ホンの旅 2012
学生のころから読書カードを作っていましたが、今時の若者はあまり本を読まないということを聞き、こんなにも楽しいことをなぜしないのかという問いかけから掲載をはじめました。
海野弘著『本を旅する』に、「自分の読書について語ることは、自分の書斎や書棚、いわば、自分の頭や心の内部をさらけ出すことだ。・・・・・自分を語ることをずっと控えてきた。恥ずかしいからであるし、そのような私的なことは読者の興味をひかないだろう、と思ったからだ。」と書かれていますが、私もそのように思っていました。しかし、活字離れが進む今だからこそ、本を読む楽しさを伝えたいと思うようになりました。
そのあたりをお酌み取りいただき、お読みくださるようお願いいたします。
No.706 『バカな研究を嗤うな』
この本は本当におもしろかった。科学者がこんなにも赤裸々に自分の人生を振り返って書かれるのも珍しいけれど、だからこそ寄生虫の研究が始まったことを知り、ほんとうに納得しました。下手な科学書より、これこそが科学的手法だと思いました。
副題は「寄生虫博士の90%おかしな人生力」ですが、そのおかしな性格があればこその研究です。まさに人まねでない、独創的なもので、もちろん普通の科学者ではなかなかマネもできそうもありません。
今では多くの方々に認められるようになってきたようですが、寄生虫がアレルギーを抑制しているという説を証明するために、自らの腸の中に寄生虫の一種であるサナダムシを5代にわたり15年間も飼い続けたそうで、そこからわかったことも多いと言います。まさにおかしな人体実験ですが、自分の説の正しさを証明したのですから、実に科学的な手法です。
考えてみれば、普通の市販薬でさえ、最後は人体実験をするといいますから、おかしいことではないのかもしれません。当然のことながら、ご本人は大まじめです。それを真面目に取り組めるからたいしたものです。
文中に血液型の性格判断の正しさなどもあり、それなども解説されると少しは納得できます。たった4種類の血液型だけで性格判断するのはちょっと無茶だとは思いますが、それにも、それなりの根拠があるといいます。そういえば、たしか血液学者のそのような説を読んだことがあります。この『ホンの旅』でも、取り上げました。
やはり、最初から眉唾物だと敬遠するより、一度は近づいてみるのもいいようです。
そうすると、とんでもなくおもしろいことにぶつかることもあります。
実は、この本もそのような出会いの1冊でした。『笑うカイチュウ』とともに、お読みいただければと思います。そこには、笑ったり、嗤われたりのおもしろさがあります。
(2012.5.10)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| バカな研究を嗤うな | 藤田紘一郎 | 技術評論社 | 2012年1月15日 | 9784774149561 |
☆ Extract passages ☆
私は、すべての寄生虫が人にいいことをしていると言っているのではない。悪い寄生虫ももちろんいる。人間を宿主とするような、ライフサイクルの基本を人間に置いている寄生虫、つまり人間に昔から寄生している寄生虫は人間を守る。しかし、動物を宿主とする寄生虫は動物を守るが、人に侵入してくるととても怖い虫になる。たとえば北海道で流行している寄生虫エキノコックスは、キタキツネのサナダムシである。キタキツネは守るが、人に入ってくるととても怖い虫になる。
さらにアレルギー反応を抑えているのは寄生虫ばかりではなく、細菌やウイルスなどの微生物が関係しているということが、のちの研究で明らかになった。私たちの体に共生的にすんでいる細菌はみんな私たちを守る。しかし動物の細菌は動物を守るが、人に侵入すると病気を起こす。人にとっては、敵と味方の寄生虫や細菌がいるというわけだ。ウイルスも単独では仲間を増やせない。必ず仲間を増やす好適宿主がいる。好適宿主は守るが、ほかの宿主では病原性を発揮する。SARSウイルスは人にとってはとても怖い。しかしこのウイルスは昔から中国の山奥にいるセンザンコウやハクビシンという動物の体中で仲間を増やしていた。センザンコウやハクビシンは守るが、人に入ってくるととても怖いウイルスになる。
(藤田紘一郎 著 『バカな研究を嗤うな』より)
No.705 『こころ揺さぶる、あのひと言』
なんか似たような題名の本を読んだことがあると思ったら、ちょうどNo500で『こころに響いた、あのひと言』を読んでいました。時期は2010年の7月17日で、心のどこかに響いて残っていたようです。
この「いい人に会う」は、日本サムスン株式会社の季刊広報誌として刊行されているもので、そのなかから選ばれて1冊になったのがこの本です。
掲載されている方々も有名だったり、その業界では著名でも一般的にはほとんど知られていなかったりで、とても読み応えがありました。しかも、ゴールデン・ウイークも半ばを過ぎ忙しいこともあり、1つの話が3ページだとどこで読み終わってもいいので、その点もよかったです。
たしかに心を強く揺さぶられた話もありますし、それほど感じない話もあり、読む人によって異なるのは当然ですが、これを選んで編集するのは大変だったと思います。
たとえば、エッセイストの森下典子さんの話で、「P134」という、お茶のお稽古の経験から書いていましたが、その経験のある人なら、すぐに納得できるものです。
また、下に抜き書きしましたが、人形浄瑠璃文楽座の豊竹咲甫大夫さんの話しもおもしろく、初めて知る方でしたが心に残りそうです。
後ろの既刊本の紹介に、「忘れられない、あのひと言」というのもありましたので、いつか読んでみたいものです。
(2012.5.7)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| こころ揺さぶる、あのひと言 | 「いい人に会う」編集部 編 | 岩波書店 | 2012年2月16日 | 9784000229180 |
☆ Extract passages ☆
僕の師匠(豊竹咲大夫)には二十代の頃「たんすの引き出しの中は、いっぱいか?」と言われたことがある。これは師匠自身が若いときに言われた言葉で、常にいろいろなことを見たり聞いたりして吸収し、引き出しの中をいっぱいにしておかなければ表に出たときに自分自身が恥をかくのだから、常日頃の精進を怠ってはいけない!という意味だ。
ことに舞台人には、ハレを出してこないといけない日がある。ハレを出すとは、ハレとケの関係のように、いつも以上に素晴らしい舞台をつとめあげることである。むろんどの舞台も大切なのだが、ここ一番というときには一張羅のハレを出してこないと、お客様にもこちら側の関係者にも満足していただけない場合がある。だが、そういうときこそ舞台人は成長するのではないかと思う。
(「いい人に会う」編集部 編 『こころ揺さぶる、あのひと言』より)
No.704 『花みちくさ』
著者は西岡直樹だが、画は西岡由利子で、花の随筆ひとつに画がひとつ入っています。でも、せっかくの画がモノクロームなので、もったいないような気がしました。やはり、花の画はカラーでないと雰囲気が伝わってきません。
副題は「身近な植物をめぐる210話」とあり、もともとは平凡社のPR誌『月刊百科』に連載されていた「花みちくさ」だそうで、2002年11月号から2011年6月号までの208話に、スギナとヤマザクラの2話を書き下ろし、210話にしたそうです。
著者の『インド花綴り』や『インドの樹、ベンガルの台地』、『仏教植物散策』などを読んでいますから、この本でもインドやバングラデシュなどの植物の話しもあり、なつかしく思い出しながら読みました。とくにインドの植物は、仏教などと結びついているので、日本でも馴染みのものもあります。チガヤやギョウギシバなどですが、このギョウギシバについては「インドでは、ギョウギシバは古くからドゥールヴァー、クタラなどと呼ばれ、結婚式や祭などの儀式を執り行なうのに欠かせない重要な聖草となっているのである。孫の「お食い初め」の式の前、友人の奥さんが庭先に出て、ギョウギシバの菓を摘み集めていた姿が思い出される。」と書いています。
やはり、このような文章は、長くインドに住んだことのある方でないと書けません。
また、チガヤについても、インドの説話を紹介していますが、それは下に抜き書きしました。これを読むと、この本の流れの一端を知ることができると思います。
もし、機会があれば、今は『定本 インド花綴り』(木犀社)と題名も少し変わっていますが、これもとてもおもしろい本です。あわせてお読みいただければ、熱帯や亜熱帯の植物についても知識が深まると思います。
(2012.5.4)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 花みちくさ | 西岡直樹 | 平凡社 | 2012年2月24日 | 9784582835601 |
☆ Extract passages ☆
こんな話がある。親が賭けに負けて、その尻ぬぐいのために、ガルダ(鳥の神)は天国から不死の妙薬アムリタ(甘露)を盗んできてナーガ(蛇の神)に手渡した。ナーガは、身を清めた後に飲もうと、アムリタの壷をチガヤの上において沐浴に出かけた。ちょうどそのとき、アムリタを探しにやってきたインドラ神がその壷を見つけ、持ち帰ってしまった。ナーガは悔しがって壷がおかれていたチガヤをなめ、その鋭い菓で舌を切ってしまった。そのときからチガヤは先が赤く染まり、蛇の舌はふたつに裂けてしまったのだという。
インドではチガヤの根は利尿、強壮薬としても利用される。
(西岡直樹 著 『花みちくさ』より)
No.703 『暦はエレガントな科学』
この本は、「二十四節気と日本人」という副題がついていて、暦全般を扱いながら、とくに二十四節気に焦点をあわせています。というのは、この2012年秋までに、日本気象協会が「日本版二十四節気」を提案するからなのだそうです。でも、昔から伝わってきて、そんなに違和感もない二十四節気を変える必要もないのではないかと思います。
もともと二十四節気とは何かといいますと、それを下に抜き書きしてみましたので、お読みください。
日本のカレンダーにもこの二十四節気などの記載はあり、ついそれらから季節感を感じていますが、中国はもうすでに暦とは縁のない生活をしているのかといいますと、そうではなく、中国などの農暦(旧暦)の主な風習をリストアップすると、「春節」は正月一日、「元宵節」は正月十五日、「清明節」(二十四節気の清明)は墓参の日、「彿誕節」は四月八日(台湾では祝日)、「端午節」は五月五日、「七夕情人節」は七月七日(中国のバレンタインデー)、「中秋節」は八月十五日(中秋の名月)、「重陽節」は九月九日(老人節ともいう)、「蝋八節」は十二月八日(お釈迦さまが悟りを開いた日)、となんとなく日本の暦ととてもよく似ています。というより、中国の行事が日本に伝わったというのが正しいようです。
暦の名称なども、それぞれに長い歴史があり、その所々の自然現象などが根拠になっているようです。たとえば、アメリカインディアンのオジブワ族の暦は、1月は「長い月、霊の月」、2月は「サッカー魚の月」、3月は「積った雪が硬くなる月」、4月は「雪靴の破れる月」、5月は「花々の咲き乱れる月」、6月は「いちごの月」、7月は「ラズベリーの月」、8月は「コケモモの月」、9月は「ワイルドライスを採る月」、10月は「落葉の月」、11月は「凍てる月」、12月は「小さな霊の月」と呼ぶのだそうです。
この本を読んでいると、やはり暦というのは実生活に即した学問であり、この本の題名のようにエレガントかどうかはわかりませんが、まさに日常生活に必要な実学という気がします。
この本を読んで知ったのですが、今の旧暦の暦法は天保暦に準拠しているので、2033年から2034年にかけて月名が決まらないかもしれないという問題があるんだそうです。でも、それでは困ります。おそらく、専門家の方たちが知恵を絞って解決するとは思うのですが、むしろそのような問題が起きて初めて暦の大切さが伝わるのかも知れません。
(2012.5.1)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 暦はエレガントな科学 | 石原幸男 | PHP | 2012年1月10日 | 9784569801490 |
☆ Extract passages ☆
二十四節気は「二至二分」を基準として決められた太陽暦ですので、太陽の運行によって季節を決めているのです。気温の変動は、太陽より少し遅れます。とくに日本は海に囲まれているが、海水は熱容量が
大きい、つまり熟しにくく冷めにくいので、この遅れは大陸よりさらに大きくなる。これが節気の「光の季節」に違和感を覚える大きな理由でしょう。
また日本は、夏至のころに梅雨があって日照が少ないことも「光の季節」に気づきにくくしているでしょう。しかし、この「光の季節」という意味について、一度正確に理解しておくことは重要と思われます。
(石原幸男 著 『暦はエレガントな科学』より)
No.702 『女は男の指を見る』
なぜ『女は男の指を見る』の答えは、ぜひこの本を読んでもらいたいと思います。先にマジックの種明かしをしたら、もうそのマジックはつまらないでしょうから、本を読むことをすすめたいので、ちょっと意地悪ですがご理解ください。
でも、読んでみて、納得です。左手の薬指に結婚指輪をするのだって、やはり意味がありそうです。
人間は、どうも自分のことが一番わからないようです。この本がすべてその通りだとは思わないのですが、そうかも、と考えさせられる箇所はたくさんありました。意外と気楽に読めるので、ちょっとした時間の合間に読み続けたのですが、ズーッと時間を空けないで読まなくても理解できます。
著者がいうように、人間も他の動物も、いかに、自分の「遺伝子のコピーを残す」という課題のために自分の「意志」ではないものに動かされているかというのを、感じました。たしかに、言われてみればその通りですが、いや、そうではない、と強がる自分がいたのも事実です。いつも、「遺伝子のコピーを残す」ためだけに生きているのは、ちょっとイヤです。何か、別の生きる意義があってもいいのではないか、と思うのです。
そういう意味では、自分の存在意義を際立たせてくれる1冊でもあります。
もし、機会があれば気楽に読んでみてはいかがでしょうか。
(2012.4.28)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 女は男の指を見る(新潮新書) | 竹内久美子 | 新潮社 | 2010年4月20日 | 9784106103582 |
☆ Extract passages ☆
シンメトリー、体がいかに左右対称かということです。私たちの体には、耳や目、手足をはじめとして、対になっている部位が幾つもあります。対なのだから、左右対称、長さや幅は同じに発達すべきなのですが、遺伝や環境の影響を受けて、なかなか完全なシンメトリーには仕上げられていません。両手を合わせてみると、指の長さが少しずつ違うのがおわかりでしょう。
そのずれには個体差があり、よりシンメトリーな個体ほど、環境からのストレスを受けていない、あるいは受けてもそれによく対抗する力を持っていると考えられるのです。環境からのストレスの最たるものは、バクテリア、ウィルス、寄生虫といった寄生者で、それらに対抗する力、つまり免疫力が体の部位の左右対称さに一番影響を与えることになります。免疫力が低ければ、成長する過程でバクテリア、ウイルス、寄生虫にやられやすく、身体の左右対称な発達に影響が出るというわけです。
そんなわけで体の部位がいかに左右対称かということが免疫力の客観的な「物差し」になりうることがわかってきたのです。
(竹内久美子 著 『女は男の指を見る』より)
No.701 『君を成長させる言葉』
この世の中、説教くさい人間はたくさんいますが、著者も自ら認めているぐらいですからそうだと思います。この本も、ある編集者と飲んだことから書くことになったそうです。その編集者が説教されながらも、それを本にして出そうというからには、ある意味、それをなるほどと納得したからだと思います。
説教も、ある人にはくどくてイヤだと思うけれど、ある人にはとても参考になるかもしれません。この本を読んで、もし若い人たちに説教する立場になったら、このような話をしたいものだと思いました。
たとえば、ミック・ジャガーの「ハメをはずしてもかまわない。ただし、元に戻れるならの話だ」という言葉を引用しながら、「たまには、ハメをはずして富山県南砺市遊部ことも必要だよね。それで失敗することも含めて、生きるってことだからさ。今という時間は、将来成功するための準備としての意味だけじゃなくて、それ自体がかけがえのない人生の一部だからね。楽しむことに消極的になっちゃいけないと思う」なんて言えればいいな、と思います。
この本は、誰かの文章を引用し、それを土台にして自分の言葉で語りかけるという構成になっています。
下に抜き書きしたのは、基本的な構成で、下の例でいえば、ベンジャミン・フランクリンの「知識への投資は、常に最高の利息がついてくる。」という言葉に対し、著者の説教を述べます。
このような語り口だからこそ、若い人たちにも説得できるのかもしれません。なんといったって、二人の話を聞いているようなものですから・・・・・・。
(2012.4.26)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 君を成長させる言葉 | 酒井 穣 | 日本実業出版社 | 2012年2月1日 | 9784534049087 |
☆ Extract passages ☆
知識への投資は、常に最高の利息がついてくる。
政治家/ベンジャミン・フランクリン
典型的な一日を思い浮いべてみて、
その君の一日の中で、勉強にあてられている時間は、どれくらいある?
