ホンの旅 2010
学生のころから読書カードを作っていましたが、今時の若者はあまり本を読まないということを聞き、こんなにも楽しいことをなぜしないのかという問いかけから掲載をはじめました。
海野弘著『本を旅する』に、「自分の読書について語ることは、自分の書斎や書棚、いわば、自分の頭や心の内部をさらけ出すことだ。・・・・・自分を語ることをずっと控えてきた。恥ずかしいからであるし、そのような私的なことは読者の興味をひかないだろう、と思ったからだ。」と書かれていますが、私もそのように思っていました。しかし、活字離れが進む今だからこそ、本を読む楽しさを伝えたいと思うようになりました。
そのあたりをお酌み取りいただき、お読みくださるようお願いいたします。
No.503 『「分かち合い」の経済学』
今の時代、一番の問題は貧富の差だと思います。
これは、一つは政治の問題ですが、もう一つは経済の問題でもあります。そこで、この本を読んでみました。すると、最初のページのところに、孔子の『論語』のことが取りあげられていて、為政者の心構えは「不患寡而患不均」、つまり「寡(すくな)きを患(うれ)えずして均(ひと)しからざるを患う」だというのです。ということは、「政治に携わる者は、富が少ないことを嘆くのではなく、格差のあることに心を痛めなくてほならないという教え」であり、「格差のない社会は豊かな社会なのだ」と孔子は唱えていたということです。
たしかに、一億総中流意識はそれはそれで問題もありますが、少なくても今よりもいい時代だったように思います。それが個人の怠慢が貧困をもたらしているといわれても、就職氷河期にたまたま就職せざるをえない学生にとっては、まったく理不尽な時代環境ですし、すべて個人の責任にしてしまうのは、それこそ問題です。
この本では、「分かち合い」とは共同体としての社会の組織原理と考えていて、「分かち合い」とは「仲間」であることの語源に根差しているといいます。つまり、つまり、このような社会システムは人間の生命を再生産する生活が営まれる家族やコミュニティという共同体が、これにあたるのであり、そこに「分かち合い」という仲間意識が必要だというのです。そもそも、「
社会(society)」というのは、ラテン語の「仲間(socius)」に起因するといわれていますから、その考え方はしごく当然ですし、そうあるべきだと思うのですが、ではなぜ、そのような意識がなくなってきたのかということも考えなければなりません。それをこの本では、新自由主義の台頭ととらえています。
では、これら格差や貧困の問題をどうすれば解決できるのかといえば、この本では、「分かち合い」の経済学という考え方で、具体的にはスエーデンなどの北欧的な経済を提唱しています。詳しくは、直接この本を読んで、多くの人たちに考えていただきたいのですが、この「分かち合い」という考え方は、とてもいいことだと思います。いや、むしろ、すべて個人の責任として押し込めてしまうのではなく、「分かち合い」という仲間意識をもう一度考え直すことにより、そこに今の閉塞感を打ち破るような明るさがあるように感じます。
たとえば、ただ生きているのではなく、生かされているとか、多くの仲間たちに支えられているというような実感こそが生きる上で大切だと思います。自分たちは悠々自適な生活をしていて、多くの人たちには「米百俵」などの故事を持ち出して耐えるようにと言ったところで、少しはごまかせても、いつかはその実態を見透かされてしまいます。
これからの時代は、下に抜き書きしたような、意識変革が大切です。意識を変えないまま、旧態依然のことをしていれば、ますますひずみが大きくなり修復できなくなります。
そういう意味では、今がとても大切なときです。一人一人の意識変革が必要で、それが大きな力となり、政治も経済も変えることができるようになっていきます。ぜひ、多くの方々に読んでいただきたい1冊です。
(2010.07.25)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 「分かち合い」の経済学(岩波新書) | 神野直彦 | 岩波書店 | 2010年4月20日 | 9784004312390 |
☆ Extract passages ☆
人間は「所有欲求」を充足すると、「豊かさ」を実感する。人間は「存在欲求」を充足すると、「幸福」を実感する。人生を振り返れば、「幸福」は親との触れ合い、愛する者との触れ合いなど、人間と人間が触れ合い、「分かち合い」のうちに実感していることがわかるはずである。
工業社会とは「存在欲求」を犠牲にして、「所有欲求」を追求してきた時代である。欠乏という人間社会の課題に取り組まなければならなかったのである。
ポスト工業社会とは、工業社会が犠牲にしてきた「存在欲求」が充足されることを追求できる社会となる必要がある。つまり、人間の人間的な欲求である「存在欲求」そのものを追求できる社会が、ポスト工業社会なのである。
(神野直彦 著 『「分かち合い」の経済学』より)
No.502 『添乗員と行く アジアの奥地 面白探訪記』
旅行記は新しければ新しいほど自分が旅行に行くときには参考になるものですが、この本はたまたま手に取っただけの話で、自分が行ったことのあるところも載っていて、ついつい読んでしまったというのが実感です。
五つのアジア旅行を写真と文章で綴ったもので、2000年10月29日から11月6までがネパール、次は2001年3月30日から4月6日がパキスタンのイスラマバートやフンザ、そして2001年7月21日から7月28日が中国四川省の成都から巴朗山峠などのブルーポピー見学、2002年5月16日から5月23日は中国の敦煌や西安、さらに2002年8月16日から8月25日はチベットと、2年ほどで旅をした記録です。
しかも、私がネパールに初めて行ったのが2000年ですから、ちょうど同じ年に行ったことになります。だから、記述的に似通ったところがありますし、同じところでは似たような体験もしています。
しかし、私が四川省の成都や都江堰に行ったのは著者より10年ほども前なので、いろいろな点で違いがあります。たとえば、同じ成都の陳麻婆豆腐店に行ったものの、そこに「元祖陳麻婆豆腐の元」なんて代物はなく、「藍貴人」なんてお茶も、それを売るようなお茶の店もありませんでした。たしか、お茶の店は上海にあり、この本で紹介されているようなアクロバット的なお茶の注ぎ方をしてくれたように思います。
それでも基本的にはおみやげを買わないので、そのお茶だけをおいしくいただき、その様子を写真に収めました。そのときの写真を見ると、そのときに飲んだお茶の味もおぼろげながら思い出します。やはり、お土産として買ってくると、買ったというものがあるだけ、それだけで安心してしまい、記憶のなかにとどまってくれないのかもしれません。本だって、買ってきて、いつでも読めると思いただ積んでおくことになりやすいのですが、図書館で借りてくると、必ず返却期日があるので、それまでに読もうとします。
旅行記は、どちらかというといつかは行ってみたいと思いながら読むか、行ってきたことを思い出しながら読むとか、いろいろですが、この本の場合はそれがちょうど半々でした。
だから、一気に読めたのかもしれません。
(2010.07.22)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 添乗員と行く アジアの奥地 面白探訪記 | 西川正治 | 東洋出版 | 2003年4月30日 | 9784809674389 |
☆ Extract passages ☆
筆者がアジアの奥地に旅先を絞ったのは、現地の人々とのふれあいに、心なごむものを感じとったからである。仕事で欧米へ、遊びの旅行でニュージーランドへも出掛けてみたが、アジアの旅は全く違ってい
た。大人も子供も町に村に溢れるように見掛ける。生活が道端から見えてくる。
(西川正治 著 『添乗員と行く アジアの奥地 面白探訪記』より)
No.501 『NHK フォト575 完全ガイド』
これはNHKの番組の、いわばテキストブックみたいなものですが、写真も書くのも好き、という方にはお勧めです。もともと、この『カシャッと一句!フォト 575』は、2006年に「NHK俳句」のディレクターが写真家たちによる俳句の会「一滴会(しずくかい)」を取材したのがきっかけだそうで、NHK俳句のホームページで作品を応募したら、予想以上の作品が集まったのだそうです。それで、2009年4月から、現在のようなスタイルで放送されるようになったといいます。
このテキストの監修者は、20年も月刊誌『日本フォトコンテスト』の編集長を務めてきた板見浩史氏ですから、やはり写真も本格的なわけです。でも、この「フォト 575」は、写真も大事ですが、それに添うような形での句も大事で、それらが相まって、新たな創作となるような気がします。俳句とも川柳とも違うジャンルです。
板見浩史氏もこの本の中で、「フォト575をつくるうえでもっとも肝要なのは、まず写真を撮ること。句はあとからでもつくったりつくり直したりすることができます。もともと俳句を趣味としている人以外は、初めは「先写後句」、つまり写真を先に撮ってから句を付けるほうが簡単。とはいえ、慣れてきたら「先句後写」にも挑戦したいもの。自作の句や過去の有名句に響き合う写真を、考えながら撮り歩くことは
写真の上達に役立ち、知的ゲームとしてもたいへん楽しいものです」といいます。たしかに、写真をすでに趣味としている人たちは、すでに多くの写真を持っていますから、それに後付けで句をつけることができます。でも、先に句を思い浮かべて、それを写真に定着させることもできますから、写真を撮る楽しさが増すと思います。
また、「人間の体は眼と心が連動しています。対象をじっと見つめたのちに想いや感慨が湧いてくるもの。フォト575もそんな流れでつくるとよいでしょう。それにはまず、ふだん何気なく見ているものをじっくり見直すことが大切。どこか遠くへ1枚の大傑作を撮りに行くということよりも、日常生活の中に小さな感動をたくさん発見するほうが、楽しみは深く収穫も多いのです。」というのも、とても参考になります。
これからは、ただ写真を撮るよりも、撮った写真をもっともっと楽しみ尽くすという意味で、このような「フォト 575」もやってみたいと思いました。
(2010.07.20)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| NHK フォト575 完全ガイド | NHK出版 編 | NHK出版 | 2010年3月30日 | 9784144071614 |
☆ Extract passages ☆
写真に句を付けるというテーマは、1つの写真を見て、人はこんなにもいろいろな捉え方ができるんだ、と驚かされます。日ごろから、物事をいろんな角度から見るように訓練しているつもりだけれど、それでも
全然追いつかない。人の感性って測り知れない。いつも勉強になるし、もっと感性を磨きたい、世の中を知りたいと思わせてくれます。写真と575が合体したとき、1+1が10くらいになる、フォト575には想像以上のおもしろさがあると知りました。 (書道家 武田双雲)
(NHK出版 編 『NHK フォト575 完全ガイド』より)
No.500 『こころに響いた、あのひと言』
このひと言集は、現在休刊中だそうですが、日本サムスン株式会社の季刊広報誌「いい人に会う」として創刊号から11号まで刊行されたもののなかから選ばれたものです。ほとんどが7号から11号までに掲載されたものですが、最後の3編だけは書き下ろしだそうです。
ちょうどこの本が、『ホンの旅』を書き始めて500番目の本で、そういう意味では記念すべき1冊です。では、なぜこれを選んだかというと、まったくの偶然で、たまたまこの本が500番目になっただけです。でも、考えてみると、偶然とはいえ、毎週更新している携帯版『大黒さまの一言』も「ひと言」ですから、「ひと言」が好きなのかもしれません。
そういえば、昔から名言や箴言、さらには気に入った語句などをノートに記していましたし、現在も本を読むと気に入った箇所をカードに書き込んでいます。そうしないと、本を読んだ印象が薄れていくような気になりますし、特に図書館から借りた本などは手元にないこともあり、必ずカートをつくります。そうすると、いつでもカードを見るとそれらの本の思い出がよみがえり、資料としても活躍してくれます。
そうすると、読みっぱなしはなくなり、この本のような『こころに響いた、あのひと言』も簡単に思い出され、いつでも座右にあることになります。つまり、自分自身の『こころに響いた、あのひと言』でもあります。
この『こころに響いた、あのひと言』には、各界で活躍されている52人がエッセイを綴り、そのなかにこころに響いたひと言など、感動的なドラマが秘められてあります。人には、必ず、他人には話したくないような嫌なこともありますが、そのようななかにこそ、読む人に感動や勇気を与えてくれる何かがあります。ぜひ、何かに行き詰まったときには、なにかの支えになってくれるはずですから、読んでみてください。
この『ホンの旅』も書き始めて4年目ですが、これからも書き続けていくつもりです。以前より、本を読む速度は格段に落ちてきていますが、スピードより着実さだと思うようになってきました。これからも、興味のある方は、ぜひアクセスしてください。
(2010.07.17)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| こころに響いた、あのひと言 | 「いい人に会う」編集部 編 | 岩波書店 | 2010年2月17日 | 9784000228954 |
☆ Extract passages ☆
自分はその域にとても達することができないと放棄するのでなく、「そうなれたらいいな」と心掛けて生きていくほうが、自分に対して素直になれるし、他者に対しては謙虚になれるだろう。それがS先生の生き方なのだろう、と。・・・・・・
そしてこの頃は、S先生から学んだ言葉がいつの間にか心に染みついたのか、「色即是空、空即是色」の境地になれたらいいなと思ったりしている。それだけでなく、何事につけなかなかできそうにないことやなれそうにないことがあると、「できたらいいな」「なれたらいいな」と、あまり突っ張らない生き方をしている自分に気づくようになった。
最近、ある医科大学で医学生を対象に、患者に寄り添う医師のあり方について講演をした。すると、一人の学生から質問された。「医師になったら、専門の勉強と診療に追われて、とても患者とゆっくり会話を交わす時間的な余裕がないのではないか。患者に寄り添うと言っても、現実にはできそうにない」と言うのだ。
私は答えた。「はじめからできないと思ってしまうと、何も変わらないけれど、できたらいいなと日頃から思っていると、患者への接し方も心の持ち方も必ずやどこかが変わってくるに違いないと思います」と。 (柳田邦男、ノンフィクション作家)
(「いい人に会う」編集部 編 『こころに響いた、あのひと言』より)
No.499 『「論語」を生かす私の方法』
副題が「渋沢栄一『論語講義』」となっていますが、渋沢栄一は自分でもしっかりと『論語』を読み、親しんでいたそうで、文中でもそれを読むことをすすめている箇所がいくつかあります。そして、多くの明治時代の政治家、経済人を俎上に上げ、率直に書いています。また、それがおもしろく、534ページもの厚い本を読み続けることができました。
たとえば、「明治維新後の岩倉具視などは、策略家ではあったが、弁舌だけの人ではなかった。実にさっぱりした人物で知恵は深かった。その知恵は公明正大で私利私欲をともなわず、純粋無垢のものであった」などという人物評価は、ある程度の深い付き合いがなければ分からないものです。
また、徳川慶喜については、「山内容堂の家臣後藤象二郎・福岡孝悌が、慶喜に対して大政奉還を説いたとき、公はこれを天下の大諸侯に諮問した。時の政治総裁だった越前の松平春嶽をはじめ各藩すべて、朝廷に政治力がないという理由で奉還反対の意見であったが、公は断然決心して慶応三年十月十四日、大政を奉還した。光圀公の血を受けて、はやくから大義名分を明らかにし、将軍職についたときから奉還の意志があったとはいえ、天下の大諸侯の衆議を喜ばず、ひたすら臣道をつらぬこうとしてこの挙に出たのだ。」ということなどは、自らおそばに仕えていたからこそわかることです。このことだけでも、徳川慶喜に対する私の思いも変わりそうです。
たしかに、多くの方が『論語』について書いていますが、やはり奥の深いものだと、今回も感じました。何度読んでも、人によって解釈が違い、それを読んだときの自分の年代でも違う解釈になってしまいます。だからこそ、2,400年以上も読み続け語り続けられてきたのでしょう。まさに、古典中の古典です。
こういう本は、いつも傍らに置いて、時々読んでみることが大切だと思います。また、その解説書だけでも、読んでみることが大事です。その場合には、たった1冊で判断するより、いろいろな解説書を読み比べてみるとその解説者の思いが伝わってきます。
ちょうど、この本を読んでいるときに、第22回参議院選挙があり、この『ホンの旅』を書きながら11日の開票速報を見ています。やはり、一国の首相がぶれれば国民は困ります。その結果が選挙結果にも表れているような気がします。そこで、それを示すかのような『論語』の一節を下に抜き書きしました。
ぜひ、お読みいただければと思います。
(2010.07.14)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 「論語」を生かす私の方法 | 齋藤孝 訳・責任編集 | イースト・プレス | 2010年4月28日 | 9784781603438 |
☆ Extract passages ☆
子曰く、政(まつりごと)をなすに徳を以てすれば、譬えば北辰(ほくしん)のその所に居り、しかして衆星(しゅうせい)のこれに共(むか)うがごとし。 [為政]
政治というものは、常に道徳を中心に据えていなければならない。たとえれば、天の北極星が常に一定の場所にいて動かず、そして満天の星たちがこれを中心に運行しているようなものだ。これは孔子時代の為政者が、法律を優先して道徳を二の次にしないかと警戒して発言したものである。
現代の為政者は、とかく道徳を基礎とせず、法律ですべてを取り仕切ろうとしているが、これは本末転倒だ。法治国家だとして法律を制定し、これを施行すれば万事片付くと考え、国民もまたこれを許している。・・・・・・
たとえ法治国になっても立憲政治国になっても、一国の政治担当者になった人に道徳観念がなかったらどうなる。公明正大な政治が行われ、過失は直ちに改められるためには、法律よりもまず道徳観である。
(齋藤孝 訳・責任編集 『論語」を生かす私の方法』より)
No.498 『チベットからの遺言』
著者は産経新聞社に勤務され、この本を書いた当時の役職は経済本部次長だそうです。生まれは福岡県ということですから、この本で取りあげられている河口慧海や能海寛との故郷つながりもないようですから、まったくの個人的興味から取りあげられたのではないかと思います。それにしても、河口慧海や能海寛らが活躍された明治の時代は、なぜか人の眼が世界に向けられていたような気がします。
この本にも書かれていますが、「ネパールでサンスクリット経典を学んだ後、ヒマラヤの間道を縫ってラサを目指した慧海。日本に仏教が伝来した道を逆にたどることこそ求法として中国・四川省からラサに行く道を選んだ能海。明治という時勢に押し出されるように、二人の僧侶がチベットに向かって旅立った。同じころ、『さまよえる湖』で知られるスウェーデンの大探検家、スウエン・ヘディンもラサへの潜入を企てていた。1900年当時、ヘディン35歳、能海32歳、慧海34歳。いずれも知力・体力・気力が充実した年代である。三人が別々のルートから聖都を目指した」とあります。
やはり、時代的なものもありますが、河口慧海や能海寛がともに南條文雄から学んでいたということを考えれば、先生の影響もあるような気がします。もともと南條はオックスフォート大学のマックス・ミューラー教授に5年間学んでいますし、ミューラーはインドで仏教を学んでいます。そして、ミューラーもインドからチベットに行きたかったようですが、老齢のため行けず、南條もイギリス留学後、インドのブッタガヤーやダージリンに行ったのですが、チベット行きは断念せざるを得なかったようです。だとすれば、その弟子たちに「チベット行きの重要性」を説いたことは十二分に考えられることです。
そういえば、ネパールのカトマンドゥのボダナートに、河口慧海のレリーフがあります。ちょうどボダナートの入り口の反対側のお土産屋の壁にあるのですが、私の友人のネパール人たちもこの建立には尽力したそうで、なんどか案内してもらいました。そこには、日本語と英語とネパール語で「ここに日本とネパールの友好が始まる」と書かれていますが、このお土産屋がもとは慧海が滞在していた僧坊だったそうで、ここでチベットに入る準備をしながらチベット語を勉強していたそうです。
この本では、河口慧海と能海寛を並列して書き比べながら、その違いや個性などを描き出しています。その一つを下に抜き書きしましたが、まさに同じようにチベットを目指すとしても、そのアプローチはまったく違うものになってしまいます。だから、おもしろいのかもしれません。
能海寛のことがテレビ番組になったことがありますが、それを見て、ある能役者がチベットとを隔てている金沙江(揚子江上流)の岸辺に立って「のぞめども みやまの奥の 金沙江 つばさなければ わたりえもせず」という無念の句をつぶやくように詠んでいたのが、まだ耳の奥に残響として残っています。
そのテレビを見た数年後に、私自身がその金沙江を二度も渡ってチベット文化圏に入れるとは思いもしませんでした。しかも、その数年前には、この金沙江に近づくことすらできなかったのです。
たしかにチベットは、今、大きな問題を抱えています。同じ仏教を信じる国の一人として、これからも見つめ続けたいと思います。
(2010.07.10)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| チベットからの遺言 | 将口泰浩 | 産経新聞出版 | 2008年9月16日 | 9784004312468 |
☆ Extract passages ☆
真宗大谷派の寺の次男として生まれた能海は子供の時から秀才の呼び声が高く、周囲の期待を背負って育った。上京してからも周囲の学生たちから抜きんでていた。東本願寺の正式な留学僧として、法主の親書を持ってチベットに向かった。
慧海はどうだろう。檀職人の家に生まれ、内職をしながら学んだ。精進を始めたのも自らの発案であり、チベット行きもそうだった。信者のカンパだけを持ち旅立った。
能海はエリートで、慧海には雑草のたくましさがある。二人とも現代の世に暮らすわれわれから見れば、うらやましいほど熱い男だ。しかし、熱さが違う。炎でいえば、能海はたき火の火のように自然に熱く、多くの人を和ませることができる。慧海はコークスのように赤く熱く、周囲の者のなかには、やけどをして被害を受ける者が出る。そんな気がする。
(将口泰浩著 『チベットからの遺言』より)
No.497 『社会力を育てる』
副題は『新しい「学び」の構想』とあり、子どもだけでなく大人をも含めた互恵的協働社会の実現に向けて、社会力の必要性を提案しています。たしかに、今時の子どもたちは、社会性があるかといわれれば、ないのではないかと思わざるを得ないようです。いや、大人までもが、視野開成をなくしつつあります。
では、本書でいう社会力とは何かというと、『社会力とは端的に言えば、「人が人とつながり、社会をつくる力」のことである。「人とつながり、社会をつくる」とは、様々な人たちといい関係をつくることができ、つくり上げたいい人間関係を維持しながら、それまで自分が学んで身につけた知識や、努力して習得した技術や技能などを、自分が生きている社会のそこここで、誰かのために、あるいは何かのために役立てようと、自分から進んで発揮し活用するということである。』といいます。
しかし、今の日本では、学ぶといえば学校でのことが中心で、社会力より学力そのものが重視されます。もっと端的に言えば、記憶力が問われるのが今のテスト学力偏重教育なのです。だから、学校を卒業すると、学校で覚えたものはほとんど役に立たなくなってしまうのです。
でも、世界はそれとは別な学力を求めています。たとえば、OECDが想定している学力とは、「知識のあるなしではなく、学校で学び身につけた知識をこれからの社会生活にどれだけ有効に活用し、将来遭遇するであろう様々な問題を自分で考え、さらに他の人の考えも聞きながら判断し、自分で、あるいは皆と協力しながら問題を解決することができる能力のことである」と考え、それをPISA型の学力というそうです。
考えてみれば、このPISA型の学力のほうが、学力と呼ぶのにふさわしいものです。ただ暗記し、テストの成績だけがいいより、まさに実用的です。勉強する子どもたちも、勉強しがいがありそうです。そもそも子どもというのは、ハーバード大学のジョン・ロールズ教授がいうように、「ヒトの子がどれだけの能力に恵まれて生まれてくるかはまったくの偶然であり、また、中には、何らかのハンディキャップを背負って生まれてくる子どもたちが少なからずいることも事実である。しかし、どのような人間として生まれてくるかは、すなわち能力に恵まれて生まれてくるかそうでないかは、本人の意向や希望とはまったく関係のない単なる偶然である。それゆえ、当然のことながら、能力の多寡は本人の責任を問えることではまったくない」わけで、むしろ、いろいろな学力の判断基準があってしかるべきです。
そういう意味では、この社会力という考え方は、とても大事なことで、もっともっと考えられて然るべきことと思います。ぜひ、多くの方々に読んでもらいたいと思います。
(2010.07.07)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 社会力を育てる(岩波新書) | 門脇厚司 | 岩波書店 | 2010年5月20日 | 9784004312468 |
☆ Extract passages ☆
社会力を育てることが他者への関心を高め、他者への理解を深め、他者との相互行為を巧みにし、人びととの関係をよくし広げることになる。そして、そのような人間関係の中で生きていることが生きる喜びとなり、自分に対する自信につながる。さらに、それによって、身近な他者のみならず、人間がつくりそこで生きている社会の様々なことについての関心、あるいはそれらについて考察する力や想像力などが高まる。ひいては知的好奇心と学ぶ意欲も高まり、物事に取り組む前向きな態度が形成される。また、そうした一連の人間形成の過程が、脳の神経細胞(ニューロン)をつなぐネットワークを緻密にし、脳の機能を高めることになる。そのことが、教科の理解度を向上させ、結果として、テスト学力のみならずPISA型の学力までも高めることになる。
(門脇厚司著 『社会力を育てる』より)
No.496 『名文どろぼう』
