本のたび 2015



 学生のころから読書カードを作っていましたが、今時の若者はあまり本を読まないということを聞き、こんなにも楽しいことをなぜしないのかという問いかけから掲載をはじめました。
 海野弘著『本を旅する』に、「自分の読書について語ることは、自分の書斎や書棚、いわば、自分の頭や心の内部をさらけ出すことだ。・・・・・自分を語ることをずっと控えてきた。恥ずかしいからであるし、そのような私的なことは読者の興味をひかないだろう、と思ったからだ。」と書かれていますが、私もそのように思っていました。しかし、活字離れが進む今だからこそ、本を読む楽しさを伝えたいと思うようになりました。
 そのあたりをお酌み取りいただき、お読みくださるようお願いいたします。
 なお、No.800 を機に、『ホンの旅』を『本のたび』というわかりやすい名称に変更しました。最初は「ホンの」思いつきではじめたコーナーでしたが、こんなにも続くとは自分でも本当に考えていませんでした。今後とも、よろしくお願いいたします。



No.1185 『ほんとうの法華経』

 この本を手に取ったときの第一印象は、厚い本だなあと思いました。すぐにページを見ると、478ページもありました。新書版にしては、普通のものの2倍はあります。そして、この厚さではお買い得かとも思いました。
 でも、このような厚い本を年末に読めるかな、と思いましたが、読み始めると、意外とすらすらと読めて、とても興味深い内容でした。おそらく橋爪大三郎さんと植木雅俊さんの対談ということもあり、まさに話すように書かれていたこともわかりやすさの要因ではないかと思います。
 じつは、2012年の11月に状況したとき、三井記念美術館で「特別展 琵琶湖をめぐる近江路の神と仏」を観て、そのなかに百済寺に伝わる「紺紙金字妙法蓮華経」が展示されていました。その見返に霊鷲山でお釈迦さまが法華経を説いているところが描かれ、そのなかでも、第25番の観音経のところの見返がとても印象に残りました。しかも、その年は置賜33観音霊場の特別ご開帳があり、何か心に残ることをしたいと思いながらいたものですから、その霊鷲山が心から離れませんでした。そこで、次の日に神保町の西遊旅行に行き、12月の5日から13日までインドに行くチケットを購入しました。だから、もう行くしかありませんでした。
 でも、あとからゆっくりと考えると、この法華経がまとめられたのはお釈迦さまが没してから500年後ぐらい経ってからのことですが、それでも霊鷲山で説法をよくしていたそうですから、そこに立ったときには、胸が熱くなりました。
 この本で知ったのですが、法華経は、お釈迦さまが72歳から80歳までの8年間かけて説かれたという設定になっているそうですから、まさに最後のいちばん大事な時期に当たります。そういう意味では、最高の経典であるという位置づけもできます。また、一般的にも仏教最高の経典ともいわれていますから、これを理解できれば仏教のほんとうの教えもわかるということになります。おそらく、そのような意味もあって、『ほんとうの法華経』という題名にしたのではないかと思います。
 また、今まで、鳩摩羅什訳の「法華経」しかなかったのに、植木さんが画期的なサンスクリット原典からの翻訳をされ、それに宗教社会学者の橋爪さんが問うという対談形式で書かれています。
 たとえば、法華経の思想という説明では、「法こそブッダを生み出した根源であり、法は、法華経の中に記されている。お釈迦さまは亡くなるけれども、法華経には、ブッダを生み出した法の根源が記されている。その教えに触れると、われわれにもブッダが現れてくる。われわれは法華」軽によって、ブッダに出会うのだ。良医病子の誓えで、名医である父親が残していった薬が、まさに「法の集合」「教えの集ま り」に相当し、子どもたち(衆生)がその薬を飲む(信受する)ことにより正気に戻ったところで、父が帰って来る(ブッダに出会う)。そういう構成になっているのです。」と書いていて、これだと全体の流れがとてもよくわかります。
 また、どこで説かれたかという説明では、「法華経ではまず、霊鷺山という地上世界で会座が始まる。ところが途中の宝塔品第11(第11章)で地中から宝塔が出現して空中に浮かぶものですから、お釈迦さまや弟子たちも空中にふわりと浮かんで、そこで儀式・説法が行なわれる。そこで行なわれる会座を虚空会と言います。そして嘱累品第22(第27章)で再び地上の霊鷺山に戻ってきます。だから、二幕三場(二処三会)になっているといえます」とあり、とても会座という設定がわかります。
 そして、あるところでは、「仏教は、既成のものを頭ごなしに否定しない。例えば、原始仏典でお釈迦さまは、バラモンが腐敗・堕落していたことを指摘していますが、頭ごなしに全否定せずに」と書いていて、お釈迦さまの説法のありようが目に浮かびます。
 下に抜き書きしたのは、仏典がいつから文字化されたのかという問いに答えたもので、これもすっきりと解説しています。じつは、スリランカに行ったときに、この棕櫚の葉に経典を書いている方に会い、それを譲ってもらったことがあります。しかも、古代文字で、私の名前まで書いてもらいました。
 もし、仏教教典に興味がありましたら、ぜひおすすめいたします。
(2015.12.31)

書名著者発行所発行日ISBN
ほんとうの法華経(ちくま新書)橋爪大三郎/植木雅俊筑摩書房2015年10月10日9784480068545

☆ Extract passages ☆

 大乗仏典は、最初から文字化された。創作から文字化まで、タイムラグがあったとしても、ほんのわずかだと思います。いっぽうで小乗仏典は、すべて口伝えです。文字化することは形骸化の始まりだと思われていた。お釈迦さまの時代も、いろいろな部派に分裂してからも、経典植はそれぞれに口伝えで伝えられて弘まっていた。
 そこに、大乗仏典を編纂する人びとが登場してきて、その教えを語る人びとも出てきたわけですが、小乗の教えに比べると多勢に無勢で、時代とともに消えていってしまう。だから大乗仏教では、最初から文字化したわけです。
 当時は一文字ごとに鉄筆で棕櫚の葉を刻んで、そこに墨を残して書写していくしかない。それが普及のための有力な手段であった。だから書写行が非常に重視されたわけです。そしてこの動きを受けて、小乗仏教でも文字化されるようになる。(植木)
(橋爪大三郎/植木雅俊 著 『ほんとうの法華経』より)




No.1184 『国境のない生き方』

 副題は、「私をつくった本と旅」で、どちらも好きな私としては、この本の背を見ただけで、読もうと思いました。
 そして、手に取ると、一気に読んでしまいました。というのは、あまりにも破天荒な生き方で、まさに国境など最初からないようなボーダレスで、このように生きている人もいるんだという感じです。
 もちろん、著者のことは何も知らずに読みながらだんだんとわかってきたのですが、もともとは画家志望だったようで、そのご漫画家としてデビューして、さらにエッセーも手がけているそうです。でも、読んで見ると、お母さんも同じような生き方をしていたようで、というよりはこの親にしてこの子ありなのかもしれませんが、さらに息子さんも似たような生き方をされているようです。
 つまり、家庭環境のなせるところかもしれません。
 でも、その根底にあるのは、今、こうして生きていることが一番で、だからこそいろんな経験や出会いがあるわけです。「わあ、月がきれいだ!」と思うだけで、満たされるといいます。
 だから、月は世界のどこにいても見ることができますし、そうだとすれば、どこで生きていてもいいわけです。
 しかし、日本人であることから、抜けきれないこともあるようで、たとえば、「だんまりというのが一番許せなくて、「とにかく何か言えよ」と。我慢して言葉を飲み込むなんて、体に悪い。毒素はためずに出してナンボというのが、イタリア式でした。「言葉にして言わなければ、何を考えているかわからないだろ。お前自身も、言葉にすることで自分が何を思い、どう考えているのか、いろんなことがわかってくるはずだ」そう言われても、こっちは日本人ですから、なかなかそうはいかない。」と書いています。
 たしかに、日本人はそこまで言わなくてもわかるだろう、と勝手に思っているようなところがあります。なんか、言葉にしてしまうと安っぽくなるような気さえしてしまいます。まさに「秘すれば花」の世界が日本です。
 しかし、それは世界では通用しません。だから国境のない生き方をしようとすれば、かなりの覚悟が必要になると思います。
 でも、著者は、本人にしてみればそれなりの悩んだすえの思いかもしれませんが、読者にしてみれば、軽々と超えているように感じます。それが著者の個性なのかもしれませんが、このようにできればいいな、と思ってしまいます。
 下に抜き書きしたのは、ボーダレスな生き方をしたければ、「壁」を意識することも大事なことだといいます。
 みながみな、このような生き方をできるわけではありませんから、このような本を読んで、自分ならどのようなことができるかを考えるきっかけにしてほしいと思いました。
(2015.12.28)

書名著者発行所発行日ISBN
国境のない生き方(小学館新書)ヤマザキマリ小学館2015年4月6日9784098252152

☆ Extract passages ☆

 人間にとってすべてボーダレスがいいかっていったら、最初から「壁」が何もない場所だと、案外、何も考えられない気がします。そこに「壁」っていうものがあることからこそ「壁を越えなければいけない」という概念も生まれてくるし、そこに「壁」なんてないように見えても、それは単に自分が井の中の蛙だからかもしれない。
 まずは、見えない壁を突き破ってみればいい。
 そうして枠の外に出てみれば、きっとわかると思います。
 それまで自分のいた場所がどんな場所だったのか、この世界がどんなに広いか。
(ヤマザキマリ 著 『国境のない生き方』より)




No.1183 『身近な花の知られざる生態』

 この時期になると、なんとなく慌ただしく、ゆっくりと本を読んではいられません。でも、本を読まないと、これもなんとなく物足りなくて、つい本を手に取ってしまいます。
 そんなときには、やはり、好きなジャンルの本が一番です。
 ということで、この『身近な花の知られざる生態』を読み始めました。すると、おもしろくて、ついつい読んでしまい、しかも、興味のあるところはカードを作るので、時間はかかります。
 やはり、花とか植物というキーワードには弱いということでしょうね。
 この著者の本は、ほとんど読んでいますが、この本は、NHKラジオ深夜便の中でレギュラー出演している「花の魅力 花のふしぎ」の内容を基にしているそうです。「おわりに」のところで、「本書は、前著『身近な雑草の愉快な生きかた』『身近な野菜のなるほど観察録』(以上、ちくま文庫)、『残しておきたいふるさとの野草』(地人書館)の姉妹書」という位置づけと書いています。
 ちょっと気になったのが、イラストが白黒で1ページ丸ごと使っていて、それが植物ごとにあることです。今の時代ですから、カラーならわかるのですが、なんとなくページ数を増やしたのかな、と穿った見方をしてしまいそうです。
 でも、「はじめに」のところに書いてある「花が美しい花びらを持っているのは、花を目立たせて、昆虫に見つけてもらうためである。そして、芳醇な香りや甘い蜜で昆虫を誘うのである。花の美しい色も、複雑な形も、すべては昆虫に花粉を運ばせるためである。……だから、花の色にも花の形にも、必ず合理的な理由がある。」というのは、ほんとうにそうだと私も思います。
 だから、その理由を探るのが、楽しいのです。
 たとえば、「春先に野に咲く花は黄色い花が多い。春、暖かくなると最初に活動を始める昆虫がアブである。そのため、アブが好む黄色い花を咲かせるのだ。アブはハナバチのように頭が良くないので、タンポポやナノハナなど黄色い花は単純な形をしている。ただし、頭の良くないアブは、ハナバチのように同じ種類の花を選んで飛んでいくこともない。しかし、他の種類の花に花粉を運ばれたのでは、身も蓋もない。そこで、春に咲く花々は、アブが他の種額の花に行かないように集まって咲く。春にはお花畑ができるのは、そのためなのだ。」とあり、なるほどと思いながら、ほんとうにアブは頭が良くないのかな、と思ったり、ちょっと気の毒に感じたりしました。
 この本には、このような楽しい花たちの生態がたくさん載っています。しかも、春、初夏、夏、秋、冬という章立てにはなっていますが、どこから読んでも楽しめます。
 下に抜き書きしたのは、ペチュニアについてのことですが、じつは、友人たちからこのペチュニアの野生種を探しにアマゾン川流域に行かないかと誘われたことがあります。でも、仕事の都合で行けなかったのですが、そのときの野生種の発見が、今のペチュニアブームの火付け役になったこともあり、懐かしく思い出されました。
(2015.12.27)

書名著者発行所発行日ISBN
身近な花の知られざる生態稲垣栄洋PHPエディターズ・グループ2015年9月25日9784569824451

☆ Extract passages ☆

 ペチュニアの名前は、ブラジル先住民の言葉で「たばこ」を意味する「ぺチュン」に由来している。
「たばこ」はタバコという植物の葉から作られる。タバコもナス科の植物である。しかし、タバコの学名は、ペチュニア属ではなく、ニコチニア属である。……ペチュニアは、タバコとは属が違うが、発見された当初はタバコの仲間と考えられて、ペチュニアと名付けられた。実際にブラジル先住民たちは、タバコの菓とペチュニアの葉を混ぜて吸っていたという。
(稲垣栄洋 著 『身近な花の知られざる生態』より)




No.1182 『偉人の話』

 孫たちに、クリスマスの記念に「偉人の話」でもしようと思い、図書館から借りてきました。
 ところが、肝心な孫たちが出かけてしまい、話すこともできず、しかたなく自分で読みました。副題は「子どもたちが目を輝かせて聞く」とありましたが、とても残念でした。
 そういえば、今はこのような偉人の伝記などというのはあまり流行らないようで、聞いても名前だけしか知らないという子どももいるそうです。それはとても残念なことで、偉人の伝記から多くのことを学ぶことができると私は思っています。
 この本の偉人の紹介は、ちょっと変わっていて、外国の偉人と日本の偉人を対比させたり、類比的に紹介したりしていることで、そこからその国独特の考え方が表れているようです。あるいは、国が変わっても、人間の考えることはいっしょだったりと、いろいろ学べます。これはとても興味深いことだと思いました。
 たとえば、アメリカのヘレン・ケラーは耳も聞こえないし目も見えないのですが、日本の塙保己一はやはり目が見えないのです。それでも2人とも、偉大なことを成し遂げます。この本では、「この2人の生涯を見てくると、「〜だからできない」「〜だからもうだめだ」なんて簡単に言うのがいかに恥ずかしく、自分を駄目にすることかわかるよね。2人の伝記は、人間の可能性の大きさに対する深い感動を子どもたちに与えます。同時に、「〜が不足している」「〜が悪いから」と、環境や人のせいにする、言い訳をする、すぐにあきらめるという、自分ができないことを他のせいにするという心を改善させるのにとても効きます。この2人の生涯を知れば「不足」を嘆くことの愚かさがわかります。人はどんな条件下でもがんばれ、自分の志を追求することができるのです。」と書いてあり、なるほどと思います。
 この2人の偉人のことを考えれば、たとえ耳も聞こえないし目も見えなくとも、なんでもできそうな気になります。もちろん、普通の人たちの何倍もの努力が必要でしょうが、それでもできるということの素晴らしさです。
 孫が帰ってきてから、このヘレン・ケラーの話しをすると、たしかに本人はすごいけど、教えたサリバン先生もすごいなあ、と言いました。もう、その一言だけでも、この本を読んで話した甲斐があったと感じました。ヘレン・ケラーの手のひらに1文字ずつ指で書いて教えたのですから、とても根気のいることだったと思います。しかも、ヘレン・ケラーが大学に入ったときもいっしょに行き、その指文字で講義内容を伝えたというからビックリです。
 偉人の話には、ほんとうにいろいろなことを教えられると思いました。
 孫も、次に図書館に行くときには連れて行ってと言いましたが、なんと、いろんな偉人伝を借りてくるということでした。
 それだけでも、この本を読み、この本の話を孫にした甲斐があったというものです。
 下に抜き書きしたのは、どんな偉人といわれる人たちでも、「みんな、挫折や大失敗を経験している」ということと、それでも「あきらめなかった」ということにつきるような気がします。
(2015.12.25)

書名著者発行所発行日ISBN
偉人の話平 光雄致知出版社2015年8月25日9784800910813

☆ Extract passages ☆

「偉人たちの共通点はなんだろう?」
 後世に残るような大仕事をした偉人たちは、ジャンルも境遇もまちまちです。しかし、共通項はあります。
 それは、「みんな、挫折や大失敗を経験している」ということと、それでも「あきらめなかった」ということです。
(平 光雄 著 『偉人の話』より)




No.1181 『NHKニッポンの里山』

 この本は、NHK「ニッポンの里山 ふるさとの絶景に出会う旅」というNHK-BSプレミアムで放送された番組を編集したものです。そして、そこにも出演していた今森光彦カメラマンがこの本の写真を撮っていて、とてもいい感じの本に仕上がっていると思いました。
 そして、里山を、「田んぼの章」、「水辺の章」、「林・森の章」、「海辺の章」、「草原・畑の章」の5つに分けて、取りあげています。ただ、実感としては、自分の住んでいるところにあるような里山が一番しっくりくるようで、そこを中心にして読んでいました。
 では、この里山というのはなにかというと、今森さんは、「里山は、日本人が長い時間をかけて、少しずつ自然を作り変えてきて出来上がった環境です。人々はよりおいしく、より豊かな稔りが得られるように、それぞれの手で整備してきました。手つかずの自然に比べ、手を入れた里山には、さまざまな異なった環境が生まれました。稲を育てるのに必要な水をためておく池を田んぼのそばに築き、そこから田んぼまで水をひく水路を作り、田んぼに入れた水が逃げないように畦を整備しました。そうして、もともと山だった場所に、ため池や水路、田んぼなどの水辺ができ、田んぼの畦には明るく日が射すなど、異なった多様な環境が生まれ、そこは、さまざまな種類の生きものがすめる場所に生まれ変わったのです。」と書いています。
 つまり、自然に成り立つものではなく、あくまでも人間との関わりで生まれた環境で、その中心は田んぼです。だから、人間が関わらなくなると、すぐに荒れ果ててしまい、もう里山とは呼べなくなります。
 そして、その里山での生活が、ほぼ半永久的に続くことを考えて、いろいろなことが受け継がれています。
 たとえば、私はお茶をしていますが、そこでは今も炭を使います。炭にも黒炭と白炭など、いろいろな炭がありますが、菊炭などはお茶でしか使わないようです。この菊炭を今でも作っているのが大阪府の能勢町で、ここでは、「毎年十二月。木が水を吸い上げない冬に、クヌギの伐採が行われます。伐る木は樹齢8年と決まっています。幹の直径が10センチほどに育ったものを焼くと、切り口が菊の花のように美しい「菊炭」ができるのです。翌年の春、クヌギの切り株から新しい芽が出ます。3年も経つと幹が育ち、8年目には再び伐られ、繰り返し利用できます。この方法が、里山に受け継がれてきた知恵なのです。」と書かれています。
 この里山のいいところは、繰り返し利用できることや、それらの知恵が蓄積されていることです。
 この本を読んでみて、改めて日本の里山の良さを感じました。
 NHKの自然科学番組エグゼクティフ・プロデューサーの小野泰洋氏は「おしまいに」のところで、この里山の魅力をどのように実感すればいいのだろうかという問いに答えて、下に抜き書きしたのようなことを書いています。
 そして、そのなかに、この里山の視線でもう一度見つめてみると、人と自然の共生の姿や知恵に気づき、見慣れたと思っていた風景も新鮮な輝きを放ち初めといいます。これは、ほんとうです。
 とても興味深い内容ですので、ぜひ読んでいただきたいと思います。
(2015.12.24)

書名著者発行所発行日ISBN
NHKニッポンの里山今森光彦 監修・写真NHK出版2014年3月20日9784140816332

☆ Extract passages ☆

 その魅カを実感するには、どうすればいいのでしょうか。それは、里山の時間にゆっくり身を置くことです。自然の一部になったようにぽんやり気配を消すと、いろいろな発見や出合いが生まれます。流れる水、足下の花、命の気配、風の音、森の声、草のにおい…自然を感じることです。そして里山の人とあいさつを交わすだけでもいいので交流しましょう。ディレクターたちは現場におもむき、自然を観察しながら、地元の人との出合いを大切にし、その話に耳を傾けて取材を開始します。そして風景の中に秘められた物語を探すのです。なぜこの風景が人の心を打つのか、どうして生まれたのか、人の暮らしとどうつながっているのかなどに田心いをめぐらせます。首の里山の風景には、百の知恵と物語がぁります。そしてその里山を象徴する生きものの存在にも気づきます。
(今森光彦 監修・写真 『NHKニッポンの里山』より)




No.1180 『聴能力!』

 副題は「場を読む力を、身につける。」ですが、だからといって、空気を読むというようなことではなく、まさに聴くことによってその場を読むということのようです。だから、超能力をもじって「聴能力!」という題名にしたと書いてありました。
 今の時期になると、世の中はクリスマスで盛り上がっているようですが、逆に冷静になってみると日本人はなんと人に流されやすいのかと考えてしまいます。
 私は、そんな空気とは裏腹に、本を読んでいます。
 聴くといえば、音を聞くというのが思い浮かびますが、この本では、「人間の「内耳」は大きく分けて2つの働きを持っています。1つは「音を聴く」能力ですが、もう一つは「平衡感覚」などの機能で、聴覚は蝸牛管、平衡感覚の仲間は前庭や三半規管が司る、と耳鼻科の教科書には記されています。耳からもたらされた空気の振動は鼓膜から前庭窓に到達して蝸牛管で分析。脳へともたらされ、私たちは音を認識します。他方、平衡感覚の情報は前庭神経から脳だけでなく身体のあちこちに伝えられ、私たちは身体のバランスをとることができます。現実にはこれらの働きはもう少し入り組んでいます。つまり私たちは耳に聴こえる音「可聴音」でも周囲の物体の運動や回転を知ることが出来るし、実は自分自身の運動についても、三半規管や前庭の働きを補っで、さまざまなデータを無意識のうちに集めているのです。」と書いてあります。
 そういえば、観音さまは音を観ると書きますが、ある意味、それに通じるものがあります。音は聞くだけではなく、感じるものであり、観ることもできるということです。後ろのほうで手塚治虫の「三つ目がとおる」というマンガを紹介していますが、ムカシトカゲやヤツメウナギなどはほんとうに「三つ目」の生活をしているそうです。
 また、実際に口を動かさず、アタマの中だけで音にして読む「イメージ音読」を紹介していますが、これもたしかに本などを早く読むことができます。しかも、これは紹介されなくても、ほとんどの人がおそらく実践しているようなものだと思います。ただ、それを意識するかしないかで、さらに早く読む「高速イメージ音読」に進めるような気がします。
 特に印象に残ったのは、能楽ワキ方の人間国宝である宝生閑さんの話しで、若い頃にはなんの苦もなくやっていたことでも、年を取るとだんだんとできなくなってしまうといいます。そのようなとき、オトナになってから身につけたものから先にできなくなっていき、子どもの時に習得したものは最後まで残っているという話しを聞き、なるほどと思いました。たしかに芸事の場合は小さなときから稽古をしているようです。ちょっとかわいそうだと思うときがありますが、そのような事情があるとは思いもしませんでした。
 下に抜き書きしたのは、「おわりに……命と思いをつなぐ」のところで書いてあるいわばこの本の概要です。
 もし、この本に興味を持ったら、この概要を読んで、全体の内容を考えてお読みいただければいいのではないかと思います。
(2015.12.22)

書名著者発行所発行日ISBN
聴能力!(ちくま新書)伊東 乾筑摩書房2015年11月10日9784480068538

☆ Extract passages ☆

肩の凝らないスタイルで、本質的なお話を、とのリクエストを頂きました。第1章はポップスの「昔風景」から始め、第2章は単耳聴の話題やとりわけ言語に関する話題に触れ、第3章は両耳聴と空間知覚。第 4章は話題を少し変えて速読などを取り上げ、第5章で耳とイメージを活用した幾つかのテクニック、第6章で聴覚の起源を振り返り、第7章で生命が原初に獲得する知覚としての耳=自己定位器の本質を、人間らしい優しさをもって気配りや思いやりに用いる大切さを考えてみました。
(伊東 乾 著 『聴能力!』より)




No.1179 『清水寺の日々』

 この本は清水寺の公式インスタグラム写真集で、題名が『清水寺の日々』です。
 でも、目次もなければ、解説もなにもなく、ただ写真だけの写真集です。もちろん写真集と銘打っている以上は、それ以上でもそれ以下でもありません。
 ただ、他の写真集と違うのは、清水寺の管長さんの色紙が12枚もあることではないかと思います。そのなかで、これはいい言葉だな、と思ったのは、「熏習」という語句です。もともとは仏教語で、「物に香りが染みつくように、人々の精神・身体のすべての行為が人間の心の最深部に影響を与えること」と大辞林には書かれています。
 この本では、「あらゆる言動、心に思うことが積み重なって自分をつくる」とあり、英語でも「Your words, deeds and thoughts all pile up to make your oersonality.」とありました。
 いくら写真集とはいえ、全体の構成は、最初に「もしも、清水寺で1日すごしたら……」とあり、下に抜き書きしたように、ある初夏の1日の清水寺を撮った写真の数々です。早朝、まだ誰もいない境内地の写真もあれば、ここを護っている僧侶たちの写真、さらには喧噪に包まれる日中の写真、そして閉門してからの静かな空間を撮したもの、その1枚1枚に写真を撮った須藤和也さんの感性が光っています。
 これらの写真は、清水寺の協力なしでは絶対に撮れないもので、一般の参拝者には見せない、清水寺の姿があるように感じました。
 もちろん、ほとんど拝観できない場所もありますし、時間帯もあります。それを見ていると、これがいつも目にしている清水寺なのかと不思議な感じさえします。それほとせインパクトのある写真集でした。
 その次は、「清水寺の四季」というコーナーで、それには、「すがすがしい深緑に包まれる夏。鮮やかな紅葉色に染まる秋。凄とした空気が漂う冬。艶やかな桜が舞う春。2013年夏から2015年春までの清水寺の春夏秋冬。」と書かれていました。
 おそらく、これらの写真の方が一般の人にはいいかもしれません。たとえば、京都に秋の紅葉を見に行くとかの参考になります。
 でも、清水寺というたった一つのお寺でさえ写真集になるのですから、京都だけで何百冊の写真集ができそうな気がします。しかも、拝観できるお寺だけではなく、一般の人には門戸を開いていないところもたくさんあるでしょうから、むしろ、そのようなお寺とか場所をこのような写真集として出せば、京都を再認識するのではないかと思いました。
 たくさんの人が押し寄せる京都ではなく、ひっそりと佇む京都も魅力があります。あるいは、京都に住む人だけしか知らないところだってあるはずです。
 今はちょっと無理ですが、京都に数ヶ月部屋を借りて、毎日市内を訪ね歩きたいという夢があります。しかも、自分で写真を撮って、自分だけの京都を探してみたいと思っています。
(2015.12.20)

書名著者発行所発行日ISBN
清水寺の日々田沼清美 編主婦の友社2015年9月10日9784074131105

☆ Extract passages ☆

 特別なことは何もない、ささやかな日常。
 そんな毎日のなかにも新しい発見がある。
 早朝6時の開門から、夕闇せまる18時の閉門まで。
 ある初夏の一日の、清水寺。
(田沼清美 編 『清水寺の日々』より)




No.1178 『減らす技術 新装版』

 なんとなく、装丁の写真のシンプルな机に興味を引かれました。しかも、題名は『減らす技術』ですから、机の上にはすべて減らして、なにもない状態なのかなあ、と思いました。
 実は、私の机の上はいつも読みかけの本や使っている資料などがあり、とても片付いているとはいえません。だからというのか、つい、この本を手にとったようです。
 新装版とありますから、もともと出版されていたのでしょうが、その説明はどこにもなく、いつどこから出されていたのかもわかりません。でも、新装版だから手に入れたというのではないので、先ずは読もうと思いました。
 読みながら、とても読みやすいし、内容もなるほどというか、当たり前のようなことが書かれていて、それでもそれらが整理されているので、なんとなくすっきりするようでした。
 たとえば、人生をシンプルにするというところでは、「6つの原則」と書かれていて、「1.制限する 2.本質に迫ることだけを選ぶ 3.シンプルにする 4.集中する 5.習慣化する 6.小さくはじめる」ということです。
 これだけを読めば、何が原則なの、と思うかもしれませんが、もし気になったら、ぜひこの本を読んでみてください。
 この本のなかで、特に気になったのは、インターネットやメールに関してのことです。
 ご多分に洩れず、私もメール確認やインターネットサーフィンをついついしてしまい、そのまま数時間も何気なく見ていてしまうことがあります。おそらく、これは「6つの原則」のなかの第1の原則、「制限する」に該当します。これは、意識的に変えないと、そのままヅルヅルと時間を消費していまいます。
 これには、なるべくなら、パソコンを使う用途ごとに、その時間を設定することを勧めています。具体的には、「1.インターネットにいっさい触らずに集中して仕事をする時間 2.メールやインスタントメッセージで連絡をとり合う時間 3.リサーチなど仕事のためにインターネットを使う時間 4.好きなサイトで遊んだりネットサーフィンしたりする時間」というように、あらかじめ時間を設定しておいて、その作業を意識かさせるということだそうです。
 下に抜き書きしたのは、最後のところに書かれている文章で、たしかに楽しみがなければ長続きしないと思います。それを楽しいと思うか苦しいと思うかは、まったく個人の問題ですが、楽しいと思うポジティブな気持ちが先行することが大切だということなのでしょう。
(2015.12.19)

書名著者発行所発行日ISBN
減らす技術 新装版レオ・バボータディスカヴァー・トゥエンティワン2015年7月30日9784799317419

☆ Extract passages ☆

 楽しみを見出せないものは長続きしない。何カ月もがんばったあとにやっと結果が出るとなれば、なおさらだ。
 毎日何かしら楽しみやよろこびを見つけよう。そうでなければ「やりたい」とは思えない。
 朝ジョギングをしているときのすがすがしい景色、「またひとつステップを上がったよ」とみんなに報告するときの満足感、ヘルシーでおいしい食事。どんなことだっていい。楽しみを見つけ出そう!
(レオ・バボータ 著 『減らす技術 新装版』より)




No.1177 『「死に方」格差社会』

 先ず題名の『「死に方」格差社会』にビックリし、まさか死に方にまで格差があるのか、というのが素朴な疑問でした。それでも副題は「満足できる死を迎えるためには」とあり、それで納得しました。やはり、死に方にまで格差があるとすれば、ちょっと気が滅入ります。
 ところが、本を読むにしたがって、格差があるような気がしてきました。しかも著者は医師で、まさに死と向かい合ってきた職業です。やはり、説得力はあります。
 たとえば、「医者、看護師、薬剤師などは、単なる風邪のときは病院に行かないし、クスリもほぼ飲まない。この私も、もちろんそうである。」といわれれば、あんなにも風邪の患者さんと接しているのに、マスク程度でいいのかとびっくりしてしまいます。
 でも、医者であっても風邪を根本的には治せないし、「風邪が治るのは、多くの場合、医者や医学の力ではなく、人間の体が本来持っている自然治癒力、免疫力によってだからである。」と書いてあり、納得しました。
 それと、年をとって、口から食べ物を飲み込めなくなると、点滴とか胃瘻とか行いますが、実は、食べなくなるとむしろ安らかな死に方になると書いてありました。
 その理由は、3つありますが、
1、飢餓状態になると脳内にモルヒネのような物質が分泌されて幸せな気分になる。
2、脱水状態になると意識レベルが下がりボンヤリとした状態になる。
3、呼吸が十分にできなくなると体内が酸素不足し、その一方で体内に炭酸ガスが増える。酸素不足は脳内にモルヒネのような物質の分泌を引き起こし、炭酸ガスには麻酔作用がある。
 つまり、この3つの作用により、人間はもうろうとしたまどろみのうちに死んでいく。ガン患者でさえも自然死の場合には痛みを感じず、もうろうとしたなかで死んでいくという。
 と書いてありました。
 これを読んで、人間というものは必ず死ぬので、そのための工夫があるのではと思いました。
 つまり風邪にしても、その他の病気にしても、ある程度の人間の体が本来持っている自然治癒力や免疫力によって治りますが、年を取るに従い、それらが弱まってくるので、なかなか治りにくくなったり、治らなくて死んでしまうようです。
 つまり、老化と病気は違うといっても、老化によって病気にかかりやすくなるというのはあります。
 この本をお医者さんが書いたものですが、下に抜き書きしたのは、だからこそわかる内部のことです。でも、ここまであからさまに書かれると、なんとなくそう思っていた人も唖然としてしまうかもしれません。
 でも、たしかに、いいお医者さんの見分け方には役立ちそうです。
(2015.12.17)

書名著者発行所発行日ISBN
「死に方」格差社会(SB新書)富家 孝SBクリエイティブ(株)2015年8月25日9784797384918

☆ Extract passages ☆

 町医者でも大病院でも、収入は医師が行う医療行為からしか得られない。事務員の給料も病院の賃貸料、光熱費、設備投資の費用も、全部そこから出ている。したがって、ある月に、来院患者数、薬の数、検査の数などが少なくなると、たちまち減収になる。
 つまり、患者さんが治らずにリピーターになってくれたほうが病院経営は安定する。現代において「必要な医療以外はしない」は神話化している。つまり、患者さんの病名を突き止めて完治させることは、医者自身の首を絞めるのである。
 とすると、「わからない」と言って、専門医を紹介してくれる医者が、もっともいい医者だということが、おわかりいただけると思う。
(富家 孝 著 『「死に方」格差社会』より)




No.1176 『いつまでも若いと思うなよ』

 なんとも直接的な題名で、だからこそインパクトがあり、つい手に取ってしまいました。
 しかも誕生日を目の前にしての「いつまでも若いと思うなよ」ですから、ちょっとビクッとしました。ほんとうに自分が言われているような感覚です。
 もともとこの本は、「新潮45」に連載された「年を取る」(2014年1月〜12月号)に加筆・修正し、さらに終章「ちょっとだけ『死』を考える」を書き下ろしたものだそうです。道理で、終章だけが文体も違い、ちょっとどころか、グサリと胸をつくような書き方をしています。
 下に抜き書きしたのは、この終章の一部ですが、死というものは、誰も経験したわけではないので、おそらくそのようなものか、と私も思いました。
 たしかに、生きているといろいろなことがありますし、何が起きるかもわかりません。しかも考え出すと、「人間にとって「物を考える」というのは、「不安になる要素を探し出す」ということだとも思っているので、うっかり「先の心配」をし始めると、ドミノ倒しのようにどんどん「先の心配」が増殖して行きます。そんなことをしていいことなどなにもないので、大事なのは「そんな先のことは考えない!」です。考えるべきことは、「今日やること」とその先にある「明日やること」です。明後日のことなんて「明日次第」で、その明日は「今日の結果如何」です。だから、「今日やるべきこと」を考えていればいいのです。」ということになります。
 これは明快です。考えるから心配が増えるわけで、考えなければいいという論理ですが、では考えないでいられるかというと、私はそううまくはできないような気がします。おそらく、仏教でいう「無」ということにつながっていくのではないかと思います。考えないことも、1種の修行です。
 たとえば、病気と老化というのはまったく違うと著者はいいますが、それは誰だってわかります。著者の「病気には「よくなる」という方向があるけれど、老いにそれはありません。ゆるゆると「老い」の一方向を下って行くだけで、それはつまり「自然の成り行きにまかせる」ということです。だから、「病気でいろんなことが不自由になった」と考えるより、「年を取ったからいろいろ不自由がある」と考える方が楽です――少なくてとも私にとっては。」というのは、とてもわかりやすかったです。
 でも、普通の人は、病気になったり、不自由にもなって、そして年齢が老齢期になると、年を感じたりします。でも、年だからこそ、病気にもなるし、あたこち痛くもなるわけで、それこそ自然の成り行きです。
 ところが、そうすんなりと思えないのが人間で、自分だけはまだまだ若いと思いたいのです。
 だから、「いつまでも若いと思うなよ」という題名の本が出たのかもしれません。
(2015.12.15)

書名著者発行所発行日ISBN
いつまでも若いと思うなよ(新潮新書)橋本 治新潮社2015年10月20日9784106106392

☆ Extract passages ☆

まだ私は死んだことがないので断言は出来ないが、「いつの問にか眠っちゃった」と同じように、「いつの問にか死んじゃった」なんじゃないかと思う。「体が痛くて眠れない」と思っていたって、結局はその末に眠ってしまうんだから、「痛い、痛い」と思っていても、死ぬ瞬間はその痛みがなくなるのだろう。なにしろ死ぬということは、感覚を失ってしまうことなのだから。……
 結局私は、「生」の方向からでしか「死」を考えられない人間で、「死」というものは、「生」の方向から考えても「考えるのは無駄だよ」という答しかくれないものかと思うのでした。
(橋本 治 著 『いつまでも若いと思うなよ』より)




No.1175 『この習慣さえあればいい「幸福な心」のつくり方』

 装丁がなんとなくほのぼのとしていて、それでつい手にとって読んで見ると、なんとなく読みやすそうだったので、図書館から借りてきました。
 本との出会いというのは、意外と装丁から入るというのもありだと思いました。とくに、今の本よりも、昔の本はだいぶ装丁が丁寧に作られていましたので、なおさらです。
 この本のなかで、いろいろとおもしろいことが紹介されていましたが、なるほどと思うところもあり、たとえば、「ある会社の社長の話です。その会社には、AとBという低迷している2つの営業部暑がありました。社長は、カツを入れようと、まず、Aの部署の社員に、こういいました。「売り上げを3カ月以内で倍にしたら、ハワイに連れていきます」。一方、Bの部署の社員には、「3カ月以内で」をいい忘れて、こういったのです。「売り上げを倍にしたら、ハワイに連れていきます」。その結果、Aの部署は3カ月後に売り上げが倍になりましたが、Bの部署は何カ月たっても、売り上げは横ばいだったといいます。」という話しです。
 この違いは「3ヶ月」という期間を区切ったことと区切らなかったことの違いだけです。この「いつまでに」という期限を設けたことにより、モチベーションが高まったということでした。
 これはとても参考になります。なんとなくやろうと思うより、いついつまでやろうというのでは、やはり違います。できるできないという問題よりも、期間を設定することの大切さがこれでわかるような気がします。
 また、人からの評価に一喜一憂する方も多いかと思いますが、それだって、人によるだけでなく、同じ人であっても気分などで簡単に変わってしまうことがあります。そんなことで自信が持てなくなったり、自己嫌悪に陥ったとすれば、ますます自分自身が嫌になります。この本では、「幕末から明治にかけての剣客で思想家の山岡鉄舟は、次のような歌を残しました。「晴れてよし 曇りてもよし 富士の山 もとの姿は 変わらざりけり」。富士山は、見る場所、四季、天気などによって、さまざまな見え方をします。しかし、富士山そのものは何の変化もなく、いつでも雄大に構えています。」と書いています。
 つまり、富士山は富士山です。いろんな見え方があったとしても、やはり富士山です。
 ということは、自分がどのように評価されても、あまり他人の目を気にしないで、自分らしさをつらぬけばいいのではないかと思いました。
 下に抜き書きしたのは、半分以上良ければそれでいいという考え方として、相撲を取りあげています。たしかに、その通りだと思いました。この世の中、良いことばかりもないし、悪いことだけもないようです。でも、気持ち的には悪いことのほうが少しだけ多いような気がします。
 だとすれば、半分以上良ければそれでいい、と考えられればずっと楽に生きられそうです。
(2015.12.13)

書名著者発行所発行日ISBN
この習慣さえあればいい「幸福な心」のつくり方植西 聰講談社2014年8月26日9784062190725

☆ Extract passages ☆

 力士は本場所で15日間、相撲を取ります。
 8勝7敗なら勝ち越し、力士はホッとして喜びます。心の中はプラスの感情で満たされます。
 しかし、7勝8敗なら負け越してがっかりします。当然、心の中はマイナスの感情で満たされます。
 たった1つの勝ち星の差ですが、8勝7敗なら、次の場所、番付が上がります。7勝8敗なら、次の場所、番付が下がります。
 毎場所、8勝7敗のペースで勝ち進んでいけば、番付はどんどん上がっていきます。たとえ毎場所8勝7敗でも、勝ち越しは勝ち越しだからです。
(植西 聰 著 『この習慣さえあればいい「幸福な心」のつくり方』より)




No.1174 『和食に恋して』

 先々月は、ユネスコの記憶遺産の問題でなにかと不穏当な動きがあったようですが、和食がユネスコの無形文化遺産登録のときには、多くの国民が喜んだのではないかと思います。だって、自分たちが毎日食べている食事が文化遺産だと認定されたのですから、それは当然です。
 でも、よくよく考えてみると、このを食の定義は「日本人の伝統的な食文化」であって、常に日本人が食べている食事とは違うようです。そこで、では、和食とは何かをちょっと考えてみたいと思い、読んで見ました。
 では、和食というのは何かといいますと、「和食の歴史を紐解いてみますと、六世紀半ばに仏教が伝来して以来、明治の文明開化にいたるまで、牛や豚などの獣肉を口にすることは禁忌とされていたために、長い年月、日本人の食生活から、それらは姿を消していました。そのため乳製品はもちろんのこと、ラードなどの動物性油脂も用いず、少量の植物油や胡麻油を使って、和食は展開したのです。和食の食材となり得たものは、米をはじめとして穀類・豆類・野菜類・魚貝類・海藻類・鳥類・果物類で、これらはいずれも低脂肪なものばかりですから、当然のことながら和食はヘルシーなものであらたといえます。」と書かれています。だから、世界のヘルシーへの流れのなかで、和食が見直されてきたのかもしれません。
 よく一汁一菜といいますが、「菜」というのは、総菜の「菜」のことですから、煮物や焼き物、あるいは刺身、酢の物でもいいわけで、これにはご飯と漬け物は含まれないそうです。どうも、一汁一菜というと、ちょっと粗末な食事という印象がありますが、言ってみれば、天ぷら定食や焼き魚定食などもそれにあたります。だから、粗末というより、むしろ一般的な食事のようでもあります。
 最近、節分の近くになると「恵方巻」というのが流行のようですが、昔、京都にいたときにはそんなことは知りませんでした。誰も恵方巻なんて食べ方はしていなかったと思います。それがここ数年来、ここいらでも流行始めたようで、ちょっと気にはなっていました。この本を読んで、なるほどと思ったのですが、「近年、巻ずしは「恵方巻」と称して、節分に丸かぶりする習慣が定着しつつありますが、昭和48年(1973)、大阪海苔問屋協同組合が「幸運巻ずし」として販売促進キャンペーンを展開したのが始まりで、当初は大阪を中心とした食習慣だったのですが、コンビニなどでも販売されるようになり、今や全国的になっています。」とあり、どおりで昭和48年に京都にいたとしてもわからなかったわけです。
 どうも最近は、販売促進キャンペーンからブームになるのがいろいろあるようで、それらは和食文化とはいえないようです。
 ちなみに、和食のユネスコ無形文化遺産登録にあたってアピールされたのは、
 1、多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重
 2、健康的な食生活を支える栄養バランス
 3、自然の美しさや季節の移ろいの表現
 4、正月などの年中行事との密接な関わり
 の4点だそうです。
 下に抜き書きしたのは、「おにぎり」についてです。最近は山に登るときでも、コンビニでおにぎりを買うのですが、そのルーツはというと、なかなかわからなかったのです。
 ぜひ、読んでみて、その長い歴史を考えながら味わってもらいたいと思います。
(2015.12.12)

書名著者発行所発行日ISBN
和食に恋して鳥居本幸代春秋社2015年9月30日9784393751237

☆ Extract passages ☆

 おにぎりの起源は平安時代に遡り、モチ米を蒸した強飯を卵形に握り固めて、粕の葉で包んだといわれる手軽な食べ物でした。これを「屯食(とんじき)」と呼び、儀式に際して下働きの人々の食事として用意されました。
 関東では「おにぎり」、関西では「おむすび」といい、関東は三角形、関西は俵形が標準で、三角形は普通の弁当、俵形はハレの席での弁当、球形は炊き出し用という習慣もみられます。
(鳥居本幸代 著 『和食に恋して』より)




No.1173 『新装版 小野小町追跡』

 この本の初版は1975年ですから、おそらく以前にさらっと読んだ記憶はあるのですが、せっかく新装版が出たので、読んで見ることにしたのです。ちなみに、副題は『「小町集」による小町説話の研究』です。
 もともと、小野小町は伝説に彩られているように思っていますが、それでも、この本のように小野小町が自作したかしないかということを別にして読んで見ると、たしかに小野小町なら読みそうだという和歌が多いと思いました。
 著者は、「小町は、その歌とその伝説的イメージのすばらしさのゆえに、平安時代の文学を学問的に研究するプロフェッショナルな学者は逃げ腰になって真正面から論ずることを避け、いわばアマチュアの楽しい口説だけが横行していたのである。もちろん、素人の自由な発言、無責任な臆測も楽しいものではある。しかし、それだけでは困ると私は思う。そこで、新しい見解を、しかも学問的な方法で提示しようと苦しんでいるのである。」と書き、それはそうだと思いました。
 小野小町の伝説はいろいろありますが、和歌というのはそれなりの本に掲載され残ってきたもので、たとえば「小町集」という流布本にも、「正保版歌仙集本系統」の流布本系と、「神宮文庫本系統」の異本系があるそうです。
 この本では、それらを丹念に読みこなすことによって、小野小町が自作したかしないかということを別にしてそれらの和歌を論ずるということだと思います。そう考えて読むと、普通の人たちが考える小野小町像というのがこれらの和歌から浮かび上がってくるようです。つまり、伝説として伝わってきた小野小町像よりも、その心の底から伝わってくるような感情までも感じられるようでした。
 この本のなかで、おそらく小町自身がつくったという和歌などを45首あげていますが、そのほとんどが「古今集」や「後撰集」で小野小町の作となっている歌やその贈答歌です。それ以外にも71首を取りあげていて、それらを含めると116首になります。それらは小町の歌と思われるものをはじめ、小町作とも否とも判定しがたい歌や、さらには客観的には小町作ではないことがはっきりしている歌までも含めているということになります。
 この小町作ではないことがはっきりしている歌は、全部で16首ですから、残りの100首が小町作かもしれないということになります。
 この本では、116首すべてを解説してあり、とても興味深く読みました。その流れで考えると、やはり一般大衆の小町像というのがはっきりしてくるような思いました。そうなると、小野小町がどうのこうのということよりも、小野小町という存在そのものの姿が和歌によって伝えられてきた重みのようなものが感じられます。
 下に抜き書きしたのは、そのような状況を説明してあるところで、たしかに「小町説話的」というのが的確な表現のような気がしました。
 もし、小野小町に興味があったり、和歌に関心があるなら、ぜひ読んで見て欲しい1冊です。
(2015.12.10)

書名著者発行所発行日ISBN
新装版 小野小町追跡片桐洋一笠間書院2015年7月30日9784305707819

☆ Extract passages ☆

流布本系「小町集」は、異本系「小町集」の末尾のように、既に出来上がった形での小町説話の影響を受けていないにもかかわらず、歌集自体、あるいは一首一首の歌において、小町説話的であると認めざるを得ない。小町の歌であるか否か判定し得ぬ歌、そして明らかに小町の歌ではないと判定できる歌においても、その選択の基準が、まさしく小町説話的なのである。
(片桐洋一 著 『新装版 小野小町追跡』より)




No.1172 『サル その歴史・文化・生態』

 この時期になると、そろそろ来年のことが気になりますが、来年は申年ということで、なんとなくこの「サル」の題名が気になりました。そこで、手にとってさらさらと読んで見ると、おもしろそうでした。
 自宅に戻ってから、さっそく読み始めると、最初のほうに「英語の辞書を見ると、「モンキー(monkey)」という単語は「(何かを)弄ぶ、いたずらをする、ばかげた遊びをする」という動詞としても定義されている。」とあり、なるほどと思いました。そして、同じ霊長類でも、おそらく人間ほど好奇心が旺盛な動物はいないと思いました。
 でも、考えると、この遊び心に満ちた好奇心と、満足することを知らない探究心がなければ、これほど文明も発展しなかったと思います。つまり、サルをみることによって、その好奇心の秘密が見えてくるのではないかと感じました。
 そのことについては、いろいろのことがありましたが、たとえばチョコレートに関しても、「チョコレートを食べる楽しみを人類に教えてくれたのは中央アメリカのサルだと言われている。アステカ族の人々は、サルがカカオの木になる果実に隠れた甘い果肉をおいしそうに食べていることに気づいたのだろう。サルは果肉を食べて、種子(カカオ豆)を吐き出していた。アステカ族の人々もそれを真似するようになった。こうして、サルのおかげでチョコレートというものを初めて口にするようになったのだ。彼らにとってチョコレートは単なる食べ物以上の存在になった。それは神からの贈り物であり、力の源として、畏怖の念をもって見るようになったのである。」とあり、人間はさらにこのチョコレートをさまざまに加工して利用してきたわけです。
 ちょっとビックリしたのは、第12章では、「新種のサル」で、1984年からだけでも大型ほ乳動物であるサルが6種も発見されたと書いてありました。この調査し尽くされた現代において、新しい大型ほ乳動物の発見があるとはほんとうに驚きました。ちなみに、その6種とは、アフリカで見つかったサンテールモンキー、ニジールデルタアカコロブス、インド北東部のアルナーチャルマカタ、タンザニアで見つかったキプンジ、ブラジル東部のブロンドオマキザル、そして最も新しい種となったビルマシシバナザルです。
 発見されるきっかけになったのは、人間が奥地まで開発していった結果かもしれませんが、なかには絶滅したと思われていたサルもいるそうです。
 下に抜き書きしたのは、サルにもいろいろな利用のされ方があるようで、第6章に載っていました。ここには介助犬のような介添え役のサルをとりあげましたが、この他にも高い木に上って食料を集めるサルや宇宙に飛び立つサル、そして医療などの実験に使用されるサルなど、いろいろあるようです。
 この介添え役のサルは、最近の事例ですが、似ているだけに役に立ちそうですが、訓練は大変そうです。でも、介助犬のように一般的になればいいと思いました。
(2015.12.7)

書名著者発行所発行日ISBN
サル その歴史・文化・生態ダズモンド・モリス 著、伊達 淳 訳白水社2015年9月10日9784560084441

☆ Extract passages ☆

 ここ数年、従来とは異なる形でサルを利用する動きが見られるようになってきている。身体的に重度の障害を負った人に尽くすように訓練するのだ。このときに利用されるサルは、中南米に生息する高い知能をもったオマキザルである。赤ん坊のときに専用繁殖コロニーから連れてきて、人間の家で飼育し、人間と一緒にいることや本来とは違う環境に慣れさせる。この育成期間が非常に長く、たいてい3年から5年を要する。サルはそれから長く厳しい訓練期間に入り、身体的に極度の不都合を強いられている人間の介添えをするための技術を覚えていく。
(ダズモンド・モリス 著 『サル その歴史・文化・生態』より)




No.1171 『国立科学博物館のひみつ』

 今年の夏休みに、孫といっしょに上野動物園に行ったとき、上野の国立科学博物館にもまわりました。もちろん、私は大好きなスポットですが、小学2年生の孫はどんな反応をするのか、楽しみでした。
 それが、思っていた以上に楽しんでいた様子なので、ちょっとホッとしました。
 そこで、この本を図書館から借りてきて、いっしょに読みましたが、やはり本はあまり興味がないようで、これを見たとか、これは見なかったとかいうと、もう本は飽きたみたいでした。
 でも、私はとてもおもしろくて、写真が多いこともあって、あっという間に読み終えてしまいました。
 最後のほうに特別展のチラシが15年分載っていますか、これもいくつか見ていて、改めて思い出しました。今、図録を持っているのもあり、それを引っ張り出しても見ました。とても懐かしかったです。
 著者の一人、折原守さんは今年の3月まで国立科学博物館の副館長だった方で、成毛眞さんを館内案内するというかたちで本が書かれています。なるほどと思ったのは、折原守さんが「あとがきにかえて」のところで説明する「カハクA・B・C」でした。
 先ずAはアドベンチャー(Adventure)、「探検」です。つまり、科博で「ワクワク、ドキドキ感」をたくさん味わってもらいたいということです。次のBは、ベーシス(Basis)、「物事の基礎、事実や証拠」だそうです。ここ科博の展示はその宝庫だから、壮大な歴史のなかで、今の自分がどういう存在なのかを考えてほしいのだそうです。そして、Cはコミュニケーション(Communication)「対話」です。科博に展示されているたくさんの標本・資料のストーリーや担当研究者の思いなどもくみ取り、それらとじっくり対話してみてほしいということだそうです。
 そして、さらに、Dもあるとして、Dはドリーム(Dream)「夢」です。A・B・Cのあと、もし可能であれば「夢」持ってもらいたいといいます。
 私もなんどか科博を見て、たしかに多くのものが集まっていますが、それらはすべて過去のものでもありますが、それらを土台にして未来があると思いました。でも、そこには夢が大切で、夢見るような熱い思いがこれだけのものを集めさせたのではないかと想像しました。
 下に抜き書きしたのは、実は私もそのような疑問を持っていたからです。
 いくら研究とはいえ、好きだからこそ続けられるわけで、好きだからこそ自分のものにしたいと思うのは当たり前だと思ったのです。ところが違っていました。
 やはり、研究者というのは、マニアとは一線を画する方のようです。
(2015.12.4)

