれれば、納得です。とすれば、毎日開花期の夜中には、このような作業が繰り返されているということになります。なるほど、植物って、考えていないようで、考えているものです。
 ぜひ、このようなことに興味がありましたら、お読みください。
  (2009.03.27)

書名著者発行所発行日
都会の花と木(中公新書)田中修中央公論新社2009年2月25日

☆ Extract passages ☆

 「ツルを巻きつかせずに伸ばしたり、逆向きに無理やり巻きつけたりしたらどうなるだろう」という疑問がある。インゲンマメで、おもしろい試みがなされている。最近のインゲンマメは「ツルなし」が多いが、アサガオと同じようにツルを巻きつけて伸びるインゲンマメがある。
 このツルを棒やひもに巻きつかせずに無理やり栽培すると、「棒やひもに巻きついて育ったときより、収穫量が約1.5倍に増えた」という。さらに、無理やりに逆向きに巻きつかせて栽培すると、「ふつうの向きに巻きつかせた場合と比べて、約2倍の収穫量になった」という。
 思い通りに巻きつけないストレスが、収穫量の増加をもたらすのだろうか。これらの真偽のほどは、まだ定かではない。アサガオでも、「逆向きに巻きつけて育てると、大きい花が咲いた」と聞いたことがある。

(田中修著 『都会の花と木』より)




No.354 『谷川俊太郎の 問う言葉 答える言葉』

 「谷川俊太郎質問箱」(東京糸井重里事務所)を読んで、とてもおもしろかったので、その流れをくむようなこの本に興味を持ちました。そして、読んでみると、やはり詩人らしい、言葉の端々にきらりと光るものを感じました。
 しかし、新たに書き下ろしたものかと思っていましたが、「あとがき」を読むと、編集の本田道生さんが今まで著者が書いたものの中から択んで編集してくれたもののようです。でも、これも考えようで、著者があまりにも強く関与して創られたものがいいとは限らず、ベテランの編集者が読者の読みたいような勘所を押さえて出版するということもいいことだと思います。たとえば、音楽などでも同じことですが、アーティストは強い思いがあって作曲するわけですが、それが必ずしもヒットするとは限りません。ちょっと軽い気持ちで作曲したのが、すごいヒットになることもあります。聞く人、読む人のことを考えれば、その思いそのものはあまり関係ありません。
 著者は詩人ですが、意外と詩人であると自ら言い切る人は少ないようです。なにかの片手間に詩を読んでいるというような、どちらかというと顔を赤らめながらいいわけじみたようにいうのではないかと勝手に思っていました。でも、谷川俊太郎は違います。はっきりと私は詩人です、と言い切ります。しかも、それを職業としていると明言しています。下に、抜き書きしましたが、詩というものを明確にとらえているから言い切れるのではないか、と思いました。
 この本は、詩集でもなく、散文でもなく、ましてや哲学書でもなく、いわば詩人の「つぶやき」のような気がします。
 ぜひ機会があれば、お読みください。
  (2009.03.24)

書名著者発行所発行日
谷川俊太郎の 問う言葉 答える言葉谷川俊太郎イースト・プレス2008年12月1日

☆ Extract passages ☆

詩はまず第一に美しい一個の物なんだ。
意味を正確に伝達するだけなら詩は散文にかなわない、メロディやリズムということになると詩は音楽にかなわない、イメージのもつ情報貴を比べれば詩は映像にかなわない。
でも詩にはそのすべてを総合できる強みがある。それはやはり言葉のもつカだね。実際には存在しないものを幻のように出現させるカ、心のもっとも深いところを揺り動かすことのできるカ。
そういう言葉はぼくの考えでは、意識からは出てこない、理詰めでは出てこない、言葉のない世界、人間の意識下の世界から出てくる。

(谷川俊太郎著 『谷川俊太郎の 問う言葉 答える言葉』より)




No.353 『温泉と健康』

 著者は北海道登別市にある北海道大学医学部付属温泉治療研究施設に1970年代から1995年の定年退職まで勤務していた経験があり、とくに温泉気候医学を研究してきたそうです。日本は温泉ブームといわれ続けて久しくなりますが、あまりそれを研究対象として見てこなかったような気がします。それで、この本にとくに興味を持ちました。
 第1章から最終章まで、7つに分かれていて、第1章「温泉を見直す」、第2章「入浴の効き目」、第3章「温泉療法入門」、第4章「泉質の話」、第5章「生体リズムと温泉療法」、第6章「自然の中で心身を癒す」、終章「これからの温泉療法」です。
 温泉そのものが体に与えるものとして、「生体機能には、二つの基本的な働き方がある。ひとつは、からだの内部環境を常に一定に保とうとするホメオスタシス(恒常性)機構である。・・・・・・もうひとつの生体機能は、からだの状態がある周期と振幅をもって変動する生体リズム(バイオリズム)がある。・・・・・・温泉療法に関連して重要なのは、約24時間の周期で変動する概日リズム(サーカディアン・リズム)である。」といい、からだの外からの刺激に対する生体反応にもリズムがあるのだそうです。いわば、体内時計のようなもので、それに作用して影響を及ぼすのだといいます。
 日本では、かつては湯治という習慣がありました。これは温泉地に2〜3週間ほど滞在し、日頃の労働でたまった疲れやストレスなどを解消し、湯治客同士や地元の人たちとの交流があり、それが毎年の恒例行事化されていくようでした。宿も同じ、時期も同じですから、そこで出会う湯治客も同じというぐあいに、まさに親族付き合いのような関係すらあったようです。
 また、この本でも紹介されていますが、日本の温泉の適温は約42度ですが、ヨーロッパなどでは36〜38度が標準だそうで、この温度差は相当なものです。おそらく、日本人ならこのヨーロッパの温泉温度では寒くて入ったような気にならないのではないかと思います。でも、この温度差がどこからくるのか、単なる習慣の違いなのか、はたまた体質的なものなのかはわからないのだそうです。
(2009.03.21)

書名著者発行所発行日
温泉と健康(岩波新書)阿岸祐幸岩波書店2009年1月20日

☆ Extract passages ☆

 現代の温泉療法の定義としては、ISMH(国際温泉気候医学会)のリーダー格であるドイツ温泉協会が定めた概念が一般に受け入れられている。これに基づく温泉療法とは、「地下の天然産物である温泉水、天然ガスや泥状物質などのほか、温泉地の気候要素(自然環境全般)も含めて医療や保養に利用すること」である。
 気候療法とは耳慣れない言葉だが、それぞれの健康保養地がもつ標高による気候の特色や、気圧、気温、湿度、日光照射、風、紫外線の強さなどの大気環境、さらに海、高原、山岳などの地形を利用した療法で、ドイツを中心に行われている。

(阿岸祐幸著 『温泉と健康』より)




No.352 『食料自給率の「なぜ?」』

 著者は現役の農林水産省大臣官房食料安全保障課長であり、直接担当していることもあり、資料も豊富でとてもわかりやすく書かれています。副題が「どうして低いといけないのか?」とあり、核心を突いているように思います。
 先ず大体にして、食料自給率そのものがカロリーをベースにして算定していることすら知らない方も多いのではないかと思います。また、マスコミなどの報道から平成18年度は39パーセントだったのが、平成19年度には40パーセントになったなどということは知っていそうです。では、その数値が低いのか、あるいは高いのかといわれれば、それから先はなかなか難しく、簡単には答えられないものの、何となく低いような気がするというのが一般の人の感覚です。だったら、そこのところを知りたい、と思って読み始めました。
 この数値でちょっと信じられなかったのが、卵の自給率10パーセントです。でも、卵そのものはほとんど国内で生産されているものの、その餌、とくにトウモロコシが多いのだそうですが、そのほとんどを輸入に頼っているので自給率が下がってしまうのだそうです。なるほど、これらの数値そのものをしっかり理解できなければ日本の食料事情もわからないと思いました。
 でも、知れば知るほど、これからの食料事情に不安材料があることも事実でした。昔はお金さえあれば買えると思っていた食料でさえ、実はそうではないということもわかりました。どこの国だって、自国の人たちを飢えに苦しませながら輸出はしてくれないでしょう。異常気象が増えれば増えるほど、食料の輸出規制も増えることは間違いありません。
 だとすれば、この日本の食料をしっかりと護ってくれるのは、最後は日本の農業者しかいないことになります。それは極端な話しかもしれませんが、今の人口増加と異常気象などを考えれば、絶対にないとは言い切れません。
 とくに農業従事者の高齢化などもあり、これからしっかりと考えていかなければならない大きな問題であると思いました。
(2009.03.18)

書名著者発行所発行日
食料自給率の「なぜ?」(扶桑社新書)末松広行扶桑社2008年12月1日

☆ Extract passages ☆

 食料自給率は、わが国が国民に対して食料を安定的に供給するための「基礎体力」であると。・・・・・・
 それとともに、食料自給率を高くしていくことで、日本の農林漁業を活性化させ、農林漁業や農山漁村の果たしている多種多様な価値を再び取り戻していくことができるのではないかと思っている。
 水源を滴養する機能、美しい景観を提供する機能、生物の多様性を守る機能、地球温暖化の進行を妨げる機能、他の産業を発展させる基盤としての機能、そして日本の文化を育む機能。こういった大切な機能は、水田や畑地において食料生産が行われることでしか発揮され得ない。
 また、食料自給率の向上に、安全で安心な食の構築や健全な食生活の実現を重ねる動きもある。・・・・・・
  食料自給率という言葉から、見えるもの、また目指していくべきものは、それぞれの思いや願いによって異なるということである。

(末松広行著 『食料自給率の「なぜ?」』より)




No.351 『無宗教こそ日本人の宗教である』

 この著者の本はそれなりに読んでいるので、流れがつかみやすく、今回も的確なところを突いている、と思いました。宗教そのものにちょっと抵抗を感じるようになってきたものとして、創価学会の強引な折伏やオウム真理教などの事件が強く作用していると分析していますが、たしかにそのような一面もあります。
 著者は、宗教学者としてプロフィールで紹介されていますから、宗教を外側から見ているので、中にいる人たちより俯瞰できることは間違いないでしょう。たとえば、出家というのは、仏教とキリスト教カトリックしかないとか、神道の信者になるのは生まれだけで、それだけで氏子になるが、イスラム教もイスラム教国やイスラム教の家族のなかに生まれれば自動的にイスラム教徒になるのだから、とても似ているといいます。たしかに、そういわれれば、その通りで、区切りの仕方で、いろいろな面が見えてきて、教えられることが多々ありました。
 最後の第7章の『「無宗教」が世界を救う』というところでは、今まで日本人の無宗教観がマイナーなとらえ方をされていましたが、それを積極的に肯定する立場を述べています。それを下に抜き書きしてありますが、たしかにそういう意味では、世界を救えるかもしれませんが、まずはその自覚がなければ話しにもなりません。日本人は宗教に疎いのではなく、その自覚がないだけのような気がします。
 ぜひ、機会があれば、お読みください。
(2009.03.15)