たとえば、典型的な一日の中に、英語の勉強が入っていない人は、
一生、英語をモノにできないんだよ。
毎日、少しずつなにかを進めることができるスキルほど、
重要なことはないよ。
英語ができる人が評価されるのは、
それが、コツコツやるっていうスキルの証明だからだよ。
(酒井 穣 著 『君を成長させる言葉』より)
No.700 『人生いたるところにブッダあり』
記念すべきNo.700をどのような本にしようかと思っていましたが、この本はオーストラリアの旅に持っていくつもりである本屋さんで何気なく手に取った1冊です。
それも、旅ではダーウィン関連の本を先に読んでしまい、これはホンの少し帰りの飛行機のなかで読んだだけで、その後もダラダラと時間ばかりかかり、やっと読み終わりました。
著者は2010年2月、62歳の若さで亡くなってしまいましたが、まさに波瀾万丈の人生を旅していたような作家でした。この本の中でも取り上げていますが、あの1993年に雑誌連載の小説「光の雨」の一部が、元連合赤軍幹部の坂口弘死刑囚の著書と酷似していると指摘された盗作疑惑問題も、今ではその旅の大きなうねりのなかにあります。でも、この本では、長い苦悶の末に「光の雨」を全面的に改稿して、さらに映画化もされました。そういうことでは、きっちり区切りをつけたといえます。
さて、この本は、著者自らは「ぼくの仏教入門」ということで、仏教との関わりを書いています。最初は1999年10月にネスコより刊行された「ぼくの仏教入門」を題名を変え、文庫化したものだそうです。つまり、もともと、この副題が本題だったというわけです。
著者はこの本のなかで、「苦しみと楽しみは表裏一体で、どちらかだけということはほとんどない。苦しみや恐怖の果てには必ず喜びがある。喜びの背後には悲しみや苦しみが必ず隠されているのです。こうして矛盾したことが同居しているのが、この世の成り立ちです。」という意味のことを何度か繰り返しています。おそらく、あの盗作問題も大きな金砂実や苦しみだったと思いますが、ある意味、それをバネにして立ち直る姿も描いています。そして、その傍らには、いつもブッダに支えられている著者がいます。
そして、「心が晴れやかであれば、この街の風景も華やかです。恨んでいれば、この街の風景も暗く澱んで沈んで見えます。自分の心を清めるということは、自分がその身を置いているこの風景を変えることです。だから心が大切なのです。心の修養ということが、人生に大きな意味をもってくるのです。」といいます。これこそ、ブッダが最後の旅でつぶやいたことです。
読み切るのに、時間はかかりましたが、それだけ深く読むことができたと、今は思います。私もブッダを訪ねて何度かインドを旅しましたが、そこには、たしかに「ブッダがこの世に確かに存在したという痕跡があった」と思います。それだけでも、インドを旅してよかったと思っています。
(2012.4.24)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 人生いたるところにブッダあり(ごま文庫) | 大谷和利 | マイナビ | 2012年1月10日 | 9784839941567 |
☆ Extract passages ☆
自然の前に平伏する。神仏に礼拝する。人がいろんなものに礼拝するのは、自分を謙虚につつしみ深くすることです。できるだけ我を、我執を小さくしていく。それが礼拝です。
礼拝は、無防備な姿をすることでもあります。
手を合わせてみてください。他人に飛びかかることもできない。他人を殴ることもできない。目を伏せて頭を下げ、一番弱いところを人前に曝している。まったく無防備な姿なのです。
礼拝は、仏教でいう因縁の、良き因縁を導きだす最もすぐれた智慧と言えるでしょう。だから人はお互いに、すべての人に対して礼拝し、無防備になれればいいのだけどそれがなかなか難しい。誰もがいつも無意識のうち、何かに対して身構えています。
(立松和平 著 『人生いたるところにブッダあり』より)
No.699 『スティーブ・ジョブズとアップルのDNA』
アメリカの現地時間で2011年10月5日にスティーブ・ジョブズが亡くなったことをNHKのニュースで知りました。
いくら有名だとしても、アメリカの一企業のCEOがNHKのニュースで取り上げられたことにビックリしたが、どこかでそれを納得していました。
著者はページの最初のほうで、「彼の自宅は、広大ではあったが、一流企業のトップの邸宅とは思えないほど質素で、高い塀もなければ、セキュリティシステムも備わっていなかったという。」といい、だからこそ、ジョブズは「世界統一仕様とデザインを持つ製品にこだわった。肌の色や文化、社会体制が違っていても、人々の根幹にある感覚は共通であると信じ、そこに向けて最高の製品を送り続けたのである。と言い切っています。
たしかに、アップル製品を好きだという方は多いようですが、私自身はつい最近まで一つも使っていませんでした。やはり、あのデザイン中心のスタイルになじめなかったし、自分の好みで変えることもできない仕様に不満がありました。でも、それは使ってもみないで、という声がいつもどこからか聞こえていたように思います。
ところが今年に入ってから、長年使っていた日本製のデジタルオーディオプレーヤーが故障し、新しいものを買わざるを得なくなり、とうとうiPod nano に変えました。以前のものはメモリーが2GBでしたが、この小ささで16GBもあり、何百曲、いや何千曲も入ることにビックリしました。しかも、ほとんどの操作がタッチパネルで、パソコンに入力すべきソフトもすべてタウンロードしなければならないようでした。
いざ、使ってみると、音質もなかなかのものだし、使い勝手は、使っているうちに慣れたし、ちょっとおもちゃみたいなところはまだなじめませんが、まあまあ満足しています。
やはり、著者が「夢想的だとしても、それに倣えば、ジョブズは世界中で愛される製品やサービスを作ることで、人類が国境を越えてわかり合える存在であることを証明したかったのかもしれない。」というのも、あながち誇張でもないと思います。
だからこそ、傾きかけたアップル社がジョブスの復帰で持ち直し、今では世界有数の会社に育っています。株価の推移を見ただけでも、それははっきりしています。
たった一人の個人の力が、これほど大きいとは、やはりというかさすがというか、それがスティーブ・ジョブズなのです。
そして、その影響力の力が、NHKのニュースでも取り上げられたということにつながるのでしょう。
スティーブ・ジョブズ関連の本が最近たくさん出ていますが、もう少し読んでみたいと思いました。
(2012.4.21)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| スティーブ・ジョブズとアップルのDNA | 大谷和利 | マイナビ | 2012年1月10日 | 9784839941567 |
☆ Extract passages ☆
アップルは、単に技術的に可能だから作ったり、営業部門からの要求で多機能化するようなことはしない。同社は、すぐには現実化できなくともまずビジョンを立てる。そして、その実現のためにどのような技術が必要かを考え、その技術がすでに存在していればライセンスを受けたり、開発元の企業を買収する。また、存在しない技術は自前での開発を考える。
かつてのアップルは、すべてを自前の技術で賄おうとして市場投入のタイミングを逸し、失敗することもあった。MacOS Xに相当するOSを自社開発できなかったのは、その最たる例だ。
同社は、今でも独自技術を重視はするが、そこに固執しすぎることはない。それ以上に、ビジョンの実現を優先する姿勢を持つようになったことが、現在のアップルの強さの根底にある。
(大谷和利 著 『スティーブ・ジョブズとアップルのDNA』より)
No.698 『犠牲のシステム 福島・沖縄』
東日本大震災のあと、原発関連の本を何冊が読んでいますが、読むたびにあの安全神話はほんとうに神話に過ぎなかったと思います。いや、神話などではなく、都合良く作られた話に過ぎなかったと思います。
この本を読んで知ったのですが、原発を立地する際の基準があり、今回の事故は想定外の出来事などではなく、まったく想定されていたことだと思いました。
そこで、1989年3月27日に1964年の基準の一部改訂があり、そのときの「立地審査の指針」をちょっと長いですがここに掲載しますと、
立地審査の指針
立地条件の適否を判断する際には、(中略)少なくとも次の三条件が満たされていることを確認しなければならない。
l 原子炉の周囲は、原子炉からある距離の範囲内は非居住区域であること。
ここにいう「ある距離の範囲」としては、重大事故の場合、もし、その距離だけ離れた地点に人がいつづけるならば、その人に放射線障害を与えるかもしれないと判断される距離までの範囲をとるものとし、「非居住区域」とは、公衆が原則として居住しない区域をいうものとする。
2 原子炉からのある距離の範囲内であって、非居住区域の外側の地帯は、低人口地帯であること。
ここにいう「ある距離の範囲」としては、仮想事故の場合、何らの措置を講じなければ、範囲内にいる公衆に著しい放射線災害を与えるかもしれないと判断される範囲をとるものとし、「低人口地帯」とは、著しい放射線災害を与えないために、適切な措置を講じうる環境にある地帯(例えば、人口密度の低い地帯)をいうものとする。
3 原子炉敷地は、人口密集地帯からある距離だけ離れていること。
ここにいう「ある距離」としては、仮想事故の場合、全身線量の積算値が、集団線量の見地から十分受け入れられる程度に小さい備になるような距離をとるものとする。
この文章をみると、はっきりと「重大事故の場合」が想定されていますし、だからこそ原発は「人口密集地帯」から離れていなければならないとされたのです。
つまり、あくまでも想定外という認識ではなく、起こるかも知れないとわかっていたことで、だからこそ、多くの方が人災というのも頷けることです。
この本を読むと、原子力発電というものがいかに多くの犠牲の上に成り立っているかということがわかります。ぜひ、ご一読ください。
(2012.4.18)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 犠牲のシステム 福島・沖縄(集英社新書) | 高橋哲哉 | 集英社 | 2012年1月22日 | 9784087206258 |
☆ Extract passages ☆
官僚は「顔がない」といわれる。事務次官が一、二年で交代していくシステムは個人の責任を問うことを難しくするように見え、そのことがまたこのシステム全体を「無責任の体系」として延命させてしまう現実がある。だが、決定権者の責任を組織の責任に解消することはできない。甚大な被害を出して破綻に行きついた国策――それを意のままにしてきた歴代の「原子力官僚」の責任は免れない。もちろん、その国策の最終責任は、内閣の担当大臣たち、そしてつまるところ内閣総理大臣にあることは言うまでもない。
(高橋哲哉 著 『犠牲のシステム 福島・沖縄』より)
No.697 『インド夢幻』
著者は瀬戸内晴美ですから、相当古い本ですが、ここになぜ仏教に興味を持ったのかとか得度するきっかけになったのはなにかなどのヒントが隠されているように感じました。前から読もう読もうと思いながら、読む機会がなかった本の1冊です。
もともとこの文章は、「週間朝日」に昭和53年2月から5月まで「インド紀行」の題で連載されたもので、それを昭和57年7月に単行本として出される際に全面的に補筆し、さらに7章分を加筆しまとめたものだそうです。
著者が今東光を師僧として中尊寺で得度したのが昭和48年(1973)ですが、昭和62年(1987)に天台寺住職となったときに瀬戸内寂聴に改名してますので、その間に書かれたということになります。この文庫本は1986年に第1刷が発行されていますから、まさに瀬戸内寂聴と名乗る前年のことです。
この本にも書かれていますが、インドはお釈迦さまの故郷であるばかりでなく、不可思議な世界です。しかも著者はこの後、何度もインドを訪ねているそうですが、これが最初のインド訪問ですから、おそらく相当印象深いものがあったと思います。
この本のなかでも、アンナプルナやマチャプチャの巨峰群を見たときの印象を「自分の躯が現実のものでないような恍惚の中にひたされている」と書いていますが、翌日、もう一度見ようと早起きしたのに曇っていて見れなかったことを、「あれほどの美は一度出逢えればいいのではないか」と言い切っています。そのような気持ちになるということも、やはり最初だったからではないかと思います。
人は、良くも悪くも、最初の印象が一番強烈です。だから、インドに一度行き、後は行きたくないという人と何度でも行きたいという日とに分かれる、というのも頷けます。
しかも、インドで体調を崩し、大変な思いをしながら仏跡巡礼を続けたということは、いつもお釈迦さまを身近に感じ、修行のつもりで歩き続けたということでしょう。私も何度かお釈迦さまの足跡を訪ねたことがありますが、ここに2,500年ほど前にお釈迦さまがいらっしゃった、と思っただけでジーンとくるものがありました。
(2012.4.15)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| インド夢幻(文春文庫) | 瀬戸内晴美 | 文藝春秋 | 1986年9月25日 | 9784167116170 |
☆ Extract passages ☆
私が釈尊に惹かれ、仏教に帰依したことを今もよかったと思っている理由のひとつに釈尊が王城を出て以来の苦行や瞑想のすべてが、自己救済の目的で行われたという点である。神でもなく超越者でもなく、ほたまた神の子でもなく、ひたすら只の人間としてのシッダッタが、人間の苦悩に直面して悩み苦しんだという点である。私にとって釈尊が慕わしくなつかしいのは、釈尊が若き日の快楽的な煩悩にみちた生活を正直に告白してくれているところである。生涯、何の奇蹟もおこらず、悟りを開いて聖者仏陀を自覚して後も、とぼとぼと歩きつづけ孤独に病死していった八十歳の老人が慕わしくなつかしいのである。
(瀬戸内晴美 著 『インド夢幻』より)
No.696 『元気と勇気が湧いてくる経済の考え方』
著者は経済学の専門家で、経済学の著書も多々あります。でも、この本は著者もことわっているように、経済学のテキストではありません。むしろ、経済学でよく使う考え方で一般的なことを考えようというものです。たとえば、「元カレのプレゼントと試験勉強の意外な関係」とか、「行列ができているラーメン屋に並んでみた」という設定です。
第1章は、この「元カレのプレゼントと試験勉強の意外な関係」ですが、最終的には過去を振り切って前に進むという方向にコマを進めます。そして、「取り返しのつく過去は、実は気にしてもよい過去。逆に、取り返しのつかない過去はさっさと忘れるべき」として、元カレのプレゼントはさっさと忘れてしまいなさい、といいます。でも、その割り切りが必要だと感じながらも、なかなか割り切れないのが本音です。まあ、そう言ってしまえば、身も蓋もないのですが。
このような本を書く著者の略歴も興味深く、「1963年生まれ。父の仕事の関係で小学校をシンガポールで卒業、高校時代をブラジルで暮らす。大学も慶應義塾大学経済学部を通信教育により卒業。普通の若者の進路とはかなり異なる道を歩んだのち東京大学大学院へ進み、博士号を取得。現在、東京大学大学院経済学研究科教授。」と紹介されてありました。
たしかに「普通の若者の進路とはかなり異なる道」ですが、それでも将来を見据えた道を歩いてきたからこそ、「選択肢を増やすことは、単純に見えなかったものを見えるようにするというメリットばかりではありません。今まで自分の考えの中になかった新しい選択肢を増やしていくことも大事なメリットになります。世界は大きく変化しています。これからの社会は、今までとは大きく違ってくることでしょう。そんなときに必要なことは、新しい選択肢だったり、新しいルートだったりを見つけ出していくことです。」という言葉が出てくるのではないかと思います。
下に、選択肢を広げることの大切さを書いた文章を抜き書きしました。
ぜひ、この本のおもしろさを味わっていただきたいと思います。
(2012.4.13)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 元気と勇気が湧いてくる経済の考え方 | 柳川範之 | 日本経済新聞出版社 | 2011年11月21日 | 9784532354909 |
☆ Extract passages ☆
今、日本社会は大きな転換期を迎えている。日本だけではなく、世界全体が新興国の台頭など、大きな曲り角を迎えている。もはや、今までのやり方がそのまま通用する、今までの成功パターンがそのまま成
功をもたらす時代ではない。今までのやり方を踏襲して、そのまま後ろをついていっても、未来はない。
自分で考え、自分がよいと思う方向を選び取っていかなければならないのだ。でも、恐れることはない。なじみの店以外は、とんでもない悪店ということはない。どんな選択肢を選んでも、それなりに走っていけるものだ。むしろ周りに人が大勢いない分、きっとのびのびと走れるはずだ。
だから、落ちこぼれた、皆から遅れたと思って打ちひしがれている人も、絶望してはいけない。そこから出ている選択肢は、きっと素晴らしいゴールにつながっているはずだから。
(柳川範之 著 『元気と勇気が湧いてくる経済の考え方』より)
No.695 『公園・神社の樹木』
この本の副題は「樹木の個性と日本の歴史」とあり、人と樹木との関わりとか、それが公園や社叢林での成り立ちとか、樹木にだけスポットを当てるのではなく、その歴史にまで興味を延ばしているのが特徴ではないかと思います。
いわば、樹木にも歴史がある、といいますか、とくに公園や神社の樹木には秘められた歴史が感じられます。
たとえば、年に何度かは上野の東京国立博物館には行きますが、あの正面のユリノキには気づいていたのですが、昭和13年の完成時に牧野富太郎の推薦で植えられたということは知りませんでした。現在では、まさに東博のシンボル的な存在ですが、それも明治6年ころに北米から輸入された日本最古のユリノキが新宿御苑に植えられ、その子孫だそうですから、まさに樹にも歴史ありです。
樹木の歴史といえば、アメリカ合衆国の首都ワシントンD.C.のポトマック河畔の桜並木は、春の今頃になるとその風景がテレビ等で紹介されますが、この桜は1912年3月27日に日本とアメリカの友好親善の証として約3,000本の桜が贈られたものが最初です。現在でもまだその当時の桜が200本ほど残っているそうで、子孫たちを含め3,750本の桜が毎年美しい花を咲かせているそうです。
ということは、ちょうど今年で100年という節目に当たります。そして、その返礼として、1915年にアメリカからハナミズキが届けられました。このハナミズキの花言葉は「返礼」だそうですが、お返しにはぴったりだったのでしょう。
でも、よく思うのですが、日本では第二次世界大戦のときそのハナミズキを敵国の花としてほとんど伐採してしまったのですが、アメリカではこのように残されて今も盛りに咲いています。