『名文どろぼう』とはいささか物騒な題名ですが、なんでも最初はものまねから入るのがつねです。文章とて例外ではなく、いい文章を書くには、名文といわれるものから多くを学ぶことが必要です。それをどろぼうと言われるのは、いささかつらいものがありますが、この『ホンの旅』の「Extract passages」だって、元をただせばものまねみたいなものです。いや、ものまねより、この本のようなどろぼうなのかもしれません。
そのような思いもあって、読み始めましたが、とても愉快に読み進めることができました。
下にも1つだけ引用しましたが、こういう文章に出合うと、楽しくなります。いくらでも、読みたくなります。たとえば、歌人の斎藤史(ふみ)さんの「佳き声をもし持つならば愛さるる虫かと言ひてごきぶり叩く」という歌は、本当に心優しいのですが、それでも結局はごきぶりを叩いてしまうという心根に妙に納得してしまいます。
また、佐藤延重さんの詩歌集に出ているそうですが、「メタポリックシンドロームと告げられる 目障りだから死ねときこえた」という一行詩歌には、活字にこめられた胸を刺すような痛みすら感じられます。だから、名文といわれる由縁なのでしょう。
このような名文が、著者が最後のほうで「本書に引用した文章は200〜300の間」と書いてありますから、それだけは載っているんでしょう。まさに言葉の宝石箱のようなものですから、ぜひ、お読みいただければと思います。
(2010.07.03)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 名文どろぼう(文春新書) | 久保田展弘 | 筑摩書房 | 2010年5月10日 | 9784480065476 |
☆ Extract passages ☆
ひとの仕事に文句をつけて、「偉そうなことを言うなら、お前、自分でやってみろ」と反撃を食らうことは、世間にもよくある。やってみせるわけにはいかず、さりとて「余計なことを申しました。ごめんなさい」と謝るのもシャクだ、というとき、どうしたらいいのだろう。かの大宰相チャーチルが参考になる言葉を残してくれている。
チャーチルに、ある人がきいた。
「一度も絵を画いたことのないような人が、ただ名士というだけで、美術展の審査員におさまっています。こんなことっていいものでしょうか」
チャーチル、いわく、
「別に悪くないでしょう」
相手が変な顔をするのを見すまして、
「私はタマゴを生んだことは一度もありませんが、それでも、タマゴが腐っているかどうかは、ちゃんとわかります」
− 外山滋比古「ユーモアのレッスン」(中公新書)
(竹内政明著 『名文どろぼう』より)
No.495 『仏教の身体感覚』
題名の「仏教の身体感覚」の「身体感覚」という部分とは何かを知りたくて読み始めたのですが、最後まではっきりとはつかめませんでした。この本では「人間が宗教によって救われ、慰められ、励まされる。ここではどんなかたちにしろ、人間を左右し動かす宗教とは、形而上的な論理だけではあり得ない。ひとりの人間の内面にはみずから打ち消すことのできないさまざまな不安、悩み、苦しみ、恐れがある。この葛藤から逃れたいと願うその精神世界に、身体感覚として実感できるなにかが、安心(あんじん)の道を指し示してくれるなにかが生まれるとしたら、ここに宗教による救済の現実があるにちがいない。」のように問題提起はするのですが、さて、その「身体感覚」とは具体的に何かと考えると、樹の下で「坐るという身体感覚が宇宙軸の認識を導き」という具合にはぐらかされてしまいます。
たしかに仏教による救済ということを考えた場合、論理の積み重ねだけではなんらの解決策は見いだせないと思いますし、実際に身体を使ってものごとを推し進めることが大事なことです。ややもすると、とくに仏教界は儀式を重んずるあまりに、現実にさまざまな不安や悩み、苦しみ、恐れなどを抱えている人たちと正面から対峙していないような感じすらします。現に今年の1月に放映されたNHKスペシャル『無縁社会、32,000人が孤独に死んでいた……』という番組がありましたが、まさに孤独死や自殺などが日常の問題として提起されています。じつは、この文章を書いている3時間前にもある方から訃報を知らされたばかりです。とてもやりきれない思いでこれを書いています。
だからといって、では、自分で直接に何ができるかと考えると、ますます落ち込んでしまいます。
もうこれ以上は今日は何も書けませんが、では、自分に何ができるのか、をこれからも考え続けたいと思っています。
(2010.06.30)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 仏教の身体感覚(ちくま新書) | 久保田展弘 | 筑摩書房 | 2010年5月10日 | 9784480065476 |
☆ Extract passages ☆
良寛は死をむかえるまでの三十年の余、ときに凶作によって疲弊しつくした越後の大地に立って、托鉢をつづけたのである。日が昇り、暮れては草庵にもどる托鉢僧の鉢に何もない日も珍しいことではなかった。だが良寛は(万事因縁)といい、「縁は物とともに新なり」と、すべては一瞬たりともとどまることがなく、因と縁によって生じ、滅するだけのことと、みずからの日常をとらえていた。
この良寛のぎりぎりの生を支えていたものこそ、ご縁としか呼びようがない、いのちといのちの触れ合い、関係ではなかっただろうか。縁にしたがって生き、あるがままに悠然と生きる良寛。ヌーボーとして大らかに過ぎる人柄を伝えられる良寛だが、自分がどう生きるかという一点について、彼は世間を徹底して見据え、客観視していた。そして自分も世間も、優劣や大小、強弱といった二元対立の価値観でとらえることはなかった。仏教が促す法の目で世間を見、縁にしたがい、縁にゆだねて生きるだけであった。
これが良寛の人生を見据える凄さではないだろうか。
(久保田展弘著 『仏教の身体感覚』より)
No.494 『日本らしい自然と多様性』
「身近な環境から考える」という副題がつけられており、自分たちが常に見聞きするようなところから環境問題を書いています。たとえば、丘とか堤防とか家屋が密集するすぐ近くの場所とかです。
よく帰化植物が増えてきたと聞きますが、どのような帰化植物でどの程度か具体的に問われるとなかなか答えられないようですが、この本では、しっかり答えてくれています。それを下に抜き書きしましたので、ぜひ読んでみてください。さらに、この帰化植物たちはなぜ増えてきたのかといいますと、「その一は、侵入して優占しやすい帰化植物は、一般の在来植物より初期成長が速いことであり、その二は、都市の空地の土壌が昔とはすっかり様変わりしたことです。よく見かける帰化植物にそなわった、速く成長するという特性が発揮できるような土壌に変わったから」との理由だそうです。では、在来の野草たちを昔のように生えさせるためにはなにが必要かといいますと、「@都市の土壌をpHが低く、有効態リン酸の少ない日本固有の土にもどし、Aまだわずかに残っている在来野草を増やして、まくためのタネを確保し、法面にそのタネをまき、B除草剤をなるべく使用せず、年に何回か刈り取れば・・・・・・」昔のように日本の四季を演出してくれるようになるとのことです。
それらすべてをやり続けることは難しくても、そのいくつかでもやれればいくらかでも帰化植物を食い止められるかもしれません。ところが、実は、多くの人たちを動員してオオハンゴンソウを撲滅するための除去作戦を1976年から毎年1回開花期前に長野県霧ヶ峰高原で実施しているそうですが、未だに根絶できていないそうです。つまり、帰化植物を抜き取っても、そこがそのまま、ふたたびまわりからやってくる帰化植物にすみかを提供しているだけということになります。
ということは、帰化植物を抜き取るだけでなく、その跡地にかならず在来種のタネをまくとか、苗を植えるなどして、抜いた跡をできるだけ早く埋めてしまうことが大切なんだそうです。
やはり、日本らしい自然と多様性を保持することは、これでなかなか大変なことだと思います。それが分かっただけでも、この本を読んでよかったと思います。
(2010.06.27)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 日本らしい自然と多様性(岩波ジュニア新書) | 根本正之 | 岩波書店 | 2010年5月27日 | 9784005006540 |
☆ Extract passages ☆
2003年に出版された『日本の帰化植物』(清水建美編、平凡社)には、1,032種が記載されていて、キク科、イネ科、マメ科は種数が多いので、帰化植物の三大科といわれています。逆に、カヤツリグサ科、バラ科、ユリ科、ラン科は、種数がひじょうに少ないのが特徴です。沖縄と小笠原をのぞく、日本の種子植物とシダ植物の種数はおおよそ4,000種ですから、その四分の一が帰化植物なのです。
しかし、昔からこんなに多くの帰化植物が生えていたわけではありません。帰化した年代にちがいはあるものの、1910年には43種、1918年は70種、戦後まもなくの1950年で約500種、1977年は716種と、最近急速に種数が増加しているのです。
(根本正之著 『日本らしい自然と多様性』より)
No.493 『玄奘三蔵、シルクロードを行く』
玄奘三蔵に関する本は、10冊程度読んでいますが、読むたびにワクワクさせられます。それは長い旅を続けられたことにも興味がありますが、帰国してから翻訳に全力で取りかかったことなども、すごいことだと思います。
この本は、題名が示すように、玄奘三蔵がシルクロードを行くその旅の足跡を追うもので、ガンダーラに着く手前で終わっています。随所に地図などもあり、その地図を見比べながら読むと、とても臨場感があります。当然のことながら、玄奘も行くその行程を綿密に調べ上げていたようですが、旅というものは、何があるかわからないものです。著者は、「ときにはガイド・ブックに書かれていない事象を目にすることもある。それこそが現場に立つ者の喜びである。そしてこの喜びが想像力の新たな糧となり、時間に立ちこめる濃霧を切り裂き、見えなかったものを蘇らせる。すると重い歴史がほぐれうごめきだす。玄英の旅とてもきっとそうであったにちがいない・・・・・・」と書いていますが、まったくその通りです。自分の興味の赴くまま、近道があると知りながらも遠回りすることも旅の楽しさです。だからこそ、28歳のときに旅立ち、46歳で帰国されるまでの17年間、まさに遊学の旅でもありました。
帰国されたときには、馬20頭ほどの背に仏像や経典類など山のように運んできたと伝えられています。出国するときには、闇夜に紛れるように出たそうですが、帰国されるときには、多くの人たちが長安の朱雀街に集まり、出迎えられたそうです。
では、なぜ、玄奘三蔵は遙かインドまで行く決心をされたのでしょうか。そのヒントは下に抜き書きしましたが、それが最大の目的でしょうが、私は旅が好きだったのではないかと密かに思っています。
私も、ある原種シャクナゲを通販会社から購入したことがあるのですが、それがシャクナゲ事典に書かれているものとなんだか違うような気がしたのです。そう思ってしまうと、何もかも信じられなくなって、自分でその自生地に行って、直接見てみたいと思うようになりました。そして、今度は行ってみると、その変異の多さに圧倒され、そのなかから選ぶことも重要なことだと知りました。もちろん、旅が好きだからこそ、苦しい思いまでして、自生地にこだわり、自分の足で歩きながら、自分のこの眼で見ようとするわけです。また、それが楽しくもあるわけです。
ですから、この本に掲載された地図を組み合わせながら、玄奘三蔵の足跡を追っていると、自らもいっしょに旅をしているような思いになれます。それもまた、楽しいことなのです。
現在は政治的な問題もあり、なかなか玄奘三蔵が歩いた道を歩くことは難しいようですが、いつかは、ぜひいつかは歩いてみたいと思っています。
(2010.06.23)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 玄奘三蔵、シルクロードを行く(岩波新書) | 前田耕作 | 岩波書店 | 2010年4月20日 | 9784004312437 |
☆ Extract passages ☆
ふと玄奘は思った、中国の仏典の多くは、西方からやってきた人びとによって翻訳されたものであり、中国人がみずから原典をひもとき、原典に厳密に則して訳されたものではない、とすれば言語・叙述の選択もまた正確に意を伝えるものとはなっていないのではないか。「明法了義の真文をみる」(『続高僧伝』)には、「真文」の奥義をもっとも深く追究するインドに向かい、学習をかさね、原典に向き合い、「所感」を問い明かし、その成果を訳経に反映させるほかはない。玄奘の決断はすばやかった。
(前田耕作著 『玄奘三蔵、シルクロードを行く』より)
No.492 『ぼんやりの時間』
著者は、1975〜88年まで、朝日新聞の『天声人語』を担当し、現在はジャーナリストとして活躍しているそうです。
その『天声人語』の取材で、米沢を訪ねられたこともあり、その時には「草木供養塔」について書いています。この岩波新書のシリーズで、「文章の書き方」や「四国遍路」なども読んだことがあります。やはり、文章に切れがあり、読んでいても、スーッと頭に入ってきます。
この本は、いかにぼんやりと過ごす時間が大切かを説いています。ジャーナリストらしく、他の人の書いた本などからヒントをもらいながら、自らの体験を織り交ぜながら書き進めています。下に抜き書きした文章も、作家の深沢七郎さんのエッセイのなかに出てくる「楽しい瞬間を作れ」という一連の言葉をヒントにして、自らの考え方を述べています。
また、ミヒヤエル・エンデの傑作『モモ』の主人公の少女の話しから、「一見むだに見える時間のなかに、実は大切な役割をはたしているものがたくさんある。街をぶらつく。夕焼けをながめる。虫の声を聞く。雲を見る。星を仰ぐ。雑談をする。そういうむだに見える時間を重ねるところに、生活の厚みとか深みとか、そういうものが育ってくるのではないか。たくさんのむだな時間の集積こそが、実は、暮らしをゆたかにする潜在的な力をもっているのではないか。」と、ぼやーっとしている時間もむだではなく、とても有意義な時間なんだといいます。
この本のなかに出てくる小さい頃の隠れ家の話しですが、私もそれをつくって遊んだ記憶があります。小さな板きれを寄せ集めてつくったり、木の枝にそれらを引っ張り上げて、ツリーハウスをつくったこともあります。ホントに小さな隠れ家ですが、とても心やすらぐ居場所でした。今考えても、ここにいるだけで、なんともゆったりできて、他からの干渉もない、別天地でした。
今、家の改築を進めていますが、そんな場所をつくり、そこでひっそりと時間を忘れて本を読みふけりたいと思っています。まさに、何も考えずに本のなかに没頭できる、そんな場所にしたいと考えています。
(2010.06.20)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| ぼんやりの時間(岩波新書) | 辰濃和男 | 岩波書店 | 2010年3月19日 | 9784004312383 |
☆ Extract passages ☆
「苦しいとき、痛いとき、もあるはずだが、嫌なときは忘れればいいのだ。……とにかく、嫌なことは忘れて、楽しい瞬間をなるべく多く作ることだ。そのために稼いだり、乗りものに乗ったりするのだ。稼ぐのは面倒くさいことだが、楽しい瞬間を作るためにはそんな支度が必要なのだ。私は、ぼーっとした瞬間が、とても楽しい。人はそのヒトだけしか知らない楽しいことだってあるのだ」
楽しい瞬間を楽しみながら生きてゆく、というのが深沢の一番いいたいことの一つだと思う。・・・・・・
楽しいことが少なく、苦しいことの多い暮らし方を深沢は嫌った。重い荷を背負って遠い道を行くのが人の一生だといっていいのか。そうではないはずだ。人の一生は「刻」であり、「瞬間」であり、「刹那」である。そのときそのときが「その人の人生」なのだ。そのとき、そのときというのは、うまいものを食べたり、美しいものを見たり、恋をしたり、喜んだり、楽しんだりするその刹那刹那である。楽しい刹那の集積が人の一生だ。
(辰濃和男著 『ぼんやりの時間』より)
No.491 『父娘で航く 世界一周』
この本は、父娘(おやこ)で航(い)った世界一周の旅のことを書いた、いわば紀行文です。
著者はプロフィールによると、現在、日本女子大名誉教授で国文学者です。研究書も数多く出されていて、文芸ものの作品もあります。これは平成某年12月26日に横濱港を出航し、翌年3月30日までの船旅を書き綴ったものですが、単調な船旅を淡々と書き連ねてありました。
娘さんは、てんかん、知的障害、強度近視という障害を抱えているそうで、著者自身も旅立つ前年に網膜剥離で右眼の明を失い、手術の結果、幸いにも見えるようになったそうですが、また、いつ見えなくなるかもわからず、だからこそ、今のうちに自分の目で見ておきたいと思ったそうです。
船旅というと長い、と思っていましたが、やはり3ヵ月を越す旅はなかなか準備も大変なようで、出航8ヵ月前に代金全額を払い込まなければならないし、アフリカにも渡るとなれば、黄熱病の予防注射も受けなければならないようです。もちろん、長い旅ですから、その間のことは何もできませんから、日本にいるうちにいろいろなことをやっておかなければなりません。おそらく、いざ出航というときになれば、ある意味、ホッとするようなものなのかもしれません。
でも、できるかどうかはわかりませんが、いつかは船旅をしてみたいと思っています。そんな思いもあって、この本を読み始めました。
356ページの本ですが、船旅の日常を書いてあるので、「抜き書き」するようなところはありませんでした。そこで、仕方なく、チリのワインの宣伝文を載せました。
著者は、松尾芭蕉の『奥の細道』を読みながら旅をしていますが、私ならなにを読みながら旅をするだろうかと考えました。
さて、その本は、・・・・・・秘密にしておきましょう。
(2010.06.17)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 父娘で航く 世界一周 | 浅野三平 | 文芸社 | 2010年2月1日 | 9784286084404 |
☆ Extract passages ☆
今朝、部屋に放り込まれていたパンフレットがあった。チリのワインの宣伝文なのだが、なかなかよい言葉もある。
人生は苦しみだと仏教家が言います。人生は奮闘だと資本主義者は言います。人生はチームの努力だと共産主義者は言います。
しかし、チリの人は、人生は美しいものだと言います。多分、チリという国は、ワインを生産している国の中で、唯一、ワインのための全てを持ち合わせているところかもしれません。・・・・・・
(浅野三平著 『父娘で航く 世界一周』より)
No.490 『世界を知る力』
著者の寺島実郎は、ときどきテレビなどで外交、安保、IT・経済などについてコメンテーターを務めているようですが、財団法人日本総合研究所会長や多摩大学学長などの職にあります。また、鳩山前首相の外交ブレーンの中心的存在だったようですが、菅直人首相が誕生したので、これからどのようになるかは未知数です。
この本の題名である『世界を知る力』は、著者によれば、「断片的だった知識が、さまざまな相関を見出すことによってスパークして結びつき、全体的な知性へと変化していく過程を指すのではないだろうか」と書いています。
その力を養うためには、『大空から世界を見渡す「鳥の眼」と、しっかりと地面を見つめる「虫の眼」の両方が必要だと考えている。その「虫の眼」を鍛えるのは、なんといってもフィールドワークである。』とあります。たしかに、そのような複眼を持つということは大切です。
植物を調べることに例えれば、先ず相当な植物の知識がなければできません。さらにそのためには、標本を見るだけでなく、野外で出て、自分の目で植物に触れなければ分からないことがたくさんあります。どんな自然環境のなかで生きているのか、まわりにどのような植物があるのかなど、いくらでも情報が集められます。それらを有機的につなげ、体系化し、植物の世界が理解できるようになります。すべて、そのようなものだと思います。経済学だって、マクロとミクロの経済学があります。
最後の方で、著者は、自分は「マージナルマン」という言葉をつねに心に抱いてきたといいます。このマージナルマンとは、「境界人という意味で、複数の系の境界に立つ生き方という意味である。ひとつの足を帰属する企業・組織に置き、そこでの役割を心を込めて果たしつつ、一方で組織に埋没することなく、もうひとつの足を社会に置き、世界のあり方や社会のなかでの自分の役割を見つめるという生き方」です。たしかに、著者の現在の活躍の場を見ても、わかるかと思います。
著者は、この本を「若いゼミの学生か現場を支えるサラリーマン、時代を鋭い感度で見つめる知的女性に語りかける」ような気持ちで書いたということですから、そのような方にはぜひ読んでいただきたいと思います。
(2010.06.13)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 世界を知る力(PHP新書) | 寺島実郎 | PHP研究所 | 2010年1月5日 | 9784569774787 |
☆ Extract passages ☆
大空から鳥が世界を見晴らすように、宇宙船から地球を望むように、世界の広がりを認識することが必要である。その一方で、虫が地面を這うように、自らの足を使って生身で現代社会を生きる人間の表情に触れること――人間社会の深みを知ろうとする営為も求められる。おそらく、「世界を知る」こととは、そういった試みの集積にはかならない。
(寺島実郎著 『世界を知る力』より)
No.489 『強い者は生き残れない』
著者は、現在は静岡大学創造科学技術大学院教授とニューヨーク州立大学併任教授で、その他にも千葉大学客員教授でもあります。専門は数理生態学で、特に進化理論の研究をしているそうです。1987年に発表された環境不確定性の論文が有名で、一躍注目を浴びています。
この本の副題は、「環境から考える新しい進化論」とあり、題名とともに印象に残りました。この本の「まえがき」で紹介されていますが、2008年暮れ、トヨタ自動車の渡辺捷昭社長(当時)が新聞で「強いものが生き残るのではなく、環境変化に対応できたものだけが生き残るのだ」と書いているそうですが、まさに本の題名と一致する考え方です。
だから、「どんな生物が、どんな戦略をとって、生き残ってきたのかを思えば、自ずと私たち人間が生存し続けるためにとるべき生き方が見えてくる。」といいます。たしかに、その通りだと思います。生き残ってきたということは、生き残る理由があったはずです。それをこの本を読むことによって知りたいと思いました。
たとえば、「文明が進化すれば、生産性が高くなる。すると、利益を分散して協力し合うほうが、社会全体が存続する上では有利となる。権力者は利益を独占すればするほど、一般の民衆から反感を買い、しまいには資産や権利を剥奪されて、その地位を継続できなくなる。そのため、社会の生産性があるレベル以上に高くなったときには、民衆の皆が満足する社会制度を導入する必要があった。すべての民衆が等しく家庭を持てる「一夫一婦制」は、2つの点で、もっとも効果的な社会制度といえる。民衆が家族を持ち、その維持に努めれば、みな生産的な努力をする。さらに、子供をたくさん産み、人口を維持し、その生産性を維持できる。有能な為政者は、民衆を満足させることによって、働かせることのできる為政者なのだ。」といいます。
そう言われれば、世界のほとんどの国が一夫一婦制であり、例外なのはイスラム世界です。その理由の一つとして、外部社会との間の戦争状態が長く続き戦死によって男性が少なくなったので、女性保護の観点から許されるようになったといわれています。それでも、4人までという人数制限と、すべての妻を平等に扱うという掟があり、なかなか厳しい制約があるそうです。
そう考えれば、この一夫一婦制だけでなく、一人勝ちを避けるための制度として民主主義も考えることができます。やはり、世の中というのは、一人勝ちがいつまでも許されるわけではなく、その欠点が強く出れば、必ず倒されてしまいます。つまり、たった一人の独裁国家に永遠は絶対にないといえます。
この本を読み、共生することの大切さを、改めて考えさせられました。
(2010.06.10)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 強い者は生き残れない(新潮選書) | 吉村 仁 | 新潮社 | 2009年11月20日 | 9784106036521 |
☆ Extract passages ☆
かつて、草食動物は植物群落にとって食害のダメージを与えるだけだと思われていた。ところが、面白いことに、草食動物は植物を食べつくしたり、絶滅させることはない。食べつくすと結局、エサがなくなり自分たちが困るからだ。草食動物は、植物を絶滅させないような利用法を進化させたのである。
さらに、草食動物の活動が共生的な場合がある。セレンゲティ草原の草食動物は、草を食べることで、草原の再生産(生長)を高めていることをシラキュース大学の植物生態学者サミュエル・マクノートンが発見した。つまり、食べることにより、新しい植物体が再生産される機会が生じるのだ。さらに、草食動物の糞尿は草にとっての重要な肥料となる。
(吉村 仁著 『強い者は生き残れない』より)
No.488 『言葉ふる森』
作家による「山」のエッセイや紀行など30編が集められた本です。たしかに効率よく多くの作家のものが読めますが、このような寄せ集め的な本は、やはり買ってまで読みません。でも、図書館から借りてなら読んでもいいと思います。
本にはやはりこだわりがあり、あまりハウツーものには興味がなく、一人の作家がうめきながら一字一字書き進めたような本に惹かれます。ですから、それを効率的に読もうとすると、なんか作家に申し訳ないような気になります。これは、もちろん読み手の側の勝手な思い込みですが……。
そもそも、これらの文章は、『山と溪谷』の月刊誌に連載されたり、特集記事に掲載されたものだそうですが、ときどき『山と溪谷』を読んでいる一人として、懐かしく思い出すものもありました。下に抜き書きした山靴に対するこだわりのようなものは、自分もそう感じている部分もあり、掲載しました。
そういえば、山そのものにも大きな変化があったのが明治時代でした。「大正時代くらいからさかんになる近代的登山は、国家によって修験道的世界が一掃させられた上に成立したのである。ここでは自然への挑戦、人間の力、達成感といった欧米の価値観がもち込まれ、自然に神々をみいだし人間の愚かさをみつめた伝統的な精神とは合い入れないかたちで、近代的登山は展開された。いま私たちが登り、仰ぎみる山は、そんな歴史をへて存在している山である。それは自然の山であるとともに、伝統的な民衆の精神とともにあった山、そして明治以降の日本の近代化のなかで大きく変化した山である。」といえます。