書名著者発行所発行日
無宗教こそ日本人の宗教である(角川oneテーマ21)島田裕巳角川書店2009年1月10日

☆ Extract passages ☆

 無宗教は、宗教の否定ではない。信仰の否定でもない。それは、一つの宗教に固執し、ある信仰だけを絶対化して、他の宗教、他の立場を排除し、排斥することには結びつかない。無宗教は、宗教の自由を確保する。宗教についてあらゆる可能性を排除しないことで、かえって宗教の持つ将来の可能性を確保しょうとする。
 日本人が無宗教であることで、海外から異なる宗教を持つ人々がやってきても、対立や衝突が起こらない。無宗教の人々は、かえって他の宗教を尊重する。とくに真摯に信仰を追求している人々を尊重し、高く評価する。宗教によって、他者を排除しないことで、宗教の自由、信仰の自由が確保されていくのだ。

(島田裕巳著 『無宗教こそ日本人の宗教である』より)




No.350 『心に響く99の言葉』

 著者の多川俊映師は、奈良の興福寺貫首ですが、1947年生まれですから僧侶としてはこれからの人です。書名に「東洋の風韻」という副題がついているので、おそらくは東洋の人たちの名言などを集めたものと思いながら読み始めました。これは後から知ったことですが、週刊ダイヤモンド誌に2005年4月から2007年3月まで、「東洋の風韻」と題して連載していたものだったそうです。一つの言葉に520文字のコメントを添え、それを99並べたものがこの本です。
 もちろん、僧侶ですし、興福寺といえば唯識のお寺ですから、それに関するものが多いのですが、それ以外にも詩や俳句、あるいは川柳なども取りあげ、とても読みやすいものになっています。こた、1ページにコメントを書き、次の1ページに自ら揮毫したものを載せ、変化をつけています。これなども、やはり僧侶らしいもので、何度かページをもどりながらもその揮毫されたものを眺めました。
 たしかに、著者がいうように、今の社会は一人一人の言葉があまりにも軽くなっています。総理大臣が漢字を読み間違えたとか、一国の総理を詐欺みたいだと言ってしまったり、いったく口にしたら、それはもう引っ込みがつかなくなります。それで、さらにそれを押し出すような言葉の応酬になってしまうわけです。
 この本では、インドのタゴールの、「沈黙によってお前の魂を洗う」という詩の1節を紹介しています。一を知って十を語ろうとしたり、さらには一も知らずに十を語れば、それはもう不実でしかないのです。やはり、十を知って一を語るか、あるいは、ただ黙すること、も学ばなければならないと思います。
(2009.03.13)

書名著者発行所発行日
心に響く99の言葉多川俊映ダイヤモンド社2008年6月5日

☆ Extract passages ☆

 心如工画師(心はたくみなる画師のごとし)・・・・・・
 たとえば、若い時分つまらなかった古典の作品が、齢を重ねて再読したら、実に興味深かったという経験は、誰にでもある。
 その古典の内容が変化したわけではない。いわば客体だが、それを読む側の内面の深まりによって、みえるものが違うのだ。まことに、私たちの心は、工(たく)みな画家のようなものなのだ。
 しかも、自分の都合をそっと押し出し、さもそれが外に実際に展開しているように描き出すのだ。『華厳経』唯心偈の冒頭のことば。

(多川俊映著 『心に響く99の言葉』より)




No.349 『職人を生きる』

 ジャーナリストというと、いろいろなジャーリストがいるとは思っていましたが、この著者は老舗ジャーナリストだそうです。初めて知りました。まあ、自分でそう言っているだけの話しかもしれませんが、『ルールはなぜあるのだろう』に引き続き、岩波ジュニア新書の1冊を読んでみました。
 職人というと、ちょっとくくりが大雑把なような気がしますが、いわばものづくりのプロです。そして、どちらかというと手に職を持っていて、日常生活で使う品々をつくっています。しかし、戦後の大量消費時代が始まり、機械で簡単につくれるようなものだけがのさばり、流行などに流されることもあり、ものそのものに愛着がなくなり、飽きたら簡単に捨ててしまい、また新しいものを買う、という時代になってしまいました。そのような時代では、一つずつ時間をかけて丁寧につくっていく職人さんは、少なくなるのが当然です。いくらものがいいとはいっても、買ってくださる方がいなければ商売としてはなりたちません。海外の高価なブランド品を目の色変えて買いあさる人たちがいても、自分たちの国にそれ以上品質のいいものをつくっている人たちがいるとは知らないのではないかと思います。
 そういう意味では、若い世代向けのこのような本で、職人の世界を知ってもらうことはとても大事です。この本に出てくるものは、押絵羽子板、江戸手書提灯、足袋、江戸浴衣、江戸切子、飴細工、釣りしのぶ、江戸風鈴、藍染、ガラスペンなどで、さらに革鞄やウナギなども入っています。
 それぞれに職人らしさが出ていて、現在も時代の流れに沿うような努力をしながら、卓越した技術を伝えています。本の後ろの方では、職人さんたちの住所や電話番号、ホームページなど、さらには簡単な作業工程なども載っていますので、もっと知りたいという方には好都合かと思います。
 ここで初めて知ったのが「釣りしのぶ」ですが、趣味でつくっている人がいるのは知っていましたが、その職人芸が職業として今もあることに、びっくりしました。おそらく、まだまだ知らない多くの職人芸があるのではないかと、この本を読みながら考えました。
 仕事をするということはどういうことなのか、自分で仕事がなかなか決められない若い方々には、ぜひ読んでいただきたい1冊です。
(2009.03.10)

書名著者発行所発行日
職人を生きる(岩波ジュニア新書)鮫島敦岩波書店2008年12月19日

☆ Extract passages ☆

職人とは、伝続を重んじ、手を動かして、実用のものを繰り返し作り続けていくのだ。使う人のことを考えて作るため、ものづくりには自我が入り込まない。そして、日常生活の中で使われることに喜びを見出す。誰にも使われないものを作っても、それは職人としてのものづくりでは意味がないことになる。この点が、芸術家とは全く異なるのである。
 しかし、職人も芸術家になることはできる。何度も展覧会や個展の開催経験がある江戸切子職人の小林英夫さんは、職人と芸術家の違いというのは、展覧会に出すものを作れるかどうかの違いだという。
 「腕がよければ、見本を見て同じものを作ることができます。しかし、目の前に素材を置かれて、好きなように作れと言われるとできないのです。それが職人というものです。作品を作ることは、職人には難しいことです。作品を作るには、もちろん技術は優れたものを持っていなければいけませんが、なんといっても全体のデザインや素材にあったデザインがきちんとできなければ駄目なんです」

(鮫島敦著 『職人を生きる』より)




No.348 『食をうたう』

 副題にある通り、「詩歌にみる人生の味わい」を食にこだわって書いてあります。俳句もあり、短歌や詩もあり、まさに興味のおもむくままに書いているように思います。著者のご専門は、日本文化や日本生活文化史で、その広範な知識が詩歌と絡め合い、展開されていくさまは、とてもおもしろく読ませていただきました。
 すでに何度か読んだ詩歌に出会うと、懐かしい知人に出会えたような気がしましたし、初めて読んだものは、素直にスーッと入ってきます。それだけ、自然に選ばれたものだと実感しました。そこで、著者の略歴を見ると、なんと同年代、やはり同じ時代のなかで青春も壮年も過ごしてきた妙な懐かしさみたいなものを感じました。
 あのころ、といっても学生運動華やかなりし頃のことですが、理想に燃え、ある種の不安にもさいなまれ、それでもあの大きな流れのなかで自分を見失うまいと必死にもがき悩んだ時期も過ぎ、気がつくと高度経済成長期でみんなが中流意識を持ち、豊かになり、それがはじけ、未だ持って不景気のなかにいます。文字にすると、ホンの数百字ですが、そのなかにさまざまな思いが錯綜します。それを思うと、ホンの短い言葉でそれらをあらわそうとすると、やはり詩歌にもどってしまいます。
 これら詩歌のなかに、私たちの青春があり、生きざまが代弁されているような気がします。時間があるときに、このなかに出てくる詩歌を拾い集め、再度読み直してみたいと思いました。まさに、歌は世につれ世は歌につれ、です。
(2009.03.08)

書名著者発行所発行日
食をうたう原田信男岩波書店2008年11月14日

☆ Extract passages ☆

 晶子の『みだれ髪』を現代語訳した俵万智には、30歳前後に詠った『チョコレート革命』に、「くちびるという名の果実 ドリアンを味わうように確かめている」がある。また同じく「水蜜桃の汁吸うごとく愛されて前世も我は女と思う」の一首は、くちづけとも思えるが、前に「生えぎわを爪弾きおれば君という楽器に満ちてくるカあり」が置かれていることから、明らかに性愛の歌である。
 万智も、その10年前の『サラダ記念日』では、「初めてのロづけの夜と気がつけばばたんと閉じてしまえリ日記」と詠んでいる。初めてのくちづけの味は、ドリアンや水蜜桃ほど濃厚ではあるまい。そうじて青春の日のくちづけには、そこはかとない憧れが秘められている。詩人・吉岡実が思春期にものにした次の一句は、艶めかしさに富む。
 微熱あるひとのくちびるアマリリス  (『奴草』)
 微熱という病への淡い背徳と、そこに秘められた魅惑、さらにピンクや赤を基調とする花と、その語感。ちなみにローマの詩人・ウェルギリウスが、『牧歌』で「私を虜にし 僕らのお気に入り」と詠った羊飼いの乙女の名がアマリリスで、花名の由来とされている。まさに秘かで初々しい憧憶が、吉岡の一七文字には籠められている。