この本でも少し触れていますので、下に抜き書きしましたから、お読みください。まさに、樹に歴史ありです。
(2012.4.10)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 公園・神社の樹木 | 渡辺一夫 | 築地書館 | 2011年12月15日 | 9784806714323 |
☆ Extract passages ☆
太平洋戦争が始まり、戦局が悪化するにつれて、この木の運命は暗転する。ある日、軍令によって当局の兵士に伐られてしまったという。ハナミズキは「敵国の木」だったのである。
ハナミズキがアメリカから贈られてから約80年後の平成八年に、日比谷公園のハナミズキ林に、新たに1本のハナミズキが移植された。それは、アメリカから贈られたハナミズキの二世の苗木であった。アメリカから贈られたハナミズキは、日比谷公園だけでなく、都立園芸高校(旧府立園芸学校)にも分けられていた。そのうち2本が現存しており、その種子から育てた苗木が、園芸高校から日比谷公園に贈られたのである。植樹の際には、尾崎行雄の孫に当たる人も出席し、80年前のプレゼントに感謝し、日米の友好を祈ったという。
(渡辺一夫 著 『公園・神社の樹木』より)
No.694 『俳句のユーモア』
著者は、題名の『俳句のユーモア』のユーモアとは、『私は、自分と他者の感受性や精神のこわばりをほぐす力、それをユーモアと呼ぶことにする。ユーモアは必ずしも笑いそのものではなく、酒落や滑稽や話語をも含んだ心身のこわばりをほぐす力だ。子規の言葉を借りていえば「まじめくさった」ものをはぐす力がユーモア。以上の定義は荒っぽくてルーズだが、厳密に定義してしまうと、当のユーモアを固定化・形式化することになり、笑うに笑えないこわばりをきたすことになりかねない。』として、最後のほうで取り上げています。
ちなみに、第1章は「俳句的発想」、第2章「口誦と片言」、第3章「句会の文芸」、第4章「ユーモアの詩」という構成になっています。
著者は俳人でもあり、その句はユーモアを湛えているようで、この本の中でも「三月の甘納豆のうふふふふ」や「牡丹雪ぼくもあなたもかりんとう」」など、自作の句も取り上げています。でも、著者自身の解説を読むと、それはそれでなかなか深い意味もあるようです。
だからといって、著者の考えた通りに読者は解釈しないようで、それもまた、おもしろいことだと思いました。
著者も、俳句はいろいろな読み方をしていいし、作者の内を離れて、あらたな輝きを得ることもあるといいます。だからこそ、楽しいので、そのときどきの自分の思いで読めるからこそ、広がりもあるようです。
前回読んだ『寺田寅彦』にも、夏目漱石が出てきましたが、この本でも取り上げられていました。ということで、漱石の句を一つ、「山里や一斗の栗に貧ならず」、これをうまいとみるかそうでもないみるかは個人の問題です。
私は、夏目漱石は小説のほうがいいと思いました。
下に、著者の言葉遊びについて書いた部分を抜き書きしました。
(2012.4.7)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 俳句のユーモア(岩波現代文庫) | 坪内稔典 | 岩波書店 | 2010年10月15日 | 9784006021764 |
☆ Extract passages ☆
言葉遊びについては、ことに近代では、表現として価値が低いという見方が幅をきかしている。芭蕉についても、貞門、談林の言葉遊びを脱して真摯な表現に到達したという見方がまかり通っている。「それは言葉遊びだ」といえば、近代ではあまり価値のない表現、一段低い表現という意味の批評用語になる。だが、言葉遊びにおける言葉くらい、言葉が生き生きとしている状態はほかにはないのではないだろうか。そこではリズム、響き、意味の多義性など、言葉の持つさまざまな要素が相互に関わり合ってうごめいている。
いまでもことに子供や若者は言葉遊びに敏感だが、それは子供や若者が、生き生きとして原初的な言葉に敏感だということではないだろうか。言葉がたんに伝達の道具や知識としてではなく、生き物として呼吸しているのが言葉遊びの言葉だと思われる。
(坪内稔典 著 『俳句のユーモア』より)
No.693 『寺田寅彦』
副題が「漱石、レイリー卿と和魂洋才の物理学」で、寺田寅彦と夏目漱石、そしてレイリー卿との類似性などを大きく取り上げています。
この本を手にしたときには、おそらく寺田寅彦の生い立ちなどの記録やものの考え方を書いてある、と漠然と思っていたのですが、ちょっとばかり違っていました。その当時の物理学を丹念に紹介してあり、もしかするとこれは物理学の本ではないかと思うほどでした。
たしかに、寺田寅彦の時代は古典的物理学、つまりは自分の目で確認できることを対象とするようなものから、原子や放射線など、自分の目だけでは絶対に見ることができないものまで対象としつつある今の物理学へと移行しつつある、その狭間でした。しかし、寺田寅彦は、「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」という口癖があったと伝えられていますが、そのように目に見える不思議な現象を解き明かすことに興味があったようです。そこから「尺八の音響学」や「椿の落下運動」などの研究が生まれたともいえます。
この本で知ったのですが、生涯に著した学術論文は267編、その内訳は英文209編、邦文58編ですから、約30年間でこれだけの論文を発表したということは驚きでした。もっと、時間をかけてゆったりした研究をしていたと勝手に思っていたので、本当にびっくりしました。
さらに、啓蒙的な科学の解説や紹介などいわゆる随筆や、さらには漱石の影響からはじめたと思われる俳句まで含めれば、そうとうな文章が残っています。まさに文人科学者の面目躍如たるものがあります。
下に抜き書きしたのは、1927年の随筆「防備録」の中の線香花火に関する記述です。たしかに科学的な見方ではありますが、文章は詩的というか音楽的というか、いかにも寺田寅彦らしいものが感じられます。ちょっと長くなりますが、日本人の感性と科学的なものの見方考え方の融合と思えるので、引用してみます。
ぜひ、ゆっくり読んでみてください。これが科学論文なら、やはり読んでみたいと思うのではないでしょうか。
(2012.4.4)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 寺田寅彦(中公新書) | 小山慶太 | 中央公論新社 | 2012年1月25日 | 9784121021472 |
☆ Extract passages ☆
はじめ先端に点火されてただかすかにくすぶっている間の沈黙が、これを見守る人々の心をまさにきたるべき現象の期待によって緊張させるにちょうど適当な時間だけ継続する。次には火薬の燃焼がはじまって小さな炎が牡丹の花弁のように放出され、その反動で全体は振り子のように揺動する。同時に灼熱された熔融塊の球がだんだんに生長して行く。炎がやんで次の火花のフェーズに移るまでの短かい休止期(ポーズ)がまた名状し難い心持ちを与えるものである。火の球は、かすかな、ものの煮えたぎるような音を立てながら細かく震動している。それは今にもはとばしり出ようとする勢力(エネルギー)が内部に渦巻いて
いる事を感じさせる。突然火花の放出が始まる。目に止まらぬ速度で発射される微細な火弾が、目に見えぬ空中の何物かに衝突して砕けでもするように、無数の光の矢束となって放散する、その中の一片はまたさらに砕けて第二の松葉第三第四の松葉を展開する。この火花の時間的ならびに空間的の分布が、あれよりもっと疎であってもあるいは密であってもいけないであろう。実に適当な歩調と配置で、しかも充分な変化をもって火花の音楽が進行する。この音楽のテンポはだんだんに早くなり、密度は増加し、同時に一つ一つの火花は短くなり、火の矢の先端は力弱くたれ曲がる。もはや爆裂するだけの勢力のない火弾が、空気の抵抗のためにその速度を失って、重力のために放物線を描いてたれ落ちるのである。荘重なラルゴで始まったのが、アンダンテ、アレグロを経て、プレスティシモになったと思うと、急激なデクレスセンドで、哀れにさびしいフィナーレに移って行く。私の母はこの最後のフェーズを「散り菊」と名づけていた。ほんとうに単弁の菊のしおれかかったような形である。「チリギクチリギクチリギクチリギク」こう言ってはやして聞かせた母の声を思い出すと、自分の故郷における幼時の追懐が鮮明によび返されるのである。あらゆる火花のエネルギーを吐き尽くした火球は、もろく力なくポトリと落ちる、そしてこの火花のソナタの一曲が終わるのである。あとに残されるものは淡くはかない夏の宵闇である。私はなんとなくチャイコフスキーのパセテイクシンフォニーを思い出す。
実際この線香花火の一本の燃え方には、「序破急」があり、「起承転結」があり、詩があり音楽がある。
(小山慶太 著 『寺田寅彦』より)
No.692 『弱者の居場所がない社会』
この本を読んで、本当に居場所がないということの怖さを知りました。そして、お金がない、ということは、それにともなういろいろな制約もあるということで、その大きな孤立感もヒシヒシと感じました。
この本のなかで、『経済的貧困には、ただモノがないというだけではないさまざまな側面がある。経済的制約は、しばしば、人々を束縛する。それは、選択肢がないこと、ゆとりがないこと、時間がないこと、将来の見通しが立たないこと、安心がないこと、にもつながる。さらに、経済的制約は、他者との交流やつながりさえも奪う。所得が低い層ほど、孤立の度合いが高いことは、さまざまなデータからも確認される事実である。さらには、現代社会において経済的地位は、社会的地位を意味し、社会の中で低い順位に常に置かれていることは、精神的に大きな苦痛である。それは、人として敬われないこと、自尊心を失うこと、希望がないこと、につながる。そして、経済的貧困は、究極的には、人々を「社会的孤立」に追い込み、「居場所」さえをも奪ってしまう。』という。
だから、経済的に困窮するのはたいへんだというわけです。でも、一般的に貧乏だということは、むしろ狭い意味での経済的貧困のみを考えます。でも、こうしてみると、むしろそこから派生する社会的なことや精神的な苦痛のほうがたいへんなような気がします。
それと、昨年の東日本大震災の復興にも関連しますが、直接的な被害だけでなく、二次的、三次的な被害が出てきます。この本でも書いてありましたが、阪神・淡路大震災のときにも、2年目以降に仮設住宅における「孤独死」が急増したそうです。また、収入に関しても、2年後よりもむしろ5年後、9年後の方が震災前に比べて収入が減ったとアンケートに答えています。
たしかに、震災直後は多くの救済事業があり、みんなの目も向いていますが、時間がたつにつれて、支援も少なくなり、ある意味で遠い記憶になってしまいがちです。そうすると、経済的問題もさることながら、精神的不安感の方が強く出てきます。しかも、それは震災による影響なのか、あるいはもっと別な理由なのか、その区別がますます曖昧になってくることも大きな問題です。
しかし、どのような理由であれ、今の日本は大きな格差社会になりつつあります。持てるものと持てざるものの差が大きく開きつつあります。それは、絶対にいい社会とはいえません。これは、どちらにしても、困った問題です。
イギリスのノッティンガム大学医学部の社会疫学者であるリチャード・ウィルキンソン教授は、これを「格差極悪論」として指摘しています。これを下に抜き書きしますので、ぜひ、考えて欲しいと思います。弱者の問題は、すべての人たちの問題でもあるということです。
(2012.4.1)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 弱者の居場所がない社会(講談社新書) | 阿部 彩 | 講談社 | 2011年12月20日 | 9784062881357 |
☆ Extract passages ☆
格差が大きい国や地域に住むと、格差の下方に転落することによる心理的打撃が大きく、格差の上の方に存在する人々は自分の社会的地位を守ろうと躍起になり、格差の下の方に存在する人は強い劣等感や自己肯定感の低下を感じることとなる。人々は攻撃的になり、信頼感が損なわれ、差別が助長され、コミュニティや社会のつながりは弱くなる。強いストレスにさらされ続けた人々は、その結果として健康を害したり、死亡率さえも高くなったりする。これらの影響は、社会の底辺の人々のみならず、社会のどの階層の人々にも及ぶ。これが、格差極悪論の要約である。
疫学、社会政策学、経済学、社会学、福祉学など、さまざまな分野の研究者によって、ウィルキンソンのこの主張を裏付ける研究が続々と蓄積されつつある。
(阿部 彩 著 『弱者の居場所がない社会』より)
No.691 『鉄眼』
この鉄眼さんの本を知ったのはだいぶ前のことですが、どの本屋さんをのぞいてもなく、絶版になっているようでした。市内の古本屋さんを訪ねても、やはり、見つけることはできませんでした。
しかし、便利な時代になり、インターネットで古書も買えるようになり、忘れかけていたこの本を試しに打ち込んでみると、なんと京都の古本屋にありました。それで、すぐに注文したのがこの本です。
表紙には、「一切経刻版に賭けた生涯 鉄眼」とあり、映画化されたようでもあります。そこで、これまたインターネットで調べてみると、1981年に製作され「櫂の会」から配給されたようで、上映時間は115分だそうです。でも、それ以上のことはわからず、DVDで出ているかどうかもわかりませんでした。
この本では、最後に鉄眼禅師の略年譜も出ていますが、あまりにも略過ぎて、どうも実像が浮かび上がってきません。しかも、この本は小説ですから、いかにも創作かな、と思える箇所が多く、一気に読んだものの、後味はイマイチでした。著者も最後のあとがきに書いていますが、「私のイメージのなかにある鉄眼禅師は、黒の僧衣をまとい素朴な姿で庶民の間を説いてまわるやさしい親しみ深い人間なのです。そのやさしさのなかに、ひたむきなものが秘められています。いや、むしろその秘められたひたむきなものが、やさしさと親しみ深さとなって出てきていると言った方がよいかもしれません。神も仏も信じない私の魂がゆすぶられたのは、鉄眼禅師のそこのところでした。」とありますが、先にそのようなイメージがありそれを浮かび上がらせるように描いたような気がします。
だからこそ、サラッと読めるし、映画化しやすいのかも知れませんが、読み応えのあるものとは言えないようです。
それでも、下に抜き書きしたところは、父の死に目にも会えなかった鉄眼が四十九日法要にあわせて生まれ故郷の守山に帰り、法要の後に挨拶をしたとき、幼なじみの小僧であった元舟や照栄たちの質問に答えた時の一くだりです。まさに、その本心から出た静かな語り口に多くの人たちが共感したのは当然かと思います。人は一人ではなにもできません。でも、その一人一人の結びつきがさらに多くの結びつきになり、さらにさらにその結びつきが深まってくるなら、とてつもない大きな力となります。
そのことは、この本のなかでも、なんども描き出されています。むしろそれを、著者は描きたかったのではないかとさえ、思いました。
(2012.3.28)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 鉄眼 | 片岡 薫 | ヘラルド・エンタープライズ | 1982年7月30日 | |
☆ Extract passages ☆
私は、まだまだ悟りの域に至るまでには遠く、さまざまな煩悩にどこまで打ち克てるのか、不安でなりません。たえず支えてくれる杖が欲しいと思っております。千々に迷う心を、そのつど叩き直してくれる杖が必要だと考えております。その杖が、私の場合は、この一切経の刻版でございます。私は生涯をかけても、この仕事をやめるわけにはいきません。それだけ、私が未熟だという証拠かもしれません・・・・・・
(片岡 薫 著 『鉄眼』より)
No.690 『面白くてためになる! 日本のしきたり』
表紙に図説とあり、なかを見るとイラストや写真を使って定年に解説されているようなので、読むことにしました。副題は「意外な由来から正しい作法まで」とあり、それほど意外でもないこともだいぶ載っていました。それでも、初めて知ることもあり、最後まで読み通しました。
そういえば、2月3日の節分の日にテレビを見ていたらダイズの替わりにピーナッツをまいているのを見てビックリしましたが、そのことも書かれていました。これは昭和30年ころ北海道から始まったようで、落花生の生産が急激に伸びた時期と重なるそうです。2006年の凸版印刷・消費行動研究室によると、「大豆ではなく落花生をまくという人が、北海道・東北では約74パーセント、北陸・甲信越で約44パーセント、九州・沖縄で約37パーセント」だったといいます。
ということは、このあたりでは約74%ですから、むしろ多いということになります。では、なぜ落花生をまくのかというと、『「大豆より落花生のほうが拾いやすい」「落花生は大豆よりも高カロリーだから」「落花生なら小さな子どもがあやまって口に入れる心配がない」などという、非常に合理的な理由で急速に広まったそうです』と書いてありました。
でも、それだけの理由なら、毘沙門天の言い伝えによる大豆をまくほうが由来からもいいような気がしますが、それも時代とともに変わっていくということなのでしょうか。
ということは、時代とともに変わってきたのは「しきたり」とはならず、時代が変わっても残ってきたものが「しきたり」として今もあるのかもしれません。そう考えれば、その貴重な「しきたり」はぜひ残していきたいと思います。
下に抜き書きしたのは、風呂敷についての解説です。なぜ風呂敷なのか、その答えは下にあります。このようなことに興味があるとすれば、この本を読んでみてはとお勧めいたします。
(2012.3.25)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 面白くてためになる! 日本のしきたり | 永田美穂 監修 | PHP研究所 | 2012年1月10日 | 9784569800707 |
☆ Extract passages ☆
風呂敷という呼び名の由来は奈良時代までさかのぼります。この時代の風呂は、寺院だけに設けられた蒸し風呂で、現在のように湯に浸かって疲れを癒すものではなく、心身を清める宗教的行為のひとつだったのです。温堂と呼ばれる風呂場に入る前に床に布を敷き、そこに座って白い布に着替え、脱いだ衣服をその布で包みました。その布こそが風呂敷の前身です。
江戸時代になると銭湯ができ、宗教的意味合いは消えて湯船に浸かるようになりました。それでも相変わらず風呂敷の上で着替え、脱いだ衣服を包んだり、濡れた足を拭いたりしたのです。布団や衣類などを包むようになるのは、安くて丈夫な木綿が大量生産され、風呂敷が庶民の間にも普及してからです。
品物がちりやほこりで汚れるのを防ぐ役割も風呂敷はものを包んで持ち運ぶだけでなく、汚れを防ぐ役割もありました。もちろん宅配便などない時代、風呂敷に包んで自分で運んだのです。風呂敷はほこり除けですので、包んだまま渡すのではなく、風呂敷を解き、品物を取り出したらサッとたたんで品物だけを差し出しました。このような所作にも相手への思いやりが感じられますね。