書名著者発行所発行日ISBN
国立科学博物館のひみつ成毛 眞・折原 守ブックマン社2015年7月21日9784893088451

☆ Extract passages ☆

 ふと気になる。下世話な話で恐縮ですが、採掘したものを私有したくはなりませんか。
 宮脇先生の答えは明快だ。「科博の職員は、標本コレクションの私有は認められていません。もし個人でコレクションしていたら、素晴らしいものを見つけたとき、どちらのものにするか迷ってしまうでしょう」
 宮脇先生よりも鉱物マニア度が高いという門馬先生も「どれだけ集めても自宅に置かずに済むので助かります」だそう。
(成毛 眞・折原 守 著 『国立科学博物館のひみつ』より)




No.1170 『いっしょにいて楽しい人の話のネタ帳』

 ちょっと長い題名ですが、中身が推測できて、すぐ手に取りました。また、「会話は"準備"がモノをいう!」と表紙に書いてあり、もしかすると、人と話しをするときの参考になるかもしれないと思い、読み始めました。
 どちらかというと、雑学系の本で、いくつかのジャンルに分かれていますが、どこから読んでもよさそうでした。
 でも、世の中にはわからない由来や知らないことがたくさんある、というのが第一印象です。もちろん、あまり知られていないことを書かなければ、本は売れないでしょうから、これらを見つけ出すのが大変だったと想像します。
 たとえば、高級なカメラが黒いわけ、などというのは、ほとんどの人が気にしていないことだと思います。その部分は「プロが持っているような高級カメラは、たいてい黒く塗装されている。その理由は、黒色が光を吸収してくれるからである。写真は、光が命。優秀なカメラマンほど光にこだわる。自然光で撮るにしろ、ライティングするにしろ、銀色のボディーでは光を反射してしまう。そのわずかな光の反射が、写真を台無しにしてしまうのだ。カメラだけでなく、プロのカメラマンたちは服装の色にも気をつかっている。スタジオでは光を反射させる白っぽい服を避け、できるだけ黒っぼい服を身につけることがカメラマンのたしなみなのである。」とあり、このように説明されると、なるほどとうなずいてしまいます。写真は光が命、ということは知っていますが、それほどまで反射しない黒色にこだわっているとは考えもしませんでした。
 でも、最近のカメラはいろいろな色があり、レンズも黒だけではないようですが、おそらくなんらかの対策を講じているということでしょうね。
 また、2階から目薬などという言葉は知っていますが、それを実際に実験した人がいるのにはビックリです。それは「風さえ吹いていなければ、なんだか、イケそうな気がするではないか?というわけで、ある晴れた風のない日に、実際に実験してみた人がいる。さて、その結果というのが、実に拍子抜けだった。なんと13満目でジャストミートー! その後も実験を続けたら、5回に1回という高確率で成功したのである。」と書いています。
 これを読んで、どんなこともただ鵜呑みにしてはいけないと思いました。もしかして、この「2階から目薬」のように、できるかもしれないのです。
 下に抜き書きしたのは、本などにはさむ「しおり」について書いたところです。私は自分専用のしおりを作っていますが、本にはさみ、どこまで読んだかの印になります。とても便利に使ってはいるのですが、まさか「枝折る」からきているとは思いませんでした。
 読んで見るとわかりますが、帰路のための目印といわれれば、まさにその通りです。
(2015.12.3)

書名著者発行所発行日ISBN
いっしょにいて楽しい人の話のネタ帳話題の達人倶楽部 編青春出版社2015年6月10日9784413111386

☆ Extract passages ☆

 本についている「しおり」は、もともと本とはまったく関係ない世界の言葉だった。
「しおり」は、もともとは山道を歩くときの目印のこと。山に分け入るときは、どの道を来たかを確認しておかないと、帰り道がわからなくなる。そこで、山に入る村人は、道すがら木の枝を折って、帰りの道しるべとした。あるいは、枝に紙や草などを巻き付けて、目印にした。
 木の枝を折ることは「枝折る」と書いて、「しおる」と読む。そこから、帰路のための目印を「しおり」と呼ぶようになったのだ。
 やがて、「しおり」は、「ここまでたどり着いた」という到達ポイントを意味する言葉になり、そこから本を読むとき、「ここまで読んだ」という日印として使う紙片やヒモを「しおり」と呼ぶようになった。
(話題の達人倶楽部 編 『いっしょにいて楽しい人の話のネタ帳』より)




No.1169 『脳内麻薬』

 副題は「人間を支配する快楽物質 ドーパミンの正体」で、このドーパミンというのは、いろいろな本を読んで知ってはいました。でも、ここまで人間の動きを左右するとは思ってもいませんでした。
 人間は、意外と好きなことをしているような気になっていますが、その基になっているのはドーパミンというのは、なんか操られているようでイヤです。でも、考えてみれば、好きなことをするからこそ、ドーパミンが出ると考えれば、まさにニワトリと卵の関係で、どちらが先でも同じことのようです。
 ただ、そのような快楽物質があるということの認識は大切だと思います。あるいは、そのような物質を押さえ込んでもこれはしたいということがあれば、それもよしです。たとえば、「ビジネスの世界ではモチベーション(やる気)のもとになる要素として、「収入」「地位(キャリアアップ)」「周囲の賞賛や感謝」の3要素がよく挙げられます。このうち後の二者は社会的報酬です。実生活では金銭的報酬と社会的報酬は比例することも多いのですが、必ずしも金銭的利益が伴わなくても、社会的報酬が満たされるのであれば、人は熱心に行動するのです。」とあり、たしかに金銭的報酬のみが人間を動かすのではないと思います。
 もし、金銭的報酬のみで動くとすれば、あるいはお金で何でも買えるとすれば、ちょっと味気なくなりそうです。それこそ、お金は麻薬のようだと思います。
 そうではなく、いろいろな動機があって、モチベーションが上がるのではないかと思っています。
 とくにおもしろいと思ったのは、「ケンブリッジ大学のルーク・クラークらのグループは、簡単なスロットマシンで同じような実験を行いました。そのスロットマシンは「当たり」と、そのすぐ隣の「ニアミス」を意図的に出せるようにしてあります。結果は大変印象的で、ニアミスのときの報酬系の活動は当たりのときと同じように高かったのです。これは「僅差で外れた」ときには、被験者がより大きなスリルを感じていることを示します。さらにスロットマシンのレバーを自分で操作したときのほうが、被験者の結果に対する満足度は高く、報酬系の一部の活動も高かったのです。」とあります。  これは「当たる」ことだけがおもしろいのではなく、「僅差で外れた」ときも大きなスリルを感じ、喜びを味わっているということです。おそらく、これがギャンブル依存につながっていくのかもしれません。
 さらに、この自分で操作するということも、報酬系の活動が高くなるということになるというのは、なるほどと思います。自分でギャンブルの運を選んでいるという感じで、当たっても当たらなくてもスリルや喜びを感じているようです。私はまったくギャンブルをしないのでわからないのですが、これを読むと、それにどっぷりとはまってしまう人たちの心の動きが読めそうです。
 下に抜き書きしたのは、カンザス大学のタラ・クラフト教授らのグループが行った実験で、実際に楽しいかどうかにかかわらず、笑顔になるということ自体がストレスを軽減させるということを示しています。
 よく私も笑顔が一番という話しをしますが、笑顔がストレスも軽減すると知り、納得しました。また、このすぐあとに出てくるのですが、幸せを感じている人は、寿命も長いというメタ解析による調査結果も出ているそうです。
 やはり、笑顔でニコニコとしていることはいいようです。
(2015.12.1)

書名著者発行所発行日ISBN
脳内麻薬(幻冬舎新書)中野信子幻冬舎2014年1月30日9784344983359

☆ Extract passages ☆

 科学的な研究としては、カンザス大学のタラ・クラフト教授らのグループが行ったものがあります。それによると人はストレスを感じたあと、笑顔になると心拍数が下がることが判明しています。
 彼らは3グループに分けた169人の大学生を対象に実験を行いました。第1のグループの被験者には「笑わない」、第2のグループには「箸をくわえて無理に笑顔を作る」、第3のグループには「本当に笑う」という条件をつけました。
 そしてそのまま、氷水に手を入れたり、鏡の中のものの動きを利き手以外の手で迫ったりなど、ストレスを受ける作業をさせられました。実験中に研究者たちは被験者の心拍数を計測し、被験者は実験後にストレスのレベルを自己申告で報告しました。
 その結果、第1の「笑っていない」グループと比べて、第2、第3の「笑っていた」グループはストレスのレベルが低く、ネガティブな感情も少ないこと、特に本物の笑顔のグループは、作業中の心拍数も低いことがわかりました。
(中野信子 著 『脳内麻薬』より)




No.1168 『ヒョウタン文化誌』

 著者の湯浅浩史さんとは、いっしょにインドに行ったり、私のところにも泊まっていただいたり、年賀状の交換もしたり、いろいろと付き合いのある方です。ほんとうに何でも知っている研究者で、この本の題名の「ヒョウタン」も収集したり研究をしたりしていることは、知っていました。そのコレクションも、1990年の花博の会場にも展示されていて、見せてもらったこともあります。
 でも、こうして文化誌としてまとまったものを読むと、改めてヒョウタンに対する造詣の深さを知りました。
 副題は「人類とともに1万年」で、それほど長い人間との付き合いがあるわけで、それにもビックリしました。著者は、ヒョウタンが研究の対象になると気づいてから40年ほど経っているといいますが、まさにその時間がこの本に凝縮されていると思うと、1冊の本の重みが増すようです。
 そういえば、お茶でも花入れとか炭取りに使っていますが、よく、ヒョウタンとかひさごとかという言葉を何気なく使っていますが、この本で由来を知りました。この箇所は「ヒサゴの名は平安時代の後期から鎌倉時代、また、室町時代の初めは、まだヒョウタンよりは一般的であったとみえ、兼好法師の『徒然草』の第18段では、中国古代の許由の故事を『古注蒙求』から引き、瓢に「なりひさご」の名を使う。ヒョウタンの名が一般的に広く用いられ始めたのは、室町時代に出た辞書『下学集』(1444年)で、瓢箪を「ヘウタン」と訓じた。同じく室町時代に出た庶民用の国語辞書『節用集』にも瓢箪を「ヘウタン」としている。これは版が改まりながら江戸時代を通して使われ、ヒョウタンの名がヒサゴより一般化する一因となったと言えよう。」と書いています。
   また、著者はもともと植物関係がご専門ですが、いろいろな分野に興味があるらしく、たとえば楽器についても、ここでもすごく詳しく紹介しています。たとえば、第5章の「楽器の原点」では、サハラ以南のアフリカやインド、東南アジア、中南米、ハワイなど、自分でも収集した楽器の数々を写真入りで紹介しています。これは、自分の脚で歩かなければ書けないことで、植物を観察しながら、その他の分野にも興味を深めていく姿勢がうかがえます。
 そのなかで、インドのヘビ使いの笛の話しが載っていますが、その笛にもヒョウタンが使われているとは、初めて知りました。でも、ヘビには耳がないので、おそらくは聞こえていないはずですから、なんらかの方法でヘビに刺激を与えているのだろうと思っていましたが、ヘビを入れておく容器を足で振動を与えているそうで、まさに条件反射的に動き出すようです。
 でも、やはりコブラですから一般の人には猛毒というイメージがあるますから、怖いです。インドを歩いていたとき、あるところでヘビ使いに中国の方がチップを渡したのですが、それがとても少なかったようで、怒ったヘビ使いがそのコブラをその人の方に突き出したのです。それを見ていた私も、ビックリしました。
 著者は、ほんとうに世界各地を歩いていますから、いろいろなことを経験されていると思います。それらを、こうして1冊にまとめられることは大変でしょうが、意義のあることです。
 下に抜き書きしたのは、ビンロウをかむ習性についての話しです。この習性については、インドやブータン、ミャンマーなどでも見たことがあります。この説明を見て、納得しました。
 もし、ビンロウそのものに付いて知らなければ、ぜひ読んでいただきたいと思います。
(2015.11.29)

書名著者発行所発行日ISBN
ヒョウタン文化誌(岩波新書)湯浅浩史岩波書店2015年9月18日9784004315643

☆ Extract passages ☆

 ビンロウをかむ習性は、台湾を北の頂点にし、インドを西端に、東端をソロモン諸島とする大きな三角形の中に基本的に納まる。「基本的に」としたのは、インド人などはその習性を持ちながらアフリカにも進出しているからである。そして台湾やフィリピンでは、ビンロウヤシの若いドングリはどの大きさの果実に、キンマのツクシの頭のような形で線色をした穂と練った石灰を使う。一方、インドではピンポン玉はどの堅くなったビンロウの果実を削り、それと石灰をキンマの菓に包んでかむ。インドネシアやニューギニアでは、ビンロウの若い果実とキンマの菓、それに乾いた粉状の石灰をセットにする。その石灰容器として、ヒョウタンが利用されているのである。練った石灰を入れる容器としては必ずしも適していないが、ヒョウタンは湿気を吸ってくれるので、粉の石灰入れとしては乾いた状態が保ちやすく、プラスチックが出回る以前は最高の容器だった。
(湯浅浩史 著 『ヒョウタン文化誌』より)




No.1167 『人生に疲れたらスペイン巡礼』

 キリスト教圏にも巡礼の道があるって知っていたし、それがスペインということも知ってはいたのですが、その具体的なことは何も知りませんでした。もちろん、この本に出てくる「カミーノ・デ・サンティアゴ」という名前ももちろん知りませんでした。
 ところが、たまたま図書館で手に取り、副題の「飲み、食べ、歩く800キロの旅」というのに惹かれ、読み始めたのです。すると、日本の観音霊場巡りと心情的にはあまり相違はなさそうでした。
 というのは、この山形県内には、最上33観音霊場と庄内33観音霊場、さらに地元の置賜33観音霊場があり、それをまとめた山形100観音巡りがあります。その最上33観音霊場巡りもあと少しでこれらをすべてまわることになるので、10月13〜14日と行ってきたばかりです。
 それを思い出しながら読んでいたのですが、歩くというのはその土地の名物料理を食べたり、名所旧跡を訪ねたり、ほとんど同じことをするようです。
 この本の著者も、カミーノ・デ・サンティアゴを歩こうとした動機はあるのですが、それはあくまでも動機であり、歩ききれば歩いたという結果だけが残ります。私の場合は、歩かせてもらったという気持ちでした。
 著者は、この旅は「捨てるための」旅だと書いていますが、捨てても新しく加えても、そんなに大差はなさそうです。それはあくまでも心の問題ですから、物質のように増えも減りもしないというのが私の実感です。
 それでも、この旅で知り合った人たちとの会話がとても印象に残れました。
 たとえば、65歳のジョアンナさんが、「二人とも、結論を出すにはまだまだ若いわね。いい? ミユキ。若者はチョウチョなのよ! 花から花へと飛びまわって、いろんなところに行けるの。トンボのように一直線に飛んでゆくのは、年老いてからでいい。飲んだり食べたり、いろいろなことを味わいつくしなさい。私だって、まだまだチョウチョ。腰が曲がったおばあさんになる前に、いろんな場所に行って、人生を楽しむのよ」と話すところなんか、いかにもアメリカ人らしい陽気さが感じられます。
 また、ガイドの人が「僕は、カミーノのガイドを何年もしているベテランで、今までたくさんの人を案内してきたけど、この道を歩く人は、みな自分の人生で次に歩み出すべき、正しい道を探してる。正しい答えをこの道がくれると信じ込んでいる。でも、彼らはサンティアゴに着いた時、分かるんだ。『正しい道』なんて存在しないとね。そんな選択肢は、どこにもないんだよ」と答えていますが、これもまさにその通りだと思いながら読みました。
 そして、著者も最後の「あとがき」で、「私が3度にわたるカミーノの旅で学んだ一番大きなこと、それは、「人は何度だってやり直せる」ということだ。」と書いています。
 つまり、いろいろな人生があり、いろいろな生き方があり、もし違うと思ったら、何度でもやり直しが効くということです。
 そして、そのあとで、下に抜き書きしたようなことを書いています。
 そう、この人生は、いつだってなんでもあり、だと私も思っています。
(2015.11.27)

書名著者発行所発行日ISBN
人生に疲れたらスペイン巡礼(光文社新書)小野美由紀光文社2015年7月20日9784334038670

☆ Extract passages ☆

 ここには、いろんな人がいる。人生に挫折して、やり直すためにじっくり自分と向き合いたい人。純粋に食べ、飲み、他の巡礼者たちとのふれ合いを楽しみたい人。敬度なキリスト教徒。パートナーを亡くした人。さまざまな目的を持つ人が、一丸となって聖地を目指す。ここではどんな相手も、長い長い道のりを越えてゆくための心強いパートナーだ。彼らの、数えきれないくらい多様な人生を参照するうちに、「どんな人生だって、アリなんだなあ」と思えてくる。もしもあなたが、人生に疲れてこの道に来たとしても、ふっと気持ちがラクになれる場所。これまでがんばってきた自分に、ちょっとだけOKを出せる場所。
 落ち込んでいたなら元気に、楽しい人生はもっとハッピーに。それが、この道がもたらしてくれる不思議な作用だ。
(小野美由紀 著 『人生に疲れたらスペイン巡礼』より)




No.1166 『被爆樹巡礼』

 この被爆樹というそのものを知らなかったのですが、米沢市役所の前にも、被爆樹の「アオギリ」が植えられていて、その写真を撮ったこともあります。
 でも、具体的にはどのようなものか、ほとんど知らず、この本の「はじめに」のところで、「原爆から命を蘇らせた木「被爆樹A−bOmbedTrees」は今では、ヒロシマの復興とともに一歩一歩成長し、大きな木へと育っています。爆心地からおよそ2キロ以内で被爆し、再び芽吹いた木々を広島市は「被爆樹木」として登録しています。本書では58か所で被爆し、現存する約170本を紹介しています。」と書いていて、なるほどと思いました。
 つまり、単なる被爆を受けた樹ということではなく、広島市の「被爆樹木」として登録されていることが必要なのです。
 では、そもそも被爆樹の特徴はといいますと、下に抜き書きしました。これを読むと、まさに植物の強さがとてもよくわかります。被爆をしても生き続ける生命力、それに先ず感動しました。
 副題も「原爆から蘇ったヒロシマの木と証言者の記憶」とあり、樹の生命力と福島の現状などを照らし合わせると、ぜひ読みたいと思いました。
 では、実際に広島市内のどこに「被爆樹木」があるのかというと、被爆樹地図というのがこの本に載っていて、それで探せばいいということです。さらに、それらの樹の幹には「被爆樹木プレート」が設置されているそうで、そのプレートには木の名前や特徴なども書かれているそうですから、これはいい目印です。以前、広島市に行ったときには気づかなかったのですが、それを知っていれば、可能な限り訪ねていたと思います。
 平和記念公園のアオギリでは、もともと爆心地から約1,300m離れた東白鳥町にある広島逓信局の中庭にもともとはあったそうです。だから、そこで被爆したことになります。それを1973(昭和48)年に再生した2本のアオギリを現在の場所に移植し、無事根付いたそうです。
 この木が被爆樹のシンボル的存在になったのは、広島逓信局で被爆し、左脚を失い、このアオギリから新芽が出ていることから生きる気力を取り戻し、さらにその被爆体験を語ることになった沼田鈴子さんが関係しているようです。まさにこのアオギリの1本の木が、生きる力を授けてくれたようです。
 そのアオギリの子ども達が、国内だけでなく、海外にまで届けられ、世界中で育っているそうです。その1本が、最初に書いたように、米沢市役所の前庭にも植えられています。たしか、その前にもその由来が書かれたプレートがありました。
 この本を読んで感じたことは、もし、福島の原発事故で放射能漏れを起こし続けていますが、その影響は植物にとってはどうなんだろう、ということです。ヒロシマの場合は原爆の強烈な熱線やすさまじい爆風など、爆発による衝撃もすごかったと思います。その年の12月末までに約14万人の人が亡くなられたそうです。それほど悲惨な状況があったし、その後も後遺症で苦しめられた人もたくさんいました。
 福島の場合は、じわじわと静かに被爆の状況が続いているそうです。しかも、その検証もできないわけで、植物への影響なども同じです。この本を読んで、ほんとうに原爆の恐ろしさ、平和の尊さを強く思いました。
(2015.11.25)

書名著者発行所発行日ISBN
被爆樹巡礼杉原梨江子実業之日本社2015年7月27日9784408008813

☆ Extract passages ☆

 原爆によって刻まれた、現在まで残る傷痕にはいくつかの特徴があります。まず爆心地側の樹皮を見ると、火傷跡や亀裂、大きな洞となっている木があります。次に反対側の幹と見比べてください。新しい枝の発生や根の伸びが爆心地側は少なく、反対側は旺盛です。爆心地側に比べ、反対側の幹は肥大成長し、盛り上がったような歪曲が見られます。このように爆心地側と反対側とで生育に差が見られることが被爆樹の特徴です。また多くの被爆樹が爆心地のほうに向かって傾斜しています。これは生育の差が被爆後の歳月において累積した結果と考えられています。
 一本一本をよく観察していると、被爆した時、木が受けた衝撃や痛みが伝わってくるようです。
(杉原梨江子 著 『被爆樹巡礼』より)




No.1165 『座談集 文士の好物』

 著者というか、座談集の主人公は、大正9(1920)年12月24日の生まれで、亡くなられたのが平成27(2015)年8月3日ですから、おそらくこの本は亡くなられる前後に企画され、出版されたのではないかと思いながら、読みました。どちらかというと、海軍などの小説はほとんど読まないので、タレントでエッセイストの阿川佐和子の父親という印象のほうが強いです。
 でも、亡くなられたことを知り、さて、どのような小説とか評論をされていたのだろうと気になり、たまたま図書館にあったこの本を借りてきて読んだのです。
 座談としては7編、そして長女の阿川佐和子の「擱筆の弁」という1編で構成されています。
 そのほとんどが食べることと旅行、そして志賀直哉……に集約されそうですが、なかでも高松宮嘉久子妃との「『高松宮日記』あの日あの時」は、その言葉遣いもそうですが、ちょっと異色でした。その異色さも初めて聞く話しばかりで、とても興味深く読みました。
 そして、阿川佐和子の「擱筆の弁」のところの最後に、自分の葬式のことが書いてあり、「通夜もするな。戒名もいらない。香典は受け取るな」といい、さらに「今流行りだけど、後日、偲ぶ会というのをやるだろ。あんなこともどうかしないで欲しいね」といいます。この対談は2011年1月13日号の週刊文春に出たそうですから、亡くなる4年前のことです。
 ただ、実際はどのようだったのかはわかりませんが、文士稼業というのは、このような文章がいたるところに残っているから、たいへんだろうと思います。そういえば、若いときに人気のあった人が、だいぶ経ってからあの人は今、みたいな取りあげられ方をするときがありますが、これもイヤだろうなと思います。
 この本のなかで読書を取りあげていたのは齋藤孝との座談ですが、「日本はかつて一人当たりの読書量、活字消費量が国際的にみてとても高かった。それは日本にキリスト教やアラーの神のような絶対的な価値基準がないために、教養でそれを補って自己形成をしたからだと思うんです。つまり読書が自己形成の柱だった価値観とか、倫理観というものを支えていたと思うんですけど、もしその読書がなくなったとすると、そういう軸も失われると思うんです。」と齋藤が言うと、阿川は藤原正彦氏のシンポジュームのときの話しから、「小学校では一に国語、二に国語、三、四がなくて五に算数」と答えています。
 これはたしかにそうだと思います。
 それとこの本を通してみると、長く文壇で活躍してきた人たちは、私たちが本のなかでしか知り得ないことと違って、文士たちの生のことを知っていて、それに感動しました。たとえば、太宰治が20代の頃に、芥川賞選考委員だった佐藤春夫に宛てた書簡3通が見つかり、それに「私を見殺しにしないで下さい」などと書いてあったことが今年話題になりましたが、この本でも、阿川は「太宰が芥川賞が欲しいと泣いたという話しがあるでしょう」と淡々と語っているなど、その文壇仲間だからこそ知っていたのだと思います。
 下に抜き書きしたのは、「志賀直哉 井上ひさし・小森陽一と」の座談からですが、この部分は井上ひさしが語ったところです。
 やはり、自分の環境を変えるというか、目先に変化がないとスーッと新しいところには入り込めないと思います。こういう文章を読むと、ふと旅にでも出かけたくなります。
(2015.11.23)

書名著者発行所発行日ISBN
座談集 文士の好物阿川弘之新潮社2015年8月30日9784103004196

☆ Extract passages ☆

 作家、文人は、旅によって危機を切り抜けるという昔からの伝統があります。旅をすることで、新しい風を自分に吹き込んでよみがえる。藤村も(岩野)泡鳴も危機を察知するとさっと居を移す。あるいは長い旅に出る。
 志賀直哉の、転居と旅もじつに多いですね。自分の周囲の関係がかたまり始めるとさっさと他所へ移ってしまいますが。(井上ひさし)
(阿川弘之 著 『座談集 文士の好物』より)




No.1164 『突撃! オトナの大学院』

 なんとなく、ほんとうになんとなく、私も大学院で勉強でもしたいなあ、と思っていて、この本と出会いました。
 まさか、こんな本が出ていて、そして読まれているなんて知りませんでした。しかも出版社は、主婦と生活社です。それだけで絞れませんが、やはり女性の方が向学心はあるなあ、と単純に思いました。
 しかも、読んで見て、意外と一般からの入学って、そんなにも難しくはないというのが第一印象です。だって、難しい数学とか難解な物理とかの試験ではなく、著者の場合の受験科目は、小論文と面接、そしてポートフォリオ(作品のファイル)または論文の提出です。
 たまたま受けた大学院が語学の試験がなかったそうですが、他の大学院の場合にはこれらに加えて、語学の試験があることのほうが多いそうです。これは、ちょっと辛そうです。
 それと、意外と学費も高く、著者の場合は300万円ほどだったとか、それが高いか安いかは、個人差があります。もし、自宅から通えなければ、アパートなどの生活費もかかりますから、たった2年とはいえ、たいへんだと思います。
 この本には、ところどころにマンガが挟み込まれていて、とても読みやすいので、あっという間に読み終わってしまいました。いつもなら、何枚かの抜き書きカードを作るのですが、それもなく、ほんとうにあっという間に読んでしまい、ただ、自分ならできるかなあ、という疑問だけが残りました。
 それでも、夢はあります。
 だって、学生になれば、パソコンソフトが学割で買えますし、もしかすると、美術館や博物館なども学割がきくかもしれません。そして、まだまだいろいろあるような気がしてきますから、大学院もおもしろそうだな、と思いました。
 でも、一番の難関は、「学費の問題がクリアになり、事前審査に通り、研究計画書を作成できたとしても、受験までにまだまだ関門が残っています。それが、「大学院の教授の中から、自分を指導してくれる教授を自分で決め、担当になってもらえるように交渉すること」。これも研究計画書と同様に、大学院を受験することになって初めて知ったシステムです。」とありました。でも、これだってすべての大学院のシステムではなく、教授ではなくゼミで選んだり、ただ希望する教授の名前を願書に書くだけでいいというところもあるそうです。
 つまりは、各大学院でそれぞれに違うということですから、ほんとうに入りたいときには、個別に調べるしかなさそうです。
 では、この本を読んで、実際に大学院へ進んだ人は何人いるんでしょうか。それが問題です。でも、出版されたばかりですから、来年あたりに出てくればいいなあ、と思っています。
(2015.11.21)

書名著者発行所発行日ISBN
突撃! オトナの大学院森井ユカ主婦と生活社2015年9月7日9784391146844

☆ Extract passages ☆

 おそらくどこの大学院であっても、山ほどの推薦図書と格闘することになると思います。本との出会いは人との出会いにも似ていて、一冊からどんどん広がっていきます。まだまだ知らないことが膨大であることを知る喜び。読書することに関しては、読み残したもの、読みそびれているものも多く、卒業してからもまだまだずっと忙しいままです。
(森井ユカ 著 『突撃! オトナの大学院』より)




No.1163 『鈴木さんにも分かるネットの未来』

 今のインターネットがこれからどのようになるのか、それはほとんどの人にとって分からないのではないかと思います。それを分かりやすいように解説してくれるのがこの本です。
 鈴木さんというのは、スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーのことで、著者は自分で「スタジオジブリプロデューサー見習い」と自称しているぐらい、師事しているのだそうです。
 たしかに、本の題名通り、とても分かりやすく説明してあるのですが、それでもインターネットの基礎的なことが分からないと、理解は難しいと思います。それでも、その基礎部分もある程度説明してありますので、他の解説本よりはネットの未来が分かりやすいと思います。
 たとえば、一口にネットといっても、そのコンテンツの問題や、書籍の電子化のこと、さらにはテレビやビットコインのことなと、多岐にわたります。それらを一つずつ丁寧に説明していて、なるほどと思うところがたくさんありました。
 では、ネットで一番普通の人が利用しているソーシャルメディアについてですが、従来のような口コミとどのように違うかというと、著者は、次の4つを上げています。
・口コミは人間個人の行動範囲に存在する知人にしか伝わらないが、ネットだとどんなに遠い人にでも瞬時に伝わる。
・同時に伝えられる人数が口コミだと目の前に集められる知人だけだが、ネットだとすべての知人に伝えられる可能性がある。
・口コミは目に見えにくいが、ネットの口コミはどれぐらい拡がっているか視覚化が可能である。
・情報を伝える知人への影響力そのものは、対面の口コミよりネットのほうが劣る。
 ということで、これもたしかにそうだと思います。
 このように、いろいろな比較をしながら、ネットのこれからを展望しているのですが、とくにおもしろいと思ったのは、電子書籍についてです。
 私個人の立場から考えると、電子辞書はたしかにお手軽だし、何冊もの大きな辞書を持つことがないのでとても便利です。しかも、英語辞書の場合には発音もしてくれますし、野帳の鳴き声なども聞かせてくれます。だから、とても重宝していますが、では、すべての本が電子化されればいいかというと、それも困ります。
 本のページを1枚ずつ繰ることだって楽しみですし、それ以上に本の装丁も大好きなのです。さらに、あの新刊書の本のにおいなどは、なんともいえないぐらいいいものです。
 さらにさらに、古本屋に行ったときのなんともいえないような本のにおいも、ちょっとカビくさいかもしれませんが、それはそれでいいと思っています。
 あの紙の指にざらつくような感じも好きですね。
 だから、本を並べた自分の本棚を見ているだけで、今までの読書歴がわかり、ただ漫然と背表紙を眺めていることだってあります。
 ただ、本そのものが好きなのかもしれませんが、これは電子書籍にはないものだと思っています。ところが著者は、これは本に親しんできたからそう思うだけであって、それを知らずに電子書籍で育ってきた若い人たちはなんの違和感もなく電子書籍に親しむはずだといいます。そういわれれば、たしかにその通りです。キーボードアレルギーだって、子どもの頃からキーボードを使っていれば、ほとんどの人はアレルギーなんてないはずです。
 下に抜き書きしたのは、未来の電子書籍がどのような方向に進化する可能性があるかを著者が列挙したものです。
 これをそのまま読んだだけでは理解できないところもありますので、その詳しい説明は、実際にこの本を読むしかありません。ぜひどうぞ。
(2015.11.20)

書名著者発行所発行日ISBN
鈴木さんにも分かるネットの未来(岩波新書)川上量生岩波書店2015年6月19日9784004315513

☆ Extract passages ☆

 @ テキストや画像だけでなく、音声や動画などのいろいろなデータを取り込んでマルチメディアの電子パッケージ媒体になっていく。
 A 自動的に内容が更新、追加されるようになる。
 B 検索、引用、メモ、読書記録の自動保存など、読書体験の進化。
 C 他人と読書体験を共有できるようになる(ソーシャルリーディング)。
 D 本の非局在化。自分の持っている本は、ネットワークにつながっていれば、どこでもさまざまなデバイスで読めるようになる。
(川上量生 著 『鈴木さんにも分かるネットの未来』より)




No.1162 『希望のしくみ』

 この本は、アルボムッレ・スマナサーラと養老孟司との対談集ですが、それぞれに個性のある方で、とてもおもしろかったです。とくに切り込み方の違いが、際立っているように思いました。
 よく上座部仏教の方は瞑想をしますが、この本では、ほんとうは瞑想ではなく「細やかに明確に区別して観る実践」だといいます。だから、「観る」ことが大切で、それは自分を観るということだそうです。 自分を細かく、細かく観察すると、「一切は無常である」という心理に気づくといいます。それを続けていくと、悟りに近づくことができるそうです。
 だから、瞑想ではないといいますが、名前を変えるとかえって混乱すると悪いので、スマナサーラさんも瞑想という言葉を使っているそうです。
 でも、今の日本では「瞑想」という言葉が勝手に一人歩きしているようで、真言宗などでは「月輪観」などの修行法がありますが、これも名前そのものからもわかるように月輪を観るということです。
 だから、名は体を表すという言葉があるように、私は大切だと思います。いくら混乱したとしても、ヴィパッサナー瞑想は、「観る実践」だと言い切ることがいいのではないかと思いました。もちろん、これは日本の座禅とも違い、立つ、座る、歩く、横になる、という基本動作を頭のなかで実況放送するようなものだそうです。つまり、頭のなかと動作を一致させるようなもので、そこから感覚の変化を感じとるそうで、これでお釈迦さまは悟りを開いたということになっているそうです。
 たしかに、上座部仏教はお釈迦さまの教えに近いとは思いますが、日本人の感覚からいうと、菩提樹の下にジッと座って覚りを開かれたというのがしっくりきます。
 対談で仏教についておもしろい見方だと思ったのは、養老さんの仏教の社会は「なんかうるさくないですね。人が生きていくことについて。だいたいほかの宗教は、うるさいんですよ。「ブタは食っちゃいけない」とか(笑)。訳がわからないでしょう?「ブタ食うな」なんて。いいよ、べつにブタ食べなくたって。だけど、どうでもいいじゃないですか。そういう意味では、仏教国って、うるさくないです。だから仏教の国へ行くと、僕は楽なんです。それはもう絶対。感じるんだから、これは理屈じゃないですね。」というのは、たしかに私も感じます。そして、何事に対しても優しいと思います。
 たとえば旅行に行っても、スリランカやミャンマーでも、なんとなく穏やかですし、旅行者に対しても優しいです。それと、どこも笑顔がいいです。射るような目つきで見られることもありません。
 それは、おそらく仏教の教えから来ているように思います。
 スマナサーラさんは、お釈迦さまは生老病死を教える人だといいます。でも、一神教の場合は、『生老病死ではなくて、「永遠の命」を探しているでしょう?だから、無理ですよ。イスラム教の人には永遠の命があるから自爆テロをやるし、キリスト教にしても天国の教えがある。だから自爆テロじゃないけど、ものすごくたくさんの人を殺している。いまある命を、あえて見ないという感じがしますね。』といい、だから『殴ったら、殴った私も痛くて、その人も痛いんだ。その嫌な気持ちで生きていなきやいけないんだよ。これは不幸だ。不満もあるけど仲良くしましょう。しょうがない』という気持ちは理解できないといいます。
 たしかに、そうかもしれません。下に抜き書きしたのは、仏教の本質は実践だけれども、最初からできないことをするよりも、今、できることから、少しでもいいから初めて見ようということです。
 この本は文庫本で、比較的スラスラと読めますから、ぜひ機会があれば読んで見てください。上座部仏教と日本の大乗仏教との違いなどもわかり、とても興味深いものだと思います。
(2015.11.16)

書名著者発行所発行日ISBN
希望のしくみ(宝島文庫)アルボムッレ・スマナサーラ、養老孟司宝島社2014年7月18日9784800229038

☆ Extract passages ☆

 誰もが執着や怒りを背負って生きている。「執着を捨てればいい」という理屈がわかっても、それだけで執着は捨てられない。だから実践としては零点だ。背中のリュックの荷物を降ろしたいと思っていても、思うだけでは降ろせないのだ。リュックから荷物を取り出すという実践を抜きにして、背中の荷物を軽くすることはできない。
(アルボムッレ・スマナサーラ、養老孟司 著 『希望のしくみ』より)




No.1161 『自然葬のススメ』

 たしかに、最近は葬儀に関して、いろいろと言われ始めています。それは、おそらく経済的な問題もあるでしょうが、一番は信仰心や家の意識などの変化ではないかと思います。
 ちょっと前までは、長男だからとか、家を護って行かなければとか、ある程度のしばりがありました。でも、それらが曖昧になってくると、いろいろなしばりもゆるくなり、しまいにはしばりそのものも消えてしまうようです。
 それには、核家族という問題もあり、さらに地方の過疎化ということもあり、さまざまな問題が吹き出して、さらには葬儀社やセレモニー産業などの台頭で、葬儀の意義も変わってきています。
 この副題は「あなたもできる海洋散骨、0葬、宇宙葬、樹木葬」です。
 この自然葬については、下に抜き書きしたのを見ていただけば、わかるかと思います。たとえば、「宇宙葬」といっても実際に遺灰をカプセルに収めてロケットに搭載し、衛星の高度にもよるそうですが、最長240年間にわたり地球の軌道を周回するそうです。また、バルーン宇宙葬というのは、巨大なバルーンに遺灰をつめて飛ばし、高度30〜35qの成層圏あたりで自然に破裂させて散骨するという方法だそうです。
 でも、最近注目されている自然葬は、やはり海洋散骨や樹木葬ではないかと思います。それらについても、詳しく説明されています。
 それにしても、告別式がおこなわれるようになったのは、明治時代からと書かれていて、ビックリしました。
 これは、「告別式の由来は、明治時代にさかのぼります。東洋のルソーと呼ばれた思想家・中江兆民が、弟子たちに「葬式不要」と遺言を残したのですが、それでもやはり中江兆民を偲びたい気持ちがあった弟子たちは、葬儀でなく「送る会」を開催しました。これが告別式のはじまりといわれています。」ということです。
 でも、その気持ちはわかります。だからこそ、今の時代も葬儀と一体化され、続いているのでしょう。人が人を見送るというのは、理屈ではなく、感情の問題です。今までこの世にいた方が突然亡くなるわけですから、平然としてはいられません。だからといって、今のままでいいとも思いません。時代が変われば、すべてのものごとが変わっていくのは当然です。
 だからこそ、今、このような本が出されたのではないかと思います。
 今の時代の葬儀を考えてみるには、やはり、知らなければならないことが多いのです。このような本を参考にして、自分でも考えてみることは大事ではないかと思います。
(2015.11.14)

書名著者発行所発行日ISBN
自然葬のススメ島田裕巳 監修徳間書店2015年7月31日9784198639754

☆ Extract passages ☆

 自然葬には「樹木葬」や「海洋葬」、さらには「宇宙葬」など、昨今は故人の遺志によって、さまざまな選択肢があります。過去には「遺骨を墓地以外に埋葬するのは法律に反するのではないか?」という懸念もありましたが、1991年10月に「葬送の自由をすすめる会」が海洋葬を行った際に、「節度をもって行われる限り」自然葬を禁ずる規定はないとの見解を法務省と厚生省(現・厚生労働省)が出したことによって、一気に市民権を得るようになりました。
(島田裕巳 監修 『自然葬のススメ』より)




No.1160 『淋しい人はボケる』

 ちょっと前の講演で、「笑顔が一番」という題を掲げたのですが、そのなかでもボケについてのことも話しました。誰しもボケたくはないでしょうが、気づいたときにはボケていてなにもわからなかったということだってあるでしょう。
 だから、次に話すときの話題でも見つけようと思って読み始めました。もちろん、私自身もボケたくはないし……。
 副題は「認知症になる心理と習慣」で、じつはこれが知りたかったのです。つまり、どのような習慣があってボケるのかとか、そのときの心理状態をです。
 では、ほんとうに孤独がボケを誘発するのかというと、ちょっと長いのですがこの本から抜き書きしますと、「孤独が脳に与える影響については、フィンランドで行われた研究が参考になります。これは、ボケ発症の危険因子を探ることを目的として、男女2000人を対象に50歳から71歳になるまでの21年間を追ったものです。この研究の結果、既婚者やパートナーがいる人は、一人暮らしの人よりボケるリスク が50%低いことが明らかになりました。つまり、50歳以降に一人暮らしだった人がボケるリスクは、パートナーと同居している人に比べて約2倍高いということになります。さらに目を引くのは、「結婚後、離婚して独身をつらぬいた人」 に限ってみると、ボケるリスクが3倍に高まっていることです。これは、離婚経験者はパートナーと一緒に過ごした時期があるがゆえに、より孤独を感じやすいからだと考えることができるでしょう。より深刻なのは、「50歳より前に死別や離婚で伴侶を失い、独身をつらぬいた人」で、ボケるリスクは6倍にまで高まります。これは、一人で過ごす時間が長く社会的刺激・知的刺激が少ないことに加え、若いときにパートナーを失うことによって精神的に大きなショックを受けており、強いストレスを感じてきたことがボケるリスクを高めたと考えられています。」と書いています。
 これを読むと、たしかに淋しい人はボケやすいようです。
 でも、もちろん淋しい人がすべてボケるわけではなく、ある程度の習慣の見直しで、改善させたり、遅くしたりはできると思います。
 たとえば、旅行に行くとすれば、いろいろな計画を立てたり、実際にも想定外のことが起きる場合もあります。それらは適度な脳の刺激になり、活性化につながります。
 また、旅行でなく、たんなる外出でも、着がえたりバスや電車に乗ったり、買い物をしたり、レストランで食事をしたりすれば、それだけでも違います。淋しいというのは、自宅にこもりがちだから起きることで、ちょっとおしゃれをして外に出れば、それだけでも気分的に違うと思います。
 また、下に抜き書きしたのは、脳の老化防止のためには、ただ漫然とやるのではなく、意識的に頭を使いなさいと言っています。
 考えてみれば、運動だって、ただのんびりと歩いているだけではダメだそうだから、意識的に身体を動かすということが大切だと思います。
 もし、毎日なにもすることがなく淋しく暮らしている人は、ぜひ読んで見てください。とても参考になると思います。
(2015.11.12)

書名著者発行所発行日ISBN
淋しい人はボケる(幻冬舎新書)島明彦幻冬舎2014年7月30日9784344983526

☆ Extract passages ☆

 脳の老化を予防するためには、何事も「ただ漫然とやる」のではなく、意識的に頭を使うことが大切なのです。
 新聞や本を読むのは脳の老化防止に役立つと考えられますが、ただ習慣的に新聞を開いて文字を目で追うだけでは意味がありません。高齢者の場合、新聞を読んでいるように見えても、「今日はどんなニュースがあった?」と聞いてみたら、まったく答えられなかったというケースもあります。
 しっかり脳の老化防止に役立てるためには、映画を観たり、新聞や本を読んだりしたら、その後に家族や友人に感想を話したり、内容を説明したりするのがお勧めです。
 一人暮らしの方なら、その日読んだもの、観た映画などについてノートに感想を書いて記録を残しておくのもいいと思います。
(島明彦 著 『淋しい人はボケる』より)




No.1159 『壁を打ち破る34の生き方』

 テレビでもおなじみの「プロフェッショナル 仕事の流儀」ですが、この本を読んで、これは見たなあ、と思うのがいくつかありました。あまり、テレビそのものは見ないし、テレビの番組表などは見ないから、なにかのきっかけで見たようです。
 この本は、それこそ、あっという間に読んでしまいました。おそらく、一人一人が短いということもあり、ちょっとの時間で一人分が読み終わり、それで夕方には読み終わっていました。
 やはり、プロの仕事はすごい、と思いました。しかも、なんらかのこだわりがあり、それが流儀かな、とも思いました。
 なかでも、この本で最初に取りあげられたメジャーリーガーの上原浩治さんは、「できないと案じる前に、恐れずにやってみる。結果が出れば、自信につながるわけだし、結果が出ず、課題がみつかればその部分を修正していけばいいだけ。」と話してくれたといいます。まさに、淡々としたものです。
 それでも、その修正するときにもこだわりがあり、なるべく達成できそうな目標をつくるのだそうです。たとえば、「先頭バッターに四球を出さないようにする」、「今日、怪我をしないようにする」というもので、そうして達成できれば、「やっぱり人間って充実感があれば、それだけ楽しくなるし、気持ちが乗っていくと思うので、達成できる目標を作った方が、どんどん、どんどん楽しくなると思う。」といいます。
 たしかに、公言実行の方もいますが、だからといって、あまり大きすぎる目標を立てて、それが達成するまで悶々と過ごすよりは、今日もできた、明日もできる、というほうが、ストレスが溜まらないような気がします。
 この34人のなかに5人のお医者さんがいますが、それぞれに真摯な気持ちで医療にあたっていられます。たとえば、外科医の笹子三津留医師は、「僕が今まで数千例手術したなかで、あの人のがんは絶対に残っている、取り切れなかったと思っているのに、最終的に治った人もいるにはいるんです。絶対治らないということしい手術でも諦めずに常にベストもないし、絶対治るということもない病気だから、がんに100%と0%はありません」と話します。
 たしかに、この世の中は、そうかもしれません。まさに絶対とか確実にとかという言葉はないのかもしれません。もしかすると、本当に奇跡が起きることだってあるかもしれないのです。
 もちろん、それに頼っては壁を打ち破る生き方はできないでしょうが、真摯な気持ちがなにかに伝わることはあると思います。
 下に抜き書きしたのは、狂言師の野村萬斎さんのことです。
 そして、「若いうちは爛々と咲き誇る花なんです。若さというエネルギーが溢れているから、抑えようがないわけです。それが年齢を重ねると、華やかさがなくなって、その代わりに味わいが増してくる。最後には苔むした老木に、たった一輪だけひつそりと咲く花。それを『真(まこと)の花』というんじゃないでしょうか。いつか、そんな花を咲かせてみたいものですけどね」と話して取材が終わっていました。
(2015.11.10)

書名著者発行所発行日ISBN
壁を打ち破る34の生き方(NHK出版新書)NHK「プロフェッショナル」制作班NHK出版2015年8月10日9784140884669

☆ Extract passages ☆

 古典芸能の世界には、「時分の花」という言葉がある。20代や30代の若い役者ならではの鮮やかな芸、50代の味わいのある芸、70代の奥深い芸、役者の年齢によって咲かせるべき花が変化するという意味だ。一生かけて芸を磨き続けていく狂言師には、時分の花を咲かせ続けることが求められる。そのためには、毎日の舞台に全力で向き合うしかない、萬斎さんはそう考えている。
(NHK「プロフェッショナル」制作班 著 『壁を打ち破る34の生き方』より)




No.1158 『前向き力』

 今年の読書週間は、10月27日から今日、11月9日までです。今年もたくさんの本と出会いましたが、このように本の印象などを書いていると、なぜか1冊1冊がしっかりと思い出されます。
 そういう意味でも、何かに書き残すというのはいいことだと思います。
 さて、いつも思うのですが、著者の本は明るく、読んでいても楽しくなるのが多いようですが、この本もそうでした。
 題名は「脱力すれば、うまくいく」で、簡単にいえば、力を抜けということなのか、と思いながら読みました。でも、そのような簡単なことではなく、孔子の「申申如たり、夭夭如たり」という『論語』述而第七に書いてあることからきているといいます。つまり、「のびやかに、にこやかにくつろいでおられた」ということで、「まずは、背のびをして息を入れかえてみよう。肩甲骨のまわりをほぐして、孔子の のびやかな身体をまねしてみよう」ということだそうです。
 著者は、イメージ力があるからなのか、あちこちにイラストが載っていて、とてもイメージしやすくなっています。事はではわからないことでも、そのイメージ図を見ると、わかったりします。だから、私たちも、もしわからないときには、自分でイメージしながら図式化すればよいということなのかもしれません。
 下に抜き書きしたてのは、ゆるい基準を決めて、1日の収支決算をいつもプラスにしておく、という前向き法ですが、プロゴルファーの横峯さくらさんのおじさんが経営している幼稚園では、「ヨコミネ方式」という独特の教育のやり方があるそうです。
 これは子どもの4つの性質を生かした教育法だそうで、その四原則とは、
@「競争したがる」
A「真似をしたがる」
B「少し難しいことをしたがる」
C「認められたがる」
だそうです。たしかに、そういわれれば、子どもたちはこのような気持ちを持っています。
 ということは、大人でも、このような気持ちを持てば、子どもたちのように前向きに何事にも取り組めるのではないかと思います。
 下に抜き書きしたのと合わせて、ぜひ、実行してもらいたいものです。
(2015.11.9)

書名著者発行所発行日ISBN
前向き力(ちくま文庫)齋藤 孝筑摩書房2014年1月10日9784480431349

☆ Extract passages ☆

 前向きに仕事に取り組むには、一日の収支決算を必ずプラスにしておくといい。私は最近、そのことに気がついた。
 収支決算を毎日やるようにして、手帳に「+」とか「プラス」と書いていく。「OK」でもいい。書くのがめんどくさいなら、一日の終わりに「今日もプラスだった」とつぶやいてみるのでもいい。それが一カ月続けば、すべてプラスの一カ月をすごせたことになる。一年続けば、その年は完壁にプラスの一年になる。素晴らしい!
 プラスの基準はささいなことのほうがいい。仕事がうまくいったか、いかなかったかということを基準にすると、仕事でボロ負けする日もあるので、必ずしもプラスの収支決算にはならない。
(齋藤 孝 著 『前向き力』より)




No.1157 『人生は与えた分だけ与えられる』

 講演のDVDまで付いている本なので、著者のことは何も知らないまま、図書館から借りてきました。読んで見て初めて、株式会社ティアの社長が書いた本だと知りました。でも、PHPの本だから、ということで選んだような気もします。とにかく、何が何だかわからないままに読み始めました。
 副題は「尽生と志事」で、これもそのままでは何をあらわすのかさえわかりませんでした。このことは、「はじめに」に書いてあり、「尽生」というのは、「尽くすために生きること」で、「志事」とは「志・使命感をもって働くこと」だそうです。ちなみに辞書を引いても出てこないところをみると、著者の造語のようです。
 著者は、若くして葬儀社に勤め、30才で独立創業することを目標に定め、とうとう37歳のときにそれを果たしたそうです。でも、資産家の息子でもなく、葬儀社の息子でもない著者がそれを果たすためには、並大抵の努力ではできなかったと思います。そのためには、『「十年の命しかない」と覚悟すれば、その一分一秒を、一時間を、二十四時間という一日を、一週間を、一カ月を、一年を大切にすると考えたからだ。同じ時間を平等に与えられていても、その思い描いた自分自身の未来に辿り着ける人と着けない人がいる。数字上での時間単位は同じでも、そこにある「覚悟の違い」で、時間の在り方は大きく化ける。雲泥の差を生み出す。』と思い、投資してくださる方々を口説き落としていったそうです。やはり、「人の心を動かすのは、本気の覚悟」だったといいます。
 そして、様々なご縁をいただき、今では公開宣言したことをすべて達成したそうです。
 下に抜き書きしたのは、いかに「出会い(ご縁)」が大事かということです。
 人はどんなことでもたった一人でできることは、たかが知れています。多くの人との出会いから未来が光り輝きます。それは、いつの時代でも同じだと思います。
 そして、著者の「十年の命しかない」と考えたことは、この前あるところで樹木希林さんが、「私の考えでは、がんで死ぬっていちばんいいと思うんです。用意ができるじゃないですか。それぐらいの感じで生きています」と答えたのと似ているのではないかと思いました。
 そして、「ガンは有難い病気よ。周囲の相手が自分と真剣に向き合ってくれますから。」と言い、そのようなゆったりした気持ちがあれば、時間制限のなかでもしっかりと生きられるのではないかと感じました。
 期間を区切る、これは大事なことだと、この本を読んでつくづく思いました。
(2015.11.7)

書名著者発行所発行日ISBN
人生は与えた分だけ与えられる冨安徳久PHP研究所2013年6月24日9784569812762

☆ Extract passages ☆

「出会い(ご縁)」を大切にして生き始めてから、不思議なくらいに「つながり」を感じるようになった。
 どんな場所で、どんな人に出会っても、それを「点の出会い(すれ違うだけのご縁)」ですませることなく、見えないけれどその人の向こうにつながっている「線の先の無限のご縁」を想像することができるようになった。
 このワクワクする気持ちは、訳もなく想像する僕の未来を勝手に輝かせた。
(冨安徳久 著 『人生は与えた分だけ与えられる』より)