たとえば、出羽三山の一つ、月山に登ってみるとわかりますが、この山は神仏分離や廃仏毀釈などの影響を受けながらも、それらが同居しているような感じがします。白装束の行者がいるかと思えば、近代的登山装備を身につけた登山者もおり、お互いに挨拶を交わしている姿を見ると、これこそが日本人の本当の姿ではないかと思えてきます。相手を非難したり排除したりせず、相手をそのままに受けいれてしまう心の豊かさが感じられます。
これからも、いろんなものを何でも受けいれる懐の深い山であって欲しいと思いながら、この本を読みました。
(2010.06.07)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 言葉ふる森 | 山と溪谷社編 | 山と溪谷社 | 2010年2月5日 | 9784635330497 |
☆ Extract passages ☆
ダイビングでは必ず二人で一組をつくって水中に潜るが、その相手をバディと言う。ダイビングだけではなく、山の世界でも船の上でも、バディと言えばなにかがあったときはお互いにサポートしあう、信頼のパートナーだ。私の低山へッコロ山歩きで最大のバディは靴ではないか。靴のコンディションで山行全体が大きく左右される。きつすぎてもダメ、大きすぎてももちろんダメ。少しでも紐の絞め具合が良くないと調子が悪い。相性の悪い靴下を履いたときもご機嫌が斜めになる。本当にいつも一緒に歩いている相棒だ。相手の様子をしっかり把握しながら一歩ずつ踏みしめて進んでいく。
家からは軽いサンダルなどを履いて出て、登山口で山の靴に履き替える人もいるけれど(その方がマジョリティなのか)、私は家から山靴派。バディと一緒に家を出て、一緒に帰って来るのが気分。
「よろしく頼みますよ」
出がけに玄関で紐を結びながら靴に話しかけたりして。頼りにしてるんですから。いい山だといいねえ。楽しく行って来ようねえ。 (「山靴は箱に入れてしまう」平野恵理子)
(山と溪谷社編 『言葉ふる森』より)
No.487 『食べ物を変えれば脳が変わる』
昔からよく頭がやわらかいという表現を使いますが、このホント読んで納得しました。この本では「神経細胞の膜がやわらかいと、伝達物質を受容体が受けとりやすい。つまり、情報をスムーズにやりとりできる=頭がよい、ということになる。逆に膜が硬いと、伝達物質を受容体が受け取りにくいので、頭の回転が鈍くなる。」と書いてありました。つまり、これは単なる比喩ではなく、それなりの根拠があったということになります。
では、実際に頭に効く栄養とはなにかといいますと、つまりは脳によい栄養素ということで、この本に掲げているものを下に抜き書きしてみました。もし、興味があれば、ぜひこの本を実際に読み、さらにいろいろなことを学んでみてください。
著者は薬学博士で、現在はイリノイ工科大学助教授だったそうで、遺伝子の構造やドラッグデザインをテーマに研究をしていたといいます。現在は日本で精神や心の働きを物質レベルで解析し、生化学、医学、薬学などライフサイエンスを中心とする執筆活動をしているそうです。
2010年3月2日に第10刷発行をしていますから、多くの人に読まれていると思います。たしかに、現在は、多くの添加物が食品に使われていますし、新しい物質が建材や日用品に入ってきています。それらの影響というのは、すぐにはわからず、なんらかの被害があって初めて詳しく追跡調査されます。でも、それでは遅いのです。被害が出てからでは困るのです。
やはり、消費者自らも、それなりの知識が必要ですし、もう少し食物そのものにも関心を持つことが大切です。ただ栄養をとればいいというものではなく、その栄養がどのように体にいいのかを考えなければなりません。
この本はそれらを考える一助になると思います。
(2010.06.04)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 食べ物を変えれば脳が変わる(PHP新書) | 生田 哲 | PHP研究所 | 2008年10月29日 | 9784569702827 |
☆ Extract passages ☆
・ビタミンやミネラルを多く摂取すれば、IQが上がると期待できる。
・アマ二油、シソ油、青魚からDHA、オメガ3を摂取して脳をやわらかくし、また低GI食品(野菜類、キノコ、海草類、フルーツ類、ソバ、玄米御飯、ライ麦パン、ヨーグルトなど)を食べて集中力を保つように心がけよう。
・記憶力を高めるには、鶏卵・ダイズ・納豆(フォスファチジルコリン)、イワシ(DMAE)、ライ麦パン(グルタミン)など、またイチョウ葉エキスやビンポセチンなどがお勧め。
(生田 哲著 『食べ物を変えれば脳が変わる』より)
No.486 『遍路みち』
小説も好きでときどき読むのですが、この『ホンの旅』にはなかなか書くことはありません。でも、この短編集のなかで、表題の「遍路みち」の一節は心に残りました。
遍路というのは、著者も語っていますように、「メモもとらず、写真も写さず、山坂を登り下りしただけしか覚えていない遍路の旅は、有難いことに点滴する必要はなく食が進み、誘眠剤を服用しなくても疲れ切って熟睡した」というぐらい、いわば何も考えずに歩けるものです。また、考えればいくらでも考える時間もあり、それでも身体は使っているので、食欲はあり、睡眠もできます。つまり、遍路というのは信仰の道であると同時に、身体を自然に使うのでそれがまたいいのです。歩かなければならない、という目標があり、考えたくないときには、その目標に邁進するだけです。
この短編集には、この「遍路みち」のほかに、「消えた時計」、「木の下闇」、「声」、「異郷」の5作が入っており、ご自身が「あとがき」で書いてあるように、「この集に収めた作品は、私の身辺のことを綴ったものばかり」を選んだようで、「殆ど事実に近い」そうです。
そう思って、改めて読み直してみると、私小説のおもしろさと切なさが入り交じっているように思いました。人には知らせたくないことを小説の形を取って書き知らせるわけですから、いささか矛盾があり、そこに脚色があります。その微妙なさじ加減に小説のおもしろさがあるのかもしれません。
下に抜き書きしたところが、微妙に気になったところです。
そういえば、今日、この境遇と同じ方とお話ししましたが、夫婦二人、ともに元気なときはいてもいなくてもどうとも感じなかったそうですが、いざ亡くなってしまうと、急に寂しくなり、そろそろ半年以上経つが、未だに涙するときがあるそうです。使っていたものを見ては思い出し、一緒に行ったところに来ては想い出し、なにをしてもその想いが離れないそうです。
長い年月をともに過ごすということはそういうものなんだろうか、と思いながら、さらに読み返しました。
(2010.05.31)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 遍路みち | 津村節子 | 講談社 | 2010年4月1日 | 9784062160988 |
☆ Extract passages ☆
原稿用紙の上に置いた骨壷には、万年筆と眼鏡を添えてある。机は資料を置くために作らせた特別に長い机である。育子は骨壷を引き寄せて覆っている袋を開き、壷の蓋を開けた。
その上部の骨を、箸で自分で焼いた茶碗に移した。
その時、骨がくずれて机の上に散った。
育子は慌てて人差指に唾液をつけ、骨に押しあてて無意識に口に入れた。物をこぼした時に、あ、勿体ない、と思う主婦のようだった、とあとで思った。
口に入れた骨は、噛むとしゃり、しゃり、と音がした。育子はもう一片骨をつまみ上げ、しゃり、しゃりと音をたてて噛んだ。
(津村節子著 『遍路みち』より)
No.485 『よい結果を出す人の「急がない」技術』
著者はコミュニケーション・コンサルタントで、(有)ドリームコーチ・ドットコムの代表取締役だそうです。そういえば、本の中で、『コミュニケーションの語源はラテン語の「コミユニカーレ」で、そこには「共有する」という意味がある。お互いが話をして、相手の話を聞き、意思疎通をはかる……つまり、広い意味で「共有する」のがコミュニケーションなのだ。』と書いてありました。
たしかに、急いでばかりいると見失うものも多く、いったん立ち止まって考えてみると、本当のことが改めて見えてくることも多いようです。よく、「急いては事をし損じる」といいますから、昔からそういう状況というのはあるようです。ただ、目の前に迫っている場合には、即断せざるをえないこともあり、画一的にものを考えないということなんでしょう。
それでも、なんとなくスッキリしないとか、なんとなく納得できないとするならば、そこにためらう何かがあるはずです。そういう場合には、なにも急ぐ必要はないはずです、しっかり納得してから進み出すことも大切です。たとえば、ウサギとカメの話しでもそうですが、マラソンのトップランナーだって1人で一般市民のランナーたちに混ざって走れば、おそらく世界記録を更新することはできないでしょう。この本では、「まったく問題なく勝てるという状況のときほど、自分を振り返ることが難しいときはない。周囲と差がありすぎるので、ついつい弾みがついて「ロングラン」のペースが乱れる。『ウサギとカメ』のウサギと似たことが起きる。急成長企業が失速するケースは、まさにこれが当てはまることが多い。」と書いていました。
やはり、急ぐとか急がないではなく、先ずは自分が置かれた状況を確認してから考えればいいことです。
そういう意味では、今、いろいろな状況で行き詰まっている方にお読みいただきたい1冊です。
つまり、この世の中、そんなに急いで行っても、どこに行くか分からないようでは困ったことになります。「急がば回れ」も時には大切なことです。
(2010.05.28)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| よい結果を出す人の「急がない」技術 | 吉田典生 | 中経出版 | 2010年2月10日 | 9784806136071 |
☆ Extract passages ☆
大目標を自転車で日本一周旅行をする冒険にたとえてみよう。
スタートして1カ月くらい経過したときに、予想した以上に時間がかかり体力を消耗することがわかった。想定する期間でゴールインできなければ、資金援助してくれている人や休業を了承してくれている人々に迷惑がかかる。
ここで掲げた目標が「変更不可能なもの」だと、どんなに無理しても達成しようとするか、涙を呑んで断念するか、厳しい二者択一になる。
しかし、「そもそもこれは何のための目標なのか」を根本的に問い直すことができれば、修正された新しい目標がみえてくるかもしれない。・・・・・・
目標の修正をするべきか否か即断できないから、とりあえず○○まで走ってみよう。到着したら、またそのときに考えよう。そうやって気持ちをスッキリさせて前進していくと、その行動がヒントを与えてくれる。
こういう走り方をすれば体力を消耗せずにすむ、といった技術的な気づきが出てくることもある。小さな目標を達成したことで気持ちが変わると、大目標の見方も変わってくるかもしれない。着実に実績を上げていることから信任を得て、協力者が現われて状況が変わることもある。
(吉田典生著 『よい結果を出す人の「急がない」技術』より)
No.484 『子ども格差』
マスコミなどの報道を見る限り、今の子どもたちは昔の子どもたちとは比べものにならないほどストレスがたまっていそうです。この本の副題は「壊れる子どもと教育現場」ですが、たしかに学習指導要領などの変更などで混乱があり、大変なようです。たとえば、2006年4月から児童・生徒指導に「ゼロ・トレランス」が導入されています。
これは、この本の説明によると、「アメリカ産業界における品質管理の発想が日本の児童・生徒指導の手法にまで及んだことで、生徒指導のあり方は激変しました。遅刻や早退、忘れ物、いじめ、暴力行為、教師への反抗などをレベルに応じて機械的にポイント化、その累計数値によってペナルティーを与えます。このやり方でいくと、教師が子どもの心のありようや非行・問題行動の背景などを理解したり考慮したりする必要はなくなります。単に事実を確認し、加点すれば済むからです。このような児童・生徒指導では子どもに対する理解がまったく深まらないのは当然で、教師と子どもの信頼関係が築けるはずがありません。さらに言えば、児童指導、生徒指導そのものが不要になります」と書かれてありました。
これでは、一般社会と同じような競争社会で、子どものうちから競争に明け暮れ、のんびりと子ども時代を楽しむゆとりもありません。もともと先生たちは、子どもと時間を惜しまず真剣に面と向かいながら個別指導をしていたように思います。まさに、この本に書いてあるような「受容と寛容の生徒指導」です。下に抜き書きしましたが、子どもの心に共鳴できる柔軟な心を持った先生たちがたくさんいました。それが、モンスターペアレンツなどと言われる親が出てきたり、次々と時間に追われるような体制下で、ますます子どもたちと過ごす時間が無くなってきているのは現実のようです。
このような本は、もちろん先生方にも読んでほしいのですが、むしろ現在子育て中の親や、さらには一般の大人たちにも教育現場の悲痛にも似た叫びを感じ取ってほしいと思います。
とくに、最近の子どもたちのケイタイ電話の所有割合は、2009年1月30日現在で高校2年生の場合は95.9%だそうです。しかも、ケイタイ依存症の子どもたちは確実に増えています。その大きな問題として、「第一には、ケータイに常に気をとられているために注意力が散漫になること。第二には、バーチャルな関係に潜り込みすぎるために、リアルな関係におけるコミュニケーション不全に陥りがちなこと。第三には、勉強時間が減少し学力が低下することです。」だそうです。そういえば、このケイタイがらみの事件も増えています。
最後まで読んで、その教育現場のすさまじさを感じましたが、ぜひ、下に抜き書きしたような本来の生徒指導を忘れないでほしいと思います。経済格差だけでなく、教育にも格差が出てきたとすれば、あの、昔の「一億総中流意識」がむしろ懐かしく感じられる今日この頃です。
(2010.05.25)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 子ども格差(角川oneテーマ21) | 尾木直樹 | 角川書店 | 2010年2月10日 | 9784047102293 |
☆ Extract passages ☆
子どもを理解するためには、子どもの心に共鳴できる柔軟な心を持った人間教師≠ノなる必要があります。
そのためには、第一に、子どもとは失敗を繰り返すものであり、大人と同じように複雑な心の働きもするデリケートな存在であるという認識に立つ必要があります。少なくとも、子どもを一人の人間として尊重しないで、大人の下に見るような子ども観は転換すべきです。
第二には、子どもとは発達可能体だということです。どんなに問題行動を続発させていたとしても、周囲の大人の愛情さえ得ることができれば、必ず立ち直り、豊かな人間として成長していくことができます。そういった発達・成長を続ける可能性の塊が子どもなのです。そのような発達可能体としての子ども観、発達観を教師一人ひとりが獲得できれば、「大人目線」から脱却することができるはずです。
第三に、指導とは「従わせる」ことでも、「処罰によってコントロールする」ことでもないということを理解しておかなければなりません。子どもが問題行動を起こす心理的・発達的な背景や弱点に丁寧に寄り添いながらサポートすること。つまり、本人自身の心をエンパワーメントすることが求められているのです。子ども自身が自らの成長・発達の証として問題行動から脱出していくのをサポートする人間的な関係性こそが、本来の「生徒指導」です。
(尾木直樹著 『子ども格差』より)
No.483 『やきもの百科』
副題は「鑑定の入り口」で、いかにも中島誠之助らしいものです。そう、この本は、テレビ番組『開運!なんでも鑑定団』(テレビ東京系)に出演している古美術鑑定士中島誠之助の書いたものです。
1章は「国宝物語」、2章は「伊万里の風景」、3章は「やきもの百科」4章は「形と意匠」とで構成されています。いわば、お茶の世界で取りあげられる焼きものをガイド風に綴った本といえます。それでも、随所に鑑定士らしい焼きもの観が述べられ、楽しく読ませていただきました。それと、本当に博識です。たとえば、出羽の国のところでは、「山形県はむかし出羽国と呼ばれていました。一説にこの地方で捕れる白鷹の羽を使った矢は、狙いたがわず命中するところから人々の求めるところとなり、飛鳥時代の和銅元年(708)に矢羽根の産地としての名称が与えられたとされています」とありました。もちろん、ご専門の解説では、「主として作品の高台の内側に『五良大甫 呉祥瑞造』と銘文されているところから、茶人たちのあいだで「祥瑞」と呼ばれるようになりました。祥瑞作品は江戸時代から近年まで、伊勢で生まれた五郎太夫が明国へ渡って祥瑞と名乗り、日本向けの茶陶を作ったと思われてきました。ところが昭和時代になって解読が進み「呉家の五人の息子のうち、祥瑞と名乗る長男が造った」と解釈されました。現在ではこれが定説になっていますが、本当のところはまだ分かっていないといった方がよいでしょう。」と祥瑞(しょんずい)の解釈の流れを簡潔に書いています。
また、何度か太田垣蓮月の焼きものを見たことがありますが、その解説には「蓮月は江戸時代後期から明治時代の初めまで84年の春秋をこの世に送った女流歌人です。京都の河原町丸太町東入ルに生まれた彼女は、幼名を誠(のぶ)といい武士の一子とも遊女の娘ともいわれ両親共にはっきりしたことがわかっていません。誠は生まれてから10日あまりで知恩院に勤めていた大田垣家に引き取られます。大田垣の養父には4人の男の子がいましたが次々と亡くなり、誠が11歳の時には父娘2人きりになってしまいます。誠は19歳の時婿養子を迎えて3人の子をもうけますが、3人とも早くに亡くなり夫とも離別します。不幸にもめげずに29歳になって再婚の道を歩み2児をもうけますが、母になって3年あまりでまたしても夫に先立たれます。誠は度重なる不幸に出家をこころざし、養父と2人して髪をおとし仏門に帰依し蓮月の庵号を名乗ります。住職になった父が世を去った後、岡崎村(平安神宮のあたり)に移り、生活のために蓮月焼を始めるのです。」と詳しく紹介しています。
私も焼きものが好きなので、いささか物足りない感じがしないでもありませんが、ご自身も書いているように「ホンの入り口に過ぎない」とありますから、やはり入門書なのでしょう。しかし、著者は、「この本は入門書でも解説書でもない。家でいえば玄関の表札のようなものであって、扉を叩いて中へ入るのはあなた自身なのだ。」とあとがきに書いています。でも、表札にしか過ぎないとすれば、「いい仕事してますね」と言えるかどうか、聞いてみたいような気がします。
(2010.05.21)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| やきもの百科 | 中島誠之助 | 淡交社 | 2009年12月12日 | 9784473036094 |
☆ Extract passages ☆
世界中に日本人ほどやさもの好きの民族も他にいない。陶藝家の全人口に占める割合は、数えたことはないが世界中で一番高いのではないだろうか。文藝作品にも工藝にも藝能にも、かなりな割合でやきものが登場してくる。私が出演している「開運!なんでも鑑定団」のテレビ番組でも、やきもの鑑定の依頼が一番多いというよりは群を抜いて多数をしめている。
ところが本当にやきものを知っているのかというと、これまた危ういものがある。なんとなればテレビ番組に鑑定依頼されてくるやきものの多くが、世にいうニセモノなのだから。外国人は日本人の皆がやきものの知識があると誤解しているようだ。誤解を解くためにも、やきものの面白さくらいは知っていてほしく思われる。それは面白さだけで十分なので知識は必要ないのだ。知識は後からついてくるものなのだ。
(中島誠之助著 『やきもの百科』より)
No.482 『その科学が成功を決める』
この本の「はじめに」のところで紹介されているハーヴアード大学教授のエレン・ランガーがおこなった研究で、「ある介護施設で入居者全員に鉢植えの植物を配ったうえで、半数にはみずからその世話をしてもらい、べつの半数には植物の世話は施設の職員がすると言った。6か月後。そんなちょっとした仕事もさせてもらえなかった人は、植物の世話をした人にくらべて幸福感、健康、活力が大幅に減少した。さらに悲しいことに、その間の死亡率をくらべると、植物の世話をした人たちの死亡率は15パーセントだったのに対し、世話をしなかった人たちの場合は30パーセントだった」とあり、植物にいつも親しんでいる私には、すぐに実感できることでした。この紹介があったから、読み始めたようなものです。
世の中には、この本のような自己啓発本がたくさんありますが、それぞれに一長一短あり、決定打はないようです。この本も、科学的実験でいままでの自己啓発のメソッドの真偽を実証するとありますが、実験データを収集する段階で、すでに選別され、都合の良い箇所が使われているかもしれないのです。しかも、著者名にわざわざ「リチャード・ワイズマン博士」と書くのは、どうかと思います。
それでも、それら数々の実験は、すぐに納得できることもあり、すぐには理解できないことや、これだけのデータで結論を出すのはどうか、というものまでいろいろとありました。でも、多くの実験が掲載されているだけ、楽しく読ませていただきました。
とくに興味を持った実験は、「大きなコンピュータスクリーンを移動するさまざまな品物を参加者に見つめてもらい、どの品物に魅力を感じたか訊ねた。品物は垂直方向に移動するもの(眺めている参加者はうなずくように首を動かす)と、水平方向に移動するもの(眺めている参加者は左右に首をふる)に分かれていた。結果を見ると、参加者は垂直方向に移動する品物のほうを好ましいと感じた。彼らは意識しなかったが、「イエス」と「ノー」の首の動きがその判断に影響していたのだ」というものです。
また、子どもを育てるとき、よくほめて育てろといいますが、「ほめるなら子どもの努力や、集中力、時間の使い方などをほめるほうがはるかに効果がある。たとえばあなたの子どもが試験でいい点をとったら、『ずいぶんよく勉強したね』『遊びにいったりしないで、時間をちゃんと使ってえらかったわ』『大変だったのに、よくがんばったね』などとほめる」ことが大事だといいます。
たしかに、そうです。ちょっとしたほめ方一つで、人は変わるような気がします。もし、今までいろいろな自己啓発本を読んでもなかなかすっきりとは理解できなかったとしたら、この本を読んでみてはいかがでしょうか。
(2010.05.17)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| その科学が成功を決める | リチャード・ワイズマン著、木村博江訳 | 文藝春秋 | 2010年1月30日 | 9784163721507 |
☆ Extract passages ☆
イリノイ大学のエド・ディーナーが仲間とおこなった研究では、フォーブス長者番付トップ100に入る人たちでさえ、平均的なアメリカ人よりごくわずかにしあわせなだけだった。そのすべてを総合すると、一つの単純な事実が見えてくる。生きていくうえでの必要がみたされた場合は、収入が増えても人の幸福度が大きく変わるわけではない。
なぜ、そうなるのか。人が環境に慣れやすいということも、原因の一つだ。人は新車や新しい家を買っても当座は気分が高揚するが、すぐに慣れてしまい、喜びの度合は購入前の状態にもどる。心理学者デヴィッド・マイヤーズはこう指摘している。「名声や財産に対する人間の適応能力のおかげで、昨日の贅沢も、たちまち今日には当たり前に、そして明日には思い出になってしまう」。お金で幸福が買えないとしたら、あなたがずっと笑顔でいるために、どんな方法がいちばんなのだろう。
(リチャード・ワイズマン著、木村博江訳 『その科学が成功を決める』より)
No.481 『血液型の科学』
よく、たった4種類の血液型で占うことなんてできない、という意見があります。でも、占いのなかでもマスコミなどで取りあげられることが多いのも事実です。当たるとか当たらないとかいうより、話題になることが多いのも、これまた事実です。だとすれば、血液型で性格などが分かるのか分からないのかを知りたいと思うのは当然だと思います。
この本の副題が「かかる病気、かからない病気」とあり、血液型で性格を判断するというよりは、その血液型でかかる病気やかからない病気があるといいますから、これの方がさらに踏み込んだ判断をしているように思います。そして、ページ数の半分を使って、「体に合う食物と合わない食物」とか、「血液型が左右した病原菌との闘い」、さらには「血液型別・かかりやすい病気とその対策」を書いてありますから、ちょっと一般的な血液型の性格判断とは違います。
それもそのはず、著者は、人間総合科学大学人間科学部教授で、ご専門は寄生虫学、熱帯医学、感染免疫学だそうです。
この本を読んでなるほどと思ったのは、4種類の血液型が比較的まんべんなく分布している国は日本と韓国ぐらいで、世界的に見ればむしろ珍しいそうです。たとえば、「中南米に住んでいたインディオの血液型は100%O型です。具体的にはグアテマラ人の95%がO型、A型3%、B型2%、AB型にいたっては0%です。ボリビアもO型93%、A型5%、B型2%、AB型は0%です。ニカラグアでもO型92%、A型7%、B型1%で、AB型はやはり0%なのです。」とあり、だから中南米の人々はとても陽気でおおらかなんだと思いました。また、「インドの西北部ではB型が41%を占めています。アフガニスタンもB型が36%、パキスタンもB型が34%」とあり、これも納得できます。
この本を読むと、いままでなんとなく血液型というと占い的な感覚でいましたが、科学的名部分もあると知り、とても興味を持ちました。そして、「私たちの赤血球表面にABO血液型物質をつくったのは、私たちの腸のなかに棲む細菌だった」とあります。つまり、血液からABO血液型物質が見つかったから、たまたま血液型といわれるようになっただけで、じつは胃や腸内で分泌される粘液であるムチンのなかには血液中よりも多い血液型物質が存在しているのだそうです。
たかが血液型ではなく、そこには自分の体と切っても切れない深い関係がありそうです。
興味のある方は、ぜひご一読ください。
そうそう、「スポーツ選手は免疫力か強く、集中力もあって、ストレスに強いO型の人とB型が有利なようです。北京オリンピックに出場した選手の多くがO型かB型、特にマラソンや柔道でその傾向が強くなっています。米国の大リーグで活躍している日本人選手を見ても、その多くがO型かB型です。これとは反対にA型が多いのが、報道番組のキャスターたちです。情熱的な人が多く、純文学を志すようなタイプの人が多いのです。免疫力の低いAB型の人は感受性が強く芸術肌になりますが、多少オタク気味になりがちです」という文章もありました。ご参考までに!