(永田美穂 監修 『面白くてためになる! 日本のしきたり』より)
No.689 『江戸の縁起物』
表紙の写真が、どこかで見たことがあると思って見始めたのが、この本を読むきっかけです。
その写真は、浅草仲見世に店を構える「助六」の縁起物、笊かぶり犬でした。これは普通の犬張り子にザルをかぶせたものですが、『当時、子を持つ親がいちばん嫌ったのは、風邪とできものでした。風邪をひいても「鼻づまりしないように」と水の通らがいい笊、そして「できものの瘡(かさぶた)が小さくなりますように」とつぼめた傘(瘡とかけて)を笊の上に載せて、張り子の犬にかぶせたというわけです。また「犬」という字に「笊」の「竹かんむり」をかぶせると、「笑」という字に似てきます。「子どもには、いつもにこにこ笑顔で元気に育ってほしい」という親たちの願いも込められているのです。』と解説されています。
このような解説と写真がそれぞれ1ページずつ組みになって構成されています。副題が「浅草仲見世 助六物語」で、聞き書きがフリーライターの藤井恵子さんで写真が鈴木俊介カメラマンです。助六は間口1間の小さなお店で、そこに3,000点ほどの小さな菅具が並んでいるそうですから、まさに小間物屋です。そのなかかから、約200点の縁起の良いおもちゃを選んだそうで、とても興味深く見せていただきました。
でも、それ以上にびっくりしたのは、その間口1間のお店に、22人の職人さんを抱えているということです。これはすごいことだと思いました。
この本の中にも出てくるのですが、『みやげということばは「宮笥」といって、神さまのいるお宮にお参りしていただくもの、そして買い求めるものという意味があります。その宮笥を信心深い人たちが家に持ち帰り、神棚に飾って家のお守りにしたら、子どもにあたえてあそばせるんです。子どもに「観音さまへ行こう」といえば「あっ、おもちゃを買ってもらえる」。愛嬌のある小さくて可愛いものを「豆」といいますが、そういう豆おもちゃが子どもを守ってきたというのがいいですねえ。』といいます。やはり、浅草観音が中心に居られて、守っていてくださるのではないかと思います。江戸文化を守ろうと聲高に言うより、守り守られる相互関係の中からそのような機運が生まれてくるのではないかと思います。
下の抜き書きは、新作の「小野道風蛙」の解説です。ホント、いいものでしょう。
(2012.3.22)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 江戸の縁起物 | 木村吉隆 | 亜紀書房 | 2011年12月30日 | 9784750511283 |
☆ Extract passages ☆
小野道風は平安時代の貴族で、「三蹟」のひとりに数えられるほどの能筆家として知られています。そんな道風でも、自分の才能のなさに嫌気がさして書の道を辞めようかと悩んだ時期があったそうです。今でいうスランブですね。
ある雨の日、散歩に出た道風は、柳に飛びつこうとしている蛙の姿に日を止めました。何度も何度も挑戦しては無様に落ちる姿に「いくら飛んでも柳に届くわけがない。なんと愚かな蛙よ」と内心馬鹿にしていたとき、偶然にも柳が強風でしなら、蛙は見事に飛び移ることができました。「一生懸命努力をすれば、偶然さえ自分のみかたにできるのだ」と悟った道風。以後は、血のにじむような努力をしたそうです。
助六ではこの逸話から想を得まして、小野道風姿の蛙を作ってみました。蛇の目傘と筆を持った愛嬌のある姿が、お陰さまで好評をいただいております。努力を怠らなければ、自然と運が向いてくるというものです。
(木村吉隆 著 『江戸の縁起物』より)
No.688 『ビーグル号世界周航記』
まだ、オーストラリアのダーウィンにいて、さらに帰国の飛行機のなかでこの本を読み終わりました。前回に引き続き、ダーウィンに因んだものです。
副題は「ダーウィンは何を見たか」ですが、訳者も「役者の序」に書いていますが、この本はダーウィンの著書とはいいがたく、ダーウィンの数多い著書から抜粋してハーパー兄弟書店が家庭の両親と少年少女向きに編集したもの、としています。
でも、読んでみると、すぐに理解できるところをみると、このような本の存在も必要だと思いました。さらにペン画のような絵(約100点もある)も見て参考になり、旅の途中で読むにはとても興味深いものがありました。
内容は、副題にあるように、まさに「ダーウィンは何を見たか」を列挙してあるような編集で、第1章動物、第2章人類、第3章地理、第4章自然、という具合に、周航記というより、個別の事柄についての列挙です。だから、どこで読むのをやめてもいいので、旅先で読むには好都合でした。
しかも、オーストラリアのことも出で来るので、やはり関心はあります。
下に抜き書きしたのは、第3章の地理のところで、オーストラリアのニュー・サウス・ウェールズのことを書いています。たしかに、ここの景色は極端に一様性ですが、そこにはそこの良さもあるようです。でも、ダーウィンには、自分の故郷の自然の方が性に合っているので、このような言いぐさをしたのでしょう。
でも、私も、帰国するたびに思うのですが、日本はやはり素晴らしいです。日本の自然は目にも優しく、チカチカとした強烈さが感じられず、すんなり受けいれられる優しさがあります。
(2012.3.19)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| ビーグル号世界周航記(講談社学術文庫) | チャールズ・ダーウィン 著、荒川秀俊 訳 | 講談社 | 2010年2月10日 | 9784062919814 |
☆ Extract passages ☆
葉は周期的に脱落しない。これは全南半球、すなわち南アメリカ、オーストラリアおよび喜望峰に共通する性質であるように見える。このため南半球と熱帯地方の住民は、(われわれの目には普通のこととして見えるのであるが)世界における最も壮麗な光景の一つ―――葉のない木が、いっせいに多くの木の葉をぱっと萌えだし始める光景を見る特権を失っている。しかしながら、彼らはわれわれこそこの特権にたいして数カ月の長いあいだ、ただの裸の葉のない木でおおわれた陸地を眺めているというひどい目にあっているのだというかもしれない。これはまったくそのとおりだが、だからこそわれわれの感覚は、春のこのうえなくみごとな線に強烈な妙味をおぼえるのだが、生長のさかんな気候のすばらしい産物を一年じゅう見飽いている熱帯に住む人々の目には、けっして味わえないのである。
(チャールズ・ダーウィン 著、荒川秀俊 訳 『ビーグル号世界周航記』より)
No.687 『ダーウィンの足跡を訪ねて』
3月9日から19日まで、オーストラリアのダーウィンに行っていました。ここダーウィンは、あの進化論で有名なチャールズ・ダーウィンと関係があり、それでこのような地名になったそうです。でも、ダーウィンはここには一度も来たことがなく、1839年にイギリス海軍の軍艦ビーグル号のジョン・ロート・ストークスによって港に使えそうな入り江が発見され、その時の船長、ジョン・クレメンス・ウィッカムがチャールズ・ダーウィンにちなんで、この入り江をポート・ダーウィンと名づけたそうです。このウィッカムやストークスらはビーグル号の前回の探検航海でダーウィンと同じ船に乗り込んだ仲間でした。おそらく、そのような縁もあって、ダーウィン港としたようです。
ここダーウィンは、南半球ですから夏の終わりころの気候で、しかもオーストラリアにしては珍しい熱帯雨林、さらに雨期の盛りでした。車道もところどころ水没して、船に乗り替えないと前に進めないこともありました。この水だらけのところが、乾期になると地面がひび割れするほどカラカラに乾くと聞いても、まったく実感がわきませんでした。でも、移動は大変ですが、植物は雨期のほうが豊かで、たくさんの花を見ることができました。
その旅の合間の、飛行機や車のなか、さらにはベットの上で読んだのがこの本です。
しかも、集英社新書ヴィジュアル版ですから、随所にカラー写真が載り、とても読みやすいものでした。内容は、著者がダーウィンの足跡を訪ねて歩き、その歴史的なことや印象などを記したものです。でも、ダーウィンが立ち寄らなかったのですから、ここダーウィンのことは何一つ書かれてはありませんが、それでも名前が同じということもあり、親しみを持って読むことができました。
とくに印象に残ったのは、ビーグル号に乗船した5年間がとても貴重な体験だったということです。それが、その後の人生を決定づけたともいえます。著者は、そのことを「人生には決定的な転回点というものがある。もしかしたら、そういう転回点は誰にでもたくさんあるのだが、それを本当に転回点にできる人と、転回には結びつけずにやり過ごす人があるのかもしれない。いずれにせよ、チャールズ・ダーウィンは、そういうチャンスに遭遇し、それを十分に生かして飛躍を遂げた。」と書いています。
この本を読みながら、ここダーウィンにいる不思議を感じたのも、何かえにしがあるのかもしれない。
下に抜き書きしたのは、ダーウィンの記録魔の一面を見る思いですが、著者は、「こんなことを冷徹に考えるチャールズ・ダーウィンとは、いったいどんな男なのだろう?」と指摘しています。
(2012.3.14)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| ダーウィンの足跡を訪ねて(集英社新書ヴィジュアル版) | 長谷川眞理子 | 集英社 | 2006年8月17日 | 9784087203557 |
☆ Extract passages ☆
結婚することの利点は、やすらぎ、子どもができる楽しみ、生涯の伴侶を得ること。しかし、こんな楽しみを享受し、しかも科学の研究を続けるためには、お金が十分になければならない。お金がなかったらどうしよう? 子どもにはとてもお金がかかるに違いない。科学の研究用のお金が、子どもにとられてしまうかもしれない。これは、結婚の欠点。さらに結婚の欠点は、時間の無駄としか言いようのない親戚づきあい。自由に世界を旅行できなくなること。一方、結婚しなかったとしたら、その利点は自由であること。ヨーロッパもアメリカも、見たいものは気ままにいくらでも見られる。無駄な親戚づきあいも、独身ならばしないですむ。しかし、ロンドンのむさくるしいアパートでいつまでも独居するむなしさ。年老いて、何も残らない寂しさ。
と、思いつくままに、結婚するべきか、しないべきか、チャールズはノートに書き散らす。これはエマを結婚の対象として真剣に考え始める以前のことだ。
(長谷川眞理子 著 『ダーウィンの足跡を訪ねて』より)
No.686 『家もいいけど旅も好き』
だいぶ前の話しですが、京都の随心院に行った時に、そのトイレを見てびっくりしました。広さは2畳敷きで、まさに京間の畳が敷かれていました。そのほぼ中央に木で囲われた穴があり、そこから下をのぞくと疎水が流れていて、それがいかにも山水風に石組みまでされています。本物の水洗便所です。さらにそこには、お茶室にあるような床の間がしつらえてあり、掛け物とお花も生けてありました。もう、本当にビックリしてしまいました。そして、自分で家を建てるときには、それと同じにはできないでしょうが、その床の間の部分に、しっかりした本棚を備え、いつでも本が読めたり辞書が引けたりしたい、と思いました。
そして、2010年に自宅を建て直したときに、その提案をしたのですが、建築基準法のからみで水洗便所は普通のトイレになり、本棚は家族の反対で見えない工夫をしての隠し棚1つを作るのが精一杯でした。それでも広さは2畳敷きありますが、これは両親が車いすででも使えるようにとの配慮からです。この小さな棚には文庫本や新書程度しか入らないのですが、原則としてブックオフなどの105円程度の本です。というか、ほとんどがそうで、1ヵ月で2冊読むことができます。それでも1年にすると24冊ですから、トイレでといってもバカにはできないようです。
この本は、そういう読み方をしたのですが、旅の本としては1998年11月に河出書房新社より単行本として刊行されたものを文庫化したもので、新たに書き下ろしエッセイを加えているとしても、資料としてはちょっと古いのは否めません。でも、旅の視点や思いなどは、ところどころついうなづくようなところが多々ありました。また、ここにはぜひ行ってみたいと思うところもありました。
たとえば、以前から行きたいと思っていたのは伊勢の二見浦の夫婦岩です。あのしめ縄でしっかりと結ばれている岩で、日出の写真とともに知らない人がいないほど有名ですが、それを自分も撮ってみたいと思っていました。この本で知ったのですが、『夏至の日が、ちょうどまん中に来るらしい。それも、一年でいちばん昼の長い、商家さんふうに言えば「パワーのある」日が、まんまん中にさすということで、神石が波の上に出ていた頃は、夜明けとともにピカーッと石を照らし、光り輝かせたのかと思うと、なるほど神々しく、超常的な感じがする。』ということで、行くんならぜひ夏至のころをねらいたいと思いました。
また、ベトナムでの話しですが、『日本人の女性がヴェトナム料理のとりこになるのは、食を通じて、さまざまなインスピレーションを受けるからだろう。素材の組み合わせにしろ、道具の使い方にしろ「あ、こういうのも、ありなんだ」と気づかされる。冷蔵庫がない。ガスがない。それゆえに、新鮮な物を新鮮なうちに食べる意味を知っている。炭火の力を知っている。』というあたりも、あのアオザイの独特の衣装とともに生春巻きなどのことを思い出しました。
そして、私もそろそろ旅に出たいと思いました。この雪降りの毎日から、ベトナムのような常夏の国もいいなあ、たしかに家もいいけど、旅もいいなあ、と勝手に思いを巡らしました。
そして、今日の昼、これから私も旅に出ます。もちろん、トイレでも本を読むのですから、その間も本だけは離さないと思います。とんでもないことさえ、起きなければ・・・・・・。
下に抜き書きしたのは、台湾での話しだそうですが、その優しさが花の香りとともに今にも伝わってきそうです。
(2012.3.9)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 家もいいけど旅も好き(講談社文庫) | 岸本葉子 | 講談社 | 2002年5月1日 | 9784314010870 |
☆ Extract passages ☆
運転手が窓を開けて、ふた房買った。助手席に置いて、窓を閉める。百合のつぼみのような、ほっそりした花だ。色からは思いがけないほど濃い香りが、バックシートにまで広がった。
「何の花」
運転手に訊くと、
「香花(シァンホァ)」
サイドブレーキに手をかけながら、振り向いてひと房くれた。
「生活の苦しい人が、売りにくるのさ。ひと房十元。買うというよりお金を恵むのに近いけど、ただ恵むよりは、花を買うことにした方が、おたがいにやりやすいから」
花売りと同じくらいの年の運転手は、言った。
(岸本葉子 著 『家もいいけど旅も好き』より)
No.685 『心に響く99の言葉』
著者は1989(平成元)年に興福寺の貫首に就任し、現在に至っているそうです。私の記憶では、あの有名な阿修羅像を展示した2009年の「国宝 阿修羅展」(東京国立博物館・九州国立博物館)の印象が強く、たしか約190万人もの人たちが並びながらも観たということでした。
その著者の本がこれで、見開き2ページの右側に言葉の説明を載せ、左側には色紙に自らが揮毫したのを載せています。だから、読もうと思えば1日もかかりませんが、揮毫されたものを観賞するとすれば、何日もかかりそうです。
たしかに99の言葉が並んでいますが、章立てとしては、「こころを育む」、「生きる」、「人生よ」、「人と人」、「いのちの根源」、「静寂・沈黙・空間」で、一番多くの言葉が集められているのは「こころを育む」です。
いわゆる名言集でもあり、どこから読んでもいいようなものですが、いちおう1ページから読み始め、あっという間に最後のページになっていました。
印象に残った言葉も少しありますが、たとえば、「酔い来って空山に臥せば 天地すなわち会枕なり 酔っ払って、人気のない山の宿に一たび臥し眠れば、天と地とがそのまま布団と枕だ…。もとより、私たちは天地の間にある。が、そんな自然の中という感覚も意識も、はっきりいって乏しい。唯々人の世にあくせくして、視野狭窄に陥り、つい天と地との間にあることを忘れるのだ。そんな頑なな心をほぐし、天は衾(ふすま)、地は枕とおもえば、気宇も壮大だ。」という言葉は、まさに気宇広大です。この漢詩は李白の「友人会宿」の一句だそうですが、このような気持ちで自然と接したいと思いました。
もし、興味がありましたら、お読みください。
(2012.3.7)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 心に響く99の言葉 | 多川俊映 | ダイヤモンド社 | 2008年6月5日 | 9784478003619 |
☆ Extract passages ☆
法華経に、「衣裏宝珠の喩え」というのがある。――友人宅で酔いつぶれた男がいた。友人は、その男に高価な宝石を渡すつもりでいたが、急用ができて遠くへ行くことになった。
それで、ちょっと思案して、男の衣服の裏に宝石を縫い付けたのだが、くだんの男はそれに気づかず、その後、困窮をきわめた…。この場合、友人とは仏、男は私たちのことだ。
私たちは、何かといえば、いいものは遠く離れたところにあるんじゃないかと思ってしまう。少なくとも、隣のバラは赤く、隣の芝生は青いのだ。
―― そうじゃない。もっと自身を、自己の日常というものを見つめたらどうか。自分の心の中にこそ、自己を大きく成長させるものが備わっているではないか、というのだ。・・・・・・
そうした衣裏(えり)の珠を看よ、とは良寛の語。気づけば、磨くこともできるだろう。
(多川俊映 著 『心に響く99の言葉』より)
No.684 『ぼくはお金を使わずに生きることにした』
えぇー、お金を使わずに生きるってどういうこと、という疑問から読み始めました。たしかに、読んでみると絶対にできないことでもなさそうですし、環境に負荷をかけないことでもあるのですが、みんながみんな、このような生活をしたら困るよね、というのが率直な思いです。
働きアリのように、働かないアリが少しいても、その巣は何の不都合もなく動いていきます。でも、その巣のほとんどが働かないアリだとすれば、さて、どうなるでしょうか、という疑問です。
しかも1年間という限定された期間ですから、パソコンでも自転車でも使えないほどの故障もなかったようですが、それが2年、3年と続けば、人間の作ったものは確実に壊れていきます。それをお金を使わずにどうするのか、という疑問です。