(原田信男著 『食をうたう』より)




No.347 『レヴィ=ストロースの庭』

 この本を手にしたとき、一瞬、「アレッ」と思いました。ほんの少し活字があり、7枚ほどカラー写真があり、あとはすべてモノクロームの写真でした。写真集といわれればそのような気もしますが、それほど際だつ写真もなく、やはり、その「アレッ」から先には理解できませんでした。
 しかし、そのモノクロームの写真を1枚ずつ丹念に見ていくと、なんとも懐かしいような雰囲気をもつものでした。ついつい、引き込まれていくような写真でした。
 このモノクロームというのは日本独特の表現だそうで、英語ではブラック・アンド・ホワイト(BW)といいますが、この光と影を白から黒にいたる階調としてとらえるようになったのは20世紀初めころからだそうです。そして黒は多くの色が過剰なほど集まったもので、すべての色彩を生み出す源であるという考え方もあります。たしかに、そういわれればその通りです。そこに、深みを感じるわけです。
 この本は、クロード・レヴィ=ストロース教授へのインタヴューをもとに、撮影された写真や数々の論考、さらにはガイドブックなどからつくられたもののようです。だからすぐにはこの本の意図が読み取れなかったのではないかと思います。これらの写真は、有山達也さんの想像力でデザイン化され、ひとつの円環をなす時の旅として表されていると、「あとがき」に書いてありました。
 この本を出版された昨年がクロード・レヴィ=ストロース教授100歳の年で、さらには記念碑的な『神話論理』日本版刊行の年だったそうです。もし機会があれば、『構造人類学』などとともに読んでみたいと思っています。
(2009.03.05)

書名著者発行所発行日
レヴィ=ストロースの庭港千尋NTT出版2008年11月20日

☆ Extract passages ☆

 明るさと色彩の複数のチャンネルに分解された刺激を再構成し、「色を見ている」のはわたしたちの脳である。その意味で写真のモノクロームは、二重に抽象された表現といえる。写真そのものが、視覚的な抽象であるが、モノクロームはチャンネルを絞ることによって、世界を光と影の語調として知覚することを、わたしたちに促すからである。レヴィ=ストロースの神話分析では半音階と全音階について、「大きな間隔」と「小さな間隔」という表現も使われているが、その意味ではモノクロームは視覚的に「小さな間隔」を経験する手段であり、人間を危機や苦痛の状況へ向かわせるときは、神話世界の毒や病気にあてがわれている役割に似ている。だがときには熱帯の森にかかる虹が、より美しい土器の塗り方を教えてくれるように、よりよい世界に気づかせてくれることもあるだろう。

(港千尋著 『レヴィ=ストロースの庭』より)




No.346 『ピカソ 描かれた恋』

 一人の画家のことを、恋心からその絵心を読み取ろうとする試みに、まず興味を引かれました。副題も、「8つの恋心で読み解くピカソの魅力」です。
 著者はワークショップを手がけながら、世界各地の美術館や名画にまつわる土地を訪ね歩き、その魅力をエッセイや講演などで多くの人たちに伝え続けている方です。
 内容は、1.気になるピカソ、2.すごいピカソ、3.優しいピカソ、4.不気味なピカソ、5.憎いピカソ、6.かわいいピカソ、7.わがままピカソ、8.やっぱりピカソ、という筋立てになっています。みなそれぞれにピカソの性格を映し出しているようで、わかりやすいものでした。
 男は、意外と付き合う女性によって性格までかわることがありますが、やはりピカソはピカソです。年の差もなんのその、自分をそのまま子どものように押しだしています。
 じつは、半月ほど前に、映画『エミリー』を見ました。この映画は、現代アメリカ文学のフィリップ・ロスの短編小説「ダイング・アニマル」を映画化したもので、ピカソの場合と同じような年の差カップルの物語です。主役のデヴィッド(ベン・キングズレー)は美術史を教える大学教授で、その教え子のコンスエラ(ペネロペ・クルス)とは年の差が30歳ほどです。デヴィッドもピカソ同様に女性遍歴を重ねての出会いだったけれども、結局は自分の年齢のことを気にしながら結婚まで踏み出せずに別れてしまいます。
 しかし、ピカソはまったく違います。まさに気にくわないと暴れ出すような子どもそのままに自分をさらけ出します。やはり、絵を描く人とその絵を評論する人とでは、生き方がまったく違うようです。
 ピカソは天才、まさにそのような生き方をしたことがこの本を読めばわかります。
(2009.03.03)

書名著者発行所発行日
ピカソ 描かれた恋結城昌子小学館2008年10月1日

☆ Extract passages ☆

 「20世紀最大の目」といわれた画家ピカソは、子どもの絵の力をよく知っていた。ピカソは、美術教師だった父親の影響か、幼くしてすでに、西洋絵画の基本とされるイタリア・ルネサンスの巨匠ラファエロのような絵を描くことができたという。つまり、大人たちの間で絶賛される達者なデッサンに基づく描写力を身につけていたことになる。ピカソは「上手い絵」を描くことができる地点から自分の生涯をスタートさせたのだ。だから、彼が成長するには画家の道をほうり出すか、あるいはすでに身についている尺度を壊してしまうほかなかった。壊して、そして新たなものを手に入れることの繰り返し。この道程が、ピカソを「破壊と創造の画家」にしたと考えるとわかりやすい。
 ピカソにはライバルらしきライバルは存在しなかった。彼にとって、もし勝利があるとすれば、それは子どものように絵が描けるようになること。その地点に到達することに違いなかった。子どもらしいまなざしに対するピカソの嫉妬と羨望がどれほどのものだったかは、本人にさえわからない大きなものだったろう。もはや絵の価値とは上手いことではなく、見る者に永く語りかける豊かさをもっていること。ピカソはこのことを深く理解し、卓抜した技量でそれに挑戦しっづけた偉大な画家だった。

(結城昌子著 『ピカソ 描かれた恋』より)




No.345 『一年は、なぜ年々速くなるのか』

 たしかに、この題名のように感ずるとよく聞きますが、それに科学はどのような回答を準備しているのか、と思って読みました。しかし、今のところ仮説にしかすぎないとわかり、ホッとしたというかガッカリしたというか、複雑な気持ちです。
 それでも、この思いに正面から取り組もうとする科学者魂に喝采を送りたいと思います。おそらく、学究肌の科学者ではなく、科学を多くの人たちに好きになってもらいたいという願いが書かせたのではないかと思います。本文中にも、「わたしの役目は、科学をエンタテインメントとして提供すること」と書いています。
 いちおう、著者の結論は下に抜き書きしたようなものですが、本来は全部を読み通さないとわからないのかもしれません。ぜひ機会があればお読みください。
 最後の方に、「人は、人生に疲れると旅をしたくなる。単調な毎日の繰り返しに耐えられなくなり、南の島に行ったり、オーロラを見に行ったり、アフリカの野生動物を見に行ったりする。それは、記憶に残らないルーティンワークから逃れ、中身のない時間が自分を置き去りにして走り去る状況から脱出し、充実した時の流れに身を置きたいと願うからではなかろうか。」と書いていますが、自分自身の思いもこのように感じます。
 まずは、自分自身の工夫次第で、時間は速くも遅くもなるということですから、限られた時間のなかで自分らしい時間をしっかりとつかみたいと思いました。
(2009.03.01)

書名著者発行所発行日
一年は、なぜ年々速くなるのか(青春新書)竹内薫青春出版社2008年11月15日

☆ Extract passages ☆

 1年が年々速く速くなる理由の1部は、たしかに「歳のせい」だ。特にスケーリング法則による物理的な身体の大きさの変化はどうしようもない。でも、加齢による効率低下に関しては、周囲の若者と同じ土俵で勝負を続けているからそう感じるのであり、若者にはできない「年の功」の能力を生かすことができれば、一年が速く過ぎ去ることはないはずだ。
 周囲との比較にこだわらず、自分の心の持ちようを変えることにより、あなたの時間の経ち方は劇的に変化する。もちろん、定期的に旅をしたり、本当に楽しい趣味を見つけることでもかまわないが、ルーティン化している仕事の中にも、自分なりの工夫や創造の余地があるにちがいない。
 要は、自分の時間を取り戻すことなのだ。

(竹内薫著 『一年は、なぜ年々速くなるのか』より)




No.344 『ルールはなぜあるのだろう』

 副題に「スポーツから法を考える」とあるように、スポーツルールそのものから法を考えようというわけです。
 しかもこの岩波ジュニア新書は、若い世代を読者に想定しているので、とても分かりやすい解説をしています。しかも、このなかの話しは、お父さんと子ども対話によって進み、その話し言葉の気軽さもあって、スラスラと読めてしまいます。設定としては、お父さんが1958年千葉生まれで大学で民法を教えている、子どもは1991年生まれの男の子で、両親と別れて、姉と東京に住んでいるということになっています。
 まあ、設定はどのようなものでもいいのですが、スポーツのルールから法を考えるということは、おもしろい視点です。そういえば、著者は、高校生のための民法入門のようなものの書かれていますから、そういう意味でも分かりやすいのかもしれません。
 とくに最近は、今年からはじまる裁判員制度などの絡みもあって、裁判そのものにも関心が寄せられています。もし自分がその裁判員になったらどのように対処したらいいのか、少しは法律そのものも知らなければなりません。そういう意味では、「裁判員制度は民主主義の学校」といわれるゆえんでもあります。だからといって、憲法や民法などの細かい条文を覚えることではなく、法やルールの役割をしっかり考えることの方が重要です。
 スポーツだけでなく、趣味の世界やルールという規格に当てはまらないようなことまで取り扱っていますので、ジュニア向けだと思わないで、ぜひお読みください。
(2009.02.27)

書名著者発行所発行日
ルールはなぜあるのだろう(岩波ジュニア新書)大村敦志岩波書店2008年12月19日

☆ Extract passages ☆

 人生のルール、社会生活のルールである法も、すぐれたものであるに越したことはないね。ただ、ルールの制約性を強く考えすぎてはいけない。プレーは、ルールが課している制約とルールが許している自由のあいだに生まれる。制約を十分に知りつつ、自由を行使すること、それがルールに従うということなんじゃないかな。ルールに従ってプレーするってことは窮屈なことじゃなくて、創造的なことだと思う。

(大村敦志著 『ルールはなぜあるのだろう』より)