(2010.05.13)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 血液型の科学(祥伝社新書) | 藤田紘一郎 | 祥伝社 | 2010年2月10日 | 9784396111892 |
☆ Extract passages ☆
AB型は、ごく最近出現した血液型です。1,000年から1,200年ほど前には、AB型の人はいなかったと考えられています。その証拠として、西暦900年以前の墓からAB型の人間が見つかっていないことが挙げられます。
おそらく、東方の騎馬民族が東から西へ侵略を続けるなかで、A型人間とB型人間の混血が起こり、AB型が誕生したものと思われます。
つまり、当初、人類の血液型はすべてO型だったものが、農耕民族の一部からはA型が生まれ、遊牧民族の一部からはB型が生まれました。さらに、彼らの混血の結果、AB型がごく最近になって生まれたと考えられるのです。
(藤田紘一郎著 『血液型の科学』より)
No.480 『名字のヒミツ』
昨年あたりから、名字に関心を持つようになり、何冊が読んでみました。それぞれに個性があり、たいへんおもしろかったです。たとえば、ある本では、「十」を「つじ」さんと読むと書いてありましたが、別な本では「つなし」さんと読むと書いてありました。その理由は、「ひとつ、ふたつ、みっつ」と数えていくと、「十」は「とお」で「つ」がつかないから「つなし」だとか……
この本では後者の話しが載っていて、その名字を持つ運転手さんの逸話まで載っていました。でも、一般的には、珍しい名字をいやがる人のほうが多いそうです。その理由は名字で個人が特定されやすかったり、その名字が原因でイジメに遭うこともあるそうです。
しかし、珍しい名字にはそれなりの由来があり、それを伝えていかなければその名字の由来も分からなくなってしまいます。やはり、先祖からの言い伝えは、ぜひ子孫にも語り伝えていかなければならないでしょうし、それがその家のアイデンティティーだと思います。
それと考えさせられたことは、学校で江戸時代には武士以外に名字はなかった、と習ったように思っていましたが、じつは庶民でも名字を持つことが多いということでした。その理由を下に抜き書きしましたが、そういわれればまったくその通りです。公式の資料というのは、あくまでもそのときの為政者の都合で書かれる場合が多いわけで、いくら常日頃使っていたとしても、公式の場となれば名乗ることは許されていなかったことになります。でも、後世の歴史家は、それらの公式資料を中心に歴史を考えるわけですから、当然のことながら為政者よりの考え方にならざるを得ないことになります。
たとえば、この本で紹介していましたが、坂本龍馬は土佐藩の郷士ですから、最下級の士分でも武士ですから「坂本」という名字を持っています。ところが、龍馬の家は分家で本家は高知城下で「才谷屋」という裕福な商家で、当然ながらここも「坂本」の名字です。でも、龍馬の家は分家して武士になったために「坂本」と名乗ることができただけで、武士になってから「坂本」の名字を得たわけではないのです。
でも、すべての人たちが名字を持っていたわけではなく、どれぐらいの割合なのかさえ分かっていないのですが、江戸時代には武士以外は名字がなかったということはあり得ないことです。
この本には、各県を代表する珍しい名字なども掲載されていますから、興味がありましたら、お読みください。
(2010.05.09)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 名字のヒミツ | 森岡 浩 | 朝日新聞出版 | 2009年7月30日 | 9784022505477 |
☆ Extract passages ☆
結論からいうと、江戸時代の庶民には全く名字がなかった、と考えている研究者はまずいないだろう。そもそも、武士とは、平安時代後期以降の武装した農民がルーツ。戦国時代ですら、初期の兵士は戦のない時には農作業に従事していた。兵農分離を実現したのは織田信長からで、それ以前は武士と農民の間に厳密な区別などなかったのだ。
信長のあとをついだ豊臣秀吉は、刀狩りなどを通じて武士と農民の境界をはっきりとさせ、さらに徳川家康が「士農工商」という制度を確立して、武士と農民を差別化した。関ヶ原合戦のあと、敗れた大名の家臣達の中には武士をやめて農民となったものも多い。また、先祖代々住んでいた土地を離れることをきらって主君の転封に従わず、そのまま農民としで住み着いた武士もある。つまり、農民の多くは武士と同祖なのだ。江戸時代の武士が先祖代々受けついできた名字があるならば、当然農民にも名字があることになる。実際、各地で農民の名字を記した史料は数多く見つかっている。
では、小学校ではウソを教えていたのだろうか。決してそんなことはない。教科書の文章をよく見ると、「武士以外は名字を名乗ることを許されなかった」と書かれていることが多い。つまり、「名乗ることができなかった」だけで、「持っていなかった」とはどこにも書いていないのだ。
(森岡 浩著 『名字のヒミツ』より)
No.479 『探検と冒険の物語』
このゴールデン・ウィーク期間中は、仕事が忙しく、なかなか本も読めなかったのですが、この本のような探検や冒険などのようなワクワクするものなら休み休みでも読めました。でも、V部の「極地探検」はあまり興味もないので、サーッと読み飛ばしました。
とくにおもしろかったのは、「博物学の世紀」と「大航海時代」で、本を読まないときでも、そのワクワクするような飛翔感は続きました。もし、あの時代に生まれたら、もし、あのような機会に恵まれたら、と思っただけで、心がウキウキしました。
そして、ジェームズ・クック(キャプテンクック)がオーストラリア東岸のホープ浜を出航するときに、クックはアボリジニの人たちのことを、「先住民(アボリジニ)たちは地上でもっとも哀れに見えるかもしれない。しかし、じつさいには、われわれよりもはるかに幸せなのだ。ぜいたく品はもちろん、西洋では生活必需品と見なされているものさえ知らず、そのようなものを使わずとも十分に満ち足りている」とか、「この(アボリジニの)社会には西欧社会でのあらゆる争点になっている、不公平感がないようだ」と日記に書いているそうです。
たしかに、なにが幸福かと考えれば、このような原始社会のような生き方もその一つだといえます。
それとこの本を読んで始めて知ったことですが、キャプテンクックが最後の航海(第三次)で北太平洋に向かったときの船の名前が、クックが艦長をつとめるレゾルーション号と、クラーク艦長のディスカバリー号だったということです。この航海は1776年7月12日のことだそうですが、アメリカのアポロ計画のスペース・シャトルと同じ名前です。ちなみに、19世紀にイギリス王立地理院が北極探検のために造った船もディスカバリー号という名前で、この船は現在も保存されているとのことです。また、キャプテンクックがハワイ諸島に到達したときの船の名前は、エンデバー号だったそうです。
このスペースシャトル計画のディスカバリーの最初の打ち上げは1984年8月30日でしたが、今年の2010年9月16日に最後の飛行を計画しているそうです。
考えてみると、2003年2月1日のコロンビア号が大気圏再突入時に空中分解し、7名の飛行士全員が死亡ことは記憶に新しいところですが、この宇宙計画も現代の探検や冒険の世界だと思います。このようなチャレンジ精神がなければ、なにごとも新しい事はできないのでしょう。そういう意味では、いつの時代であっても、このような探検や冒険を志す若者たちがいることが大切なことで、この本はぜひ若者たちにこそ読んでほしいと思います。
(2010.05.06)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 探検と冒険の物語(岩波ジュニア新書) | 松島駿二カ | 岩波書店 | 2010年3月30日 | 9784005006502 |
☆ Extract passages ☆
5カ月もの無寄港航海で、アフリカ最西端ベルデ岬にたどりついた。ここでビクトリア号は、薪水と食料を積みこんだ。
船にもどってきた乗組員が、その日は木曜だと言われたと報告した。ピガフェッタの一日も休むことなく記述した日記によると、水曜日のはずだった。船上と陸地では日が一日ずれていた、というより消え去っていたのだ。西回りの航海では、太陽を追いかけるように進む。まるい地球を一周すると、太陽に一日分だけ追いついたことになる。
天文学者たちは、地球は休むことなく地軸を中心にして回転していると考えた。19世紀になって、フランスの実験物理学者フーコーが地球の自転を証明する。しかし、ピガフェッタはみずからの体験で、地球の回転運動をフーコーに300年以上も先がけて実証してみせた。
(松島駿二カ著 『探検と冒険の物語』より)
No.478 『菜根譚 中国の処世訓』
だいぶ前から、この『菜根譚』という本のことは知っていたのですが、なかなか読む機会がなく、気にはなっていました。それが、たまたま新書版でその概要だけでも知ることができるのではないかと思い、この本を読みました。
たしかに中国にはたくさんの処世訓の本があり、この本の最後の「処世訓の歴史」はとても興味深く読みました。やはり中国というお国柄なのか、悲惨な乱世が長く続いたからなのか、やはり多いようです。この『菜根譚』も、明代の末期に書かれたといわれている名著で、日本にも早くから和訳され伝わってきています。
もともと儒家思想の基本は、人を信用することであり、教育の原点でもあります。人を疑うということは、相手に対する信頼を最初から放棄するようなもので、結果的には自らを偽りの世界に導いていきます。だって、世の中の人すべてが信じられなくなれば、これぐらいつまらない社会もないのではないでしょうか。
だとすれば、少しばかり騙されたとしても、自分からだけは騙したり、裏切ったりだけはしなければいいと思います。信じようとすれば、必ず相手だって信じてくれると思います。
結局は、自分自身のあり方が幸せとか不幸せとかをつくってしまうようです。だとすれば、幸福も禍も外からやってくるのではなく、自分自身の心がそれらを招き入れるだけのことに過ぎないようです。
この本の中で、読書について書いてあるところがありました。それは、「忙しい日々に、落ち着いて読書するような暇があるのか。こうした問いかけに、三国時代の董遇(とうぐう)という学者はこう答えた。「三余」を使って読書せよ、と。三余とは、一年の余りである冬、一日の余りである夜、そして季節の余りである雨の日、の三つである。読書をするのに、何も大上段に構える必要はない。毎日の少しずつの余白を活かして心を静め、ゆっくりとページをめくればよいのである。心の構えができていれば、三余で充分なのである」と書いてあります。
この気持ちで、これからも本を読み続けたいと思います。
(2010.05.03)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 菜根譚 中国の処世訓(中公新書) | 湯浅邦弘 | 中央公論新社 | 2010年2月25日 | 9784121020420 |
☆ Extract passages ☆
『菜根譚』は、趣味を持つことを推奨し、特に、お茶とお香を勧める。人々が忘れてしまった心の安らぎを、茶や香の助けを借りて得ようとするのである。
香は、もともとヒンドゥー人がパミール高原で発見した香木によるとされるが、それが、インドを経て中国、さらには日本へと、仏教とともに六世紀頃に伝来した。また、茶も、茶木を栽培し、飲用する知識が、平安時代の初めに中国から伝来した。いずれも、仏教の普及とともに広まった。その精神作用が重んじられたためである。
だが、『菜根譚』は、それらの効用をある程度認めながらも、それに頼りきってはならないと説く。すべての趣味はそうである。心を安らげるために始めた趣味が、究極の目的と化してはならないのである。盆栽の趣味を持つのはよいが、高価な珍品を次々と買い求め、家中が盆栽で埋め尽くされてしまってはどうにもならない。
(湯浅邦弘著 『菜根譚 中国の処世訓』より)
No.477 『日野原重明の「こころ」と「からだ」の相談室』
1911年10月4日が誕生日だそうですから、98歳です。しかも現在、聖路加国際病院理事長で名誉院長だそうですから、現役です。この本でも、「休暇という休暇は持てず、日々忙しく過ごしている」と書いていますから、まさに現役バリバリのご活躍です。その秘訣はと思いながら、読んでみました。
副題は「60歳からの幸せ問答」とあり、まさになったばかりの身でも、ストレートに響いて来ます。「腹七分目」といわれれば、なるほどと思い、「好奇心旺盛が大切」といわれれば、その通りと相づちを打ちます。
やはり、著者の元気さが、すべてを物語っていて、そのみなぎる力が読者を納得させるのです。しかもお医者さんですから、これが体にいいといわれれば、素直にそう思います。このように考えれば、心のストレスにならないといわれれば、頷くしかありません。なんといっても、相手は現役のお医者さんで、しかも相当なご経験をお持ちですから、ほとんどの人はそれだけで納得してしまいます。おそらく、講演を聴いたとしても、そのような感じではないかと思います。98歳の現役お医者さんの話ですから、もう、それだけですべて納得です。すごい説得力だと思います。
たとえば、記憶力が低下したとすれば、「わからなければ、『わからない』『忘れた』とはっきり言ってしまえば、周囲の人たちが助けてくれます。見栄を張ったりしないで、周囲の人たちとともに生きていく、と考えればいいのではないでしょうか。そして、周囲の人たちに感謝し、いい交流を続けていけば、人生はより豊かになると思います」といわれれば、まったくその通りです。でも、98歳だからこそ、いえることであって、まだ60歳だとすれば、いささか恥ずかしくもあり、ちょっとは見栄もあります。でも、だからこそ、このような素直さが必要なのでしょう。
著者は、1年のスケジュール帳のほかに、3年手帳と10年手帳とを使っているそうですが、3年手帳の来年の10月4日、つまり100歳の誕生日の予定が入っており、その年の5月7日にはマサチューセッツ州の「ホイットフィールド・万次郎友好記念館」の記念行事に招待されているそうです。さらに、10年日記の10年後の予定も、実は書き込まれているそうです。
つまり、まだまだ元気でいる予定ということで、それも長生きの秘訣かもしれません。
この本は、質問に答えるという形で書かれていますので、とても読みやすく、理解しやすいので、ぜひおすすめいたします。
(2010.04.30)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 日野原重明の「こころ」と「からだ」の相談室 | 日野原重明 | NHK出版 | 2010年1月25日 | 9784140814086 |
☆ Extract passages ☆
人間を構成するのは、「こころ」と「からだ」と「スピリット」で、人間は目に見えない霊の世界に住んでいるのだ、ということを今こうして思うのは、漠然と小さなころから感じていたからのようです。それはやはり宗教心からきたものでしょう。神という偉大な存在が私たちを支配している。生きているときはもちろん、死んだあとも、私たちが触れることのできない、無形の神という存在に救われるのだと信じてきましたから。
しかし、こうした考えは、キリスト教だけに限ったことではありません。僕は、仏教でもイスラム教でも同じだ七思います。宗教を持ち、神様を持つことで、人は「生きる」と同時に「生かされている」ことを意識し、感謝するようになるのだと思います。
つまり、自分だけの力で何でもできると思っていたら、それは大間違いなのです。私たちは宇宙の中に存在し、見えざる力で守られています。そのことに感謝し、生きていかなければならないと、僕は考えています。
(日野原重明著 『日野原重明の「こころ」と「からだ」の相談室』より)
No.476 『植物と自分がもっと好きになる本』
ちょっと古い本ですが、題名に興味が引かれ、読み始めました。
だから、本の題名って、ほんと、大事です。意外と本の題名とか装丁にひかれて買うことも、多々あります。おそらく、私以外の方でもありそうです。とくに今月発売された村上春樹著『1Q84 BOOK 3』という題名は、この題名からは何も想像できず、だから知りたいという好奇心も手伝って、ベストセラーになったのかもしれません。もちろん、これだけの理由ではないでしょうが、その一端はありそうです。
この『植物と自分がもっと好きになる本』という題名の自分というのは最後までなかなか分からずじまいでしたが、植物だけはもともと好きですから、簡単に好きになれます。まあ、それだけの話しです。おそらく、自分がというのは、植物を知ったり育てたりすることによって自分自身も好きになるっていう意味なのかもしれません。でも、ちょっと無理がありそうです。
しかし、樹木医としての経験からか、植物を育てることの細々とした指摘は的を得ています。園芸書などの東京基準の栽培法では、少し無理のある地域も当然あります。もちろん、植物そのものも、暑さに強いものから寒さに強いものまで、さまざまです。とくに困るのは、暑さにも寒さにも弱い植物で、どのように育てたらいいのか分からないときがあります。私は、そのようなときには、その植物の自生地を詳しく調べることにしています。
この本にも出ていますが、ハンカチの木(ダビディア)は、四川省の峨眉山への道で見つけました。私が車の一番前に座っていたこともあり、車窓に流れる風景のなかにその木を見つけ、すぐにストップの声をかけましたが、あっという間に数百メートルも進んでしまいました。それでも車は止まったので、そのとき同行していただいた四川大学の植物の先生と歩きながら戻り、そのハンカチの木を確認しました。もちろん、自生地で見るのは初めてで、何枚も写真を撮ったことを今でも覚えています。自生地の環境がわかるから、その育て方も理解できるわけです。
ぜひ、一つの植物を好きになり、そこから多くの植物にも目が行き届くようになって欲しいと思います。
(2010.04.27)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 植物と自分がもっと好きになる本 | 足立照光 | 文芸社 | 2002年4月15日 | 9784835536446 |
☆ Extract passages ☆
最初に芽を出して育った場所から自由に移動することが出来ない植物は人間の何千倍も生存してくる過程で、さまざまな進化をとげて環境に適応してきました。そこには悲壮に満ちた生ではなくて、受容して生きるたくましい姿を見出すことが出来ます。
木々や草花は美しい花を咲かせ、香りを放って来訪してくれる生物を待っているのです。そして、訪れてくれる生物には食物と憩いを与えます。一方的に食害するものに対しては揮発性の忌避剤や天敵を誘引する成分を分泌して抵抗しますが、それがあまりにもゆるやかなので無表情で無抵抗のように見えるとしても、結局のところ人間を含め動物や微生物たちが植物たちの周囲でくり広げるさまざまのドラマは、やがて土壌を潤し無機栄養物となって植物を大きく成長させてきたのです。
(足立照光著 『植物と自分がもっと好きになる本』より)
No.475 『競争と公平感』
たしかに、今の世の中は競争に疲れ、公平感も薄れてきています。この本の副題は「市場経済の本当のメリット」とありますが、それは何なのかと思いながら読みました。どちらかというと、日本人は市場競争に全面的に賛成でもないし、だからといって社会主義経済のように大きな政府による再配分政策もあまり好まないようです。しかし一般的な資本主義国においては、市場競争で格差が生まれたら、先ずは政府による再配分政策によって格差を少なくするか、もう1つは低所得者に技能を身につけさせて高収入を得られるように教育や訓練をするような政策がとられます。
しかし、日本では、むしろ市場で格差がつかないことのほうが望ましく、そうできればわざわざ国が再配分政策をとらなくてもいいというわけです。でも、はたして、そうなのでしょうか。どうも、今までは、毎日一生懸命に働いてさえいれば食いっぱぐれはないと思っていたようですが、ここ最近は、いくらまじめに働いたとしても困ることがあり、さらには仕事そのものもなくなることがあるという現実もあります。だからこそ、その問題に前面から取り組む経済学が必要で、この著者も労働経済学の専門家です。
では、その市場競争のメリットというのは何かといいますと、それを下に抜き書きしました。今、世界のほとんどの国がこの市場競争のなかにいます。やはり、なんらかのメリットがあるからで、そこから所得格差が生まれたとしても、そのメリットを打ち消すほどではないと考えているからでしょう。むしろ、その所得格差を是正するのは政府の役目で、その方法もいろいろとあります。しかし、この世の中には万能というものはありませんので、少しは不公平感があるのはやむを得ないことなのですが、そこをどこまで認めるかが難しい判断です。
この人間の公平感は持って生まれたものか、それとも生まれてからの環境で身につけるのかという研究があり、「人間の公平感は生まれつきのものなのだろうか。チューリッヒ大学のフェール教授らは、人間の公平感は、何歳頃から発達するのか、それはチンパンジーやマーモセットといったサルとどのように異なるかを実験によって明らかにした。・・・・・・フェール教授らの研究によれば、人間の子どもも3〜4歳であれば多くは利己的に行動すると報告されている。5〜6歳になると、共有ゲームで平等を選ぶ子どもは22パーセントに増えるが、まだ少数派である。しかし、7〜8歳になると共有ゲームで45パーセントの子どもが平等主義を選ぶようになる。年齢だけではなく、兄弟姉妹の有無も平等主義的価値観に影響するとのことだ。一人っ子は、兄弟がいる子どもよりも共有ゲームでより平等主義的な行動をする。また、兄弟がいる子どものなかでは、末っ子が共有ゲームで平等分配を一番嫌うことが示されている。つまり、利己主義か平等主義かという価値観は、教育や家庭環境によって形成されていくことがこの実験で明らかにされているのだ。」ということです。
この世の中、ますます生きにくい時代ですが、少しでも楽に生きるためにはこのような本で学ぶことも大切だと思います。興味があれば、ぜひお読みください。
(2010.04.24)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 競争と公平感(中公新書) | 大竹文雄 | 中央公論新社 | 2010年3月25日 | 9784121020451 |
☆ Extract passages ☆
市場競争のメリットとはなんだろう。経済学者は、市場競争に任せると、最も効率的にさまざまな商品やサービスが人々の間に配分されることを明らかにしてきた。つまり、売れ残りや品不足が発生しないという意味で、無駄がなくなるということだ。無駄がなくなるということは、同じだけの資源をもっている場合に、私たちの生活は市場競争のおかげで最も豊かになるということである。ただし、市場競争は、人々の間に発生する所得格差の問題を解決してはくれない。それでも、社会全体の所得が上昇するという意味で、市場経済が人々を豊かにするので、豊かな人から貧しい人に所得を再分配する余力も生まれて、貧しい人の生活水準を上げることもできる。簡単にいえば、市場経済のメリットとは「市場で厳しく競争して、国全体が豊かになって、その豊かさを再分配政策で全員に分け与えることができる」ということだ。
市場競争のデメリットは、厳しい競争にさらされることのつらさと格差の発生である。
(大竹文雄著 『競争と公平感』より)
No.474 『なぜなら やさしいまちが あったから』
中山美穂と聞いてまず思い出すのは、中山美穂&WANDSでリリースした「世界中の誰よりきっと」です。今でも、好きな曲としてパソコンに入れてあります。だから、この本を読んだというわけではありません。今、著者が住んでいる街がパリであり、その街がなぜやさしいかを知りたかったからです。
そもそもこの本は、LEE2006年10月号から2009年4月号までに連載した『「気づくこと」の楽しさ』に加筆し、第1章を新たに書き下ろしたものをまとめたのだそうです。そういえば、季節の移り変わりや、子どもさんの成長など、時の移ろいが感じられました。
それにしても、パリって、なんとも日本人の心をくすぐる雰囲気を持っているところだと思います。芸術の都パリ、ファッションの街パリ、学生の街カルチェ・ラタンなど、すぐに口を突いて出てくるほどなじみがあります。でも、もちろん行ったことはありませんが・・・・・。
「パリを迷うことは、歴史の中で彷徨うことでもあります」と書いてありますが、まさにその通りのようです。まさに魔力のようなものがパリにはあるのかもしれません。
それを感じたくて読み続けた、ともいえます。旅行者では絶対に知り得ないこともあり、住んでみてわかることもあり、多くの時間のなかでゆっくりと感じることもあります。
「何気ないことに幸せを感じる」とありましたが、それも大切なことです。大きな幸せなんか、滅多に訪れないとすれば、日常の何気ないことに幸せを感じることのほうがいいとさえ思えます。
そんなありふれた日常の、パリのまちのやさしさが感じられる1冊でした。
(2010.04.21)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| なぜなら やさしいまちが あったから | 中山美穂 | 集英社 | 2009年5月13日 | 9784087805253 |
☆ Extract passages ☆
東京のようにあらゆるドアが自動で開閉はしませんので、タクシーにしても店にしてもほとんどのドアを手で押したり引いたりします。ドア自体重たいものも多いです。特に古い建物のメインドアは飛びきり重い。私の場合は体の重心を少し落とし、腰に力を入れないと開きません。お年寄りや子供が開けようとする際はすぐそばを通りかかった人が手伝います。ふだんよく見る光景です。自分の後ろに続く人のために、ドアを開けたまま譲るという習慣もあります。・・・・・
メトロでは出口に向かう人が連なっていますので、バトンタッチのようにドアを支えながら次々にありがとうの言葉が発せられます。パリでいちばん多くありがとうの言葉が発せられるのは各駅のメトロのドアだと私は思います。多くのありがとうが呼吸する1枚のドアに、いつまでも手動でいてね、と思うのです。
(中山美穂著 『なぜなら やさしいまちが あったから』より)
No.473 『世界の運命と予言の民話』
この本を紹介するには、やはり、ここに掲載された民話を取りあげるのが一番の近道のようです。そこで、第6章の「運のある人、ない人」のなかから、韓国の民話で「自分の福で暮らす」の全文をここに掲載します。
むかしあるところにー人の男がいた。男には息子が三人と娘が一人あった。ある日、息子と娘を集めておいて、誰のおかげで十分食べたり、結構な暮らしができるのか、と尋ねた。長男は、お父さんのおかげで十分食べたり結構な暮らしができますと言った。次男もそのように言い、三男もそう言った。
ところが末っ子である娘は「人にはそれぞれの徳があります。私は私の徳で十分食べたり結構な暮らしをしています」と言った。父親はこの言葉を聞いてたいそう苦々しく思い、長男に明日の朝早く起きて、
家の外で最初に出会った人を連れてくるように言った。
翌朝、長男は早々と起き、父親が指図した通り外に出て、最初に出会った炭焼きを連れて来た。父親は、その炭焼きに末娘をやるから連れていって暮らせと言った。炭焼きは、何が起こったかわからなくて面くらっていたが、娘をくれるというので、その娘を家に連れていって妻にして暮らした。
炭焼きの家は、山の端にある一軒家で、夫は毎日炭を焼き、姑は毎日昼御飯を運んでいた。