ただ、否定的なことだけではなく、このような実験的生活は、あまりにも便利さを追求してきた現代に対する痛烈な批判にはなります。たとえば、「蛇口から水が出るとなれば、川の汚れを本気で心配する人はいなくなる。はとんどの人にとって、自分が飲む前には汚染が除去されてきれいになるのだから。洪水は自然現象である」となり、それが異常気象の影響ではないかという考えは出にくいでしょう。また、「食べ物が捨てられるのは、はとんどの場合、遠く離れた工場の作業ラインで刻印された日付のため。ただそれだけの理由なのだ。まだ十分食べられるかもしれないのに、会社は法律にのっとって営業しなければならない。小さな八百屋の主人は、商品の状態をにおいや触感、味、外観で判断して、食べるのに適さなくなった野菜だりをコンポスト送りにできる。大規模なスーパーでは、商品がパッケージでぐるぐる巻きにされているので、店員がそうした判断をくだすことができない。ビニール包装の中身がどのように見えようと、さわった感じがどうであろうと、昨日の日付が記されていればゴミ箱行きだ。」というのもなるほどと思います。
だから、お金を使わずに生きることが悪いとは思っておらず、みんながしたらどうすると思っているのです。著者は、絶対にそのようなことにはならないと言っていますが、それではこの現実を認めていることにつながります。
ただ、下に抜き書きしたことはとてもよく理解できますし、著者が『最後に一言』として、「人類は歴史の転換点にいる。高速で走る車や、カードサイズのコンピューターや、さまざまな文明の利器を手ばなすことなく、澄んだ空気、豊かな熱帯雨林、清浄な飲料水、安定した気候を手にすることはできない。われわれの世代はどちらかを選べるが、両方は選べない。人類は選択を迫られている。どちらを選んだとしても、なんらかの痛みを引きうけることになる。便利な小道具か、それとも自然環境か。選択をまちがえれば、次の世代は両方とも失うかもしれない」というのも、このまま進めばその通りになると思います。
(2012.3.4)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| ぼくはお金を使わずに生きることにした | マーク・ボイル著、吉田奈緒子訳 | 紀伊國屋書店 | 2011年11月26日 | 9784314010870 |
☆ Extract passages ☆
ぼくの経験では、何の見返りも期待せずに惜しみなく与えていれば、かならず人からも惜しみなく与えられる。与えては受け、受けては与える、有機的な流れだ。この魔法のダンスに、地球全体の生態系は基づいている。けれども、その流れに乗るには、ひたすら信じる必要がある。必要な物は自然が与えてくれると信じることだ。これをキリスト教徒は「自分のまいた種を刈りとる」と表現し、仏教徒は「因果応報」と呼ぶ。無神論者に言わせれば「常識」だ。
仮に、30人の友人グループの中で、誰かが困ったときは皆が可能なかぎりの手助けをすると取りきめたとしよう。この場合、各メンバーには30人の後ろ盾ができる。しかし、今日普通とされている生活に戻って、はとんど自分のことばかり考えて暮らすならば、後ろ盾はたった1人、自分自身だけになってしまう。
(マーク・ボイル著、吉田奈緒子訳 『ぼくはお金を使わずに生きることにした』より)
No.683 『美しい書物』
本を読むことは大好きだし、本そのものも好きです。だから、きれいな装幀の本を手にすると、ワクワクします。
この本も、最初に手に持ったとき、品のいい装幀だと思い、読み始めてから、ページを開くのが楽にできるし、とても読みやすいと感じました。じつは、作者がいわゆるブック・デザイナーだとは知らず、読んでから知ったというわけです。つまり、だからこの本もいい装幀だと思いながら、その専門家だとは気づきもしませんでした。
私も著者がいうように、「私はお金で買える品物の中で、本というのは最もすばらしいものだと思っていますが、それは何故かと言うと、著者が何年あるいは何十年かかって考えたことを、その何分の一かの短い時間のうちに、読む者に体験させてくれるものだからで、本のおかげで私たちは、いく通りもの人生を味わうことができます。」と思ってます。いわば追体験ができるということです。あるいは、さらに考え方を深めるということさえ出来ると思います。
また手仕事というのは、著者の先生であるチェケルール氏のいうように、「お前はここでふつうの旅行者には見られないものを見た。私はパリへは何十遍行ったかしれないが、まだエッフェル塔を知らない。パリで、私は人間が生きているのを見る。銅版彫刻をやる男がいてね。彼の仕事机は体半分はめ込めるように前縁が凹ませてある。そこへびったり坐って、目には双眼鏡のようなレンズをつけ、両手でこんなふうに機械を持って、一日中細かい細かい字や絵を彫っている。46年。46年間毎日毎日だよ。1日に2リットルの牛乳を飲み・・・・・・これは銅の毒にやられないためだそうだが、他のものは食べたくないと言ってね。人間はそんなふうにして生きているよ。どこの国でも・・・・・・」と話していますが、その通りだと思います。
このような地味ながらも確実な仕事をする人たちがいるから、文化が育つのです。文化なんて、一朝一夕には育ちません。今の時間=お金の時代には、やはり育ちにくいと思います。好きだからこそやる、そのような一途な思いがしっかりしたいい仕事をするのだと思います。
この本を読んで、そのいい仕事を思い、もっともっといい本を身近に置きたいと思いました。
「いい仕事をしてますね」っていうのは、どんな世界にも当てはまるような気がします。
(2012.3.1)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 美しい書物 | 栃折久美子 | みすず書房 | 2011年12月8日 | 9784622080961 |
☆ Extract passages ☆
いろいろな人間がいるのと同じように、本の中身もいろいろあって、小説もあれば学術論文もあり、お料理の本も犬の飼い方などという本もあります。それぞれの中身にふさわしい外観を持つことが自然でもあり必要でもあるわけで、人はそれによって本を見わけ、また楽しみもするのだと思います。
本というものがつくられる目的の一つは、原稿のままでは配るわけにはいかない本の中身を、読者の手に届けるということ。そのために持ち運びに便利で量産可能な、読みそして保存するという実用に適した、お金で買うことができ、それを所有することに満足を感ずる、見て美しい、そういう品物の形に仕立て上げることだと思います。
ただ、本が他の品物机やコップとちがうのは、たいていの場合、その中身が買いたかったら、その外観で我慢しなければならないということです。机のように、たくさんある中から気に入った色や形のものを選ぶわけにはいかないということが言えます。
(栃折久美子 著 『美しい書物』より)
No.682 『人間とはどういう生物か』
副題は「心・脳・意識のふしぎを解く」とありますが、やはり難しく、心の「広がり理論」をもとに考えるとありますが、それとて理解するのはちょっと大変です。
著者は、「おわりに」のところで、出版社の編集者から打診があったときに、「そろそろ挑戦的な内容も書いておきたいという思いが強くなっていたので、この打診は絶好のタイミングだった」と書いていますが、たしかに挑戦的ではありますが、それに乗り切れない自分がいたという印象です。
でも、随所になるほどというところがあり、つい最後まで理解出来ないながらも読みました。たとえば、『失敗を笑えるのは、人間の特権である。コミュニケーションの齟齬によって気まずい雰囲気になりがちなところを、笑いとばして楽しい雰囲気のうちに話題を変えられる。その誤りをわざと積極的におこさせるジョークやお笑いに至っては、人間の貴重な文化ともなっている。コミュニケーションは、表象に伴うさまざまな意味作用と、それを支える人間の行為によって成立しているのだ。』や、『知識を学べば、知識がどんどん積み重なって、じょじょに賢くなると思っている人も多いだろう。これもそうでもない。小さいころ「サンタクロースがいる」と思っていた少年少女が、大きくなって「あれはサンタクロースの仕業ではない」と知ることになれば、どうだろう。新しい知識は古い知識に積み重なるのではなく、古い知識を破壊するのである。ファンタジーに関する膨大な知識が捨てられ、知識がかえって減るかもしれない。』などは、たしかにそうだと思いました。
理解はできないながらも、カードを9枚も作ったところをみると、自分なりの努力はしたようです。
下に抜き書きしたところも、アナログ技術とデジタル技術の違いを端的に表しています。著者は、松下電器産業(株)マルチメディアシステム研究所に勤務されていた実務経験もあるので、その違いが明瞭に理解できたのではないかと思います。
私はちょっと理解しづらいところもありましたが、コンピュータの将来と限界などのアウトラインがわかり、読んでよかったと思いました。
もし、興味があれば、お読みください。
(2012.2.28)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 人間とはどういう生物か(ちくま新書) | 石川幹人 | 筑摩書房 | 2012年1月10日 | 9784806142515 |
☆ Extract passages ☆
アナログ技術者は、数十年の開発経験に支えられ、複雑で微妙なアナログ回路を職人芸のようにして調整し、所定の機能を実現していた。一方で、デジタル回路は、論理的に合っていれば動き、間違っていれば動かないという代物であった。私のような新入りであっても、論理ができればその設計ができるアナログ回路の機能をデジタル回路で実現しょうとすると、部品代の費用がかさむのだが、回路の設計や機能の調整に経験や人手があまりかからない。発生する問題が少ないので、全体でみれば費用が少なくてすむ。その結果、デジタル技術が急速に普及することとなった(その後、量産のため、部品代までもが安くなった)。
アナログ回路に対するデジタル回路の利点を端的に述べれば、「分離」である。全体を部分に分け、それぞれの入口と出口を小さくし、部分に問題が発生しても全体に波及させないようにして、その部分だけで対処可能なように整備したのである。一方のアナログ回路は、全体が一体化しており、部分のゆらぎや特徴を利用して、それを他の部分でカバしたり利用したりと、全体で機能調整するのである。
(石川幹人 著 『人間とはどういう生物か』より)
No.681 『深夜特急 3 ―インド・ネパール―』
以前から読もう読もうと思いながら、なかなか読めなかったのですが、2月20〜21日と東京ドームで開催されている「世界ラン展日本大賞」を見に上京したついでに、電車のなかやホテルで読みました。
これとて旅といえばそうなので、この機会にと思いカバンに入れて持っていきました。文庫本が出されたのが平成6(1994)年ですが、私が読んだのは平成20年で第47刷ですから、多くの方々に読まれていることは間違いありません。
この深夜特急シリーズも、1が香港・マカオで、2がマレー半島・シンガポール、4がシルクロード、5がトルコ・ギリシャ・地中海、6が南ヨーロッパ・ロンドン、で完結してます。でも、まだ、そのいずれも読んでいませんから、これがおもしろければ全部読むというような勢いで読み始めました。
本のキャッチコピーも、「旅のバイブル全6巻、ここに完結!」とあり、旅するものは読まなければならないと思わせます。
では、読んでみてどうだったかといえば、やはり原作が『深夜特急 第二便』新潮社、の前半部分で、刊行されたのが1986年5月ですから、もう25年以上もたっているわけです。その年の4月にインドからブータンに行っていますから、ある意味ではクロスする部分もあるのですが、いかんせん、古いので旅のバイブルにはなりえません。この本のなかで、著者は、「でも、移動していくと、子供と老人だけじゃないですか、旅人と関わってくれるのは。まっとうな仕事を持った人とは忙しいから関われない。ひとつ、またひとつと国境を越えていっても、その国のことを理解する契機すら持てない。僕には何も学べなかったという思いがあるんです。たとえば、イランに比較的長くいたけど、暇な青少年と老人にかまってもらっただけで、その国のことは何もわからなかった」と後の此経さんとの対談で話しています。
たしかにそうだと思います。ツアーでなくても、たとえ個人旅行だとしても、泊まるところはホテルか格安宿です。そこは、ある種の旅人だけの空間です。そこに現地の人の生活はありません。そして、旅を続けていくうちに、だんだんと、「肉体的な疲労がたまってくると、人を拒絶するようになって、その果てに、人に対しても自分に対しても無関心になって、どうでもいいじゃないか、たとえ死んでもかまわないじゃないか、と思うようになってしまう。自分に無関心というと超越的な何かをイメージするかもしれないけれど、そうじゃなくて、単純な肉体的疲労なんですね。」となります。
それでも、このような本の中には、10年や100年たっても変わらないことも書かれています。それはやはり参考になります。たとえば、下に抜き書きしたようなことで、今でもインド人ならそうだと思います。
やはり、旅からなにかを得ようとするのではなく、旅をするそのことに意味があるような気がします。たとえ、そこから何も得るものがないとしても・・・・・・。
(2012.2.25)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 深夜特急 3 ―インド・ネパール―(新潮文庫) | 沢木耕太郎 | 新潮社 | 1994年4月25日 | 9784101235073 |
☆ Extract passages ☆
ある時、キャロラインが、なぞなぞでも出すような調子で質問してきた。英語やフランス語やたぶん中国語や日本語にもあって、ヒンドゥー語にない言葉が三つあるが、それが何かわかるか。私が首を振ると、キャロラインが教えてくれた。
「ありがとう、すみません、どうぞ、の三つよ」
この三つの言葉は、本来は存在するのだが、使われないためほとんど死語になっているという。使われない理由はやはりカーストにあるらしい。異なるカースト間では、たとえば下位のカーストに属する者に対してすみませんなどとは言えない、ということがあるらしいのだ。そう言われてみれば、確かにインドでその種の言葉を耳にしたことはなかった。
(沢木耕太郎 著 『深夜特急 3 ―インド・ネパール―』より)
No.680 『「絵文字」の技術』
ある文房具の雑誌を読んでいたら、世界で一番軽くて便利な文房具はなにですか、との問いに、「えんぴつ」とありました。
それをみて、たしかに軽いし電池は要らないし、しかもとてもコンパクトだと思いました。でも、長く使うには削らないとダメなので、シャープペンシルもいいのではないかと思ったのを覚えています。たしかに、デジタルは便利ですが、手書きが一番です。
でも、手紙だとなかなかおっくうですが、メールだとすぐに出せます。それも絵文字が入ると、なんだか親近感が増すから不思議なものです。
この本では、「絵文字ノート」のメリットとして、5つ上げています。
@書いてあることが一目瞭然! A概要がひと目でわかる! 伝わる! B図式化されているから、問題点がすぐわかる! C絵のイメージだけだから、記憶しやすい! Dパワポに転用すれば、報告書の出来上がり! です。
論理的に考える方法として、ツリー型、マトリックス型、プロセス型、サテライト型、サイクル型、グラフ型、の6種類が基本形で、パワーポイントにもこのようなパターン図形があり、入力するだけで使えるようになっています。箇条書きのものより、このような図形のほうが直感的で分かりやすいようです。
この本の正式な題名は『ノート・手帳・メモが変わる 「絵文字」の技術』とあり、さらに表紙には『「ペン1本と紙」だけで、言いたいことがパッと伝わる!』とあります。
たしかに、「絵文字」は分かりやすいし、書き慣れると使いやすいようです。本の最後の方で、「習慣化」、これがもっとも重要な鍵です、と書いてありました。習うより慣れろというわけです。
読むというより、まさに絵文字を見るような感覚で読めます。読み始めて、あっという間に読み終わりました。
(2012.2.22)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 「絵文字」の技術 | 永田豊志 | 中経出版 | 2011年11月25日 | 9784806142515 |
☆ Extract passages ☆
私たちの左脳は言語(いわゆる文字情報)をつかさどり、右脳は映像や音など非言語情報をつかさどります。・・・・・・箇条書きノートは、主に左脳で処理されますので、右脳はあまり働きません。けれども、絵文字を描くという作業は、「文字情報」を「絵」に変換するため、左右の脳が連携して処理作業を行なうわけです。
学習、思考時に「絵文字を描く」という習慣をつけることで、脳の異なる機能が同時に使われ、より脳は活性化します。
論理だけでなく見た目の印象、数値だけでなく空間的把握、文字だけでなく映像や画像を組み合わせることで、脳の処理能力は格段に向上し、頭がよくなるのです。
(永田豊志 著 『「絵文字」の技術』より)
No.679 『福を招く お守り菓子』
もともとお菓子が好きだし、お茶席に呼ばれても普通は上生と干菓子があり、お菓子の話題も欠かすことができません、だから、機会があるごとにお菓子関係の本も読むのですが、このような「お守り菓子」だけを集めた本は初めてです。しかも、北海道から沖縄まで、ほぼまんべんなく取材されていて、これだけの本をつくるということはとても大変な作業だったと思います。
お守り菓子というのは、この本では、
一、占う――占いは今も昔も人びとの関心事。菓子がもたらす良き運勢が、与えてくれる希望や夢。
二、祝う――貴重な米や高価だった白砂糖を材料に、生み出される寿ぎのかたち。
三、訪ねる――特定の日に特別な思いでつくられている各地の菓子と、現地で出会う喜び。
四、供える――神仏や先祖の供養に供えられた菓子が表す祈りや願い。
五、懐かしむ――思い出に残り、心の糧になっているような菓子の数々。
六、祓う――疫病を退散させ、厄を除けてくれる菓子の不思議な力。
七、楽しむ――昔ながらの菓子づくりを見たり、体験したりする楽しさ。
八、知る――菓子を調べ、地域ごとの違いや共通点を発見するおもしろさ。
などだそうです。
たしかに、この本にはこれらのことが取り上げれていますし、図版や写真も多く掲載されています。オールカラーでないのがちょっとだけ悔やまれますが、1,500円+税では、そこまでは無理でしょう。
でも、これに類する本は、知る限りにおいてないようです。もしお菓子に興味があったり、民俗学に関心がある人などは、ぜひ読んでいただきたいと思います。
(2012.2.20)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 福を招く お守り菓子 | 溝口政子+中山圭子 | 講談社 | 2011年11月21日 | 9784062172776 |
☆ Extract passages ☆
どの菓子もそれぞれ生まれるに至った意味や背景があり、日本文化の諸相と結びついています。調べるほどに奥が深いものですが、残念なことに今やその存在すら忘れられつつあるようです。本書をきっかけに同じ思いの方々と、各地のお守り菓子を見直し、受け継いだり、復活させたりしていくことができたらと願っています。
(溝口政子+中山圭子 著 『福を招く お守り菓子』より)
No.678 『デザインの教科書』