No.343 『オオカミ少女はいなかった』

 この本の題名に、まずはビックリしました。子どもの時、ここに出てくるオオカミ少女の話をなんかの本で読んだことがあり、世の中にはそのようなこともあるんだと思いました。そして、人間の能力なんて、生まれより育ちで、一生懸命にやればなにごともやれないことはないと考えたのです。しかし、そのオオカミ少女がいなかったといわれると、そのとき考えたことはなんだったのだと思ってしまいます。
 この本には、そのような心理学の今では神話になりつつあるものを取り上げています。それらは、第1章「オオカミ少女はいなかった」、第2章「まぼろしのサブリミナル」、第3章「3色の虹?」、第4章「バートのデータ捏造事件」、第5章「なぜ母親は赤ちゃんを左胸で抱くか」、第6章「実験者が結果を作り出す?」、第7章「プラナリアの学習実験」、第8章「ワトソンとアルバート坊や」で、終章でそのまとめをしています。
 これらは今でもときどき話題になることもありますが、いまでも真実だと思っている人が多くいるように思います。たとえば、「なぜ母親は赤ちゃんを左胸で抱くのか」は、母親のおなかにいるときから心音を聞いているのだから、米国コーネル大学の心理学者リー・ソークの心音説にはほとんど疑問を差し挟むことなく納得してしまいます。でも、この心音説は、追試で確認できないし、評価も検証も難しいというのです。では、これをどう考えればいいのかといえば、側面化の一つとして考えるしかないのだそうです。でも、それよりは、心音説のほうが心情的には納得できるので、そこに神話として残り続ける素地があるのかもしれません。
 これら残り続けている心理学の神話は、とても興味深いものが多く、8つすべてほとんどの人が知っているかもしれません。それが間違って伝えられたり、意図的にゆがめられたりしているとすれば、ゆゆしき問題です。ぜひお読みいただき、自ら考えていただきたいと思います。著者も、最後に、うさんくさい神話の呪縛から逃れるためには、まず原典にあたること、噂に頼らぬこと、疑うことと書いています。もちろん、他のことでも、このような筋道をたどることは重要なことです。
(2009.02.25)

書名著者発行所発行日
オオカミ少女はいなかった鈴木光太郎新曜社2008年9月29日

☆ Extract passages ☆

 写真は、固定された位置から限られた範囲の空間を一瞬だけとらえたものであり、撮った後からも修正したり、トリミングしたりできる。写真そのものが本来的にトリッキーなのだ。さらに、演技をさせたり、やらせで撮ることもできる。
 このことは、これまでのさまざまな証拠写真の捏造事件が例証している。ネス湖の恐竜を撮ったとされる有名な最初の写真は、模型が使われていたし、アメリカで1950年代に撮られたUFOの写真も、実際は葉巻や釜型の電気洗濯機を空中に吊るして撮影したものであった。しかし、そのことを知らずに写真を見た人々の多くは、やすやすとだまされてしまう。その写真に、まことしやかな解説がつけられていれば、そのように見て、その存在を信じてしまうのだ。

(鈴木光太郎著 『オオカミ少女はいなかった』より)




No.342 『信用偏差値』

 今回の世界的不況は、アメリカのサブプライムローンの破綻に端を発しているようですが、そこにはクレジットヒストリーやクレジットリポート、さらにはクレジットスコアなどをもとにした信用格差社会があるといいます。しかし、たしかに今の日本もクレジットカードや電子マネーなどを使ってはいますが、それほどの格差を感じないのが一般的です。しかし、この本を読んで、アメリカの信用格差社会の不条理を垣間見たような気がします。
 アメリカの後を追随しているのが日本の現状です。だとすれば、このような信用格差社会、さらには信用を格付けする「信用偏差値」があながち先読みとはいえません。おそらく、この信用重視の流れは止めようがないのかもしれませんし、それを理解し、それに対処できるようにすることはとても大事なことだと思います。
 そもそも、日本の信用情報機関の情報とアメリカのそれとは大きな違いがあります。それは、「日本は最初から信用情報機関は銀行、ノンバンクなど金融業者のために設立されたが、米国ではもともとが名簿業者から始まっているからだ。さまざまな個人情報を集めて、それを求める企業や個人に販売して収益をあげていた。そのうちにクレジットカードの返済履歴も商品として扱うようになり、社会的インフラへと成長したのだ。そのために今も求めがあれば、企業、個人にその情報を販売しているのだ。その結果、クレジットレポートやクレジットスコアは金融から離れて広く社会生活に影響を及ぼすようになっている。とくに就職や不動産関係、さらには携帯電話の契約でよく使われており、人々が点数アップに熱中するのは、その影響が広く毎日の暮らしに及び、クレジットカードの使い方、履歴が人生を決定づけるようになっているからだ」そうです。  ということは、全ての生活にそれらクレジットスコアが利用され、さらには一生を左右する就職までそれで差別されれるようになってくるというわけです。それこそ、もう、これは完全なる格差社会です。しかし、高い信用を持っているから安心ということではなく、これらプライム層でさえも、「高いスコアを維持していれば、すでに述べたように金融機関の方がリボルビング金利やローン金利を優遇してくれるからである。ただ、いかに現状を維持して、さらに上のスコアを目ざすかという努力は続けている。人生の勝ち組として、その地位を手放し、そこから脱落することがいかに恐ろしいことかをよく知っているからである」ということがあるのです。
 このような社会は、とても住みにくいに違いありません。ぜひ、このような信用偏差値のない社会を目指すべきだと、この本を読んで痛切に思いました。
(2009.02.20)

書名著者発行所発行日
信用偏差値(文春新書)岩田昭男文藝春秋2008年11月20日

☆ Extract passages ☆

 クレジットカードと電子マネーによるキャッシュレス化は猛烈な勢いで進んでいる。それに伴い、信用が重視される新しいクレジットカード時代の幕が開こうとしている。我々日本人は、いま初めて自分のクレジット情報が自分の信用をつくるというこれまで経験したことのない信用社会のとば口に立っている。この社会はこれまでの常識が通用しない、格差社会でもある。これまでの「牧歌的」な姿勢ではすぐに取り残される苛烈な社会といえる。そして、この社会の中で、プライム層に属すことができれば、その人には恵まれた条件が次々と提示されて、一生安楽に暮らせる。一方でサブプライム層と認定されれば、その人は一生、逆風の吹き荒れる中で這い回らねばならない。そして、一旦落ちると、這い上がろうとしてもなかなか這い上がれないのだ。

(岩田昭男著 『信用偏差値』より)




No.341 『春の七草』

 思えば、昨年の12月20日ごろに同じ著者の『秋の七草』を読みました。そのときは、もう秋の七草も終わってしまっているだろうな、と思いながら読みました。ところが、この本はその後に出されたようで、ちょうど時期的にも『春の七草』の季節なので読み始めました。この本も同じ出版社で「ものと人間の文化史」の1冊で、No.146です。
 この前の『秋の七草』でも思ったのですが、たった七種の草でよくこれだけの本が書けるものです。どこが自生地かはもちろん、時代背景や古文書からの抜き書き、そして文学作品での扱い、名前の由来や方言などにも言及しています。さらには、植物としての生態や分布、採取法や調理の仕方、薬用など多岐にわたっています。それらを丹念に調べて、1つずつ書き記していくわけですから、それを考えただけでも気の遠くなるような作業だと思います。
 だから、この本を読んだだけで、春の七草の歴史から植物学まで、すべてわかるような気がします。抜き書きも17枚ほどになりました。
 そういえば、「これら七種の若菜は、春の七草と古来から称され、七草粥の材料として新年の行事のなかに組み込まれた植物たちであるため、栽培されるダイコンとカブ以外の5種は、わが国の原産種だろうと私は思い込んでいた。ところが調べていくと、ハコベ・ナズナ・ハハコグサの3種は中国経由でヨーロッパから帰化した帰化植物であることが判った。またタビラコはその生育環境から、中国から水田稲作に随伴して帰化した植物と私には推定できた。栽培植物のカブとダイコンであるが、カブには地中海地方が原産地とする説があり、ダイコンは中央アジアが栽培種起源地の一つとされている。このようにみていくと、春の七草のうちただ一種セリのみがわが国原産の若菜であった。」のだそうです。
(2009.02.17)

書名著者発行所発行日
春の七草有岡利幸法政大学出版局2008年12月5日

☆ Extract passages ☆

 七草の正歌とされるのは、二条良基の撰と伝えられる『蔵玉和歌集』(成立年は未詳だが、元中5年=1388ごろ?とされる)に収められているつぎの歌である。
  芹ござやうなづなたびらこ仏座すゞなすゞしろこれぞ七草
 それを『年中故事要言』(蔀遊燕著、1697年)が、七種類の若菜の名前を和歌風の五、七、五、七にまとめ、最後に「これぞななくさ」と七文字で結んで和歌の体裁に整えたのである。
 せり なずな ごぎょう はこべら ほとけのざ すずな すずしろ これぞななくさ

(有岡利幸著 『春の七草』より)




No.340 『科学者の9割は「地球温暖化」CO2犯人説はウソだと知っている』

 今年の冬は暖冬で、例年なら一番寒く雪も多い2月でさえも、真冬日はほとんどなく、道路には雪もありません。やはり、これらは温暖化の影響なのかと思っていたら、この本の題名を見て、ビックリしました。地球温暖化の一番の影響は、二酸化炭素(ここでは文字がばけないようにCO2と書いています)などの温室効果ガスが増えていることと思っていました。それが、ウソというのですから、これは読んでみなければと思ったわけです。
 この本を書くいきさつについては、下の抜き書きしましたが、では、この地球温暖化の原因はというと、
 「理学研究流動機構の21世紀の気候予測では、温室効果ガスによる温暖化だけでなく、地球の気温に影響を与えると考えられる様々な要素を盛り込んでいる。その要素とは、影響の大きい順番に列挙すると、
 1 太陽の活動度
 2 地球磁場
 3 火山の噴火
 4 ミランコビッチの周期(ミランコビッチ・サイクル)
 5 温室効果ガス
 という5つ」が複合的に温暖化の要因になっているのだそうです。
 なかでも、太陽活動が一番の要因だそうで、「太陽活動が弱まっていれば、地球が直接受け取る熱エネルギーが減少するだけでなく、宇宙線を跳ね飛ばしてくれる太陽風が弱まることを意味する。その結果、太陽風が弱まれば、地球に降り注ぐ宇宙線量は増加し、雲量は増加する。そして太陽光の反射率が高まり、地球は寒冷化に向かうことになるだろう。1980年から現在にかけての温暖化と同期して宇宙線入射量は減少の一途を辿り、雲量が減少したことは宇宙線の観測だけでなく、独立した別の観測(ベリリウム10)でも確かめられている」のだといいます。
 これら科学的観測から導き出されたことの真偽はわかりませんし、これから10年もすればどちらが正しかったのか自ずと分かります。それよりも、温暖化の論議の中で科学的な物事よりもそれ以外の要素で動いているのがなんとも不思議でした。ぜひ、下に抜き書きしたところをお読みください。
(2009.02.14)