No.1156 『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』

 著者はたまたま半年の予定でイタリアに行ったのに、そのまま居座って15年になるそうです。副題は、「ローマ発 人生を100%楽しむ生き方」だそうで、楽しみながら読みました。
 さすがイタリア人、と思ったのですが、そこには人生を楽しもうとする積極的な物の考え方が見えてきました。
 それでも、これはイタリア人のほうがいいとか、これはちょっとマネできないな、とか、いろいろと良いところと悪いと思えるところがありました。たとえば、誰がなんと言おうとも自分の好きなことをするということは、日本人では難しくても、これはいいと思いました。この本では、「彼らは、お金ではない、何か別の価値を求めているのだ。その価値とはほかならぬ「自分自身」。自分の中にある好奇心や興味にこそ価値があり、それを追求することは自分の価値そのものを高めて行くことにもつながる。自分が心から「好き」と思えるものを持っている人は、みな一様に「これさえあれば幸せ」だと言う。周囲の反応などものともせず、嬉々として自分の好きなものを追い求める彼らの姿は、結果的にそれを見ている人々にも微笑みを分けてくれている。」と書いています。
 日本人は、このようにストレートに自分をなかなか出せない人が多いようです。したくてもできない、あるいはしようとしても途中でめげてしまう、など、このイタリア人のように自分自身をなかなか出せないようです。
 でも、やらないで後悔するよりは、やってしまったほうが勝ちというものです。やって後悔するほうが、少しは前進があります。そういう意味では、このイタリア人の自分の好きなものを追い求める姿勢を見習いたいと思います。
 でも、喧嘩は大事な相互理解のツールといわれても、ちょっとイヤだなあ、と思いました。なるべくなら、喧嘩はしたくないと思うのが日本人です。いくら明日までその喧嘩の気持ちを持ち越さないといわれても、それができないのが日本人だと思います。口喧嘩で発散しようなんて、そしてそのほうが健全だといわれても、なかなかできそうもありません。
 また、沈黙しているのは認めることだといわれても、認めたくないから黙っているということだってあります。沈黙することは、人として向き合うことを放棄する行為だといわれても、黙っていたいことだってあります。もし、イタリアに行くとすれば、そのルールに従いますが、日本にいて、そこまではできないと思います。やはり、日本人は「沈黙は金」という格言が生きているようです。
 だから、この本に書いてあることは、あくまでもイタリア人のことであって、そのいくつかでも、生き方の参考にできればと思います。
 そういう意味では、下に抜き書きした違う文化の人たちと共存することなどは、これからはとても大事なことだと思います。今、ヨーロッパではイランなどからの難民の流入でたいへんな問題を抱えています。日本も、他人事ですませられなくなりつつあります。
 その移民の問題も、イタリアでは1割が外国籍で、移民の子どもたちは全児童の6%になるそうです。まさに、移民に関しては、いろいろなことを経験済みで、これなどは日本も参考になるのではないかと思います。
(2015.11.5)

書名著者発行所発行日ISBN
イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる田島麻里双葉社2015年7月26日9784575309188

☆ Extract passages ☆

 異なるアイデンティティを持つ者同士が気持ち良く共存していくためには、それぞれの個性や背景を、お互いに知ろうとする努力が不可欠。まずは自分の個性をよく知り、それを相手に知ってもらう努力をする。そのうえで、お互いを認め合い、共感できる部分を見つけていく。それこそが、「より良い共存生活を実現させるカギ」になる。
 そういう面においては、イタリア人は昔から「一人ひとりに確立した個性があり、異なる価値観を持つ者同士が共存してきた」という伝統がある。これから先、ますます多国籍化していくことが予想されているイタリアで、この習慣が社会のベースにあることはプラスに働くのではないだろうか、と私は期待している。
(田島麻里 著 『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』より)




No.1155 『樹は語る』

 本をパラパラとめくっていると、樹や芽生えなどのイラストがとても繊細で、それにも惹きつけられました。副題は「芽生え・熊棚・空飛ぶ果実」で、この熊棚ってなんだろうと思い、読むことにしました。
 題名は、わかりやすいだけではなく、時にはわからないから興味を持つこともあるようです。
 この熊棚のことは、最後のほうに書いていて、それは「熊の糞があちこちに見られ少し臭う林床で、上を見上げるとどのクリの木にも、てっぺんのほうに鳥の巣のようなものが見える。よく見ると折られた枝が座布団のように敷き詰められている。「熊棚」といわれるものだ。熊がクリの堅果を食べるために折った枝を敷き詰めているのである。」という説明があり、おそらく、ほとんどの人が見たことがないと思います。そういう意味でも、樹や森のことを学ぶには、いい本だと思いました。
 下に抜き書きした、クリがなぜ9月頃に堅果を落花させるのか、ということについても、読んで見てなるほどと思いました。
 著者がいうように、もの言わぬ樹木の気持ちを代弁したものがこの本だそうです。おそらく、この本にも出てきますが、アイヌの人たちや、昔の山住の人たちは、樹々と普通に会話していたのではないかと思います。ここ3年ほど、「なせばなる 秋まつり」で、草木塔祭を厳修していますが、そのたびに昔の人たちの草木に対する声を聞くような気がします。草木のおかげがなければ生活できないし、そのためには草木の命をいただかなければならないという、複雑な気持ちです。そこに草木に対する感謝や畏れなど、供養しようとする気持ちが芽生えてきたように思います。
 著者も経歴をみると、山形県櫛引村、今の鶴岡市黒川の生まれで、小さいときから月山山麓の川と田んぼで遊んでいたといいます。月山といえば、7月下旬まで夏スキーができるほど、自然豊かな信仰の山です。だから草木も護られてきたのです。
 だいぶ前ですが、その山麓で、太いブナの木を見つけ、幹に耳を当てると水の流れるような音が聞こえてきたように感じました。その近くには、わき水がこんこんとわき出ていました。その冷たい水を飲むと、まさに五臓六腑にしみこむような気がしました。
 やはり、人間は自然のなかで、生きるのが本当だと思います。でも、今、その自然が中途半端な人間の管理で、ときおり、大暴れします。それに負けずとばかりに、さらに大きな堤防などを築きます。やはり、それは違うと思います。
 この本のなかでも、「川は雪解けや梅雨の長雨、そして台風に伴う豪雨などによって氾濫を繰り返し水辺は撹乱される。水辺林は絶えず洪水にさらされ大きな撹乱を受け、樹木たちは根こそぎ持っていかれることがある。その跡には砂や泥が堆積し種子が発芽するには格好の場所が提供される。このような氾濫に依存して更新する樹木がいる。水辺林を生育場所とする樹種である。彼らは生涯水辺に住むだけでなく、次世代も、またその次の世代も水辺で暮らす、水辺環境に適応した樹木である。頻繁に起こる小規模な撹乱に依存するヤナギ類からめったにない大洪水に依存するハルニレまで、大小さまざまな氾濫に依存して更新している。」と書いています。つまり、川は氾濫することによって、樹々の更新も計られているのです。
 この本を読みながら、今年の自然災害の多さ、堤防などの氾濫による被害の大きさ、などを考えました。そして、やはり、自然の大きさの前には、少しでも樹々のことを知ることが大切だと思いました。
 ぜひ、機会があれば、読んで見てください。
(2015.11.3)

書名著者発行所発行日ISBN
樹は語る清和研二築地書館2015年7月1日9784806714965

☆ Extract passages ☆

クリは9月頃に堅果を落下させるが、その頃はギャップには草や低木の葉が茂っている。ネズミは藪に身を隠しながら堅果を埋めに行く習性があるので、ギャップの中の茂みを伝ってギャップ内のさまざまな場所に堅果を埋めに走りまわる。しかし、しだいに草が枯れ、低木の葉が落ちてくると、だんだんネズミが身を隠す場所がなくなってくる。「フクロウに食われてしまうかもしれない」。ギャップに埋めた堅果を掘り起こして、再度、運んだり食べに行こうとしても怖くて行けなくなる。ネズミはギャップに運んでおいたクリを諦めてしまうのである。
 クリの母親はギャップに草や低木が生い茂っているうちに早めに堅果を落とすことによって、ネズミを使ってギャップに堅果を運ばせているのである。このタイミングは「偶然」というよりクリの母親の「したたかな計算」なのだろう。やはり、子供がちゃんと生き残って大きく育つようにと深く考えてのことなのである。
(清和研二 著 『樹は語る』より)




No.1154 『「私の履歴書」――昭和の先達に学ぶ生き方』

 日本経済新聞社の「私の履歴書」という連載記事は、著者の説明によると、「経済、文化、政治、スポーツなどあらゆるジャンルで日本を率いてきたヒトたちが、その半生を1ヶ月間にわたって披露する自叙伝、自分史である」と書いていますが、昭和31年から連載が続いているといいますから、まさに日経の看板企画でもあります。
 この企画に著者は記者、デスク、部長として直接にあるいは間接にたずさわってきたそうで、それらを自分なりの視点で見つめ直したものが、この本です。
 ですから、著者の好みもあり、「そんな私が「私の履歴書」を担当するようになって、面白いと思ったのは、政財界の要人よりも文化人、スポーツマンの履歴書であり、経営者では官僚からの天下りやサラリーマン社長より、創業社長だった。また政財官界の人たちの半生でも、世に出る以前のエピソードには興味がそそられた。」と素直に書いています。
 たしかにそうだと思います。ある程度のレールの上に乗って進むことより、最初からレールを敷き、どのルートにするか、どの程度の進み具合にするかなど、自分自身ですべて決めなければならない方がおもしろいと思います。
 でも、この本の最初に、洋画家の中川一政氏の「私の履歴書」の冒頭の文章が載っていて、「古今を流れる時間の一点に人間は生まれる。東西古今のただ一点の場所に人間は生まれる。そしてその時間と場所がかさなる一点に人間は生まれる。それが人間の運命である。人間はその運命を足場にして生きてくる。」というのは、まさに真実です。変えようのない、ことです。
 そのほかにも、この本で書いているように、人生と運命の関係には2つの型があるといい、「ほとんど自力で運命の扉を切り開いていく型と、周囲の好意や協力で進む機会が与えられ、おのずと扉が開いてくれる型」があるそうです。
 これも、その時代や育った環境など、いくつもの要素が絡み合い、決まってくるような気がします。たとえば、下に抜き書きしたのは、山形県酒田市出身の写真家土門拳のことですが、これを読むと、人の一生というのは誰にもわからず、偶然にめぐりあった仕事が天職だったりすると思いました。
 もし、今、何をしていいかさえもわからなくても、いつかは土門拳氏のように本人が考えてもいないような、思わぬ能力に気づかされるかもしれません。だから、あきらめないことが大切です。
 この本は、第1章「貧しくとも、親はなくとも――運命を足場に生きる」、第2章「哀しくも逞しい母の生き方を教訓に」、第3章「世に出る決断――回り道でも天職にめぐりあった」、第4章「愛しき人々――妻に恋して、人生に愛して」、第5章「闘いの日々――紙一重でつかんだ成功」、第6章「平和でなければ幸せになれない――生き抜いた戦争体験」、第7章「あなたも「私の履歴書」を遺す――自分史をまとめるコツ」、の構成になっています。
 みな、それぞれに興味深い話しですから、機会があればぜひ読んで見てください。最後の第7章は、この本を最後まで読めば、なんとなく自分史でもまとめておこうかな、と思うかもしれないという著者の配慮なのかもしれません。
(2015.11.1)

書名著者発行所発行日ISBN
「私の履歴書」――昭和の先達に学ぶ生き方(Asahi Shinsho)石田修大朝日新聞出版2015年6月30日9784022736185

☆ Extract passages ☆

 横浜の弁護士の住み込み書生になったり、全農全国会議の農民運動に参加して検挙されたりしたが、画家もあきらめ、仕事もなくブラブラしている息子に、昭和8(1933)年春、母親が「お前、写真をやる気はないか。昔絵ごころがあったから、案外よくはないかしら」と声をかけた。土門は写真にはまったく知識はなく、考えてもいないことではあったが、まともな就職などできるわけもなく、二十四歳にもなっていたので、母の勧めにしたがった。
 こうして土門は上野池の端の宮内幸太郎写真場の内弟子となり、写真の歴史と基礎理論を独学で学び、報道写真家を志したのだった。「写真は、ぼくにあっては万策つきた後の道でもあったが、また一つの偶然にすぎなかった」と書いている。
(石田修大 著 『「私の履歴書」――昭和の先達に学ぶ生き方』より)




No.1153 『オオカミがいないと、なぜウサギが滅びるのか』

 この本は集英社インターナショナルの「知のトレッキング叢書」の1冊です。もともとトレッキングというのは、登山のように登頂を目指すことが目的ではなく、ただ山のなかを歩くことなどを目的にしています。だから、比較的ラフに動けますし、そのときそのときの出会いで、目的も変わってきたりします。それがおもしろさにつながるような気がします。
 著者はサントリーホールディング(株)の水科学研究所主席研究員などをしているそうで、九州大学の客員教授でもあります。だから、読んでいても学者然とした書き方ではなく、ナチュラリストっぽい雰囲気もあります。
 たとえば、この「自然の脅威を100%抑え込むインフラ(逆に言えば、いったん決壊したら大災害を生むようなインフラ)ではなく、自然に逆らわず、自然と共生しながら、命にかかわらない「ほどほどの」被災までは我慢しましょうよという、ゆるやかなインフラ整備の模索である。もちろん、それは「万能」なインフラではない。でもそれでいいじゃないかと、若者たちは思い始めているのだ。昔の人が聞いたら、なんて「いい加減な!!」と怒るかもしれないけれど、彼らは、そんな「良い加減」なインフラ新たなインフラの形を、コンクリート時代の「グレーインフラ」に対比して「グリーンインフラ」と呼び始めている。」という文章などは、ほんとうに「良い加減」だと思います。
 今年もたくさんの自然災害がありましたが、改めて自然のすごさを感じました。その力を押さえ込もうなんて考えは、もうダメだと思います。しかもこの財政難の時代には、スーパー堤防なんてものは作るべきではなく、むしろ自然に逆らわない、自然と共生するようなことを考えるべきときに来ていると思います。
 そういう意味では、この「グレーインフラ」から「グリーンインフラ」へという表現は、とてもよいと思いました。
 そういえば、9月の鬼怒川の決壊で大きな被害が出た常総市は、2005年までは水海道市と呼ばれていました。それが石下町を編入合併したときに「常総市」という名前に変わったようです。私の大学時代の友人がこの水海道市にいて、何度か訪ねたことがありましたが、この鬼怒川縁だったように記憶しています。でも、その当時は一面の野原で、とてものどかでした。もちろん、今の状態はわかりませんが、機会があれば訪ねてみたいですが、古くからの家なので、おそらく水害の被害はないのではないかと思っています。
 下に抜き書きしたのは、第4章「身近な環境に、生物多様性を取り戻すために」のなかの文章です。おそらく、この本の題名につながるものではないかと思いました。つまり、オオカミが絶滅し、シカがさまざまな理由で増えすぎ、それによってウツギやコマドリを絶滅に追い込み、そして多くの大切なものが脅かされているという現実です。
 日本の森林の生態系ビラミッドが、とてもよく解説してありますので、ご一読いただければと思います。
(2015.10.30)

書名著者発行所発行日ISBN
オオカミがいないと、なぜウサギが滅びるのか山田 健集英社インターナショナル2015年6月30日9784797673029

☆ Extract passages ☆

 都会では、あいかわらず「あんなに可愛らしい鹿を減らすなんて可哀そうじゃない」という声が多いのだけれど、そして、ぼくだって鹿はとっても可愛らしいと思っているのだけれど、でもその可愛らしい鹿が、もっと可愛らしいウサギやコマドリを絶滅に追い込み、美しい高山植物も喰い尽くし、植えた苗木を喰うことで林業家の意欲をくじき、畑の作物を食い荒らして「限界集落」をさらに「限界」に追い落とし、最終的には山を崩して、都会人の生活も脅かしっつあるのだ。
(山田 健 著 『オオカミがいないと、なぜウサギが滅びるのか』より)




No.1152 『屋根ひとつ お茶一杯』

 今日から第69回「読書週間」が始まりますが、だからといって、急に読み始めるわけでもありません。昨日も今日も、明日も同じペースで本を読んでいます。
 さて、この本の題名はなんとなく日本的だなあと思っていたら、略歴のなかに、日本の仏教系大学で教鞭をとっているとあり、しかもアメリカと日本でヨガを学び、禅の修行や墨絵の習得もしているそうで、なるほどと思いました。
 もちろん、書名だけでなく、内容も日本文化の影響が感じられ、副題の「魂を満たす小さな暮らし方」というのも納得でした。
 今、経済はちょっと閉塞気味で、インターネットなどの普及で、情報ばかりが飛び交っています。テレビをつけてもCMは新商品の紹介を次々としてますし、困ったことには、電話などの売り込みもけっこうあります。むしろ、そうなればなるほど、それらのことに関わりなく生活したいと思うのが、人情というものです。
 この本のなかで、真の贅沢というのは、「自由に生きること」だといいます。たしかに、その通りだと思います。
 たとえば、たくさんの借金をして、精一杯の計画を立て、立派な家を建てたとしても、今年のような自然災害の多いときには、もしかすると洪水で流されてしまうかもしれません。なにがあるかわからないので、この世の中です。だとすれば、生活するのに最低限必要なものさえあればいいと思います。
 私も昔はたくさんの本に囲まれていたいと思ったことがあります。ところが本は重いし、湿気ると困るので管理も大変です。そしていつの間にか、本に埋もれたような部屋になってしまい、探そうとする本がどこにあるのかさえわからなくなりました。そして、自宅を建て替えざるをえなくなり、その本の大部分を整理することになり、これからは手に入らなくなるような本とか、仕事で使う本などを残して、本のリサイクルに出しました。すると、本を探すのが簡単になり、これ以上増やすと元の木阿弥になりそうで、なるべく図書館で借りるようにしました。
 この経験から、なるべく物は増やさないのが一番だと思います。
 ところが、何年か経つと物はやはり自然と増えてしまいます。ということは、定期的に物を捨てる作業をしなければならないのではないかと思います。そう思ったときに、この本と出会いました。ここに書いてある通りだと思いましたが、だからといって、すべてできることではありません。
 たとえば、この本にあるように、「衣食住と言いますが、衣食はオシャレをする、食事を楽しむというように、自由を実現しやすいのに、住はそのために人を不自由にすることが少なくありません。「住む」ことが、自由な生活の前提条件であってほしいとつねづね考えていました。住まいが私たちにもたらすべきものは、まずは体と精神の安らぎです。私たちは、仕事中でも、それ以外の時間でも、生きる喜びを存分に味わえるように、エネルギーの器を満たしておく必要があります。住まいとは、それを可能にするための、何よりも安らぎと喜びの源であるべきなのです。」と考えることが大切ではないかと感じました。
 また、自分の持ち物より、周りの環境も大切だというのは当然です。これは、私も毎日経験していることなのでわかります。この本では、「美しい環境に住むことは、物欲抑制効果が抜群です。本当に少ないもので満足できてしまうのです。自宅の近くの通りを散歩する、たったそれだけでも楽しみの欲求が満たされます。それが、公園、素敵なアベニュー、海岸、山だとしても、あなたの環境の範囲内にあれば、それはあなたのものです。」と書いてありました。
 下に抜き書きしたのは、「経験」にお金を費やすことが大切だといいます。お金をまんべんなく使うのではなく、自分の時間を増やすようなところに使うとか、その使い方が大切だということです。
 ぜひ、この本を読んで、今の自分の生活を見直してみるということは大切だと思います。そのきっかけになる本ではないかと思いました。
(2015.10.27)

書名著者発行所発行日ISBN
屋根ひとつ お茶一杯ドミニック・ローホー 著、原 秋子 訳講談社2015年1月15日9784062193429

☆ Extract passages ☆

 最近、生活リズムの「ギアチェンジ」をし、稼ぎを減らし、ある程度の賛沢をあきらめてでも、あるいは狭い住まいに変えてでも自分たちの時間を増やしたいと考える人たちが徐々に増えてきたように感じます。
 実際にそうした人たちを知っていますが、後悔している人はほとんどいません。
 この人たちは、金銭がものを買うためだけでなく、教育(こればかりは誰も盗むことができません)や安全、知識、安らぎ、健康、そして何よりもさまざまな経験を手に入れるために使うべきであることに気づいた人たちです。
(ドミニック・ローホー 著 『屋根ひとつ お茶一杯』より)




No.1151 『好運の条件』

 「幸運」でなく、なぜ「好運」なの、と思いながら読み始めました。もう、一番最初に「幸運という言葉よりも、好運のほうが私は好きだ」と書いていますから、好き嫌いで選んだようです。
 でも、この本を読んでも、たしかに好き嫌いがはっきりしていて、健康に関しても、たとえば炭水化物が「体に悪いと思いつつ少しずつ頂く米の飯の旨さはたとえようがない。ひょっとして炭水化物を断て、というのは、ふだん私たちが忘れている米の飯の有難さを思いださせようという陰謀ではないか、などとつい考えてしまう。」というから、やはり作家だなあ、と思います。だから、副題が「生き抜くヒント!」ですから、いろいろな健康法があったとしても、自分でこれがいいという信念で続ければそれでいいのではないか、それが著者の示すヒントになっているような気がします。
 この本は新書版ですが、この本のなかで著者は、「大体、この国では新書というものを軽くみがちですが、いま新常識の先頭に立っているのは、はとんど新書でしょう。新書は軽い、安い、間口が広い。そのことで安直にみられていますが、決してそうではありません。」と、さすが作家ですから出版社の肩を持つのは当然のことでしょう。
 私の場合は、新書とか文庫というのは、どこへでも持って行けるからいいと思っています。内容は、とくに文庫本の場合などは単行本をリメイクすることが多いので、ほとんどいっしょなのに、文庫本は安く設定されているので経済的でもあります。もし、ここに単行本と文庫本があって値段も同じだとしても、私は文庫本を買います。それはどこへでも持って行けるということだけではなく、置き場所のことも考えるからです。もう本棚は一杯ですし、いつかは新築したときのようにたくさんの本を整理しなければならないと思ってはいるのですが、本はたんなる消耗品ではないので、どこかに保存しておきたいという気持ちがあります。だから、文庫本だといいのです。整理するときも、単行本よりは気持ち的にも楽なんです。
 ちょっと話しがずれてしまいましたが、著者が書いているように、「眠るのも、食べるのも、各人各様のスタイルがある。それに加えて年齢というものが大事なのだ。平均的な人間もいないし、平均的な人生などというものもない。この世には、人それぞれの生き方しかないのである。」ということが、すべてに通じるような気がします。
 でも、そう言ってしまうと、あとは書くことがないので、自分の今までのことを思い出すままに書いているようです。
 そのなかでも、下に抜き書きしたのは、意識してするということが本当に大切だと思いました。私はまだ餅をつまらせたことはありませんが、そのようなことは、意外と無意識の動作から生まれるのではないかと思います。
 だとすれば、下に抜き書きしたように、水やお茶を飲むにしても歩くにしても、意識してすることが大切だと思いました。
(2015.10.25)

書名著者発行所発行日ISBN
好運の条件(新潮新書)五木寛之新潮社2015年6月20日9784106106231

☆ Extract passages ☆

 水を飲むにしても、食事をするにしても、それを飲みこむ際には、ちゃんと意識しなければならない。
「さあ、いまから飲みこむぞ」
 と、脳から指示をだして、意識して飲みこむ必要があるのだ。
「餅を食うぐらいのことで、いちいち頭を使うことがあるのか」
 と、文句をいう人もいるだろう。しかし、旨ければいいというけれども、味には喉どしというのもあるではないか。舌にだけ味覚があるわけではない。ごくりと飲みこむ、その瞬間、ああ、旨い、と感じるのが普通である。
 一杯の水、一杯のお茶、ともに生きていればこその歓びである。歩くこともそうだ。
(五木寛之 著 『好運の条件』より)




No.1150 『寺院消滅』

 今回も「しりとり」みたいなもので、臨済禅から、曹洞禅、お寺の食から寺院の消滅という流れのようです。あまりつながりはないのですが、たまたま発行日だけは2015年5月25日ということで繋がっています。でも、考えてみれば、本を読むということは、このような興味の「しりとり」みたいなもので、どこかで必ずつながっているような気がします。
 副題は『失われる「地方」と「宗教」』で、たしかに実感としてもそのように感じるときがあります。たとえば、昔はほとんどが葬式をお寺で行っていたのですが、最近はほとんどがセレモニーホールという専門業者の会場で行うようになってきました。それが流れだと言ってしまえばそれだけですが、なぜ、そのようになってきたのかを問うことが必要だと思います。
 そう思っていたこともあり、たまたまサーッと開くと、東日本大震災で再建できない被災寺院という項目もあり、気になったということもあります。
 読んでいて、「やはり」とか、「案の定」と思ったところが、多々ありました。それでも、玄侑宗久師の「社会とか経済の変動を、軽々に受けてはいけないのが宗教だと思います。社会の変化に敏感に対応しなければいけないものが世の中にはあるけれど、変化の激しい経済とか政治の影響を受けない存在も、われわれの暮らしには必要なんです。それは宗教、哲学、道徳などです。寺が社会の動きを察知できていない、反応が鈍いから社会に置いていかれているんだという批判は見当外れだと思います。……「寺」という言葉の意味をご存じですか。「同じ状態を保つ」という意味です。「ぎょうにんべん」を付ければ、同じ状態で佇むことを意味する「待つ」。それが、主君を守備する「侍」の勤めでもあります。」という言っていますが、「なるほど」と思いました。
 この世の中には、できることとできないことがあります。できないことをやろうとしても、それはできません。おそらく、この寺院消滅などは、その半々ではないかと思います。つまり、できることもあれば、できないこともあるということです。
 だから、何もしないでいいということではありません。私は、お釈迦さまの教えに立ち返るべきで、その教えを中心にしてふれあうことが大切だと感じています。なんだかんだいったとしても、仏教は2,500年の長い布教の歴史があります。時代が変わっても、続いてきた教えがあるはずです。宗教という教えに立ち返る、それが必要だと思っています。
 この本のなかで、長野県千曲市にある開眼寺の住職、柴田文啓さんの話しが印象に残りました。柴田さんは、リタイア後に僧侶となられた方で、「平均寿命が延び、定年後の第二の人生って、随分長くなっています。残りの20年や30年をいかに過ごすか。実は私は、第一の人生よりも、第二の人生の方が大事だと思っています。死に際、良い人生だったなと言えるかどうかは、直近の幸福度が大きく影響します。いくら現役時代、華々しい経歴を持っていても、第二の人生をぼーつと過ごしていたら、やはりそれは寂しい最期ということになります。やりがいのある余生を送るために、『お坊さんになりませんか』と心からお勧めしたい」と話しています。
 たしかにそうです。このような僧侶が増えれば、もっともっとお寺も魅力のある場所になるかもしれません。行ってみたい、と思われるところにきっとなるはずです。
 最後のところに、「仏教教団の調査報告」が載っています。この本は、2014年の秋から取材が始まり書き始めたそうですから、この調査報告も新しいものです。今の寺院の直面している問題が数値としてあらわされています。これは現状分析にとても役立ちます。
 下に抜き書きしたのは、「おわりに」のところで、僧侶でもある著者が半年にわたる取材の後に感じたことだそうです。だからこそ、実感がこもっていると思いました。
 ぜひ、寺院関係者には読んでいただきたい1冊です。
(2015.10.23)

書名著者発行所発行日ISBN
寺院消滅鵜飼秀徳日経BP社2015年5月25日9784822279172

☆ Extract passages ☆

 寺院や僧侶はどういう存在か。なぜ寺院が必要なのか。取材を重ねた半年間、私は自問自答した。そして今、誰かに寺の存在意義を問われれば、こう答えるだろう。
 「あなた自身を見つけられる場所だから」
 自分につながる亡き人と再会できるのが寺院だ。そこで「過去」に思いを馳せることで、自分の存在意義を確かめる。きっと再び、明日に向かって歩き出せるはずだ。
(鵜飼秀徳 著 『寺院消滅』より)




No.1149 『お坊さんにまなぶ こころが調う食の作法』

 玄侑宗久さんの臨済禅から、次は曹洞禅か、というわけではないのですが、たまたま手に取ったのがこの本だったというだけです。しかも、両方ともページ数は少なく、絵やイラストが多く、とても読みやすそうでした。
 著者が修行したという永平寺には、私も行ったことがありますが、福井県吉田郡永平寺町にある曹洞宗のお寺です。曹洞宗にとっては總持寺とともに中心的な大本山で、開山は道元です。そこで4年ほど修行し、娑婆の世界に戻りましたが、やはりお寺の生活に戻ろうと、現在はベルリンの道場を中心にさまざまな活動をしながら、多くの海外道場でも参禅しているそうです。
 その修行のなかで一番関心を持ったのが典座、つまり食に関することで、その典座の心は、「大変な仕事こそ他にゆずらず、難しい環境でも明日があると思わずに、その瞬間その環境で自らができる精一杯のことを一生懸命やりぬく」ことだと、著者は書いています。
 そして、道元禅師も「典座教訓」で、調理がいかに尊い仕事であるかを何度も繰り返し説いているそうです。ただ調理すればよい、というものではなく、調理そのものも修行であるといいます。
 たとえば、仏様に供える料理の作法を「献膳」というそうですが、著者は、「献膳は自らの姿を映し出す鏡。もの言わぬ仏像に対してこれらのバランスを相互に働かせ、礼を尽くすところがポイントです。「これでよし」という及第点がないからこそ謙虚な努力が自然に生じます。」といい、自らも永平寺を下りてからも、この献膳の作法を続けているそうです。
 仏様に供えるのも、人に食べていただくのも、それぐらい大事なものだということです。
 下に抜き書きしたのは、作法に関することです。
 実は、私もそのように感じたことがありますが、決まり切った作法があると考えなくてもいいので、それ以外はとても自由です。ある程度の制限があるからこそ、その先に自由さが広がるのです。
 これは、お茶を習っているときにも感じたことですが、お点前の作法を覚えてしまうと、手が勝手に動くのです。だからこそ、お正客とも話しができ、お詰めにも心配りができるのです。そして、作法にそってお茶を点てると、やはり美味しいのです。たまに間違ったりすると、手が止まってしまい、うまく進みません。
 おそらく、作法というのは、こういうものではないかと思います。
 覚えるまでは大変ですが、覚えてしまえば、あとは楽になります。おそらく、西洋のテーブルマナーだって、似たようなものではないかと思います。どのようにして食べたら良いか、と考えるよりは、このように食べるという一般的な作法があれば、ドキドキしてナイフやフォークを落としたりすることもなさそうです。
 でも、お茶で経験していますが、和食の作法は、とても難しいと思います。だから、食を楽しむというところまでは、なかなか行きません。いつかは、気楽に食べながら、それでも作法に則っているようになりたいと思っています。
 そうそう、最後の「食が変わるとすべてが変わる」というところで、「ルールや作法が苦手だった私が禅の食の作法を好きになれたのは、管を調えるという単純さのおかげです。流れる水を淀ませない、重力に従って洗い清める、とにかく理にかなってシンプルなのです」と書いてますが、この世のなかは、あまりにも複雑になりすぎたようで、それをすっきりさせるには、シンプルなものの考え方しかないと思っていたので、すごく納得しました。
(2015.10.20)

書名著者発行所発行日ISBN
お坊さんにまなぶ こころが調う食の作法星覚ディスカヴァー・トゥエンティワン2015年5月25日9784799316689

☆ Extract passages ☆

「作法は堅苦しい、自由がいい」と以前は私も思っていました。しかし自由というものをよくよく追求していくと「ワタシだけの自由」では意味がありません。作法にしたがって周囲が自由になることが大切であり、そのことは結局はワタシにとっての本当の自由につながることに気づきました。
 禅の生き方は自由を制限しているように見えますが、実のところは「まわりからの自由への制限」を最小限にすることで、自分を自由にしてくれるのです。
(星覚 著 『お坊さんにまなぶ こころが調う食の作法』より)




No.1148 『仙香@無法の禅』

 私も仙高ウんが好きで、出光美術館で企画された『仙高ニ禅の世界』などの展覧会も見たことがあります。そして、その図録を求めてきたので、ときどきそれを開いて見ることもあります。
 だから、私もやっぱり「博多の仙高ウん」というイメージがあり、いいなあ、と思うのは洒脱な禅画がほとんどです。この本を読んで、著者が住職を務める福聚寺にも訪ねられたことがあると初めて知りました。それだけでなく、東北との縁もあったようで、ますます身近に感じられました。
 この本を読んでいて思い出したのですが、「○△□」の掛け軸、何を言おうとしているのかと思っていたのですが、その当時から「一円相」といってただ「○」を描くのですが、それもだんだんと型だけこだわって形骸化してきたそうです。そこで、もっと闊達な心の表現としてこの「○△□」を書いたのではないかと著者はいいます。そして、賛にそんなものは饅頭と同じだから「これくふて茶のめ(あるいは、茶まいれ)」と笑い飛ばしたといいます。
 この定型を壊し、臨機応変に笑い飛ばすようなものこそ、仙高ウんらしいといえます。
 また、思い出すのは、これは絵葉書まで買ってきたのですが、「老人六歌仙画賛」です。6人の老人が楽しそうに描かれていますが、その賛を読むと、これが年をとってきてする事なす事を包み隠さず書いています。それを現代表記で引用すると、「シワがよる、ほくろができる、腰まがる、頭がはげる、髭白くなる。手は振るう、足はよろつく、歯はぬける、耳はきこえず、目はうとくなる。身に添うは、頭巾えりまき杖めがね、(湯)たんぽ温石しびん孫の手。くどくなる、気みじかになる愚痴になる、出しゃばりたがる、世話やきたがる。又しても同じはなしに子を誉める、達者自まんに人はいやがる。欲深くなる」とあります。
 これこそ、現在のマンガや漫才にもつながるようなものではないかと思います。書いてあることはたしかにその通りですが、でも、楽しそうにしているからこそ、そこに救いがあるような気がします。これには別なバージョンがあるそうで、さらに「死にともながる、寂しがる、心はまがる、口よだれくる」とありますから、ちょっと痛々しい感じですが、それでも笑い飛ばしているかのようです。
 そして、88歳で病の床に就いて、遺偈にも正直に「雪が深うて、行き先がよう見えんばい」というようなことを残されたそうです。これでは、あまりにも格好がつかないと弟子達がいうと、「死にとぅもない」とさらにつけ加えたといいますから、まさにホンネで生きてきたように感じます。
 下に抜き書きしたのは、著者がもしかすると仙高ニ良寛が出会っていたのではないかという文章です。天明六年といえば1786年、仙37歳、良寛は仙高謔8つ年下であったそうですから、可能性としてはあるような気がします。
 そういえば、今年の8月22〜23日に良寛さんを訪ねてその史跡を歩いてきましたが、いまでも、どこかで手まりをついていそうな雰囲気のあるところばかりでした。
(2015.10.18)

書名著者発行所発行日ISBN
仙香@無法の禅玄侑宗久PHP研究所2015年6月29日9784569825168

☆ Extract passages ☆

 天明六年、東北地方から越後に抜けた仙高ヘ、そこで法事のため岡山から帰郷していた良寛と逢ったという説がある。今後の研究を俟たなければ真偽も定かではないが、説としてはあまりに面白い。
 仙高ェ『荘子』の思想を体現するのは後年のことだが、このとき良寛と『荘子』談義をした可能性を、私は否定しきれないのである。
(玄侑宗久 著 『仙香@無法の禅』より)




No.1147 『たたかう植物』

 著者の本は何冊か読んではいるのですが、その名前がなかなか出てきません。それで確認すると、「稲垣栄洋」と書いて「いながきひでひろ」と読むのだそうです。でも「ひでひろ」と入力しても、出てはきませんでした。
 副題は「仁義なき生存戦略」とあり、おそらく、植物は生きていくためにさまざまな工夫をしているということのようです。
 たとえば、スイスなどの山小屋の窓辺には「ゼラニウム」が植え込まれていますが、これは「ゼラニウムは、香りがあり、虫が嫌がる。そのため、家の中に虫が入ってこないように、虫よけのために窓際に飾られたのである。また、虫を退けることから、ゼラニウムは、窓から邪気が入ってこないように家を守る魔除けとしての役割も担っていた。」ということだそうです。私は栽培しやすいし、見栄えもいいから、と思っていましたが、そうではなさそうです。
 また、植物には、自分の葉っぱが食べられると、周りの植物たちにボラタイルという揮発性物質を発し、結果的に教えているということは知っていました。ところが、さらに、最近の研究では、「キャベツやトウモロコシを材料にした研究では、植物が発したボラタイルを感知して、害虫のイモムシにとっての天敵である寄生バチがやってくることが知られている。まさに、助けを聞いて駆け付けたヒーローさながらである。」ということがわかってきているそうです。
 では、なぜイモムシは寄生バチを恐れるかというと、「寄生バチはイモムシの体の中に卵を産みつける。そして、やがて卵から孵ったハチの幼虫たちがイモムシを食い殺す」のだそうです。ということは、寄生バチがボラタイルで引き寄せられたのは、植物を助けるためではなく、あくまでも自分の卵をイモムシに産み付けるためであり、自分のためでしかないわけです。
 だから著者は、下に抜き書きしたように、自然界は「弱肉強食」、「適者生存」の世界であると、言い切るわけです。
 ちなみに、この本では、久しぶりにカードを13枚つくりました。それほどおもしろかったということです。
 もちろん、大好きな植物の話しだということもありますが、植物の単なる解説ではなく、植物の世界への切り込み方がユニークだと思いました。そういえば、著者の本は、何冊か読んでいますが、たしかにいずれも興味深く読ませていただきました。
 下に抜き書きしたのは、「あとがき 戦いの中で」書かれてある文章です。ちょっと長い抜き書きですが、おそらく、ここにこの本で言いたかったことが凝縮されているように感じました。
 つまり、植物たちは、自分のことよりも相手の利益を優先し、その結果、他の生物と共存関係を築くことができたということです。このことは、自然の驚異のなかで暮らす今の人間にも、大変参考になることではないかと思いました。
(2015.10.16)

書名著者発行所発行日ISBN
たたかう植物(ちくま新書)稲垣栄洋筑摩書房2015年8月10日9784480068408

☆ Extract passages ☆

 自然界は「弱肉強食」、「適者生存」の世界である。
 もちろん、ルールも道徳心もない。すべての生物が利己的に振る舞い、傷つけあい、だまし合い、殺し合いながら、果てしなき戦いを繰り広げているのである。まさに殺るか殺られるか、仁義なき戦いがそこにはあるのだ。
 しかし、その殺伐とした自然界で植物がたどりついた境地は何だっただろうか。
 植物は菌類との戦いの末に、菌類の侵入を防ぐのではなく、共に棲む道を選択した。
 そして、昆虫との戦いの結果、花粉が食べられることを防ぐのではなく、花粉を狙ってきた昆虫に花粉を運ばせるという相利共生のパートナーシップを築いたのである。
 さらに動物との戦いの末に、子房の食害を防ぐのではなく、胚珠を守っていた子房を利用する方法を発達させた。そして、子房を肥大させて果実を作り、動物や鳥にエサとして与える代わりに種子を運ばせるようになったのである。
(稲垣栄洋 著 『たたかう植物』より)




No.1146 『和菓子のアン』

 この文庫本を最初に見たのは、東京の大型書店で、どさっと平積みになっていたときです。そのときの第一印象は、文庫本でも、こんなにたくさん積んでも売れるんだと思いました。もともと和菓子も好きなので、則買おうかと思ったのですが、こんなにもあるんだから、今読む本は買ってしまったし、自宅に戻ってからでも遅くはないと思いとどまりました。
 ところがそのまま記憶から飛んで行ってしまったようです。そして、次に手にしたときには古本屋で、だいぶ安くなっていました。つまり、あのようにたくさん売れれば、安くなるのも早いわけで、得したと思いました。
 読んで見て、私も和菓子好きだなあ、と再認識しました。書かれている隠語はわからなかったのですが、和菓子の銘とか作り方とか、和菓子を取り巻くさまざまを意外と知っていました。和菓子には物語があると思いました。そこで、改めて洋菓子と和菓子でどちらが好きかと思ったのですが、それはどちらも好きですし、では買う割合はというと、半々かな、と思いながら、冷静に判断すると、七対三ぐらいで、やはり和菓子のほうです。さらに通販だと、ほぼ十割、和菓子という結果でした。やはり、私も和菓子党のようです。
 では、この和菓子と洋菓子の違いはというと、この本では、「この国の歴史よ。この国の気候や湿度に合わせ、この国で採れる物を使い、この国の人びとの冠婚葬祭を彩る。それが和菓子の役目」と書いています。つまり、和菓子には日本のいろいろがつまっていて、洋菓子には、その国なりのいろいろがつまっているということみたいです。
 だから、「おめでたいときには、細工物の砂糖菓子や紅白のお饅頭。悲しいときには葬式饅頭。お仏壇に供えるのは、洋菓子よりも保存のきく干菓子や最中。」となるので、もともと冷蔵庫もなくて高温多湿の国なので、「和菓子は上生菓子でさえ常温保存が基本なんですよ。ま、今は保湿もできるから冷蔵ケースを使うところも多いですけどね」というわけです。たとえば、洋菓子のゼリーを夏にそのままにしておくと溶けるけで、寒天は溶けないでしょう、という会話がなりたつのです。
 そして、和菓子は俳句みたいなもので、「俳句は短い言葉でできた詩の中から、無限の広がりを感じることができる。でも知識がなくても言葉の綺麗さは伝わるし、知識があったらその楽しさはもっと広がる。ね、似てるでしょ?」というフレーズが出てきます。
 やはり題名が『和菓子のアン』ですから、和菓子がいかに美味しく楽しい世界かが随所に出てくるわけです。
 この本を読んで、いますぐ和菓子が食べたいと思わなければ、おそらく、和菓子党ではないでしょうね。そして、この本を読みながら、和菓子を何種類、何個食べたのかな、と思いました。そして、和菓子には、やはりお茶でなくては、その味がわからないようです。コーヒーを飲みながら羊羹を食べるなんて、とても考えられません。
 下に抜き書きしたのは、和菓子職人の考え方はとても柔軟で、洋風にでも作れると書いた部分です。私も、クリスマス茶会で「聖夜」という銘の上生をいただいたことがありますし、バレンタインにはそれらしい雰囲気の上生をもらったことがあります。でも、考えてみれば、和菓子っぽい洋菓子は、あまり見かけたことがありません。
 そう思っていたこともあって、和菓子こそがわが国の伝統的な文化だと思いました。
(2015.10.13)

書名著者発行所発行日ISBN
和菓子のアン(光文社文庫)坂木 司光文社2012年10月20日9784334764845

☆ Extract passages ☆

 和菓子職人って、なんて自由なんだろう。
 和洋折衷なんて枠を超えて、この国に広まっているものをモチーフとして生かす。そして現在ある材料を生かして、おいしいお菓子を作る。柿があれば柿を使い、苺があれば苺を使う、ただそれだけ。
 和菓子は自由でおいしくて、人生に色を添える。きっと外国にもその国なりのお菓子があって、様々な局面で人々のテーブルを彩っているんだろうな。
(坂木 司 著 『和菓子のアン』より)




No.1145 『深夜の赤信号は渡ってもいいか?』

 この本の『深夜の赤信号は渡ってもいいか?』という題名がおもしろそうで、選びました。
 では、自分ならもし山奥を深夜に歩いていて、横断歩道の信号が赤だったら、渡るのかどうか、と考えると、ちょっと自分でもわかりません。そのときの状況によっても、違うような気がします。だとしたら、この本では、どのように考えているのか、を知りたくなりました。
 副題は「いま使える哲学スキル」とありますから、いちおう哲学書であることは間違いなさそうです。イラストも載っていて、ちょっと読みやすそうでもあります。赤信号を渡るのと、哲学とはどのように結びつくのかと考えると、やはり興味がわきます。
 しかも、著者は駿台予備校では倫理、また大手予備校では日本史などを教えているそうで、なんかわかりやすそうな教え方をしそうです。
 だとしたら、いつやる、今でしょう、のノリで読み始めました。
 この本を一言でいうと、哲学の歴史書みたいなものです。つまり、古代からの哲学者の考え方などをイラスト入りで書いているからです。著者も「哲学の歴史は思考法の展覧会のようなもの」と「はじめに」のところで書いています。そして、これらのさまざまな思考法をツールにして、さまざまな問題を解くカギにしてほしいということです。
 たとえば、この深夜の赤信号は渡っていいのか、という問題にしても、道交法上は絶対にいけないということになります。でも、深夜で誰もいないのにそれでもダメなのか、というとそれはいかにも日本人だからそうするのではないかとも思えます。おそらく、フランス人やイタリア人なら、ほとんど考えもせずに渡ってしまいそうです。
 では、哲学者からどう考えるでしょうか。アテネのソフィストたちは、「法律は合意に基づいているものであり、自然発生したものではありません。でも人間の自然のあり方は変えることができないもの。」と考えます。つまり、「法は人々の合意によって成り立っているから、人々が気づかないところでは(山奥の深夜の横断歩道が赤なのに渡ってしまうことなど)、恥も罪もないということになります。」ということです。
 ということは、深夜の赤信号は渡ってもいいということです。でも、この考えをさらに推し進めていくと、「正義を貫くとバカをみる」ということにもなりかねないので、やはり問題はありそうです。
 このように、著者がいうように、「日常生活は哲学的判断の連続であり、誰もが自分の判断基準をもとに行動して」います。たとえば、「心の声が響くから(=理性、両親の声)、「みんながそうしているから(=共同体を意識)、「昔からそうしているから(=歴史的な流れ)、など、いろいろな自分なりの根拠で考えていることになります。
 でも、それだって、時と場合により、変化せざるを得ないのです。この本には、それらのたとえがたくさん載っています。それを読むと、たしかに判断するのが難しいこともあると思います。
 だからこそ、下に抜き書きしたように、哲学を「何についても考えることができる技術(スキル)」ととらえればいいのかもしれません。
 哲学の歴史も、その考え方も、とてもわかりやすく解説してあるので、ぜひ読んで見てください。
(2015.10.10)

書名著者発行所発行日ISBN
深夜の赤信号は渡ってもいいか?富増章成さくら舎2012年3月8日9784906732067

☆ Extract passages ☆

哲学とは「生き方の学問」という思い込みをなくして、「何についても考えることができる技術(スキル)」ととらえればよいのです。
 哲学が一つの思考の技術であるとするなら、それを多めにコレクションしておくに損はありません。
 なぜ過去の思考法をコレクションする必要があるのかというと、同じことを再び考えるという二度手間がはぶけるからです。
 2500年も前から、多くの哲人が残してきた文書のなかに、自分の思考法がすでに含まれています。
(富増章成 著 『深夜の赤信号は渡ってもいいか?』より)




No.1144 『漢字 面白すぎる博学知識』

 漢字は、いろいろな使い方があるだけでなく、読みや意味もその使い方によって変わってきます。あるいは、時代によっても、まったく違う意味に使われたりして、その漢字そのものの成り立ちなどにも興味がそそられます。そのようなものを集めたのがこの本です。
 題名になっている「博学」の「博」ですが、もともとは「広く苗木を土に植える」という意味だそうで、ここから「ひろい、ひろめる、おおきい」などの意味になり、博愛、博学、博識、などの言葉が生まれたといいます。ところが、この「博」が「搏」(うつ、たたく)と字が似ていることから、博打や賭博のように賭け事を表す言葉にも使われるのだそうです。ただ、少し字が似ているからと行って、博愛の「搏」が賭博に使われたのでは困りものです。
 このように、漢字は、とてもおもしろいもので、この本にはこのような実例がたくさん載っています。
 何気なく使っていますが、「革の鞄や靴」なども、この「革」の代わりに「皮」という漢字は使いません。というのは、鞄や靴の革は、動物の生の皮をなめして加工した後のものを使っています。つまり、革とは、皮についている毛や脂肪を取り去って柔らかくしたものなのです。だから革鞄や革靴なのです。
 あるいは、「風」という字を分解すると「凡」と「虫」になりますが、「凡」は帆船の帆の形を表すそうで、「虫」は古代の人々は風が虫を運んできたり、風が虫を発生させるエネルギー源だと考えていたことに由来するそうです。そういえば、暦では「啓蟄」という言葉を使いますが、春一番の南風が吹く頃には、冬ごもりの虫たちも地上に這い出してくるからということでしょう。この「凡」が帆船の帆だとは知りませんでしたが、帆に風を受けなければ帆船は前に進みませんから、それで使ったのではないかといいます。
 そういえば、よく「混ぜる」と「交ぜる」の違いがイマイチわからなかったのですが、「混ぜる」というのは2種類以上のものを一緒にして均質にすることで、「交ぜる」というのは溶け合わないまじり方をいうときに使うのだそうです。たとえば、コーヒーにミルクは混ぜるだし、幼稚園児の紅組と白組は一緒にするのは交ぜるだし、そういわれれば、はっきりと区別がつきます。
 下に抜き書きしたのは、「和」という漢字についてのことです。これは、今の政治状況では、とても大事なことのようです。平和、平和といいながら、逆の方向に進んでいるような気がするのは私だけではないと思います。
(2015.10.7)

書名著者発行所発行日ISBN
漢字 面白すぎる博学知識(KAWADE夢文庫)鈴木昭夫と日本語倶楽部 編河出書房新社2008年3月1日9784309496801

☆ Extract passages ☆

「和」という字は、「禾」(軍門に立てる標識の木の形)と「口」(祝詞を入れる器の形)を組み合わせてできている。「和」は、祝詞を入れる器を軍門の前に置いて、戦のない平和な状態にすることを神に誓うことで、ここから「やわらぐ、なごむ」などの意味になった。和解、和睦、講和、あるいは穏和、柔和、和気藹々など、「和」は最高の徳行を表す言葉とされている。
(鈴木昭夫と日本語倶楽部 編 『漢字 面白すぎる博学知識』より)




No.1143 『壁に耳あり』

 著者の本は、『「無償」の仕事』や『大往生』などを読んだことがありますが、いずれもおもしろかったです。この本は、たまたまブックオフで108円で売っていたので、買いました。10冊買っても1,080円ですから、本当にこれでいいのかと思ってしまいます。普通の本屋さんですと、2冊しか買えないのですが、10冊も買えるから、ちょっと得した気分です。ただ、残念なのは、出版されたのがだいぶ前ということで、これは仕方のないことでしょう。
 この本の内容は、裏表紙に「永 六輔氏が日本全国津々浦々で耳にした佳言、諫言、金言、贅言、放言……、さりげない言葉の数々」と書いていますが、それを順不同に並べたもののようです。中に大きな活字で印刷された言葉がありますが、自分で気に入ったものなのか、ただ強弱をつけたいだけなのか、はわかりません。
 今では、不穏当な表現や差別用語などもありますが、活字で読むのと、永六輔さんが語るのとでは、その印象がまったく違うと思います。それが話術の妙で、おそらくここに書かれているような内容を直接語りかけられれば、それはそれで納得できるかもしれません。
 おもしろいと思ったのは、ディズニーランドには自販機はありませんが、鏡もありませんという一節です。自販機は施設内でお金を使ってもらう戦略的なことでしょうが、鏡がないということは、「自分の顔と目があうと現実に戻っちゃうから」なんだそうで、まさかトイレにもないということはないでしょう。でも、ディズニーランドが仮想空間だということをこの一言だけで表現しているのですから、すごいことです。
 また、「いいですか。あなたの遺伝子には、あなたが死ぬことも、きちんとインプットされているんです。だから、ちゃんと死ぬんです」というのも、本当に当たり前のことですが、それを忘れているかのような人たちがいるから、はっきりというわけです。ただ、普通の人たちは、忘れているのではなく、忘れたようなふりをしないと生きていけないから、なるべく意識しないようにそっと生きていると私は思っています。
 この他にも、いろいろな言葉が載せられていますが、なるほどなるほどと思うようなものばかりです。
 機会があれば、読んでみてください。たった108円なんですから。
 下に抜き書きしたのは、必ずしも人気者がいいわけではないというたとえです。私も聞いたことがありますが、あの千円札の野口英世だって、アメリカ渡航前にやっと融通してもらった費用を豪勢に飲んで使ってしまったそうですから、なんともはや、です。だから、罰としてお札に顔写真が載せられたのかもしれません(笑)。
(2015.10.5)

書名著者発行所発行日ISBN
壁に耳あり(講談社文庫)永 六輔講談社2000年10月15日9784062649841

☆ Extract passages ☆

「人気の高い山頭火が、故郷の山口県防府に行くと、酔っ払いの乞食坊主として覚えられているのが面白いね。
 スターとか、有名人なんて、そんなもんだよ。そばで見ない方がいいんだ」

「美談をひろい集めてきて、立派な人にするのは簡単だけど、そりやメッキだからネ」
(永 六輔 著 『壁に耳あり』より)