この本は、もともと『デザインがわかる』という雑誌の2007年10月から08年8月にかけて連載した「デザインの"へそ"」をもとに、大きく手を入れ、加筆したものだそうです。道理で専門的なところが多く、分かりにくい箇所もあったと思います。でも、ところどころになるほどというところもあり、最後まで読み通しました。
そういえば、昨年、アップル社の創業者、スティーブ・ジョブズ氏が56歳で死去しましたが、開発した商品はいずれもデザイン的に優れていて、しかも機能も先進的でした。今でも思い出すのは、あのスケルトンのiMac(アイマック)です。ソフトのことを考えると、とても買えなかったので、マウスだけはスケルトンにした思い出があります。
今の時代は、大量消費の時代です。使いやすいデザインというだけではダメで、物欲をかき立てるようなデザインでなければならないようです。もともとは限られた資材のなかで、より使いやすく、より便利なデザインがもとめられていたと思うのですが、今はやはり大量に売れなければ良いデザインとは認めてもらえないようです。
でも、このような時代だからこそ、シンプルで本当に良いものが必要だと思います。シンプルというのは、使い終わったときに、ゴミとして捨てることが少ないかリサイクルしやすいということも考えなければなりません。そういう意味では、まさにいいデザインが求められているような気がします。この本のなかでも、エコなデザインを取り上げていますが、まさにそれです。
つまり、「日々の暮らしを心地良くするためのデザイン」です。いわゆる美術品のような「ひたすら鑑賞を目的とする」ものではなく、生活をより快適にするものです。
そのようないいデザインのものに囲まれて生活したい、本当にデザインは大事なことだと、この本を読んで思いました。
下に抜き書きしたのは、如何にデザインが人に強い影響を及ぼすのかという1つの例です。これと同じような例として、戦後のGHQの政策も取り上げられていました。興味のある方は、ぜひお読みください。
(2012.2.18)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| デザインの教科書(講談社現代新書) | 柏木 博 | 講談社 | 2011年9月20日 | 9784062881241 |
☆ Extract passages ☆
文化人類学者のクロード=レヴィ・ストロースの『悲しき熱帯』には、興味深い記述がある。南米のボロロ・インディアンをキリスト教に改宗させようとしたサレジオ会の宣教師たちは、住まいの配置、つまりデザインを変更することで改宗できることに気づいたというのである。
ボロロ族の住まいは、それぞれの家族が車輪のように円形に配置されていた。こうした配置(レイアウト)の住まいに生活し続けるかぎり、ボロロ族の社会生活や儀礼の慣行は変化しないと、サレジオ会の宣教師は見抜いたのである。そこで、この住まいを破壊し、グリッド状に構成し直したのである。このことによって「急速に仕来りの感覚を失っていった」というのだ。そして、たちまちキリスト教に改宗することになったのである。つまり、住まいのデザインの変更をすることによって、南米のボロロ族の意識をヨーロッパのキリスト教的なものに変えてしまうことが可能になったのだ。
(柏木 博 著 『デザインの教科書』より)
No.677 『「始末」ということ』
この本の79ページのところに、「よく考えてみると、仏像、仏さまの顔というのは、死を見据えた表情です。仏の顔の表現には、開眼、半眼、開眼と三種類がありますが、開眼が生ならば、開眼は死、半眼は生と死の中間的な表情であると言えます。・・・・・・仏というのは生の世界と死の世界の両方を見据えている。柔和な表情をしているように思われているかもしれませんが、そういうものはごく一部。あらためて阿弥陀如来、釈迦如来、大日如来などを見てみてください。深い眼差し、遠くを見る眼差しではあるのです。」と書いてあり、たしかにそうだと思いました。著者は、自分の体験、すなわち「父を病院で看取ったとき、比較的穏やかな死に方でしたが、だんだん心臓が衰弱していくにつれ、目が半眼のような感じになっていき、そして開眼にいたりました。」ということから、そのように確信されたとのことです。
よくいわれることですが、人は生まれたときから1歩ずつ死に向かって歩いているようなものですが、若い時にはつゆほどもそのような実感がありません。なかには、死にいたるかも知れないような大病をすれば、そのように感じる方もいらっしゃるでしょうが、ほとんどは老人といわれる年頃になって、ハタと気づくのです。著者も定年といわれるような年になって、自分の始末について考えはじめたと「あとがき」に書いています。
下にも抜き書きしましたが、やはり、イメージトレーニングは必要です。だんだんと、少しずつ、それなりの状況に近づけば、あまりあせることもありません。たしかに心細かったり不安だったりするでしょうが、昨年の東日本大震災のような突発的な大災害の後では、若い方々でさえもむしろ考えやすいような気がします。つまり、人は必ずいつかは死にいたるということを。
あまり考えたくはない、でも考えておかないで急にやってこられても困る、それが今の心境です。
だから、先ずは考えておくだけ考えておこうかな、というのが今の考えです。
(2012.2.15)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 「始末」ということ(角川oneテーマ21) | 山折哲雄 | 角川学芸出版 | 2011年10月10日 | 9784047103016 |
☆ Extract passages ☆
生きることは、すなわち死を覚悟することである。死を覚悟することが、すなわち生きることである。死の心構えと生き方は背中合わせになっているではないでしょうか。・・・・・・
死とは、結局は自分の始末です。もちろん後始末は人の手をいろいろ煩わせてお願いするしかないわけですけれども、自分自身の問題としてどれだけ考えておくか、考えるほどに準備ができる。心構えができてくると思わないわけにはいきません。
死に就く人々の心理的な意識の変化というものをさまざまな文献であたっていますと、死後の世界に対してなんらかのイメージをもつことができている人のほうが、なんのイメージももたない人よりも、死に対する憧れが少ないことがわかってきます。
言ってみれば、イメージトレーニングのようなものかもしれません。スポーツ選手も試合前にはイメージトレーニングをするといいます。
私も死の想念について、折々いろいろなかたちでイメージトレーニングをやる癖がつくようになりました。
(山折哲雄 著 『「始末」ということ』より)
No.676 『文具の流儀』
この本をパーッと開いたとき、たまたま「キャンパスノート」、しかも自分の使っているA普通横罫の写真が載っていました。もともと文房具が好きですし、まさに定番中の定番の文房具を38アイテムを、さらに1社ずつ訪ね歩いてこの本をまとめられたとのこと、それだけですぐにでも読みたくなりました。副題は「ロングセラーとなりえた哲学」です。
「はじめに」のところで、著者は「取材をしてわかったのは、そうした文具には必ず誕生の理由があるということでした。決して自然発生的にポンと生まれた訳ではなく、時代背景や創業者の強い想いがあってこそ生まれているのです。そこには文房具の哲学ともいえるものが脈々と流れているように感じられてなりません。」と書いてあります。たしかに、そうだと思います。だからこそ、長い間多くの方々に愛され続けたわけです。
長く使い続けられる文房具って、ほんとうに考えられている、と思います。それと、最初はなかなかなじんでくれないものもありますが、一端なじむと、なかなか手放せなくなるというものもあります。たとえば、今もよく万年筆を使うのですが、これなども使いこなさないといい味が出ないものの1つです。おそらく、何十本と持っていると思いますが、やはり使うのは数本です。これは、その日の気分に応じて使い分けるのですが、それでも気付くと雨の日にはやはりこれだな、と思う一本を手にしています。もちろん、インクには一番こだわっているので、絶対にカートリッジインクは使いません。自分のお気に入りのインクを使うには、やはりボトルインクです。それをコンバーターで吸い上げて使います。
だから、おそらく、ほとんど、文房具フェチかもしれません。
それら文房具を取り上げたのがこの本です。ずーっと使われてきたものには、その歴史があり、それを守り続けてきた人たちのドラマがあります。それらを読むだけでも、感動ものです。だから、今、こうして自分たちの手にあるんだと思うと、小さな文房具に愛しささえ覚えます。たとえば、あのオルファカッターの黄色の部分は、なぜ黄色なんだろうと考えると、それにも深い意味があるんだそうです。「オルファではお店でしっかりと自社のカッターが目立たなければならないと考え、一番目立つ黄色を選んだ。一方、刃物という商品上、注意をして使ってもらわなければならない。その点でも黄色は、まさしく最適な色だった。ただ、あまり注意を喚起させすぎると使うのが怖いと思ってしまってもいけないので、その黄色は卵の黄身をイメージした、少し赤みがかった温かみのあるものになっている。」と、この本には書かれていました。
たかが色でも、このように深い意味があって、いわば必然的にあの黄色が使われているわけです。そこで、どのようにしてあの折るという発想のカッターが生まれたのか、生みの親の岡田良男氏の話を下に抜き書きしました。アイディアがひらめく、とはこのような経験と必要に迫られてという思いなどが複雑に絡み合って生まれるのではないかと思いました。
でも、いい文房具があったとしても、それを使うことがなければ、自然消滅してしまいます。とくに伝統的な技術に裏打ちされたものなどは、売れなければその技術さえも廃れてしまいます。いいものを残すためには、みんなで継続的にそれらを使うということが絶対に必要です。少々高くても、ぜひみんなで使いましょう。
(2012.2.12)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 文具の流儀 | 土橋 正 | 東京書籍 | 2011年8月24日 | 9784487805228 |
☆ Extract passages ☆
実は、良男氏がこのアイデアをひらめいたのには、子供時代に経験した2つの出来事が関係していた。
1つ目は、戦後間もなくの頃、アメリカ進駐軍が持っていた板チョコである。その板チョコのパキッと折るという仕組み。
そしてもう1つが、靴職人が使っていたガラス。彼らはゴム底を貼った時、はみ出した部分をガラスの破片で切り取っていた。その切れ味が悪くなると、ガラスを割って鋭い断面を作り、再び使っていた。
この2つを刃に置き換え、刃をポキポキと折って常に新しい刃先を作り出せば、刃を無駄にすることがなく、いつでも鋭い切れ味にすることができると考えた。
そして1956年に世界初となる「折る刃式 カッターナイフ」が発明された。
(土橋 正 著 『文具の流儀』より)
No.675 『魔境アジアお宝探索記』
前回の東京出張の折読んだ『秘境アジア骨董仕入れ旅』がおもしろかったので、その前作の『魔境アジアお宝探索記』を持って出張しました。もともと、この本は『骨董ハンター南方見聞録』という単行本を文庫化したもので、お宝という字を入れるあたり一般受けをねらっているかのようです。
でも、内容はとても奇想天外なところもあり、やはり、昔は良かったなあ、と思います。今では、このような旅をしたくてもできません。著者が「始めに」のところで「人それぞれだが冒険心は皆持っている。今そのピュアーな世界に戻ってちょっと冒険すれば新しい世界がひらける」と書いていますが、それだって今は難しいでしょう。だからこそ、今ではできないからこそ、このような本を読んで、疑似体験をするしかないわけです。そういう意味では、いい時代のお宝探索の紀行文です。だからこそ、マルコ・ポーロの『東方見聞録』をもじって題名としたのでしょう。
骨董品のおもしろさは、ここに書かれてあるような入手法にもありますが、それを誰が持っていたかなどの故事来歴も味付けとして加わります。とくにお茶の世界はそうです。箱書きがあり、さらにそれを所有した茶人の来歴などがわかれば、それだけでその骨董品そのものの価値より高くなるかもしれません。この本にも出てきますが、ルソンの壺などは最近まで海底から探し出されていますが、やはり、故事来歴を伴った古い呂宋茶壺にはかないません。おそらく何百分の一でしょう。
そもそもお茶道具にも栄枯盛衰があり、茶壺が珍重されたときにはお城一つに相当する価値がありました。明治以降の各大名家の売り立てでも、それなりの価値があると考えられていました。しかし現在では、ある有力大名が持っていた呂宋茶壺でさえ、高くはありません。その子孫の方に箱書きをもらうために私も同行したことがありますが、目の飛び出るような値段ではありませんでした。茶壺そのものは、売り立ての時の写真もあり、来歴の流れもはっきりしているのに、今ひとつ値段が上がりませんでした。
どんな世界にも、流行りすたりはあります。誰も見向きもしなくなったから安く買うことができるということもあります。これもコレクションのおもしろさの一つだと思います。
だって、骨董品の価値は、人それぞれの価値観によって違ってくるわけですから。
そういえば、「骨董品は製作されたその国の市場が一番高価であるという原則があり、次いで隣国か、文化的に近い国の作品が高価に取引される。よく理解されている骨董がコレクターに馴染めるという事だろう」という文章がありましたが、たしかにそうだと思いました。たとえば、古い米沢の成島焼きだって、福島の骨董屋さんで見つけて、その値段にびっくりしたことがあります。もちろん安くてです。つまり、地元の米沢が一番高い値がつけれているということです。
下に抜き書きしたのは、昨年、スリランカでこの「旅人の木」を見たのですが、名の由来や知識では知っているのですが、それを飲んだときのことまではわからなかったので興味を持ちました。
(2012.2.9)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 魔境アジアお宝探索記(講談社+α文庫) | 島津法樹 | 講談社 | 2007年2月20日 | 9784062810937 |
☆ Extract passages ☆
暫くして先端に団扇のような葉の付いた植物の茎を数本持ってきた。それは直径五センチはどで薄緑の瑞々しいものだった。彼は両端を山刀でスパッと切った。「太いほうから吸ってみろ」と言う。切り口からははや透明な水がポトポト落ちていた。口をつけて強く吸うと青臭い水が口の中を満たした。二、三口飲むとその茎からはもう樹液が出なくなった。不思議な事に強烈な喉の渇きが急速に癒され、疲れも次第に消えていった。まるで身体中に水分が行き渡ったかのようだ。多分この樹液は多量のビタミンを含むのだろう。不思議な植物の名を聞いたところ彼は「旅人の木」だと言った。乾季になると茎に水を貯え、旅人を癒す事からこの名前が付いたそうだ。
(島津法樹 著 『魔境アジアお宝探索記』より)
No.674 『武器としての決断思考』
著者は現在、京都大学で20歳前後の学生たちに「意志決定の授業」をしているそうですが、それをこの1冊に凝縮したと書いています。では、武器というのはどのような意味だろうかと思いながら読んでいると、それがところどころには書かれているのですが、一番最後の大文字のところに、『★世の中に「正解」なんてものはない。★正解がわからないから動かないのではなく、「いまの最善解」を導き出して、とにかく行動することが重要だ。★根拠を比較して得た結論を、とりあえずの「答え」にしよう。★前提が間違っていたら修正して、また行動すればいい。それが、さらなる最善解に近づくための「決断思考」だ。★ディベートの手順なんて忘れてもいい。この本を読んで、一つだけ忘れずに心に留めておいてほしいのは、「自分の人生は、自分で考えて、自分で決めていく」ということ。★思考停止だけは避けるべきだ。★決断思考を手に入れたら、明日からの人生を力強く歩んでいってはしい。武器を持った君たちが、未来を作るのだから。』とまとめています。
結論を最初に書くのは、ちょっと如何かと思いますが、やはり、何を書いてあるのかということが分かれば、理解するに役立つこともあると思うからです。
どちらかというと、この本はディベートの仕方のハウツー本のようでもありますが、それを武器という表現であらわすのは、たしかに今風でもあります。また、「読書は格闘技です。さらっと読んで終わりにするのではなく、著者の言っていることを1ページ1ページ、咀嚼しながら読んでいってください」とありましたが、これなども単なる精読で、むしろゆったりとじっくりと読むからこそ、著者の言わんとすることがわかってくるのです。それを格闘技だからと勢い込んで読んでも、それのほうが空回りしそうだと思うのは、私自身が古い体質だからでしょうか。
一通り読んでみると、言いたいことは分かるのですが、ところどころにまとめの大文字があり、さらには自分の言いたいことを別書体で強調したり、なんとなく学生向きの雰囲気です。
本のなかからくみ取るのは読者の自由ですし、人それぞれに違う読み方や意味の取り方があってもいいわけです。著者はこのように読んで欲しいと思っても、それは読者の自由です。それなのに、大文字や強調文字があちこちにあると、かえって読みにくいと思いました。
この星海社という出版社も、初めてこの本で知りました。
でも、たしかに今の世の中は、ディベートは必要だと思います。ですから、下に引用した文章読むまでもなく、若い人たちには、身につけて欲しい技術の1つだと思います。
(2012.2.6)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 武器としての決断思考(星海社新書) | 瀧本哲史 | 星海社 | 2011年9月21日 | 9784061385016 |
☆ Extract passages ☆
まさに、時は「カオスの時代」に突入したと言えるでしょう。
こんな時代に生きる私たちは、過去のやり方が通用せず、未来予想もうまくできないなかで、自分の人生や家族の将来を見据えながら、ひとつひとつ現時点で最善と思える「意志決定」を行っていかなければなりません。
進学、就職、転職、結婚、出産、子育て、介護、老後、年金、貯蓄……。
つまり、人生において、個人として大きな決断を迫られる場面に遭遇する機会が、昔に比べて明らかに増えているのです。
それなのに、学校も親も、意思決定の方法について教えてはくれません。
それもそのはずで、彼らは長い時代を生きてきたので、大きな決断を迫られるような場面にはあまり遭遇してこなかったのです。
だから、筋道を立ててその方法を教えることなどできません。
(瀧本哲史 著 『武器としての決断思考』より)
No.673 『仏教、本当の教え』
やはり、「本当の・・・・・」といわれると、弱いものです。本当かな、と疑いながらも、つい手にとってしまいます。こういうときには、副題も参考になり、「インド、中国、日本の理解と誤解」とありました。この「誤解」という言葉も、もしかすると、自分も何か誤解しているかもしれないと考えて、つい読まされてしまいます。