書名著者発行所発行日
科学者の9割は「地球温暖化」CO2犯人説はウソだと知っている(宝島社新書)丸山茂徳宝島社2008年8月23日

☆ Extract passages ☆

 日本の『地球惑星科学連合大会2008』での科学最前線の論争は先述したように、90%の科学者は「温暖化人為起源説」を信用していない。にもかかわらず、政治家はこれを100%信用し、毎年数兆円に及ぶ国民の税金を投資しようとしている。一体なぜ、このような奇妙なことが起きるのか?・・・・・・
私はこの問題を取り上げて、2008年度の連合大会でシンポジウムを企画した。それに1カ月先行して気象予報士の学界が慶応大学のキャンパスで開かれ、私も招かれた。この学会は、地球温暖化人為起源説の是非を理解するために、最前の研究者を招いて講演させ、論点を整理して、学会でアンケートをとりマスメディア(日経新聞)にも公表した。
 そこで地球惑星連合大会でも同様のアンケートを試みたのだが、その時にアンケートに反対した参加者がいた。このエピソードは冒頭に述べたが、私はアンケートを公表しないと約束した。しかし、徐々に科学者共同体の存立基盤の意味を理解するようになり、怒りがこみ上げてきた。私はアンケートの結果を公表しないどころか、本のタイトルにした。個人的な信用を捨てた。一番悪いのは科学者なのだ。

(丸山茂徳著 『科学者の9割は「地球温暖化」CO2犯人説はウソだと知っている』より)




No.339 『壇ふみの茶の湯はじめ』

 壇ふみさんは、毎週「NHK新日曜美術館」でお目にかかっていますが、女優さんだし、いろいろな機会があってお茶ぐらいしているんではないかと勝手に想像していたのですが、この本の企画で始められたということでした。本当に意外でした。
 後書きを読むと、「女優なんだし、お茶くらい、やっとかなきゃあ・・・・・」と何百回も思ったそうです。それはそうです。仕事でも使いそうだし、それよりなにより、お茶の雰囲気がよく似合っています。もし、お茶室に通されたりしたら、さらさらとお点前だってしそうです。
 この本は、読むというよりは、見る写真の方が多く、あれっ、と思う間に終わってしまいます。私も終わってから、何度もひっくり返し、写真と文章を見比べました。それにしても、お茶の世界における著名な方々に直接ご指導をいただけるなんて、なんともおいしい企画です。壇ふみだからこそ、絵にもなり、様にもなるのでしょう。そして、そこそこのお稽古で、「ダンフミ茶会」という最初のお茶事までしてしまうのですからすごいものです。
 この本の第2章で、京都の光悦会というお茶会に参加することが書かれていますが、私もその光悦会に参加したことがあり、そのときは九州の高取焼きの方と同席させてもらいました。さらに、樂焼3代のノンコウの赤樂茶碗を直接手にしたり、光悦の書に感激したことなどを今でも覚えています。お昼の瓢亭のお弁当もおいしく、あの名物の瓢亭玉子も少しずつ味わいながら食べたことも昨日のことのように思い出します。こんなにも楽しいなら、次は東京の大師会にも行きたい、とも思いました。それほど、濃縮な時間を過ごせたのです。
 また、茶杓師の海田曲巷氏に削り方を習えるなんて、なんと果報者でしょうか。この方の茶杓には何度か出会っていますが、一つとして同じものがなく、いくら自然の竹だとしても、それぞれに個性がはみ出しているような感じです。また、その茶杓の銘もいかにもそれ以外は考えられないというような銘です。昨年12月23日のお茶事で出会った海田曲巷作の茶杓の銘は、『何苦左右』でした。ご亭主は、このような世界的不景気のなかでも、「なにくそう」とがんばろうという意気込みを表されたというような話をされていました。これなども、おもしろい銘だと思いました。
 さらにおもしろいのは、この本には書かれていませんが、実は海田曲巷作の茶杓は、奥様の上田晶子さんの仕覆におさまっています。その仕覆制作も、第11章に載っています。
 そこで、下に抜き書きしたのは、茶杓の銘についてのことです。お読みいただければと思います。
(2009.02.11)

書名著者発行所発行日
壇ふみの茶の湯はじめ壇ふみアシェット婦人画報社2008年11月1日

☆ Extract passages ☆

 茶杓作りの楽しみは、銘を考えることと、海田先生はおっしゃる。表情のある竹を選び、ピッタリの名前をつける。それがいちばん大切。
 「ねじけ者」「唐紅」「もがり笛」、先生の作られた茶杓は、たしかにみんなそんな顔をしている。なかに珍しく「Venus」と横文字の銘のついたものもあった。茶杓の後ろには、女体がうっすらと彫られている。「女性を愛でる会」という茶会を開いたときに、使われたものだそう。海田さんは「清貧の茶会」「俊寛」などというお題の茶会も開いている。その会記がまた素敵で、人を楽しませ、自分も楽しむという、工夫と遊び心でいっぱい。なるほどヨシオカが、「ほんとうの茶人です!」と、メロメロなのも分かる。
 海田さんが茶杓作りを始めたのは、ほんとうに自分の使いたい茶杓がなかったからだという。ええい、ならば作っちゃえと、作ってみたら、これができちゃった。

(壇ふみ著 『壇ふみの茶の湯はじめ』より)




No.338 『外国語学習の科学』

 日本人は、中学校と高校、さらには大学まで英語の勉強をしながら、ほとんどの人が英語をしゃべれないといいます。この本のなかでも紹介されていますが、国際的に標準化されたTOEFLというテストで、日本は最下位に近く、ここ20年間、成績もほとんど向上していないそうです。これは、アジア28カ国で最下位です。たとえば、韓国の平均は72点、北朝鮮でも69点なのに、日本は65点なのです。同じアジアでもシンガポールは100点、インドは91点、マレーシアは89点、フィリピンは85点です。
 では、なぜなんでしょう?
 おそらく、たった一つの原因というのではなく、複合的なものだと思うのですが、その解決の糸口がこの本には書かれています。それにしても、第二言語習得論なるものがあるとは知りませんでした。たしかに母語習得を第一言語習得とすれば、二次的に覚える言語は第二言語になりますが、その違いを明らかにすれば、第二言語を習得するためのいい方法が見つかるかもしれません。だとすれば、という期待を込めて読み始めました。
 結論は、語学に王道なしということがはっきりとわかりました。
 この本の第6章「効果的な外国語学習法」では、「分野をしぼってインプットする」、つまり外国語で情報を入手できるレベルまでなんどもリスニングをすることだそうです。また、「例文暗記の効用」や「発音・発声はまねることから」、「単語は文脈の中で」や「文をつくれるくらいの基本的な文法」、「コミュニケーション・ストラテジーを使う」ことなども覚えること、さらには「アウトプットは毎日・少しでも」とあり、話すことや書くことも毎日少しでもやるべきだそうです。さらにさらに、無意味な学習より有意味学習を心がけ、外国語を勉強する動機づけを高めることだとありました。
 そう言われれば、たしかにそうですし、まさに王道なしといえるのではないかと思います。
 とくに興味深かったのは、第二言語習得に成功するポイントですが、1つは学習開始年齢、2つ目は外国語学習適正、3つ目は動機づけ、だそうです。だとすれば、私に残された成功するポイントは、3つ目の「動機づけ」しかなさそうです。
(2009.02.09)

書名著者発行所発行日
外国語学習の科学(岩波新書)白井恭弘岩波書店2008年9月19日

☆ Extract passages ☆

 子どもの母語習得(第二吾語習得)と大人の外国語習得(第二言語習得)の大きな違いは、何でしょうか。母語習得に失敗した、という話はあまり聞いたことがありません。一方、外国語の習得は、母語話者に近いレベルに達する人はほとんどいません。また、かなりできるようになる人もいれば、ほとんどしゃべれないまま終わる人も多いです。当たり前と言えば当たり前ですが、ここがこの二つの根本的な違いです。第二言語の方は、みな同様に成功する、という「均質性」があるのに対し、第二言語習得の方は、結果は様々、という「多様性」があるわけです。なぜこのような大きな違いがあるのでしょうか。

(白井恭弘著 『外国語学習の科学』より)




No.337 『車中泊マニュアル』

 うちの近くに河川公園があり、時々、キャンピングカーが停まっています。なかには、普通の車もあり、どのように泊まっているのかと思っていました。
 また、ある写真家の本のなかで、車中泊をしながら、撮影を続けているという記事を見つけ、それなら撮影場所の近くで泊まれるし、写真は早朝や夕暮れの風景がもっとも際だつのでそれにも都合がよいと思いました。そう思いながらも、十数年の月日が流れていきました。
 もうそろそろ動き出さないとと思っていた矢先、この本を見つけました。やはり、写真家のこと、釣りをしたい人、いろいろの目的は違えども、車中泊をしていることの様子が詳しく載っていました。もちろん、様々な工夫をして、それぞれの楽しみを持っているようですが、そこにはそそられる雰囲気がありました。
 写真家の佐藤尚さんは、「仕事で全国を回っていますので、連続車中泊回数は1ヵ月から40日になることもあります。こうなると車中泊は、私にとって生活の一部になります。本来ならキャンピングカーのよ うなクルマのほうが断然便利だとは思いますが、撮影では狭い道に入って行くこともあるので、小回りの利くクルマでないと仕事の面では不都合なのです。また車中泊では防犯にも注意する必要があります。高価なカメラ機材をクルマに搭載していますが、それっぼく見えないのか、幸い盗難に遭ったことはありません。」といいます。
 また、日本の山を全部登りたいという方は、「寝る場所を決めクルマを停めたら、まずは翌日に控えた登山の下調べを入念に行います。そのときは、登山口のすぐ近くまできていますので、天候や周りの状況なども把握Lやすいです。」といいます。これは、まったくその通りで、天気予報より確実でしょうし、翌朝の気分次第でいつでも登山ができます。
 この本を見ながら、今年こそはぜひ行ってみたいところを考えている私でした。
(2009.02.07)