No.1142 『三十六歌仙絵巻の流転』

 この本の副題は「幻の秘宝と財界の巨人たち」で、「佐竹本三十六歌仙絵巻」が大正8年12月20日に品川御殿山にあった益田鈍翁の邸宅で分割され、抽選で分けられたものが時代により人の手にどのように渡っていったのかを書いています。すごいと思ったのは、この切断され抽選された現場にいた関戸有彦さんを訪ねて話しを伺っているところです。
 でも、これだけの方々がよく快く取材に応じてくれたものだと感心しますし、スタッフの方々の苦労も感じられます。「おわりに」のところで、これらの取材に17年の年月がかかったとあり、NHKだからこそできたのではないかとも思いました。ある意味、経済界の人脈図のような雰囲気もあります。また、おごれるもの久しからずの諸行無常も感じられます。この本は本当におもしろかったです。
 この「佐竹本三十六歌仙絵巻」上下二巻を切断する前に、当時の古筆の第一人者であった田中親美が模写本を百組制作し、最初の持ち主になった37人の他に、天皇・皇后両陛下や主な皇族方に献上され、帝室博物館やアメリカのメトロポリタン美術館や大英博物館にも寄贈されたそうです。この模写本には最初の所蔵者37人の名前も記載されているので、そこから追跡を始めたと書かれています。
 全体でも大きな歴史を感じますが、37点ひとつひとつにも大きな物語を感じます。
 最近では、個人で持つより法人で持つほうが多くなっているそうで、しかもそれが法人化された美術館に所蔵されると、法律で定期的に展示、公開が義務づけられているそうです。でも、この絵巻物を訪ね出会った軸を見ると、個人蔵のものと比較してあきらかに痛んでいるといいます。それは度重なる出し入れや照明になる影響もあります。たとえば、小野小町を持っている藤木さんの場合には、「暗い蔵の中ばかりでは寂しゅうございましょうから、四季折々風通しの意味もあって、私とこうして半日ほど向かい合ってお過ごしいただくことにしています」といいますから、とても大切にされているのがわかります。個人蔵がすべてこのような扱いではないでしょうが、高いものだから大切にするというより、好きだから大切にして次の世代に伝えていくという意味合いのほうが強いように思いました。
 それでも、37点に分割されたものが最初の所有から変わらなかったのがたったの4点のみで、後は併せて150人以上の手を渡っているそうです。やはり、なんとも数奇な運命なのかと思わざるを得ません。
 下に抜き書きしたのは、この「佐竹本三十六歌仙絵巻」を持っている経営者のところを訪ねると、なぜか信仰心のある方が多いと感じたところの部分です。たしかに、経営者は最後の決断をしなければならないのですから、孤独だと思います。
(2015.10.4)

書名著者発行所発行日ISBN
三十六歌仙絵巻の流転(日経ビジネス人文庫)高嶋光雪・井上隆史(NHK取材班)日本経済新聞社2001年6月1日9784532190584

☆ Extract passages ☆

 それにしても、松下さん、ミツカンの中埜さん、そしてこの高野さんとなぜか神棚がついてまわる。ワンマンといわれる人ほど神頼みをするのだろうか。それとも立志伝中のこの人たちにもやはり、人為で計りがたい何かがあるのだろうか。重大な決断をいつも一人で下さなければならない孤独な経営者の心のひだを垣間見た気がした。
(高嶋光雪・井上隆史(NHK取材班) 著 『三十六歌仙絵巻の流転』より)




No.1141 『シンメトリーな男』

 著者の本は、日高敏隆氏との共著「ワニはいかにして愛を語り合うか」を読んでいますが、とてもおもしろい視点から書いていると思います。そういう意味では、この本もとてもおもしろく、やはりそうだったのかと思い当たる箇所がいくつかありました。あるいはまた、自分の何気ない思いが、ほんとうは生物的な遺伝子的ないろいろな因子で動かされていると感じました。
 著者が「男の価値は見てくれで決まります」とあまりにも直接的に言われると、ちょっと残念なような気もしますが、この本を読めばたしかにそうかな、と思ってしまいます。まあ、男だけでなく女だって、ある意味、見てくれが良くなければ、いや、シンメトリーでなければもてないんでしょうからねぇ。
 この「シンメトリー」というのは、1990年代の動物行動学の一大トレンドだそうで、正確には「動物の体の一部分(たとえば手とか足、翼、鰭、耳、目など左右でワンセットになっているもの)について、それらの完全な左右対称からの、ランダムで微妙なずれ」という定義です。だから正確にはfluctuating asymmetry(FA)というのだそうです。
 それより、なぜシンメトリーな男が問題かというと、彼らはルックスがよく、真に賢い、不良で、女性からもてるのだそうです。この世の中にはもてる男はそれなりにいると思うのだけど、それだけではなく、人気があり、人望があり、実社会で成功する男。そして何よりも繁殖の世界で成功する男、なのだそうです。
 つまり、この本は、なぜシンメトリーな男がもてるのかということを解き明かすのです。しかも、様々な学説を紹介しながら、あくまでも科学的手法で解明するのです。その道筋がおもしろいのです。世の中には、こんな研究をしている学者がいて、それが一流の「ネイチャー」誌に載るのですから、楽しくなります。
 たとえば、1970年5月に匿名で「男のヒゲの伸びに及ぼす性行動の影響」という題名の論文が載ったそうです。彼は灯台守で、離れ小島にいるときにはヒゲがあまり伸びないのに、明日は本土に戻るという日や戻る当日、あるいはその翌日になるとどうも急にヒゲが伸びるような気がしたそうです。そこで、1日1回、決まった時間に電機髭剃りできれいに剃り、そのヒゲを回収して重さを計ったそうです。すると考えていた通りの結果が出たそうですが、本土の女としばらく一緒にいるとヒゲの伸びはにぶってくるそうです。つまり、しばらくぶりに女に会えるという期待とともにヒゲが伸びるのだといいます。そのヒゲの伸びを調節するものが男性ホルモンではないかと考え、次にその男性ホルモンの量を測ったのだそうです。
 でも、このような論文が権威ある「ネイチャー」誌に載り、世界の研究者が見ているわけですから、ちょっと滑稽なような気もします。
 この本の中には、これ以上におもしろそうな論文が「ネイチャー」誌に載ったのをいくつも紹介しています。もし、この手のことを知りたければ、ぜひこの本を読んでみてください。
 下に抜き書きしたのは、このような女にもてるシンメトリーな男に弱点はないのか、ということから書いたもので、つまりは「中年期の危機」についてです。
 これを読んで、すべての男に弱点のないのはいない、と思いました。もちろん、おそらくは、女も同じだと思います。
(2015.10.2)

書名著者発行所発行日ISBN
シンメトリーな男(新潮文庫)竹内久美子新潮社2012年9月1日9784101238159

☆ Extract passages ☆

 そもそもシンメトリー男は、実に危ない綱渡りをしているのである。彼は顔の良さや筋肉質であることなど、とにかく自分がシンメトリーであることをアピールするために大量のテストステロンを分泌する。するとテストステロンは免疫力を抑制。それを彼本来の免疫力によってなんとかカバーし、なだめ続けているのである。
 そのバランスが崩れるときがある。中年期だ。免疫力は衰えてきているのにテストステロンは依然として多量に分泌され続けている。それはもはや自身の免疫力では支えきれないものかもしれないのだ。……それはこういうことではないかと思うのである(いわゆる男の厄年、42歳というのは、男は誰でも大なり小なりこの、テストステロンと免疫力との均衡が崩れるときがある、それが数えで42歳くらいだということなのだろう)。
(竹内久美子 著 『シンメトリーな男』より)




No.1140 『大人げない大人になれ!』

 この本は、秋葉原のブックオフで買ったものですが、そういえば秋葉原も大人げない街かもしれません。以前はパソコンオタクが多かったのですが、最近はアニメオタクのほうが多いようで、私の東京で泊まるホテルも「レム秋葉原」から別なエリアに変更しました。
 そんなことはどうでもいいのですが、この本を読んで、ほんとうにここに書かれていることができるかどうかといわれれば、その人の個性としかいいようがないと思います。やはり、急に「大人げない大人」にはなれないし、徐々にその方向に進むことができるかもしれませんが、最後はやはり個性です。
 第1章は「大人げなさが求められる時代がきた」、第2章「大人げないとはどういうことか」、第3章「やりたいようにやればいい」、第4章「大人げなく楽しく生きる方法 実践編」、第5章「大人げなさを取り戻すための本棚」です。
 今、第5章をまだ読まずにこれを書いていますが、書きながら読んだもいいと思っています。そのほうが現在進行形のおもしろさがありそうです。
 ここまで読んで、たしかに大人げなさが求められる時代かな、と思いますが、ではみんなが大人げない大人になってしまったら、それはそれでそれで困るのではないかと思いました。たしかに言うことはわかります。どちらかというと、私も大人げないような傾向がありますから、その通りだと思いますが、たとえば「目標をもってはいけない」といわれても、現実には目標を持たないと動き出せない人たちもいるわけです。あるいは、「期限ぎりぎり体質は悪くない」といわれても、普通の人だったら毎回期限に遅れたら必ずペナルティはあるはずです。もちろん、できることもあり、たとえば「寄り道をしてゴミ探し」などは、楽しそうです。
 そう考えれば、できることもあり、できないこともありでしょうが、大人げなくできることがあれば、できたほうがいいでしょう。
 下に抜き書きしたのは「我慢なんてしなくていい」に書かれていたことですが、たしかに限りある人生のなかで、我慢ばかりしていては何のための人生かと考えてしまいます。でも、我慢の先に楽しさがあるかもしれませんから、我慢も大事だと思っています。昔は9という数字は縁起の良い数字だったそうです。つまりは、苦を乗り越えて楽を得る、からです。最初から、あまりにもお手軽に手には入ったら、おもしろくもなにもありません。
 ちょっとは我慢して、たくさんの楽しみを見つけられれば、とてもいい人生というものです。私も我慢ばかりでなく、好きなことをたくさんしてみたいと思いました。アレッ!
(2015.9.30)

書名著者発行所発行日ISBN
大人げない大人になれ!(新潮文庫)成毛 眞新潮社2012年12月1日9784101383118

☆ Extract passages ☆

 偉大な功漬を残してきた事業家や芸術家には、小さな頃に身体が弱かったり、死にそうになった体験をした人物が数多くいる。たとえば、これまでにプラモデルオタクとしても紹介したアニメーションの大家、宮崎駿も生まれつき身体が弱く、医者には20歳まで生きられないと言われたそうである。彼は、このことが後の創作活動に影響を与えたと語っている。
 また、ソフトバンクの孫正義も、26歳のときに大病を患い、余命5年という残酷な宣告を受けたそうだ。奇跡的にこの病気は完治したのだが、このときから、究極の自己満足は人のためになることだと考え、それを追求していくことになる。
 こうした経験を持つ人たちは、死に直面する中で、本気で自分自身と向き合う機会を得た、ある意味で幸せな人なのかもしれない。短い人生のなかで無用な我慢をしているヒマはなく、やりたいことをやると決意したのだと思う。
 もちろん、彼らのような経験のある人はそれほど多くないだろう。しかし、自分のやりたいことに向き合うことは、誰にでもできることである。あなたが今強いられている我慢は、本当に必要なことなのか。この点をよく考えてみてほしい。
(成毛 眞 著 『大人げない大人になれ!』より)




No.1139 『なぜ、パンダは逆立ちするのか?』

 今年の5月、中国四川省の成都に行ったときに、帰国する前日にパンダ繁育基地というところにまわってきました。その施設の一画で3匹のパンダが遊んでいたのですが、ただ絡み合って遊んでいたようにしか見えませんでした。先日、この本を見つけたので、題名だけで選んでしまいました。副題は「愛すべき動物たちの面白すぎる習性」です。
 でも、本題の『なぜ、パンダは逆立ちするのか?』の答えは、たったの7行しか書いてなくて、なぜこれが本の題名になったのかと思いました。ちなみに、「ジャイアント・パンダは、異性の気を引くために、木ににおいをつける。メスは地面の近くに排尿してにおいを残す。これに対して、オスは木の幹に排尿したり、肛門腺をこすりつけたりする。オスは、自分の健康状態の良さと生殖能力の高さを示すために、できるだけ高いところに分泌物を残そうとする。方法は4つあって、そのうちの3つは、しゃがむ、うしろ向きにこすりつける、両足を持ち上げる、という簡単な体勢でできるものだ。が、特に精力的なオスは、できるだけ木の高いところににおいを残すために、4つめのより難しい体勢逆立ちでこすりつける。」です。つまり、精力的なオスのパンダは、逆立ちするというわけです。
 この本は、このように動物たちのおもしろい習性を、このように短い言葉で次々と紹介していくので、どこから読んでもいいし、とこで休んでもいいので、とても気楽に読めます。
 今年は未年ですが、昨年の3月にニュージーランドに行きたくさんのヒツジたちを見てきたのですが、ほとんど集団でいました。この本では、ストレスを受けたヒツジを落ち着かせるためには、他のヒツジに引き合わせるのが一番だそうです。でも、ヤギも似ているからといっても、やはりヤギではダメなんだそうです。たしかに、思い出しても、ヒツジのまわりにはヒツジしかいませんでした。
 来年は申年ですが、このサルに関してもおもしろいことがたくさん書いてあって、たとえば、サルは階級社会ですが、下位のサルほど薬物に依存する傾向が強いそうです。考えてみれば、ボスザルはいつも言いたい放題したい放題ですからあまりストレスは溜まりませんでしょうが、下位のサルはみんなにいじられるのでストレスは溜まりそうです。
 また、サルの話しですが、タマリン属のメスザルはいい父親に魅力を感じるらしく、それを知っているオスザルは見初めた相手に育児がうまいことをアピールするために小ザルを連れ歩いたりするというからすごい策略です。
 またまた、サルの話しですが、熱帯地方に生息するオスザルの場合は子どもが生まれるとすぐにメスザルを捨てるのが多いそうですが、気温の低い地方に生息するオスザルの場合には、メスザルのそばにとどまり、子育てを手伝うことが多いそうです。著者は、「寒冷地における生存率の低さが関係しているのではないか」と書いています。
 ということは、人間の場合も、北国に住む人たちのほうが優しさがあるようにも思うのですが、ちょっと強引な引っ張りのような気もします。
 このようにサルだけでもいろいろと面白い話しが載っているのですが、この他にも343ページにわたって書いてあります。
 下に抜き書きしたのは、アリは庭師でもあるという話しです。ハキリアリはキノコを育てて食料にするとは知っていましたが、まさか除草剤(蟻酸)を使うとは知りませんでした。
(2015.9.28)

書名著者発行所発行日ISBN
なぜ、パンダは逆立ちするのか?(ソフトバンク文庫)オーガスタス・ブラウン 著、対馬 妙 訳ソフトバンク・クリエイティブ(株)2008年2月29日9784797342598

☆ Extract passages ☆

 アリは自然界屈指の園芸家として知られている。彼らは五千万年ものあいだ、好物のキノコの世話をつづけ、それを通じてさまざまな仕事を学んできた。
 たとえば、ハキリアリは草むしりをする。必要な食用キノコがよく育つようにするためだ。彼らは取りのぞいた草を、堆肥をつくるかのようにひとところに集めて、キノコ畑をきれいにする。
 また、自分たちの畑を守るために、さまざまな農薬を生み出してきた。抗生作用のあるバクテリアを体に具わったポケットに入れて持ち運ぶアリもいる。そのバクテリアには、キノコの収穫に壊滅的な被害をもたらす寄生虫の発生を抑える働きがある。さらに、邪魔な植物を枯らす除草剤もつくりだしている。
 アマゾン川流域に生息するアリのなかには、自分たちの庭を一種類の木しか育たない状態(地元の人びとからは"悪魔の庭"と呼ばれている)にしてしまうものがいる。彼らは庭をきれいに保つために邪魔な植物に自家製の除草剤――蟻酸――を吹きかけている。
(オーガスタス・ブラウン 著、対馬 妙 訳 『なぜ、パンダは逆立ちするのか?』より)




No.1138 『なりたい自分になれる、ちょっとした方法』

 前回と同じ出版社の文庫本で、同じような企画だと思います。研究会が研究班になったというより、この本のほうが7年も前に出版されたものですから、この企画ものは好評だったようです。
 この本では、プレゼンの上手い人になるには、「序章―本論―結論」という論理的流ればかりよりは、「結論―序論―本論」というのもいいのではないか、と書いてます。そこで今回は、抜き書きしたところからいいますと、退屈な毎日ほどイヤなものはない、というものです。この実験はカナダのマクギル大学やアメリカのプリンストン大学でおこなわれた心理実験で、「無刺激教室の実験」と呼ばれているものだそうです。これを読んだだけで、毎日、目の回るような忙しさであっても幸せだと思ってしまいます。
 やはり人は、忙しい忙しいと言っているうちが花で、毎日が日曜日ではイヤになります。だからこそ、この本の最後のところで、「クリエイティブな人になる」の項を取り上げ、仕事と遊びの両立を提示していると思います。つまり、昔からいわれている「よく学び、よく遊べ」です。
 さて、結論めいたものから書き始めましたが、いろいろと『なりたい自分になれる、ちょっとした方法』が書いてあり、たとえば自信の有無についても興味深い実験に触れていました。それは、アメリカのケース・ウェスタン・リザーブ大学のM・ムラビン教授は、被験者を3つのグループに分け、それぞれに次のような訓練を課したそうです。
 ・第1グループ ―― 椅子に座るときは、つねにきちんと背を伸ばす。歩くときも、背筋を伸ばして胸を張ることを忘れない。
 ・第2グループ ―― できるだけ明るい気持ちで毎日をすごす。
 ・第3グループ ―― とくに何もしない。
 この訓練を2週間続けてから「自信の増加率」を調べると、第1グループだけが自信が飛躍的に高まったのだそうです。この本では、古武術研究家の甲野善紀氏の武術の世界における「心身一如」という概念は、もともとは「身心一如」だったという考えを紹介しています。つまり、身体が心を引っ張っていくということで、テニスの「ラケット・アップ」というコンセプトも紹介しています。これはテニスのプレーヤーは敗色が濃厚になってもけっしてラケットを下に向けないということだそうです。もしもラケットをだらりと下げれば、相手はその意気消沈ぶりを見て、ますます勢いに乗って攻めてきます。だからたとえ窮地に立ったとしても絶対にラケットのガットを顔の横にかかげているのだそうです。
 なるほど、ますます「身心一如」かもしれない、と思います。
 この他にも、ストレスはたまった洗い物やゴミと同じようなもので、たまればたまるほど、処理しづらくなるといいます。だから、ストレスに強い人というのは、「少し溜まったストレスを、そのつど処理していく法を心得ている人」と言い換えたほうがより正確だと書いています。
 このような例が次々と解説されていますから、もし、もっと知りたい方はぜひ読んでみてください。まさに目から鱗のようなものがたくさん見つかると思います。
(2015.9.25)

書名著者発行所発行日ISBN
なりたい自分になれる、ちょっとした方法(KAWADE夢文庫)ヒューマン・ライフ研究会 編河出書房新社2006年2月1日9784309496040

☆ Extract passages ☆

 カナダのマクギル大学やアメリカのプリンストン大学で行なわれた心理実験に、「無刺激教室の実験」というものがある。防音のよくきいた壁、ほどよく暗くした照明、クッションのきいたベッド。そんな安楽な環境に、被験者を招待する。被験者は、その心地よい部屋でベッドに寝転がる。実験者の要求は、「いたいだけ、そこにいてください」ということだけだ。バイト代も、ハンバーガーショップやガス・ステーションで働くよりもはるかに高額である。
 被験者は、こんなおいしいバイトがあるものかと、1週間、いや10日ぶんのバイト代を計算してクッションのきいたベッドに転がる。ところが――。
 実験の結果は、ほとんどの被験者が、2日以上はその部屋にとどまっていられなかった。つまり、被験者たちは、安楽とひきかえに提供された「まったく変化のないことへの退屈」に耐えられなかったのだ。この実験結果が物語るのは、人間が、刺激のない退屈さから強いストレスを受ける動物であるということだ。
(ヒューマン・ライフ研究会 編 『なりたい自分になれる、ちょっとした方法』より)




No.1137 『脳内ホルモンで幸せ気分を手に入れる本』

 脳内ホルモンって何だろう、という気持ちからこの本を読み始めましたが、それだけで幸せを感じられればそれもいいなあ、と思いました。何冊か脳に関する本も読んでいますが、すべてのことを脳が判断しているわけですから、やはり脳はとても大事だと思います。病も気からといいますし、幸せを感じることも気持ち次第なのかもしれません。まずは読んでみなくてはと思います。
 あることをして、またそれをやりたいと思うのは、一種の快楽を感じたからで、そのときに活性化するのがドーパミンという神経系で、それを報酬系と呼ぶそうです。この本では「ある行為をした際に、ドーパミン神経から分泌されたドーパミンによって快楽を感じることで、脳にその行為を再び行ないたいという意欲が生まれる。ドーパミンは脳にとって、これ以上はない快楽をもたらす報酬なのだ。そして、脳はもっと大きな快楽を得ようと努力するようになる。こうした報酬系の学習サイクルは、人間も含めて動物が、自分が置かれた環境に適応し、生きていくために絶対に必要、欠かせないものだ。」と説明しています。
 また、このドーパミンが不足してくると、パーキンソン病になりやすくなるそうです。しかも、このドーパミン神経は、10歳年をとるごとに10パーセントずつ減少していくといわれています。つまり、年をとるとパーキンソン病になるのは仕方のないことのようです。また、タバコや覚醒剤などの中毒にもこのドーパミンが関係しているといいますから、なかなかのものです。
 あるいは、精神的に緊張していたりリラックスしていたりするのは、交感神経と副交感神経との関わりが指摘されています。つまり副交感神経が優位だと、血管が拡張し、血圧が低下し、心拍数が減少します。そして体温も低下し、唾液分泌が促進され、毛穴が拡張し、胃腸の働きが促進されます。これがリラックスモードの特徴だそうです。
 ところが、この交感神経と副交感神経がうまくバランスがとれないと、さまざまな問題が出てきて病気にもなります。それの改善のために、編者は「爪もみ」などのやり方を紹介しています。じつは、この「爪もみ」のやり方を別な本でも読んだことがあります。簡単な方法ですし、1日に1〜2回程度ですから、やってみても損はないでしょう。
 また、苦痛やストレスを緩和するための脳内麻薬ともいわれるβエンドルフィンが、トウガラシを食べると出ると知り、びっくりしました。その理由は、「どのようなメカニズムで、心地よさを感じるかというと、カブサイシンを摂取するとまず、カブサイシンが受容体にくっつく。その受容体からは神経シグナルが発せられ、それが脳を刺激することで、ノルアドレナリンやβエンドルフィンが放出される。」と説明していました。
 下に抜き書きしたのは、睡眠と覚醒のリズムに関係しているセロトニンの項に書かれていたことで、このセロトニンは睡眠中は休止しているのですが、朝になって朝日を浴びることによって分泌されはじめ、ノルアドレナリンやドーパミンの働きをコントロールしながら、精神を安定させるのだそうです。つまり、朝日を浴びることがいかに大切かということなので、ぜひ読んでみてください。
(2015.9.23)

書名著者発行所発行日ISBN
脳内ホルモンで幸せ気分を手に入れる本(KAWADE夢文庫)ライフ・サイエンス研究班 編河出書房新社2012年12月1日9784309498560

☆ Extract passages ☆

 私たちの体は概日リズム(サーカディアンリズム)に従って機能するようにつくられている。体には体内時計があるが、どういうわけか、一日25時間にセットされている。自然の一日24時間とは1時間の誤差がある。
 その誤差をどうやって埋めるかというと、朝、目に太陽の光の刺激を受けることで、体内時計のスイッチがリセットされるようになっている。一日24時間周期に修正しているのだ。
 だから、朝日を十分に浴びなかったり、日の当たらない部屋に一日中閉じこもっていると、一日の生活リズムがどんどんズレていくのである。その結果、夜型の生活になったりする。
(ライフ・サイエンス研究班 編 『脳内ホルモンで幸せ気分を手に入れる本』より)




No.1136 『チーズと塩と豆と』

 著者が角田光代、井上荒野、森 絵都、江國香織ということは、各人の短編を集めて1冊の本にしたということです。角田光代は「神さまの庭」、井上荒野は「理由」、森 絵都は「ブレノワール」、江國香織は「アレンテージョ」です。なぜ『チーズと塩と豆と』という題名なのかは書かれていませんが、4人の直木賞作家がヨーロッパの国々を訪ねて描くと裏表紙にあり、「愛と味覚のアンソロジー」ということだそうです。
 でも、この「本のたび」は書評するところでもないし、ただ自分がおもしろいと思った本を紹介するだけなので、みなそれぞれにおもしろかったのですが、今回は森 絵都の「ブレノワール」を取り上げたいと思います。その理由はこの4人の小説の題名でわからなかったのが、「ブレノワール」だったからです。これは小説のなかの最後の方でわかるのですが、「プレ」というのは小麦粉のことで、「ノワール」というのは黒色ということだそうで、「もしかしたら小麦粉に黒色をしまぶしたような粉が穫れるため、愛称的に黒麦と呼ばれだしたのが発端かもしれない」と書いてます。もともと小麦はイネ科ですし、黒麦はタデ科ですから、ほとんど似ていないのです。
 でも、この小説では、似ても似つかない母と息子が、実はそうではなく、夫を亡くした母がその息子を守るためにそうせざるを得なかっただけで、本当はよく似た母と息子だったというわけです。その、どんでん返しが絶妙でいいクライマックスでした。そして、この黒麦という植物としての性質の扱いもよかったと思います。それを「麦の穂が風を受けて織りなす優雅な波のような、あの整然とした美しさはここにはない。一葉一葉が勝手に陽を浴び、思い思いに風に吹かれてざわざわ踊っている。その奔放な躍動に命の力が成り、むせかえらんばかりの生気を発散する。まるで手を伸ばせば伝わってくる確かな熱のような。」と表現しています。これで、どのような植物かの雰囲気もつかめると思います。おそらく、世界中には、その地域だけで栽培されている食料はたくさんありそうですから、このように小説の主題にとりあげてもらえれば知名度も上がり、少しはそれを栽培してみようかと思う農家だっているかもしれません。
 そういえば、スローフードの流れもあります。この流れは、あまりにもファストフードに行き過ぎたことをきっかけに、1986年にカルロ・ペトリーニ現スローフード協会会長らを中心として生まれたもので、地域の伝統的な食文化や生活の質の向上を目指す世界運動です。
 この米沢市の雪菜や長井市の花作ダイコンなども、世界的に残したい伝統野菜に選ばれています。
 下に抜き書きしたのは、その黒麦畑を母から譲り受けて今栽培しているギスランさんが母の息子ジャンに話しているところです。この言葉で、いままでのことがすべてわかるのですから、大事な場面です。
 この「本のたび」では、あまり小説を扱わないのですが、ちょっと暇つぶしのつもりで読んだのがおもしろかったので、ぜひ紹介したいと思います。小説ですから、種明かしをしてしまっては興味をそいでしまいそうですが、これだけは抜き書きさせてください。
(2015.9.21)

書名著者発行所発行日ISBN
チーズと塩と豆と(集英社文庫)角田光代、井上荒野、森 絵都、江國香織 著集英社2013年10月25日9784087451221

☆ Extract passages ☆

「こう言っちゃなんだがね」。ギスランさんが声を落とした。「バロウ家で居候生活を始めてから、アネットは苦労したと思うよ。農園で汗する傍ら、信心深いローランたちに合わせて足繁く教会へ通って、一家の習わしにも従って。そうして彼らに同化することで、一人息子のあんたを守ろうとしたんじゃないのかな。あんたがバロウ家の人々に受けいれられるように」
 僕は息を止めた。まるで一瞬、静かに死んだように。
「僕のために?」
「もうひとつ……、一度だけアネットが私に洩らしたことがある。この世で一番怖いのは息子に死なれることだ、と。ルネを若くして亡くしたアネットは、いつだって死の影に怯えていた。その影からあんたを守るためならば、どんな迷信にだってすがりつく気でいたんじゃないのかな」
「…………」
(角田光代、井上荒野、森 絵都、江國香織 著 『チーズと塩と豆と』より)




No.1135 『イギリス人の格』

 前回の『イギリス人はおかしい』とは、まったく逆のような立場から書いてありますが、著者の名前だけは同じというのがちょっと興味をそそりました。私的に考えれば、『イギリス人はおかしい』というようなイギリス人もいるでしょうし、この『イギリス人の格』のようなイギリス人もいるということでしょう。
 この副題は『「今日できること」からはじめる生き方』で、副題を見ただけでもその本のとらえ方の違いがわかります。
 全部で第8章まであり、第1章は「気持ちが軽くなる「お金は使うためにある」というポリシー、第2章「ヤル気が出ないと悩むより、新しい働き方を考える」、第3章「年齢制限なしの恋や結婚で生涯幸せになる」、第4章「メニューや味より土にこだわる健康観」、第5章「旅行や買い物より、わが家での楽しみ方を知る」、第6章「生涯現役はこうすれば実現できる」、第7章「外国人が日本を再建する」、第8章「どんなことでも地道にやれば結果が出る」、です。こうして書き出してみると、どれがイギリス人らしさなのかはわかりませんが、第1章に出てくる「家を作ることは人生を作ること」というイギリス人の考え方は実感したことがあります。
 これは昨年7月にケンブリッジ大学の植物園にまわったときのこと、ある方のお宅に招待され行ってみると、まさにおとぎ話に出てくるような雰囲気のある家でした。屋根は独特の丸みのある草屋根で、壁は土壁のようでした。中に入ってみると、中世の農家の居間にでも紛れ込んだかのような感じでした。彼は、この家で一番古い木はこの梁でというときの誇らしげな様子は、やはりイギリス人だなあ、と思いました。聞くと、リタイアする前からだいぶ探し続けてここを買ったということで、この場所とのつながりはなかったそうです。つまり、ここは自分の趣味の野鳥観察ができて、住んでみたい家があったからこの地に決めたということです。食事を外でいただき、デザートだけは自宅ということで戻ると、自宅内で穫れたラズベリーをガラスの器に盛って出してくれました。ケーキの上に載せたような2〜3粒のラズベリーではなく、アイスクリームを盛るような皿に20〜30粒もです。おそらく、私たちが来るということで、朝摘みして冷やしておいたものでしょう。その手間暇と優しさもいっしょにいただいたような気持ちになりました。そのときの紅茶のおいしかったこと、今でも覚えています。今まであまり紅茶を飲まなかったのですが、イギリスから帰るときに たくさん買ってきました。このイギリスへの旅で、イギリス人の植物とのつきあい方や生活そのものをいろいろと学んできました。
 だからということもあり、この本に書いてあるイギリス人の考え方がわかります。できるとかできないということではなく、できるように今から一歩ずつでも歩こうということです。まさに園芸好きの国民です。今、種をまかなければ花は見られないということです。この本の中にも出てきますが、「彼らの一人遊びのポイントは、作ること、調べること」だそうです。これらは、一人でもできますし、いつでも時間さえあればできることです。なにがなければできない、という世界でもありません。
 下に抜き書きしたのは、実話を映画化した「グリーンフィンガーズ」の話しです。イギリスはやはりガーデニングの国だと思いながら、その1つの舞台になったハンプトン・コート。パレス・フラワーショーのことを思い出していました。
(2015.9.19)

書名著者発行所発行日ISBN
イギリス人の格(集英社文庫)井形慶子集英社2009年4月25日9784087464313

☆ Extract passages ☆

「グリーンフィンガーズ」というイギリス映画がある。エッジフィールド更生刑務所の受刑者5人が、「もう囚人には飽き飽きだ。俺ら庭師になろうぜ!」と、刑務所内の庭園作りを始める実話に基づいた映画だ。
 紆余曲折の末に作った所内の庭が認められ、彼らは近隣のマナーハウスの造園をまかされる。そしてついにはエリザベス女王が総裁を務める200年以上の歴史を持つ王立園芸協会から、ハンプトン・コート・パレス・フラワーショーヘの出場資格を与えられるのだ。
 受刑者と豊かな暮らしの象徴であるガーデニングの組み合わせ。社会復帰訓練の庭仕事によって命を育てる喜びを知った彼らを、映画はグリーンフィンガーズ天才庭師と呼んだ。
 フラワーショーで受刑者らが完成させた見事な庭に感嘆した女王は、彼らに謁見を許す。
 エリザベス女王は言った。
「イギリスはガーデニングの国。これほど人を選ばず、愛される職業はない」
(井形慶子 著 『イギリス人の格』より)




No.1134 『イギリス人はおかしい』

 副題が「日本人ハウスキーパーが見た階級社会の素顔」で、たしかにハウスキーパーをしていればイギリス人の性格や生活がストレートに見えてくるだろうなと思いました。見たことはないのですが、「家政婦は見た」というようなものです。
 昨年7月、イギリスに行ったのですが、なるべく地下鉄やバスに乗ったりはしたのですが、あまりイギリスの人たちの生活までは触れることができませんでした。それでも、ハイクラスの午後のお茶に招待されたり、食事をごちそうになったりはしたのですが、それでもほんの少しです。目的がキューガーデンやハンプトンコートのフラワーショーとか、ケンブリッジ大学やオクスフォード大学の植物園なのですから、ある意味仕方のないことですが、心残りでもありました。それがこの本を見つけ出すきっかけになりました。ちょっと古いしと思いながら読んだのですが、とても臨場感があり、やはりこれが現実のイギリスかな、と思いました。もちろん、単行本は1998年1月出版ですから今とは少し違うとは思いますが、文庫本化するときに最近の話題を大幅に加筆してあると書いてますから、ちょっとはいいようです。でも、今から15年前のこととして考えて読まなければと思いました。
 そういえば、ある植物園でいかにもイギリスの貴族階級らしき人と会ったのですが、この本に出てくる長身でブロンドで、しかも英語の発音がどもるというか小声で話されて、とても細身でジェントルマン然としていました。また、紅茶の飲み方がゆったりしていて、物腰も柔らかそうでした。これはとても貴重な経験になりました。
 この本の中でも出てくるのですが、「私は英国人のことを、北極の白熊さんと呼んでいる。色が白くて体が大きいだけで、知恵のほうはさっさとまわらず動きが鈍いのでは、北極の白熊と大差ないではないか。」といい、ここ以外でも白熊さんというのが出てくるので、相当そういう思いが強かったのではないかと思いました。この後のページでやはり白熊さんという表現が出てきて、そこでは日本人は蟻だといい、それでも白熊よりは蟻の方がいいといいます。
 だから、イギリス人がきらいなのかなと思うと、ある一部の人たちがきらいだということが、この本を読むとわかります。それは、おそらく、ハウスキーパーという仕事をしなければわからなかったことで、単にイギリスの観光地を訪ねて、その上っ面を見ただけではこのような言葉は出ないです。そして、イギリスをある意味、盲目的に羨望の眼で見る人たちに警鐘を鳴らすことになります。また、この本の存在意義もそこにこそあるように思います。
 この本で初めて知ったのですが、島原半島のキリシタンが迫害され、蜂起した島民が惨殺されたことがありました。その時、オランダが幕府に武器弾薬、大砲などを提供したということです。つまりキリシタンを殺すとわかっていて、商売をしたわけです。天草の島民は刀や槍で戦い、幕府はオランダの近代兵器で攻めたということです。これでは勝ち目はまったくありません。キリスト教を布教しておきながら、そのキリスト教信者たちを見殺しにしたわけですから弁解の余地はありません。
 つまり、国と国との諍いや戦争に正論はないということです。でも、この話しをしてくれたというオランダの説教師はすごいと思いました。
 下に抜き書きしたのは、日本人と欧米人の根本的な違いについてです。
(2015.9.17)

書名著者発行所発行日ISBN
イギリス人はおかしい(文春文庫)高尾慶子文藝春秋2001年2月10日9784167123093

☆ Extract passages ☆

 欧米人と私たち日本人は昔から根本的に違っている。私たちは社会道徳を知っているが、彼らが怖れるのは神からの罰である。だから、もう、神を怖れなくなると怖れるものがなくなるので、道徳もへったくれもなくなり、罪を犯すようになるのだ。
 欧米人というのは、いつも、彼らが絶対なのだ。だから、私たち日本人の通念や心理をも知らずして、彼らの心理と基準でものごとを決めつけるのだ。
(高尾慶子 著 『イギリス人はおかしい』より)




No.1133 『インド人はなぜゼロを見つけられたか』

 最近では、インド人というとIT関連と考えがちですが、それは2,000年問題以降のことです。そのとき、たくさんのパソコンのプログラマーが必要になり、インドが脚光を浴びたのです。なぜなら、インド人はゼロを発見したからだけではなく、数字に強く、英語もできるからということであったようです。
 下にも抜き書きしましたが、義務教育だ九九だけではなく十九×十九まで暗記させることや、数字の読み方も百まですべて違う読み方だというからすごいものです。日本だと、1から10まで覚えれば、あとは11、12と十を足したり二十を足したりするだけですが、1から100まですべての数字の読み方が違うのですから、覚える方はたいへんです。それほど数字になじんでいるといえるかもしれません。
 でも、この本は数学の本ではなく、経済の本で、著者はエコノミストです。つまり今後のインド経済はどのようになっていくかということが主題です。でも、買ってから気づいたのですが、出版されたのが2007年ですから、そう新しいものではありません。ブックオフで108円で買ってきたのですから、当然かもしれませんが、私自身、2007年3月と2012年12月にインドに行ってますので、私の印象のほうが新しいと思います。さらに、8月下旬に中国株が大幅安になったことを受け、世界同時株安になった印象もあります。だとすれば、著者の2015年には中国を抜いてインドが経済成長するかもしれない、という読みも当たっているようです。
 ただ、これだけはまだわかりませんが、日本とインドとの関係は、この本が出版されたときよりも強くなっているということだけはいえそうです。
 この本のおもしろさは、インド人のものの考え方とか長い歴史のなかで固定化されてきた風俗習慣にまで言及しているところです。たとえば、カースト制とかカシミール問題とかもありますが、コラムで「インド人は三度の食事がカレーとは本当か?」とか、「逆輸入で盛り上がるヨガ」とかもありますし、インドは金の消費量が多い特異な理由とか、知らなかったことまでいろいろと載っています。
 この本はエコノミストの本ではありますが、ちょっとしたインドハウツー本にもなりそうです。しかも、ちょっと古いデータですが、最後にインドに関する基礎データが載っているので、これも参考にできます。
 108円でこれだけ知ることができるというのは、とてもいいことです。孫のガチャガチャは、ほとんどが数日だけのおもちゃでしかありませんから。
(2015.9.14)

書名著者発行所発行日ISBN
インド人はなぜゼロを見つけられたか(小学館文庫)門倉貴史小学館2007年2月1日9784094187120

☆ Extract passages ☆

 ヒンディ一語では九九を「パハラ」と呼んでいる。九九は重複を除けば45個覚えればいいが、一九×一九は190個も暗記しなければならない。九九に比べて四倍以上の暗記が必要になるのだ。
 おかげでインド人は暗算がとんでもなく速い。日本人も九九のおかげで数字や暗算に強いといわれているが、どうやらインド人にはかなわないようだ。
 多いのは、暗記する九九のボリュームだけではない。数字の読み方もとにかく多い。……インドのヒンディ一語は……なんと1から100まで、すべて違う言葉なのだ。
(門倉貴史 著 『インド人はなぜゼロを見つけられたか』より)




No.1132 『細井平洲と上杉鷹山』

 9月に入ってから、細井平洲の本を2冊ほど読みましたが、たまたまこの本も見つけたので、読むことにしました。関連することも多く、取りあげているエピソードも重複しているのがあり、スーッと理解できました。
 副題は「危機・困難を乗り切る!」で、前の2冊と同じように、ビジネス書のような書き方だと思いました。それが悪いということではなく、おそらく、史実ではないような、むしろそれらの話しを膨らませて書いてあるように思いました。それで、たまたまオークションで出ていた『東海市民の誇り 細井平洲』細井平洲没後190年記念出版、という本が東海市教育委員会から出版されていたので、それを手に入れ、いっしょに読んで見ました。
 それらをみて、やはり、上杉鷹山公との絡みで書いてはありましたが、その視点の違いを感じました。だから、とても興味深く読みました。
 さて、この『細井平洲と上杉鷹山』ですが、鷹山公の有名な「なせばなる なさねばならぬ 何ごとも ならぬは人の なさぬなりけり」という自分の信念を歌に託したのがありますが、それは『孟子』の「不為也。非不能也(為さざるなり、能わざるに非ざるなり)(「梁恵王上」)からきているのではないか、と著者は考えています。
 つまり、自分がそれをしないだけで、できないわけではないのだ、というわけです。この歌は米沢市内の上杉神社境内にある上杉鷹山公の銅像のわきに、歌碑として建てられています。それだけ、米沢市民にもなじみの歌となっています。
 でも、しようと思ったからといって、なんでもできるわけではなく、その進め方も大事です。しかも、それがあの封建時代ということを考えれば、藩の財政状態を公にするというのは、大英断だったのではないかと思います。この本では、「5月に参勤交代で米沢に戻った治憲から、8月の初めに経済一円帳を家臣に示して、藩の財政を明らかにせよという指示を受けた。そして、さらに取箇帳の公開も命じられた。これらは藩の収支一覧表である。従来は極秘文書として、限られた重臣だけが閲覧を許されていたのだが、これを下級の武士たちにまで許可したのである。」と書かれています。
 今の政府でさえ、大事なことは極秘にしがちですが、本来は事実を事実として隠さずあきらかに示すことが大切なことです。そこに信頼関係が生まれ、だからこそ厳しさも共有できるわけで、倹約にも努められるわけです。もしかして、本当に大事なことを隠しているのではないか、と邪推されれば、できることもできなくなってしまいます。これなどは、今の政治にも十分通じることです。
 この本を読むと、鷹山公の時代でも、今の時代であったとしても、おそらく精神的なものは同じではないかと思いました。いくら殿様といえども、底に優しい気持ちがなければ、人はだんだん離れていきます。だからといって、優しさだけでは、上に立つ者として指導はできません。そして、何よりも自分自身に厳しくなければ、やはり人は付いてはこないでしょう。
 そういう意味では、細井平洲と鷹山公の教えは、今の時代にも十分に通用する考え方だと思います。
 下に抜き書きしたのは、細井平洲の講話をするときの心構えについてです。人を感動させるためには、自分自身も感動できなければならないというのは、たしかにそうだと思います。私も頼まれて人に話しをしますから、これはぜひ肝に銘じて起きたいと思っています。
(2015.9.12)

書名著者発行所発行日ISBN
細井平洲と上杉鷹山(知的生きかた文庫)鈴村 進三笠書房1999年8月10日9784837970521

☆ Extract passages ☆

 平洲の講話を聞いた人は感動して涙を流した。そのとき平洲自身も同じようにさめざめと泣いていた。
 彼は先ほどの手紙の中でも「教える人が泣かなければ、聞く人を泣かせることはできません。泣かせられなければ感動させることはできません」と書いている。自分が感動していなければ、口先だけでいくらうまく喋っても人を感動させることはできない。
 また別のところで平洲は、大衆への講話は「僧侶の説法と同じだ」と述べている。
「坊さんは人々に極楽往生を願わせるものであり、われわれはこの世での安心を教えるのだ」という。
(鈴村 進 著 『細井平洲と上杉鷹山』より)




No.1131 『昔話から学ぶ人間の成長と発達』

 副題が「グリム童話からディズニー作品まで」とあり、日本の「おおかみのとっくり」や「さるかに合戦」も取りあげられていました。
 読んで見ると、ここで取りあげられた昔話はほとんど読んだことがありますが、それをどのように解釈するかはある意味、読んだ人の受け止め方次第です。よくグリム童話も、そこに隠された残酷なものが衝撃的に取りあげられたりしますが、それだって、どのように解釈するかの問題です。
 この本でも、初稿の「ヘンゼルとグレーテル」では、実際の母親の話しでしたが、あまりにも残酷ではないかということで、第4版から実母を継母に変えたようですし、しかしそれが逆に継母への偏見を助長することになったという新たな批判も生まれています。やはり、子どもたちに読ませる話しは、あまり過激であったり残酷であってはなりません。それが難しいところでもあります。
 日本の昔話で取りあげられている「さるかに合戦」もいろいろな伝承があるそうで、それでも流れとしては次のような筋だそうです。それを引用してみると、
(1)蟹がおにぎりを拾い,猿が柿の種を拾う。
(2)猿が蟹のおにぎりと柿の種を無理やり交換する。
(3)蟹が柿の種を脅しながら育てると,急速に実をつける。
(4)木に登れない蟹の代わりに猿が柿の実を取って自分だけ食べる。
(5)猿が蟹に青くて渋い柿を投げつけて,蟹は潰れて死ぬ。
(6)親蟹から子蟹が生まれ,臼,蜂(針),牛糞,栗が助太刀して,猿を殺す。
 以上のようになります。カニが柿を無理やり脅しながら早く実を育てるところなどは、小正月の「成るか成らぬか、成らねば切るぞ」とおどかす「成木責め」に似ているように思ったのですが、今、改めて昔話を読んでみると、子どものときに読んだ印象とはだいぶ違うように感じました。
 下に抜き書きしたのは、このような昔話を扱う「教育心理学」という学問がどのようなものなのかと思って、書き写しました。
 もし興味があれば、下の文章を読み、興味の幅を広げてみてください。
(2015.9.10)

書名著者発行所発行日ISBN
昔話から学ぶ人間の成長と発達大野木裕明、赤澤淳子、中澤 潤、千野美和子 編ナカニシヤ出版2015年3月30日9784779509407

☆ Extract passages ☆

 進化の過程で脳が大きく発達した人間は,出生後の経験を通して知識や技能を習得します。人間は好奇心に満ち,知りたがり,新しい技能を身につけようとします。特に子どもはその傾向が大きく,学びへの強い意欲を持っています。教育とはこのような人の学びを支え促す働きであり,教育の内容には人が生きるために必要な普遍的価値や基本的な知識・技能ばかりでなく,その所属する社会への適応に有益な行動や知識があります。教育をより適切で効果的に行うためには,人間の学びのメカニズム,つまり知識獲得や理解のメカニズムやその発達差や個人差を明らかにすること,そしてそのメカニズムや個人の特性に応じた適切な方法の開発が必要になります。それを行うのが,教育心理学です。
(大野木裕明、赤澤淳子、中澤 潤、千野美和子 編 『昔話から学ぶ人間の成長と発達』より)




No.1130 『しあわせの雑学』

 「一日一杯の読むスープ」という副題がついています。つまりはスープのようにいろいろなものが溶け込み滋養になるというのかな、と思っていたら、「あつあつのスープを飲んだときのように、心の奥までじんわりとあったまってほしい」という思いだそうです。そういえば、書きかたも優しく、誰にでもわかっていただけそうに感じました。著者は毎日新聞社に入社し、「サンデー毎日」の編集長や毎日新聞夕刊編集長などを歴任されたそうです。だから読みやすいのかな、と納得しました。
 抜き書きして残しておきたいと思ったところはたくさんありますが、なかでも「国立教育政策研究所が発表した調査結果では、父親に勉強のことをほめられると小中高校生の65パーセント以上がやる気になり、母親にほめられると70パーセント以上がやる気を出すそうです。先生にほめられると意欲が出るのは、小学生の94.6パーセント、中高生でも約80パーセント。」だそうで、逆に、やる気をなくすひと言は「勉強しろ」という結果にやっぱりそうだと思いました。孫を見ていても、そう思います。おかあさんに褒められたときも喜んでいますが、「今日、先生に褒められたよ!」というときの笑顔は、とってもいいです。その笑顔を見ているだけで、こっちもニコニコとしてしまいます。その笑顔の連鎖がいいんでしょうね。
 また、「つくり笑いは意識的、快の笑いは無意識ですから、脳の回路もそれに伴う筋肉の動きも異なります。つくり笑いは口元、快の笑いは口元も目の周りの表情も豊かだそうです。最初はつくり笑顔であっても、楽しくなってきて本当の笑顔になっていくこともあるわけですから、笑えないときこそ、笑ってみるぺきではないでしょうか。」と書いていて、なぜ笑顔がいいのかを脳の意識のことから書いているので、さらに理解が深まります。まさに、「心は顔に出ます。顔は心に影響を与えます。心を変えることが難しいなら、まず顔から。」というのは、本当にそうだと思います。
 1週間前まで、歩け歩けといわれていましが、この本でも歩くことが進化ににつながったと書いています。つまり、つま先から脳にストレートに神経がつながっていって脳が発達し、今日の人間の姿になったといいます。だから「一日一万歩」と書いていますが、なかなかここまで歩くのは大変です。万歩計をつけているからわかりますが、平均して4〜5000歩です。意識して歩かないと、なかなかクリアできません。
 でも、今回の経験で歩けと言われる意味がわかりました。これからは歩いて長生きできるようにがんばりたいと思っています。
 下に抜き書きしたのは、東大教授の原島博さんの「顔訓13箇条」です。幸せになりたいなら、まずいい顔、いい表情だといいます。ぜひ読んで実行してみてください。
(2015.9.8)

書名著者発行所発行日ISBN
しあわせの雑学(幻冬舎文庫)近藤勝重幻冬舎2008年2月10日9784344410817

☆ Extract passages ☆

1. 自分の顔を好きになろう
2. 顔は見られることによって美しくなる
3. 顔はほめられることによって美しくなる
4. 人と違う顔の特徴は、自分の個性(チャームポイント)と思おう
5. コンプレックスは自分が気にしなければ、他人も気づかない
6. 間にシワを寄せると、胃にもシワができる
7. 目と目の間を広げよう。そうすれば人生の視界も広がる
8. 口と歯をきれいにして、心おきなく笑おう
9. 左右対称の表情作りを心がけよう
10. 美しいシワと美しいハゲを人生の誇りとしよう
11. 人生の三分の一は眠り。寝る前にいい顔をしよう
12. 楽しい顔をしていると、心も楽しくなる。人生も楽しくなる
13. いい顔、悪い顔は人から人へ伝わる
(近藤勝重 著 『しあわせの雑学』より)




No.1129 『科学者はなぜウソをつくのか』

 あのSTAP細胞の小保方晴子さんの問題は、ちょっと衝撃的でした。マスコミの取りあげ方も、なぜか科学者というより、リケジョという面にスポットが当たりすぎていたように感じました。しかも、初めての記者会見のときと、捏造ではないかと疑われ始めてからの扱いは、まさに手のひらを返すようなものでした。
 私自身の疑問は、なぜ科学者が捏造しなければならないのか、という一点でした。科学者はあくまでも真理を追究する研究者というイメージがあったので、捏造とかウソとかいうのに、とてもなじめなかったのです。今でも、このSTAP細胞問題について、その知識も理解力もないので、確定的なことはわかりませんが、科学者による真相究明がなされ、捏造だと結論づけられたので、そうかな、と思うだけです。でも、その委員をされた方の一人が、科学にこのような検証作業は似合わない、というような発言をされていましたが、それもそうだと思いました。
 というのは、科学というのはあくまでも仮説であって、真理ではないと思います。1+1は2というのは、ユークリッド幾何学の範囲内でこそ正しいのであって、それ以外の体系では必ずしも1+1は2にはならないのです。
 つまり、科学というのは、検証されても、時代の経過とともに変わっていくのは当たり前です。でも、だからといってウソのデータを並べていいということではありません。科学だからこそ、ウソがあってはならないと思います。
 この本で取りあげられているのは、そのウソをついてしまった科学者についてです。素人にもわかるようなウソもあれば、ある程度の科学的素養がなければわからないウソもありますが、やはりウソはウソです。そのようなウソをなぜつくのかというのが、この本の主題です。
 8人の科学者を取りあげていますが、このなかには科学者とは呼べないような素人もいます。でも、世間的には科学者で通っていたようなので、この本でもそのような扱いをしているようです。
 第1章は「STAP細胞 捏造を異物としてとして排斥する「科学の免疫機能」」、第2章「ヒトES細胞 スター科学者の栄光と転落」、第3章「皮膚移植 サマーリンのぶちネズミ」、第4章「農業生物学 スターリンが認めたルィセンコ学説」、第5章「ナノテク・トランジスタ 史上最大の捏造・ベル研事件」、第6章「118番元素 新元素発見競争でトップを狙ったバークレー研事件」、第7章「常温核融合 大学間の対抗意識から始まった誤りの連鎖」、第8章「旧石器遺跡 暴かれた「神の手」の正体」の8つの章からなっています。
 このなかには、知っていたこともありますが、まったく知らなかった第6章のヴィクトル・ニノフ博士のことや、第7章のポンズ教授とフライシュマン教授のことなどもあり、興味深く読みました。
 下に抜き書きしたのは、第3章のサマーリン医師のことです。まさか、こんな笑い話のようなウソがまかり通っていたというのは、ほんとうに不思議です。これが科学者のすることですか、と笑ってしまいました。
(2015.9.6)

書名著者発行所発行日ISBN
科学者はなぜウソをつくのか小谷太郎dZERO2015年7月1日9784844376910

☆ Extract passages ☆

 面談の直前、サマーリン医師はグッド所長に見せるため、白マウスを2匹ケージから取り出しました。白マウスは黒マウスの皮膚を移植ずみでした。そしてサマーリン医師は、黒のフェルトペンを取り出して、皮膚移植を受けた場所を黒く塗りました。……面談後、サマーリン医師は研究助手のジェームズ・マーティンにマウスを渡しました。
 マーティン助手はマウスをケージに戻そうとして、黒いぶちに気づきました。そしてそれをアルコールを染み込ませた綿で拭いてみて、色が落ちるのに愕然としました。……
舞台がスローン・ケタリング研究所という権威ある研究機関であること、この研究が巨額の研究費を受けていたことが、スキャンダルとなる条件を満たしていたのでしょう。調査委員会の勧告がトカゲの尻尾切りに読めることも問題を大きくしたかもしれません。
 そしてそれに加えて、知的で権威あるはずの医学研究者が、ペンでマウスにぶちを描き入れて誤魔化そうとしたことが、人々にたまらなく可笑しく感じられたようです。
(小谷太郎 著 『科学者はなぜウソをつくのか』より)