つまり、この「本当の」と「誤解」の2つの文字で読み始めたようなものです。
でも、読んでみて、とてもおもしろかったです。それと、仏教といえども、その伝わった国により変質せざるをえないわけで、それがその国のアイデンティティなのでしょう。ということは、その違いをみれば、その国の歴史や人々のものの考え方などが理解できることになります。
たとえば、亡くなると北枕にしますが、インドではいつでも北枕が多いようです。ホテルに泊まったときも、その多くは北枕だったように記憶しています。この本には「インドでは北に理想の国が、南に死に関する国があると考えられていて、インド人にとって頭を北の方角に向けて寝る北枕ほ生活習慣だったのだ」とあり、そもそも亡くなってからの北枕の風習は、中国でもないそうです。
そういえば、随所に中村元氏のことが出てきますが、著者はその教え子だそうです。中村氏は「日本には分からないことがありがたいことだという変な思想があります」、「分かりやすく説くのはのは通俗的で、わけの分からぬような仕方で説くのが学術的であるかのように思われていますが、これはまちがいです。わかりやすく説くのが学術的なのです」とよく話されたそうですが、それは当然なことだと思います。説く以上は、それを理解してもらわなければ何のために説いているのかわかりません。お経だってそうです。何が書いてあるかがわかるから、そうしようと思うわけです。わからなければ、それだけで終わってしまいます。お経は、お釈迦さまが説かれたことをまとめたものですから、理解できなければ読む意義がありません。
この本には、お経をしっかり理解する大切さが書かれています。もし、興味があれば、ぜひお読みください。
(2012.2.3)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 仏教、本当の教え(中公新書) | 植木雅俊 | 中央公論新社 | 2011年10月25日 | 9784121021359 |
☆ Extract passages ☆
釈尊在世当時のインドの人たちは、釈尊の教えを伝え聞いてほとんどみんなが理解したはずだ。釈尊は、弟子たちから「世尊の教えは、サンスクリット語に翻訳して伝えたほうがいいのではないでしょうか」と尋ねられたことがあった。サンスクリット語というのはバラモソ階級、特権階級の言葉であった。釈尊は、その質問に対して、「その必要はありません。それぞれの地域で語られている言葉で語りなさい」と答えている。それぞれの地域の言葉で、釈尊の教えが語られたのだから、聞いた人は、だれでも理解できたはずである。
その釈尊の教えが、次に中国で漢訳された。中国にも、文字の読めない人たちがいたけれども、中国語だから、サンスクリットの音写語は別として、だれかに読んで聞かせてもらえば大筋は理解できたはずである。だから、中国でも経典の内容はある程度理解されていたことであろう。
アジアの各地を見ても、チベット語訳されたり、蒙古語、満洲語というように自国の言葉に翻訳されて読まれた。それらの地域の人たちも仏典の内容を理解できたであろう。
ところが、日本だけ事情が異なっていた。漢訳のままで受け容れて、大和言葉に翻訳されることはなかったのである。しかも漢文の経典は音読みで読まれたから、多くの人はそれを聞いても意味が分からない。そんな状況が続いてきたわけである。
(植木雅俊 著 『仏教、本当の教え』より)
No.672 『民間療法のウソとホント』
この本は偶然手に取ったものですが、最後のほうで前回読んだ帯津良一氏に取材したときのことが書いてありました。ということは、何か読むという縁があったのかもしれません。
本を読んでいると、その関連の本を読みたくなったり、その本に書かれてあることをさらに調べてみたくなったりと、本を読む動機はいろいろとあります。今回のように、まったく偶然に手に取って読み始めて、後からなにがしかの縁を感じるのもあります。
著者は、いわゆる医療ジャーナリストといわれる方で、健康雑誌『壮快』の創刊に関わったり、1995年の『大丈夫』の創刊編集長になったりしたとの経歴が書いてありました。いわば、この本の題名について書くには、まさに渦中にいた人ですから、書きやすい反面、人間関係から書きにくい面もあるだろうな、と思いました。でも、読んでみると、まさに歯に衣着せぬ書き方で、ほんとうにそうなんだろうな、と思いました。
私自身は、ほとんど健康に関する雑誌は読まないのですが、だからといって健康に関心がないわけではありません。でも、これからは徐々に関心を持たざるを得ないだろうな、と思います。そのような気持ちもあるから、手に取ったのかもしれません。
最後の第8章「民間療法の見分け方」のところに書いてあったのですが、「最終的には自分で考え、自分で決めることが何より大切です。自分のからだですから、摂取するのもやめるのも自分で決める。民間療法や健康食品は、医師が選択して処方するものではありません。残念なことにすべて自己責任となります。」ということです。
でも、今の時代は、インターネットでいくらでも情報を集めることができます。もちろん、その情報すらも、真偽のほどはわかりませんから、やはり自己責任で最後は判断するしかなさそうです。
つまり、病気になったら普通のお医者さんにかかって、あとは自己判断でかかりつけのお医者さんと相談しながら使うしかないと思います。でも、使うなら、プラセボ効果のようなこともありますから、使えば良くなると思うことも大切だとこの本には書いてありました。
(2012.1.30)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 民間療法のウソとホント(文春新書) | 蒲谷 茂 | 文藝春秋 | 2011年9月20日 | 9784166608225 |
☆ Extract passages ☆
漢方でいちばん重要なことは、患者のからだに聞くことです。症状はもちろん、患者の顔色、動き、そして雰囲気など、まさにからだの声を聞きだします。
ですから、検査や画像診断で異常はないといわれたが、なんとなくからだの調子が悪いというときに力を発揮するように思われます。
腸の調子が悪いときに起こる便秘、食欲がないという食欲不振、からだが冷える冷え症、手術後に元気が出ないというとき、そしてアレルギー疾患。こうした病気が漢方薬の得意とするところです。・・・・・・
漢方に注目が集まった理由は、患者をじっくり診る、西洋医学との診察の違いにあるのではないでしょうか。
(蒲谷 茂 著 『民間療法のウソとホント』より)
No.671 『秘境アジア骨董仕入れ旅』
いつも旅行をするときには、「旅」関連の本を探して、しかもなるべく軽い文庫本や新書を持ち歩いて、暇を見つけては読みます。ゆっくり読めるのは、やはり電車などの移動時間です。今回は東京出張ですから、往復の新幹線とホテルで読むことができました。この『秘境アジア骨董仕入れ旅』は、少し前に買っておいた「旅」関連の1冊です。
私も、ある植物研究者たちと中国雲南省の奥地に行ったときに、たまたまそのなかの1人が骨董好きで、何軒か骨董屋らしき古物店に入ったことがあります。そのなかで、この本にも出てくる山珊瑚や絞りの藍染めの布などをひやかし半分に買ったことがありました。だから、この本に出てくるようなことには、とても興味があり、一気に読み終えました。そして、自分もこんな旅がしてみたいものだと思いました。
ただ、これはだいぶ昔の話が多く、今ではこのような骨董品を持って出国することは難しくなってきています。それでも、「昼食を一緒に摂ったことで、どうやら掘り屋達は僕を客人として迎え入れてくれたようだ。ものを一緒に食べるということはお互いリラックスするし、コミュニケーションが生まれる」というのは、今でも同じです。
ですから、今では古き良き時代の話と現代にも通じる話とがうまくミックスされ、旅のおもしろさと冒険心を満たしてくれます。旅は、少しはトラブルもないと記憶に残りませんし、トラベルらしくもありません。
たとえば、「通路の両側からガラクタの端や取っ手が出っ張っている。これに引っかかったり躓いたらすると、必ず物が落ちるように展示してある。こんな仕掛けは昔フィリピンやインドネシア、タイにも
あった。僕も一、二度マニラで引っかかったことがある、古典的なやり口だ。今時東南アジアでは旅行客も強くなっているのでこんな仕掛けは通用しなくなっている。落ちてきた物で怪我でもすると、逆に客から損害賠償請求を起こされる。しかし、ここではまだ通用しているらしい。引っかかって物を壊すと大人しい旅行者などは飛び上がるほど吹っかけられているのだろう。楽しい旅行が台なしになる。」とありますが、これなどは今と昔が並列で書かれてあるので、とてもわかりやすいトラブルです。
たしかに今では語りぐさにしか過ぎないものもありますが、とても印象に残る旅の本でした。しかも、今では、したくてもできない骨董仕入れ旅ですから、読むだけで満足せざるをえない旅の本でもありました。
(2012.1.27)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 秘境アジア骨董仕入れ旅(講談社+α文庫) | 島津法樹 | 講談社 | 2008年8月20日 | 9784062812245 |
☆ Extract passages ☆
イスラム圏はすべてのことが突然始まって一挙にボルテージがあがる。イントロがあってなだらかな上昇曲線は措かない。終わる時も突然ぶつんと切れてしまう。耳の奥にまだコーランの響きが残っているのに、スークの人々はストップモーションが解けたように湧き、動き出した。
ほんのしばらくすると太陽が昇ってきて、急に暑くなってきた。ここは砂漠の真ん中で昼と夜の温度差が大きい。澄んだ大気は光をストレートに通し皮膚をビリビリと焼く。太陽が痛いのだ。空気も乾燥しだしたのか、鼻や喉が痛くなってきた。
(島津法樹 著 『秘境アジア骨董仕入れ旅』より)
No.670 『心と体を強くする「養生」365日』
ちょうど11ページに「治療に取り組むときは山登りと同じで、頂上を見てはダメなのです。前の地面を見て、一歩一歩歩くのがいい。そしてしばらく行って振り返ると、こんなにきたのか、と思う。少し前にいたところが、とても小さく見える。そういう取り組み方の人のほうが、結果的にはいい。」と書いてあったのを立ち読みして、これはおもしろそうだと思いました。
もちろん、ところどころに書いてありましたが、十人十色で、人それぞれです。ある人にいいからといって、みんなにいいわけはありません。「決まった解答はありません」というのが、本音だと思います。
著者は帯津三敬病院名誉院長で、西洋医学だけでなく、中国医学、気功、心理療法などをプラスしたホリスティック医学を実践されていることで有名なお医者さんです。いい意味で、非常にアバウトで、融通性のいい、前向きな姿勢がとても好印象です。
しかも、ところどころに酒好きであることを公言していて、それを隠さないところがまたいいところです。「お酒は間違いなく養生なのです。楽しんで飲めば、これほどいいものはない」と、推奨しているかのようなところもあり、もちろん適度な飲酒でしょうが、やはり人生には息抜きも楽しみも必要だということでしょう。
「私は、イヤなことや嫌いなことはなるべくやらない主義です」と書いていますが、それですめば、やはりストレスは最小限ですみます。仕事には楽しみとストレスがあり、それを天秤に掛け、もしストレスが多ければ、そのやり方を変えるなどの対策が必要とも書いていますが、まったくその通りですが、なかなかそのように天秤に掛けることすらできないのが現実です。
養生とは何かということを下に抜き書きしましたが、やはり、「正しく」という心的なものの考え方が一番大切なんだろうな、と思いました。
(2012.1.25)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 心と体を強くする「養生」365日 | 帯津良一 | 三笠書房 | 2011年11月5日 | 9784837923985 |
☆ Extract passages ☆
養生とは、生命を正しく養うことです。命を養いながら生きていくこと。
それが死をもって終わるのでは、非常につまらない感じがします。
今生で養生をひたすらに続けるためには、死後の世界を信じる。信じるといっても、グラツとくることもあります。そんなときには、そんなことはないな、とまた信じる。
難しいけれども、そうして日々積み重ねていく感じではないでしょうか。
(帯津良一 著 『心と体を強くする「養生」365日』より)
No.669 『仏教漢語50話』
知らず知らずのうちに使っている言葉に、仏教漢語が入っているのですが、どれぐらいと聞かれるとわかりません。それで、読んでみようと思ったのがこの本です。
この本は『寺門興隆』という、いわばお寺向けの月刊誌に「漢字仏教徒然行脚」という題で2006年9月号から2010年12月号まで連載したものだそうです。そもそも、この「寺」も「行脚」も仏教漢語です。
たとえば、この「寺」という漢語は、この本では『「寺」という字の原義は、「(ものを手に)もつ」ことだった。それが漢代には、「役所」の意味に転じて用いられるようになり、「九寺」と呼ばれる中央官庁があった。・・・・・・後漢明帝の世に仏教が伝来したとき、それまで存在しない宗教施設をなぜ「寺」と称したのか。それは、はじめて中国に招かれてやってきた摂摩騰・竺法蘭等の西域僧が、外国の賓客を接待する鴻臚寺に滞在したところから始まる。僧侶の宿泊する場所として設けられた建築物に、「寺」 の一字をつけて「白馬寺」としたのは、それにちなんだものに他ならない。』とありますし、「行脚」という漢語は、『「行脚」も「巡礼」も、信仰にもとづく宗教行為だが、「巡礼」に聖地という明らかな到達点があるのに対して、「行脚」にはそれがない。文字通り足の向くままの旅である。』と説明されています。
こうして読んでみると、日本語というのは、本当にうまく漢語を導入しています。漢語でうまく表現できないときには、カタカナを使って、外来語だとわかるようにしています。
下に引用しましたが、現在も中国語は外国からもたらされたもののほとんどに当て字を使っています。もう、漢字を見ただけでそのものがわかることはありません。日本人の誰が「巧克利」と書いてチョコレートだと思うでしょうか。日本人なら、チョコレートと書いてあれば海外からもたらされたものだとすぐに直感します。もう、それだけで半分は理解できています。
もし、仏教に興味があったり、言葉そのものに関心があれば、ぜひお読みいただきたいと思います。「なるほど」というのがたくさん掲載されています。
(2012.1.22)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 仏教漢語50話(岩波新書) | 興膳 宏 | 岩波書店 | 2011年8月19日 | 9784004313267 |
☆ Extract passages ☆
これは漢字を用いる中国語の宿命ともいうぺき現象であり、現代の中国語でも基本的には同じである。たとえば食品の「三明治」(サンドイッチ)、「巧克利」(チョコレート)、「布丁」(プリン)などについて、一般の中国人はこれらの音訳語がもとは外来語で、原語では sandwich であり、chocolate であり、pudding であることを全く意識していない。日本語の中で、これらの食品名がカタカナ表記されることによって、おのずから外来語という素性が示されるのとは違っている。漢字による外国語の音訳は、こうした機能上の制約があるが、漢字の表音機能を精いっぱい活用する試みが一挙に拡大したのは、仏典の漢訳という大事業があってこそ、ほじめて可能になったのである。もっとも、音訳語の中には「禅」「僧」「塔」など、一見するとそれらしくない意外なものも含まれている。
(興膳 宏 著 『仏教漢語50話』より)
No.668 『タネが危ない』
この本を読んでの第一印象は、タネにはこれほどの問題があったのか、ということです。でも、考えてみれば当然の話しで、野菜でもなんでも、そのもともとのタネが一番大事です。いくら管理が良くても、田畑が肥えていたとしても、タネが悪ければ、まさに徒労に終わってしまいます。
私もよくあるのですが、あるシャクナゲの種子を播いて、10年ほどして花が咲くと、まったく違うシャクナゲだったりします。この10年という月日を返して欲しいと思います。だから、そのようなことがあってから、種子はほとんど自分で採種しています。自分でしたことなら、仕方ないから許せるし、いろいろな言い訳だって考えます。しかし、それがたとえ無料でもらったものだとしても、あるいは有料だったとしても、とても悔しい思いをします。むしろ、無料でいただいたものほど、もらわなければよかったと思うものです。
だから、タネって大事なものだとは思っていましたが、これほどまでとは思い至りませんでした。最近はF1(一代交配種、この本では一代雑種としています)のタネが多くなってきたなあ、とか、なんとなく昔の野菜の味がしないなあ、とか思っていました。この本を読むと、なるほど、そういう理由があったのかと納得しました。
たとえば、F1のタネをつくるためには、1つの方法として雄性不稔の株を使うそうですが、それでも理解出来なかったのがゲノムの違う異種間で受粉するのかということでした。この本では、ちょっと長いけれど引用させてもらうと、「キャベツはかつて自家不和合性を利用してFlを作っていた。自家不和合性利用のFlキャベツには父親役株と母親役株があった。この母親役のタネをハウスに播く。ハウスの一方には雄性不稔の大根がある。そこにボンベから二酸化炭素を入れて、大根の生理を狂わせる。花が咲いたら、ミツバチを放す。前述した通りミツバチは血液にヘモグロビンがないから酸欠を起こさない。このハウス
の中でちやんと働き、自家不和合性利用で作っていたころの母親役キャベツの花粉を雄性不稔の大根につけてくれる。
すると、自然界では大根とキャベツはゲノム (全遺伝情報)が違うから、絶対混ざらないはずだが、二酸化炭素の濃度が高められたことによって、大根の生理が狂い、キャベツ50%、大根50%の合いの子のタネを産む。
ゲノムが違う異種間でも受粉しタネができるのは、強いストレスで、このままじや大変だということでタネを作ると言われている。花粉異常の大根は、正常なキャベツの花粉によって子供を作る。
この子は母親譲りの雄性不稔だ。翌年、この合いの子にまた母親役キャベツの花粉をかける。玉ネギと同じで、25%と75%。また翌年、ここに播いてということを繰り返すと、限りなくキャベツだが、大根のひいおばあさんのひいおばあさんのひいおばあさん譲りの、雄性不稔で子孫を作れないキャベツの母親株が生まれる。
あとは、タネを畑に播き、そばに自家不和合性によって作っていたころのキャベツの父親役を播いておき、両者の花が咲いたらミツパテを放つ。ミツバチは花粉をつけてくれ、雄性不稔のF1のキャベツのタネが採れるという具合になっている。」そうです。
つまり、著者はこの雄性不稔の親の野菜を食べているから、もしかすると人間も男らしさが失われてきているのではないかと、それ以上に人間の存在も危うくなっているのではないかと問いかけます。さらに、ミツバチの消滅現象や遺伝子組み換えの問題などにも言及しています。