書名著者発行所発行日
車中泊マニュアル武内隆監修(株)地球丸2008年3月1日

☆ Extract passages ☆

 まずは、自分のしたいことに車中泊を利用するとどんな利点が生まれるか、考えてみることが第一歩となる。例えば、忙しくて遠方にはとても出かける暇がないという人でも、車中泊をすれば可能性が生まれる。また、泊まる場所に沢山の荷物を持っていく必要がある場合、夜中にもフィールドで何かをする必要がある場合などでは、車中泊をすれば楽で、便利であり、車中泊の利点を生かすことができよう。このように、車中泊をすればこんなことができるようになる、ということを見つけることが重要だ。利点がないのに始めても仕方ないからだ。車中泊そのものは目的にはならないだろうし、どうしても車中泊をしなければという理由は全くないので、とくに利点が見つからなければ、車中泊をしないで済ませばよい。そこは気軽に考えよう。もしメリットを見つけることができ、それが大きければ大きいほど、実行してみると、予想もしない新しい世界・生き方が開けてくる可能性がある。

(武内隆監修『車中泊マニュアル』より)




No.336 『茶の湯の常識』

 著者の町田宗心は、茶道石州流不昧派14世だそうで、「利休伝書が語る」という副題があるにも関わらず、意外と批判的に利休を見ているようです。たしかに、三千家はあまりにも始祖を理想像化しているように思えますが、残るには残るだけの何かがあったのは間違いありません。
 この本は、各流派の違いを明らかにするというよりは、その初めに何があったか、どのような点前(この本では「手前」としていますが)がもともとの点前だったのかなど、古文書をくわしく調べて解き明かしています。この大変な作業には、敬意を表したいと思います。ここで初めて知ったことに、箸をなぜぬらして使うのかとか、魚道すすぎのこと、さらに「建水」や「台目」のことなど、たくさんあります。また、読むのにも時間がかかりました。総ページ数は335ページですが、古文書の解説や点前の比較など、まさに1ページ1ページを丹念に読みました。抜き書きも25枚ほどのカードになりました。
 これからのお茶の稽古にも、たいへん役立つことと思います。たしかに流派の違いはありますが、もともとは利休であり、武野紹鴎であり、村田珠光であります。どこかで、すべてつながっているはずです。そのつながりを見ていくと、そこにはもともとのお茶がどのようなものだったのかがわかります。それが少しでも見えれば、お茶はもっともっと楽しくなるはずです。
 自分の少ない経験からしても、他流の方々とお茶事をするとおもしろいものです。違いがあれば、その違いがどこから生まれたのか、知るきっかけになります。その違いを知れば、さらにその奥のことに興味が持てます。その奥行きに、歴史の深さを感じます。お茶のおもしろさは、道具だけでなく、日本文化そのものに深く関わっていることではないかと常々思っています。
(2009.02.05)

書名著者発行所発行日
茶の湯の常識町田宗心光村推古書院2008年10月25日

☆ Extract passages ☆

 茶の湯というのは、面倒な規則がある訳ではなく、人と人との交遊の場である。大徳寺の愴渓宗悦(いけいそうえつ)の言葉を借りて、少し固く言えば「礼楽の二つを根本」とする、ということである。礼とは礼儀である。楽とは互いにうちとけて、気持ちを和やかにして、楽しむことである。
 主客が礼節を守って、和やかなうちに楽しむためには、規則に縛られず、自由な雰囲気のなかで、主体的に行動できることが必要である。そのためには、行動する意味が分からなければならない。
 茶の湯には、手前や作法の形に意味があるはずである。しかし、現実は手前の形だけを覚えているにすぎないから、形にとらわれて、心の自由を失っている。・・・・・・
 茶の湯は客のもてなしである。あるじ(亭主)は客のために、さまざまな心遣いをする。その心のありようを動作で表現したのが形である。また、客も亭主の心尽くしに、無言で応えたのが形となった。ところが、現代の茶の稽古は形から入り、形のままで終わっている人が多い。つまり、形に心が入っていないということである。これはコンビニエンスストアの店員の応対と、少しも変わらない。

(町田宗心著『茶の湯の常識』より)




No.335 『疫神と福神』

 節分前ということもあり、たまたま「三弥井民俗選書」の1冊であるこの本を読んでみました。しかし、疫神にはあまり興味が持てず、福神はゆっくりと読みました。でも、ほとんどがすでにどこかに書かれてあることばかりで、それなりのものでした。
 ただ、新しいもののうちで、仙台の福神たる「仙台四郎」のことは、ここに詳しく載っていました。
 平成11年1年の『宣伝会議』別冊の「日本の縁起物」にあちらこちらから選りすぐった縁起物ベストテンを紹介していますが、「第1位に招き猫、第2位に福助、第3位に開運達磨、第4位に飾り熊手、第5位に七福神、第6位に押絵羽子板、第7位にうそ、第8位にビリケン、第9位に仙台四郎、第10位に福笹があげられている」のですが、地方によっては、ほとんどなじみのないものもあるようです。
 この疫神にしても福神にしても地域差はかなりあり、ここでは当たり前であったとしても、他方ではまったく知らなかったりします。あるいは、逆の意味になったりする場合もあり、なかなか難しいようです。しかし、それらの習俗を丹念に拾い集めてみると、そこになにがしかの貴重な事柄が隠れているかもしれません。だから、この手の本を読む必要があるのかもしれません。
(2009.01.31)

書名著者発行所発行日
疫神と福神大島建彦三弥井書店2008年8月29日

☆ Extract passages ☆

 今の県庁の所に養賢堂があった当時、西北角に火の見櫓があって郵便局の所を櫓下と称した。そこに住む鉄砲鍛冶芳賀某の子、四郎は白痴で、櫓下の四郎とも四郎馬鹿とも呼ばれた。とんがり頭でデツプリと肥え、唖同様にバヤンバヤンというだけ、人に仇をすることもなく、いつもニコニコして市民から福の神といわれた。もじりどてら姿に大きな袋を首にかけて前に下げ、もらい物を入れた。四郎が立ち寄った店は必ず繁昌するといわれ花柳界では大持てだった。反対にいくら手まねで呼んでも見向きもしない店は遠からず倒産したり左前になった。どこの店も四郎が物を買っても銭は取らず汽車も無賃であった。明治の末、福島県須賀川で死んだという。 (「四郎馬鹿と犬殺し三平」三原良吉、『仙台あのころこのころ八十八年』所収)

(大島建彦著 『疫神と福神』より)




No.334 『白川静』

 この本の題名『白川静』を見て、すぐに内容が理解できる人は、少ないと思います。副題の「漢字の世界観」を見て理解できる方も、おそらくは少ないのではないかと思われます。それほど、白川静(しらかわしずか)という人は知られていないようです。
 『別冊太陽 白川静の世界』2001年刊、のなかで、梅原猛氏は白川静との対談で、「先生を偉いが異端の学者だと思っていました」とか「中国学の本道ではないと思っていました」とかの発言があり、それが一般的な見方であったのかもしれません。私が白川静という名前を知ったのは、ある文字のもともとの意味を知りたくて調べていくうちに、『字統』という字書があることを知りました。その著者が白川静さんだったのです。でも、その『字統』はとても高くて買えませんでした。
 買うのをためらっているうちに、1994年3月に普及版が出版され、定価6,800円で自分の手にしました。とてもうれしかったのを記憶しています。毎日、いろいろな漢字を調べて、楽しんでいました。この『白川静』という本を読んで、この『字統』をたった1年で完成させたこと知り、とても驚きました。この『字統』で毎日出版文化賞特別賞を受賞し、さらに『字訓』などを加えた文字研究が認められ、菊池寛賞も受賞されています。
 死去されたのは2006年10月ですから、むしろ1976年3月に定年退職されてからの業績が年表でもはっきり読み取れます。一般的な人は、定年退職で主な仕事を終えるのですが、白川静はそれからが本当に自分のやりたいことをしたようです。その意気込みは、還暦を迎えた自分も見習うべきものだと強く感じました。
 これからも、『字統』には世話になるかと思います。そのたびごとに、この本に書かれたことなども思い出しながら読みたいと思っています。
(2009.01.28)

書名著者発行所発行日
白川静(平凡社新書)松岡正剛平凡社2008年11月14日

☆ Extract passages ☆

 たとえば日本には、もともと「おもふ」という言葉があって、さまざまな意味合いでつかわれていたのでしょう。それが漢字を知って、別々の表記をそれぞれもつことで深まってさえいきました。『万葉集』には「念ふ、思ふ、憶ふ、想ふ」の諸字がつかわれていますし、『古事記』はそれに「欲ふ、疑ふ、懐ふ」「謂ふ」などが加わります。11世紀末から12世紀の字書『名義抄』ではなんと67字におよぶ「おもふ漢字」が並んでいるのです。
 白川さんは、こんなに「おもふ」があるのだから、デカルトの「我思う、故に我あり」はわが国の思惟にはとうていあてはまらないと、「漢字古訓抄」(『文字近遥』所収)で感想を述べています。『字訓』の「おもふ」を引くと、「胸のうちに深く思うて、外にあらわすことのない考えごとをする」と説明されています。また感情は面にあらわれやすく「面」に深く関連するともあって、次第にこまやかな心意を意味するようになり、面影が去来することが「想ふ」なのです。
 これではデカルトではないでしょう。これも『字訓』にありますが、デカルトの「我思う」はむしろ「おもひはかる」のほうで、それなら「慮ふ」や「恕ふ」なのです。
 ところが、戦後社会で「当用漢字」などという規定ができて、想も憶も懐も「おもう」と読んではいけないということになった。

(松岡正剛著『白川静』より)