ある日のこと、妻が夫の昼御飯を持っていった。妻が夫の炭を焼いている窯を見ると、炭焼き窯の焚き口がみんな金の塊になっているので、夫にその焚き口を壊して家に持って帰るように言った。夫はその言
葉を聞いて、炭焼き窯を壊したら、御飯一匙だって食べられなくなるのに何を言うんだ、と言って聞かなかった。妻は炭焼き窯を壊して持っていって売れば、大金持ちになれるから心配はいらないとしきりに言
った。夫は仕方なく炭焼きの窯を壊して〔焚き口の〕石を家に持って帰り、それを売って大金持ちになった。
(2010.04.18)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 世界の運命と予言の民話 | 日本民話の会、外国民話研究会 編訳 | 三弥井書店 | 2002年8月15日 | 9784838290578 |
☆ Extract passages ☆
世の中、これから先のことはだれにもわかりません。与えられた境遇や結果は必ずしも満足のいくものではありません。むしろ不平等や避けられない苦しみにあうこともあるでしょう。そんなとき、過分な要求をしたり不満を募らせたりするばかりでなく、時には身の程をしり、「これが私の運命だ」とあきらめ、自らの境遇を正当化することも、心安らかに生きるすべなのかもしれません。
私たちの先人たちは、どのように運命や運・不運をとらえ、これらとどう向き合って生活を送ってきたのでしょうか。本書では、世界の民話を通じて、これをさぐってみようと考えました。
(日本民話の会、外国民話研究会 編訳 『世界の運命と予言の民話』より)
No.472 『いつまでも中国人に騙される日本人』
読んでいて、ちょっと極論かなと思うところもありましたが、著者は元警視庁刑事ですから、私たちが及びも付かないところを知っていて書いたのではと思うところもあります。また、皆がみな、そうではないと思いながらも、いくつかは思い当たるところもありました。
私が最初に中国に行ったときは、20数年前のことで、ホテルの部屋に鍵をかけなくても心配ないほど治安は良かったのです。でも、行くたび事に少しずつ注意することが増え、10年ほど前からは部屋やスーツケースに鍵をかけても、貴重品だけは肌身離さず持っていてくださいということになってきました。また、子どもをダシにしてお金を恵んでくれという母親らしきものも増えました。その後、中国からインドやネパールに興味が移ったこともあり、あまり行く機会がありませんから、もう、今の現状はわかりません。この本が書かれたのは2008年ですから、この本に書かれてあることのほうが正しいのかもしれません。
でも、ここに書かれてあることをそのまま信じたくはありません。しかも、仕事が元警視庁刑事で、ほとんどが中国人犯罪者や参考人の取り調べ等に関わってきたのですから、むしろ見てきた中国人に偏りがあります。すべてがそうだと言い切れる根拠が薄いような気がします。
だから甘いんだといわれればそうでしょうが、一般の日本人同様に、あまり疑ってかかりたくないというのが本音です。いいとか悪いとかではなく、そこまで悪く考えたくないというのが本心です。
でも、このような本を書かれることは、とてもいいことです。自分の仕事を通して知り得たことを、このようにしっかりと活字にして残せば、参考になることも多々あるでしょう。
下に抜き書きもしていますが、日本に生まれてきて、日本人で良かったと思います。とくにこのような本を読んだ後では・・・・・。
(2010.04.15)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| いつまでも中国人に騙される日本人(ベスト新書) | 坂東忠信 | KKベストセラーズ | 2008年7月20日 | 9784584121917 |
☆ Extract passages ☆
中国渡航経験のある方なら理解していただけると思うのですが、実際に中国で日本人が生活していこうとするなら、やはり現地の中国人と同じように、列に割り込んだり、怒鳴り合ったり、クラクションで他の車を威嚇するような運転をしていかなければ、うまく生きてはいけないはずです。
つまり、私たちと中国人の違いは環境であり、人そのものに違いはあまりないともいえますし、彼らの中国国内における自己中心的な性質を一方的に非難することはできません。
今の私たち日本人が人と争うことなく、心穏やかな日本人として過ごせるのは、こういう国の雰囲気や環境を作ってくれたご先祖様のおかげ。
偶然であっても、この日本に生まれ、平和な毎日を送っているのですから、今度は今生きている私たちが未来の子孫に「ご先祖様のおかげ」といわれるよう、この国を守り、よりよい国にする番です。
それが子孫に残す一番大切な財産であると思うのです。
こうした世代をつなぐ想いの積み重ねが、これまでのように日本を発展させ、国際的信頼をもたらしうるのでしょう。
(坂東忠信著 『いつまでも中国人に騙される』より)
No.471 『静けさに帰る』
「まえがき」や「あとがき」は普通はまとめ的ですが、この本の「あとがき」に『荘子』のなかに出てくる男の話しはとても暗示的でおもしろかったです。ちょっと紹介しますと、「『荘子』の中に、自分の影と足音が気になってならない男の話があります。その男は四六時中自分の影がくっついてくるし、のべつ足音が聞こえるのが嫌で嫌でしょうがない。そこで男は、できるだけ速く走ればいいのだ、そうすれば影は追いつけず、足音も聞こえなくなるだろうと考えて、一生懸命走り始めます。ところがいくら速く走っても影はついてくるし、足音はますます大きくなる。これはいかん、もっと速く走らなければと必死に走り続け、ついにバッタリ倒れて死んでしまった。この話の最後に、荘子はこんなふうに言っています。男はちょっと木陰に入って休みさえすれば、影も消えるし、足音も聞こえなくなるのに、それを知らなかった。荘子は、こう暗示するだけですから、これから先は私の考えなのですが、自分の影というのは「欲望」のことで、足音というのは「恐怖」のことだと思うのです。」とありました。
たしかに、今の世の中は競争や比較をすることで、欲望や恐怖が高まってきているように思います。競争することや他と比較することをやめれば、人から置いてけぼりになる恐怖も、欲望だってそんなに強くなることもなくなります。そうすれば、もっとゆったりと暮らすことができますし、優しくもなれそうです。
この本は、加島祥造さんと帯津良一さんとの対談をまとめたものですが、そのお二人に共通するものは体と心とが一体であるという認識です。ある意味、今はやりの老化現象に逆らってでも若くいたいというアンチエイジングより、あるがままに生きるという、いわばタオの流れに身を任せながら内なる命のエネルギーを高めていくことです。
読んでいると、そのままスーッと理解できるということは、私自身もそれに近い考え方をしているからかもしれませんし、あるいは対談ということでわかりやすい構成になつているからかもしれません。どちらにしても、本を読む以上は理解できなければ読む意味がありませんし、理解できた以上は、それを何らかの形で実生活に生かさなければなりません。
そういう意味では、還暦を過ぎたあたりの人たちにとっては、とても参考になる考え方や生き方のヒントがたくさんあるように思います。
(2010.04.12)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 静けさに帰る | 加島祥造、帯津良一 | 風雲舎 | 2007年11月15日 | 9784938939496 |
☆ Extract passages ☆
人間あるがままでありたいという時に、ネイチャーから学ぶ部分は多分にあるんです。都会中心の社会の中では、自分のあるがままというのを学ぶには、あまり機会がない。なぜかと言うと社会の中ではいつも競争でしょう、それから比較でしょう。「競争」と「比較」というのが人間の中にある限り、あるがままでいられないわけですよね。・・・・・・いくら自分があるがままでいようと思っても、比較が見えちゃったり、遅れるとか遅れまいとかいうことが、どうしても意識から消せないわけですよ。・・・・・・
しかし、ネイチャーは、比較とか競争とかを要求してこないんですよ。要求してこない世界だから、ネイチャーの中にいる限りは、それがあるがままという在り方と通じるような気持ちもする。(加島祥造)
(加島祥造、帯津良一著 『静けさに帰る』より)
No.470 『笑う! 遺伝子』
この本は、遺伝子の研究者である著者と、あの吉本興業の横澤彪取締役相談役との対談に始まる全5章からなっています。そして、随所に吉本興業の協力で実験した「笑いと遺伝子」の成果が述べられています。だからといって、「笑いと遺伝子」のすべてが科学的に解明されたわけではなく、その関係を示す証拠のシッポをつかんだのだといいます。
そもそも、科学というのは、著者がいうように、「科学者には、主観的な世界が不可欠なのです。科学には、みずみずしい感性、誰も思いつかないような直観、インスピレーションや、時には霊感としか思えないような世界がある」のだそうです。
そして、笑いそのものが脳と関係するのは、「脳の中枢で、笑いに関わっているとみられているのは、三つあります。感情をつかさどる「大脳辺縁系」は、喜びや悲しみ、怒りなどの感情が関係しています。
当然ながら、笑いも関わっているはずです。また、食欲や性欲などの快感から、呼吸、血管の収縮や涙の分泌などまで、大笑いする時に起こる身体的な変化をつかさどっているのは「視床下部」になります。本能的な「快の笑い」は、この二つの中枢が大きく関わっているのです。・・・・・・さらに、人間らしい意志や理性をつかさどる「大脳新皮質」も、笑いと関係しています。ここは、初対面の人に笑いかけるというような「社交上の笑い」に関係しています。」と書かれてあります。
では、肝心な遺伝子と笑いの関係はといいますと、「私は、ポジティブに、プラス思考をしている心の状態は、良い遺伝子をオンにして、悪い遺伝子をオフにする働きがあると考え」それを「遺伝子発想」と呼んでその先はまだ読み解けていないようです。でも、「一組の両親から生まれる子どもには約七〇兆とおりの組み合わせがあるということです。すなわち、遺伝子に書かれた設計図が「まったく同じ」となる確率は、七〇兆分の一しかないのです。」にはびっくりしました。やはり、私たち一人一人は「オンリーワン」です。この地球上に唯一人として同じ人はいないということです。
この話しを聞いて、もっと一人一人を大事にしなければと思いました。
(2010.04.09)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 笑う! 遺伝子 | 村上和雄 | 一二三書房 | 2004年12月19日 | 9784891990190 |
☆ Extract passages ☆
お米のご飯を食べ、大いに笑い、人が幸せになることをする。
それが、私たちにとって何よりも大切なこと。その上で、私たちには必ず自分の「花」があります。自分がこうしたい、ああしたい、あんな自分になりたいという花があります。それは、他人からみれば小さな花かもしれません。でも、自分にとっては、かけがえのない生命の花です。
私にとっては、心と遺伝子の関係を、科学の言葉で語るということが、私の生きがいであり、働く意欲を支えてくれます。それは、私一人でできることではありません。心と遺伝子のプロジェクトに関わってくださる、全ての人々が、自分の花を咲かせ、それを持ち寄り、慈しみ、心の交流を続けることによって、結果として大きな花が咲くことになるのです。
(村上和雄著 『笑う! 遺伝子』より)
No.469 『空気は読まない』
以前ほど「KY」って使わなくなったけど、初めて聞いたとき何のことかわかりませんでした。それが「空気が読めないヤツ」という意味だと知り、なんで空気が読めないとダメなの、と思いました。空気なんてものは、読むものではなく吸うものだと言ったことを覚えています。もちろん、相手はきょとんとしていましたが。
この「KY」がはやり始めた頃から、なんとなく若いひとたちが均質化してきたように思います。むしろ、人の意見に同調して、あまり物を言わなくなってきました。そして、悪いことには、陰で本当の自分の意見はこうなんだけれどもなどというわけです。若いうちは、人とぶつかっても自分の考え方をはっきりと言い、そこからいろいろなことが学べるはずです。それをしないで、最初から背中を丸めて、みんなといっしょという姿勢を示すことは、必ずしもいいことではありません。だいたい、若さがありません。
そんな思いでいたときに、この本を見つけ、読みながら、なんども「うんうん」と頷いてしまいました。
bk
-yは、もともと、集英社ケータイ総合読み物サイト「集英社theどくしょplus」に「ながされない」として2009年6月から12月まで掲載されたものの一部や、「読売新聞」紙上に連載エッセイ「見放さない」に書かれたものの一部などに大幅加筆改稿されたものだそうで、なんとなく読んだかな、と思う箇所もありました。でも、1冊にまとまっていると、著者の考え方の全体像が見えてくるような気がして、とてもいいものだと思いました。
どちらかというと、今までは、いろいろな雑誌などに掲載し、また、それを使い回して1冊の本にするのではないかというイメージでした。でも、この本を読んでみて、著者の考え方を知るには、さまざまな印刷媒体に掲載されたものをもう一度再構築するのも意味があるのではないかと思いました。ばらばらなものをまとめるには、新しい編集作業がありますから、また、別な角度からの切り込みもあります。ということは、まったく新しい本ができあがるということでもあります。たとえば、音楽などでも、編曲が違うとこれが同じ曲かと思うほど違って聞こえてくることがあります。まあ、それとは違うでしょうが、そのような意義があると改めて感じました。
ぜひ、機会があればお読みください。
(2010.04.05)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 空気は読まない | 鎌田 實 | 集英社 | 2010年2月28日 | 9784087814354 |
☆ Extract passages ☆
ムードが沸点に近づいているときに、水を差す人間がいる社会は、強い社会だ。
空気の大きな圧力に負けないことが大事。
みんなが空気を読んでいると、小さな声が届かなくなる。
自分の心を殺さないことだ。自分の言葉を閉じ込めないことだ。
空気を読んで、自分の心を檻に入れないことだ。見えない空気に縛られないことだ。
ときに、空気は読めるけど読まないことがあっていいのだ。
もう一度言う。資本主義は、お金と、あったか空気をまわし続けることが大切。
資本主義の基本は、競争主義だからこそ、あったかな空気が必要なのだ。
下がった波は必ず上がる。不況なんか怖くない。
空気にのまれるな。
(鎌田 實著 『空気は読まない』より)
No.468 『「世界遺産」の真実』
この本を読もうと思ったきっかけは、山形県の「最上川の文化的背景」を世界遺産に登録してもらおう山形県が音頭を取って推進していたのが、2009年1月の知事交代でその登録を断念するという結末になったことです。この物件のサブタイトルは、「舟運と水が育んだ農と祈り、豊饒の大地」で、そのどこが山形らしさなのかさえわかりませんでした。これが正式に「世界遺産登録推進事業の中止について」と県のホームページにも掲載され、その理由として、市町村や県民からも反対されていることが明確に書かれています。では、なぜ、このような推進事業が進められたのか、それはそれまでの行政のトップにでも聞いてみるしかなさそうです。
このように、「世界遺産」というお墨付きをもらうために、多額の税金を投入してまでおこなうのか、それはもし登録されれば多くの観光客が訪れ、多くのお金を落としていくと考えられるからではないかと思います。でも、それが屋久島や知床などの自然遺産では、多くの観光客が入れば入るほど荒れるのは当然です。むしろ、ある種の制限を加えなければ「世界遺産」も護っていくことはできません。数年前に屋久島に行ったときに、そのようなジレンマを聞きました。来てくれることは有難い、でもそうなれば屋久島の自然をしっかり守ることは難しくなるというのです。それが、たとえは白神山地のように広大で、その「世界遺産」のバッファゾーンや核心地域まで入るだけでも大変なら、そのような問題も起こらないかもしれませんが、これとてアクセスのための道路ができれば安心はできません。これらオーバーユースの問題は、人数制限などでそれなりの対策はできるでしょうが、その周辺に多くの宿泊施設やお土産屋などができたら、それを好ましく感じない人も多いでしょう。
この「世界遺産」の裏側には何かあると思っていましたが、副題の「過剰な期待、大いなる誤解」が示すように、今までなかなか見えてこなかったことがいろいろと知ることができました。世の中、良いことばかりではなくそれなりの困ったことも出てきます。今では、たとえば、生活のために必要な橋を架けるために「世界遺産」の登録が抹消されたドイツのドレスデンのような例もあります。
こういうときだからこそ、もう一度、この「世界遺産」ということを考えてみるべきです。でも、不思議なことに、「世界遺産」は知っていても、日本の「国宝」を意外と知らない方が多いようです。そこで、「世界遺産」と「国宝」について下に抜き書きしたので、ぜひ読んでみてください。似ているようで、やはり違うようです。
(2010.04.02)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 「世界遺産」の真実(祥伝社新書) | 佐滝剛弘 | 祥伝社 | 2009年12月10日 | 9784396111854 |
☆ Extract passages ☆
世界遺産の発端がエジプトのアブ・シンベル神殿の救済だったように、日本の文化財保護の歴史も、「危機」がきっかけだった。1929年に制定された戦前の「国宝保存法」は、貴重な「佐竹本三十六歌仙絵巻」が売りに出されたとき、やむなく切断され流転した「事件」の再発を防ぐために整備されたものであるし、現在の国宝の法的根拠となっている戦後の「文化財保護法」は、施行の前年、法隆寺金堂壁画が焼失したことが契機となっている。・・・・・
国宝には、建造物以外に、絵画、彫刻、工芸品、書跡・典籍、古文書、考古資料、歴史資料のジャンルがあり、一方、世界遺産は、不動産という条件以外に特にジャンルによる条件はないので、建造物のほか、日本の文化財のジャンルにあるものでは、伝統的建造物群、重要文化的景観などのように、単体の建物よりも広い概念が含まれる。
「国宝」と「世界遺産」のもうひとつの大きな違いは、・・・・・「一定の時間の経過」を、世界遺産は必要としないのに対し、国宝には、事実上厳しい制約がある点であろう。
(佐滝剛弘著 『「世界遺産」の真実』より)
No.467 『しあわせる力』
「しあわせる」ってちょっと聞いたことがないな、と思いながら読み始めました。すると、第1章に書いてあり、今の日本人が使う「しあわせ」という言葉は和語で、もともとは「為合わせ」と書いたそうです。つまり「為合わせる」ことで、私がすることと誰かのすることが合わさることです。では、この相手は誰かといいますと、最初は「天」で、まさに「手の思惑次第」ですから運命みたいなものです。でも、室町時代ころから。「天」から「人間」になり、人と人との関係がうまくいくことを「仕合わせ」と呼ぶようになったといいます。
それにしても、「幸」という文字は、もともとは罪人に嵌める手かせの象形文字だというからビックリです。しかも罪人そのものも意味したそうで、それがなぜ「さいわい」になったのか不思議です。著者は、「たぶん、制約がないとしあわせというのは感じにくいということで、制約そのものを意味するようなあの字がいい字に変わったのかもしれません」と書いています。こうしてみると、感じのルーツを訪ねるということは、ある種の発見につながるような気がします。
つまり、「しあわせ」は「さきわう」ことで、みんなと仕合うことがうまくいけば「しあわせ」になると考えたというわけです。でも、なんとなく、わかったような、わからなかったような、ちょっと消化不良気味の答えでした。でも、西洋的な「しあわせ」と違い、常に相手との関係性で決まるというのはさもありなんと思いました。
たとえば、著者は七福神のことを引き合いに出し、七人が笑い合っているところがいいと言います。なぜなら、笑い合うということは、お互いに認め合うということだからです。では、なぜ笑って許せるのかというと、誰もが正統を主張しないからです。正統を主張しないということは、スタンダードがないということで、一つの価値が絶対視されないということです。
つまり、全員の意見が一致することのほうが恐ろしいことで、そうならないことがおめでたいということです。いわば、七福神は、「しあわせな集団」という一つのモデルとして考え出されたと著者は言います。
そうそう、副題は「禅的幸福論」とありますから、興味がありましたら、お読みください。
(2010.03.31)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| しあわせる力(角川SSC新書) | 玄侑宗久 | 角川SSコミュニケーションズ | 2010年1月24日 | 9784047315129 |
☆ Extract passages ☆
どんな細かいことも決まりを作ってマニュアル化し、マニュアルどおりすればいい、というなら、心に死ねというようなものです。もともと善悪だって相対的なものなのに、システム化しすぎると仮に作ったピラミッドの中で価値が固定してきます。人間はすぐに仮のモノサシだということを忘れますから、その価値を絶対化して、状況に応じた見方ができなくなってしまうのです。「みんなちがって、みんないい」なんて思えなくなるわけです。そうなると横並びの価値もあり得ません。マニュアルや細々したルールというのは、まさに選抜するためのシステムなんですね。
たとえば、要介護度を数字で示すなどということも、本当は介護してくれる相手によって状態も変わるはずです。日によっても違うでしょう。では、なぜそんな数字を決めなくてほならないかというと、予算を組まなければならないからです。つまり、未来を見積もるということです・・・・・・。
(玄侑宗久著 『しあわせる力』より)
No.466 『世界を、こんなふうに見てごらん』
「あとがき」まで読んでから、普通なら著者が書くべきことを弟子の今福さんが書いていることを知り、亡くなられたことに気づきました。とても残念なことで、著者のように複眼的な視点を持つ学者がまた一人いなくなったようです。著者の名を初めて知ったのは、『利己的な遺伝子』という翻訳本ですが、なかなか個性的な本を翻訳すると思いました。
この本は、集英社の読書情報誌『青春と読書』に2009年2月号から12月号まで10回掲載されたものと、「イマジネーション、イリュージョン、そして幽霊」という講演を『すばる』の2007年8月号に掲載したもので構成されています。
とても読みやすい文体で、物の考え方がスーツと入ってきます。また一般的な学者と著者との研究へのアプローチの違いなど、具体的で、歯に衣着せぬ言い回しもすっきりしています。今日の新聞に「理想の上司ランキング」が載っていましたが、「行ってごらん、会ってごらん」を読むと、まさに今流の理想の上司です。よく大学の研究者はピラミッドのようだといいますが、この著者はまったくそのようなことはなく、あくまでも自由に研究できる雰囲気がありそうです。
この本の一番最初に、「いきものとおしゃべりするには、観察するのがいちばんだ。」と書かれていますが、おそらく著者の一貫した態度は、この言葉に表れているような気がします。そして、人間や動物を見るときのヒントをここで書き留めたのです。
著者は、生物多様性の大切さを聞かれると、「生態系の豊かさが失われると人間の食べものがなくなります。食べものももとは全部いきものなで、人間がそれを一から作れるわけではないのですから、いろんなものがいなければいけないのです」と答えていたそうです。しかし本心は、「あらゆるいきものにはそれぞれに生きる理由があるからだ」と思っているそうです。つまり、いろいろあって当たり前で、それが人間にとってどうのこうのという筋合いの物ではない、ということでもあります。
この世に生まれたすべてのものは、すべて等しく大事にされるべきもので、人間だけが特別ではない、という考え方です。私も、この考え方に賛成です。むしろ、そう考えなければこの地球の将来はないような気がします。
(2010.03.28)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 世界を、こんなふうに見てごらん | 日敏隆 | 集英社 | 2010年1月31日 | 9784087814361 |
☆ Extract passages ☆
何が科学的かということとは別に、まず、人間は論理が通れば正しいと考えるほどバカであるという、そのことを知っていることが大事だと思う。
そこをカバーするには、自分の中に複数の視点を持つこと、ひとつのことを違った目で見られることではないかと思う。一般の人は科学の目で、逆に科学者は一般の人の目でものを見ると、いつもとは別の見方が開けるだろう。誰にとってもものごとを相対化して見ることは必要だ。
普通、我々は、科学的な目とは、あるパターンのものの見方だと思っている。日常、人々はいちいち科学的なパターンでものを見ないから、正しくないようにいわれるがそんなことはない。
正しく見えることと、ほんとうに正しいかどうかは関係ない。そう見れば見えるというだけの話だ。
(日敏隆著 『世界を、こんなふうに見てごらん』より)
No.465 『クラシックカメラ NHK 美の壺』
フィルムカメラからデジタルカメラへの変化には著しいものがありましたが、それ以前のカメラの歴史は比較的ゆったりしたものでした。私が一番最初に意識的に使ったカメラは、ニコンのニコマートで今でも持っています。そのブラックボディの角がはがれて、金属部分が露出しているのですが、だからこそ愛着があるのかもしれません。大事に湿度管理されたケースのなかで眠っています。
でも、この本でいうクラシックカメラというのは、1960年代までに製造された機械式カメラです。私の持っているハッセルブラッドも機械式カメラですが、年代的には該当しません。
そういえば、昔のカメラはまず光を読み、絞りとシャッタースピードを自分で決め、距離を合わせ、シャッターを切ります。でも、すぐには確認できませんから、フィルム全部を使い切ってから現像所に出し、できあがるのをひたすら待つわけです。まさに、「手間をかける楽しみ」があったわけです。だからこそ、1枚1枚を大切に撮ったともいえます。
カメラの語源は、ラテン語で「暗い部屋」を意味する「カメラ・オブスキュラ」だそうです。その最初の写真撮影には1枚撮るのに8時間もかかったそうです。そのようなカメラからライカまでの歴史をたどるように、この本にはたくさんのクラシックカメラが掲載されています。もう、実用的ではないかもしれませんが、だだ便利で使いやすいデジタルカメラにはない強い個性が感じられます。
まだ、今のようにデジタルカメラ全盛になる前には、自分が生まれたと同じ年に製造されたカメラを手に入れたいと、何度も思いました。だから、カメラ雑誌を見るたびに、必ず公告にも目を通しました。
しかし、今のデジタルカメラを使い始めると、もう、以前のようなフィルムカメラには戻れません。たった数年前のデジタルカメラにさえ、戻れないような気がします。
先月の2月13日に、仙台市で野町和嘉さんの講演を聞いてきたのですが、フィルムカメラでしか撮れない写真もあるし、デジタルカメラでしか撮れない写真だってあるということでした。でもデジタルカメラは、フィルムを買うことも現像することもないし、撮ってすぐ確認できる便利さもあります。プロのカメラマンのようにたった1コマをとるのに数百枚撮ることだってできます。しかも、写真整理だってスライドボックスで目を痛めることもなく、パソコンで処理し、そのままハードディスクに保存するだけです。カビが生える心配もなく、保存する場所だって些細なものです。しかも、見たいときにはいつでも簡単に探せますし、自宅で印刷だってできます。