この本の最後のほうで、著者は下に抜き書きしたようなことを語ります。おそらく、この言葉にすべてが集約されているのではないかと思いました。興味のある方は、ぜひ、お読みください。とくに、家庭菜園をされている方なら、必読です。
(2012.1.19)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| タネが危ない | 野口 勲 | 日本経済新聞出版社 | 2011年9月5日 | 9784532168087 |
☆ Extract passages ☆
家庭菜園を楽しむということは、スーパーで売っているような見ばえの良い野菜を、ただ家計の足しに作ることではなく、野菜本来の味を楽しみながら自家採種すれば、野菜の進化の手助けをし、地方野菜を育んで地域おこしの一助にもなる。そんな人が増え、新しい地方野菜が各地に再び生まれる。そんな日がやがて来ることを、毎日夢見ている。
僕は、まだ地方の固定種が細々とでも残っているうちに、各地のいろいろな固定種のタネを日本中にばらまきたい。そしてタネの持つ多様性の花を聞かせ、地域地域に合った「新品種」に変化させたい。タネを入手した人の中から、江戸時代のタネ屋のような、野菜の進化の手助けをしてくれる人が少しでも増えて、未来の野菜が生命力に満ちあふれ、それを食べた人々がより健康になって、「火の鳥」のようにあらゆる生命が光り輝く地球となるよう願ってやまない。
(野口 勲 著 『タネが危ない』より)
No.667 『なぜ「烏」という漢字は「鳥」より一本足りないの?』
著者自身が「読者の皆さんへ」で書いていますが、本書のねらいは「生き物の漢字の成り立ちをひもとくことは、漢字もよく覚えられるし、同時に生き物の特徴もよくわかるので、一石二鳥。その一石二鳥を存分に楽しんでしまおう」ということだそうです。読んでみて、まさにその通りだと思いました。
私もよく白川静「字統」を暇なときに見てみるのですが、漢字って、その成り立ちがとても興味深く、今ではとても想像も付かないことから生まれていたりします。たとえば、この本の例でいうと、『「芝」は、もともとは「マンネンタケ」というキノコを表す漢字であった。「芝」は「霊芝」とも言われ、不老長寿の効能があると言われていた。寿命を延ばすことから、「どんどん進む」というイメージを持つ「之」に「草かんむり」をつけて「芝」という字ができたのである。日本では、「どんどん進む」というイメージから、どんどん伸びていくイネ科のシバに、この字が当てられた。そしてシバが密集して生えているようすが「芝生」である。』そうです。
たしかに霊芝も芝の字が使われていますが、今まで不思議だともなんとも思わなかったのですが、言われてみれば、まさにその通りです。芝生だって、そう解釈されれば納得です。
では、題名の『なぜ「烏」という漢字は「鳥」より一本足りないの?』という答えは、ほんとうは本を読んでいただいたほうがいいのですが、『答えを言うと、カラスは真っ黒なので、顔の中にある日の部分が見えない、そのため、鳥の顔の目を表す一本棒をなくして「鳥」となったのです』と書いてありました。
しかし、答えがわかったからといっても、この本はとてもおもしろいです。ぜひ、お勧めしますので、読んでみてください。
(2012.1.15)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| なぜ「烏」という漢字は「鳥」より一本足りないの? | 蓮実香佑 | 主婦の友社 | 2011年9月30日 | 9784072793503 |
☆ Extract passages ☆
「茶」という漢字は、「草かんむり」に「余る」と書く「荼」という字に由来します。「余」はスコップのような農具が土を平らに延ばすことから、「ゆったりとゆとりができる」というイメージがあります。「荼」は、疲れた心身をゆったりとさせる薬効のあるノゲシを表す漢字です。チャは、ノゲシの薬湯と同じような味や薬効があります。そこで、「荼」と区別するために、横棒を一本除いて「茶」という字になったのです。
チャに含まれるカフェインは、植物が昆虫や動物の食害を防ぐための忌避物質ですが、ごく弱い毒でもあるため、代謝しようとする体を活性化させたり、神経作用を抑制して鎮静させる効果があります。お茶を飲むとトイレに行きたくなるのは、人体が毒性物質のカフェインを体外に出そうとするためなのです。
(蓮実香佑 著 『なぜ「烏」という漢字は「鳥」より一本足りないの?』より)
No.666 『私と宗教』
この本は、『宗教と現代がわかる本』(平凡社刊)の2007年版から2011年版までの5冊に掲載した記事を、再構成してまとめたものだそうです。しかも、2011年版は3月11日に刊行されましたが、まさに2011年は東日本大震災を抜きにしては考えられないもので、さらに福島第一原発の事故は未曾有の大混乱を起こし、さらに今もその大きな被害に悩み苦しまされています。
このようなとき、ほんとうに宗教は必要なのでしょうか。
小説家の小川洋子さんに千葉望さんが聞き手となっての対談で、小川さんは『宗教学者の島薗進先生にお会いしたとき、先生が「人間が生きるとは、取り返しがつかないことの繰り返しです。宗教ができることは、取り返しがつかないことを、あたかも取り返しがつくかのように錯覚させてくれることです」 とおっしゃいました 』という話をされましたが、私もそうか、と納得しました。
世の中、生きている限りは悩んだり苦しんだりしますが、すべて解決できることだけではありません。今回の大震災も、まさに自然現象ですからあきらめるしかないのでしょうが、原発の事故はあくまでも人災です。インタビューでも、「私たちは何も悪いことをしていないのに、こんなに大変な思いをしなければならないなんて」と話していましたが、まさにその通りです。誰が悪いわけでもないのに、災難は起きるのです。
このようないかんともしがたいことがおきる、それがこの世の中です。勧善懲悪なんて、たしかにテレビのドラマの世界ではあるでしょうが、必ずしもそのようにはいかないのです。でも、それが世の中です。
その理不尽さのなかで生きていくためには、やはり信じるものが必要です。そのほうが楽に生きられます。必ず勧善懲悪がある、もしこの世でなくてもあの世では絶対にある、と思えればそれで納得もできます。今不幸せでも、必ず幸せになれる、と思えればそれで楽に生きられるのです。
もちろん、宗教は、ある意味では時代を映す鏡でもあり、良いことも悪いこともありそうです。だからといって、それを全面的に否定しては、希望も未来もありません。もともと信心とは安心のことですから、心安らかに暮らすためには必要です。
そういう意味では、龍村仁さんの下に抜き書きした語りは、なるほどと思います。興味のある方は、お読みください。
(2012.1.12)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 私と宗教(平凡社新書) | 渡邊直樹 編 | 平凡社 | 2011年10月14日 | 9784582856088 |
☆ Extract passages ☆
教団というのは人間とおんなじでね。教団が生じてひとつの人格をもった存在になると、必ず自己認識と同時に自己とは違う他者というものの認識をもつ。で、その次には必ず自分とは違う存在である他者を排斥しょうとする、これが間違いなわけでしょう。宗教の原点は、自分ではない存在とのあいだで自分がともにあるという世界観をもつ、すなわちすべてが深いところでつながっているという感覚をもつことでしょ。それなのに、神様はこっちにいて悪魔は向こうにいるとお互い言いあうわけですよ。自と他が存在するという認識はいいんです、みんな同じというのがいちばん具合が悪くて、それは一見平等な価値観でいいみたいだけれど、弊害のほうが大きい。みんな別々だということと、みんなともにあるという相反するように見える二つの傾向をどうやってともに存らせられるか。自分じゃない存在によって自分は生かされている、ということが生理的なレベルまで深化している、そういうものこそが霊性。だから霊性とは野生の力だという言い方もできる。野生の力っていうのは、人間には自我がある、でも自我のもっと奥深いところでは全部つながっているという体感をもつこと、それがスビリチュアリティ。生かされているという言い方は、そういう感じなんですよ。(龍村仁)
(渡邊直樹 編 『私と宗教』より)
No.665 『雲と暮らす。』
最初に手に取ったときには、間違って右に開けようとしたのですが、そこには「あわりに」と書いてありました。ということは、いわゆる科学の本のような装丁なのですが、副題の「雲と出会い、雲を愛でる」なんて書いてあると、文学書かな、って思ってしまいます。
著者は、1960年生まれで、高校教師をしていたのですが、第50次日本南極地域観測隊(越冬隊)を経て、大学の非常勤講師などをしているそうです。そういえば、昨年末のTBS系日曜21時の「南極大陸」を見て以来、なぜか南極に関心があるんですが、この本は直接にはなにも関係はなさそうです。
この本は読むというよりは、見るという方が多いようで、いわゆる写真集のような雰囲気を持っています。ですから、ぱっぱっとページを繰るよりも、気に入った雲の写真があると、何時間でもずーっと見ていたい気分の本です。こんなにおもしろい雲があるんだ、こんなにも不思議な形の雲があるんだ、こんなに幻想的な色彩を持った雲があるんだ、と次々と雲の世界にはまり込んでいきます。著者が「はじめに」のところで書いていますが、「どこにいても、誰にでも、道具も要らずに楽しめる雲の世界へようこそ」そのものです。
たとえば、うろこ雲の説明では、「秋を最も印象づける雲は、このうろこ雲だ。白い小さな雲のかたまりが無数に空に浮かぶ。いわし雲といっていわしの大群に例えられることもある。この雲は突然にできて、いつの間にかなくなっていることが多い。秋の空の気まぐれさを感じる。実はこの雲は小さな無数の対流によってできていて、ちょっとした気温の違いで変化してしまう。その身の変わりようは、撮影に困ってしまうほどだ。」とあります。
この本のなかでも、山は雲好きにはたまらない場所と書いていますが、山で見る雲はとてもいいもので、「思う存分雲に接近できる。そしてときどき雲の中に入ることもできる」といいます。でも、山で入道雲にあったら、やはりこわいものがあります。その雲が雷雲になり、ゴロゴロと鳴り出すともう下山するしかありません。雨はなんとかなりますが、山での雷ぐらい恐いものはありません。
この本の中で一番気に入った写真は、「うず雲(巻層雲)の夕焼け」という南極大陸で撮った夕焼け空です。その、なんともいえない、透明感のある夕焼け空は、スキッとしています。著者は、「周囲数百qに人がいない。周囲数千qは町がないという土地での雲見は、同じ地球上とは思えない、不思議な感覚だった」といいます。
南極に行きたいとは思いませんが、このような夕焼け空は見てみたいと思います。
(2012.1.9)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 雲と暮らす。 | 武田康男 文・写真 | 誠文堂新光社 | 2011年10月17日 | 9784416211144 |
☆ Extract passages ☆
星の輝きは永遠と言われるように、人生の中でほとんど変化がない。
しかし、大気中で起こる現象、たとえば雲やオーロラを見ていると、まったく同じものは2つとないことに気がつく。
だから、この美しさやおもしろさは今しかない出会いなのだ。
そう思うと、いっそう魅力を感じるようになった。
(武田康男 文・写真 『雲と暮らす。』より)
No.664 『生ききる』
対談の前の「まえがき」で、瀬戸内寂聴は「天災も恐ろしいが、原発は明らかに人の作った人災である。戦争と同じ人災である」といい、梅原 猛は「あとがき」で、「この大震災は天災であるとともに人災であるが、それ以上に文明災であると、大震災が起きた直後に私は語った。世界の先進国はすべてエネルギーの何割かを原子力発電に頼っている。それは自然にない不自然なものを作り出し、それによって豊かで便利な生活を享受しようとする現代人の欲望の産物と言ってよい」と語っています。つまり、どちらも想定外とか未曾有の災害とかでごまかさずに、はっきりと人災と言い切っています。
やはり、これから何十年と付き合わざるを得ない原発から出た放射能との関わりの原点は、ここだと思います。まだ、お正月気分もありますが、いくら新しい年を迎えたといっても、これらの問題はいつも私たちの目の前に横たわっています。
瀬戸内寂聴は対談のなかで、「私はこの震災が起こつた時、『源氏』のこのことを思い出しました。天災というのは人生で一番のどん底に落ちることがある。けれどどん底に落ちることもあれば、天災で浮か
び上がるチャンスもあるんです。ピンチがチャンスになる。非常な事件というものはそういう二つの面を持っている、そう思いました。」と言っています。たしかに震災も原発の問題も悲惨ではありますが、ただ困った困ったというだけでは前に進めません。このピンチをチャンスにという、前向きな姿勢が大切だと思います。そして、「私たち被災しなかった人間は、あなた方が身代わりになってくださったと思って、いつも忘れません」という一体感のような気持ちも必要です。そして、「1日に1度は、何か笑える事柄を見つけてください」ということも、たしかに大切なことです。それどころではないということは重々承知していますが、笑顔の力を私は信じています。いや、笑顔こそが希望を捨てないために絶対に必要なものだと感じています。
この本の印税はすべて今回の東日本大震災の被災地復興に寄付されるそうです。だとすればなおのこと、ぜひ多くの方々に買っていただき、読んでもらいたいと思います。
(2012.1.6)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 生ききる(角川oneテーマ21) | 瀬戸内寂聴・梅原 猛 | 角川グループパブリッシング | 2011年7月10日 | 9784140911839 |
☆ Extract passages ☆
ヨーロッパにおいても近代というのは神を殺した時代であるということをニーチェやドストエフスキーは言っています。『カラマーゾフの兄弟』は、神を殺した人間がどうなるかを考えたものです。神を殺した人間は親を殺すようになり、恐しい時代が来ると、ドストエフスキーは予言した。二十世紀の初めにロシア革命が起きますが、大量殺人が正義の名の下で行われるような時代になった。
日本は西洋よりもっと徹底的な神殺しを行って近代という時代を作ったと思います。今の時代、私は、もう一度神仏への畏敬の念、宗教心を取り戻さないといけないと思う。人間を超えたもの、我欲を超えたものの存在を信じる、そういう時代に戻らないといけないと思います。(梅原 猛)
(瀬戸内寂聴・梅原 猛 著 『生ききる』より)
No.663 『文明を変えた植物たち』
今年はじめての「ホンの旅」ですが、やはり植物関わりを無意識で選んだようです。副題が「コロンブスが遺した種子」とあり、新しいものが次々とヨーロッパにもたらされてきた活気ある時代から、それらがヨーロッパに定着し、今ではかけがえのないものになってきた植物たちを描いています。
お正月なので、なかなかまとまった読書時間を取れなかったのですが、ついその世界にはまり込んで読んでしまいました。
取り上げられた植物は、第1章「ヨーロッパ発展の原動力ジャガイモ」、第2章「車社会を支えるゴム」、第3章「お菓子の王様チョコレート」、第4章「世界の調味料になった唐辛子」、第5章「生活の句読点だったタバコの行方」、第6章「肉食社会を支えるトウモロコシ」の6種類で、終章として「コロンブスの光と影と」を付け加えています。もちろん、これら以外にもサツマイモやカボチャ、トマトなどいろいろとありますが、この冊子に収めるにはこの6種類が適当と判断されたのではないかと思います。たとえば、トマトなどは、それだけで1冊の本がありますし、ピーナッツだって何冊も書けそうです。昨夕、完熟のパイナップルを食べましたが、これだってその当時にヨーロッパにもたらされた果物の1つです。いかに、コロンブスなどの航海でもたらされたものが多かったかと想像できます。
なかでも、一番悪者にされているのがタバコですが、以前は薬にも匹敵するような扱いをされていたそうです。たとえば、「1664年から66年にかけて、ペストがロンドンで大流行した折りには、約7万人の死者が出たといわれている。この大流行の中にあっても、タバコ屋は一軒もペストにかからないといううわさ話が広まり、また喫煙はペストに対するもっとも優れた予防薬とされていた当時のこと、子どもといえどもタバコを吸うことを強いられた。イートンにある学校では、生徒は全員、毎日登校する前に、タバコを一服することが義務づけられていたほどである。また、他国に進攻する軍隊の場合には、ペストの予防薬としてタバコを持参することが常識であった。」と書かれてあります。今の嫌煙権の時代にはとても考えられませんが、そのような時代もあったということです。しかし、これからは、タバコを吸う人は少しずつでしょうが激減する方向に向かっていると思います。
このように植物たちの来歴を見てみると、とてもおもしろいもので、美味しいものだからと簡単に広まるものではないようです。ここでは取り上げられていませんが、トマトなども最初はあの毒々しいような赤色から、毛嫌いされていたようです。それがイタリアでパスタなどのソースに使われるようになり、徐々にそのおいしさが伝わり、あるときから一気にブレークしました。この本に出てくる植物たちも、そのような苦難ともいうべき歴史があったようです。
つねに自分たちが食べている食物を、このように調べてみると、とても興味深い事実が感じられると思います。お正月のおせちにも故事来歴があります。お正月だからこそ、味わえる食物と本があるようです。
(2012.1.3)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行日 | ISBN |
| 文明を変えた植物たち(NHKBOOKS) | 酒井伸雄 | NHK出版 | 2011年8月30日 | 9784140911839 |
☆ Extract passages ☆
地球上で栽培されている作物は、突然変異や人の手による交配によって変異種が生まれ、その作物を利用している人びとに都合のよい変異種が選択されてきた結果、現存する品種は形も性質も原種とは異なつているのが普通である。今も栽培されている作物のうちで、ほとんどの主要な作物では原種となる野生種が見つかっているが、唯一トウモロコシだけはいまだに原種となる野生種が発見されていない。原種となる野生種は今も存在しているけれども、あまりにも現在のトウモロコシとは形が違うので気づかれないのか、あるいはすでに絶滅してしまっているかのいずれかである。
(酒井伸雄 著 『文明を変えた植物たち』より)
◎紹介したい本やおもしろかった本の感想をコラムに掲載します!
(匿名やペンネームご希望の場合は、その旨をお知らせください。また、お知らせいただいた個人情報は、ここ以外には使用いたしません。)
タイトル画面へ戻る