No.333 『賢者の選択』

 この『賢者の選択』の副題は「起業家たち 勇気と決断」とあり、もともとはBS朝日の番組でした。2004年10月に番組としてスタートしたといいますから、これからどのような時代になるのか不安を抱えたような時代でした。そこに三木谷浩史楽天社長がプロ野球に参入するという話しがあり、インターネットを使った起業家にスポットライトが当たるようになりました。
 この本を読んで気づいたのですが、一番多いのが人材派遣会社を始められた起業家です。もちろん時代的な背景もありますが、その派遣会社が昨年後半からの世界的大不況のなかで非正規雇用者などの派遣切りが行われています。おそらく、これらの起業家が今後も同じような会社で仕事をするかどうかはわかりませんが、時代を読む目はあると思います。だから、新たなジャンルを見つけるかもしれませんし、自分が作り上げた仕事に誇りを持ってやり抜くか、いろいろな選択肢はありそうです。そのことにも、興味があります。
 ある起業家は、企業経営もダーウィンの進化論と同じようなもので、収益構造も含めて5年をワンステージとして変えていくと強い意志で話されたそうです。だとすれば、変わるのが当たり前で、変われないのは生き残れないというわけです。まさに、弱肉強食の世界でもあります。
 この番組に出演していただく基準は、
 1、志が高く、常にイノベーティブな経営を行っている経営者
 2、若者に勇気と元気と知恵を与えてくれる経営者
 3、視聴者からのリクエストが多い話題の経営者
 の3つだそうです。
 そして、2004年10月から2006年11月までに100人のゲストを迎えられたといいます。その91人がここで取り上げられています。残りの9人は、なぜ取り下げられたのでしょうか。ページ数の関係であることを願っています。
(2009.01.25)

書名著者発行所発行日
賢者の選択(日経ビジネス文庫)BS朝日・矢動丸プロジェクト=編日本経済新聞出版社2007年1月5日

☆ Extract passages ☆

 愛情を込めてやらないと、ビジネスは絶対に成功しないと思うのですが、どれだけ愛情を込めても、結局、ブランドはそれを作った人のものなんだということに気づきました。自分が一生懸命に育てようと思っても、他人のブランドは自分のものではないので、他の人と結婚するかもしれない。そういう意味で、これからは自分のブランドを立ち上げるしかないなと考えたのです。
 これはもの作りにおいてもそうですし、宣伝についてもそうです。販売スタッフや売り場に関しても、当てはまることだと思います。
 (寺田和正、サマンサタバサジャパンリミテッド代表取締役社長)

(BS朝日・矢動丸プロジェクト=編『賢者の選択』より)




No.332 『いつまでも「老いない脳」をつくる10の生活習慣』

 最近、ちょっと記憶力に自信がもてなくなってきたようですが、そのときにこの本を見つけました。まさに、タイムリーでした。
 このワック株式会社(WAC)という出版社も初めて知ったのですが、最後の出版紹介を見る限り、ハウツー本に強そうです。
 さて、この記憶力は老化の1つでしょうし、老化は生き物である以上は避けられない現実です。だとしても、記憶違いなどで人に迷惑はかけたくありませんし、自分自身だって困ります。少しでもそれらを遅らせることはできないかと思い、読み始めました。
 この本の最後のほうでしたが、「高齢になっても能力をフルに発揮したいのならば、余力があると思っていても、出し惜しみをしてはいけません。脳は負担を与えることで、その力をどんどん発揮するようになるものです。脳は難しいことをやると、それだけ脳のいろいろな部分が働くのです。」とありました。体のほかのところは、あまり使いすぎても良くないとは思いますが、脳に関しては心配することはないそうです。むしろ、怠けさせると、いくらでも怠けるのが脳なんだそうです。
 記憶力を減退させないことも大事ですが、脳を怠けさせないためにも、下に抜き書きした「10の生活習慣」を守りながら、しっかり脳を使い続けたいと思います。
(2009.01.21)

書名著者発行所発行日
いつまでも「老いない脳」をつくる10の生活習慣石浦章一ワック株式会社2008年3月6日

☆ Extract passages ☆

脳も体も健康で長生きできるかどうかは、10の生活習慣で決まる。
 1.週に2〜3回以上、1回30分以上運動をする
 2.食生活のバランスに気をつけ、食べすぎない
 3.ストレスをうまく受け流す
 4.人とのコミュニケーションのある生活
 5.好奇心をもって、新たなことに挑戦する
 6.学習習慣を続ければ記憶力は保たれる
 7.目標をもつ
 8.自分に報酬を与える
 9.本を読む習慣を維持する
10.意識的に段取りをする

(石浦章一著『いつまでも「老いない脳」をつくる10の生活習慣』より)




No.331 『サバイバル!』

 この『サバイバル!』という本の題名を見ただけでは、どういう本なのかも、わかりませんでした。さらに、サブタイトルの「人はズルなしで生きられるのか」を見ても、さらにわかりませんでした。
 第1章の「登山からサバイバルへ」を読み始めて、やっと山についての本であることがわかりました。もちろん、山そのものにも、登山にも興味がありますから、読み進めるにしたがいおもしろいと思いました。
 第2章の「サバイバル実践」は日本海から上高地へと単独縦走する体験談で、本の全ページの半分を占めています。第3章が「サバイバルの方法論」、第4章が「サバイバル思想」とで構成されています。
 たしかに実践はおもしろいのですが、私の山行きとはいささか違うので、そのまま肯定はできません。でも、納得できるものも多々あり、これからの山行きの参考にさせてもらいたいと思いました。
 でも、第4章「サバイバル思想」の「ズルをしない悦楽」はその通りと思いました。山に登ることは、そもそもズルをしないことであり、ズルをするんだったら、山に登る意味はありません。ズルをしたければ山岳自動車道路を利用すればいいことですし、お金持ちならヘリコプターで山頂に降りることだってできます。ネパール国では認めていませんが、過去にヘリコプターでエベレスト山頂に着陸したことがあったといいます。それで、その本人がエベレストに山頂に立ったといえるかどうか、間違っても登ったとはいえないはずです。
 この「ズルをしない悦楽」の一部を抜き書きして、下に紹介してありますので、ぜひお読みください。
(2009.01.17)

書名著者発行所発行日
サバイバル!(ちくま新書)服部文祥筑摩書房2008年11月10日

☆ Extract passages ☆

 ズルをしないで生きるという思いを求めて、私がどのように世界や山と向き合ってきたかを書いてきた。現代文明の恩恵を受けて当たり前でいない、とか、自分の力にムキになってこだわってみるなどと書いてきたが、ズルをしないとは最終的に、そんなことではないのかもしれない。ズルをしないとは、本当の自分自身と向き合って、本当の自分自身をごまかさないということなのだと思う。生物の行為を微分してそこにある意志のベクトルを取り出せば、「生きる力」はどこにでも溢れている。自分自身をごまかさない限り、自分自身にズルをしない限り、サバイバルはどこにでも転がっているのだ。

(服部文祥著『サバイバル!』より)




No.330 『人生生涯 小僧のこころ』

 サブタイトルが「大峯千日回峰行者が超人的修行の末につかんだ世界」とありますが、千日回峰行というと比叡山廷暦寺が有名ですが、なかでも酒井雄哉(さかいゆうさい)師は2度も成就されています。
 しかし、この大峯千日回峰行は、吉野金峯山寺1300年の歴史のなかで、2人目だそうです。これは、吉野の金峯山寺蔵王堂から大峯山の山上ヶ岳までの往復48Km、高低差1,300mの山道をおよそ16時間かけて1日で往復するというもので、登る期間は5月から9月の4か月間で120日ですから、11年かかります。そうすると、合計48,000Kmほどになるそうです。
 この道は私も通ったことがありますが、けっこうきつい山道で、午前0時半に出発するといいますから、大峯山頂の宿坊に着くのが8時半ごろ、そして、また蔵王堂に帰ってくるのが15時半ごろになるそうです。それを繰り返されるわけですから、それはそれはきつい荒行です。
 ちょうど、この本を読んでいるときが「成人の日」(今年は1月12日)でしたが、本のなかに著者が成人式のときに自分のお師匠さまから1枚の色紙をいただいたそうです。そのときの1節を下に抜き書きさせていただきました。
 ぜひ、この本とあわせてお読みいただければと思います。
(2009.01.13)

書名著者発行所発行日
人生生涯 小僧のこころ塩沼亮潤致知出版社2008年3月10日

☆ Extract passages ☆

 20歳の成人式を朝のお勤めが終わったあとに簡単にしていただきました。そのときお師匠さんからいただきました1枚の色紙には、
 不将(おくらず) 不迎(むかえず) 応而(おうじて) 不蔵(ぞうぜず)
 という言葉が書いてありました。過ぎ去ったことをくよくよしない、これから起こりうることに思い悩まない、そのときに応じて懸命に努める、今日一日を大切に生きて、恨みや憎しみといった瞋恚(しんに)の感情を心に蔵(しま)い込んでおかない、ということです。

(塩沼亮潤著『人生生涯 小僧のこころ』より)




No.329 『サブリミナル・インパクト』

 この『サブリミナル・インパクト』のサブリミナを研究社の新英和中辞典で引いたら「意識にのぼらない;潜在意識の」と出ていました。副題も「情動と潜在認知の現代」とありますが、この現代の過剰なまでの刺激などをつぶさに検証しています。
 たとえば、CMもそうですが、辞書にも例題として「sublimnal advertising サブリミナル広告〈本人に意識させずに識閥下に訴えるテレビなどでの広告〉」とありました。この本の第3章では、「消費者は自由か」とあり、選択を本当に決めているのは何かを問いかけています。たしかに、自分で自分の意思で選んでいると思っていますが、陰に陽にCMの存在が関わり、いろいろな動機付けがなされているようです。
 また政治の世界でも同じで、大衆を都合の良い方に誘導してしまうことなど、知っていたとしてもついそのように仕向けられてしまうかもしれないのです。まさに、下に抜き書きしたような事態が現在の状況です。
 そういえば、小泉首相の「郵政民営化は是か非か?」みたいな乱暴な議論がそうです。たしかに民営化は時代の流れだし、必要なことですが、では郵政も同じかといえば是非だけで論じることはできません。それをイエスかノーかで決めろということ自体がおかしな話しです。
 それでも、これだってアメリカのイラク戦争よりはマシですが、たとえば「テロリストは邪悪だ」というのは当然ですが、それを「テロとの戦い」、それが大量破壊兵器を持っているなどと不確実な情報で戦争がはじまったのは困りものです。でも、そんなでっち上げはすぐに明らかになるのは明々白々なのですが、なぜ、そうなってしまったのでしょうか?
 この本では、「極端な話、1週間後に嘘がばれてもいいのです。1週間もあれば恐怖を刷り込むのには十分ですから。これらの怪しげな発言や情報は訂正されても完全に記憶から消え失せることはなく、世論に一定の持続的影響を持ってしまいます。」と書かれてあります。たしかに、「ある人を中傷した」ということは絶対に許されないことですが、それだけを取りあげて悪いとしてしまうことは多々あります。真っ当な人は、「その中傷した内容はなに」と考えますが、その他の人たちは「中傷したことが悪い」という情報だけで刷り込まれてしまいます。ということは、まったくのでっち上げでもかまわないということになります。
 これは、私たちの潜在脳に働きかけて、選択や意志決定にまで影を落とすものですから、ぜひ知っていてほしいことです。正しいと思うことさえも、あるいは間違った情報でそう思っているだけなのかもしれません。ご注意を!
 もし、このような過ちを犯したくなければ、ぜひ、この本をお読みください。
(2009.01.10)