でも、このような時代になったからこそ、クラシックカメラに魅力を感じるのかもしれません。人は便利さだけではなく、使う楽しさも必要です。撮らされているというより、自分が撮っているという実感こそが趣味の楽しさのような気がします。
(2010.03.25)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| クラシックカメラ NHK 美の壺 | NHK「美の壺」制作班編 | NHK出版 | 2010年1月25日 | 9784140813669 |
☆ Extract passages ☆
クラシックカメラをいじっていると、しばしば奇妙な構造に出くわすことがあります。そんな時わたしは「設計者はどうしてこんなメカニ
ズムにしたのだろうか?」と想いを巡らせます。しばし考えた挙句、「なるほど、この時代の素材と工作技術ではこうするよりはかなかったんだ!」と合点がいくことがあります。この時わたしは、そのカメラを作った何十年も前の、おそらくもはやこの世に存在しない設計者と会話を交わしたことになります。これもまたクラシックカメラを愛好することの醍醐味といっていいでしょう。
もうひとつ、わたしはクラシックカメラを使いながら、昔の人が当時ピカピカの新品だったこのカメラを手に「どんな想いで写真を撮っていたのだろう?」と偲びます。「このカメラを首から提げて誇らしかったんだろうな」「でも不便だらけで撮影はさぞ大変だったんだろ
うな」……と。カメラは本来わたしたちの身近にある道具ですから、それを通じてわたしたちは昔の人と語り合うことができるのです。こんな機械というのはそう滅多にはないでしょう。高島鎮雄(全日本クラシックカメラクラブ会長)
(NHK「美の壺」制作班編 『クラシックカメラ NHK 美の壺』より)
No.464 『「もの忘れ」に勝つ64の知恵』
昨年夏、日光で植物関係者の集まりがあって参加したのですが、その移動途中で、ある大学関係者が「用があって事務室に行くと、たまたま別な用件を頼まれたりすると、なぜ自分がここに来たのかを忘れて研究室に戻ってしまう」と話されました。すると、それが堰を切ったかのように、今度はそれぞれの「もの忘れ」の自慢大会みたいになってしまいました。そのなかで出た話しですが、たんなる「もの忘れ」は何を食べたかをなかなか思い出せないけれど、病的なものは食べたことすら忘れてしまうということでした。
この話しはとても説得力があり、何人かに話したのですが、この本にも書かれていました。よほど、有名な話しなのかもしれません。
やはり、還暦を過ぎると、ちょっとは「ど忘れ」しますし、「もの忘れ」はしばしばで、ボケなどの認知症の心配も出てきます。そんなとき、この本を見つけました。べつに勝たなくてもいいのですが、「もの忘れ」しなくなけばそれに超したことはありません。たしかに、その知恵が64も書いてありました。
しかし、著者が「おわりに」に書いていますように、「わかっただけではダメです。その知識を生かして今日から実施していくこと」です。もちろん、それは当然のことでしょうが、人ってわかっているけどなかなかやれないものです。でも認知症は、発症してしまえば治療は困難なのだそうです。だとすれば、予防するしかありません。
ぜひ、多くの人たちに読んでいただきたい1冊です。
(2010.03.23)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 |
| 「もの忘れ」に勝つ64の知恵(ソフトバンク新書) | 米山公啓 | ソフトバンク クリエイティブ(株) | 2010年1月20日 |
☆ Extract passages ☆
脳にとって重要なのは、楽しくて新鮮な刺激です。効果があるとされる音読や計算も退屈に感じたり、すっかり慣れてしまったりしては、脳の活性化にはつながらないと思います。
脳は幾つになっても成長し、変化します。歴史、文学、芸術とさまざまな分野で、自分が興味の持てるテーマを探してください。そして好奇心を旺盛に保ち、一生学校に通っているつもりで何かを学ぶ姿勢を忘れないようにしましょう。
好奇心を失い、学ぶことをやめた時から、脳の老化とボケは始まります。ボケを防ぐトレーニングとして有効なのは、いつも脳がわくわくするようなクリエイティブな暮らしを送ることなのです。
(米山公啓著 『「もの忘れ」に勝つ64の知恵』より)
No.463 『生物いまどき進化論』
進化というのは、とても長い時間がかかってなるものとの先入観がありましたが、この本の「はじめに」というところに、「実際には野鳥などにいたってはたった一世代でエサを変えるものもいる・・・・・」と書かれていて、唖然としました。そんなにも簡単に自分の生き方を変えられるなんて、と思いましたが、そうしなければ生きていけない現実もあるわけで、そこに興味を持ったわけです。
著者は、「身近な自然が面白い」というのが口ぐせだそうです。たしかに、遠い場所であれば、つねに観察できませんから、そのときそのときだけのものでしかありませんが、近ければつねに観察し続け、その変化がわかります。そこに自然観察の一つの楽しみがあります。珍しいものを見ることもいいですが、一つのものを見続けることにもいろいろな楽しみがあります。いわば定点観察みたいなものです。
たとえば、写真でも、珍しい植物や風景などの写真もおもしろいですが、昔撮った古い町並みと現在の町並みの比較などはそこからいろいろなことが見えてきて非常に興味深いものがあります。それといっしょです。
その変化のなかにその生物の生き様みたいなものが見えてきて、みんなそれなりに苦労しているんだなあ、と共感みたいなものが芽生えてきます。やはり、生きるってことはたいへんなんだなあ、という気持ちです。
そういえば、数年前鎌倉に行ったとき、野性のリスが遊んでいて、びっくりしたことがあります。その仕草がとてもかわいらしく、しばらく眺めていました。でも、そのリスは、今この本を読んで考えてみると、「タイワンリス」だったようです。なぜ、鎌倉にいるのかというと、江ノ島にあった動物園から逃げ出し橋を渡ってやって来たとか別荘地で飼育されていた個体が逃げ出したとか、いろいろな説があるそうですが、今、かなり増えていることだけはまちがいなさそうです。下に抜き書きしましたが、人間の無責任さの結果だと思います。
この本を読むと、いろいろなことを考えさせられます。自然が好き、野鳥が好きなら、ぜひ読んでみてください。その生き方の図太さに関心してしまいます。
(2010.03.19)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 |
| 生物いまどき進化論 | 藤本和典 | 技術評論社 | 2009年12月10日 |
☆ Extract passages ☆
タイワンリスは、日本のリスに比べ非常に大型で、あまり人間を恐れません。おかげで街中を昼間から縦横無尽に走り回り、電線をかじったり家屋をかじったりして被害を出しています。特に冬期は樹木が皮の下に糖分を貯えるので、街路樹や庭木が頻繁にかじられます。伊豆大島では、特産品のツバキのつぼみや実を食べてしまうので、かなりの経済的損失が出ています。その他の生息地でも、果樹の新芽を食べてしまったり、野鳥の巣を襲ったりといった被害を出しています。そんなこんなで、タイワンリスは2005年に特定外来生物に指定され、駆除の対象となってしまいました。・・・・・
一度居着いてしまうと、手がつけられなく恐れがあります。タイワンリスはけっこう大きい上に動きも素早いので、駆除するのは極めて難しいでしょう。天敵も子リス時代にカラスが食べるぐらいで、他に彼らを捕食する生物は存在しません。しかも、都市には昼行性でタイワンリスのようなサイズの樹上動物がいないため、彼らが占めるニッチ(生態的地位)がぽっかり空いています。もしかしたら10年後には、東京や名古屋の至る場所でタイワンリスが走り回る姿を見ることになるかもしれません。
(藤本和典著 『生物いまどき進化論』より)
No.462 『新釈 楽訓』
この本は、貝原益軒の『楽訓』という本を現代風に意訳し、それに著者の経験などを加味しながら多くの人に読んでいただけるようにしたいという出版社の意向が働き、書き始めたそうです。だから副題が「人生を楽しく生きる知恵」となっていて、読者は少し年を重ねた人を想定して書いているようです。
もともと貝原益軒の本は、古い文体でも読みやすく、高校で古典を習えばそれだけで読み通せるはずです。だから、そのまま読んでもいいのですが、そこに著者の経験や思いが重ね合わされ、とてもわかりやすくなっています。
この『楽訓』の冒頭部分で、「此道にしたがひてみづから樂しみ、人を樂しませて、人の道を行はんこそ、人と生れたるかひ有て、・・・・・」とあり、せっかく人として生まれてきた限りは、自分も楽しみ人を楽しませること、これが人と生まれてきた甲斐ではないか、と問いかけています。
ところが、今の時代は、自分さえよければそれでいいという自己中心的な考えが多く、なかなか人を喜ばせるという人は少なくなっています。でも、だからこそ、年を重ねた人こそ、このようなことを実践すべきではないかと思います。やはり、この世を楽しく送るためには楽しいと思う人を増やすことであり、少しの人だけが楽しければそれでいいのではありません。むしろ、楽しいという連鎖反応を起こさせることが大切で、それこそ、年長者の役目がそこにあるというわけです。
私自身は、この貝原益軒の『楽訓』という本を知らなかったので、それを知っただけでもよかったと思いながら、読みました。これから生きる上でも、とても参考になりそうです。
(2010.03.16)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 |
| 新釈 楽訓 | 童門冬二 | PHP | 2010年1月22日 |
☆ Extract passages ☆
「金持ちでなくても、この世に楽しみは満ち満ちている。自然はその大きな例だ」ということである。・・・・・
花のただ見をしたり、あるいは他人の家の植物を覗けば、場合によっては花屋さんの店主や、庭木を育てている家の人にすれば、「丹精して育てたのはわたしだ。ただ兄はけしからん」というかもしれない。しかしぼくはあえて前に、「植物が美しく花を咲かせたり、あるいは散らせたりするのは、植物自体の主体性に基づくもので、花屋さんや植物を植えた人とは関わりの無い、植物自身の生命の輝きである」
というような意味のことを書いた。これは、この節の益軒の文章を知った上でそう書いたわけではない。実をいえば、ぼくもいま益軒の文章を読んで、思わずへえと思った。ということは、この文章で益軒は、「山水風月(自然)の美しさには、もともと定まった主人はいない」と言い切っている。それだけではない。「その自然の美しさを楽しむ人が主人なのだ」といっている。
(童門冬二著 『新釈 楽訓』より)
No.461 『茶道具が語る年中行事』
最近は季節感がだんだん薄れ、二十四節気などはニュースやカレンダーなどを見て気づく程度になってしまいました。なかには、二十四節気などといわれてもすぐピンと来る方は少なく、たとえばその1つの「立春」とか「啓蟄」と聞いて初めて気づく方もおられるようです。
さらに、今年から気象庁のサクラ開花予報もなくなり、なんだか春の恒例行事が一つ少なくなったようにも感じます。昔は、その開花予報もなく、たとえば、謡曲「鞍馬天狗」にあるごとく、「花咲かば、連絡しますよ告げんと言いし山里の、使いは来たり」と云って、「花が咲きましたよ」と山から使いが来てくれたとのことです。これも考えようで、毎日テレビを見ながらまだかまだかと待つこともいいですが、不意に咲いた知らせを受けるというのもいいかもしれません。
どちらにしても、春のサクラの便りはウキウキするもので、それが季節感でもあります。此の本は、お茶道具の取り合わせに季節感を盛り込むよう考え、それらを写真で紹介しています。1月を「初夢のしつらえ」、2月を「節分のしつらえ」、3月を「雛のしつらえ」、4月を「桜のしつらえ」、5月を「葵祭のしつらえ」というように、京都ならではの雰囲気と道具組の見事さは、少しはお茶の心得があればより楽しめるかと思います。お茶、すなわち茶道には、それなりの決まり事があり、そのなかで亭主の個性と季節感などが重なり合い、独特の雰囲気が生まれて来ます。たかだか1杯のお茶を飲むためだけに、相当な時間と労力をかけて楽しむわけで、亭主だけでなく、客もそれなりの力量がなければ一座建立はできません。
そういう意味では、互いに切磋琢磨する場所がお茶室というわけです。
その道具も、その組み方も長い間の試行錯誤も必要で、だからこそ、このような本で勉強することが大切です。お茶をしてみたい、お茶をさらに楽しんでみたいという方にはおすすめです。
お茶の心得でよく引き合いに出される「三夕の歌」を下に抜き書きしましたが、この風情を理解するだけでもなかなか難しいものです。
(2010.03.13)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 |
| 茶道具が語る年中行事 | 目片宗弘 | 淡交社 | 2010年1月26日 |
☆ Extract passages ☆
寂しさはその色としもなかりけり 槇立つ山の秋の夕ぐれ″ (寂蓮法師)
心なき身にもあわれは知られけり 鴫立つ沢の秋の夕ぐれ″ (西行法師)
見渡せば花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋の秋の夕ぐれ″ (藤原定家)
この三首は、いずれも上句で歌人の心によぎる感慨、つまり景気(=気配)をどのように思い抱いたかを述べ、下句でその対象となった風情を秋の夕ぐれという視線上の景色として詠んでいます。・・・・・・
因みにこの三夕は、槇立つ「山」、鴫立つ「沢(=里)」、「浦(=海)」の秋の盛りを示唆しています。倭歌のある倭国の山も里も海も、つまり日本中、秋なのです。
(目片宗弘著 『茶道具が語る年中行事』より)
No.460 『一日一名言』
もともと名言なるものに関心があり、自分でも『大黒さまの一言』という携帯サイトで、「今週の名言」というコーナーを設けています。もともとこの本は、平成20年10月1日から1年間産経新聞朝刊に『次代への名言』として連載されていたものを全面的に書きかえたものだそうです。その趣旨は、1年間365日のその日、その日にちなんだ人物や歴史的な出来事に関わる「名言」を紹介し、その背景を説明するというものです。そうだとすれば、趣旨的には『大黒さまの一言』に近いものがあります。
ですから、この本の著者は産経新聞の記者で、とくに時事には敏感であり、とてもおもしろく読みました。とくに、それら名言の第一次資料を最優先に取り上げていて、索引にはその日付と資料が掲載されていて、とても参考になります。
というのは、これら名言は、いつの間にか一人歩きし、その出典や裏付けがとれないこともあります。たとえば、ケネディ米大統領が日本の政治家でもっとも尊敬するのは上杉鷹山であると記者会見で話したとされていますが、その裏付けが何もなく、いろいろな方が調べられているようですが、いまのところまだ見つかってはいません。誰が最初に書いたのかまではたどれるのですが、残念ながらその方は亡くなられ、今では調べようがないということです。
この本のように、いつ、誰が、どのような背景で話したのか、などのことがわかればその名言も生きてくると思いますし、第一次資料を直接参考にする大切さも理解できると思います。というのも、私が伝え聞いている名言といささか違うものや取り違えやすいものなどがあったからです。
たとえば、小沢一郎元民主党代表が政権交代が必要だと訴えたとき、イタリアの名匠、ヴィスコンティの「変わらずに生き残るためには変わらなければならない」という名言を使われましたが、じつは字幕を詳細に見る限り、そんなことは言っていないそうです。そのいきさつを下に抜き書きしましたので、1つの参考にしてみてください。
(2010.03.10)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 |
| 一日一名言(新潮新書) | 関 厚夫 | 新潮社 | 2009年12月20日 |
☆ Extract passages ☆
「変わらずに生き残るためには変わらなければならない」(ヴィスコンティ)
貴族出身のイタリアの名匠、ヴィスコンティと貧しい郵便局員の家庭に生まれた米国の名優、バート・ランカスター(1913年生まれ)は、ともにこの日が誕生日である。この二人が初めて顔を合わせたのがカンヌ国際映画祭最高賞に輝いた『山猫』だった。さて、冒頭のことばだが、民主党の小沢一郎氏によると、「クライマックスで『なぜあなたが革命軍を支援するのか』と問われたランカスター演じる老貴族(公爵)が静かにこう答えた」。つまり、公爵は政権交代の象徴なのだ、という。
ところが、字幕を見る限り、イタリア語版でも英語版でも公爵はそんなことは言っていない。映画の前半、アラン・ドロン演じる、魅力的だが、政治的にはやや無節操な公爵の甥に、近いことばがある。しかし、公爵は革命や変化に違和感(嫌悪感?)を抱き、隠棲の道を選ぶ人物として描かれている。
(関 厚夫著 『一日一名言』より)
No.459 『年中行事を五感で味わう』
久しぶりの岩波ジュニア新書のカラー版ですが、とてもわかりやすく、しかも興味を持てるように書かれてあり、五感をフル動員して読みました。ほんとうに、日本に古くから伝わる年中行事を味わうためには、五感が必要だと思いました。
たとえば、お正月に食べる雑煮ですが、角餅とか丸餅、焼くかやかないか、味噌は白味噌仕立てか赤味噌か、そのほかに入るものはなにか、など地域により多種多彩です。それらを味わうには、味覚が必要です。また、夏の東京の風物詩である入谷の鬼子母神の朝顔市などは、視覚がなければ見る楽しみもありません。しかも、この朝顔には「変化朝顔」といって、花の色や模様、葉の変化など遺伝的な変異によって変化したじつに個性的な朝顔があります。もちろん、この朝顔は1年草ですから、毎年種を蒔いて育てるのですから、その遺伝的変異を固定化するのはとてもたいへんな作業です。まさにそれらを楽しむには、視覚だけでなく五感をフルに使って楽しむことが大切です。
こうして考えてみると、日本には春夏秋冬の変化のなかに年中行事があり、それらが季節感とマッチし、人々の生活と深く結びついていたように思います。しかも、最近の傾向として、地域のお祭りを復活しようとか、中秋の名月には照明を消してお月さまを見ようなどという動きがあります。また、夏の花火大会などでは娘さんが浴衣を着ているのが目に付きますが、それもいいことです。
やはり、昔から大事に伝えられてきたこれら年中行事をこれからも伝えていくためには、まず、自分たちも楽しみ、味わうことが大切です。自分たちが楽しいと思わなければ、それを次の世代に残していきたいとは思わないでしょう。
しかし、そうした行事をなぜするのかという、理由や意義が少しずつ忘れ去られてきているように思います。たとえば、お盆などもそうですが、単なる夏休みの帰省行事になってしまい、盆踊りや送り火などもしてはいるがなぜするのかわからないということをよく聞きます。
そのためにも、このような本で年中行事をしっかりと五感で味わい尽くすということが大切です。中学生や高校生の若い方々には、とくにおすすめです。もちろん、ジュニア新書といえども、多くの方々に読んでいただければと思う1冊です。
(2010.03.07)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 |
| 年中行事を五感で味わう(岩波ジュニア新書) | 山下柚実 | 岩波書店 | 2009年12月18日 |
☆ Extract passages ☆
春には、農耕の無事を祈る。
夏が来れば、疫病退散を願う。
秋には、収穫を祝う。
冬は、来期の豊穣を念じる。
日本には、古くからこうした儀礼が、脈々と伝えられてきました。
そこには、自然界の声に耳を澄ませる人々の姿がありました。
年中行事には、さまざまな伝説や神話が潜んでいます。
植物や動物が神秘的な力を発揮したり、気候や自然界の変化から大切な啓示や吉兆のサインを読み取る、といったエピソードがいくつも見つかります。
季節の変化を鋭く感じ、環境から発信されている声を聞きとり、自分の体を対応させていく。それは、人間が生き抜いていく上でとても大切なことでした。
私たちの祖先は、世界の声に耳を澄ませながら生き抜く術として、長い月日をかけて「年中行事」を作り上げ、それを楽しみ、伝えてきたのではないでしょうか。
(山下柚実著 『年中行事を五感で味わう』より)
No.458 『地アタマを鍛える知的勉強法』
副題のように「地アタマを鍛える」とありますが、そもそも地アタマとは、著者によれば、「現実の状況を認識し、自分がどう行動できるかがわかる、といった力、工夫できるしなやかな思考力」というイメージだそうです。たしかに著者がいうように、地アタマは運動神経が適切なトレーニングメニューで鍛えられると同じように鍛えることができるとしています。そうなればいいな、と思いながら読んでみました。
そういえば、最近、この著者の本をいろいろと読んでいることに気づきましたが、おそらく、本の題名の付け方がうまいのではないでしょうか。なんか、その気にさせるような題名です。「地アタマってなんだ?」と思いながら読むというように、なんか気になる言葉が題名になっています。たとえば、「教育力」とか「人間関係力」、「1分で大切なことを伝える技術」です。それってなんだろう、と思ってつい読んでしまうのです。
でも、この本に書いてあるチェンジ勉強法を読むと、「人格に関わる勉強法とは、常に新しいことや人に対して心を開き、自分が変わることを楽しむ勉強法です。それができると、自分が否定されることさえ楽しく思えます。考えが否定されて、それを素直に納得できた瞬間から、また新たに成長できるのですから。自分自身に「チェンジ」を起こすことは、楽しいものです。こうした勉強法で学んでいない人は、自分は変わりたくない、否定されたくないとなりがちです。相手に論駁を加えるだけでは、勉強にはなりません。また、その場しのぎの短期記憶では気づきゃ変容は生まれません。間違いや足りないものに、どんどん気づくことが大切で、気づきの積み重ねこそ、人格の幅を生み出してくれるものです。」とあり、なるほどと思います。
今の世の中は、生涯学習という言葉だけが一人歩きしているような感じですが、この本に書いてあるさまざまな勉強法を駆使して、いろいろなことにチャレンジしてみたいと思いました。そう思わせることも、著者の力です。
(2010.03.04)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 |
| 地アタマを鍛える知的勉強法(講談社現代新書) | 齋藤 孝 | 講談社 | 2009年12月20日 |
☆ Extract passages ☆
何かを面白いと思って勉強している人は、他人を引きずり下ろしたり、暴力を働いたり、急にキレたりということがほとんどありません。学ぶ楽しさを経験したことのない人には、自分が日々成長している感覚、あるいは新しく生まれ変わっている感覚がわからない。勉強という訓練をしていないため、我慢強さが身についていない、あるいは心を素直に開いていないので、新しいことに興味も持てないということが多いのです。
つまり、人格を磨くための中心に、向学心″があるのだと、私は思います。人格というと、優しいとか穏やかといった気質を指す言葉のように思われますが、気質はまた別のものです。
(齋藤 孝著 『地アタマを鍛える知的勉強法』より)
No.457 『日本がもし100人の村だったら』
なんか、二番煎じみたいな題名ですが、たしかにこのように単純化することによって、見えてくるものがあります。
ドイツ文学の翻訳家である池田香代子さんが協力という形で出ていますが、後ろのところで「あとがき対談」をしているからのようです。著者の池上彰さんは、NHKの「週刊こどもニュース」のお父さん役で有名になり、最近ではフリージャーナリストとして民放などでもわかりやすいニュース解説などをしています。
110ページほどの小冊子のような本ですから、ただ読むだけなら1時間もかからずに読んでしまいますが、そのデータから導き出された単純かされた文章を読むと、常には隠されていたような事実がはっきりし、つい考えさせられてしまいます。考えると、なかなか読み続けることはできません。
たとえば、「100人のうち農業をしている人は2人ですが、1.5人は65歳以上です。100人のうち漁業をしている人は0.2人です。林業をしている人は0.04人です」は、漠然とそうだとは思いながらも、このように数字化されると、今のままの農業でいいのかなどと考えてしまいます。
そういえば、一昨日の山形県内のニュースで、昨年、農業を志して「ガールズファーム」を立ち上げた女性が、この春には女子大生4人を雇用し、2,000万円を売り上げ目標にしているという農業法人が取りあげられていました。でも、ニュースになるほどですから、これはまったく特殊なことであるに違いありません。
また、「日本の世帯が100世帯だったら、31世帯はひとりで暮らしています。28世帯は夫婦と子ども。20世帯は夫婦だけ。9世帯はひとり親と子ども。のこりは3世代などで暮らしています」を読むと、一人暮らしの多さにびっくりし、今の時代の寂しさを感じます。
(2010.03.01)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 |
| 日本がもし100人の村だったら | 池上 彰 | マガジンハウス | 2009年11月26日 |
☆ Extract passages ☆
生産のために使うエネルギーの量をくらべると、日本を1として
アメリカは2
韓国は3.2
中国は8.7
ロシアは18です
日本はエネルギー効率のもっとも高い国でです。
輸入燃料に依存する日本は、エネルギーの効率化に先端技術を積極導入して世界一の省エネ技術を達成。公共交通システムの充実など束京のエネルギー効率も世界一。
でも、計算方法を変えると、日本はまだエネルギーを減らせるという見方も。
(池上 彰著 『日本がもし100人の村だったら』より)
No.456 『孫の力』
「孫」という言葉に惹かれ読んでみました。
副題は「誰もしたことのない観察の記録」で、たしかにこのような本を見たことはありません。しかも著者は、ニホンザルやアイアイを長く研究してきた方ですから、その手法で自分の孫を見続けた記録というのもおもしろいのではないかと興味を持ちました。
たしかに、大学の研究者といえども孫にかかれば「ジイジ」にすぎませんし、自らもそれを楽しんでいます。やはり、孫というのは無条件にかわいい存在で、まさに目に入れても痛くないという表現そのままです。著者も「P134」と書いていますが、私もまったくその通りだと思います。
でも、祖父母には祖父母の役割があり、たとえば、「私たちは孫娘が何をしても、はめつづけた。親は子にいろいろな希望と責任がある。しかし、祖父母にはそれはない。こちらの生命の期限が迫っているときに、新しい生命が生まれ育つことに触れられるだけでうれしい。その生命がどんどん人に向かって成長していく様子を見るだけで、幸せである。価値の判断や善悪の評価は超越している。
だから、祖父母は孫のすべてを是認し、はめつづける。子どもはうれしくて、得意になって、自分に自信を持つ。禁止され、否定されて裏をかくことも心の発達だろうが、はめられてうれしくて弾む心を作っておけば、あとになって禁止されたり、否定されたりしても、強気で対応できるだろう。祖父母と同じようにひたすらその子がかわいいと思ってくれる人をまわりに持つことは、幼い心を育て、強くすることができるのではないか。」など、たしかに責任のある両親にはできないことです。