No.1128 『へいしゅうせんせえ』

 続けて細井平洲についての本を読んでいるのですが、読む環境も前回と同じです。前より少し時間的なゆとりが出てきたのか、本もゆっくり読めます。いつもこのような調子で読めるといいのですが、そうばかりはいかないようです。
 さて、細井平洲に関する同じような本を続けて読んでみると、同じような逸話を取り上げていたり、違う逸話が題材になっていたりしましたが、不思議なことに同じ逸話でも解釈やとらえ方が違っていたりもしました。それが著者の個性であったり、書く動機の違いかもしれません。おもしろい、と思って読みました。また、『へいしゅうせんせえ』の方は最後に直江兼継のことを書いていますが、『小説 細井平洲』では第5章として「ふるさと尾張藩」として詳しく書いています。著者の二宮隆雄氏は愛知県出身ですから、ある意味当然なことです。この違いがあるから、読んでいておもしろいのです。
 同じといえば、「みなさん、たとえてみればお館様は米だ。そして士農工商は薪です。しかし士のうちで、城の重役をつとめる方々は鍋釜といっていい。どんなに米の質がよく、また新が一所懸命燃えても、鍋釜にヒビが入っていたのではうまい米は炊けません」と言ったという話しなどは、ほとんど同じです。これらの本に出てくる話しは、細井平洲の自らの体験談を書いた『小語(しょうご)』という本にあるのだそうですが、この本もあれば読んでみたいと思います。でも、米沢に行ったときの上杉藩から謝礼の扱いが違っていたり、松島に行った際の事情が違ったりと、いろいろな違いも感じました。
 私的には、この2冊をほぼいっしょに読めて、とても違いが鮮明になり、有意義でした。もし、このような機会があれば、ぜひ同時進行で読んでみたいと思いました。
 この本は、もともと月刊誌『潮』に2007年12月号から2009年12月号まで連載された『へいしゅうせんせえ』に加筆し単行本として出されたものです。これを読むと、著者が直江兼継に相当な関心を持っていることがわかります。やはり、米沢に住んでいると、NHKの大河ドラマ『天地人』の影響もあり、直江兼継のほうがいつも話題に上ります。たしかに、米沢藩の基礎を作ったことは間違いないのでしょうが、鷹山公の精神的支柱の重さということを考えれば、細井平洲もまた米沢の大恩人に違いありません。
 いや、いろいろな人たちがいて、いろいろな出来事があり、今の米沢になってきたのですから、大小は別にして、すべて恩人と考えてもいいのではないかと思います。
 下に抜き書きしたのは、細井平洲が初めて米沢入りをしたときのことで、板谷での出来事です。実は、先々代の大坂屋佐藤さんから大野九郎兵衛の話しとお墓の話しを直接伺った伺ったことがあります。まったく同じ内容ですから、もしかすると、著者もそこで聞いたのかもしれません。
 先の本もこの本も、ある意味小説ですから、事実と虚構が入り交じっています。NHKの日曜日の歴史大河ドラマも、あくまでもドラマですから史実ではありません。そこのところを考えて見なければ、混乱してしまいます。
 そういう意味では、すべての歴史的な本に関しては、時代考証だけではなくじっくり考えながら読むことが肝要だと思います。
(2015.9.4)

書名著者発行所発行日ISBN
へいしゅうせんせえ童門冬二PHP研究所2009年12月19日9784267018190

☆ Extract passages ☆

どこにも名が刻まれていないこの一本の標柱を、
「大野九郎兵衛の墓だ」
 と、地域で代々信じていれば、それは虚偽が真実となり、真実が事実に変わるのだ。人間の伝承にこんなことはたくさんある。そして人間としては、
「たとえ虚偽であっても、それが真実だと信じ抜けば、いつかは真実が事実となって後世に伝わる」
 ということになる。細井平洲は改めて、
「地域に伝わる真実の尊さ」
 に感動した。平洲も、
(この標柱を大野九郎兵衛殿の墓と信じよう)
 と思い立った。
(童門冬二 著 『へいしゅうせんせえ』より)




No.1127 『小説 細井平洲』

 いつかは細井平洲について書いた本を読んでみたいと思っていたのですが、たまたま平洲自筆のお軸が手に入ったので、この機会に読むことにしました。しかも、ちょっと動けない状況なので、それも好都合です。
 でも、やることというかしなければならないことが次々にあり、それさえすれば、後は自由です。だから思った以上に本をゆっくり読めました。これはありがたいことです。
 この本はわざわざ「小説」と銘打っていますから、史実とは違うようです。でも、ある程度の事実に近いものをつなぎ合わせて構成しているでしょうから、大枠ではそう違わないと思いながら読みました。ただ、これだけではちょっと心許ないので、次に読む童門冬二著『へいしゅうせんせえ』も手元に準備しました。
 副題は「人を育て、善政を扶けた実学の人」で、読んでみてもいかに「実学」を大切にしたかわかります。たとえば、両国橋で辻説法をしていたそうですが、普通の人たちは自分の生活に実際に役立つものでなければ聞きません。それなのにたくさん集まって聞くということは、おもしろくてためになるからでもあります。しかも、その両国橋での辻説法を米沢藩の藩医であった藁科松伯が聞いたことが機縁となって上杉鷹山の師とあるわけです。
 学問というのはただ知るだけではあまり役立つものではないのですが、それを実際に応用するからこそ、無限に広がるものになるわけです。ロケットを作る技術があったとしても、それを実際に作り飛ばしてみなければあるとはいえません。そして、月に人を人工衛星に乗せて飛ばしたからこそ、さらにそれに付随する技術が開発されたのです。そこに学問の広がりがあります。それこそ実際に役立つ学問につながっていきます。
 おそらく、鷹山公と引き合わせた藁科松伯の思いも、実学をもって一日も早い米沢藩の財政再建を図りたいというものであったように思います。そして、その思いを実現させた鷹山公と細井平洲も、その巡り会いの不思議も、出会うべくして出会ったのではないかと思いました。
 細井平洲が江戸に出たのは1751年で、芝明神町に小さな塾を開いたそうで、そのときから故郷の平島村にちなんで「細井平洲」いう学者としての号を名乗ったそうです。やはり、学者としての成功が、その号を有名なものにしたともいえます。ちなみに本名は細井甚三郎で、現在の愛知県東海市の生まれです。それが縁で、米沢市と東海市が姉妹都市になっています。
 また、米沢市内に残る書きものには、紀徳民という名前が多いのですが、米沢市内の興譲館の学則を書いたときには「紀徳民(きのとくみん)」とあり、その説明には「細井平洲先生の諱:本名」とあります。さらに、米沢に来訪したとき、鷹山公に勧められ松島まで行き、そのとき書いたと思われる『遊松島記』という本の著者名にも「紀徳民 著」とあります。細平洲記念館の館長さんの説明というのがブログに載っていて、「ヘイシュウとはペンネームで、生まれ故郷平島村の読み替えという。細井徳民(のりたみ)が本名。しかし、紀徳民と記している事が多いという、紀貫之の紀である。農民の二男としてお生まれになられたが、その先祖は最後の遣唐使(計画中止)の副使とし(正使は菅原道真)として名を残されている紀長谷雄(きのはせお)に行き着くと、館長はおっしゃった。」と書いてありました。
 下に抜き書きしたのは、藁科松伯が細井平洲に辻説法の意味を聞いたときの話しです。いかに、町人にもわかるような話しをされたかというのが、これでわかります。学問というのは、難しそうに御託を並べるものではなく、いかにわかってもらうかということが、この話しからわかります。まさに、実学の人であったと思います。
(2015.9.2)

書名著者発行所発行日ISBN
小説 細井平洲二宮隆雄PHP研究所1995年10月16日9784569549118

☆ Extract passages ☆

「わたしは自分の学問が、いま生きている人々の役に立たねばならないと考えています。侍のように学問が身についた相手ではなく、目に一文字もない町人にもわかってもらうことが必要です」
 平洲は言葉をきって松伯を見た。その視線に気負いはない。
「そのためにわたしの門人でもない通りすがりの人の足を、わたしの話で止めねばなりません。そのとき話が書物を読んだだけの上すべりしたものなら、通行人はわたしを馬鹿にして立ち去るでしょう。
 その反応を見きわめて、それを自分の学問のすすみぐあいに照らしあわせる。辻説法はわたしにとって日々の修行なのです」
(二宮隆雄 著 『小説 細井平洲』より)




No.1126 『生きて死ぬ私』

 著者のいつもの書き方とちょっと切り口が違うのではないか、と思いながら読み始めました。
 しかも、読んでいる場所はちょっと意外なところで、まさに生きるか死ぬかのような場所です。そのような中だからこそ、だいぶ前に買っておいたこの文庫本を持ってきたのです。
 文庫本は旅のときもそうですが、このようなときでも、とても有り難い存在です。軽いし、かさばらないし、財布にもやさしいし、いいことばかりですが、字がちょっと細いのが目が悪くなってくると少し堪えます。でも、天秤にかければ、まだまだ私にとっては有り難い存在です。
 さて、生きるも死ぬも、喜びも悲しみも、ほとんどすべてが脳のなかの現象だといいます。もちろん、病気になるのはイヤですし、なりたいと思う人がいないのは、「人は病気になれば、人生の経験を楽しみ、目的を持ち、前に進んでいくことが困難になるからだ。とくに、脳の疾病は、脳そのものが人格そのものを支える臓器であることからくる特殊事情がある。脳が壊れてしまった人は、心が壊れてしまったのと同じなのである。脳を修理することは、すなわち心を修理することなのだ。」からかもしれません。
 だから病気になるのも、いわんや死ぬことはその先が真っ暗になるわけですから、やはり怖いと思います。つまり、死ぬ過程において不安があったり苦痛があるのではないかという恐怖、さらには死ぬことによってこの今まで生きてきた世界に存在しなくなるという恐怖など、いろいろあるだろうと思います。でも、これだけは経験したことのある人が話してくれるわけではなく、ほとんどが推測の域を出ないのです。だからこそ、怖いのではないでしょうか。
 しかし、生きていることに目を向ければ、いろいろと楽しいことやうれしいこともあるはずです。もし、それが写真に写っていたり、ビデオで流せるなら具体的な内容として自分にも他人にも明らかにできます。しかし、思い出の中だけにあるものは、そのようにはできません。言葉や絵などで表現もできるでしょうが、その能力がなければ、それもできません。
 著者は、少年のとき、高尾山に昆虫採集に行ったそうですが、「メスグロヒョウモン」を初めて見つけ、捕虫網でとろうとしたそうです。でも、とれなかった、しかもそのときが最初で最後の「メスグロヒョウモン」でしたが、強く印象に残ったそうです。しかも、この本に書くまでは、誰にも話したことすらなかったそうです。
 そのことを著者は、『人生というものは、たとえそれが「言葉」や「映像」といったメディアで残されなくても、その一秒一秒が、そっくりそのまま「歴史」としての価値を持つ。そんなことが、あるのではないか?私のメスグロヒョウモンの日が、そして、かつて生き、今生き、これから生きるであろう人類の一人一人の「メスグロヒョウモンの日」が、その歴史が、どこかに密やかに、大切に記録されているのではないだろうか?』と語りかけます。
 私も私の「メスグロヒョウモンの日」があり、私の人生の一部になっています。ここに具体的に示せないけれど、はっきりあると断言できます。それが生きているという実感につながっています。
 下に抜き書きしたのは、この本の最初のほうに出てくるもので、おそらくこのような思いが、この本を書かせているように感じました。「人間の心には、必ず割り切れないところが残る」という言葉が、とても印象に残りました。
 ぜひ、機会があれば読んでいただきたい1冊です。
(2015.9.1)

書名著者発行所発行日ISBN
生きて死ぬ私(ちくま文庫)茂木健一郎筑摩書房2006年5月10日9784480422187

☆ Extract passages ☆

 人は、誰でも幸福になりたいと言う。だが、人の心に去来するさまざまな陰、ひだを見る時、人生が、幸福の条件を客観的、合理的に整備していくというのでは割り切れない側面を持っていることは確かだ。芸術は、そこのところをうまく掬いとる。人間自身にとっても、人間の心の本当のところは未解明のまま残っており、いくら科学技術や経済水準を向上させ、最大多数の最大幸福を追求しても、人間の心には、必ず割り切れないところが残るのだ。
(茂木健一郎 著 『生きて死ぬ私』より)




No.1125 『ネイチャーエデュケーション』

 夏休みも終わりましたが、夏の暑い地区では今月末までが夏休みのようです。
 この夏休みに孫と遊びながら、いろいろな体験ができましたが、昔の子どもほど外遊びができないことに気づきました。おそらく、それほど外に出て遊ぶ機会がなくなったことと、他に遊ぶものが多くなったこともあるようです。たとえば、テレビやゲーム機などです。
 でも、だからこそ、外で遊んでもらいたいと思い、このような本を読んでみました。副題のようなものは、「身近な公園で子どもを夢中にさせる自然教育」とあり、それが本の題名の『ネイチャーエデュケーション』という造語につながったように思いました。
 著者は、22歳のころに1年間ほど世界一周の一人旅をしたそうです。その経験の中から、子どもたちとふれ合い、さまざまな現地の情報を知ったといいますが、それから子どもたちとのふれ合いを学んでいったようです。
 そして、そのやりとりの中から、いろいろな法則のようなことを学んだといいます。それが「子どもの好きな動作」であり、「子どもが好きな興道」で、そして「子どもが遊びたくなる心理」を導き出したといいます。それが、
●子どもがみずから興味を持つ。
●遊びを発展させる。
●遊びの構成を「動から静へ」など、対極にあるもので組み合わせる。
 ということです。
 これらをベースにして、第1章「自然遊びの種」、第2章「自然遊びをするために身につけておきたい、知っておきたいこと」、第3章「自然遊びをするためのテクニック」、第4章「身近な自然や公園で自然遊びをするためのヒント」、第5章「子ども達にケガをさせないために」、ということで書いています。
 おそらく、対象の子どもたちは乳児から幼稚園児、さらには小学生までのようで、くわしく書いています。春夏秋冬、いつでも自然遊びができるように、そのときどきのやり方も書いていますので、ぜひ参考にしてみてください。
 下に抜き書きしたのは、どんな大人でも自然のことなどをいろいろと知っているわけではないのですが、知らないからといってごまかすのではなく、「一緒に考えてみる」とか「一緒に調べてみる」ということが大切だといいます。
 ぜひこのような気持ちで、子どもたちと一緒に遊んでみてください。
(2015.8.28)

書名著者発行所発行日ISBN
ネイチャーエデュケーション長谷部雅一みくに出版2015年4月10日9784840305730

☆ Extract passages ☆

 大人は子どもの質問に常に適切な返答ができなくてはならないのか?
 答えはノーです。大人も知らないことがあるのは当たり前ですし、決して格好悪いことではありません。実際、私も自然に関して知らないととはたくさんあるので、子どもの自由な想像力のもとに生まれる質問に答えきれないことは多々あります。
 では、どうするのかというと、"一緒に考えてみる″ "一緒に調べてみる″のです。そうすれば、子どもの成長のチャンスをつぶしてしまうこともありませんし、私達自身の成長にもつながります。
 時間がなかったり、ちょっと面倒な時もあると思いますが、成長のチャンスを逃さないためにも、ともに学ぶスタンスを持つようにしましょう。そのほうが、私達も肩の力を抜くことができて、素直に楽しむこともできます。
(長谷部雅一 著 『ネイチャーエデュケーション』より)




No.1124 『読書で賢く生きる。』

 3人がそれぞれに書いて、それについて対談するという流れになっていて、副題は「ビジネススキル探しを超えて」となっています。そして、中心はこのネット時代にどのような読書が必要なのかを話していました。これは読まなければと思いました。
 そして、読んで見て、彼らはたくさん読んだからこそ見えてくるものがあるのではないかと感じました。最初から、ちゃんと読みたい本があるというのはないはずで、おもしろくない本やダメな本などを読んではじめて、その善し悪しがわかるようなものです。
 たしかに精読も必要ですし、速読だって大切なことです。要は、いろいろな読み方をやってみて、自分なりの読書術のようなものを見つけることです。しかも、それが必ずしもズーッといいわけではなく、年代や経験値などでも変わってくるのではないかと思います。そして、自分にとっての良い本やあまり参考にならない本などを見分けられるようになってきます。
 この本で一番とりあげているのはビジネス書や自己啓発書などですが、山本一郎さんは、「コップをどこから見るかという話と同じなんですよ。横から見たら長方形で上からだと丸いとか、手を変え品を変え提案していく。鋭い視点の人もいれば変わった視点の人もいる。そこが自己啓発書のキモで、あの手の本の著者は、みんなその提案力と企画の切り口で食っているようなもんなんです。」と喝破しています。
 そういえば、副題は「ビジネススキル探しを超えて」とありますから、それらの本を超えてしまわないとダメのようです。それに惑わされてはいけないということです。
 この辺りにも、三人三様の考え方があるように思います。
 読書で賢く生きれるかとうかはわからないのですが、私個人にとっては、読書はたんなる楽しみのひとつでしかないので、あまり深くは考えていません。だから、山本さんのように、「本というのは知が司る体系の一部だと思います。それも、書き手がそれを伝えるに至った背景やコンテクスト、社会情勢といった出し手側の都合と、読み手の人生経験や学識や常識、家族構成に社会認識、持っている富の大きさや精神的安定などの受け手側の都合とが重なって、初めてその本の善し悪しというのは理解される。しかも、その善し悪しというのは本の持つ体系への関わりが深ければ深いほど、読み直して得られる知見も大きくなり、理解の度が増したり減ったりする。」などとはあまり考えません。
 でも、そのようになれば、読書も賢く生きれる糧になること間違いないでしょう。
 下に抜き書きしたのは、やりがいのある仕事って何?、っていうところに出てくる漆原直行さんと山本一郎さんとの話しです。
 たしかに、人と人とのつながりが大事ですし、さらに運も大事なことだと思えます。こういうことは、若い人たちにこそ読んでいただきたいものです。
(2015.8.25)

書名著者発行所発行日ISBN
読書で賢く生きる。(ベスト新書)中川淳一郎、漆原直行、山本一郎KKベストセラーズ2015年4月20日9784584124710

☆ Extract passages ☆

漆原 そもそも仕事って何? という詰もしたいのですが、よくやりがいのある仕事に就きたいっていうじゃないですか?それって、結局やりがいを得ることで救われたいっていう気持ちがあると思うんですね。でも、最終的には人と人との繋がりの中でしか救われないんじゃないかなって。人との出会いから生まれてくるものは大きい。
山本 なんか自分の人生を振り返ってみてさ。真面目に生きてきたことは間違いないんだけど、善いことも悪いことも、それって関係なく運だよなって。チャンスカードはちやんと引いて、どんな結果が出ても逃げずにやってきたから、自分なりになんとかやってこれたのかなって。
漆原 あと、懲りずに現実にコミットするという。なんか、辛いこともたくさんあるけど、それでも前を向いてやっていく。いま、自分の目の前にある仕事に実勢に取り組み、粛々とこなしていくこと。そうして実績を積み上げていくしかないんです。
(中川淳一郎、漆原直行、山本一郎 著 『読書で賢く生きる。』より)




No.1123 『思いがけない日本美術史』

 美術館巡りは大好きなので、ついこの本の題名に惹かれました。やはり、題名というのは、本を選ぶときには大事な要素です。
 この本では、著者が日本絵画史上重要な作品を12点えらび、それを絵を見ながら読み解くというような感じでした。そういえば、NHKの「新日曜美術館」でも世界の巨匠の世界を10の傑作から掘り下げる「夢の傑作10選」という企画をときどきしています。このように、ある程度限定的に見ることにより、そこに見えてくるものがあると思います。
 たとえば、長谷川等伯と狩野派のところでは、「狩野派が、自然景のなかから、見映えの良い枝振りや整った花の形を選んで集め、まるで加工されたような美しさを表現するのに対し、等伯の表現は、自然のなかで群生する草花をそのまま画面に集めたようなのです。しかも草花の種類をなるべく少なくし、ひとつひとつの花の美しさを素直に表現するということ。これは音楽に喩えて言うと、狩野派の場合がハーモニーを主眼としたオーケストラによる交響曲であるのに対し、等伯は、ソリストもしくはトリオやクァルテットという違いになるのではないでしょうか。こういう草花表現への美感は、当時例はなく、極めて斬新な制作態度とみなすことができるのです。」と解説していて、とても分かりやすいと思いました。
 洛中洛外図屏風の解説も、見方によっては覇権を狙う者の支配願望を満たすために描かれたかもしれないというのは、今まで考えたこともありません。米沢市にある国宝、『上杉本洛中洛外図屏風』も1565年頃に狩野永徳によって描かれていることを考えれば、そのように見えてもおかしくはありません。何度か見ましたが、次に見るときには、縦160.6×横364.0cmの六曲一双の屏風をそのような視点からも見てみたいと思いました。
 下に抜き書きしたのは、仙高ウんの「老人六歌仙画賛」についてです。じつは、だいぶ前のことですが、出光美術館で開かれた「仙高ニ禅の世界」という企画展を見て、この「老人六歌仙画賛」をとくにおもしろいと思って、図録と絵はがきを買ってきたことがあります。
 今、この本を読みながら、その図録を引っ張り出して見ているのですが、「さまぎまなようすを見せる六人の老人を描き、彼らの嘆きやぼやきを記しています。それを六歌仙に見立てて描いたものなのです。」とあり、その嘆きやぼやきの歌を現代語訳にしたものです。
 たしかに、今でも同じような姿をよく見ますが、この絵を見るかぎり、あまり深刻そうには思えないのです。むしろ、明るく笑っているかのようで、余裕さえ感じられます。
 この絵を見ていると、なぜか歳をとればみんな同じようになるよ、と言われているかのようです。
 そう、この絵はがきを買ってきたのは、法話をするときに、これを使えないかと思ったのです。どっちみち、みんながこのように歳をとるなら、あまり深刻に考えずに、笑ってすごそうよ、と話をしたいと思ったのです。
 悲しいから笑おうというのではなく、笑っていると悲しさなんて飛んでいってしまうよ、という話しなんです。
 この本を読むと、美術の見方もいろいろあるなあ、と思いました。
(2015.8.22)

書名著者発行所発行日ISBN
思いがけない日本美術史(祥伝社新書)黒田泰三祥伝社2015年5月10日9784396114138

☆ Extract passages ☆

「しわがよる、ホクロができる、腰が曲がる。頭が禿げる、髭は白くなる。手は震え、足はよろつく、菌は抜ける。耳は聞こえず、目は見えなくなる。身体には、頭巾や襟巻き、杖、メガネなどが必要となってくる。湯たんぽや温石や溲瓶や孫の手も必要となってくる。いろいろなことを聞きたがる、死にたくないと思う、淋しがる、心は曲がり、欲深くなる。何事にもくどくなり、短気になり、やがて愚痴になる。で しゃばりたがり、世話をやきたがる。そしてつい何度も同じ話をして、わが子を誉めてしまい、自分の達者を自慢までしてしまい、人にいやがられる」
(黒田泰三 著 『思いがけない日本美術史』より)




No.1122 『図説 武士道と日本人の心』

 この辺りでは「二十日盆」ということもあり、まだお盆の最中なので、なんとなく日本人の無意識のなかにある心をちょっと考えてみたくて、この本を読んでました。というのは、新渡戸稲造の『武士道』は英語で書かれたこともあり、世界各国で絶賛されたようですが、なぜ絶賛されたのか、そこに日本人の心を見たのではないかと思いました。
 たとえば、よくいわれることですが、あの東日本大震災のときに、ほとんど略奪などが起きず、みんなが整然と並んでいた様子に、世界がビックリしたそうです。そのことも、考えてみれば、「無残な被害にあったにもかかわらず、秩序を保ち、礼儀を失せず、他者との調和を保つ」という、いわば武士道のようなものだったのかもしれません。この本の中でも、『真に勇気のある武士とはいったいどのような人のことをいうのか。それについて、新渡戸は、「本当に勇敢な人は常に平静である」と述べる。たとえ戦いの最中にあっても、決して狼狽せず、常に冷静な心を保つ。差し迫る危険の中にあって詩を詠み、死に直面して歌をくちずさむことができる。そのような者こそが、真に偉大な人物なのである。これを「余裕」という。』と書いています。
 つまり、どんなときでも、心の平静さを失わないということで、今でも、それは大事にされています。そして、窮地に追い込まれてバタバタすることは見苦しいと思われ、そのようなときこそ、ゆったりすべきだといいます。
 よく、外国の人たちから、武士道というと切腹と考えられることも多いのですが、新渡戸は「もっとも気高い行為やもっとも感動的な悲話の実例と結びついて」おり、美徳、偉大、崇高さまでをも帯びるものなのだと言い切っているそうです。そして、なぜ腹を切るのかというと、『そこが「魂の宿る場所」だからであり、腹を開いて見せ、自らの魂が汚れているか清いかを相手に判断させるという意味合いがある』といいます。
 たしかに、そういわれれば、日本人ならなんとなくわかります。
 肝が据わっている、とか、五臓六腑とかいいますから、まさに腹というのは身体の中心のような存在でもあります。
 この本は、題名の前に「図説 実話で読み解く!」とあり、さまざまな歴史上の人物や出来事が取りあげられています。それがまた、とても参考になります。たとえば、武士と音楽的素養といわれてもなんとなく違和感を感じますが、実は「薩摩藩士といえば、武骨で荒々しい印象を受けるが、……もの悲しく優しい旋律を琵琶で奏でる音楽のたしなみがあった。そのメロディーを楽しむことによって、彼らは荒ぶった精神を和げ、自らの心を戦場という血なまぐさい殺我の情景から引き離したのである。」といわれれば、すぐに理解できます。
 この本は、そのような実話が多く取りあげられているだけでなく、図説と相まって、理解出来るようになっています。
 しかも、理解しやすいような章立てにもなっているので、どこから読み始めても分かりやすかったです。
 下に抜き書きしたのは、新渡戸の「武士道」に関する思いです。いいとかわるいとかということではなく、日本人の心に大きな影響を与えてきたもので、必ずしもこれからも影響を与え続けるものではないとしています。私的には、そこのところがとても気になりました。過去形で終わってしまうには、とてももったいないと思いながら、だからすべてがよいというわけでもないとも思いました。
(2015.8.19)

書名著者発行所発行日ISBN
図説 武士道と日本人の心(青春新書)山本博文 監修青春出版社2015年6月15日9784413044561

☆ Extract passages ☆

 新渡戸は、武士道という徳性は日本人に永遠に刻み込まれ続ける要素であるとは断言できないと論ずる。しかし、武士によって七百年問もの長きにわたり蓄積されてきた武士道が、いきなり消滅することはないと考えた。そして新渡戸は、「もしそれがたんに遺伝によって伝わるだけだとしても、その影響力は大変広範囲に及んでいるに違いない」と位置づけ、「武士道は、無意識のうちに抗しがたい力となり、国民そして各個人を動かしてきた」と述べた。新渡戸はその一例として、幕末の勤皇思想家・吉田松陰(1830〜59)の辞世の旬を挙げている。
 かくすれば かくなるものと 知りながら やむにやまれぬ 大和魂
(こう行動すれば死ぬことになることを知っていながら、私をその行動に駆り立てたのは大和魂である)
 そう、武士道とは、「定式化はされなかったが、我が国に生気を吹き込む精神であり、また、行動の力であった」のである。
(山本博文 監修 『図説 武士道と日本人の心』より)




No.1121 『仏教からはみだした日常語 語源探索』

 旧盆中ということではないのですが、たまたま図書館に行くと、この本が目に付いたのです。さらに、著者も出版社も初めて目にするもので、それも興味の引いたひとつです。
 日本にはどのぐらいの出版社があるのかは知りませんが、この勉誠出版というのをネットで調べてみると、「基礎学から文芸・教養書までを刊行する総合出版社」とありました。創業は昭和42年(1967年)で、社長は岡田林太郎氏です。
 さて、この本の内容ですが、知らず知らずのうちに使っている言葉のなかに、仏教語から派生したものもあり、それについての本の何冊か読んだことがあります。そのほとんどが仏教学者の書かれたもので、なんとなく難しいという印象がありました。
 ところがこの本は、著者紹介をみると、「平成13年3月小山工業高等専門学校教授を退官」とあり、仏教学者ではなさそうです。書かれた著書を見ても、言葉そのものを対象にしたものがほとんどですから、仏教語も言葉のひとつとしてその語源探索されたようです。
 たとえば、『「仏頂」は仏の頭の頂上の意味だ。仏の頭は肉髻と言って肉の塊が突起していて、失礼な言方だが、二段頭になっている。そこに宿る大きな功徳・智慧を具体化したのが仏頂尊だ。越谷吾山の方言辞書『物類称呼』(言語)には、「仏頂面とは面ふくらして螺髪を見るがごとしといふたとへなりとも言ふ」とある。螺髪は仏の螺(巻き貝)のような髪のことだ。それのように膨れた顔と言うのだ。』などの説明も、いかにも仏教者では思いつかないものです。
 また、『子供を「餓鬼」と言うのは、昔は子供はいつも空腹で、がつがつ食っていたからだ。』といい、さらに「ある教育評論家が、今の子供には、餓える恐れは無くて、食わされる恐れがあるのだと言ったのを聞いて感心したのは、昭和40年ころだったろうか。そのころから子供が餓鬼でなくなったのだ。」という表現はおもしろいと思いました。
 下に抜き書きしたのは、もともと安心を「あんじん」と読んでいたことは知っていましたが、イエズス会の辞書やローマ字で有名なヘボンの本などの引用をしていたので、外国人を通しての読み方の変化に興味を持ちました。
 著者は「あとがき」で、出来るだけ取り付きやすいようにしたいと思いながら書いたのに、経典や古典を引くことが多くなり、ますますカタくなってしまったと書いてますが、それはこのような内容の本ですから、致し方ない面もあったのではないかと思います。それでも、とても読みやすかったと感じています。
 もし、仏教などに興味があれば、ぜひ読んでいただきたいと思います。
(2015.8.15)

書名著者発行所発行日ISBN
仏教からはみだした日常語 語源探索小林祥次郎勉誠出版2015年4月20日9784585280187

☆ Extract passages ☆

イエズス会が1603年に出した『日葡辞書』に、Anjin とある。恵空編延宝8年(1680)刊の『節用集大全』でも「あんじん」と振り仮名がある。古くはアンジンだった。1867年のJ・C・ヘボン(Hepburn)の『和英語林集成』(第一版)には ANSHIN とあるから、江戸後期にはアンシンになっていた。
(小林祥次郎 著 『仏教からはみだした日常語 語源探索』より)




No.1120 『ジョブズの哲学』

 旧盆が近づき、何かと忙しくなるので、いつでもどこでも読めるようにと文庫本にしたのですが、ついおもしろくて時間を忘れて読んでしまいました。ちょっとした、誤算でしたが、楽しかったです。
 副題は「カリスマが最後に残した40の教え」で、ジョブスのやってきたことや考えて話してきたことなどを40にまとめたものです。さすがということもありますし、なんでそんなことをということもあり、ジョブズの人間性がいろいろなところに表れているのを感じました。
 この本の良さは、ジョブズを神聖化するのではなく、こんな失敗もした、こんなしたたかさもあった、こんなずるがしこいこともした、というように、たくさんの欠点も書きながら、それと同じぐらいの良さや独創性も描き出しています。たしかに、ジョブズは大きな失敗もいくつもしていますし、それでも自分の積極性を失うことなく前向きに進んでいました。そこに彼独特の独創性というか、哲学というか、考え方がありました。それを描き出したわけです。
 印象的だったのは、「ユーザーが求めているもの」をつくろうとするから売れないので、むしろユーザーの前に出されて初めて、「ああ、これが欲しかったんだ」と気づかせるものでなければならないと言います。つまり、ユーザーが「欲しい」のをつくるのではなく、つくって初めて「欲しい」といわれるようなものです。
 著者は、AKB48のプロデューサーの秋元康の言葉を引用していますが、「ひまわりがブームのときに、慌てて種をまいても遅い。そのひまわりが咲くころには、まわりはひまわりだらけで価値は暴落する」と書いています。また、「みんなが行く野原には野イチゴはもうない。崖になっていたりヘビが出たりして、みんなが行かないところに、まだ荒らされていない野イチゴがある」とも書いています。
 どちらにしても、ユーザーが望んでいるものの一歩も二歩も先を行くものでなければならないということです。
 もちろん、その先進性を形にするのですから、たくさんの制約もあります。でもジョブズは「制約があるからこそ素晴らしいものがつくりだせるんだ」といいます。考えてみれば、どんな仕事にも必ず制約はあります。それが金銭的なものだったり、技術的なものだったり、期間的なものだったり、いろいろあります。私はお茶をやっていて、その煩わしいほどの規則や制約があるからこそ、それを抜け出たときにおもしろさを感じるわけです。制約を制約のままでは、やはりおもしろくはありません。制約を制約と感じなくなってからが楽しいのです。
 下に抜き書きしたのは、ビジネスチャンスは身近なところに隠れていると言っている部分です。これは、ジョブスが、初めてコンピューターについては天才的だったウォズニアックと出会ったときからの考えのようです。
(2015.8.12)

書名著者発行所発行日ISBN
ジョブズの哲学(だいわ文庫)竹内一正大和書房2012年2月15日9784479303718

☆ Extract passages ☆

 ビジネスチャンスは手の届かない遠い場所よりも、身近なところに隠れている。
 問題はそれに気づくかどうかだ。
 ジョブズは「ビジネスになる」とひらめいたが、エレクトロニクスの天才ウォズニアックは「みんなに売ろうなんて思いつきさえしなかった」と吐露している。
 同じものを見ても、同じことを考えつくわけではないのだ。だから人間は面白いし、そこにビジネスの芽が宿っている。
 遠い彼方のチャンスを探す前に身近なチャンスに目を向ける、そうした姿勢こそが成功への近道だと言えるだろう。
(竹内一正 著 『ジョブズの哲学』より)




No.1119 『地域に希望あり』

 副題は「まち・人・仕事を創る」で、地域でがんばっている人たちを取りあげています。たしかに、地域創生などとかけ声は聞こえてきますが、その実体はなかなかわからないので、この本を読んでみました。
 結論からいえば、やはり「人」にかかっているような気がしました。もちろん、資金も必要ですし、市町村の取り組みなども大切なことですが、それを主導する人が一番大切なように思います。
 とくに、東日本大震災で大きな被害を受けた地域などは、人のネットワークが大事で、疎外感を受けて、立ち直れない地域の方々もいるそうです。年数が経てば、なおさらです。原発の事故だって、風評被害は今でもありますが、危機意識はそうとう薄められてきたように思います。でも、何一つ解決はしていないのが現状です。第2章で福島県会津地方の自然エネルギーの取り組みを紹介していますが、最初のころと違い、すべてを買い取る姿勢から先行きがだいぶ不透明になりつつあります。この本でも、「安倍晋三政権は自然エネルギーの拡大スピードを遅らせて、原発を次々に再稼働させようとしている」といいます。地域がいくらがんばっても、中央政府がぐらつけば、そのあおりを受けるのが地方であり、地域なんです。
 やはり、地域そのものが自立しなければならないわけで、「条件に恵まれた会津で自然エネルギーを生産し、持続可能な雇用を生み出す。その結果、若者たちが地元に就職し、やりがいのある仕事に就こうとTターン者も増える。最大の目的は地域の自立である。」といい、やはり早すぎず、急ぎすぎず、「減速して生きる」ことこそ本来の豊かさではないかと問いかけます。
 この本を読むまでは、「道の駅」って、既存のドライブインや食堂などの仕事を奪ったのではないかと思っていましたが、それは事実でしょうが、地元の新鮮で安全な農産物を直売する機会を増やすなどの効果などもあったと知りました。たしかに、どこの道の駅に行っても、農産物の産直のコーナーがあるようですし、なかには農産物の加工品のあるところもあります。
 下に抜き書きしたのは、小川町の下里1区のリーダー安藤郁夫さんが金子さんに語った言葉です。もともとは、『金子美登「小利大安の世界を地域に広げる」中島紀一ほか編著『有機農業の技術と考え方』 コモンズ、2010年)』に載っているそうです。
 やはり、農家の方が手間暇をかけても報われることが大切なことで、さらに同じようなことをしている仲間の存在も必要です。
 この本で知ったのですが、有機農業の意義はとても大きいと思います。農林水産省生産局農業環境対策課のまとめた「有機農業の推進について」2015年)によると、「日本の1ヘクタールあたりの化学合成農 薬使用量は11.6キロで、米国の17倍、イギリスの8倍、ドイツの6倍にも達する。」といいます。よく、有機農業というだけでなく、減農薬などという言葉もあるので、それなりに農薬の使用は少ないのではないかと感じていましたが、そうではないようです。
 この本には、全国各地のいろいろな地域の取り組みが紹介されていますが、それにしても、東日本大震災の影響というよりも、福島第一原発の事故の影響の大きさを特に感じました。
 いつ収束するかもわからないとんでもない事故ですが、それにも負けずに地域再生のためにがんばっている方々がいることに、ビックリしました。ぜひ、この本を多くの方々に読んでいただき、地域にも大きな希望があることを知っていただきたいと思います。
(2015.8.10)

書名著者発行所発行日ISBN
地域に希望あり(岩波新書)大江正章岩波書店2015年5月20日9784004315476

☆ Extract passages ☆

「この歳になって初めて、農業が面白くなった。有機をやってみると、思いもよらなかったことが実現できる。手間暇かけたことが無駄にならないし、楽しいし、仲間もできる。何より薬漬け農業から解放され、自分の作ったものを胸を張って売れる。これまでの2倍くらいの収入になって、夢を見ているようだ。自分でも驚くほど張り合いが出てきた」
(大江正章 著 『地域に希望あり』より)




No.1118 『旅は私の人生』

 何冊かこの著者の本を読んでいますが、歯切れのよい書き方が好きで、ちゃんと1本筋が通っている生き方もいいと思っています。
 この『旅は私の人生』も同じで、たとえば外国を旅をするということは、「一種の個人的な闘いに出ることなのだ。最終的には、自力で身を守るのである。パスポートの保管を厳重にして、最低限法的な身分保証を確保し、掏摸などの窃盗行為から身を守り、食事の節制によって健康を守り、乗った船の安全性など基本的には信ぜず、いかなる社会的・自然的変化にも、それなりに対応して自分で生き抜く気構えが必要なのだ。しかし人生のおもしろさを味わうためにはいささかの不便も危険も代償として受け入れなければならない。」と書いています。
 著者は作家ですから、その素材を旅にもとめるのもわかりますし、この本のなかでも、小説を書く上で「読書(思考)と旅(実体験)」は必ず必要なもので、どちらかを欠落させても息切れするとまで書いています。そういう意味では、旅は著者の人生でもあるわけで、それが題名になったような気がします。
 そういえば、著者はどちらかというと困難な旅をわざと選んでいるようですが、ここにも共感できるところがあり、今年の3月、インドネシアのカリマンタンでイスラム教の結婚式に出席しましたが、女性の写真を撮るのに苦労しました。でも、それは最初のうちだけで、慣れてくると、次々と写真を撮っても平気になります。ただ、撮ったカメラでこのように撮れましたよ、と見せるのです。やはり、結婚式に出て、きれいに着飾った女性は、それを写真で残したいというのは自然な感情です。この本でも、『リビアでは、私の知人が女性の見える村の光景を写真に撮っていて宗教警察に捕まった。この人はカメラとフィルムを没収されるだけでなく、刑務所にぶちこまれても仕方がないところであった。私たちは警察署に連れて行かれたが、私は署長の前でとっさに「そのカメラは私ので、私が背の高いこの人にシャッターを押すことを頼んだのです」と言い、署長と和解の握手をしてしまった。女性なら女性の写真を撮ってもいいのである。』と書いています。
 つまり、女性なら女性の写真を撮っていいというのですから、なんかだいぶ昔の考え方のようです。それを今もしっかりと守っているのですから、すごいと言えばすごいことです。
 また、暑いところに行けば薄着になったり、窓を開けたりと考えますが、それは日本などの温暖な気候のところにいるからそう考えるのです。じつは、著者も書いていますが、暑ければさらに着るという選択もあるわけで、むしろ砂漠に行けばそのほうが涼しいのです。理由は簡単で、「シリアのダマスカスなどでは、それこそ50度前後と思われる暑い昼下がりに、おばさんたちは厚いフェルトのオーバーを着込んで歩いている。単純な理論である。つまり彼女たちがもし薄着をすれば、50度を超える気温に晒されるが、しっかり着ていれば、服の内側は体温と同じ36度くらいに保たれるということなのである。」といいます。それ以外にも、「肌を太陽や風、虫や擦過傷から守るために長袖とスラックスを着る」といいます。それほど、土地が違うと、なにが起きるかわからないし、ちょっとした傷でもすぐ膿むのだそうです。
 やはり、過酷な旅をしてみないとわからないことはたくさんあります。ツァーの旅ばかりしていては、なかなかわからないことだと思います。
   下に抜き書きしたのは、「1杯の紅茶の幸せの光景」という1節です。たしかに幸せというのは抽象的な概念ですが、幸せというのはまったく個人的なことです。ここに出てくるベドウィンのおじいさんは、1杯の紅茶でも幸せを感じられるとすれば、それはそれでとても有り難いことだと思いました。
(2015.8.8)

書名著者発行所発行日ISBN
旅は私の人生曽野綾子青萠堂2015年4月16日9784921192938

☆ Extract passages ☆

 幸福といえば、思い出す光景がある。
 アフリカの砂漠の真ん中で、ラクダを何十頭と連れたベドウィンのおじいさんが、一人でお茶を飲んでいる姿だ。荒野を旅する人たちは、必ず彼らのラクダの背に石三個を積んでいる。ラクダを止めた所で、その石三個を置いてかまどをつくり、ラクダの背に積んだ薪を燃やし、ヤギの革袋に入れてきた水でお湯を沸かして、紅茶を淹れ、砂糖をたっぷり入れて飲む。手がベトベトになるほど甘い紅茶だ。
 その時、彼は深い幸福を味わっている。なぜなら、第一に命をつなぐ水を持っている。それだけでも幸運な人なのだ。第二に、紅茶という文明の産物さえ持っている。何しろ輸人品なのだから。
 そして、三番目に砂糖を持っている。高カロリーがとれるのと同時に、甘さという非常に恵まれてくれた感覚を与えてくれる。彼らにとって砂糖は、家族の愛の証なのだ。入れれば入れるほど甘くなって「ああ、オレは家族から愛されている」という実感につながる。
(曽野綾子 著 『旅は私の人生』より)




No.1117 『世論調査とは何だろうか』

 世論というのは、正しくは「せろん」と読むのか、あるいは「よろん」と読むのか、ときどきとまどうことがあります。
 この本では、その疑問をはっきりと示してあり、『「世論」ということばも従来からあってせろん″とかせいろん″と読まれていました。意味は輿論とは違います。「世論にまどわず」などと流言蛮語、つまり根拠のないデマのように使われていました。英語で言えばポピュラー・センチメンツ。ポピュラー、つまり大衆向けとか通俗的といったイメージですね。また、センチメンツも感想とか、感情の入った意見というニュアンスがあります。これに対して「輿論」はパブリック・オピニオン、つまり「国民」もしくは「公共」の「意見」ということで、「輿論に基づく民主政治」など建設的なニュアンスで使われていました。 社会に対する影響力の大きい新聞が、戦後、「世論調査」と使い始めたことで、もともと「公的な意見」という意味だった「輿論」と「世間の空気」を表す「世論」が、同じよろん″となったわけです。』と書いています。
 つまり、「よろん」が正しい読み方なのでしょうが、今の世論調査を考えると、気分や感情が入り込んでいるような気がして、「せろん」的かな、とも思います。でも、どちらにしても、今の時代はこの世論調査というのがいろいろな判断のときに重要だと思います。
 それとわからないので、選挙のときに、やっと開票が始まったばかりのときに、「当確」が出たりすると、なにを根拠にそのような判断されたのかとても気になります。もちろん、出口調査の結果とアナウンスはされるのですが、自分なら出口で誰に投票しましたかと聞かれても答えないと思っているので、なおさら不思議です。
 この本には、そのような出口調査についても書いています。というより、著者は、もともとNHKに勤めていて、そのような作業も経験していたといいますから、信憑性はあります。
 もちろん、この出口調査の前に、「現場の記者たちが足で集めてきた陣営の情報をはじめ、各社の世論調査、期日前投票の出口調査、地元の人たちの反応など、考えられる限りの情報を集めて分析」するのだそうです。さらに、見極めの出来ない候補者の場合などは、開票してからの票の動きなどさまざまな要因を分析して「当確」を出すそうで、私などは2〜3時間もすればはっきりと票に現れるのになぜそのようなことをしなければならないのかと、不思議にさえ思います。でも、一刻も早く知りたい人もなかにはいるから、そのような大変な作業をするのだと思います。
 この世論調査について、その結果を一番気にするのは、やはり政治家でしょう。衆議院を解散するとか、大きな政治判断をするというようなときに、やはり世論は気になります。というより、それを見誤ると、とんでもない結果になるからでしょう。そのことについても、いろいろな例を提示しています。
 おそらく、世論調査って何だろう、と思っている方なら、この本を読むと、なるほどと思うことがたくさん書いてあると思います。
 著者は、NHKの解説委員を務めただけでなく、「週刊こどもニュース」の3代目お父さんだそうです。だから、とても読みやすく理解しやすかったのかもしれません。
 下に抜き書きしたのは、世論調査でよく行われる無作為抽出についてです。この無作為抽出はランダムサンプリングですが、それを数学の確率論に当てはめることで科学的な調査になったという話しです。
(2015.8.6)

書名著者発行所発行日ISBN
世論調査とは何だろうか(岩波新書)岩本 裕岩波書店2015年5月20日9784004315469

☆ Extract passages ☆

 ランダムサンプリングは、簡単に言えばくじ引きです。くじを引いたり、サイコロを振ったり、コインの裏表で決めたりといった、完全に偶然に支配される選び方のことです。人が適当″に選ぶのではなく、偶然″という「神の見えざる手」によって選ぶのです。
 くじ引きやサイコロなど完全に偶然に支配される出来事については、確率の計算が可能です。ということは、サンプルの値から全体の値を推計したり、誤差がどのくらいあるかを計算したりできるわけです。このように数学の確率論を当てはめることができると、調査の正確ざを数字で客観的に判断できますから、科学的″な調査であると証明するための強力な武器″になります。
(岩本 裕 著 『世論調査とは何だろうか』より)




No.1116 『細胞の不思議』

 たしかに細胞は不思議ですし、「すべてここからはじまる」といわれれば、その通りです。だとすれば、ちょっとは知っていてもいいかな、と思って読み始めました。
 つねづね不思議だと思っていたのは、自分の身体のなかに細胞が約60兆個存在するといわれても、ほんとうなの、とか、誰が数えたの、とかいう疑問しか浮かばなかったのです。でも、その細胞をバラバラにして一列に並べてみると、60万qにもなるそうで、だとすれば地球を15周するほどの距離です。やはり、単純にすごいと思いました。
 もうひとつの疑問はDNAですが、このDNA上に並んでいるのは4種類の文字、つまり塩基です。それを簡単にA、T、G、Cとそれぞれの分子の頭文字で書かれていますが、これも30億塩基もあるそうです。30億といわれてもピンときませんが、この本では、大英百科事典の1巻にだいたい1,000万字書かれていて、その300巻と同じほどの文字だと紹介されています。なるほど、たしかにこれもすごいと思いました。
 この本で知ったのですが、この細胞とか、あるいは酸素や水素などの科学用語のほとんどを翻訳したのは、江戸時代の蘭学者「宇田川榕菴」だそうです。榕菴はシーボルトとも親交があったそうですから、英語でセル(cell)という文字を細胞としたのも、それをしっかりと理解していたからではないかと思いました。というのは、この本を読んで、細胞というのは、たしかに小さな袋のようなものだと感じたからでもあります。
 また、この本は、文字による解説だけでなく、絵もとても分かりやすくて、よかったです。だから、この本の作者のところに、「永田和宏 著、キム・イェオン 絵」と並べてあったのだと、理解できました。
 「あとがき」で、高校生にも手にとってもらいたいと書いてあり、高校生でもわかるように書いたのでしょうが、ちょっと難しくて、理解できないところもありました。たとえば、核膜の説明ですが、「核膜にはいくつもの孔があいています。この孔(核膜孔)を通じて、タンパク質や核酸などいろいろな物質の行き来があります。核のもっとも大切な役割は、遺伝子の貯蔵と複製、そしてその情報を読み出して、細胞質(正確にはサイトゾルと呼ばれます)に情報を送り出すことにあります。」といわれても、なかなかすんなりとは理解できません。というより、そのまま、そのようなものとして覚えるしかないのかもしれませんが、このような記述が続くと、ギブアップしてしまいます。
 そういえば、細胞が約60兆個存在するということに対して、この「あとがき」で、2013年に報告されたものに37兆個に訂正されたものがあると書かれてあります。でも、これはまだ増える可能性があるので、通例に従ってこの本でも細胞は約60兆個存在すると書いたのだそうです。つまり、私の素朴な疑問もはっきりとは解明できていないということです。
 下に抜き書きしたのは、そのような科学的な学説の検証の大変さを書いた部分です。アインシュタインは、『6才児に説明できなければ、理解したとはいえない』と言ったそうですが、このような細胞のような話しを6歳の子どもにわかってもらうのは大変なことだと思います。でも、たしかにそのような態度は大切なことだと、この本を読んで思いました。
(2015.8.3)

書名著者発行所発行日ISBN
細胞の不思議永田和宏 著、キム・イェオン 絵講談社2015年3月25日9784062194518

☆ Extract passages ☆

 一つのことを証明するのは、実に手間暇がかかる作業です。仮説が出され、それが別の考え方、あるいは実験によって否定されます。否定した側の意見や結論も、またそれに対する反証実験によって覆されます。科学者は、あらゆる可能性について考え、誰かの説が出されると、それを鵜呑みにすることなく、その考え方、その実験にはどこかに落とし穴、見落としているところがないかを考えます。これはとことん意地悪く探すのです。科学的真理というものは、そのような念には念を入れた細心の検証に耐えたものだけが、生き残っていくのです。強い信念であるとか、熱い希望であるとかは、科学の前では何の足しにもなりません。証拠がいかに示されるか、それがいかにあらゆる角度からの批判に耐えうるか、それのみが問われることなのです。
(永田和宏 著、キム・イェオン 絵 『細胞の不思議』より)




No.1115 『旅の流儀』

 7月31日から8月1日まで、孫といっしょに夏休みの旅行をしました。昨年は、那須に行ったので、今年は東京に行こうと思い、いろいろと考えたけど、上野動物園などに行くことにしました。そういえば、5月に中国四川省に行ったときも、成都動物園に行ったことを思い出しました。
 その旅の途中で読んだのがこの本です。たしかに、旅には、自分なりの好みがあり、そのなかでも、これはちょっと譲れないなあ、と思うのがあります。ということは、著者のそのような思いが、『旅の流儀』という本になったのではないかと思いました。そして、読んで見ると、たしかに予想通りで、しかもとてもわかりやすく、読みやすかったです。
 とくにおもしろいと思ったのは、「長い時間、なにもしないでただぼんやりとして時を過ごせるのは、歳を取った者の特権である。若い頃はいつもヒマを持て余し、なにか面白いことはないか、とイライラして、時間がなかなか過ぎないで困っていた。が、いまではなにもしなくても時間があっというまに過ぎ、どうして歳を取ると時間が早く過ぎるのだろう、と嘆くことが多い。それは、年寄りは過去の経験が膨大にあるので、人を見ても風景を見ても、そこから得られる情報の量が多いからだ。」と書いてあり、さらに「老人は、思い出すことが無限にあるから、いくらでも時間を潰すことができる。」とありました。たしかに私も、以前はもう少しもう少しと思って歩きましたが、今では、ベンチがあればそこに座り、ジッと辺りを見回しながらたたずんでいます。
 何度か来ていれば、そのときのことを思い出す場合もあるし、初めての場所では、ここには何があるのだろうと考えたりします。そして、いろいろと歩き回るのではなく、そのなかから、1つか2つを選び、それだけを見てまわります。
 むしろ、そのほうが印象に残り、いつでも鮮やかに思い出すことができます。
 だから、雨が降ったりすれば、外に出ないで、ホテルの中で本を読んだりして過ごしますし、疲れたら疲れたで、ところかまわず休むことにしています。そう、特技はどこでも眠れることです。車や電車などの移動手段は当然ですが、それ以外でも、座るところさえあれば眠れます。ある知り合いの外国人から、知らないところで寝たら、何があるかわからないよ、と注意されたこともありますが、今のところ、何もありません。それと同じように、どこでも本を読むことができます。
 ということで、孫との旅行でも、新書版1冊を読み終えました。
 この本にある「自分の鞄は自分で持つ」というのに、私も賛成でした。「でした」ということは、今はあまりこだわらなくてもよいと考えるようになりました。でも、この本のなかにある「いまでも外国の一流ホテルへ行けば、いかにもセレブな顧客が、高級ブランドの大型旅行鞄を山のように従えてチェックインする光景が見られるだろう。それらの荷物は、出かけるときは使用人の誰かがクルマに積み込み、駅や空港に着けばポーターが、ホテルに着けばベルボーイがすべて運ぷ。だから旅行者自身は、せいぜいハンドバッグくらいしか持つことがないのである。私は、添乗員やツアーガイドをやっていた若い頃、そんなようすを眺めるたびに、いくら裕福になっても自分の荷物を他人に運ばせるような人間にはなりたくない、どんな旅をするにせよ、自分の鞄くらいは自分で持ちたいものだ、と、青年らしい潔癖さで考えたことを覚えている。」という、その潔癖さは忘れたくないように思います。
 でも、インドを一人で旅していたときに、知り合いのインド人から、荷物を運ぶことで家族を養っている人もいるのだから、といわれ、複雑な気持ちになったことがあります。
 やはり、年を重ねると、いろいろな経験があり、つい長々と書いてしまうもののようです。
(2015.8.1)