書名著者発行所発行日
サブリミナル・インパクト(ちくま新書)下條信輔PHP2008年12月10日

☆ Extract passages ☆

 現代人は、過剰と誘導と操作と制御とに晒されています。マスメディアと大衆誘導技術の発達が、潜在認知というパンドラの函を開けてしまいました。集合的、情動的、反射的、無自覚的という特徴を持つチャンネルが、開放されたのです。
 コマーシャリズムの世界では、脳内の報酬系がターゲットにされ、政治の世界では情動系、ことに恐怖の中枢(たとえば扁桃核)が狙われています。私たちはそれに対して(定義上)無防備です。その結果、近代社会の根幹をなす「自由で責任ある個人」の理想像がゆらぎはじめています。
 自覚して立ち止まる余地が乏しいぶん、意識レベルの倫理コードは役に立ちません。こうして善悪の境界が溶融し、自由と(被)制御とが両立するグレーゾーンが野放図に拡大してゆく。そういう時代を、私たちは知らず生きはじめているらしいのです。これが本当に危険なのかどうかさえ、定かではありません。
 ただ唯一対抗し、防衛できる策があるとすれば、まずは情動と潜在認知の仕組みを知ることです。そして知るだけではなくて、潜在レベルで対抗する策を自覚的に講じることです。

(下條信輔著『サブリミナル・インパクト』より)




No.328 『旅ステージ』

 この本は、『GREEN PAL』の2002年3月号から2006年秋号まで載せられていたものだそうで、31編の旅が集められています。また、その文章と同じぐらいの比重で、大久保惠造氏の写真がたくさん掲載されています。奥書を見ないうちは、てっきり著者が撮ったものと勘違いしていましたが、それほど文章にマッチしたものでした。
 1編が8ページほどで、そのうち写真と写真付きの題名が3ページですから、本文は5ページほどしかありません。それでも、旅の印象的な出来事が描かれ、旅文学好きにはたまらない内容です。
 私も旅に行くときは、必ず旅を連想できるような本を数冊持って行きますが、これはそんなときに似合いそうな本です。ちょっと読んでは車窓を流れゆく風景を眺め、またちょっと読んでは隣り合わせた地元の人たちの何気ない会話を聞き流す、そんな漫然とした目的のない旅のほうがいかにも旅らしいと思っています。
 ちょうど、この本を読んでいたときは、お正月でした。忙しいので、細切れの文章のほうがどこから読み始めても、どこで終わってもいいので、とても都合が良く、それでこの本を選んだということもあります。
 また、今年はどこに行こうかと、ふと思いながらでも読めました。読んでいて、旅のワクワク感も感じられました。
 旅好きの方には、絶対おすすめです。ぜひどうぞ!
(2009.01.07)

書名著者発行所発行日
旅ステージ川上健一PHP2008年11月11日

☆ Extract passages ☆

 ふらりと旅をする時は、ガイドブックでの予備知識は持たずに出かけることにしている。ガイドブックなどでの予備知識を持つと、何だか誰かに仕切られてしまい、気ままな自分の旅という楽しみが薄められるような気がしてもったいないのだ。
 ふらりと出かける旅は、名所旧跡など見ずとも、自分だけのお気に入りの場所を見つけたりして、そっちの方を楽しみたい。
 私は旅から帰ると、名所旧跡などの記憶はおぼろげなのだが、好ましい小道とか、街角とか、森の中とか、川景色とか、その土地らしい店とか、ガイドブックに載っていない新鮮な風景の記憶だけが、いつまでも鮮やかに記憶に焼きついている。
 ひねくれ者のなせる業なのだが、ふらりと出かける勝手気ままな旅の醍醐味である。

(川上健一著『旅ステージ』より)




No.327 『やまと教』

 お正月ということもあり、この本を読み始めました。副題には「日本人の民族宗教」とあり、開いては見て、閉じては考えてみました。たしかに、仏教が入ってきてからとくに意識的に考えられるようになったといいますが、その通りだと思います。たとえば、植物にしても、ナデシコでよかったものを、中国からナデシコのようなものが入ってきたのでわざわざ「大和撫子」と名付けたようなものです。それまで意識すらしていない、当たり前だと思っていたものを、今度はそれを意識せざるを得ないわけです。これでいいのか、それとも新しいものがいいのか、いや、新しいものの納得できるところだけを使いたいとか、いろいろなことがあったと思います。そのうち移り変わりを考えさせられたことは、とても有益でした。
 それと、下に抜き書きしたように、神道を二つに分けて考えることは、とてもいいことだと思います。そうでないと、とてもわかりにくいものになってしまいます。あるいは、ヘンにねじ曲げられて、解釈されることもあります。これは歴史のなかで、なんどか繰り返されてきたことです。
 ただ、この「やまと教」というのは、ちょっと釈然としません。「わたしは、本書においては、神道″といった言葉を避けて、日本人の伝統的な民族宗教を、− やまと教 − と命名しました。やまと″といった語は、漢字で大和″あるいは倭″の字が宛てられますが、日本国の異称です。だから日本人の民族宗教の呼称にふさわしいと思います。」とありますが、はたしてそうなんでしょうか。
 むしろ、皇室神道と民衆神道とのせめぎ合いのなかにこそ、日本人が本来持ち続けれけてきた宗教意識があるように思います。もちろん、それを理論的に述べよといわれても、それだけの知識はありませんが、そのような気がいたします。そして、この本をきっかけとして、これからもう少しそれらを考えてみたいと思っています。
(2009.01.05)

書名著者発行所発行日
やまと教(新潮選書)ひろさちや新潮社2008年7月25日

☆ Extract passages ☆

われわれは「神道」と呼ばれるものを二つに分断したほうがよさそうです。すなわち、
  − 皇室神道と民衆神道 −
 です。この二つを同じ「神道」として扱えば、いったい著者が何を語っているのか、読者に分からなくなりそうです。そこでわたしは、思い切ってこの二つを分断して扱うことにします。
 民衆神道というのは、太古の時代から日本人が生きてきた、その生き方そのものなんです。
 それに対して皇室神道は、七世紀になって日本という国家が形成されて以降、皇室を中心とした支配階級のあいだで形成されたイデオロギーです。それは祭祀を中心としているので宗教の装いがありますが、その本質は支配階級が民衆を統治するためのイデオロギーでした。したがって、この皇室神道がのちに明治になって「国家神道」になるのは、まずはあたりまえなんですよ。

(ひろさちや著『やまと教』より)




No.326 『生命をつなぐ進化のふしぎ』

 この本は、「生物人類学への招待」と銘打たれており、いろいろな生きものを紹介しながら人間などの生命サイクルや仕組みなどを見つめます。著者はある人から、「あなたは、人間を動物として見ているんだね」といわれたことがあるそうですが、まさにそのような視点で捉えているようです。
 プラトンは『饗宴』のなかで、「愛の目的は、美しさではなく、美しきを生み出すことである。生殖は命に限りあるものにとって不死を獲得する唯一の方法である」と出ていますが、それを生命のつながり、さらには知のつながりへとつながっていくことも述べています。そこに、進化の不思議もあります。
 近年の脳神経科学、心理学の成果から心の成長について示唆されるのは、
 @社会的スキルと健康な感情の発育は認知機能の発育と強く関連している、
 A脳機能は階層性があり情動にかかわる神経回路が適切に発達していない限り、高度で複雑な知識や技術の習得に必要な神経回路の確立は難しい、
 B脳神経系は年をとるごとに柔軟性が減り、成長期を逃すと後で変更することは難しくなる、
 Cその成長期に重要なのは適切なストレス(刺激)である。  ということだそうです。このBに関しては、最近とみに実感していることです。
 また、肥満や女性に対する虐待などを進化の過程で示そうという姿勢などはおもしろいと思いました。研究には性差などはないのでしょうが、視点の違いはありそうです。その違いに目を向けることも大切です。やはり、生命をつなぐには女性なくしては考えられないわけですから、もっともっとこの分野に進出してもらいたいと思います。
 ただ、動物相手の研究はとても大変みたいで、そのエピソードなどもここに紹介されています。正月に、自分はどこから来てどこへ行くのか、なんて進化の不思議を考えてみるのもいいことです。
(2009.01.03)

書名著者発行所発行日
生命をつなぐ進化のふしぎ(ちくま新書)内田亮子筑摩書房2008年10月10日

☆ Extract passages ☆

 最近、肥満先進国のアメリカから興味深い報告があった。32年間にわたる約1万2000人のデータから「肥満は伝染する」というものである(Christakis and Fowler, 2007)。1人の人が肥満になると、肥満になるリスクがその人の配偶者・家族では約40%高くなり、なんと友人だと約150%以上も高くなるというのだ。単に、痩せた人が痩せた人と、太った人が太った人と友人関係になりやすい、というのではない。太った人の回りにいると太っていくのだ。研究者たちによると、これは、個人の社会的基準(ノーム)がずれていき、太っていってもかまわないと思うようになるから、というのだ。さらに興味深いのは、物理的な距離よりも心的な距離が重要であるということである。つまり、隣人より遠くに住む友人の影響の方が大きくでる。

(内田亮子著『生命をつなぐ進化のふしぎ』より)




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