よく、学校の先生に聞くと、祖父母と同居しているかどうかはその子の性格を見るとわかるといいますが、たしかにそうです。どこかおっとりしていますし、漬け物などが好きだったりして、とても多様性があるような気がします。
もし、お孫さんをお持ちだったら、ぜひ読んでみてください。必ずや参考になるところがあると思います。
(2010.02.27)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 |
| 孫の力(中公新書) | 島泰三 | 中央公論新社 | 2010年1月25日 |
☆ Extract passages ☆
人はされたことをするようになる。孫を抱き上げたり、さすってやっているときには、自分が赤ん坊のころに祖母たちにかわいがられた思い出が、記憶よりも深いところからわきあがってくる。
生後すぐの時期に必要なのは、なによりも皮膚接触だといわれている。発生学的には皮膚は神経系と同じ起源(外胚葉)なのだから、「接触が大切だ」というのには理由がある。人間にとって皮膚は単に覆いではなく、脳につながる神経系の末端である。赤ん坊の皮膚に触れるとき、祖父母には心の底に埋もれた深い記憶が蘇る。
母親から赤ん坊を任されたとき、むずかる孫を抱いて寝かしつけることができると、祖父母らは何か大きな事業を完成したような気になって、その日の勲を語りあう。
水を飲ませる、おしめを替える、むずかれば抱き上げる。赤ん坊を扱うのは、心を配る仕事でもある。しかし、この時期のすべてのことを、赤ん坊は決して憶えていない。憶えているのは、自分に物心がついた時代からなので、あたかも自分は一人で生きてきたかのように思い、人にもそう語ることになる。しかし、そうではないことは、自分の子どもが生まれたときに、痛いほどわかることになる。
(島 泰三著 『孫の力』より)
No.455 『生きた地球をめぐる』
1966年の夏に日本地学教育学会の一員としてヨーロッパや北米国を廻ったことがきっかけで、機会あるごとに世界旅を続けてきたそうで、この本もそれらを紹介するような内容でした。
ただ、たんに世界中を旅してきたというだけでなく、自然現象、とくに島弧の形成と移動、海嶺や大地溝帯の価値堂、大陸の移動、変化する地形などについて触れています。まさに地球は生きているという実感が込められています。
たとえば、知識としてはヒマラヤ山脈がプレートの大移動で作られたと知ってはいますが、それは知識としてだけの話です。この本では、もっと具体的に、「インド亜大陸は現位置より約5000キロ南、南極大陸の昭和基地の近くから出発したと考えられる。その漂泊の旅がいつはじまったか。一億数千万年前には両者の分裂がはじまったのではないか。そしてインド亜大陸がはっきりアフリカ大陸、南極大陸から離れて北上をはじめたのが9000万年前と考えられ、5300万年前に赤道付近を通過してから移動速度が落ち、3200万年前までほとんど動かなかったとの説がある。どうやらユーラシア大陸にぶつかったのだ。
その後、ユーラシア大陸の南端部にインド亜大陸が衝突し、もぐりこみがはじまり、現在にかけて両者のあいだの浅い海が陸地とともに押し上げられてきた。ちなみにインド亜大陸の北上の速度は年に5センチほどと計算できる。・・・・・
ヒマラヤ山脈にもぐりこんだインド亜大陸の勢いは、正面に世界一の山脈を形成させたが、同時に北東方向に強くはたらいて、山脈は北東部で大きく曲げられており、そこはいまや世界一の豪雨地帯となり、さらに東の中国南西部の雲南省まで押しこみがおよんでいる。ブラフマプトラ川という大河は、ヒマラヤ山脈の北側、ラサの近くを西から東に流れ、山脈の東端で大山脈を突っ切り、山脈の南に出てベンガル湾にたどりつく。」と説明がされています。
私もインドやネパール、そして雲南省にも行ったことがありますが、よく貝の化石が売られているのを見ますし、チベットなどからもともと海のなかにあった赤珊瑚などを山珊瑚という名称で出ていることもあります。
そういえば、ブータンに行ったときにビックリしたのですが、山の中に海の底に転がっているようなまん丸な石が屋根にのっけられていました。今思い出しただけでも、その大移動がやはり実感できます。まさに、「百聞は一見にしかず」です。
(2010.02.24)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 |
| 生きた地球をめぐる(岩波ジュニア新書) | 土屋愛寿 | 岩波書店 | 2009年11月27日 |
☆ Extract passages ☆
私の旅で、現在までの訪問先が1000都市を超え、そこでの見聞をこの本の物語に織りこんでみた。主として自然現象、自然環境についてなのだが、これらの現象、環境を見つめながら、流れを考えてみた。そうすることで、生きた地球、たえまなく変化していく姿がとても身近に感じられたのだった。
地球は生きている! つくづくそう考える。日本が広い海から姿をあらわしたり、インド亜大陸が数千キロも北上したなんて、大きな驚きではないか。そして「百聞は一見にしかず」だ。
(土屋愛寿著 『生きた地球をめぐる』より)
No.454 『松尾芭蕉この一句』
副題が「現役俳人の投票による上位157作品」とあり、それが下位の順から掲載されています。ですから、最初のうちはあまり聞き慣れない句が多いのですが、半分過ぎぐらいからはよく知られた芭蕉らしい句が出てきます。
それと、読んでいて思ったのですが、意外と『おくのほそ道』の旅で作られたものが多いようです。それだけと『おくのほそ道』という紀行文が有名なのか、あるいはちょうど蕉風らしい句が作られるようになってきたのかは分かりませんが、そういう傾向はありそうです。
でも、いわゆる俳人がどのような句が好きなのかにも興味がありました。よく教科書に出てくるものが一般に膾炙していますが、ある程度読みこなしている方が選ぶのはどのような句なのか、ということです。その堂々の第1位は、「荒海や佐渡に横たう天の河」でした。たしかにこの句は、天地自然を丸呑みにしたような句で、空と海の対比にスケール感があります。やはり、これは自分といっしょだと思いました。
第2位は「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」で、第3位は「夏草や兵どもが夢の跡」、第4位は「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」で、これが芭蕉最後の作品になったもので、死の4日前に口述筆記されたといいます。でも、第3位までは『おくのほそ道』に掲載されている句ですから、いかに『おくのほそ道』が芭蕉らしい句が多いかということになります。
まだ、しばらくはできそうもありませんが、いずれ自分も『おくのほそ道』に書かれているところを訪ね歩いて、そこでこれらの一句一句を味わってみたいと思っています。
(2010.02.21)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 |
| 松尾芭蕉この一句 | 柳川彰治編著 | 平凡社 | 2009年11月25日 |
☆ Extract passages ☆
芭蕉についての句集・研究書の類の書物は、少なくとも情報の伝達や保存技術が未熟な時代のものは、必ずしも信頼がおけるものばかりではありません。作品にもよりますが、異形句、表記の違い、解釈の違い、異説、その他もろもろの多きに驚かされます。
芭蕉の生前から没後、三百年以上経つあいだに、多くの弟子や、そのまた弟子、俳人・研究者・好事家などが芭蕉についての記録・研究を重ね、その間に「伝聞」「想像」「願望」などが加えられ、さまざまな形で、「事実」が今に残っているからでしょう。
だからこそ芭蕉作品の鑑賞は幅広いのかもしれません。いろいろな説があって、それについて議論がなされて、それに飽き足らず、新説が生み出されるという流れこそ面白い展開です。
(柳川彰治編著 『松尾芭蕉この一句』より)
No.453 『虎の目にも涙』
今年の寅年も、もう2ヶ月ほど過ぎましたが、月日のたつのはあっという間です。光陰矢のごとし、などと思っていたときに、この本を見つけました。昨年11月15日に発行されたようなので、今年の寅年を強く意識した企画ではないかと思います。
副題は「44人の虎ばなし」とあり、著者の福井栄一氏は上方文化評論家とあり、ちょっとつかみ所のないところにも興味を持ちました。44人の虎つながりの話が2ページにまとまり、あっという間に読むことができます。まさに、読書も矢のごとしです。
この上方文化評論家の肩書きですが、著者紹介にあると、世界初の「上方文化評論家」として著書『上方学』(PHP文庫)を刊行し、「上方学」を創始。上方舞を中心とする上方の芸能・歴史に関する評論を手がけ、各地で上方文化に関する講演やテレビ・ラジオ出演など精力的に行っているそうです。とはいえ、ここ東北はだいぶ離れていることもあり、初めて知った次第です。
既刊案内を見ると、『イノシシは転ばない〜「猪突猛進」の文化史』から丑年に因むものまで載っていますから、シリーズ化しているようです。
抜き書きをさせてもらいましたが、「虎の子渡し」の逸話はとてもおもしろく、京都の龍安寺の石庭を思い出してしまいました。
どちらにしても、とても気軽に読めますので、興味のある方は寅年に因んで読んでみてください。
(2010.02.18)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 |
| 虎の目にも涙 | 福井栄一 | 技報堂出版 | 2009年11月15日 |
☆ Extract passages ☆
南宋代の文人周密の『発辛雑識』(続集下)によれば、「虎、三子を生まば、かならず一彪(ヒョウのこと)あり」。
虎が三匹の子を生むと、その中にはかならず彪が一匹いる。彪は凶暴で、親虎が目を離すと、他の二匹を食い殺してしまう。
さて、ある日、虎の親子が激流を渡ることになった。子どもたちはまだ小さく、自力では渡れないから、親虎が一匹ずつくわえて対岸まで運んでやらねばならない。ところが、ここで問題が生じる。親虎が一匹をくわえて川を渡る間、岸に彪と残りの子だけが居残る形になると、その子はたちまち彪に喰われてしまうのだ。
そこで、親虎はこうした。まず、最初に彪を対岸へ渡し、自分は戻る。つづいてもう一匹を対岸へ渡すが、ふたたび戻る際には彪を連れてくる。彪をそこへ置き、もう一匹をくわえて対岸へ。そして、最後に彪を対岸へ渡す。有名な「虎の子渡し」の逸話である。
(福井栄一著 『虎の目にも涙』より)
No.452 『なぜ若者は優先順位をつけられないのか?』
たしかに、今どきの若者は、何をしたいのかはっきりしないところがあるような気がします。おそらく、それが優先順位をつけられないこともその一因ではないかと思い、読み始めました。
思うように食べられない時代には、何を食べたいと問われれば、すぐに頭にいくつも食べてみたいものが浮かんできました。何がほしいといわれれば、すぐに返答ができましたが、それはつねに満ち足りていない時代だったからなのでしょう。しかし今は、なにもかもがありふれています。ないのはふんだんに使えるお金だけです。
だとすれば、その欲求も少なく、積極的にほしいという感覚も薄れてきます。今、大相撲の世界が外国人力士にあまりにも頼りすぎているといわれていますが、日本人力士には朝青龍のようなハングリー精神があまり見られません。それがいいか悪いかということではなく、強くなるためには、ある程度それが必要だということです。
では、その優先順位とは何かといいますと、この本では、「優先順位とは、うまくいく、スムーズに動くための順番です。また、自分が大事にしていることや価値観などによって優先順位も変わってきます。日常的に、どうも行動がうまくいかない、仕事などで無駄が多い、いろんなことがぎくしゃくしている感じがすることがあると思うならば、優先順位をつける、もしくは優先順位の間違いを修正するだけで、驚くほどスムーズに行動できるようになるでしょう。」としています。
そして優先順位がなぜ重要かというと、「子どもの頃は親の持つ優先順位が重要になってきます。優先順位がしっかりしている親の子どもでは問題が起きにくいのですが、優先順位を間違った親は子どものことで悩むこともしばしばです。優先順位がすっきり明確な家庭は、家族関係も円満です。優先順位を学んで育った子どもは、友達との関係においても判断基準が明確なため自主的になれます。その優先順位が社会的にも正しければ、なお子どもは自信を持つことになります。子ども(年齢が大人であっても)の周囲の大人(親、先輩、上司など…)が明確な人生や生活における優先順位を持っているかどうかで決まってくるのです」といいます。だから重要なのです。
下の抜き書きに、優先順位だけでなく、心のエネルギーを高める20か条を掲げましたが、ぜひ、それらを参考にして自らの精神レベルを高めてみてください。とても参考になるかと思います。
(2010.02.16)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 |
| なぜ若者は優先順位をつけられないのか?(学研新書) | 長谷川一彌 | 学習研究社 | 2009年9月28日 |
☆ Extract passages ☆
心のエネルギーを高める20か条
◎わからないことは調べて理解すること(わからないことはストレスになる)
◎自分に正直な行いをすること(自分の心を偽ると齟齬が生まれストレスになる)
◎誠実な生き方を心がけること(他者に対してよりも、自分の言葉・意思に誠実に)
◎いつも笑顔でいること(笑顔になるとホルモンバランスが整う)
◎自分の欲求を満たすこと(欲求のレベルは勝手に上がり、最後は社会的欲求へ)
◎大自然のエネルギーと同調すること(風や波の音など五感を使って同調する)
◎何事も自発的に行動すること(人から指示されても、自分の意思として行動する)
◎物を磨くこと(磨くことにより集中力が上がる)
◎物を整理すること (部屋などの外部環境が整う=頭の中の環境が整う)
◎感動・感激すること(脳内でシーター波・瞑想波という脳波が出て蘇生する)
◎イメージを湧かして行動すること(予習と同じ原理。余裕を持って行動できる)
◎エネルギーの高い環境に行くこと(森林浴などマイナスイオンたっぷりの環境)
◎エネルギーの高い飲食物をとること(添加物等が少ないと肝臓の働きが活性化する)
◎自分で自分を誉めること(自分の最大の味方をつくること)
◎小さな意思決定をしてから行動すること(発信・受信のバランスが整う)
◎気持ちのいいことをたくさんすること (感覚がよくなると動き・判断がよくなる)
◎自分をいつもすっきりさせておくこと (心のコップがクリアでいつも使える状態)
◎心の底から何事にも感謝すること(脳内でシーター波・瞑想波という脳波が出る)
◎直感したことはすぐ行動すること (潜在意識の働きを活性化し成長に繋がる)
◎良いことをすること(社会性の動物である人間のプラス側の進化成長に繋がる)
(長谷川一彌著 『なぜ若者は優先順位をつけられないのか?』より)
No.451 『違和感のチカラ』
著者の齋藤孝氏は、NHKの「にほんごであそぼ」という幼児番組にも関わっているそうで、この企画会議の内輪話が少しだけ触れたところがありました。実は、この番組を孫といっしょに見ているのですが、コニちゃんことKONISHIKIさんや狂言師の野村萬斎さんなどが出演しています。そして、おそらく意味もわからないと思いますが、「ややこしや、ややこしや」とまねをしています。さらに四字熟語や論語のフレーズや、さらには浪曲まであり、それらを出演している子どもたちと同じようにまねをしながら楽しんでいるようです。
でも、考えてみれば、おそらくすぐに忘れてしまうかもしれませんが、中学や高校に入ってそれらを学べば、その幼児時代に覚えて遊んだ記憶が鮮明に思い出されるはずです。とすれば、この企画も、ちょっとみには奇想天外かもしれませんが、とてもNHKらしくないおもしろさがあるように思います。
最初から横道にそれましたが、この本の副題は、『最初の「あれ?」は案外正しい』です。この言葉に思い当たることがあり、この副題でこの本を手に取ったようなものです。今の世の中は、個人の価値観も多様化して、とてもつかみ所がなく、それに輪をかけたようにリスクが増えてきています。理由もない事件が起きたり、今までの常識を覆すような出来事が起きたり、何を信じてよいのかさえ不安がよぎります。
だとすれば、著者が言うように、違和感をもっともっと研ぎ澄まして、自覚的に活用することが必要になってくるのかもしれません。著者も『科学はすべて「ん?あれ?」から始まる』といいます。その「ん?あれ?」と感じるものを探求しそれらを積み重ねていくことが大切なのでしょう。そして、どんなに多くの経験を重ねたとしても、つねに「ん?あれ?」と初めて感じるかのような気持ちの新鮮さが必要ではないかと思います。
まあ、どちらにしても、とてもおもしろい考え方ですから、興味のある方はお読みください。
(2010.02.10)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 |
| 違和感のチカラ(角川oneテーマ21新書) | 齋藤 孝 | 角川書店 | 2009年10月10日 |
☆ Extract passages ☆
「少なくともこれではない!」という選択肢をたくさん挙げられる人は、好み、趣味がはっきりしている人であり、判断の材料をたくさん持っている人だと言える。
私はここに、違和感と決断力との深い関係を考える上でのヒントがあると思う。
一つの判断、意思決定というものは、数多の違和感から成り立っている。とすれば、優れた決断とは、百の違和感、千の違和感によってふるい落とされたときに、手元に残ったものなのではないか。
好みは千の嫌悪から成り、決断は千の違和感から成る・・・・・そんなふうに考えると、違和感や嫌悪という感情を、もっとポジティブに人生に活かしていくことができるのではないかと思う。
(齋藤 孝著 『違和感のチカラ』より)
No.450 『正倉院美術館』
この本は、読むというより、カラー写真が多いので鑑賞するというたぐいの本に仕上がっています。執筆は正倉院事務所研究員たち全14名が担当し、写真も正倉院事務所保存課整理室の北田仁司さんが担当しているようです。そもそもこの本は、平成7年から12年まで、『白い国の詩』(東北電力広報誌)に連載された記事が元になっていて、それに大幅な改訂を加え、さらに新たな書き下ろし原稿も加えてあるそうです。
そういえば、一昨年度に『全浅香』が公開されたので、その図録を友人から送っていただいたことがあります。これは雅名を『紅塵』といい、蘭奢待と並び称される名香です。これも例に漏れず切り取られた跡があり、『国家珍宝帳』に記載された両目より2割ほど減っていると書かれていました。
それと興味深かったのは、文房四宝がすべて残っていることで、墨は全部で15挺で、とくに大きいのが2挺、形は2挺が丸棒形で、13挺は船形だそうです。とくに唐時代の墨はこの船形が多いと聞いたことがありますが、数の上からも理解できます。また筆は19管あり、そのうち2管は大仏開眼会所用とされる大筆です。また、その筆の先の帽が正ちゃん帽のような竹製で、とてもユニークです。また、筆そのものも奈良時代の特徴である雀頭筆と呼ばれるものだそうです。もちろん、このほかの硯も紙もその当時の第一級品です。
全367ページでカラー版の本は、さすが重くて、さあ読むぞ、と気合いを入れないと開けません。考えてみると、最近はなるべく軽い新書版や文庫版を選ぶことが多く、体力が落ちてきたと痛感いたします。
でも、奈良の正倉院まではなかなか行けないので、このような本が出版されることは大歓迎です。最近は図録や写真集、絵やイラストなどの画集を買うことも少なくなりましたが、もう少し時間にゆとりが出たら、それらの重い本をゆっくり開いて、何日でも眺めていたいと思います。
でも、それらの豪華本に比べたら、値段も重さもそこそこですから、ぜひ機会があれば読んでみてください。そして、遠い奈良時代の生活や文化に触れてみてください。きっと、それらを守ってきた多くの人たちの大変さがひしひしと伝わってくると思います。
(2010.02.07)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 |
| 正倉院美術館 | 米田雄介・杉本一樹編著 | 講談社 | 2009年11月12日 |
☆ Extract passages ☆
北倉に納められたものは、聖武天皇の手許に集められた当時の超一級品で、ペルシアやインドからシルクロードを経て伝わったもの、あるいは中国や朝鮮で作られたものなど、海を渡って日本に伝わったものがある。また、このほかにも、献上時期は明確でないが、天皇や皇后が生前に使っていたものが北倉に納められている。
南倉には、東大寺大仏の開眼会をはじめ、東大寺で挙行された諸儀式用品、聖武天皇の崩御当日・葬送・七七忌・一周忌に用いられた法要関係品、さらに東大寺の子院に伝来の什器類などが納められている。
中倉には、東大寺造営の宮司に関係する文具や写経所関係文書、東大寺の造営に関係する文書が納められている。また、東大寺の儀式関係用品の一部、由緒がはっきりしないが、大量の武器武具も納められている。
北倉の宝物は奈良時代中期、つまり八世紀頃のもので、南倉や中倉の品々も、ほとんどは奈良時代中期のものである。
(米田雄介・杉本一樹編著 『正倉院美術館』より)
No.449 『「サラ川」傑作選 くぶくりん』
この『「サラ川」傑作選』は、意外や意外、何冊か世に出ているようで、それぞれに「しかくしめん」、「ごにんばやし」、「すごろく」、「ななふしぎ」、「はらはちぶ」、さらには「サラ川グリッシュ」という英語版まであるそうです。たしかに、1987年からはじまったそうですが、毎年、新聞などにも取りあげられ、話題にもなっています。
こうして、その年々の傑作を読んでみると、その時代背景が浮かんできて、「そうそう、そんなこともあったっけ!」と思い出します。たとえば、平成19年の「犬はいい崖っぷちでも助けられ」(オレも崖っぷち)は、テレビのワイドショーなどでも連日放映され、全国から引き取りたいという連絡もあり、抽選になったとか。さて、あの犬は、今、なにしているのだろうか。
また、平成15年の「サラ金の妙に明るいコマーシャル」(滞脳官吏人)は、毎日流されるこのようなコマーシャルに違和感を覚えたのですが、今では法律が変わり、取りすぎた金利を返還しなければならず青息吐息のようです。ところが、その新たな商売もあるようで、最近は法律相談所や弁護士事務所のCMも増えているようです。
さらに平成3年のところを見ると、「一戸建て手が出るところは熊も出る」(ヤドカリ)とあり、このころは一戸建てブームでしたが、今では米国のサブプライムローン焦げ付きの影響で、一戸建てどころか職さえも危ういものになりつつあります。しかも老後の便りの年金でさえ、確かなことはわからない状態です。そういえば、平成18年の「年金はいらない人が制度決め」(元平社員)などは、まつたくその通りと思ってしまいます。
このように見てくると、サラリーマン川柳の時代的な見方があり、身につまされるようです。そういえば、平成3年の「運動会抜くなその子は課長の子」(ピーマン)は、いつの時代にもありそうな感じですが、一度もサラリーマンをしたことのない身には、なかなか理解できないところもあります。
(2010.02.04)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 |
| サラ川」傑作選 くぶくりん | 山藤章二、尾藤三柳、第一生命選 | 講談社 | 2009年12月3日 |
☆ Extract passages ☆
久しぶりハローワークで同窓会 (転起)
失業率が増加して社会問題となった年。厳しさの中にも、明るく、前向きな思いが込められており、多くの方に指示されました。
一方、仕事はあっても・・・・・、
コスト下げやる気も一緒に下げられる (敏腕経営者)
仕事減り休日増えて居場所なし (居候)
「その気持ち分かる!」という方も多いのではないでしょうか。
必ずしも明るいニュースばかりではない世の中ですが、時代を詠み、明るく笑い飛ばすことはサラ川の大きな魅力の一つです。
(山藤章二、尾藤三柳、第一生命選 『サラ川」傑作選 くぶくりん』より)
No.448 『代表的日本人』
この『代表的日本人』は、1908年に『Representative Men of Japan』という英文著作が最初であり、この本はそれを塚越博史氏が翻訳されたものです。副題は「日本の品格を高めた人たち」で、西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮の5人を取りあげています。
この前後に日本人が英文で書いたもので有名なのが、岡倉天心『茶の本』と新渡戸稲造『武士道』で、西洋に日本を紹介するときに今でも名前のあがる本ですが、この本もよく知られています。でも、今まで読む機会がなく、いつかは読みたいと思っていましたが、ちょうど良い機会でした。もちろん一番の関心は、上杉鷹山の箇所です。
そういえば、昨年のNHK大河ドラマで直江兼嗣が取りあげられましたが、あまりメジャーではないようで、知らない方のほうが多かったようです。でも、上杉鷹山はほとんどの方が知っておられるようで、この本で取りあげられたこともその一因だったように思います。
抜き書きもしましたが、倉成竜渚(くらなりりゅうしょ)という学者が報告書の中で書いているそうで、この当時から「棒杭」(ぼうくい)という商いがあると知りました。いまでも、このあたりでは「ぼっくい市」ということで商業組合などが中心になってやっています。いささか、内容も違ってきてはいると思いますが、その名前と精神はしっかりと引き継がれているようです。
最後のページまで読んで思ったのですが、著者の内村鑑三がキリスト教思想家ということと、1908年に書かれたという時代的なこともあり、今の時代にはいささかそぐわない点もありますが、それらを考慮しながら読み進めると、読んでいてとてもすがすがしい気持ちになりました。いわば伝記のようなものですから、品格を高めた人たちから、その高め方を学べばいいわけです。とくに、今の自己中が多い世の中では、とくに大切なことだと思います。
(2010.02.02)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 |
| 代表的日本人(教養の大陸BOOKS) | 内村鑑三著、塚越博史訳 | 幸福の科学出版株式会社 | 2009年10月6日 |
☆ Extract passages ☆
「米沢には『棒杭(ぼうぐい)の商い』というものがある。人里から離れた道端で、ぞうりやわらじ、果物などを含めていろいろな品物を売っている。品物に値札がつけられているが、売り手は不在である。人々はそこへ行き、値段どおりの金額をそこに置き、品物を持って帰る。誰もがそこで盗難が起こるとは思っていない」
「鷹山の政治体制の中では、最も位が高い者が一番貧乏である。荏戸(のぞき)六郎兵衛という人物は、鷹山の筆頭家老で、他の誰よりも鷹山のお気に入りで信頼もされていた。ところが彼の生活を見てみると、衣食は、貧しい学生を思わせるものだった」
「藩には税関もなく、その境界には自由貿易を妨げるものもない。しかし、密輸が企てられたこともない」
(内村鑑三著 『代表的日本人』より)
No.447 『大人のための仏教童話』