書名著者発行所発行日ISBN
旅の流儀(中公新書)玉村豊男中央公論新社2015年6月25日9784121023261

☆ Extract passages ☆

 人はたいがいのことに慣れ、緊張感を失い、同じことを惰性で繰り返す。それは人生を生きていく上で必要なことでもあるのだが、そうやって目にウロコが溜まっていくと、きっと見るべきものが見えなくなるときがあるだろう。
 旅に出るということは、海外であれ、国内であれ、家にいる日常から離れるということだ。人はその環境に慣れることで日常を手に入れるが、日常から離れることには決して慣れることがない。だからこそ旅は面白いし、そこにこそ旅をする意味があるのだろう。
(玉村豊男 著 『旅の流儀』より)




No.1114 『考えすぎる脳、楽をしたい遺伝子』

 ちょっとおもしろそうな表紙で、ちょっと興味のある題名だったので、読むことにしました。予想通り、とてもわかりやすく、読みやすかったです。
 この表紙絵を孫が見て、「あんまり勉強しすぎると脳がはみだすよ」といいました。そうではなく、勉強しないと脳がシワシワにならなくて、のっぺりしたものになるよと話しました。納得したかどうかはわかりませんが、子どもは自分に都合よく見ているものだと思いました。でも、ニコニコと話してたから、おそらくわかっていたのかもしれません。
 さて、私たちは脳に振り回されていると「はじめに」に書いていて、だからこそ、その脳に振り回されずに生きる方法を生物学的な視点から考えたい、それがこの本のねらいだそうです。たしかに、人には「悩み」や「不安」などもあり、さらには無理を重ねて体を壊すこともあります。わかっていても、そうするのですから、困ったものです。さらに、それに「欲」が重なると、ろくなことはありません。体のほうは少し楽をしたいと考えたとしても、それらがいろいろと考えすぎて、とんでもない方向に進むことだってあります。
 しかも、いくつかの選択肢があったとしても、それを全部することはできません。そのなかのほんの少ししか、現実にはできないのです。この本では、「選択というのは、たくさんの中から一個を選ぶと思われるかもしれませんが、選択の本質は捨てるほうにあります。したいこと、なりたい自分がいっぱいある中で、選べるのは一つしかありません。」といい、後は捨てなければならないといいます。
 考えてみるとたしかにそうですが、現実は、とくに若いときには何でもできそうな気がします。だからこそ、選択の本質は捨てることだ、ぐらいに考えておくことが大切なのです。捨てても、捨てても、次々にしたいことややりたいことは出てきます。そう考えると、人というのは、いかに頭でっかちなのかと思い至ります。
 でも、私たちには、めげないというか、くじけないという特性を持っていると著者はいいます。その根拠は、「地球の表面で、30数億年も続いている自然現象は「生命」だけです。何がその珍しい現象を起こしているかと言えば、やはり遺伝子だと思うのです。それが具体的にどれか一つの遺伝子なのか、あるいは複数の遺伝子の協調の産物なのかはわかりませんが。我々は生物として、めげない、くじけないという特性を持ってきたものの末裔ですから、絶対どこかにその遺伝子はあるはずです。」と書いています。
 だとすれば、やる理由はあっても、やらない理由はなさそうです。やらないで後悔するよりは、やったほうがましだということでもあります。
 これだけは、孫にも伝えておきたいと思いました。
 下に抜き書きしたのは、人の評価なんて、あまり当てにはならないということです。むしろ、狭い日本だからこその対外的な評価で、アフリカ辺りの広大な大地に放り出されたら、人の評価なんて考えないのではないかと書いています。たしかに、そうかもしれません。ぜひ、読んでみてください。
(2015.7.29)

書名著者発行所発行日ISBN
考えすぎる脳、楽をしたい遺伝子長沼 毅クロスメディア・パブリッシング2015年5月1日9784844374053

☆ Extract passages ☆

 そもそも体外的な評価を気にするなんて、そんなのは日本の狭い社会だからできるのです。
 たとえば、アフリカのどこかの民族の中に放り出されたときに、自分の何をアピールしようとするでしょうか。自分が得意なもの、できるものは何だったかとか、そんなようなことしか考えないはずです。
 外国人の中にドンと置かれたら、人からの見た目やら、体裁やら、役割やら、そんな脳が生み出すものなんて一つも思い浮かびません。狭い社会でできた幻想空間では脳が働くかもしれませんが、こういう状況では働かないのです。
(長沼 毅 著 『考えすぎる脳、楽をしたい遺伝子』より)




No.1113 『唱歌「ふるさと」の生態学』

 この唱歌「ふるさと」は、毎年、社会を明るくする強調月間の行事のひとつとして開催されている隠し芸大会の最後のエンディングでみんなで唱います。今までは何も考えずにただ唱っていたのですが、たしかに「兎追いし かの山 小鮒釣りし かの川 ……」というのは、今ではなかなかお目にかかれない日本の原風景のような気がします。
 そういえば、私も小さいときには、針金をたき火でいぶし、輪を作ってノウサギを捕まえるワナで何羽か捕まえたことがあります。冬に山に行くと、必ずノウサギの足跡を雪上に見つけられました。それほど、いたことは間違いないのでしょう。
 この本の副題は、「ウサギはなぜいなくなったのか?」で、たしかにそういわれれば、そのようです。でも、以前は鉄砲ぶちをする方もたくさんいましたけれど、今は数えるほどしかいません。ノウサギにしてみれば、怖いハンターがいないから、むしろ増えてもよさそうです。でも、今、冬に山に入っても、ほとんどノウサギの足跡を見つけられません。むしろ、野生のサルの足跡のほうが多いぐらいです。とすれば、やはり少なくなっていることは間違いないことでしょう。
 それがこの本を読むきっかけでした。
 結論からいうと、ウサギが減少したのは、「その答えは茅場の消滅にある。ウサギが生きるのにふさわしい茅場は、日本の農業の変化によって著しく少なくなってしまった。農家から家畜がいなくなり、堆肥も必要なくなったし、屋根も瓦葺きになったから、茅場もいらなくなった。こうして日本中から茅場が消滅した。ウサギの減少の原因はここにある。猛禽類やキツネに狙われても狩猟で殺されても生き延びて、人間の子供にさえも追い回されるほどいたウサギは、皮肉なことに狩猟もあまりされず、猛禽もいなくなった現在いなくなってしまった。それは茅場がなくなったためである。」とこの本ではいいます。たしかに、そういうことはあるに違いありません。
 また、この本を読んでいて、なるほどと思ったのは、著者がパンダの国際調査隊の一員として中国四川省の現地調査に参加したときのことが書いてあったことです。私も1991年に四川省に行き、今年の5月にも行きましたが、やはり同じように川の水の色が泥色だったことに気づきました。今回は楽山大仏にも行きましたが、ここは長江の支流である岷江(びんこう)と青衣江が合流する地点にあり、そのいずれの川も泥色でした。たまたま、その岷江の上流部にも行きましたが、そこでは清流です。遠くには雪山が見え、そこが源流域です。でも、清流とはいえ、この水はそのまま飲むことはできず、やはりペットボトルの水を買って飲むしかないのです。理由は、どんなに上流であっても、その上では放牧が行われ、家畜の糞尿がその川の水に流れ込んでいるからだそうです。だから、日本に帰ってきて、自分の家の前のきれいな川の水を見て、改めて日本っていいなあ、と思いました。
 でも、その川にも、ほとんどメダカは住んでいないようで、フナもいるかどうかさえわかりません。私の小学生のころは、川で水鏡を持ってヤスで魚を捕るのが夏の楽しみでした。ほぼ、毎日川に遊びに行き、ヤナギの枝にとった魚を自慢げに家に持ち帰ったものです。でも、今は、川で泳ぐことも遊ぶこともできません。
 さらに、東日本大震災のときの福島原発の事故で、強制的に故郷に帰れない方々もいます。それを第6章「東日本大震災と故郷」で言及しています。ここでは、人も当然ですが、動物たちに起きたことにも自分たちの調査から伝えています。
 それでも、この唱歌「ふるさと」だけは、歌い続けられています。
 下に抜き書きしたのは、そのウサギが減少した原因になった茅場が、文化遺産でもあったという部分です。これを読むと、いかに茅場が大切だったか、わかるかと思います。里山というのは、人間の関わりがあって保たれていたのですが、その関わりの1つでも失われると、次々と連鎖反応が起きるのではないかと感じました。
 とてもわかりやすい本ですので、ぜひ読んで見てください。
(2015.7.27)

書名著者発行所発行日ISBN
唱歌「ふるさと」の生態学(ヤマケイ新書)高槻成紀山と渓谷社2014年12月25日9784635510202

☆ Extract passages ☆

 思えば秋の七草は茅場の植物である。日本は森林の国であるが、ハギ、キキョウ、フジバカマ、クズ、ススキ、ナデシコ、オミナエシの七種の植物は「秋の七草」とされ、どれも森林に生育するものではなく、明るい茅場を本拠地とするものばかりだ。古代から20世紀まで、大陸の文化の影響を受けながらも、独自の文化を築いてきた日本人は自然に対して独自の感性を育み、磨いてきた。その上で植物の存在は大きかった。春の七草は「食べる草」であるが、秋の七草は「愛でる草」である。その秋の七草は自然林ではなく里山の茅場に生える植物である。
(高槻成紀 著 『唱歌「ふるさと」の生態学』より)




No.1112 『京の暖簾と看板』

 この本はおしゃれなCDサイズで、分類的には写真集かもしれませんが、とても楽しく見せていただきました。
 内容は「料理」、「菓子」、「せいかつ」、「食べ物 飲み物」と分けられ、それぞれの暖簾や看板を取りあげています。まさに、京都ならではの文化ではないか、と思いました。もちろん、暖簾も看板も他の町でもあるでしょうが、京都のように数々あるわけではなさそうです。
 でも、京都には、今まで気づかなかったかもしれませんが、この本を見る限り、ほんとうにたくさんの暖簾や看板があると思いました。しかも、時代がかったものや、新作物、あるいはどのような品物を扱っているのかわからないものまで、多種多様です。
 見たことがある暖簾や看板もあり、ちょっと懐かしくなったり、行ってみたくなったり、食べたくなったものもあります。
 たとえば、行ってみたくなったのは「河井寛次郎記念館」で、たしかに看板があったのを覚えていたのですが、それが棟方志功の書に黒田辰秋の彫刻だとは知りませんでした。でも、誰が作成したのかまでは書いてなく、まあ、知らなくても当たり前かもしれません。このような本を読んだからこそ、知り得たわけです。
 また、食べてみたくなったのはたくさんあって、「田丸彌」の「白川路」はとても懐かしく、京都に行くと必ず買って帰りました。このさくっとした歯触りとごまの風味の味わいが独特で、何枚でも食べられます。ここの看板は、私自身も自宅でも東大寺管長であった清水公照のお軸を書けていますが、その清水師の書です。ところが、実は金具がとても貴重なものだそうで、彫金師鈴木宗良の作だそうです。これなども、聞かなければ絶対にわからないことです。
 また、京都のお土産の定番といえば、「阿闍梨餅」もありますが、そのお菓子を作っているのが「満月」です。左京区にあるのですが、この看板も「波打つような隷書で、横長の構えが特徴」と書かれてありました。そういえば、もともとはお菓子屋の暖簾というのは白無地だそうで、この本に掲載されているものにも、そのような例がいくつも載っていました。
 そういえば、京都のお菓子屋で忘れられない思い出があります。それは京都にいたとき、「笹屋伊織」に行ったことがあり、小さな暖簾に「伊織」としか書かれておらず、おずおずと戸を開けると、中にはショーケースも何もありませんでした。そこで、お菓子が欲しいといいますと、ここは一見さんお断りだから、と言われ、お菓子すら見せてもらえませんでした。
 ところが、最近では東京都内のデパートでも笹屋伊織の店があり、いつも買おうと思うのですが、このときのことが鮮やかに思い出され、つい買いそびれてしまいます。たしかに一見さんお断りというのはひとつの京都の文化かもしれませんが、何も聞かずに断るというのはやはり失礼なことのように思います。
 そんな気持ちがあるので、なかなか買えないのかもしれませんが、いつかは、その暖簾をくぐって、京都のお店から買って食べてみたいと思っています。
 下に抜き書きしたのは、もくじの脇に書かれていたもので、まさに暖簾や看板は、たとえれば人間の顔のようなものなのかもしれません。
(2015.7.25)

書名著者発行所発行日ISBN
京の暖簾と看板竹本大亀 文、渡部 巌 写真光村推古書院2015年5月19日9784838105274

☆ Extract passages ☆

 暖簾と看板は時として人間の顔にたとえられる。年齢を重ねた重厚な顔、若く躍動感あふれる顔。さらには誕生問もない純真顔までと、さまざまな表情がある。京散策の折に一歩足を止め、そんな目線で京の暖簾と看板を楽しんでいただきたい。目を凝らした先には、先人だけでなく今を生きる人たちが暖簾や看板に込めた思い、それが垣問見えるに違いない。
(竹本大亀 文、渡部 巌 写真 『京の暖簾と看板』より)




No.1111 『これ、食べていいの?』

 副題は、「ハンバーガーから森のなかまで――食をえらぶ力」とあり、福島の原発事故のことやあのマクドナルドの問題があり、食の安心、安全に関心を持たないわけにはいかないと考えていたときに、この本と出会いました。
 著者はアメリカのジャーナリストで、とくに食や脳儀容、ガーデニングなどをテーマに書いているそうです。読み始めると、なんでも自分で体験しながら書いているその姿勢に好感を持ちました。学者やその道の達人に聞いて書いているのではなく、自分で農業も畜産も経験しながら、その大切さとか大変さを学び、そして今流通している多数の食品と、安心・安全に気をつかっている食品との違いは何かとか、実際に即して書いています。
 最後まで読んで初めて知ったのですが、著者は、2010年に『タイム』誌で「世界で最も影響力のある100人」のうちのひとりに選ばれたそうです。たしかに、とても臨場感があり、すごくおもしろかったです。
 たとえば、ジョエル・サラティンのポリフェイス農場に1週間の研修に行ったときに、著者は、『農場の産物では、卵がいちばん収入になります。それを見込んで鶏の数を増やす農場がほとんどですが、ここでおなじことをすれば「全体のバランス」が崩れることをサラティンは知っています。鶏糞過多は草をだめにする。ある時点から、とつぜん有害廃棄物に変わるのです。それに増えた鶏たちの分のタンパク源、幼虫は? 牛も増やさなければなりません。その牛に食べさせる草も増やさなければ……。』といいます。そして、サラティン「みんな、つながってるんだよ」、「この農場は機械ではなく、いわば生きもの。そして生きものには、それぞれ自分に合った大きさというものがある。ネズミが小さいのには理由があって、ゾウみたいに大きくなっちゃまずいんだ。」と言ったそうです。
 また、アンジェロ・ガッロとキノコ狩りに行ったときに、「ガイドブックで調べたり図鑑でたしかめたりしても、食べられる本物のアンズタケかどうか、いまひとつ自信が持でなかったのに。アンジェロに、はい、と手渡されただけで、疑念は雲散霧消。次にどこかで見つけたときには自分でアンズタケと判断できる――迷わず口にできる自信があります。ほかのキノコ狩り名人たちに話すと、みなおなじ経験をしていました。どうやらこういうことは自分の力で、人から聞いて覚えるしかないようです。それもまた雑食性のヒトに備わった「本能」のひとつなのかもしれません。」と書いてありましたが、これは植物の名前を覚える場合なども同じです。自分で図鑑や写真集をいくら見てもなんとなくあやふやさは残りますが、先達から実物を前にして教えられるからこそ覚えられるのです。
 また、著者のすごいところは、このように手に入れた採取品は、すべて自分で料理して、この狩猟採取でお世話になった人たちにごちそうするのです。その料理のレシピも興味深いものでした。手に入るもの、なかなか手に入れるのに難しいものなどがあり、それでも精一杯安心・安全に気を配りながら料理します。その様子が手に取るようにわかり、だからおもしろかったのです。
 じゃあ、いろいろある食のなかで、何をえらべばいいの、何を基準にすればいいのという疑問に、著者は「ほんものを食べる」こととしています。それは、「A. おばあさんが食べものと思わないものはたべない。B. 原材料に5種類以上使われているもの、意味不明だったり読めない材料が使われているものは食べない。C. 高果糖コーンシロップ(異性化糖)が入っているものは口にしない」のだそうです。
 これはとてもわかりやすく、選ぶときにあまり悩まなくてもすみそうです。そういえば、最近の内容表示は、とてもわかりにくく、理解できない成分もあります。そのときには、これを思い出したいものです。
 下に抜き書きしたのは、食べるということに人は悩んだ結果、その脳が大きくなったのではないかという説明のところです。もちろん、それだけではないと思いますが、このような考え方もあると思ったのが正直なところです。
 そして、もし、機会があれば、ぜひこの本を読んでみてほしいと思います。ただ、口で安心・安全などというのではなく、実際の問題として食を考えることができると思います。おすすめの1冊です。
(2015.7.24)

書名著者発行所発行日ISBN
これ、食べていいの?マイケル・ポーラン 著、小梨 直 訳河出書房新社2015年5月30日9784309247106

☆ Extract passages ☆

 脳が大きく発達したのも、雑食動物のジレンマがあったからこそで、悩まないコアラに大きな脳は必要ありません。事実コアラの脳は、頭蓋骨とのあいだにすき問があるほど小さくなっています。コアラもかつてはいろいろなものを食べていたのではないかと、動物学者たちは考えています。それが一種類にしぼられるにつれ、悩む必要がなくなった。使われない器官は退化する。つまり食が単純化することで、脳も縮んだのではないか、と。
 これに対し、人間は脳を使っていろいろと考えながら、からだに害なく、雑食していかねばなりません。コアラのように本能だけに頼るわけにはいきません。食べものをえらぶという行為は「脳と感覚を駆使して問題を解決する行為」にほかならないのです。
(マイケル・ポーラン 著、小梨 直 訳 『これ、食べていいの?』より)




No.1110 『僕はこんな旅しかできない』

 著者の本は何冊か読んでいますが、そのほんどがアジアの旅関連のものです。しかも、格安で行くための、いわばバイブル的存在の本で、たしかにハウツー的効果がありました。
 最近は、若いときのような安ければいいという旅をするのも疲れるので、ゆったりとした行程で、のんびり行くのが体力的にもちょうどいいようです。それだけ、年をとってきたという証拠かもしれません。
 この本を読むと、著者自身も少しはそのように考えつつあると思いました。
 そういえば、学生のときに北海道に行ったのですが、リックを背負い、テントを持ち、周遊券1枚でほぼ全周しました。宿泊施設に泊まったのは1回だけで、台風なので仕方なく利尻島の安い民宿に1泊しました。今でも覚えているところをみると、泊まったことがよほど印象に残っているのではないかと思います。また、1日1往復しかないバスに乗り遅れてしまい、違うコースにしたこともありました。歩くのは当然でしたし、どこでも眠れました。
 では、今はそれができるかといえば、もう、そのような体力はありません。やはり、できないでしょう。それがホンネです。
 そのような気持ちがあるからこそ、この本を読んでみようと思ったのです。自分の旅のスタイルを未だに引きずっているのかとも思いました。
 でも、そうではなく、以前行っていた国の環境も人も違ってきて、したくてもできないという状況らしいのです。
 そこまで読むと、一気に読んでしまいました。自分がやってきた旅をしたくてもできないというのは、ある意味、寂しいことです。でも、それは仕方のないことでもあります。日本でさえも変わってきたのに、外国だけが変わらないということはあり得ません。変わるのは、当然なことです。
 むしろ、その変化を楽しむことができるのは、もしかすると、年齢のせいかもしれないと思いました。ちょっと身を引いたところから考えられるということでもあります。
 それでも、あえて変えずに旅を楽しんでいるところもあり、なんか、それに共感してしまいました。それがまた、題名にもなったようです。その部分を引用すると、「定番観光を目の敵にしているわけではない。実際、僕はアンコールワットも鼎泰豊の小籠包も知っている。家族で旅をすると、やはりはずせない場所になるからだ。しかしひとりの旅は違う。僕には別の旅がある。そういう旅ばかりを繰り返してきた。いいとか、悪いというレベルの話ではない。僕はそういう旅しかできないし、それでなければ、「ちょっと幸せ」にはなれないのだ。胸を張って伝えられるような旅ではない。しかし僕はこんな旅しかできない。」と何度も繰り返しています。
 私も共感するところは多々あり、たとえば「宴会というものが嫌いだ」というのはいっしょですし、大勢の人のなかで知らない人たちに気を遣うのも嫌なのです。むしろ、一人でのんびりと本を読んでいたほうが気楽というものです。旅も同じで、自分の行きたいところに行く、自分の食べたいものを食べる、歩きたくなければ休む、そのような自由さが欲しいのです。わがままかもしれませんが、そのような旅をしたいのです。
 なんか、著者の考えにまったく同調したような発言ですが、実は、私も昔からそのように考えていました。
 下に抜き書きしたのは、旅でも日常生活でも、予約そのものが嫌いだという部分です。
 これも、どちらかというと、私もそうです。予約すると、それに縛られてしまい、そこに行くことだけを考えてしまいます。でも、そこに行く途中で、もっといいところに出会っても、予約していればあきらめざるを得ないことになります。
 世の中、何があるかわからないわけですから、そのぎりぎりのところまで、保留しておきたいのです。もちろん、旅の途中でも、考え方は同じです。いや、旅の途中では、いいところに出会う確率は格段に高いというのが実感です。
(2015.7.21)

書名著者発行所発行日ISBN
僕はこんな旅しかできない下川裕治キョーハンブックス2015年5月25日9784876418060

☆ Extract passages ☆

 予約席に座るときも居心地が悪い。なにか特別の客のような気分にさせられる。もっと密やかに店の席に座りたいと思う。
 予約嫌いの理由はわかっている。そこに行かなくてはならないからだ。それが予約というものなのだが、これがどうも性に合わないのだ。駅の改札で待ち合わせ、そのへんの店に入るほうが、はるかに気が楽だ。海外の街に着き、バスターミナル近くの宿に決めたほうが、はるかにスムーズに荷物をおろすことができる。
(下川裕治 著 『僕はこんな旅しかできない』より)




No.1109 『あなたのがんは「これ」で9割防げる』

 今年、知り合いの方が癌で亡くなられました。先月も、知り合いの昆虫好きの方が若くして癌で亡くなったことを知りました。
 そういえば、この癌で亡くなられる方が日本の死因のトップだそうで、題名の前に「がんになった医者が書いた」とあるのを見て、読もうと思いました。副題は「がんはステージ0で見つけ、未病で治す」とありました。
 つまり、早期発見と早期治療が9割防ぐための前提みたいなものではないかと感じました。でも、読み続けると、それだけではないことがわかりました。
 癌だと告げられてほとんどの方が動揺するそうですが、それは次に引用するところからもわかります。それは2014年春に国立がん研究センターなどの研究チームの調査で、「がんと告知された人が1年以内に自殺や事故死を起こすリスクは、健康な人の約20倍にのぼる」という結果発表をしました。
 そして、「1990年から2010年まで、約20年にわたって、全国9府県に在住の40〜69歳の男女約10万3000人の追跡調査をした結果、調査期間中に自殺した人が561人、自殺の可能性もある事故などの外因死が755人もいたそうです。そのうち、がんと診断されてから1年以内の人の数は、がんでない人と比べると、自殺が約24倍、外因死も約19倍にのぼったとのことです。」と書かれてありました。
 つまり、癌になったと告知を受けると、それほどの衝撃だということです。今は、早くさえ見つければほとんどが治るといわれているのにも関わらず、このような調査結果だったのです。ということは、癌にかかると死にいたると思っている人が多いということです。
 だから、このような本が出版されるのかもしれません。
 でも、ここに書いてあることをすると、相当治療費がかかるようです。たとえば、免疫細胞療法「DCハイブリッド療法」を受けると、1回約25万円ほどかかるそうです。それを癌にかかったことがなく、「見えないがんもない人でも、最低1年に2回受けたほうがいいそうです。つまり、約50万円になります。もし、癌にかかっていたとすれば、何回も受けなければならず、その負担は相当なものになります。
 この免疫細胞療法というのは、この本によれば、「免疫細胞療法とは、ひとことでいうと、免疫機能を元気にして、がん細胞への攻撃力を復活させる治療法です。もともと体内に備わっている自分の免疫細胞を採血によって体外に取り出し、培養・活性化して大量に増殖させ、点滴によって再び体内に戻す方法なので、入院の必要もなければ、抗がん剤のような副作用の心配や痛みもなく、体にとても優しい治療法なのです。そもそも、がんという病気は、本来の免疫機能が弱ってがん細胞が増殖している状態ですから、その根本原因である免疫機能を正常にすることは、がんという病気を治すうえで欠かせません。」という説明です。
 たしかに、体には優しい治療法かもしれませんが、財布にはとても厳しいようです。その他にも、腫瘍温熱療法「オンコサーミア」とか、「超高濃度ビタミンC点滴療法」だとか、いろいろと紹介されていますが、いずれも保険適用外の治療ですから、やはり治療費は高額になります。だから、がんに備える「5つの心得」の2番目にがん保険に入っておくのが鉄則、と書かれているのです。
 下に抜き書きしたのは、あのアップル社のジョブズが56歳で亡くなられたことについてです。たしか、生前は病魔と闘っていると知ってはいましたが、案外早期に発見されたものの、自分なりの考え方があり、しかも西洋医学をあまり信用していなかったことなどで、進行してしまったようです。ちょっと残念な気持ちもありますが、でも、自分の信念でそれらを選択したわけですから、悔いはないはずです。
 むしろ、自分の信念を曲げない、ぶれない、という選択もあってもいいのではないかと思いました。9割防げるとわかったとしても、それを考えるだけで人生が終わるというのは寂しいような気がしないでもありません。
(2015.7.19)

書名著者発行所発行日ISBN
あなたのがんは「これ」で9割防げる佐藤俊彦幻冬舎2015年4月25日9784344027602

☆ Extract passages ☆

 享年56歳。世界中を騒然とさせた早すぎる死でした。
 がんと診断されてから9カ月も時間をムダにし、手術などの適切な治療を行わなかったことが、彼の命運を分けたのです。
 もしも、最初にがんと診断された時にジョブズが手術を受け入れ、医師のすすめる治療も行っていたら、彼は今もトレードマークの黒いハイネックとリーバイスのデニム姿で、最新アイフォンのプレゼンの場に立っていたかもしれません。
 ジョブズの愛息子リードは、がん研究を志し、医学の道を歩んでいますが、彼が医師を目指したのは「父をがんから救いたい」という思いからだったそうです。
 西洋医学を敵視していたジョブズも、最後はそんな息子のことを応援していたといわれています。
(佐藤俊彦 著 『あなたのがんは「これ」で9割防げる』より)




No.1108 『逆転のメソッド』

 この本を見つけ、そういえば今年の箱根駅伝は青学が優勝したっけな、と思い出しました。それまで、ほとんど青学の名前が駅伝にでるなどと思ってもみなかったのですが、やはり、優勝すれば、その知名度はかなり上がります。だからこその、この本の出版なのかなあ、とうがった見方をしてしまいました。「勝てば官軍」みたいな感じです。
 でも、読んでいると、選手としての力量よりは、高校生の頃からキャプテンとして和を計ったり、部活費を獲得したりという才能に長けていたようです。だから、副題も「箱根駅伝もビジネスも一緒です」なのかもしれません。あるいは、ビジネスの方にも読んで欲しいというメッセージかもしれません。
 そういえば、今年の正月の箱根駅伝で優勝したとき、監督の経歴が出ましたが、選手としてより、一般企業での活躍のほうが話題に出ていました。でも、選手として会社に入ったわけですから、選手をやめて、普通の会社員になったときの気持ちはどのようなものかなあ、と思っていましたが、著者は、はっきりとそのことについて書いていました。『今から振り返れば、いろいろな経験をさせてもらい、妥当な人事だったと思われるが、当時はとてもそんなふうには思えなかった。同期入社の社員たちが営業所から支店へ、そして本店へと出世していくなかで、私は逆に本店から営業所へ、そしてサービスセンターへと異動させられたのである。てっきり左遷されたものと思い込み、「これでオレは終わりだな」と落胆していた。新設陸上競技部の部員で駅伝のスター選手という過去の栄光があったにもかかわらず、冷や飯を食わされている現実に、私は深い挫折感を味わっていたのである。しかし、私はあきらめなかった。悔しいと思う自分を素直に受け入れ、その現実から逃げなかった。』といいます。
 その悔しさこそ、大きなバネになったと感じました。これこそ、多くの人たちが経験することで、左遷イコールだめの烙印ではなく、それに負けない力こそが大事です。その思いがあるからこそ、頑張れるのではないかと思いました。
 また、自分がサラリーマン時代に異動を命じられ、その理由も聞かされなかったことから、選手を選ぶときに、『選手の起用についてもなぜ選んだかという理屈を伝えるようにしてきた。そのベースには、理屈がわかる選手をスカウトし、理屈がわかるように訓練を重ねてきた日頃の取り組みがある。そうはいうものの、やっぱり選ばれなかった選手は悔しいし、ガッカリするだろう。なぜ選ばれなかったのか理由を聞きたいだろうし、私が伝えた理由が納得できるものでなかったらやっぱり不満が残り、「自分は外された」と思うかもしれない。だから、単に「次もがんばれ」ではなく、どうすれば次に選ばれるようになるかというヒントを与えて、こんなふうに踏み込んで伝えることにしている。』といいます。そして、『「君はこういう理由でこういったところに課題があるから、今回選ばれなかった。だけど、来年に向けてこういうところをもっと努力したら選ばれるチャンスが増えると思う。だから、がんばりなさい」』と、マラソンだけではなく、人間としても静聴できるように声を掛けるそうです。
 それはとても大事なことだと思いました。
 おそらく、私だって一生懸命がんばっていれば、なぜ選ばれないのかと思ってしまいます。タイムなどに明らかな差があれば、誰もが納得します。でも、そのような差がなければ、なぜ、と思うのが人間です。そのような思いに、ちゃんと答えられれば、やはり信頼感が増します。しかも、走ることだけではなく、人生の糧にもつながってきます。
 下に抜き書きしたのは、選手たちをスカウトするときのことを書いた部分です。たしかに、らしさといいますか、カラーというの大事な部分です。しかも団体競技ですし、大学生である以上は勉強も大事です。ただ強いだけでは、ダメです。
 そういう意味では、とても参考になる見方ではないかと思いました。
(2015.7.16)

書名著者発行所発行日ISBN
逆転のメソッド(祥伝社新書)原 晋祥伝社2015年5月10日9784396114121

☆ Extract passages ☆

 青山学院のカラーに合う選手とは、どういう若者か。ズバリ言えば、表現力が豊かな人である。そして、自分の言葉で会話ができる人、勉強が好きでしっかりと勉強する人、努力を惜しまない人である。
 というのも、部員は陸上の選手であるとともに青学の学生でもあり、昼間は一般学生に混じって勉強するからだ。
 青学の学生というのは大まかに言うと割と華やかで、かつ勉強ができるのが特徴である。そういった一般学生たちと親しくつきあえない部員は、ひとりだけ浮いてしまう危険性がある。その結果、講義にも出なくなり、単位も取れず、大学が面白くないという悪循環に陥ってしまい、陸上に逃避するということにもなりかねない。
(原 晋 著 『逆転のメソッド』より)




No.1107 『科学の現場』

 今、科学に対する信頼性が損なわれつつあるような気がしていましたが、この本を読んで、科学が直面する問題の多さにビックリしました。
 副題は「研究者はそこで何をしているのか」ですが、たしかに研究室で何をしているのかは、一般の人にとってはわからないので普通です。同じ研究者でも、歩かの研究がわからないということもありますが、同業者として、そっとしておこうという考えがないわけでもなさそうです。つまり、隠蔽体質です。
 とくに、東日本大震災のときの原発事故で、そこから排出された放射能物質のことで、科学者にとっても、その判断がまちまちであることが露呈されました。というよりは、政府よりかいなかという問題でもあったような気がします。同じ数値でも、ある科学者は安全であるといい、べつな科学者は危険なレベルだといい、どちらが本当なのかと悩んだ方も多かったのではないかと思います。しかも、福島の方たちにとっては命がかかった大問題です。それなのに、はっきりと科学者同士で意思統一できないのが不思議でした。
 たとえば、今審議されている安保問題に対して、憲法違反かどうかに対しては、ほとんどの憲法学者が違反だといい、ほんの数人が違反ではないといえば、これは限りなく憲法違反ではないかと推測ができます。でも、放射能物質についての判断は、なんかあやふやなような気がしてなりませんでした。でも、この本を読んで、なんとなくわかるような気がしました。
 たとえば、今、盛んにいわれている「役に立つ科学」については、「本来の科学研究は純粋な真理探究の衝動と、厳正な客観性を持って検証する作業の繰り返しです。ところが応用へ向けた研究へとの社会からの要請があり、これに応えたいとの思いが科学を功利的なものへと変質させてゆきます。また役に立つ科学というメッセージを発信することで今度は社会からの期待を担うことになり、結果として巨額の科学研究費の獲得や研究室の巨大化、管理業務と対外交渉における研究者の役割の増大といった形で、当初の学問としでの科学が政治的なものへと変容してゆきます。さらに科学研究業界全体としても、増加する研究者と研究費をかかえることによって発信力を増し、研究者が議論をする場という当初の姿から、社会に対して影響力を行使しょうとする巨大な利益団体へと変貌を遂げてゆきます。」とあり、今の科学の現場の変化をはっきりと書いています。
 だとすれば、今の指導的立場にいる科学者は、何を考えて研究しているかが類推できそうです。
 でも、それが悪いということではなく、実際に役立つ科学は大切だと思いながらも、いささかちょっと違うのではないかと思ってしまいました。
 ところで、この本のなかで、おもしろい説明があり、「宇宙人の存在証明を例にとってみましょう。1人(1匹)でも宇宙人を骨に示すことができれば、宇宙人がいることの証明になります。これに対して宇宙人がいないことを証明することは難しいのです。現時点でまだみつかっていない、という表現を取ることになります。ここでは全宇宙を探索して宇宙人がいないことを調べる手段がないために、宇宙人がいるかどうかの議論は厳密な意味では科学の範時に入らないとの考えも成り立つのです。」とあり、科学というのは興味深いものだとも感じました。
 下に抜き書きしたのは、実際の研究活動の内容です。たしかに、研究者のイメージは「薄暗い実験室にこもって試験管を振っている、よれよれ白衣の世捨て人」と私も考えていましたが、マスコミなどに登場する方々は、そのようなイメージはありません。
 科学者だって、時代によって変わってくるのは当然でしょう。でも、ここまで踏み込んで科学の現場を明らかにするには、他からの抵抗もあるのではないかと想像します。でも、著者は、この科学の立場から引退することを表明し、だからこそ書けたのかもしれません。
 ぜひ、機械があれば、お読みいただきたい1冊です。
(2015.7.14)

書名著者発行所発行日ISBN
科学の現場(河出ブックス)坂井克之河出書房新社2015年2月28日9784309624808

☆ Extract passages ☆

実際の研究活動は、重要と考える問題に対して仮説を立て、実験を行って結果を得て、一定の結論に達した段階で終わっているわけですが、これを世に出すという作業を行わないとこの世にその研究は存在していることにはなりません。そして論文として学術雑誌に掲載されたならその内容をさらに同業者に知らしめるべく発表や講演を行い、アピールするのです。従来の研究者像が、薄暗い実験室にこもって試験管を振っている、よれよれ白衣の世捨て人、といったものであるのに対して、現実の研究者は自身の研究内容をいかに効果的に宣伝するかに心を砕く、俳優兼プロモーターになるわけです。
(坂井克之 著 『科学の現場』より)




No.1106 『「過剰反応」社会の悪夢』

 この本の最初に取りあげられていたジャポニカ学習帳の表紙の昆虫の写真の問題は、私にとっても衝撃的でした。もちろん、花は好きでしたが、昆虫も妙にリアルで、このシリーズの写真を撮るためだけに海外まで出かけ、何日も掛けて撮っているその姿をテレビなどで見て、感動もしました。
 ところが、この昆虫の写真が嫌いだという人の声があったようで、いつの間にか店頭から消えていました。この本を読むと、1970年の発売以来12億冊も使われていたそうですが、昆虫の写真が表紙から消えたのは2012年ころからだと書かれていました。
 昔から、昆虫の嫌いな人はいましたし、好きでもきらいでもない人だっていたし、大好きという人だっていました。それが、おそらく少数の嫌いという人たちの意見が通り、なくなってしまったというのは、ちょっと寂しいものがあります。この世の中には、花も昆虫もいろいろな生き物が混じり合って生きています。これは嫌いだからといって、排除はできません。それが自然の姿です。
 その自然の姿に蓋をするようにして、ないことにしてしまって、いいのでしょうか。それは絶対におかしいと思いました。
 そのようなことを考えていたときに、この本に巡り会いました。この本は、とてもおもしろく、あっという間に、読み終えました。むしろ、カードに記録することに時間がかかったかもしれません。というのは、なるほど、と思うところが多々あり、たとえば、「演劇や映画の世界でも、俳優や監督だけが価値があり、それをサポートする道具係や照明係、メイク担当などの裏方は価値がないというのだろうか。そうした価値観でいけば、俳優の中でも主演俳優だけが価値があり、脇役の俳優はみんな負け組で価値がないということになる。そんな価値観をひっさげて人生を生きていくことができるのだろうか。スポーツ観戦に行くと、応援団もチアガールも必死に応援している。主役はあくまでも選手だし、いくら応援団やチアガールが頑張ったところでチームの勝敗には関係ないかもしれない。たとえ勝っても、選手と違ってヒーローにもヒロインにもなれない。だが、一生懸命応援している人は、自分が主役かどうかといった自己チユーな構図で物事を見ていない。そんな打算よりも、一体感と役割意識で充実し燃焼している。」という文章に納得しました。なぜ、このような文章が出てくるかといえば、幼稚園や小学校などで、運動会や学芸会などでの配役の難しさがあるという指摘からです。誰が考えても、主役がいて脇役がいて、さらには裏方がいなければならないのは当たり前のことですが、いざ、我が子ともなれば違うものの見方が出てくるのかもしれません。まさに自己チューそのものです。
 この本を読むと、「過剰反応」社会の裏側には、ネット社会とおかしな個人主義が見え隠れします。それが「過剰反応」として現れてくるようにも思います。
 それと、東京に行くたびに思うのですが、昔は電車のなかで新聞や本を読むのが多かったのですが、最近はスマホで音楽を聞いたり、ゲームをしたりという方が多いようです。ここにも「過剰反応」の温床がある、と著者は指摘しています。「とくにゲームについて考えてみると、ゲームをする人は、刺激に対して即座に反応するという行動パターンに徹することになる。じつくり考えるような余裕はない。瞬時に、素早く反応しなければならない。このような行動様式がクセになると、たえず刺激を求め、刺激に瞬時に反応する心がつくられていく。」といいます。
 たしかに、ゲームだけでなく、テレビ番組を見ても、瞬時に答えを引き出すようなクイズ形式や、ニュースでさえも芸人たちが勝手な解釈をしてしまい、視聴者に考えるすきを与えないようなものが多いように感じます。
 つまり、良くも悪くも「過剰反応」を是とするような社会になってしまったかのようです。
 下に抜き書きしたのは、昔から過剰に反応する人たちはいたけれど、最近のネット社会は、そのネットを利用して過剰反応が起きれば、とても怖いという現象が起きているといいます。この文章は、「おわりに」というところに書かれているのですが、その反応を鎮めることの難しさと、さらにこのような社会が進んでしまうのではないかという恐れがあります。
 もう、対岸の火事で済まされるようなものではありません。一人一人が考えなければならない時が来ているように思いました。
 機会があれば、ぜひお読みいただきたい1冊です。
(2015.7.11)

書名著者発行所発行日ISBN
「過剰反応」社会の悪夢(角川新書)榎本博明KADOKAWA2015年5月10日9784041028469

☆ Extract passages ☆

 昔からすぐに感情的になる人はいたし、独りよがりの正義感を振りかざす人もいた。でも、そういう人には極力かかわらないということで身を守ることができた。
 でも、今はそうはいかない。だれもがネット上で発信できる時代である。ネット上に投稿された内容は、日本語が読める世界中の人が読むことができる。そこまで話を広げなくても、商品に対する悪評をネット上に書き込まれると、たちまち売り上げに影響する。店員の態度の悪さに対する苦情をネット上に書き込まれると、いきなり客足が遠のく。個人的な人間関係も同じだ。悪評を書き込まれると、周囲の態度が急によそよそしくなったりする。
 そんな時代ゆえに、特殊な感受性をもつ人がクレームをつけてきたような場合も、「これは特殊な過剰反応だから気にすることはない」といって放置するわけにもいかない。
(榎本博明 著 『「過剰反応」社会の悪夢』より)




No.1105 『吉本隆明 最後の贈りもの』

 吉本隆明氏は昔から知ってはいますが、さて、どのようなことをしてきたのかといえば、詩人というばそうだし、評論家というばそのような気がするし、文筆家といえばそうかもしれないと思ってしまいます。つまり、はっきりとはわからないのですが、亡くなったときに、地元の新聞社の記事で、山大工学部を卒業したと知り、なんとなく身近に感じたりしました。
 しかも、「二十歳のときの詩集『草莽』は米沢高等工業学校(現・山形大学工学部)時代に学校のガリ版を借りて刷って作ったものです。戦争だから、もう二度と会えないだろうという思いから、多少、文学的な素養のある同級生にお別れのつもりで配りました。作ったのは二十部足らずですからもう僕の手元には残っていませんが、持ってくれている人はいますし、僕の『全詩集』には載っています。」とあり、もしかすると、著者のスタートは、この米沢市にあるのかもしれない、と単純に喜びました。
 また、私の好きな俵万智さんの短歌を、『これだけつまり、啄木的な無造作を装って、日常的なところでしか表現していない。啄木は自分が天才だと思っていたが、俵さんにそういう意識はうかがわれない。故意に「普通の人」を装っているのではなく、自然にそうしていると感じられるのが新しい。しかもちやんと読むと、いろんなことをこの人は考えているなっていう感じを出せていて、はっきりした歌だっていうふうに思って、僕は評価したんですね。』と言うので、さらに親しみを勝手に感じました。
 そういえば、私の若いころは、吉本隆明さんは、何をして食べている人なんだろうと思ったことがありました。体制におもねるわけでもなく、そんなに本を書いている風にも思えず、講演だけで食べていけるほど一般受けするわけでもないし、といろいろと考えました。それでも、若いときには、その闘争的な物言いにいたく感動したように記憶しています。
 そのような下地があって、この『吉本隆明 最後の贈りもの』を読むと、贈りものではなくて、遺稿集的な感じがしました。そして、最後まで、自分の頭で考え貫くことをやめなかったと思いました。
 そこに、吉本隆明らしさがあるように思いました。
 そして、この本をまとめた新海均さんの『2012年の逝去から十七日目の4月2日、松崎さんとともにいつもの座敷にお焼香に出掛けた。床の間にいつも飾ってある高浜虚子の真筆の掛軸「其ままの影がありけり帯革」の前に、それを蔽うかのように親鸞の大きな肖像画が飾ってあった。白木の位牌には《繹光隆》の文字。白い布で包まれた遺骨を前に数人で車座になり、酒を酌み交わした。遺骨の脇に相思相愛だったフランシス子の小さな遺骨がある。遺影は、光に満ちた若葉を背景に右手を頬に添え微笑んでいた。』という文章をみて、いかに親交が深く、信頼していたかがわかりました。
 だから、まさに、新海さんにとっては、「最後の贈りもの」だったに違いありません。
(2015.7.9)

書名著者発行所発行日ISBN
吉本隆明 最後の贈りもの吉本隆明潮出版社2015年4月20日9784267020117

☆ Extract passages ☆

 芸術の分野においてはいつでも〈世界性〉の境位に達したいと考えて、いろいろなことを試みますが、その一方において、主体としての〈民族性〉をもっていなくてはなりません。それを欠いたら、せっかくの試みも破綻してしまう。〈民族〉を抜きにして一足飛びに〈世界性〉を獲得しょうとしても、ほんとうにいい詩はつくれない。芸術というものはいつでもそういう宿命をもっているのです。
(吉本隆明 著 『吉本隆明 最後の贈りもの』より)




No.1104 『旅といっしょに生きてきた』

 著者の名前は当然知ってはいますが、ほとんどテレビは見ないので、著者の手がけたテレビもほとんど見たことがありません。でも、図書館でこの本を見つけ、旅かんれんだから読んでみようかと、思いました。ただ、それだけの理由です。
 副題は「人生を楽しむヒント」とありますが、旅はよく人生にたとえられるから、という程度の理解でした。でも、「好きな仕事をしているとはいえ、締め切りに追われて書く作業は決して楽しいものではありません。苦しみです。そういう中で旅を唯一の楽しみに、原稿用紙を埋めていたのです。それにしても、よくもまあそんなにスタミナがあったものだと我ながら感心してしまいます。若いから走り続けられたのでしょう。」と知り、ちょっとビックリしました。
 だって、あのような人気ドラマをたくさん書いているわけですから、決して楽しいものではない、とか、苦しみです、とかいわれても、そうかなあ、としか思いませんでした。しかし、考えてみると、いくら好きな仕事とはいえ、それがお金をかせぐ仕事となれば、やはり苦しみなのかもしれないと読みながら思いました。
 7章の「旅と人生」のところで、若いときには「お金」がなく、結婚してからはお金には困らなくなったけれど自由な「時間」がなくなって、そしてお金も自由もそろったので、さあ、これからというときに「体力」に自信がないと書いています。たしかに、年を重ねればそのような思いがあるかもしれません。でも、著者がいうように、『でも、こんなふうにも思うのです。「お金」「時間」「体力」、もしもすべてそろっていたら、旅がかけがえのないものに思えるだろうか、旅を楽しみに頑張ってこられただろうかと。』
 たしかに、そうかもしれません。何かが欠けているから、その欠けているものをなんとかしたいと思うから頑張れるわけで、最初から何でもそろっていたら、そんなに頑張ることもありません。旅という楽しみを鼻先にぶら下げて頑張る力にすることもないわけです。
 人は、やはりないものをなんとかしたいと思います。なかなか旅に出かけられないからこそ、その旅に出たときには、すごい思い出になります。たとえば、旅が日常なら、それほどの感動もないはずです。
 鼻先のニンジンは、なかなか手に入らないからこそ、手に入れたときにはじっくりと味わうのではないでしょうか。
 下に抜き書きしたのは、最後のほうに出てくるもので、「二流だから丈夫で長持ち」だと自分自身のことを評しています。おそらく、謙遜ではないかと思いますが、でも、下の文章を読むとたしかにそういう面はあるかな、と思います。
 著者の本を初めて読んだのですが、とてもわかりやすいというのが第一印象でした。
(2015.7.6)

書名著者発行所発行日ISBN
旅といっしょに生きてきた橋田壽賀子祥伝社2015年5月10日9784396615222

☆ Extract passages ☆

 俳優さんで言えば、主役よりも脇役。主役を一生通すなんて大変なことです。だからこそ数少ないスターが生まれ、その存在はドラマや映画には欠かせないのですが、大勢の脇役がいて初めての主役でもあります。私など個性を待った脇役たちの存在がすごく面白いと感じます。
 一家のお母さんだって、完壁な子育てをしようなんて思ったらきっとウツになってしまいますよ。何かが足りなくて当たり前。自分にできないことは無理をしないで、ほかの誰かの手を借りたっていいじゃありませんか。
 お母さんだけでなく、妻としてでも嫁としてでも、あるいは学校の成績や仕事でも同じ。一流とか一番にこだわるあまりに、自分しか持っていない「味」を見失うことだけは避けたいものです。
 人生、二流で結構!です。
(橋田壽賀子 著 『旅といっしょに生きてきた』より)




No.1103 『この道を生きる、心臓外科ひとすじ』

 2012年2月、天皇陛下の冠動脈バイパス手術の執刀医を務め、一躍時の人となった著者の本で、しかもNHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」などでの紹介も見ました。その番組が、この本を執筆するきっかけとなったそうで、ついつい引き込まれるようにして読みました。
 なるほど、ひとすじというのは、本当に一本道なんだと思いました。著者はエピローグのところで、「セレンディピティという言葉があります。幸運な偶然を自らの手でつかみ取る力のことですが、これは特別な能力ではないという気がします。なぜなら、自分の人生はまさしく幸運な偶然によって切り拓かれてきたからです。何人もの恩師に恵まれたことで、手術の腕を磨くことができましたし、多くの患者さんとの出会いによって、心が鍛えられました。そして、与えられた環境の中で、心臓外科医としての実績を積み重ねることもできました。自分の力でつくり出した幸運など、一つもありません。」といいながらも、心臓外科医として日本一になろうと思って走り続けてきたそうです。その高い志があるからこそ、具現化できたといい、それこそがセレンディビリティだといいます。
 だからこそ、一本道につながったような気がします。
 また、「やってもできない」という現実を知り、そして「これならできる」という道に出会えば、全力で突っ走るということも大事だといいます。私には、それのほうが大切ではないかと思いました。とんでもない秀才なら、なんでもそれなりにこなすことができるかもしれませんが、普通の人なら、「これならできる」というのに巡り会うこと、それこそが大切なことだとこの本を読みながら感じました。
 だから、ある意味、謙虚であるわけで、著者の「これまで、どれだけ神頼みをしてきたことか。いまも財布の中には、新東京病院の近くにある松戸神社のお札が入っています。あまり人に言ったことはありませんが、本心から御利益があると思っています。」という思いも、なるほどと思いました。そして、そういう気持ちがあるからこそ、「患者さんの命と向き合っていれば、落ち込むことはよくあります。ベストを尽くし、100%の結果を出せたと思った手術でも、術後に合併症が起きて、命を落とす患者さんもいます。救えない命も現実にある。それが医師の宿命であり、また医師が一人の人間にすぎないことの証です。」と思えますし、そのような気持ちを持つことが、謙虚でいられることに通じるのではないかと思いました。
 下に抜き書きしたのは、父親の人工弁を形見として、今も持っているというくだりです。その親の病気をなんとかしたいという思い、それが医者としての一番の原点だったような気がして、すべてのお医者さんにこのような気持ちを持ってもらいたいと、痛切に思いました。
 そしてもし、自分がもしかして大きな手術をしなければならなくなったときには、このようなお医者さんに執刀してもらいたいと思いました。
(2015.7.3)

書名著者発行所発行日ISBN
この道を生きる、心臓外科ひとすじ(NHK出版新書)天野 篤NHK出版2013年2月10日9784140884010

☆ Extract passages ☆

 父親の心臓に付いていた人工弁は、いまも形見として大切に持っています。気持ちが沈んだようなときに取り出しては、眺めています。私にとって、お守りみたいなものでしょう。
 小さな人工弁ですが、これが人の命を救うこともできる。しかし、たった一カ所の綻びが生じただけで、命を失う原因にもなる。どんなによくできた人工弁であっても、全体との調和が保てなければ、正しく機能はできない。そんなことを、父親の体に入っていた人工弁が教えてくれます。
(天野 篤 著 『この道を生きる、心臓外科ひとすじ』より)




No.1102 『お茶席の冒険』

 ヒマなときにあちこち読んでいたのですが、途中から、なんかおもしろくてズーッと読んでしまいました。
 というのは、お茶のお稽古をした人でなければわからないことですが、つい「そうそう!」とか、そういえば、「たしかにそんなのあったよね!」という箇所がいくつもあり、お茶の先生についていたときのことを思い出しながら読みました。
 そのお茶の先生も3年ほど前に亡くなられ、今では当時の弟子たちが勝手にお茶のお稽古をしているのですが、あのときの先生の厳しさもなく、この本を読みながら、それがとても懐かしく思い出されました。たとえば、お点前だけではなく、いろいろなことを知らないと、お茶事なんてできないよ、と言われていましたが、この本にも、似たようなフレーズがありました。やっぱり、流派が違っても、同じなんだと思いました。
 この本のなかで、『実は私、この無言の「わかって、わかられて」が、けっこう好きだったりする。客人をもてなそうと趣向をねる楽しさ。亭主の心遣いを知り、心を温める喜び。また、趣意を汲んでもらえたことを知る満足。「わかって、わかられて」のスノビズムは、無言のうちに何かを共有したという仲間意識を生む。私もいつか、亭主の心を汲み、それをほんとうに喜び楽しめる立派な正客が、できるようになりたいと思う。』というところは、なるほどと思いました。
 つまり、お茶って、暗黙の了解みたいなところがたくさんあって、わからなければできないこともたくさんあります。むしろ、わかるからこそおもしろいのです。お点前だって、あるところでは、このような質問をするとか、このように聞くというところもあり、それを抜かすと、お点前が変わってしまうのです。だから、お茶って、ややこしいといわれそうですが、そのややこしい中にも、ある程度の自由があるんです。その縛りのなかの自由が、とてもいいものです。
 だって、最初から最後まで自由にして、といわれたら、どうしていいものやらむしろわからなくなりそうです。こうして、ああして、後は自由にして、といわれるからこそ、楽にできるような気がします。著者も、お点前が頭で考えることもなく勝手に手が動くと書いていますが、ほんとうにその通りです。むしろ、間違ったりすると、その手が止まってしまいます。どうしていいのか、わからなくなるからでしょう。それほど、常日頃のお稽古が大切なんです。
 下に抜き書きしたのは、今、ほんとうに畳の部屋がなくなってきています。でも、畳の上に座ったり、そこに寝転んだりしていると、妙に落ち着きます。著者は、それを「和ロマテラピー」と呼んでいるそうです。
 それこそが、日本人としてのアイデンティティーなのかもしれないと思い、少しずつでもお茶のお稽古を続けていきたいと思いました。
 そうそう、茶花に関してもおもしろいフレーズがあり、「花というのはつくづく贅沢なものだと思う」とあり、道具たちはいつかはまた会えるかもしれないが、花はその季節のその時期しかないので、また会えるとは限らないといいます。たしかに、そうだと思います。まさに花こそ、一期一会だと思いました。
 この本は、手元において、お茶のお稽古に行ったときにでも、思い出しながら読み返したいなあ、と思っています。
(2015.6.30)

書名著者発行所発行日ISBN
お茶席の冒険(光文社知恵の森文庫)有吉玉青光文社2007年5月20日9784334784768

☆ Extract passages ☆

 日本の家に畳の間が少なくなって、すっかり正座をしなくなってしまった。でも、座ってみると、不思議と落ち着く。そこに漂う藺草の香りに、心が安らぐ。風炉からは、その日のお香も薫り、たまにきものを着てゆけば、帯の間から絹の香り。心の安らぐアロマ・ブレンドである。
 いくら椅子と洋服の生活に切り替わっても、やっぱり日本に生まれた人なのだ。茶席の香りは、体の中の古い記憶をよびおこす。私はこれを、ひそかに和ロマテラピーと呼んでいる。このダジャレ、ちょっと苦しいだろうか?
 自分の中に、遠い古とつながる何かを見つける。アイデンティティーだろうか。そうしてそれに帰ってゆく。これ、ひとつのテラピーではないかと思うのである。
(有吉玉青 著 『お茶席の冒険』より)




No.1101 『神さまってホントにいるの?』

 無宗教かといわれると、ほとんどの日本人は、ちょっと違和感を感じながらも「そうかなあ」と答えてしまうかもしれません。でも、年の初めにはお参りに行くし、人生の節目節目には、それなりの儀式に参加します。だとすれば、はっきりと無宗教とは言えなくなります。
 でも、じゃあ、「神さまってホントにいるの?」という素朴な疑問から宗教を考えたのが、この本のようです。
 著者は国学院大学神道文化学部の教授だそうですから、おそらく、神さまはいるという立場から書いているのではないかと想像しながら読み始めました。でも、少し読み進めると、そうではなく、多くの先人たちの宗教観などを引き合いに出し、少しでも自分の頭で考えて欲しいということが伝わってきました。
 たしかに、そうです。今の日本の宗教に関心を持たなくても支障の出ない日本でだけ暮らしているのならかまいませんが、これは世界の非常識です。いざ、世界に飛び出すと、とたんに困ってしまいます。イスラム教世界もしかり、キリスト今日世界も、やはり、宗教を抜きには語れません。もし、世界のどこかで、あなたの宗教はと質問され、「無宗教です」と答えれば、おそらく人間扱いされないかもしれません。人は、文化的な動物ですから、そこには宗教性がついてまわります。
 この本で、オーストラリアの原住民の事例を引用していますが、「宗教社会学者のエミール・デュルケムはオーストラリア原住民のもっとも古い宗教の在り方を考察しています。オーストラリア諸社会の生活は異なった二つの様相をとっています。ひとつは乾季の生活で、人口は小集団に分散して食料として必要な植物の採集、狩猟や漁猟を行います。生活は変化のない沈滞した生気に乏しいものとなります。ところが雨季になると、砂漠の様相は一変し、人々が集い、祭りが行われます。原住民は歌い踊り、喧噪の中で興奮していきます。」と書いています。  でも、最初はこのような自然発生的な宗教心だったかもしれませんが、日本の場合は、いつの間にか、個人よりも地域や団体の意向が強くなってきます。その例を、下に抜き書きしました。
 この血縁、地縁、社縁などは、なんとなく理解できると思います。ところが、これらが、だんだん薄れてきていることが、今の大きな問題です。
 たとえば、通過儀礼に関しても、七五三などはまったくの家庭の行事ですし、それも写真という形に残せばそれで終わりみたいです。さらに42歳や還暦などの年祝も、以前はほとんどの人がしていたようですが、最近では同級会でみんなでするとか、あるいはしないとか、まったくの個人の問題になり、地域とのつながりはなくなっています。この地域などの集団の拘束力がなくなり、してもしなくてもよくなったことが、一気にしないという方向に進んでしまったようです。
 たしかに、無理してしなければ、気分的にも経済的にも楽かもしれません。でも、人生の節々がなくなり、人生のメリハリもあまり感じられなくなってきたのではないかと思います。
 それらを、この本は、宗教という人間に必要だと思われることを中心に、考えてみようではないか、と言っているような気がして読みました。「神さまってホントにいるの?」ではなく、神さまがいると思える生活こそが大切ではないかと読み解きました。
(2015.6.28)

書名著者発行所発行日ISBN
神さまってホントにいるの?石井研士弘文堂2015年3月15日9784335160790

☆ Extract passages ☆

日本人がお寺に行くのは、そこに御先祖様(血縁)が祀られているからです。そしていつか自分もご先祖様の列に加わることが予定されています。
 神社でのお祭りへの参加や初詣もそうしたものでした。村人が総出で村の鎮守様のお祭りに参加するのは、自覚的意識的な信仰以前に、地域社会が安泰で豊作であることを祈るため(地縁)です。それゆえに転居してしまえば、転居先の神社の氏子となります。
 日本の企業の中には社運隆昌や安全祈願のために神社を祀っている会社が少なくありません。これも社緑によるもので、信仰が前提になっているわけではありません。
(石井研士 著 『神さまってホントにいるの?』より)




No.1100 『新大陸が生んだ食物――トウモロコシ・ジャガイモ・トウガラシ』

 著者の高野 潤さんは新潟県生まれの写真家で、写真学校を卒業後に1973年から毎年ペルーやボリビアなどのアンデスやアマゾンに通い続けているそうです。カラー版なので1,000円+税で新書版ではちょっと高めですが、たくさんの写真が入っていて、その写真のおもしろさで、つい時間を考えずに読んでしまいます。
 やはり、本といえでも、写真から伝わる直接的な印象は、すごいものです。
 とくに、行ったことのないアンデスやアマゾンなどの風景や人々の暮らしなどは、写真の力を借りないと、なかなか理解できません。もし、この本が新書版でなければ、もしかすると写真集にでもなっていたかもしれません。それほど、写真がたくさん掲載されていました。
 この本では、新大陸が生んだ食物をトウモロコシとジャガイモ、そしてトウガラシの3つに絞り込んで話しを進めていますが、最後の第5章「豊富な原作作物と果実類」で、さまざまな食物を簡単に説明しています。でも、この3つに絞り込んだのは、思い切りが良く、いい選択だったと思います。たとえば、ジャガイモにしても、これだけの品種があるとは思ってもいませんでした。これもジャガイモ、こんな形や色なのにジャガイモと、驚かされることしきりでした。それが写真で一目瞭然ですから、なおさらです。しかも、そのままの外観の写真だけではなく、中身の断面写真だったり、さらには料理の写真だったり、さすが写真家の本だと思いました。そして、それらの写真が、おそらくは、そのほとんどがアンデスやアマゾンなどの現地で撮られたもののようです。
 だとすれば、なおさらのこと、そのバラエティにびっくりしてしまいます。
 もし、これが普通の新書版だとすれば、これほどの感動はなかったかもしれません。それがカラー版だからこそ、新鮮な興味深いものが感じられたようです。それが編集者の狙いかもしれませんが、そういう意味では、よかったと思います。
 それにしても、今の世界にこれほどまで影響力のある食物がペルーやボリビアなどのアンデスからもたらされたことを知り、驚きました。もちろん、トウモロコシやジャガイモやトウガラシだけではなく、トマトやカカオなどもそれらの国が原産地です。第5章から抜き書きしますと、「野菜類として、サツマイモ、トマト、カボチャ、カラバサやカラバシン(ズッキーニ)と呼ばれるヒョウタン類、インゲン、根菜類のマカ、ヤコン、果実類のアボカド、カカオ、パパイヤ、パイナップル、ナッツ類にはピーナツ(ピーナッツ)、カシューナッツ、ブラジルナッツ、雑穀類にキヌアなど」も中南米原産種である作物や果実です。
 もしこれらの食物や果実がなかったとすれば、人類は未だに飢餓の世界にいるのではないかとさえ思います。あるいは、食の楽しみが半減どころか、なかったのではないかとも思えます。
 そういえば、「世界史を変えた50の植物」を読んだことがありますが、まさに世界の食生活を変えたのが中南米の作物や果実だといえます。
 下に抜き書きしたのは、ジャガイモをチューニョやモラニという保存食に加工できたことがインカという国の力になったかもしれないという箇所です。しかも、アルパカは良質な獣毛をはぐくむだけではなく、その糞も料理をするときの燃料になったり、植物の肥料にもなるといいます。まさに生活の知恵こそが、あの厳しい環境のなかで生きる支えであったようです。ぜひ、お読みいただければと思います。
(2015.6.25)

書名著者発行所発行日ISBN
新大陸が生んだ食物――トウモロコシ・ジャガイモ・トウガラシ(カラー版中公新書)高野 潤中央公論新社2015年4月25日9784121023162

☆ Extract passages ☆

 もし、ジャガイモがチューニョやモラヤなどの保存食に加工されていなかったならば、以後のインカが広大な領土を支配する大帝国に成長しただろうか。そのような疑問を抱きたくなるはど、軽量と化し、長期間保存できる固形物となったチューニョやモラヤは、インカに大きな力を与えたといっていいだろう。
 これらの保存食は運搬に便利、湿気対策をほどこした食糧庫に貯えることができた。ほかにも腐る心配がないので、アマゾン側へ運んでさまざまな熱帯地方の産物と交換することを可能にした。その面では、食や流通面に大変化をもたらしたのである。
 チューニョやモラヤの加工域は、アルパカに良質な獣毛を育ませる寒冷放牧地とはぼ重なり、おおよその範囲でいえばクスコ県北方に隣りあう県からボリビアのラ・パス県あたりまでになる。
(高野 潤 著 『新大陸が生んだ食物――トウモロコシ・ジャガイモ・トウガラシ』より)




No.1099 『イスラム国の野望』

 著者の高橋和夫さんは、イスラム国に関してのコメントのときには、よく、マスコミに登場する方で、現在は放送大学の教授だそうです。専門は国際関係論で、特にクウェート大学客員研究員の経験もあることから、中東情勢に詳しいようです。
 それは、この本を読んでもよくわかりますが、なかなか本当のことが伝わってこない中東情勢も、この本を読むと理解できます。つまり、わかることとわからないこと、そしてわからないことの理由などが、すっきりと頭に入ってきます。
 そういえば、イスラム国というのは、ほんとうに国なのかというとあまりよくわかりませんでしたが、この本では、2014年6月にイスラム過激派の一組織が「イスラム国」の樹立を宣言したそうで、外国からも認められたということではないそうです。だから、最近では、国とは言わず、「ISIS」と言ったりしています。
 そうはいっても、人質事件などが起こると、それがイスラム国の重要な収入源だといわれると、やはり怖いものです。でも、怖いからといって目をふさぐのではなく、少しでも知ろうとしてこの本を手に取ったのです。そして、読みました。読み終わると、まだおぼろげですが、少しはイスラム国の現実というのが見えてきました。
 たとえば、「現在は、そうやって重石になっていた独裁者が倒れ、小さな勢力がワッと表に出てきた感じです。いまもサダム・フセインがいたり、アサド大統領がしっかりしていれば、おそらくイスラム国の台頭はありえませんでした。あるいは、カダフィ政権後のリビア政府がもっと機能していれば、アルジェリアで人質事件を起こしたような過激派も台頭してこなかったはずです。民主化はもちろん歓迎すべきことですが、中途半端に民主化した結果、抑えの利かない勢力があちこちに誕生してしまったというのも事実です。」とあり、なるほどと思いました。
 そして、「現在、中東のイスラム諸国で国らしい国と言えるのは、イラン、トルコ、エジプトくらい」といいますから、やはり、マスコミだけの情報では、わからないはずです。
 でも、わからないかといいという問題でもなく、今の時代は、善かれ悪しかれ、世界中と即時につながっています。今どこかで起こっている事件は、明日の我が身かもしれません。
 だから、まずはわからないなりにも、わかろうとする努力をしたり、できないということではなく、できることはやろうという精神も大事なのです。
 下に抜き書きしたのは、イスラム国がインターネットなどを通してその残虐性を表に出していますが、そもそも権力闘争というのは、残虐性がつきものだといいます。そう考えれば、やはり独裁政治より民主化された政治のほうが絶対に良いはずです。でも、著者は、今の中東の混乱は、中途半端に民主化した結果だというのですから、やはり、政治というのは難しいと思います。
 この本は、今のイスラム世界を理解するには、とても分かりやすい1冊だと思いました。
(2015.6.23)

書名著者発行所発行日ISBN
イスラム国の野望(幻冬舎新書)高橋和夫幻冬舎2015年1月30日9784344983700

☆ Extract passages ☆

 古今東西、権力闘争に残虐性はつきものです。北朝鮮でも、毛沢東時代の中国でも、スターリン時代のソ連でも、酷いことは多々行われてきました。日本でも、古くは、平家一門は皆殺しといったことがありました。残虐さを誇示することで相手を屈服させるのは、権力掌握のための、普遍的な手っとり早い方法なのです。
 おそらく、前アサド大統領ならば、民主化デモに参加した人たちを最初から皆殺しにしていたはずです。現アサド政権の関係者には、「お前が甘かったからこんなことになったんだ」と、いまのアサド大統領に怒っている人も少なからずいるでしょう。
(高橋和夫 著 『イスラム国の野望』より)




No.1098 『旅する茶箱』

 この本の正式な題名は『旅する茶箱――匣 筥 匳』ですが、この匳という文字をパソコンで「はこ」とうつと出なくて、「レン」とうつと出てきました。
 たかが「はこ」ですが、4つも文字を持っています。おそらく、みな、それぞれに違う意味があるのかもしれませんが、そこまでは調べてみませんでした。
 それより、茶箱が中心ではありますが、その中におさめられている茶碗や棗、そして茶杓や茶筅筒、茶巾筒、菓子入など、みんながそれぞれにすてきなもので、さらにそれらを覆う仕服などの布も魅力のひとつです。
 それらを、茶箱から出して、さらには仕服などからその姿が見えると、なんともひょうきんだったりします。たとえば、鉄刀木でつくった茶入は、瓢箪型というよりは、だるまさんのようです。それがキンマの茶箱の中から出て、そらに細かい格子柄の綿更紗からぬっと出てくると、それだけでも絵になります。それには、象牙の茶杓がついていて、もともと茶杓は漢方薬などを盛るときの匙だったことを思い出させてくれます。茶巾筒は、明治時代の瀬戸物で、何かの見立てのようなものかもしれません。そして、茶碗は、李朝の白磁で、写真ではわからないのですが、文字のような模様らしきものがあるそうです。それがかわいらしい花と動物の小さな模様のある綿更紗の布に包まれています。本当に、大事に大事にされてきた小物たちのようです。
 また、大黒さまの描かれた茶碗は、3代真清水蔵六作だそうで、それが意外と地味な綿更紗が仕服になっています。この茶箱は、竹編楕円のもので、茶碗を入れたその隙間に、茶入と茶筅筒と茶杓筒が入っています。この茶巾筒は竹製で、煤竹に漢詩が彫られていて、さらに銀の鐶が付いています。
 これにはさらに、菓子器としてブリキ皿にフォークが添えられ、茶杓は、折りたたみのようで、真ん中の銀の金具がアクセントになっています。
 もう、ひとつひとつが、楽しみながら集められた小物たちで、これらを持って野点に行けば、お茶室では絶対に味わえないような自然の風景のなかでお点前ができそうです。
 下に抜き書きしたのは、一番最初に書かれている「わたしの茶箱――旅する茶箱」の1節です。
 この本を読んで知ったのですが、これは2冊目で、第1冊目は「茶箱遊び」だそうです。
 これもぜひ読みたくなったというか、見てみたくなりました。
(2015.6.20)

書名著者発行所発行日ISBN
旅する茶箱堀内明美淡交社2015年2月27日9784473039903

☆ Extract passages ☆

 茶箱を携えていろんなところに出かけて行くという楽しみ。
 アンコールワット近隣の崩れた石の上で頂いたお茶。
 娘と極寒のセントラルパークでの一服。
 茶箱を出すたびに彼の地の情景、匂いまで思い起こさせてくれて、その時々の会話まで蘇り、懐かしさと幸福な気持ちに満たされます。
(堀内明美 著 『旅する茶箱』より)




No.1097 『密教アート入門』

 著者は、四国霊場第4番札所大日寺の住職で、いろいろな大学で教鞭を執った仏教学者でもあり、仏画も描かれるようです。まさに、密教アートを語るには、最適の方ではないかと思います。
 ところが、読んで見ると、密教そのものがアートではないかというような感じです。著者は、密教アートには、お守り、守護札、千社札のおみくじ、絵図、案内図、仏閣に貼るものなどすべてだといいます。なぜ、と思ったのですが、この本を読み進めるにしたがって、なんとなく納得させられました。
 たとえば、空海の鎮宅法について、「空海の超不動明王に祈願する鎮宅法はすぺて、その土地の敷地内に輪宝を四方八方を意識して埋納するのを基本とする。輪宝は金銅製で板状の打ちぬきで、専門的には鎮輪(八輪三鈷杵の型)という。儀式が終ってしまうとこのまるい輪は地中深くうまってしまって見えないが、おそらく土の中ではさんぜんと金色の輝きを放つに違いない。土の中に強力な光を位置づけることと、なおかつ、真言行者の行動を起こさせる力の根源のようなものが、おそらく別のさらに強い磁気とエネルギーをその上の建造物と空間に注入して、壊れない組織のようなものを育むのである。鎮輪はまさに鎮壇具の中心なのである。」と書いています。つまり、地ならしをして、そこに鎮檀具を埋め込み、そこからさまざまな形の建物などが建つということになります。それらすべてが密教アートだと著者はいいます。
 そういえば、空海がいろいろなことにチャレンジするきっかけになったのは、「虚空蔵求聞持法」をある僧から教えられたことから始まりますが、だからこそ、著者は、『虚空蔵菩薩像は空海にとって自身の命の次に大切な仏だったといわれている。あるいは「命」以上の存在かもしれない。空海が若いとき着目したのは、ほとけとしての像だけではない。おそらく奈良で「ある一人の僧より教えられた」とされる「虚空蔵求聞持法」とその真言の威力である。ここでも言語が主役である。』と書いています。
 この虚空蔵菩薩は宇宙のすべての真理を内蔵しているといわれ、それらは五大とも呼ばれ、それぞれにシンボル化され、彩色され、円相内におさめられています。その発展系が曼荼羅になるわけです。
 だから、それらはすべてアートなのです。
 そういえば、「虚空蔵求聞持法」はある種の記憶力増強の修法ですから、コンピュータともつながっていきます。
 下に抜き書きしたのは、「おわりに」に書かれていたことで、「曼荼羅とコンピュータ」という副題が付けられています。最後の最後には、曼荼羅とコンピュータには類似性があるというのです。つまり、「仏」も「コンピュータ」もシステムであると結論づけています。
 ぜひ、下の文章を読んで、同じようなシステムかどうかを考えてほしいと思います。
(2015.6.18)

書名著者発行所発行日ISBN
密教アート入門(ちくま新書)真鍋俊照筑摩書房2015年4月10日9784480068064

☆ Extract passages ☆

 コンピュータと曼荼羅が類似しているというのは、曼荼羅が有している宇宙的生命、言い換えれば曼荼羅中の主役、大日如来という仏の構造が、コンピュータのシステムに類似している、という意味である。
 曼荼羅とコンピュータを結びつける根本の理由は、人間の脳に由来する。コンピュータのモデルは、ある意味において人間の脳である。脳の奥にひそむ人間の心を入念に見つめると、それは、仏の心の行動のように一つの固定観念をもっていないことがわかる。いうならば「人の心」より「仏の心」のほうが、人工的に理論構築されているのでシステマティックなのである。仏がもつ加持相応の心などは、両方の構造上のシステムとシステムをつなぐ、ある種のキーワードのような役割をもっているといえるだろう。
(真鍋俊照 著 『密教アート入門』より)




No.1096 『日本人が忘れた季節になじむ旧暦の暮らし』

 この本を読んで、旧暦のおもしろさを知りましたが、とくに旧暦の異称、たとえば1月を睦月、2月を如月、3月を弥生などというのは知っていましたが、その他にもさまざまな異称があるそうで、
一月 年初月・霞初月・早緑月
二月 梅見月・初花月・木芽月
三月 桜月・花見月・春惜月
四月 清和月・鳥待月・夏初月
五月 菖蒲月・早苗月・五月雨月
六月 風待月・焦月・鳴神月
七月 秋初月・女郎花月・七夕月
八月 秋風月・燕去月・月見月
九月 菊咲月・夜長月・紅葉月
十月 神去月・小春月・時雨月
十一月 神帰月・霜見月・雪待月
十二月 梅初月・臘月・春待月
 ともいうそうです。なるほどと思うものもありますが、なぜ、という疑問に感じるものもあります。それでも、昔はそれで通っていたのでしょう。
 そういえば、5月5日のこどもの日に「ちまき」を供えるのはなぜだろうと思っていましたが、この本には、「粽を飾るのは、屈原を悼むためです。中国の戦国時代、楚の国の詩人だった屈原は、懐王の信任厚い政治家でもありました。しかし讒言によって王から遠ざけられ国の将来に絶望して、端午節の日に石を抱き汨羅(べきら)の淵に身を投げたのです。屈原を慕う人々は彼の遺骸が魚に食べられないように、汨羅江に粽を投げてその死を悼みました。その故事にならって今でも粽を飾り、食べるのです。」と書かれていましたが、その主人公たる屈原という人物さえ私は知らなかったのです。
 下に抜き書きしたのは、日本人独特の「十三夜」を楽しむ風習についてです。まさに、これこそ、日本人ならではの考え方のようで、ぜひ読んで見てください。
 そういえば、あとがきのところで、『日本の文化の特性を一つ挙げるとすれば、それは「花鳥風月」でしょう。「雪月花」でもいい。いずれにしても季節をいかにして毎日の生活に取り入れ、昇華させていくかということに私たちの先祖は力を尽くしてきました。四季がはっきりしている島国は、それが恵みでもあったのです。古来どれほどの人たちが花鳥風月を文学として描き、食べ物に取り入れ、道具をこしらえ、芸能や行事と一体化させてきたか。』ということを考えてみて欲しいといいます。
 たしかに、日本の良さとか、日本らしさというのは、「花鳥風月」とからめるようにして感じ取られているような気がします。
(2015.6.15)

書名著者発行所発行日ISBN
日本人が忘れた季節になじむ旧暦の暮らし(朝日新書)千葉 望朝日新聞社2014年12月30日9784022735935

☆ Extract passages ☆

 日本では旧暦八月十五日を「十五夜」、そして旧暦九月十三日を「十三夜」として、ともに月見を楽しんできました。また、「十五夜」だけを楽しんで「十三夜」を見ないことを「片見月」として嫌いました。そんな大切な「十三夜」だけれど、最近ではすっかり廃れてしまいました。私はそれをとても残念に思っています。
 なぜなら、中秋の名月を楽しむ風習は中国から入ってきたものですが、「十三夜」を楽しんだのは日本独自の行事だから。少し欠けた月を愛でる感性を、かつての日本人は持っていたのです。「月に叢雲」ではありませんが、完壁さよりも少し侘びたもの、すがれたものを美しいとする心情をもっと大切にしても良いのではないでしょうか。
(千葉 望 著 『日本人が忘れた季節になじむ旧暦の暮らし』より)




No.1095 『脳は平気で嘘をつく』

 副題は『「嘘」と「誤解」の心理学入門』で、たしかに嘘をついてしまったことが、たまたま誤解していたということだってあるんではないか、と考えたからです。
 それと、平気で嘘をつく人がいて、なんの悪びれたところもないようなのです。それで、最近は付き合いをしていないのですが、これは嘘か本当かと考えているだけでイヤになったからです。まさに、十人十色です。
 しかも、嘘とかウソに関する本も山のようにありますが、脳そのものが嘘をつくというものも、何冊かあります。手元にあるものだけでも「記憶がウソをつく!」養老孟司と古舘伊知郎著とか、「錯覚の科学」クリストファーチャブリスとダニエルシモンズとか、あります。あるいは、「脳はなにかと言い訳する」とか「脳には妙なクセがある」というのもあり、どちらも池谷祐二さんの著書ですが、関連はあります。
 さて、この本ですが、著者は心理学者だけではなく、臨床心理士でもあり、その豊富な体験から、具体的な例がとても多く、とても分かりやすいと感じました。
 たとえば、よく男と女の考え方は違うといいますが、実際に脳の違いもあるようで、「男女の脳の違いの大きなポイントは、右脳と左脳をつなぐ「脳梁」にある。脳の研究の結果から、男性よりも女性の方が脳梁が大きい傾向にあると報告されている。左右の脳をつなぐ脳梁が大きいということは、それだけさまざまなことを同時にこなす情報処理能力や記憶力に優れているということである。」ということだそうです。
 でも、男だって、同時にいろいろとできる人もいるし、女でも一のことだけに集中するタイプの方もいることでしょう。だから、このような見方は、一般的にはという但し書きが必要です。
 それから、カウンセラーをしていて感じることは、子どもの「三つ子の魂百まで」だそうです。もし、親が不安な顔をしただけで、子どももああんを感じてしまうといいます。この本では、『子供は3〜4歳になると、親の顔を見て自分の行動を決めるという能力がつく。子供用の平均台で3〜4歳の子を遊ばせた時、親が明るい表情で「こっちおいで、大丈夫よ」と声をかけてあげれば子供は何とかして平均台を歩こうとする。しかし、親が「大丈夫かな、落ちたらどうしよう」という不安げな表情でいるとほとんどの子供はうずくまって動かなくなる。』といいます。つまり、親の不安が子どもにも伝わるということです。そうしたことが重なれば、子どもは不安感の強い人間になってしまうそうです。つまりは、子どもの自主性や社交性なども3〜4歳くらいまでの育てられ方で決まってしまうというから、ある意味おそろしいことです。
 つまりは、「三つ子の魂百まで」はまさにその通りなのだそうです。
 また、これはあるマラソン選手に著者が聞いた話しだそうですが、『あるマラソン選手が、「後半きつくなってくると、ゴールのことは考えず「次の電柱まで」と思って走るようにしているんですよ」と話しているのを聞いたことがある。マラソン選手も、そうやって「小さな目標」を立てながら42・195キロを走り抜いている。』といいます。
 これは、とても参考になる話しです。あまりにも大きな目標を立てると、なかなか実現するまで投げ出してしまいそうですが、「次の電柱まで」という小さな目標なら、なんとか誰でもやれそうです。
 この「本のたび」だって、最初はちょっとした思いつきで始めたのですが、毎日少しの時間をみつけては本を読み、それが1年たち、5年たち、9年たってみたら、1,000冊を超えていたのです。
 だから、「小さな目標」だって、ちりも積もれば山となります。
 下に抜き書きしたのは、カウンセラーにとっても、「笑顔」は大事だという話しです。
 これは、何気ないことですが、相手を安心させ、心を開かせるきっかけになるそうです。ぜひ、お試しください。
(2015.6.12)

書名著者発行所発行日ISBN
脳は平気で嘘をつく(角川oneテーマ21)植木理恵角川書店2011年12月10日9784041101070

☆ Extract passages ☆

 私のようなカウンセラーも「笑顔」をとても大切にしている。患者さんがドアを開けて入ってきた瞬間から笑顔。これを心理学では「無条件の肯定的関心」と言っている。
 相手が何か面白いことを言ったから笑顔になる、愉快だから笑顔になるといったように、条件付きで笑顔を出すのではなく、無条件で笑顔を出す。
 常に笑顔でいると、相手に「私はあなたに関心がありますよ」「どんなことでも受け入れますよ」ということを示すことになる。それによって相手も安心し、徐々に心を開いてくれるようになるのだ。
(植木理恵 著 『脳は平気で嘘をつく』より)




No.1094 『ゆっくり、いそげ』

 副題は「カフェからはじまる人を手段化しない経済」で、なんとなく、カフェが舞台だとは思いましたが、それ以上はわかりませんでした。
 ただ題名の「ゆっくり、いそげ」というのは、なんとなく「急がば回れ」かな、とは思っていました。「まえがき」のところで、「急がばまわれ」と言ってもいいと書いていますから、そのような意味もあるようです。
 でも、外資系コンサルティング会社に就職し、そして投資ファンドという職にあった人がなぜカフェか、という疑問もありました。この本を読むと、自分の生まれ育った西国分寺でクルミドコーヒーというカフェを開業したのは2008年だそうで、2014年10月1日には、この店を訪ねた人が焼く18万人になったというから驚きです。
 私の知る限り、私たちが学生の頃は喫茶店というのはどこにでもあり、モーニングコーヒーなどのサービスで、とても人気がありました。本を読むにも、人との待ち合わせ場所としても、仲間で盛り上がるところでもありました。ちょっと人恋しくなったときには、特定の喫茶店に行くと、必ず仲間たちと会えたものです。それぐらい、喫茶店は身近な存在でした。
 ところが、最近では探すのが難しいほど少なくなり、しかたなく、ドトールやファミレスに行くしかないのですが、どうもいまいち雰囲気がありません。ぱっとコーヒーを飲んで出てくる、という感じです。
 ところが、この西国分寺にあるクルミドコーヒーというカフェは、違うようです。ちょっとかっこよく言えば、昔のフランス映画に出てくるようなカフェの雰囲気が漂っているようです。それを著者は、『開店時、実現できたらいいなと思っていたことの一つが「夜にお茶する文化」だった。居酒屋やカラオケもいいけれど、夜に、仕事帰りにカフェでお茶しながらゆっくり語らうというのも素敵なんじゃないかと。』と書いています。それこそ、飯田美樹さんのいう「Cafeから時代は創られる」ということでもあります。
 それは、この本の最初に書いてある、経済とビジネスは違うということにつながります。それは『経済とは元々、中国の古典に登場する言葉で「経世済民(=世をおさめ、民をすくう)」の意であるとされる。国内でも江戸時代には使われていたようだ。言葉としては、政治や生活も含めて「社会をつくる」というニュアンスすらそこには感じられる。それがいつからか「ビジネス」という言葉に置き換えられていった。ビジネスの由来は、bisig+ness。bisigは古い英語で、ここから派生した形容詞形がbusyだから、「忙しさ」をその語源に持つことになる。時間をかけず、労力をかけず、コストをかけず、できるだけ効率よく商品・サービスを生産し、お金を稼ぐ。』ということで、その性格はまったく違います。
   それと、著者が厳しいビジネスの世界を生き抜いてきたと感じたのは、時間に対する考え方です。ビジネスの成果を数式で表すと、「成果=利益÷(投下資本×時間)」で計られるといいます。つまり、収益率を上げるには、分子をできるだけ大きくし、分母をできるだけ小さくすることです。つまり、時間をなるべくかけないことが収益率アップになるのです。
 ところが、時間をかけなければできないことが、世の中にはたくさんあります。しかも、それがとても大事なことやものなのです。
 むしろ、時間をかけても、しっかり支えてもらえる体制を整えることが大事だということです。
 下に抜き書きしたのは、その時間について書いたところです。つまり、いいカフェというのも、「いい時間を過ごせる」というところなのかもしれません。
 ぜひ、機会があれば、読んで見てください。
(2015.6.10)

書名著者発行所発行日ISBN
脳は平気で嘘をつく(角川oneテーマ21)植木理恵角川書店2011年12月10日9784041101070

☆ Extract passages ☆

 あらゆる仕事の正体は「時間」であると思う。
 それも機械が働いた時間ではなく、人が働いた時間(「働かされた時間」ではなく)。
 そして、仕事に触れた人は、直感的にその仕事に向けて費やされた時間の大きさを感じ取るセンサーを持っているのではないかと思う。そしてその費やされた時間の大きさと、そこから生じる「快」の感覚は一定の相関性を持っているのではないか。それは言語的なものではなく、ときには意識すらされないものであったとしても、「なにか落ち着く」「気持ちがいい」「からだがよろこんでいる」のような形で感得されるもの。
「いい時間を過ごせる」ことの正体は、そういうものなのではないかと思っている。
 だから雨が降ろうが、雪が降ろうが、毎日お店を開ける。冷凍品やレトルト品を使わず一品一品を手でつくる。季節ごとに変わるメニューを、毎回手で書いて、みなで貼り替える。できるだけ物事をお金で解決しない。
(植木理恵 著 『脳は平気で嘘をつく』より)




No.1093 『図説 世界史を変えた50の食物』

 このシリーズは、とても気に入っていて、図説というぐらいですから、写真や図表も多く、とてもわかりやすいのです。
 最初に手に入れたのは、「図説 世界史を変えた50の植物」で、「図説 世界史を変えた50の鉱物」や「図説 世界史を変えた50の動物」もおもしろかったです。そして、今回は食物で、これもたいへん興味ある分野で、ゆっくりと読みました。
 もちろん、まったく知らなかった食物もありましたが、ほとんどがある程度知ってはいても、これほど詳しくはわかりませんでした。
 たとえば、パエーリャは、スペイン料理だとばかり思っていたのですが、そのルーツをさかのぼると、8世紀ころのアル・アンダルスのイスラム国家をつくったムーア人のイベリア半島征服にたどり着くのだそうです。しかも、「パエーリャの伝統的な調理法には、世界各地の似た米料理、たとえばイタリアのリゾットや中央アジアとインドで一般的なピラフと大きく違う特徴がある。米を火にかけているあいだ、パエーリャを混ぜてはいけないということだ。鍋の底に「ソカラ」というカリカリのおこげができるようにするためである。つまり本質的には、パエーリャは素朴な田舎料理で、もともとは、精を出して働いたのでボリューム満点の昼食がいる、という人々が作ったものだった。」そうで、他の米料理とは違う特徴があると知り、びっくりしました。
 でも、日本だって、あるいは中国だって、お焦げを楽しむことがあり、そういう意味では、米文化のひとつかもしれないと感じました。
 また、ハンバーガーなども、いろいろな問題を引き起こしているのですが、世界的な知名度はあると思います。このハンバーガー発祥の地については、いろいろの説があり、混乱しているのですが、この本では「確実にいえるのは、アメリカには1830年代頃からハンバーグステーキという料理が存在していたこと、それを最初に作ったのはドイツ人移民で、これがやがて広まったということだけだ。このハンバーグステーキは、細かくきざんだ牛肉か牛ひき肉を使い、皿に乗せてグレービーソースをかけたもので、サンドイッチではなかった。また、欧州からもちこまれた他の料理、たとえばミートローフやミートボールのようなものと同じく、費用をかけずに食事を作るため、安い肉を使っていた。」と書いています。
 ということは、マクドナルドも安いのが当たり前というのは、うなづけます。でも、食も時代によって変わってくるということはあります。今では、安いよりもヘルシーとか、それ以上に安全で安心できる食物であるということのほうが大切になってきています。
 私はアップルパイも好きですが、そもそもこれはどこで食べられたのが最初かな、と思っていました。ところが、リンゴはカザフスタンやキルギスタンなどの山岳地帯が原産地ですが、世界中に広まっていったので、その国その国なりのアップルパイがあるそうです。
 それでも、今のアップルパイはきわめてアメリカ的で、その起源は、「アップルパイは、17世紀初頭にアメリカに到来した。イギリス人清教徒の入植者が、祖国の食べ物やレシピをたずさえてニューイングランドに最初に上陸したときだ。つまり、植民地時代のアメリカがはじまった頃から存在していたといえる。」のだそうです。
 たかがアップルパイでも、それなりの歴史があるようです。
 下に抜き書きしたのは、「パン」についての項で、食物で一番最初に取りあげられていました。たしかに、今では日本人だって、だいぶ食べていますから、やはり世界史を変えたといっても過言ではないと思います。
(2015.6.7)

書名著者発行所発行日ISBN
図説 世界史を変えた50の食物ビル・プライス 著、井上廣美 訳原書房2015年2月15日9784562051083

☆ Extract passages ☆

 人は草食ですむようにはできていない。人類の胃は、草をきっちり消化するには小さすぎ、人類の大きな脳は、草からとるエネルギーだけではたりない。とはいえ、人間の多くが毎日食べる主食は、いろいろな「草」、すなわちイネ科植物からとれる。ごく一般的なものだけ見ても、小麦、米、トウモロコシはどれもイネ科に属する。人間にとって重要な食糧になったのは、どれも生のままではほとんど消化できないものの、そのうちもっとも栄養のある部分、種子を加工して加熱調理し、種子に蓄えられているエネルギーを取り出す方法をあみだしたからだ。
(ビル・プライス 著 『図説 世界史を変えた50の食物』より)




No.1092 『現実を生きるサル 空想を語るヒト』

 この本の題名もとても気になりましたが、なんといっても、この本の装丁がとても丁寧で、手に持ったときの重量感も久々に感じました。副題は「人間と動物をへだてる、たった2つの違い」で、これもまた興味をそそりました。
 著者は、オーストラリア在住のトーマス・ズデンドルフさんで、クイーンズランド大学の心理学教授だそうです。やはり、書き方は論文調ですが、ひとつひとつが具体例を挙げていますから、難しいけれど理解しやすいものでした。おそらく、興味があったから、読み通せたのかもしれません。ただ、最後の参考文献は、難しすぎて、読みもしませんでした。
 一番分かりやすかったのは、「訳者あとがき」に書かれていたもので、『著者は、言語、先見性、心の読み取り、知能、文化、道徳性という人間に特有とされる六つの代表的な領域で、動物と人間の能力を詳細に比較、分析していく。そして、どの領域にも共通して認められる人間の心の特性として、次の二つを挙げる。入れ子構造を持ったシナリオの構築能力と、心を他者と結びつけたいという衝動だ。人間は「今ここ」にとらわれずに想像力を働かせるとともに、自分の思いや考えをはかの人びとと共有しないではいられない。それらが原動力となり、人間は協力しながら複雑な文化や社会を構築し継承してこられたということだ。著者はギャップを記述していくなかで、二つの特性がどのように中心的J佐役割を果たすのかを浮かび上がらせる。』とあります。
 つまり、題名の意図は、今という現実を生きるサルと、言語を持ち、想像力を働かせる、空想を語ることができるヒトとの対比をくっきりと浮かび上がらせています。
 やはり、訳された本はなかなか読みにくいといわれますが、ほんとうにそうだと思いました。でも、なんどか繰り返して読んでいくと、すーっとわかるときがあり、そこまで読み続けることの大切さを教えてもらったような本です。
 では、その進歩の鍵を握っているのはなにかというと、この本には「心のなかでのシナリオを正確に作り出し、それを他者と効果的に共有する人間の能力を一変させた発明だ。文字を書くことである。」といいます。
 まさに文字を書き、みんなと思いを共有できること、それこそが進歩の鍵だと言い切ります。
 私は今年の3月にカリマンタンに行き、オランウータンを見てきましたが、この本でもところどころで扱っていて、なかでも印象に残ったのは、『オランウータンは、一日の多くの時間をかけて果実を探し求める。汁の多い植物の茎や昆虫を食の足しにすることもある。ときには肉を食べる姿も観察されている。たとえば、スマトラ島のオランウータンは、スローロリス(動きの遅い、湿った鼻の霊長類)を殺すことがある。実のなる木が一度に養えるオランウータンの数が限られているためか、オランウータンはほかの大型類人猿のように社会集団を作って暮らさない。大人の雄は、はとんど単独生活を送る。雌は自分の子どもを連れて行動するが、雄は子育てに協力しない。大人の雄は雌の二倍の大きさにまで成長する。なかには、頬の両側に「フランジ」と呼ばれる大きな張り出しと喉袋ができる個体もおり、それを用いて「ロングコール」という鳴き声を発する。雄は個々の縄張りを動き回り、雄を受け入れた雌は、最長で三週間にわたり雄と行動を共にする。この時期、雄と雌は繰り返し交尾する傾向がある。向かい合って交わるこ ともあり、とても親密に見える。』と書いてあり、なるほどと思いました。
 下に抜き書きしたのは、動物が行き着けなかった人間の入れ子構造を持つシナリオ構築について書いたところです。やはり、これこそが動物ではぜったいに考えないような行為ではないかと思いました。
(2015.6.4)

書名著者発行所発行日ISBN
現実を生きるサル 空想を語るヒトトーマス・ズデンドルフ 著、寺町朋子 訳白揚社2015年1月5日9784826901772

☆ Extract passages ☆

 私たちは、気高い性格や高潔な行為にあこがれることがある。人間は、迫害や公害と戦ったり、クラブや個人や動物を助けたりするなど、利他的な行為に精力を注ぐことができる。目標に挑むとき、私たちは何かしら大きなものの一部になるように思われ、そのような努力からこのうえなく深い意義が得られることがある。人間について特に注目すべきことの一つは、私たちが何らかの変化をもたらそうと努力できることだ。人間は意図的に無私無欲のおこないをしたり、噂を広めたり、不正と戦ったり、次世代を教育したり、革命を起こしたりすることもある。自分たちの心をつなげたいという衝動がなければ、そのような特性は存在しえなかっただろう。
(トーマス・ズデンドルフ 著 『現実を生きるサル 空想を語るヒト』より)




No.1091 『生物学の「ウソ」と「ホント」』

 この本の副題は「最新生物学88の謎」で、謎というからにはわからないということでもありますから、どんなことがわからないのかなあ、と思って読み始めました。私は、どちらかというと、わからないということに興味があります。
 それと、もともと植物が好きなので、その大枠の生物学にも関心があります。
 この本のなかにも植物を扱ったものがあり、たとえば「植物が動物より長生きなのはなぜか」というのがあります。その長生きの理由は、「植物細胞はテロメラーゼ(テロメアを伸ばす酵素)が活発化していて細胞分裂の回数に限度がないことと、個々の細胞の分化の度合いが低く、幹から根や葉へ、根から幹や葉への変身が容易なことが長寿の原因のようだ。」と書いています。つまり、植物の場合は、その枝先からでも接ぎ木や挿し木などで全部を再生できるのですが、動物の場合は、そのシステムが複雑すぎて、器官がひとつでも不具合をおこせば死んでしまうというのがその短さの理由のようです。
 なるほど、と思いましたが、この項のなかでおもしろいと思ったのがシュンランのことで、「中国では清の時代から、変わり物の春蘭を愛でる風習があり、特に花形が変わっているものを珍重した。中に宋梅という名花があり、乾隆年間(1736〜1795年)に発見され、現在も日本や中国で広く栽培されている。この蘭は少なくとも220年は生き続けていることになる。」といいます。
 つまり、これだって、たった1株から株を分けたりした増やしたもので、最初の1株がずっと生きていたということではないはずです。そういう解釈なら、ソメイヨシノだって、たった1株から全国各地に植えられたものですから、その範囲はすごい広がりです。
 この本では、著者が虫好きということもあり、一番多い話題は昆虫に関してです。たとえば、なぜ熱帯には生物が多いのかという項目もありますが、これは今年の3月にカリマンタンの熱帯雨林に行き、実感もしました。ほんとうにその種類も数も多かったのです。その理由を、この本では、「熱帯は過去数億年にわたって氷河に被われたことがなく、種多様性が頂点に達しているという説が最も有力だ。生物は好適な環境下では種数が増加すると考えられるが、温帯では氷河に完全に被われると多くの動植物は絶滅するので、種数は頂点に達していないのだ。」と書いています。
 これもなるほどと思いました。
 だから、読みながら、カードをとったのが数えてみると19枚にもなりました。
 そのなかから、下に抜き書きしたのは、一番最後に書き写したウイルスと宿主との関係です。でも、なぜこれらエマージング・ウイルスがアフリカ起源なのかというと、この本には、おそらくアフリカの自然生態系が破壊されて、野生動物が激減したからではないかと書いています。つまり、下に抜き書きしたことが、その理由のようです。このような解説なら、ほんとうによくわかります。
 地球の生態系を壊すと、思いがけないところから反撃がある、と私は感じました。
 もし、機会があれば、この本を読んでみてください。とてもわかりやすく書いてあるので、気軽に読めるかと思います。
(2015.6.1)

書名著者発行所発行日ISBN
生物学の「ウソ」と「ホント」池田清彦新潮社2015年3月20日9784104231119

☆ Extract passages ☆

 多くのウイルスは寄生する宿主が決まっている。ウイルスにとってみれば、宿主とする野生生物の数が減ってくれば、自分自身の生残が危うくなる。宿主が絶滅してしまうと、自分も運命を共にせざるを得ない。そこで、何とか別の宿主を探して生き残りを図ろうとするに違いない。
 宿主として最も有望なのはもちろん人間である。現在、人類の総人口は約諾人。ひとたび人間を宿主にすることができれば、ウイルスは当分安泰である。それで無理をして人間に飛び移ってくるのだ。
 宿主とウイルスの関係はなかなか微妙である。ウイルスがむやみに強毒で、宿主を簡単に殺してしまうのは、ウイルスにとっても好ましくない。宿主がある程度動き回れて、別の宿主にウイルスを移してくれないと、ウイルスが個体群の中に拡がっていけないからだ。だから、ウイルスがホストとなる種にとりついて長い時間が経つと、感染症は徐々に軽い病気に進化していくと考えられる。
 しかし、新しくとりついたばかりの宿主に関しては、ウイルスもまだ勝手が分からず、宿主を殺してしまうことが多い。エイズやエボラ出血熱の致死率が高いのはそのためだ。
(池田清彦 著 『生物学の「ウソ」と「ホント」』より)




No.1090 『旅行者の朝食』

 旅行中はなかなか読めず、帰りの飛行機と新幹線のなかで読み終えました。
 この本の題名の「旅行者」というとこだけで選んでしまったようですが、読んで見ると『旅行者の朝食』という缶詰があったようです。そこの部分を抜き書きすると、『どうやら、「旅行者の朝食」という名称の、非常にまずいので有名な缶詰があるらしい。素っ気ない命名が、いかにもソビエト的ではある。普通名詞がそのまま商品名になった感じ。』とありました。
 さらに、『ぜひとも賞味したいと思って、あるときロシア出張の折にスーパーマーケットに立ち寄ると、ありました。牛肉ベース、馬肉ベース、豚肉ベース、羊肉ベース、それに魚ベースと、何と五種類の品揃え。で、中身はというと、肉豊や野菜と壷に煮込んで固めたような味と形状をしている。ペースト状ほどには潰れていない。そう、ちょうど犬用の缶詰、あれと長く似ている。これに、あとはパンと飲み物があれば、一応栄養のバランスはとれるようなっている。』と書かれています。
 つまり、その美味しくない「旅行者の朝食」という缶詰が、そのまま題名にもなっているわけです。ちょっと自虐的な題名ではあります。でも、結論からいえば、食べものネタが37編もありました。
 だから、旅行者という言葉に惑わされて買ってしまったのですが、結果的にはいろいろな食べものが出てきて、とても楽しく読みました。しかも、章立てが音楽のように序曲から始まって、第三楽章までありました。
 やはり興味深いのは、まだ、行ったことのない国々の食べもので、まったく推定さえできないものもありました。たとえば、題名もそうですが、「トルコ蜜飴」もそうです。ヌガーをもう少しサクサクさせて、ナッツ類の割合を多くした感じ、といわれても、なかなか実感できません。さらに、「ハルヴァの方が百倍美味しいわ」といわれても、そのハルヴァなるものがいかなるものかがわからない、でも、読み続けていくと、なんとなくわかるから不思議なものです。
 この本を読むと、世の中には、いろいろな食べものがあるんだなあ、と実感します。
 それと、キャビアとかジャガイモ、キャベツなどの来歴を記したところもあり、なるほどと思いました。
 たとえば、この本のなかでキャベツをとりあげたところがあり、アレキサンダー大王も遠征中は、兵士たちに「キャベツを食え、キャベツは身体にいい」と熱心に説いたということもあり、それでヨーロッパ原産のキャベツがアジアに広まったのではないかと言われています。
 それと、とんかつといえばなぜ千切りキャベツが添えられるのかと思っていましたが、下に抜き書きしたような理由らしきものが書いてありました。とんかつ店では、キャベツ千切りおかわり自由などというサービスがあるのが、これで納得しました。
 この本は、各国の食の事情が、通訳という仕事柄、いろいろな国に出かけるので実際に体験したことがありありと書かれていて、とても興味深く読みました。おもしろかったです。
(2015.5.29)

書名著者発行所発行日ISBN
旅行者の朝食(文春文庫)米原万里文藝春秋2004年10月10日9784167671026

☆ Extract passages ☆

 ローマの人気政治家にして文筆家の大カトーは有名な『農業論』という著書のなかでキャベツの消化促進能力を褒め称え、三つの品種を紹介している。医学者のスクリボニクスも、博物学者の大プリニクスも熱烈なキャベツ食推進派である。
 おかげで、キャベツはローマの貴族にも庶民にも大の人気食となり、とくに豚の脂身やロースハムと付け合わせて食べるのが好まれた。ちなみにこの取り合わせのパターンはいまも基本的に変わっておらず、キャベツは牛や鶏よりも豚、特にその加工品であるソーセージやハムやベーコンとの相性が良いと考えられている。
(米原万里 著 『旅行者の朝食』より)




No.1089 『芭蕉の山河』

 この文庫本は、何度も旅に出るときに持ち出し、何ページかしか読まずに持ち帰る、しかも国内だけではなく海外にまでも持って行きました。それでも、読み切れなかったというのは、難しいというよりは、芭蕉の句が深遠で、その句を味わっているうちにタイムオーバーになってしまったというのが事実に近いと思います。
 たとえば、「夏草や兵どもが夢の跡」という平泉で詠んだ句なども、そこに行った時のことが思い出されたり、人の栄華も三代ぐらいしか持たないのかなあ、と考えたり、杜甫の「春望」の一節がつい口に出たりして、そこからまったく進みませんでした。ここを読んでいたときは、たしかインドのお釈迦様の仏跡を一人で訪ね歩いていたときで、しかたないので、そこまで出てきた俳句を暗記したりしていました。
 そんなこんなで、だから旅のお供をしただけの本でした。
 ところが、今回の旅も久しぶりの中国で、そのあまりにも変わった変貌ぶりに唖然として、この『芭蕉の山河』を取り出すきっかけになったようです。
 副題は「おくのほそ道私記」ですから、俳人としても著名な加藤楸邨氏の私記です。この本は、もともと読売新聞社から単行本として出されたそうで、これが講談社学術文庫におさめられたのは1993年です。私が手に入れたのは忘れましたが、おそらく、4〜5年前のことだと思います。
 それでも、この「おくのほそ道」は文学作品で、現実はだいぶ違い、創作部分もだいぶ多いのではないかと思っていましたが、この本でも、いっしょに旅した曾良の日記、いわゆる曾良本との違いにもあちこちで言及されていて、とても興味深く読みました。日にちが違うのもあったり、行ったとは思えないような場所が入っていたり、この本の最後のところで著者が、芭蕉は「目に見ぬ境」を想い描くことのできた人であったと思われると、書いています。
 また、その素質があればこそ、この「おくのほそ道」が今に至るまで文学作品として残ってきたのではないかとも思いました。
 実は、最初考えたのは、この1冊をもって、奥の細道を旅してみたいということでした。ところが東日本大震災があり、福島第一原発の事故があり、ついついそのままになってしまいました。そこで、必ずしもおくのほそ道に限らなくてもと思い返し、インドの一人旅に持って行きました。ところが、その強烈な風景の違いが、いまいち、この本にのめり込めなかった原因のような気がします。では、なぜ中国だといいのかというと、風景の違いはありますが、漢詩などもこの本に出てくるので、少しは感じる部分が共通したのかもしれません。
 すでに読んでいたところは、あちらこちら思い出すようにして読み返し、出てきた俳句を味わったりしてから、しおりが挟まっているところから読み進めました。
 やはり、旅に出て読む本は、旅がらみの内容の本がいいと改めて思いました。先ず、その気分が高揚しています。いつもの日常性を超えた世界に今いるという実感です。そして、そこには出会いと別れが必ずあります。
 下に抜き書きしたのは、そのような旅の姿のひとつを書いている部分です。これにも、共感できました。ぜひ、この本をおすすめしたいと思います。
(2015.5.25)