副題の「人生を見つめなおす10の物語」とあるように、これらの仏教童話を読むと、なにかと考えさせられます。著者本人も小学生のときにいじめにあったようで、それらいろいろの体験から自分を見つめたり、自分の生き方を考えなおしたりします。なにかきっかけになるようなものがないと、人はもう一度自分の人生を見つめなおす気にはなれないようです。
しかし、本当はときどき見つめなおすことが必要で、もう後戻りできないようになってからでは遅すぎます。その意味では、この仏教童話に接することで、その機会をつくることができます。
では、自分の生き方を乱そうとするのは何かといいますと、この本では「世間八法」というのを取りあげています。しかも、二度、同じように書いていますから、著者はとても大事なことだと考えているのでしょう。それを紹介しますと、
(1) 利得 (自分にとって得になること)
(2) 損失 (自分にとって損になること)
(3) 楽または好 (好ましいこと)
(4) 苦または嫌 (嫌なこと)
(5) 名誉 (社会的に誉められること)
(6) 誹誘 (社会的にけなされること)
(7) 称賛 (個人的に誉められること)
(8) 非難 (個人的にけなされること)
たしかに、これは、利得と損失、楽と苦、名誉と誹謗、称賛と非難がそれぞれペアになっていて、同じ状況の表と裏の関係になっています。たとえば、テレビなどで多くの人たちの場でほめられることもあれば、その同じ様子を見て誹謗中傷されることもあります。あるいは、単純に得だと思ったことが、長い目で見たら損だったなどということは誰しも経験のあることです。
では、そのようなとき、どのように対処したらいいのかと考えれば、他人のためにしてやろうと考えているからこそ「世間八法」が影響を及ぼし邪魔をするわけです。つまり、余計なことを考えずに、純粋に他人のために何かをすればいいことなのです。でも、それがなかなかできない、その邪魔をしているのが「世間八法」ということになります。
この本では、花岡大学の『アマリリスのような おんなの子』など、いくつかの仏教童話などを紹介していますので、お読みいただければと思います。
(2010.01.28)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 |
| 大人のための仏教童話(光文社新書) | 東ゆみこ | 光文社 | 2009年10月20日 |
☆ Extract passages ☆
仏教のさまざまな宗派に共通する教えの中心の一つを要約して述べれば、利他の心、利他主義(altruism)です。・・・・・・
利他主義とは、社会や他人のことを考慮せず自分の利益や快楽だけを追求する利己主義、すなわちエゴイズム(egoism)の反対の意味の言葉なのだと、その時知ったのです。
さて、利他主義の意味ですが、それは、自分よりも他者の幸福や繁栄に対して関心を示すこと。仏教的に言い換えれば、もしできることならば、他の存在を助けてあげてくださいということ。でも、もしかすると、自分も苦境に陥っていて、他人を助けることなどできないという場合もあるかもしれません。そういう時には、少なくとも傷つけないように努力する。これが利他主義の考え方です。
(東ゆみこ著 『大人のための仏教童話』より)
No.446 『百年続く企業の条件』
副題が「老舗は変化を恐れない」とあり、なぜ変化を恐れないのかを知りたくて読み始めました。編集が帝国データバンクの史料館と産業調査部なだけに、多くの資料やデータを掲載しながら推論するところがとてもわかりやすく、おもしろく読むことができました。
たしかに、老舗といえどもこの今の時代に仕事をしているわけですから、この時代を考えずにはいられないのでしょうが、どうも老舗というだけで「伝統」とか「信用」などという言葉が連想されます。しかし、「うちの会社の歴史は、革新の連続ですよ」と答える老舗企業の代表者もおられます。それらを考え合わせると、老舗というのは、その時代時代を的確に捉え、成長するときはしっかりと成長し、生き延びるときには個人の資産を処分してまで続けることをしてきたように思います。今の時代のサラリーマン社長のように、不都合があると責任をとって社長を辞するだけで終わってしまうようなものではないようです。
そして、不思議だと思ったのは、「そのなかで目を引いたのは、『いつも苦しい時になぜか誰かが手を差しのべてくれました。商売を運で片付けてはいけないが、「徳」があったのだと思う』(建設)、『その時々に、助けてくれる人が出現する』(清酒製造)といった回答があった」ということでした。やはり、最後は人が一番大事なのではないかと思い至りました。
抜き書きのところに、老舗の家訓や社是、社訓などから読み取れる「カキクケコ」を載せておきます。ぜひ、この言葉を味わってみて、老舗として残ることの難しさを考えていただきたいと思います。
「おわりに」に書いてありましたが、「続いていく老舗企業とは『クラシック』ではなく、『エバーグリーン(常緑樹)』のような存在である。長く育ててきた幹や根はかたくなに守りつつも、常に光合成を行い、新しい葉を伸ばして、年輪を重ねてきた。それは、これから年月を重ねていこうとする新しい企業を導く範となるものだ。『100年に一度』ぐらい、たとえ水が枯れることがあっても、立ち枯れしないだけの力は蓄えている。 真面目に作りあげたものを、それを必要とする人たちに提供する。必要とする人たちの変化から目をそらさず、さらに求められるものを作り続ける。一言でいえば、それが老舗企業の永続の秘訣かもしれない。
伝統は守るものではなく、日々新たに創り出すものだ。」というのが老舗の本当の姿だと思います。
(2010.01.25)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 |
| 百年続く企業の条件(朝日新書) | 帝国データバンク 史料館・産業調査部編 | 朝日新聞出版 | 2009年9月30日 |
☆ Extract passages ☆
家訓・社是・社訓が、経営者や従業員、そして後継者にどのような教訓やメッセージを伝えようとしているのか、そこに述べられている具体的な趣旨・内容で分類してみた。
すると、五つのキーワードが浮かび上がる。
力=『感謝』お客様や自然の恵みに対する感謝の気持ち、取引先すべてに心を込めて商いするという精神。
キ=『勤勉』正直でまっとうな商売を心がける、商売の本流をゆく、地道に努力していけば必ず報われる、といった勤勉努力の精神。
ク=『工夫』品質を最優先課題として、それを守り抜くこと、または技術を継承すること。あるいは、工夫を重ね、常に時代に合わせて改良を続けてゆくこと。
ケ=『倹約』無理や無駄を省き、合理化を進めて社業発展に尽くすこと。投機や暴利に走らない、保証人にならない、むやみに拡大しない、など金銭面に関するもの。
コ=『貢献』家族や地域、社会などコミュニティに貢献すること。公共精神を持つこと。高い使命感を持って、社会や文化の発展に尽くすこと。
(帝国データバンク 史料館・産業調査部編 『百年続く企業の条件』より)
No.445 『県別 名字ランキング事典』
もともと名字や名前に関心があったので、この『県別 名字ランキング事典』も自然に手に取り、読み始めました。でも、この県別の名字ランキングが知りたいのではなく、どの県にどのような名字があり、それがどのようなことから生まれたのかとか、珍しい名字がないかとか、読みにくいものはないかなど、そのほうにむしろ興味があります。
というのは、以前ある本で、「小鳥遊」と書いて「たかなし」と読むとあり、猛禽類の鷹がいなければ小鳥は自由に遊べるからという解説があり、これはもう『笑点』の大喜利の世界だと思ったことがあります。さらに「興梠」と書いて「こうろぎ」と読むそうですが、これは珍しいと思ったのですが、じつは宮崎県ではそれほど珍しくはなく、高千穂ではむしろメジャーな名字で、宮崎県内全体でもベスト100に入っているほどなんだそうです。
これらを知ると、やはり名字はおもしろいと思いました。事典といっても、1ページからずーっと読めるので、これはおもしろいという名字をメモしながら読み進めました。
植物の名前がついた名字もあり、たとえば薊(あざみ-群馬県)、土筆(つくし-群馬県)、茱萸(ぐみ-兵庫県)、三々賀(さざんか-広島県)、馬酔(あせび-山口県)、楓(もみじ-徳島県)などがありました。
また、幸せそうな名字もあり、明楽(あきら-和歌山県)、楽得(らくえ-和歌山県)、笑子(えみこ-香川県)、幸(さいわい-長崎県)、安心院(あじみ-大分県)などは、いいなあと思いました。
もちろん、読みにくい名字もあり、たとえば、「一尺八寸」は静岡県にあり「かまつか」と読むそうですが、これは鎌の束の長さが一尺八寸であることに由来するそうです。また、「一口」は京都府にあり、「いもあらい」と読みます。これは出入り口が一ヵ所しかないところに人が殺到すると大変混雑し芋洗い状態になることから名付けられたそうです。梵鐘の「梵」と書いて「そよぎ」と読むそうですが、これはこの漢字そのものの意味が木の上を風がそよそよと吹くことだそうで、そこから「梵」と書いて「そよぎ」と読ませているとのことです。
さらに漢字一字の名字もあり、何(が-長崎県)、尾(お-長崎県)、井(い-熊本県)、閘(ひぐち-熊本県)など、そして数字の名字などもあります。
調べてみると、いろいろな名字がありますが、漢字で書くと「音琴」でとても優雅ですが、読みは「ねごと」だそうです。もし、ご本人がこの『ホンの旅』を見てられたらごめんなさい。でも、いかにも琴の音が聞こえてきそうでいい名字です。
(2010.01.21)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 |
| 県別 名字ランキング事典 | 森岡 浩 | 東京堂出版 | 2009年10月30日 |
☆ Extract passages ☆
現在のような名字が使われはじめたのは平安時代の後半から。江戸時代にはかなりの人が名字を持っていたと類推される。そして、その名字は圧倒的に地名由来のものが多い。ということは、本来地域によって名字は違っていたはずなのだ。もちろん、「田中」や「山本」といった地形由来の名字や、「東」や「西村」のような方角に由来するものは全国にあっただろうが、それ以外は各地域ごとに独自の分布だったはずだ。しかし、その後何度か名字のシャッフルが行われ、地域差が緩和されたと考えられる。
名字は人に所属している。そのため、人が動くと同時に名字も動く。つまり、全国規模で人が動いた時に名字も動くのだ。
一番最初の移動は、源平合戦から鎌倉初期にかけての時期。・・・・・続いて南北朝時代にも戦乱のために人が移動した。・・・・・そして、関ヶ原合戦で天下をとった徳川家康は、外様大名の勢力を削ぐためにも、その大名が代々支配していた土地から、別な地域に転封させた。・・・・・
これを最後に大規模な人の移動はなくなった。
(森岡 浩著 『県別 名字ランキング事典』より)
No.444 『江戸に学ぶ日本のかたち』
この本はもともとちば銀総合研究所の雑誌『マネジメントスクエア』に2006年10月号から2008年9月号までに連載された「江戸に学ぶ日本のかたち」を編集し直して出版されたもののようです。
でも、読んでみて、いかに今の時代も江戸から続く流れの中で見たり聞いたりしているかがわかりました。とくにお茶を習っているからというわけではなく、義理人情だけでなく、官僚制や社会の仕組みまで、あちらこちらにその名残のようなものが見え隠れしています。今を知るには江戸に学ぶことが大切だとさえ思いました。
また、たとえば参勤交代は大名にお金を使わせて、幕府に反抗するだけの経済力を持てなくするための制度だと思っていましたが、実は「大名が将軍へ服従していることを目に見える形で示させようとするパフォーマンスだった」とあり、なるほどと納得しました。だとすれば、ただがんじがらめの儀礼だというだけでなく、そこにはいいこともそれなりにあったということです。この本では、「二百数十家に及ぶ大名が江戸に参勤し、1年間にわたって江戸に暮らしたことは、江戸の発展にも大きな意味を持った。大名とその妻子、家臣たちの生活をまかなうために、江戸の商業は拡大し、18世紀はじめに江戸は当時としては世界最大の100万都市に成長した。また、大名が通行し、宿泊したり休息したりする宿場も、定期的に大人数の休息客や宿泊客を得ることができるから、繁栄していった。・・・・・参勤交代が、地方の経済を活性化させ、また文化的な刺激を与えていたことは言うまでもない。現代以上に江戸時代は、地方と中央の関係が深い時代だったのである。」と書かれています。
たしかに、江戸時代のことは理解不足から誤解されたり、歪曲されたりしていますが、このように丁寧に解説されると今の時代にも通じるものがあることがわかります。
興味のある方は、ぜひお読みください。
(2010.01.18)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 |
| 江戸に学ぶ日本のかたち(NHKブックス) | 山本博文 | 日本放送出版協会 | 2009年10月25日 |
☆ Extract passages ☆
日本人は、世間の噂を気にしてきた。そのため、やりたいと思ったことの半分もできないというのが一般の日本人である。
しかし、世間の噂というのは、無責任なものである。自分は安全な場所にいて、苦しい立場に陥った者の行動をあれこれと批判する。こうした批判の中には、実は嫉妬の感情が含まれていることが多い。
したがって、世間の目を考慮しすぎると、自由な行動が取れない。自分の心に問いかけ、それが恥ずべきことではないという確信さえあれば、それを信じて行動することが一番なのである。その行動がもたらした結果に責任を取る覚悟さえあれば、それでよい。
行動規範を世間の目ではなく、みずからの信念や倫理に置くということは、そうした信念や倫理を裏づける宗教的なバックボーンがない日本人には困難なことかもしれない。しかし、そうした内面的な倫理をつくり上げていかなければ、日本社会は、周囲の目を気にして萎縮する「善人」と、世間の目さえごまかすことができればよいという「悪人」によって構成される住みにくい世の中になってしまうのである。
(山本博文著 『江戸に学ぶ日本のかたち』より)
No.443 『10人の法則』
著者はイメージトレーニングの研究や指導をされているそうで、この本のなかでもその実践をいくつか紹介しています。たしかに、イメージは大切で、そのイメージに縛られていることも多々あります。よくスポーツの世界でイメージトレーニングという言葉を聞きますが、これは一般の生活でも大事なものです。
この本のなかでも取りあげられていますが、「なぜかというと、私たちの脳は過去〃を生きているからです。人間の脳は、これまでの経験というデータベースに基づいてものごとを感じたり、考えたり、判断しています。お金を儲けた経験のない人は、その経験が長くなるほど、自分には儲ける才能がないと強く思い込むようになるし、イヌに噛まれて死にそうな恐怖を味わった人は、どんなに可愛いイヌも抱いてみたいとは思えなくなります。儲かった経験のない会社の社長さんは、どんな素晴らしいアイデアを思いついても、新しい事業展開に二の足を踏むようになるし、どんな画期的な新商品を開発しても、思い切った販売戦略を打ち出せなくなります。注文の電話がどんどんかかつてくるというプラスイメージではなく、倉庫が返品の山になるというマイナスイメージが、振り払っても振り払ってもわいてくるからです。
それとは逆の場合もありえます。過去に成功体験のある経営者は、その成功の記憶に縛られ、新しいチャレンジができなくなる。世の中は日に日に変わっているのに、過去の成功体験を繰り返そうとすれば、その結果はいうまでもありません。」と書かれているように、過去の経験にとらわれています。それからはみ出さなければ、今の自分を乗り越えることはできません。でも、その抜け出す方法はあるのかといわれれば、即答はできませんが、この本を読んでいると、はっきりとはわかりませんが、なるほどというところが何ヶ所かあります。
では、この『10人の法則』とはなにかといいますと、著者によれば、「自分の夢は自分だけの夢でないことを確認し、自分の人生は自分だけの人生ではないことを自覚する作業です。と同時に、それを通して、これまで自分を守ることばかり考えていた、ちっぽけな自分″を超えていく作業」だそうです。
また、悩みを解決したければ異業種の10人と付き合えといいますが、たしかにそうです。同じ年代で、同じ仕事をしていて、同じ地区に住んでいるとすれば、ほとんど同じようなことを考えているのではないかと思います。だとすれば、まったく違う人たちと話をすれば、自分という枠を外すきっかけになります。
そういう意味では、今のままの自分ではなく、もっと違う自分になりたい人には、この本はお薦めです。
(2010.01.15)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 |
| 10人の法則 | 西田文郎 | 現代書林 | 2008年11月18日 |
☆ Extract passages ☆
「自分は運のある人間だ」という錯覚があると
・自分に自信が持てる
・自分のすることにも自信が出てくる
・脳が肯定的になり、最高のプラス思考になれる
・能力を制限しているマイナス思考のブロックがはずれ、脳全体が活発に働き出す
・成功、幸せがらくらくイメージできて、努力が苦労でなくなる
・だから困難にぶつかっても、あきらめなくなる
つまり、ここには人が成功するのに必要なものがすべてあるのです。
世間には数多くの能力開発や自己啓発、成功哲学が存在しますが、それらが必死で目指しているものが、ここにはみんなそろっています。
(西田文郎著 『10人の法則』より)
No.442 『日本人が知らない幸福』
著者の武永賢は、1965年にベトナムのサイゴン市(今のホーチミン市)で生まれ、何度かボートピープルとして亡命を企て、1982年に合法難民として日本に移住した方です。そして1988年に杏林大学医学部に入学し、1984年に医師国家試験に合格、帰化して日本名を取得しています。それが現在の著者名です。現在は都内のクリニックで院長をつとめているそうです。もともとの名前はヴー・ダン・コイだったそうですが、この日本名の由来は「武」はベトナム漢字の「武(ヴー)」、「永」にはヴー家の繁栄の願いを込め、「賢」はコイと音が似ているからという理由で選んだのだそうです。
ですから、この経歴を見ただけでも、普通の日本人では体験できない多くの困難を乗り越え、今に至っていると想像できます。この題名の『日本人が知らない幸福』というより、日本人がすでにあるものとして意識にものぼらないような幸せみたいなものです。たとえば、蛇口をひねるだけでふんだんに使える水や、いろいろなものを食べられること、さらには病気になったときに気楽に病院に行けること、あるいは海外に行ったときにつねに日本政府から守られていることなど、数え切れないほどの気づかない幸福があります。それを当たり前と考えるかもしれませんが、実は多くの国々では今でも当たり前ではないのです。
しかも著者は、自分の国を捨てて日本に亡命し、いろいろな困難を乗り越えて今の院長の立場にいるわけですから、日本人が当たり前と思っていることもたいへん有難いと感ずるのは当然でしょう。むしろ、日本人が忘れてしまったその有り難さをもう一度再認識すべきです。
著者は、「自分の経験は自分にとって、かけがえのない宝物であっても、他人にとっては何の意味もない場合が多いと、わたしは信じている。そのせいか、自分の経験や考え方を決して他人に押し付けようとしない。逆にいうと、そうされると、やはり不快であるというのがわたしの本音である。」と書いていますが、誰しもこのような経験をしたくてもできませんし、おそらくしたくもないでしょう。だとすれば、せめと、この本を読むことを通して、もう一度、幸福とは何かを考えてみることが必要だと思います。日本人が知らないのではなく、日本人が忘れてしまった本当の幸せとは何かを、この正月のこの時期に見つめ直すことも意義のあることではないかと思いました。
(2010.01.12)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 |
| 日本人が知らない幸福(新潮新書) | 武永賢 | 新潮社 | 2009年9月20日 |
☆ Extract passages ☆
わたしは幸か不幸か人生のほとんどにおいて、物質的に恵まれない環境の中に暮らしていた。その環境のおかげで、普通の人が体験できないほどのドラマティックな奇跡と出会いを与えられた。その幸運に深く感謝している。
貧乏であったことに感謝している訳ではない。もちろん、できることなら経済的に余裕があった方が良いに決まっているのだ。ただ貧富、幸不幸、運不運、美醜のすべてはその人個人の運命であり、それに関してはどうにもならない。
もし願いが叶うのならば、一つだけ神様にお願いをしたい。どんな運命でも受け入れられるような強さを持つ人間にしてほしい。これが、これからのわたしの願いであり、目標である。
(武永賢著 『日本人が知らない幸福』より)
No.441『いっしょに考えてみようや』
今年2冊目は、一昨年ノーベル物理学賞を受賞された小林誠さんと益川俊英さんの本です。その副題も「ノーベル物理学賞のひらめき」とあり、自分自身を語るところと、講演されたもの、さらにパネルディスカッションなどから構成されています。
そういえば、2008年の10月初め、ノーベル賞が発表になったとき、この二人だけでなく、授賞式には出られなかったのですが南部陽一郎氏と、さらには化学賞を受けられた下村脩さんと、4人もの日本人が一度に受賞したことで日本国中がお祝いムードに包まれました。数年前の田中耕一さんのすがすがしい受賞を思い出したり、日本人で初めて受賞された湯川秀樹博士のことなどが話題になるなど、12月10日の授賞式まで毎日のようにテレビに取り上げられたようです。
さらに2人は、指揮者の小澤征爾氏らといっしょに文化勲章までいただき、話題に事欠きませんでした。その2人の講演も入っているので読んでみた、というのが本音です。
もちろん、今回受賞するきっかけになった「小林・益川理論」も簡単に解説されています。
でも、なぜ物理学を選んだのですかというパネルディスカッションでの質問に、益川さんは「ほかのものができなかったから」と答え、さらに「あと、英語ができなかったから」と付け足しています。まさに益川節の真骨頂です。一方、小林さんは、その同じ質問に、「何か原理的なことに興味があったという程度ですね。それで何となく理学を選んだ。理学の中でいちばん原理的なものは、物理と見た、ということです。」と非常に優等生的な答えをしていました。それに対して、この司会を務めた朝日新聞東京本社科学エディターの高橋真理子さんは、「何となくやってしまったというのがたぶん正しいんじゃないでしょうか」と答えていました。
意外と、選ぶきっかけなんていうのはあまり重要ではなくて、その選んだあとにどれほど興味を持って一途にやれるかどうかではないかと、思ってしまいました。
この本は、とくに若い方々に読んでいただきたいものです。
(2010.01.09)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 |
| いっしょに考えてみようや | 小林誠/益川俊英 | 朝日新聞出版 | 2009年8月25日 |
☆ Extract passages ☆
僕が急に質問すると、「そんなことわかるか。自分の本を貸してやるから自分で調べてこい」ときっぱり言われた。それまでは高校の延長ですから、「知っている」ということを重視していたわけです。ところが、知っているということは大して重要なことではない。わからないことがあれば調べればいいんだ、研究者というのは、調べる術ではなく理解する技術を持っているかどうか。そして、何が重要なことなのか、さらにはそれが調べなければいけないターゲットなのかどうか。それを嗅ぎわける能力を持っているのが研究者だ、と身をもって教えてくれた。だから僕は驚きました。これは教師じゃないと思った。これぞ研究者かと思った。それからは非公認の「中野ファンクラブ」みたいなものを作ったりして、中野先生のご自宅まで押しかけていきました。いまもときどきお会いしています。(益川俊英)
(小林誠/益川俊英著 『いっしょに考えてみようや』より)
No.440『仕事耳を鍛える』
「聞く」ということと「聴く」ということは、漢字が違うだけでなく、その意味するところも違うのだろうな、と漠然と思っていました。この本では、『「聴く」と「聞こえる」は、「聴く側」からすれば鼓膜が振動しているという観点に立てば、同じことかもしれません。しかし、「聴かれる側」つまり話をしている人にとっては、「聴く」と「聞こえる」は全く異なります。「聞こえているだけ」と感じるような聞き方をされていると、話している方としては、たとえ何時間も時間を費やしてもらっても、「聴いてもらった」という気持ちにはなれません。』と明確に区別していて、そういわれればそのような気がします。
著者は、現在、SYPシステム専属研修トレーナーとして活躍しているそうで、PHP認定ビジネスコーチ上級でもあるそうです。
それらの経歴から、この本でも具体的な事例が多く掲載され、とてもわかりやすく読むことができます。たしかに、聴くというスキルはとても有用で、仕事にも普段の生活にも、いろいろと役に立つものです。この本の副題は、『「ビジネス傾聴」入門』となっていますが、もちろんプライベートでも有益なものです。
ピタゴラスは、「多くの言葉で少し語るのではなく、少しの言葉で多くを語りなさい」と言ったそうですが、話の内容も大事ですが、伝達する手段は言葉であり、ボディランゲージであり、ボイストーンがセットになったものです。
これらコミュニケーションの伝達手段として、いかに視覚、つまり身振り手振りやアイコンタクト、表情、仕草、雰囲気、お互いの距離、服装、髪型など、多岐にわたるものが一体となって伝わるのだそうです。それを数値化したものが、「メラビアンの法則」といわれているものです。それを下に抜き書きしましたので、見てみてください。
このように数値化されると、逆に「これほどまでではないのでは?」と思ってしまいますが、意外と人ってこんなものなのかもしれません。まさに、一目惚れみたいなもので、それがずーっと引きずるようです。
今年、最初の一冊はこの『仕事耳を鍛える』でしたが、今年は人の話をよく聴くようにしようと、この本を読んで思いました。
人の話をよく聞くとは、「相手の立場になり、相手の個性に共感しながら、話を聴く。相手を理解しようとして、耳と目と心を総動員して、隠れた感情、相手の真意、肯定的な意図をつかむ。」だそうです。
(2010.01.06)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 |
| 仕事耳を鍛える(ちくま新書) | 内田和俊 | 筑摩書房 | 2009年12月10日 |
☆ Extract passages ☆
メラビアンの法則によると、言葉は7%、ボディランゲージは55%、ボイストーンは38%という数字になっています。これには、説明が必要になるでしょう。これは言葉の「重要度」を軽視しているわけで
はありません。あくまで「情報量」に焦点を当てた数字になっています。ツール別に見ていくと、この数字は理解しやすいと思います。メールで伝えられる情報量は全体の7%です。皆さんご存じのように、メールは便利な反面、誤解やすれ違いも多く、やはり電話をして話した方が早くて安全という場合が多いです。電話で話をすれば、38%が加わります。しかし、大きな誤解が生じたとき、感情的にかなりもつれてきた場合には、やはり直接会って話をするのが賢明です。そうすれば、さらに55%が付け加わるからです。
(内田和俊著 『仕事耳を鍛える』より)
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