書名著者発行所発行日ISBN
芭蕉の山河(講談社学術文庫)加藤楸邨講談社1993年4月10日9784061590700

☆ Extract passages ☆

P33  多くのウイルスは寄生する宿主が決まっている。ウイルスにとってみれば、宿主とする野生生物の数が減ってくれば、自分自身の生残が危うくなる。宿主が絶滅してしまうと、自分も運命を共にせざるを得ない。そこで、何とか別の宿主を探して生き残りを図ろうとするに違いない。
 宿主として最も有望なのはもちろん人間である。現在、人類の総人口は約諾人。ひとたび人間を宿主にすることができれば、ウイルスは当分安泰である。それで無理をして人間に飛び移ってくるのだ。
 宿主とウイルスの関係はなかなか微妙である。ウイルスがむやみに強毒で、宿主を簡単に殺してしまうのは、ウイルスにとっても好ましくない。宿主がある程度動き回れて、別の宿主にウイルスを移してくれないと、ウイルスが個体群の中に拡がっていけないからだ。だから、ウイルスがホストとなる種にとりついて長い時間が経つと、感染症は徐々に軽い病気に進化していくと考えられる。
 しかし、新しくとりついたばかりの宿主に関しては、ウイルスもまだ勝手が分からず、宿主を殺してしまうことが多い。エイズやエボラ出血熱の致死率が高いのはそのためだ。
(加藤楸邨 著 『芭蕉の山河』より)




No.1088 『本当の自分に出会う旅』

 ここ何冊か旅の本が多いのですが、実は私自身も旅に出ているのです。だから文庫本なのです。
 旅に出て、旅の本を読む、これは楽しいですよ。だって、旅は移動時間などもあり、本を読む時間はそれなりにあります。
 たとえば、今回は成田空港から出ましたから、山形から新幹線で東京まで約2時間、そして成田空港まで約1時間、搭乗手続きをして飛行機に乗り込むまで約2時間、成田から中国の成都まで5時間、もう、これだけで、ゆっくり文庫本1冊は確実に読めます。途中で半分ぐらいは眠ったとしても、大丈夫です。旅こそ、読書なんです。
 ということで、この『本当の自分に出会う旅』ですが、ほとんどが、「鎌田 實とハワイに行こう」という、たとえ障害を持っていても楽しく旅をしようということで、その実体験をまとめたような内容です。初めて知ったのですが、このような旅をサポートしてくれるサポーターの存在にはビックリしました。それもサポーター自身もそれなりの旅行代金を負担してサポートするわけですから、もうボランティアみたいなものです。このような存在があるからこそ、さまざまなハンディがあっても旅でできるわけです。
 そういえば、テレビで身障者が車いすで山登りをする映像を見たことがありますが、多くの方々がサポートしてくれていたように記憶しています。もしかすると、それではないかと思いました。
 著者は、『旅は人生を変えると信じてきた。だから、どんな人にも生きている限り旅をしつづけてほしいと思っていた。ぼくは、生んでくれた父や母のもとを離れて、1歳のときから人生の旅をしてきた。貧乏だけれど誠実に生きる新しい父と母に育てられた。生かされて生きている。ありがたいことだ。お返しがしたかった。困難な中で「旅」ができなくなった人の役に立ちたいと思った。介護の雑誌や、ある旅行会社に応援してもらって新しい夢の旅を計画した。』という思いが、「鎌田 實とハワイに行こう」という企画になったそうです。
 でも、誰もがそう望んだとしても、必ずしも実現できるわけではなく、鎌田 實という人柄がみんなをそのような方向に導いていったのではないかと思います。
 著者はまた、「人生にとって大事なことは命の長さではなく、生きていることを喜べること」だといいます。ただ生きている、というのではなく、自信を持って元気に生き生きとしていることが大切だといいます。まさに、その通りです。
 だから、そのためには、目標が大切で、それに向かってちょっとずつでも前進し、ついにはそれを達成する、だからこそもしかすると免疫力が高まり、病気とも戦えるということです。しかも、旅に出て、おいしいものを食べると、幸せホルモンのセロトニンが分泌されて「生きていてよかった」と思えるようになるそうです。
 この本の解説は、永 六輔さんとの対談になっていて、永さんは「僕が思う旅というのは、ある所へ行って帰ってきたら人が変わっているということ」だといいます。つまり、何をしてもいいけど、何かを学んで変わるということが大事だというんです。そして、もともと旅行の「行」というのは修行の「行」と同じだから、「僕たちは旅をしながらけんかをしたり、トラブルを乗り越えたり、我慢をしたり、発見があったりしながら、何かを学んでいる」ということ、だって修行ですからと何気なくいいます。北海道にカニを食べるために行くだけなら、たんなる移動だと話します。たしかに、私もそう思います。
 下に抜き書きしたのは、小さな目標でもいいから建てて、それに向かって進んでいこう、その一歩が大切だよ、というメッセージです。
 旅は人を変える大きな力を持っているといいますが、今、旅のなかにいて、それを実感しています。
 今、幸せホルモンのセロトニンが全身に充ち満ちています。
(2015.5.20)

書名著者発行所発行日ISBN
本当の自分に出会う旅(集英社文庫)鎌田 實集英社2010年10月25日9784087466218

☆ Extract passages ☆

 夢や希望、目標をもつことが大切。目標を実現するために、リハビリをしたり、日々の生活の努力をすることが生活の質を上げる。旅に行きたいという目標が毎日の生活動作の機能回復につながるのだ。一つひとつの目標を達成していくうちに、自然に自分の夢や希望が達成されることに気がつく。
 まず、小さな目標をひとつ立てて、さあ、始めよう、第一歩を。
(鎌田 實 著 『本当の自分に出会う旅』より)




No.1087 『アジア古寺巡礼』

 この『アジア古寺巡礼』という本の題名に惹かれ、そして中をペラペラとめくったら、見たことのあるアーナンダ寺院の仏像の写真を見つけました。
 そこで目次を見ると、タイ、カンボジア、そしてミャンマーのお寺や仏像などの話しのようで、即、読み始めました。タイにはトランジェットなどでちょっとまわったことがあるだけですし、カンボジアは何度か行く予定まで立てたのですが、なかなか実現できませんでした。それでも、ミャンマーだけは、一昨年の2〜3月に植物を見に行き、ヤンゴンやバガンなどの寺院や仏塔をお詣りしてきました。だから、著者がいうように、写真を撮らせてもらうより先に、お詣りをするということは当然だと思いました。そうすると、地元の人たちも、ちゃんと受け入れてくれます。そうすると、いい写真も撮れるような気がします。
 そのときも思ったのですが、お寺にはとても活気があり、信仰が生きていると思いました。この本でも、『ミャンマー人の参拝客が言っていた。「Paya is living」(仏塔は生きている)。わたしたちはただパャー(仏塔)を信仰し、敬っているわけではない。汚れをぬぐい金箔を貼って、日々、パヤーをtake care(世話をする)している。Take careすることが私たちの喜びだ。キーワードはtake careだ。ミャンマー人は弁当を持参して、休日はシュエダゴン・パャーで休息と信仰の時間を過ごす。境内を掃除し、仏塔に金箔を貼り付ける。……恐れを抱く対象ではなく、仕えている風情だ。仏塔の世話をすることは休日に映画を見たり、美術館へ行くよりも、はるかに魂が満足することなのだろう。』と書いてあり、まったくその通りだと感じました。
 私もお寺や仏像などの写真を撮るのが好きですが、この本のなかで、写真家のペオさんが言った「スナップ写真も悪くはない。しかし、せっかくバンコクまで来て、寺院や仏像を撮ると決めたからにはスナップ写真ばかりでなく、バンコクの寺の写真集をつくるくらいの気持ちで撮影に臨むことだ。そうすればそれぞれの写真を撮る時、一枚一枚に意味を付与するようになる。たとえば、こんなドキュメンタリー写真が考えられる。まず一枚目は戸口を入れて暗い本堂のなかを撮る。次に近寄って仏像を撮る。その次は本堂のなかにある壁画をアップで撮影する。最後に戸口とその周辺の装飾品を写す。そうすると、四枚が連続性を持つことになる。」という指摘は、とても参考になります。
 つまりは、個体の写真よりは、ストーリー性のある組写真のような雰囲気で撮るということでしょう。
 下に抜き書きしたのは、ワット・ポーの境内地にあるサラー(パピリオン)にあるマンガのような壁画と文字の説明です。これこそが、ミャンマーの仏教が生き生きしている証しではないかと思いました。ぜひ、読んでみてください。
(2015.5.18)

書名著者発行所発行日ISBN
アジア古寺巡礼野地秩嘉静山社2014年11月25日9784863892958

☆ Extract passages ☆

境内にあるサラー(パビリオン)へ行くと、マンガのような壁画と文字が描かれている。入ってすぐの壁には半裸の老婆が赤ん坊のそばに座っている絵がある。老婆はメースーカという赤ん坊の面倒を見るお化 けで、病気の原因を運んでくると言われるものだ。そこにある文字は処方箋で、これを書き写して寺近くの薬局へ行くと、病気を治す薬を処方してくれるのだという。文字を読めないし書けない庶民のために処方は石版に刻み込まれており、紙を持って行って、上から鉛筆などでこすると写し取れるようになっている。この寺に併設されていた伝統医学学校は知恵のある人が運用していたことがわかる。
(野地秩嘉 著 『アジア古寺巡礼』より)




No.1086 『50歳からの教養力』

 あまり現代の小説などを読まない著者を知らなかったのですが、銀行員のときから作家という、いわば二足のわらじを履いていたそうです。それが2003年に退行したそうで、それまでの経験から、経済界などを題材にした小説やノンフィクションなどが多いそうです。
 この本のなかで、自ら、「2002年、銀行在職中に『非情銀行』という作品でデビューしました」と書いていますが、そのころは作家専業になるとは考えてもいなかったそうです。でも、このような題名で銀行員が書けるわけはないので、この名前はペンネームではないかと思いましたが、やはりそうでした。
 この本は、著者が教養力をつけるには日々、何かを思考するということで、それを「哲学する」ということでもあるといいます。そして、考えることを習慣化するにあたって、なるべくなら、「わからないことがあれば、すぐにウィキペディアを検索しないで、できれば辞書などにあたってアナログ検索してみることをお勧めします。私は、経験的に言ってアナログ検索の方が、脳にデータが蓄積されていく」と書いています。私もその通りではないかと思っています。
 つまり、情報収集することでもありますが、これも「情報収集というのは、ある目的のために資料を探していると、そこからまた違う好奇心が芽を出して、どんどん広がっていくものです。書店に行くと、目的の本を見つけるまでに、面白そうな本をたくさん見つけてしまい、時間を忘れるくらい読みふける、という経験は誰しもあるのではないでしょうか。だから私は執筆よりも資料を読んでいる時間の方が楽しいくらいなのです。インターネットは目的の情報にピンポイントで行き着くには便利ですが、広がりという面では、私はやはり本や新聞に当たることを大切にしたいと思っています。」と書いています。
 私もちょっと時間があるときには、辞書を読むとおもしろい発見があります。デジタルのピンポイントもいいとは思いますが、アナログ的な両隣まで見てしまうようなときに、とんでもない発見があったりします。それはとても楽しみです。
 そういえば、著者の『2つも3つもの立場をうまくこなしてやろう、というのは、はっきり言って無理です。自分の立場を守った上で問題もうまく処理して、その上出世して、などと考えていると結局どれもできずに立ち往生してしまう。「虻蜂取らず」のことわざ通りです。「一に帰っ」て、「もうこの道しかない」と覚悟を決めれば、おのずと道は開けてくると思うのです。』という言葉など、まったくその通りだと思います。
 人は、これしかない、と思うと、いわば清水の舞台から飛び落ちるような覚悟ができ、なんとかなります。
 下に抜き書きしたのは、そのきっかけになる「言葉の力」についてです。言葉を知るということも、いわば言葉で考えるわけですから、「教養力」に結びついているのではないかと思いました。
 ぜひ、味わいながら、読んで見てください。
(2015.5.16)

書名著者発行所発行日ISBN
50歳からの教養力(ベスト新書)江上 剛KKベストセラーズ2014年12月20日9784584124611

☆ Extract passages ☆

 自分にとって大切な言葉を座右の銘として持っておくのはとてもいいことだと思います。聖書の中の言葉でもいいし、論語でもいいし、親に教えてもらった言葉でも、先輩から聞いた言葉でも、何でもいいのです。もちろん小説や詩の一節でも、唱歌でも演歌でも。
 自分が何かをしてあとから言葉が出てくるよりも、言葉が人を動かすことのほうが多いのではないでしょうか。言葉が自分を励ましてくれたり、背中を押してくれることは、誰でも経験があるはずです。自分に寄り添ってくれる言葉を持っておくことは、苦しい時にはとても大事なことだと思います。言葉が持っている力は信じるに値するものだからです。
(江上 剛 著 『50歳からの教養力』より)




No.1085 『本棚にもルールがある』

 著者は、古くからパソコン大好き人間なら知らない人はいないと思うアスキーからマイクロソフトに入り、36歳で代表取締役社長になった方です。その週間アスキーも今年の5月26日号をもってすべて電子版に移行するそうです。そんなとき、本好きな著者はどうするのか、と考えていたら、この本を見つけました。
 著者の理想の本棚は、「・見やすいこと ・2割の余白があること」の2つだそうです。
 これは即納得しました。私は本棚に並ぶ背表紙をときどき眺めながら、それらの本に書かれている内容を思い出すのですが、もし背表紙が見えないとすると、これは思い出すよすががないということにもなります。さらに本棚に余裕があれば、どこに置こうかという買うときのストレスがなくなりますから、これも大事なことです。ただ、それでも、やはり本棚が一杯になってしまうということは日常のことですが。著者の「スッキリと並んだ本の背表紙のタイトルを眺めているだけで、新しい発想が生まれてくる」というのは実感です。
 私もこれから読もうと買ってある積ん読本も、いつ読もうかなと、ときどき眺めています。これも楽しみのひとつです。
 だからいい本棚は、「鮮度が勝負のノンフィクションの本を中心に並べるべきだ。そして、あなたの脳の中身をアップデートさせる装置として使う。本棚の中の本を最新のものにアップデートすることは、自分の頭の中の情報をアップデートするということだ。本棚の中の、本という物体を動かすことで、新しい情報や知識を頭に入れ、吸収することができるのだ。これは、本棚の持つすばらしい機能である。」と言い切っています。
 それとおもしろいと思ったのは、「特別展示」というコーナーです。これは、おそらく美術館や博物館と同じような企画展示のようなもので、著者は、「特別展示のセルでは、……自由にテーマを決める。並ぶ本は、自然と他の棚を横断するようなものになる。テーマは例えば、船、東京、粋、光などだ。このほか、黒い装丁の本、タイトルが長い本、図版が豊富な本などとするのも面白いかもしれない。」といい、この特別展示の入れ替えの頻度は、月に1度程度が目安だそうです。
 実は、私もこれを実行しており、そのコーナーは、それ専用の本を掲げておく台のようなものを使っています。その台をあげると、そのなかは本棚になっています。4年ほど前に、通販のディノスで買ったものですが、雑誌や単行本も飾れて、とても重宝しています。たしか、製品名は「ディスプレイラック」だったと思います。
 そのときに、買おうか買わないかで迷った、タワー式の本棚も、この本では「タワーの本棚」として紹介しています。やはり、本好きの考えることは、意外と似ていると思いました。
 下に抜き書きしたのは、本は買ったからといって無理に読むことはないというところで、その読みたいというタイミングを待つことだと書いています。
 それには同感で、手元に置いておけば、必ず読みたいと思って買った本ですから、読みたくなるときがくるはずです。そのときは、難しいと思ったとしても、何ヶ月後か、あるいは何年後かには、すらすらと読めるかもしれません。大切なことは、手元におく、積んでいてもいい、ということではないかと思いました。
(2015.5.14)

書名著者発行所発行日ISBN
本棚にもルールがある成毛 眞ダイヤモンド社2014年12月4日9784478029398

☆ Extract passages ☆

読書は長く楽しめる娯楽なのだから、焦る必要はない。本を読むのにもタイミングがある。読む気になれないのは、まだ自分とその本のタイミングは来ていないだけだと判断するべきだ。古典は、多くの人にその内容が保証されている本である。その保証人にいつか自分が加わるというのは夢がある話ではないだろうか。
 将来読みたい本を持っておこう。それには古典がふさわしい。ときどき手に取ってパラパラと眺め「やっぱり難しい」と元の位置に戻すのでかまわない。それを繰り返しているだけで、手にも取らない人との差は確実についていく。
(成毛 眞 著 『本棚にもルールがある』より)




No.1084 『詩はあなたの隣にいる』

 そういえば、最近、詩を読んでいないなあ、と思ったので、この本が気になりました。この『詩はあなたの隣にいる』という題名も気に入りました。
 もともと、この本は、PR誌『ちくま』に2012年7月号から2014年7月号まで連載した「原詩生活」に書き下ろしを加え、大幅な加筆修正のうえ再構成したものだそうで、題名は、断然このほうが良いと思います。
 さすが詩人と思ったのは、言葉に切れがあります。たとえば、「目に見えないものを見、聞こえない声を聞こうとすることを、詩を書く者の最上のいっときと捉えている。そして、書こうとしてくすぶっている、まだ掴みきれないまま目や耳や体全体を固いつぼみのようにしている状態を称えているのだ。求めて生きることを、諦めないこと、なのだ。」というようなことは、そのまま詩にしてしまってもいいのではないかと思います。
 また、詩は日常のことを読むという詩人もいますが、この日常という言葉もくせ者で、『「日常」ということばは、日々のくりかえしといった決まりきった固定的な状態をあらわしている。生活は変化が多いが、「日常」は生活の定型を意味している。定型であったならば掴みやすいかといえば、そうではない。ある詩人は、首のない日常と表現した。日常性から固有のものは失われた、と述べたが日常というものは、もともとそうしたものではないだろうか。』と著者は説明しています。
 この本を読んでつくづく詩というのは不思議なものだと思ったのは、たとえば、八木重吉さんなどは生前、たった1冊の詩集しかなかったそうですが、亡くなって31年後に『定本八木重吉詩集』が出たということなどを考えると、詩というのは詩そのものに存在価値があるだけで、誰がその詩をつくったかということはあまり関係ないような気になりました。そうでなければ、亡くなってから名が世間に広まるということはあまりないのではないでしょうか。もちろん、この八木重吉が評価されるためには、詩人の田中清光は、八木重吉の詳細な研究があったということはもちろんですが、それだけでは説明が付かないような気がします。
 著者は、「夫と愛児2人を失った未亡人のとみは、戦争中も、夫であった重吉の詩稿を守りぬき、その思いが、重吉没後31年に出版された『定本八木重吉詩集』(禰生書房)にまで辿り着くことになるのだが、とみの再婚相手である歌人の吉野秀雄や、その子らも、刊行に協力したという。消えてもおかしくない詩人だったかもしれないが、たった一筋の希望の光を頼りに、とみは邁進した。金子みすゞを世に広めた矢崎節夫、宮揮賢治の原稿を守った弟の清六など、ある詩人が時代を超えて甦るには大いなる熱意の存在が不可欠だとつくづく思う。」と書いています。やはり、身内の努力もあるでしょうが、時代の変化などのさまざまな要素があればこその再評価ではないかと思いました。
 下に抜き書きしたのは、花となって生き返るというボルネオ島のキナバル山の周囲に住む人たちの信仰があるそうです。これは夢がある、と思いました。
(2015.5.12)

書名著者発行所発行日ISBN
詩はあなたの隣にいる井坂洋子筑摩書房2015年1月20日9784480816788

☆ Extract passages ☆

 魂は不変のものであり、それは循環する、という考え方がアジア各国の伝統的な社会にはある(あった)らしい。岩田慶治『死をふくむ風景私のアニミズム』(NHKブックス)には、具体例として、ボルネオ島のキナバル山(標高約4千メートル)の周囲に住む人の信仰をとりあげている。
 その辺りの人は、死者は山に登るという。それから「死者の魂はまず赤い花になって咲き、村の若い女性がその花を摘んで、食べる。魂は、この花を食べた女性の子どもとなって生き返る。魂があの世とこの世を往復する」と考えているという。
(井坂洋子 著 『詩はあなたの隣にいる』より)




No.1083 『食べ物のことはからだに訊け!』

 前々回は『毒があるのになぜ食べられるのか』という本を読みましたが、たしかに食べ物というのは不思議なもので、なかなか変わりにくいところがあります。しかも、この手の本はいろいろと出版されていて、その本の題名を見ただけでも、それはないだろう、と素人でもそう思ってしまう本もあります。
 そこで、この本では、そのような本を「健康トンデモ本」と称し、それらを明快に評論してあります。つまり、素人の「それはないだろう」というホンネを、しっかり裏付けてくれます。先ず、それがとてもおもしろかったです。たとえば、「出世を手助けする食べ物」とか、「衝動買いを呼ぼうする食べ物」とか、「運動会で1位をとれるお弁当」とかがあるそうです。まさかとは思いましたが、調べてみると、たしかにあるようです。でも、これを食べたら運動会で必ず1位がとれるとは思っていないでしょうが、もしかすると、ぐらいは考えているかもしれません。でも、その根拠を聞かれれば、おそらく納得できる答えは返ってこないような気がします。ある意味、ちょっとした気休めみたいなものかもしれません。
 そんなこんなで、この本の副題は「健康情報にはだまされるな」です。
 読んでいて、これはたしかにそうだと思ったのが、「命は非常に重要な価値です。しかし、価値の全てではありません。自由とか、夢とか、痛みや苦痛のない状態とか、家族とか、友人とか、お金とか、美味しい食事とか、みーんな大事な価値観というものです。」と書いています。たしかに、命というのはかけがえのない飛び切り大事なものという印象を持ちますが、でも、ただ命が長らえばよいというものではなく、いかに生きたかということがとても大事です。それこそ、大きな価値を持つはずです。
 この本の半分以上は、このような「健康トンデモ本」についての話しで、最後の第7章の「食べ物のことは他人に聞くな、自分に聞け」というところだけが、本の主題のようでした。
 読んでいるとなるほどと思えるところもたくさんありますが、じっくり考えてみると、まったく当たり前のことばかりです。でも、この世の中、当たり前のことが一番真実に近いような気がします。そして、著者が言うように、自分で考えることです。著者は、「他人の言葉を聞きすぎてはいけません。それはあたかも評論家の評論を読んで音楽や絵画を評価するようなものです。評論家の言葉を聞くのは別に悪いことではありませんが、それを鵜呑みにするのはよくありません。それではあなたの音楽や絵画を評価するセンサーは劣化してしまい、他人の権威に追随するだけの存在になってしまいます。」といい、たしかにその通りだと思いました。あくまでも、自分のからだは自分でしかわからない部分もあり、その判断がとても大事なことだと思います。
 また、ショーペンハウアーの次の言葉も、とても示唆的でした。それは、「ほとんど一日じゅう、おそろしくたくさん本を読んでいると、何も考えずに暇つぶしができて骨休めにはなるが、自分の頭で考える能力がしだいに失われてゆく。いつも馬に乗っていると、しまいに自分の足で歩けなくなってしまうのと同じだ。」というもので、これはたくさん本を読みたいと思っている私自身にもつながる警句だと思いました。
 下に抜き書きしたのは、貝原益軒の『養生訓』に出てくるそうですが、このなんでもほどほどという感覚はとても大事だと思います。しかも、「心を楽しませなさい」ということも、長い人生においては、これもほどほど大切なことに違いありません。ぜひご一読ください。
(2015.5.10)

書名著者発行所発行日ISBN
食べ物のことはからだに訊け!(ちくま新書)岩田健太郎筑摩書房2015年2月10日9784480068170

☆ Extract passages ☆

『養生訓』ではまた、「五味偏勝」ひとつの味を食べ過ぎてはいけないと説きます。肉でも野菜でも同じものを食べ過ぎるとよくないと言います。これも貝原益軒の大いなる知恵だとぼくは思います。甘いものも、辛いものも、塩辛いものも、苦いものも、酸っぱいものも、これら「五味」も偏りすぎるとよくないのです。まだ成長していないもの、盛りを過ぎたものは食べるなと養生訓は教えます。これも重要な教訓です。
『養生訓』には「心を楽しませなさい」として、古書を読み、古人の詩を吟じ、香をたき、古い名筆をうつした折本をもてあそび、山水を眺め、月花を鑑賞し、草木を愛し、四季のうつりかわりを楽しみ、酒をほろ酔い加減に飲み、庭の畑にできた野菜を膳にのぼすのも、みな心を楽しませ気を養う手段である、としています。『養生訓』を読んでいるととにかく健康のためには「ほどほどが大事」という一貫した主張を感じます。
(岩田健太郎 著 『食べ物のことはからだに訊け!』より)




No.1082 『草木成仏の思想』

 まず著者の名前が読めませんでした。「末木文美士」と書いて「すえきふみひこ」と読むそうです。それと、読んでいて、なんど眠りに誘われたかわかりません。それほど、難しくて、なかなか理解できませんでした。
 副題は「安然と日本人の自然観」で、安然という人は、この本によると、9世紀後半に活躍した天台の大学者だといいます。教科書的にいうと、「最澄・円仁・円珍を受けて、台密(天台密教)を完成させた人物」ということだそうです。どちらにしても、それだけでは、ほとんど、どのような人物だったのかわかりません。
 この本の最後に、「災害が打ち続き、文明そのものが危機に瀕した今日、私たちは単に表面だけ見てその場次第の判断をするのではなく、常に根源に遡り、総体的な世界観の中で、自然を考え、そして人間を考えていかなければならない。本書は、安然というすっかり忘れ去られた大思想家の思索の跡をたどることで、その一端に迫ろうとした。九世紀という遠い過去に、日本にもこのように徹底した思索を展開した思想家がいたことは、驚くべきことだ。私たちが過去に学ばなければならないことは、まだまだあまりに多過ぎる。」と書いていて、その前のところでは、普通の自然についての考え方でないのを知らないで「本書を読まれた方にはお気の毒だ(多分、そんな方はここまで読み通せていないだろうが)。それとは全然違って、しちめんどうくさい議論が続き、とんでもないところに話が進んできた。」と思うのではないかとさえ書いています。
 私も、どちらかというと、しちめんどうくさい議論だとは知らずに、この本を読み始めたひとりです。
 そして、その後半部分には、現代語訳の『しん定草木成仏私記』というワープロ文字にさえないような題名の訳本が載っていました。これは、とても読む気にもならず、ただ、眺めていました。
 それでも、最初の方は、下に抜き書きしたような「草木国土悉皆成仏」という語句についてや、そのような語句がどこで取りあげられてきたかとか、とても興味がありました。しかも、古典に戻って日本人がどのように環境世界の問題を理解してきたのかをきちんと解明したいと書いてあったので、これはぜひ読まなければと思ったのです。
 それが、いつの間にか「真如」の問題が出てきたり、「災害天罰論」が出てきたりすると、なかなか付いてはいけませんでした。
 ところが、さっさとあきらめて別な本を読めば良いのに、少しでも理解しようと時間をかけて読んではみたのですが、とうとう半分あきらめてしまいました。
 最後のプロフィールを読むと、生れ年だけはいっしょでした。
 でも、私は文章を書くなら、井上ひさしさんのように、「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、そしてゆかいなことはあくまでゆかいに」書いてみたいと思いました。
(2015.5.8)

書名著者発行所発行日ISBN
草木成仏の思想末木文美士サンガ2015年3月1日9784865640090

☆ Extract passages ☆

じつは「草木国土悉皆成仏」という言葉は古くからあり、仏典のみならず、謡曲などにしばしば現われることから、古典愛好者にはよく知られている。ただ、その場合もインドや中国の仏典には見られず、日本の仏典のみである。それどころか「草木国土」という言葉自体が、中国の仏典にはわずかに見られるのみで、日本で多用されるようになった。その多くは「草木国土悉皆成仏」という成句か、それと類似の表現の中で用いられている。
(末木文美士 著 『草木成仏の思想』より)




No.1081 『毒があるのになぜ食べられるのか』

 世のなか、ゴールデンウィークで盛り上がっているのに、『毒があるのになぜ食べられるのか』なんて、毒の話しについて読むのも。ちょっとは気が引けます。
 でも、考えてみれば、毒も薬も見方の違いですし、著者もいうように、腐敗と発酵だって、人間側の都合によって区分けしているだけの話しです。そもそも食物だって、そのまま食べれば毒になるかもしれないけど、長年の工夫から、こうすれば安全に食べられるようになってきたものだってあるわけだしね。
 そういえば、著者は、子どもの好き嫌いのことを、「赤ちゃんは生まれたときから甘味と旨味は好むといわれます。味のついた水溶液を与えた実験の結果、塩味は生後、4カ月ほどで識別し、6カ月ほどしてから好む傾向が出始めるといいます。その一方、酸味と苦味は、生まれたときから好まず、幼児のあいだは嫌悪を示します。体が小さければ、害になるものや毒はそれだけ体内に回りやすいですから、小さな子供たちが、酸っぱいものや苦いものを嫌うというのは理に適ったことです。人間が酸っぱいものや苦いものが次第に好きになるのは学習を通してのことです。と書いてありますが、なるほどと思いました。
 つまり、酸味や苦味の嗜好は、食べたり飲んだりする経験の積み重ねということですから、先ずは食べさせなければだめだということになります。
 そういえば、もうフキノトウは旬を過ぎましたが、「フキノトウをそのままラットに食べさせると肝臓に癌を生じるというデータが示され、その原因物質として、ピロリチジンアルカロイドのフキノトキシン(ベタシテニン)が発見され」たのだそうです。でも、食べるときに灰汁抜きをすれば、その有毒アルカロイドはほとんどがこの灰汁抜きの捨て汁のほうに入るから大丈夫なんだそうです。そういえば、以前にはワラビもそのようなことが言われたことがありました。
 また、以前にはお焦げは悪いと言われていましたが、「焼けこげそのものをマウスにいくら与えてもがんができないことがわかってきました。毎食よっぽど大量のこげを食べ続けない限りは、こげ自体が発がんにつながることはないようです。ご飯や野菜のこげはあまり心配しなくてもいいでしょう。」と書いてあります。
 ではなぜ、お焦げが悪いといわれてきたのかといいますと、昭和五十一年のある大手の新聞に「おこげ、とくに魚のこげには発がん性がある」という見解が大きく取りあげられたことで、一般に広まったことのようです。そういえば、朝日新聞の慰安婦の問題などもそうでしたが、新聞だから信頼できるということはなさそうです。自分で自分なりにもう一度考えてみるという姿勢こそ大事ではないか、とこのお焦げのことから考えさせられました。
 また、それ以上に、自分の食べるものに対する関心を失しなってはいけないと思います。まさに薬食同源、これは中国から伝わってきた言葉ですが、1972年9月号のNHKテキスト「今日の料理」で最初に使われた「医食同源」についても、しっかりと考えていきたいとこの本を読みながら思いました。
 下に抜き書きしたのは、腐敗と発酵の違いについて書いてあるところです。読んでみるとわかりますが、人間の都合だけで、つまりは人にとって有害か役に立つかだけの違いのようです。
(2015.5.4)

書名著者発行所発行日ISBN
毒があるのになぜ食べられるのか(PHP新書)船山信次PHP研究所2015年2月27日9784569821382

☆ Extract passages ☆

 食品が微生物の働きで、次第に味や臭い、見た目の形や色、触った感触が変化していくことを、あるときは「腐敗」と呼び、またあるときは「発酵」と呼びます。この違いは何でしょうか。
 飲食物に微生物が入って増殖し、その飲食物に不快な臭いがついたり、味が不快なものなったり、有毒物質が発現したりする場合に「腐敗」といいます。すなわち、飲食物が人間に役に立たないものにな ってしまうことを「腐敗」というわけです。これに対して、飲食物を人間に役に立つものに変えることを「発酵」といいます。
(船山信次 著 『毒があるのになぜ食べられるのか』より)




No.1080 『人間の目利き』

 この本の題名は『人間の目利き』ですが、副題のようなものは『アラブから学ぶ「人生の読み手」になる方法』で、いわゆる対談集です。
 予想通り、とてもおもしろく、あっという間に読んでしまいました。最近は、アラブでいろいろなことがあり、さらに3月にイスラム教式の結婚式に出席したこともあり、とくにイスラム教に関係する本を今も読んでいます。今まで、あまり関心がなかったというばそうなんですが、ありきたりのことしか知りませんでした。それが、読めば読むほど不思議な世界で、とうとう何冊も読んでしまいました。
 この本で知ったのですが、吉村さんが結婚するときにイスラム教に改宗されたそうで、道理で詳しいと思いました。でも、この本の終わりのところで、20年前にカトリック教徒にさせてもらったそうで、洗礼名は「サウロ」だそうです。ということは、今はキリスト教徒ですかね。
 まあ、この本を読めば、たとえば、吉村氏が「イスラム教徒の最大のテーマが「自分との戦い」なんですよ。前に言ったように、ジハード(聖戦)というのはもともと、そういう意味ですから。そもそも人間は弱いもので、欲望に引きずられてやっちゃいけないこともやってしまう。そこで、やってはいけないことをきちんと守ったときに初めて人間としての尊厳を感じる。だから、欲望を満たしちゃいけない。欲望を断つことがいいことだ、と考えているわけです。」といいますと、曽野氏は、「日本人は、欲望を完壁にかなえなきゃいけない、かなえられたときに幸せがある、と信じ込んでいる。ところが、アラブでは違うんですね。」と補足します。そしてさらに、吉村氏は「欲望を抑えることが精神的な充足なんです。我慢することに充実感がある。」と付け加えます。このような話しからアラブの人たちの考え方がわかるような気がします。
 そういえば、テレビなどでアラブの部族長などを見ると、周りの若者たちはとても尊敬しているように見えます。それを吉村氏は自分の経験から、「僕なんか、自分がもう年寄りだから「年寄りを大事にしよう」とみんなに話しているけど、若いときは、「あの年寄りは早くやめさせろ」なんて言っていたんですよ。でもエジプトで、そんなことを言ったら大変。それこそ「ギリシャ人みたいだ」とバカにされる。アラブでは、年寄りは財産なんですね。なぜなら、たくさんの経験を持っているから。わからないことは年寄りに聞けば、何でも教えてくれる。だから財産、宝なんです。」と答えています。そしてさらに曽野氏は、「アラブの格言に「家に老人がいないなら、ひとり買ってこい」というのがありました。老人というのは、世話をしなければいけない存在だけれど、貴重な存在であることをもアラブの人は知っているんですね。」と話します。
 この話しを聞くと、おそらく今の日本人はギリシャ人みたいかもしれませんが、このようなアラブの人たちの老人を大切にすることは学びたいと思います。
 下に抜き書きしたのは、吉村氏の「あいうえお」です。とてもアラブ的というか、おもしろい考え方なので、紹介します。ぜひ、ゆっくりと味わっていただきたいと思います。
(2015.5.1)

書名著者発行所発行日ISBN
人間の目利き曽野綾子×吉村作治講談社2014年12月8日9784062192774

☆ Extract passages ☆

吉村 人生、「あいうえお」が重要なんですよ。「あ」は愛でしょう。……
曽野 「い」は何ですか?
吉村 意志。……意志が強いというのは、意志を持つということだから。流されようと思っているのも意志。……
曽野 で、愛に意志で、「う」は運、「え」は縁でしょう。
吉村 最後の「お」は何だと思います? 恩です。この「あいうえお」を大事にしていれば、悪くはない人生を送れます。これは、アラブの教えじゃなくて、僕の考え。でも、僕はもうアラブ人みたいなものですから(笑)。
(曽野綾子×吉村作治 著 『人間の目利き』より)




No.1079 『ユダヤ・キリスト・イスラム集中講座』

 この文庫本はだいぶ前に発行されていますが、もともとは2004年11月に単行本として出版されたものです。ですから、すでに10年ほど前の本ですが、今でもとても興味深い内容を含んでいます。
 というのは、なかなか日本人には理解できないような宗教問題を、対談という形で、わからない部分を直接その道の第一人者に聞くということでこの本が成り立っています。まさに、題名通りの集中講座のようなものです。
 とくに最近のイスラム教はわからないような気がしますが、そのもやもや部分の下に横たわるそもそもの考え方を示しているので、とても分かりやすいと思いました。
 第1部では、著者がユダヤ・キリスト・イスラムという一神教の世界を評論しています。たとえば、ユダヤ教とキリスト教の違いを「キリスト教徒の見方からすれば、唯一絶対の神は、最初はユダヤ民族とだけ契約を結んだ。ユダヤ人は神をちゃんと信じるかわりに、神はユダヤをひいきにするという関係があった。これはユダヤ人と神の絶対的な決め事でした。それをイエスは対全人類に拡大したと、キリスト教徒はみなします。つまり、イエスの出現というのは、正確に言えば、唯一絶対の神は、イエスというひとり子を全人類のところに差し向けて、しかも、イエスが全人類のすべての罪を背負って、十字架の上でわざわざ殺されてくれた。彼の犠牲によって全人類の罪は贖われたという考え方をするわけです。」と書いています。
 そして第2部は、ユダヤ・キリスト・イスラムそれぞれの言い分を、キリスト教はパット・ロバートソン氏が、ユダヤ教はラビ・マーヴィン・トケイヤー氏が、そしてイスラム教はムサ・モハメッド・オマール・サイート氏が代弁をしています。
 ここでは、たとえば、ユダヤ教の立場からラビ・マーヴィン・トケイヤー氏は、「イスラム教国にいるユダヤ人は、いつも「セカンドクラス」(二級)の人種とされ、劣等な社会的地位にしかつけないのです。法律でそうなっている。たとえば、ユダヤ人はビルの上の階には住めません。なぜなら、そこにいたらイスラム教徒を見下げることになるから。ユダヤ人は地下の階にしか住まわせてもらえない。ほとんどのイスラム教国においてそうです。狂っている。ただ、たとえばスペインなどの国では、イスラム教国でないので、そこにいるイスラム教徒もユダヤ教徒も仲良く暮らしています。そして同等の権利を保障されている。」と書いていますが、つまりは、イスラム教国では仲良く暮らせないというわけです。
 さらに「後書きにかえて」というところで、アメリカの友人からの手紙を紹介し、加えて、一神教の世界を読み解く資料篇を7つ掲示しています。それらひとつひとつがしっかりと出典先を明示してあり、さらに調べたいときには、とても参考になります。
 このような丁寧な集中講座は、大学でも少なくなってきたのではないかと思います。ただ書きっぱなしにしないで、しっかりとした裏付けをとる、という姿勢にとても共感しました。全体を読み終えて、最後まで心に残ったのは、「ちなみに、織田信長はキリスト教信者ではありませんでしたが、比叡山を焼き打ちしました。そのとき、多くの人は残虐だと言いましたが、宣教師は、「たいへんすばらしいことであった」という言葉をローマに送っています。なぜ多くの人間が虐殺されることがすばらしいかといえば、それは邪教の徒だからです。」と書いている部分です。
 やはり、私たち日本人の多神教世界では、なかなか理解できない部分が残ると思いました。下に抜き書きしたのは、ユダヤ教のラビ・マーヴィン・トケイヤー氏の日本に対する思いです。この言葉を聞くと、もしかすると、日本人の世界観も、他の一神教の世界の人たちからも認めてもらえるかもしれないと、少しばかりホッとしました。
(2015.4.31)

書名著者発行所発行日ISBN
ユダヤ・キリスト・イスラム集中講座(徳間文庫)井沢元彦徳間書店2006年11月15日9784198925079

☆ Extract passages ☆

 私は日本の伝統、文化、日本人の中に、非常に美しい人生観、概念、習慣、宗教を見出したのです。それは私たちユダヤ人が学ぶべきものであり、また世界が学ぶべきものです。ユダヤ人にとって日本人は友です。我々は日本人に対し尊敬の念を抱いています。
 この観点から見て、日本人が唯一の神を信じょうと、二つの神を信じようと、たくさんの神を信じようと問題ではないのです。日本の中に見出される、それら尊いものは、尊敬に値します。それで充分なのです。
 また神道の神社の本殿に、偶像が置かれないという点も重要です。神道では、目に見えない神を、見える彫像にして拝むということをしない。
(井沢元彦 著 『ユダヤ・キリスト・イスラム集中講座』より)




No.1078 『お香と線香の教科書』

 私もお茶で香をたきますが、では、香や線香のことを知っているかといわれれば、あまり深くは知りません。たとえば、この「たく」という漢字は「薫く」と書くようですが、広辞苑をひいても出ては来ません。もちろん、この使っているパソコンで「たく」と打っても、「薫く」とは出てきませんでした。
 さらに、お香の世界では、香を聞くといいますが、その説明は「聞くという言葉には、耳だけではなく全ての感性を研ぎ澄ませて感じ取るという意味があります」といい、やはり奥が深そうな世界のようです。
 つまり、一般的にもあまり香に関しては、なじみがないというより、知らないことが多いのではないかと思い、この本を読み始めました。さらに、編者が愛知県線香卸商組合というのも興味を引きました。しかも、愛知県という地名が入っているにもかかわらず、愛知県内の正会員は9社で、その他の賛助会員16社で愛知県外の会社でした。もちろん、その中には名の知れた線香屋さんもあり、京都でお世話になった老舗も入っていました。
 そういえば、だいぶ昔、京都にいたときに松栄堂で買った伽羅を今でも大事に持っていますが、この伽羅はベトナム産で、とくにベトナム中南部に主だそうです。この本では、伽羅は「第一に香りが違います。これが大前提です。その上で成分調査した結果、普通の沈香の含油量(タールの含まれている量)は最高で38%、伽羅は50%を超えました。その他に、熱を加えなければ香りがしない沈香と違って、伽羅はそのままでも大変良い香りがすることです。……実は伽羅はもともとの出来方が他の沈香と違います。その違いによって生木から採取されることが多いのです。含油量だけでなく水分も多いために常温でも香ります。年月が経ち、表面が乾く一方で香りの元となる成分(油)は凝縮されていきますから、古ければ古くなるほど伽羅の品質は上がるのです。」と書いてあり、古いほど品質がいいそうですから、これからも大事に持っていたいと思います。
 読み終わって、意外と香や線香について、知らないものだなあ、と思いました。とくにこの本は、線香を作っている立場から書いてあるので、なおさらかもしれません。
 下に抜き書きしたのは、線香と仏教との関係です。やはり、線香は仏教とは切り離せないほど昔から使われています。
 この機会に、あらためて線香などについて考えることができ、よかったと思っています。付録として、正会員や協賛会員の会社やお店の紹介があり、どこでどのようなお香や線香を買えるかもわかります。もし、興味がありましたら、ぜひこの本を読んでみてください。
(2015.4.29)

書名著者発行所発行日ISBN
お香と線香の教科書愛知県線香卸商組合 編三恵社2015年1月15日9784864873093

☆ Extract passages ☆

仏教も宗派でいろいろ違いますが、人が亡くなってから忌明けまで食べられるものは「香り」や「煙」だけといわれています。ですから忌明けまでは香煙を絶やしてはいけないのです。……
忌明けというのは亡くなった人があの世にいってしまったということですが、あの世にいても、こちらの声は聞こえ、香りや煙も届くそうです。それに仏壇にはお寺のご本尊と同じ仏様が祀られています。その仏様に対してお参りするのが本来のお勤め=勤行です。仏様のためにも故人のためにも是非良い香りの線香を薫いてください。ちなみに仏壇にお供えする食べ物も私たちが食べる前に仏様にその「香り」を差し上げているのです。
(愛知県線香卸商組合 編 『お香と線香の教科書』より)




No.1077 『Think 疑え!』

 この本の扉のところに、「この本を私の母、コニー・ハリソンに捧げる。あのころいつも市立図書館まで連れて行ってくれてありがとう、ママ。あれがすべての始まりだったよ。」とあり、これを見ただけで、この本を読んでみようと思いました。本を読めば、必ず考えますし、そこから疑問も出てきます。やはり、本を読むことが、いかに大切かをこの文章は教えてくれます。
 考える、ということにキーポイントをおくと、昨日まで読んでいた本に近いものがありますが、やはり日本人が書いたものとアメリカ人が書いたものとでは違います。物の見方・考え方がだいぶ違いますし、その違いがおもしろかったです。
 そういえば、この本の題名『Think 疑え!』も、もとの本では『Think: Why You Should Question Everything』で、この英語の題名のほうが書かれている内容がつかめそうな気がします。だって、日本語の題名では、何を疑えばよいのかさえわかりませんが、英語の題名では、すべてのことになぜという質問をすべきだとあり、より具体的です。
 書かれている内容も、「よい懐疑主義者になるための思考法」についてで、すべてのことを無批判に信じ込まないようにし、それらに多大な時間やエネルギーを使わないでほしいという著者の思いが伝わってきます。
 この本の中で、おもしろいと思った実験は、科学者のクリストファー・チャブリスとダニエル・シモンズのもので、非注意性盲目がどれほど私たちの意識を損なうかを、わかりやすく示しました。ちょっと長いのですが引用しますと、「要点だけ説明しますと、まずテストの被験者たちに、数人の選手が2つのチームに分かれてバスケットボールをパスしている映像を観てもらいます。被験者たちはこの映像を観て、一方のプレーヤーが何本パスをしたか数えるように指示されるただそれだけです。ところが、被験者たちがパスの数を正確に数えようとしている最中に、ゴリラの着ぐるみ姿の女性が出てきて、両手で何度か胸をたたき、また去って行きます。ゴリラが映像に映っている時間はおよそ9秒もあり、その姿ははっきりと見えています。そして被験者たちは、パスの回数を伝えた後で、映像の途中で何か変わったことに気づかなかったかと聞かれます。すると驚いたことに、被験者たちの半数には、ゴリラが見えていなかったのです。毛むくじやらのゴリラが9秒間も目の前をうろうろしていたのに、気がつかなかった。ボールに集中するあまり、脳がゴリラを認識できていなかったのです。」というのがその実験です。
 これは非注意性盲目というのだそうですが、なぜこのようなことが起こるのかというと、「私たちはいつもあらゆることに注意を向け続けることができないので、脳は全体を見ることをあきらめ、特定のものだけにフォーカスを当てよう」とするからです。つまり、注目していることだけを見て、それ意外は見ていないということです。やはり、人間の脳は、確実に見ているというよりは、都合よく見ているということです。
 下に抜き書きしたのは、この本の最後に書かれている文章で、おそらく、これを言いたいが故にこの本を書いたのではないかとさえ思いました。ぜひ、お読みください。
(2015.4.27)

書名著者発行所発行日ISBN
Think 疑え!ガイ・P・ハリソン 著、松本剛史 訳集英社インターナショナル2014年12月20日9784797672824

☆ Extract passages ☆

常に科学者らしく思考し、事実とフィクションを区別してください。あらゆることに疑問を持ち、本当の謎に直面しても、たじろいだり屈したりしないでください。そしてどれほどその誘惑に駆られても、知らないことを知っているふりをしないようにしてください。正しい反応は、常に考え続けることなのです。
 跳ぶ前に考える、信じる前に考える――ひたすら考え続けましょう。
(ガイ・P・ハリソン 著 『Think 疑え!』より)




No.1076 『「本」と生きる』

 裏表紙に、「読書が日本を救うカギになる。」とあり、この一言で読もうと思いました。たしかに、今、本を読まないとか、本もデジタル化されているとか、読書環境もいろいろと変化しています。
 だからこそ、というか、このような時だからこそ、改めて本を読むということを考えて見なければならないのだと思います。しかも、著者は国会議員の立場からもこの問題に取り組んできた方ですし、もともとは童話作家です。まさに「本」と生きてきたようなものです。
 とくに興味の持ったところは、国会内での論議の内容で、これらはその議論のなかにいなければなかなかわからないものです。でも、その議論のなかで子どもたちの教育も変わっていくわけですから、とても大事なことです。
 だから、この本の構成は、自ら「紙の本と電子書籍の違い、読書の持つ効用、教育現場のデジタル化、学校図書館の苦難の歴史などについて」と書いていますが、さらに読書は日本の希望になりうるかという点にまで論を進めていることに興味を持ちました。そして、自分が深く関わってきた学校図書館が生き生きと活動し、そのなかで多くのこどもたちが本を読み、そこからさまざまな活動が生まれ、それが学習に生かされれば、日本の子どもたちの精神的な豊かさにつながり、大きな未来につながると信じているというところで本論が終わっています。
 私個人の考えでは、ただ本が好きだから読んでいるだけですが、読んでいるうちに、さまざまな興味がわき、さらに本を読むという連鎖反応のようなことが置きます。だから、この本のなかで取りあげられているマーガレット・ミークの『読む力を育てる マーガレット・ミークの読書教育論』(こだまともこ訳)に書かれている「読むということは、印刷した記録から知識を得るという行為を遙かに超えたもの。ひとりの人間の心と想像力、そしてもうひとりの人間の心と想像力との生き生きした出会いである。語る言葉は時に偶然の産物であり、いずれ消え去ってしまうかもしれない。だが、書いた言葉は残る。書いたものを読むとき、わたしたちは考えるのと同じペースで歩みを進めることができる。読むことはすなわち自らの内に語りかけることであるから、読んだものは読者の心の成長の過程に確かな印を刻んでいく。読むことを学んでいるとき、子どもは表面に現れているものと、その言葉が実際に自分に語りかけているものの問を行ったり来たりしている。だが、書かれたものがどのように進展するか予想できるようになると、自分で考え、どんどん読み進むことができる。」ということは、なるほどと思います。
 なるべく小さなときから本に親しむということは、間違いなく大切なことだと思います。
 でも、それは大人の支えが必要なことで、大人の理解も大切です。
 ぜひ、この本を読んで、本の大切さを感じていただければと思います。
(2015.4.25)

書名著者発行所発行日ISBN
「本」と生きる(ポプラ新書)肥田美代子ポプラ社2014年12月1日9784591142530

☆ Extract passages ☆

 読む人は、書物の世界の登場人物たちと、坂道や砂浜を散歩したり、レストランや映画館に入ったりします。人間の善悪を目のあたりにすることもあれば、人間関係に悩む人や傷ついた人との出会いもあります。宇宙への旅、海底2万里の航海、動植物との対話、それを可能にするのもまた読書なのです。
 読むことを通じて出会うもうひとつの人生や世界には、実にさまざまなバリエーションがあり、その追体験により「多生」を生きることができるのです。
(肥田美代子 著 『「本」と生きる』より)




No.1075 『ビジネスの先が読めない時代に 自分の頭で判断する技術』

 ちょっと長めの題名ですが、この題名だけで、ビジネス書で、しかも判断する技術を書いてあるハーツー本だとわかります。それも、この本を多くの人に手にとってもらう戦略かもしれません。
 たしかに、今の時代は先が読みにくく、はっきりしない時代のようです。経済評論家の人たちの話しを聞いていても、株価は上がるという人もいれば、株価は急落するという人だっています。もちろん、経済指標などから自分なりの判断だと思いますが、同じ指標を見て、なぜ違う答えが出てくるのか疑問に思います。あるいは、その見る指標が違うのかもしれないとも考えました。そのような思いが、このような本を読むきっかけになったようです。
 情報というのは、すべて集めたからいいのではなく、判断に必要な情報だけあればいいわけで、あまりにもたくさんの情報があれば、かえって絞りにくくなります。そういう意味では、世界で初めて英語の語源辞典をつくった人の話はなるほどと思いました。それは、『一つの言葉の語源を調べる時間を何時間と、決めていたそうです。その決めた時間だけ調べてわからないときは、「わからない」と記載する。そのため、世界最初の英語語源辞典は、語源不明との記載がたくさんあったそうです。』が、このように時間を区切るということも大切です。いつまでもわからないことにこだわっていると、できなくなります。また、何日かおいてもう一度調べてみると、わかることもあります。「わからない」ことが悪いことではなく、「わからない」ことにいつまでもこだわっているのが悪いことではないかと思います。
 情報というのは、似たような情報だけではなく、幅広く、たとえ文化が違うような情報でさえも、役立つときがあります。この本でも、「異文化理解とは、自らを相対的に見ることです。知的とは、自分を批判的に見る視点を常にもっていることです。器が大きいとは、自分ではそうしないという他人の行為を肯定的に捉えられることです。そういう姿勢は、しなやかな知性のみができることでしょう。それが異文化理解の基本であり、人格の魅力の源泉にもなります。」と書いています。
 器の大きな人というのは、幅の広さだけでなく、思考の柔軟性も兼ね備えています。
 ただ、よく見られるのは、結論を正当化するような情報を集めるやり方です。先に出したい結論があり、その裏付けを情報にもとめるもので、これでは本末転倒です。これなどは政治家などもやりますが、この本では、その例のひとつとして、イラクにアメリカが軍隊を送るときに、情報機関がイラクに大量破壊兵器があるという理由付けを行ったことを掲げています。たしかに、そのような例はいくつもありそうですが、それで多くの人たちが路頭に迷うようなことがあれば困ります。
 下に抜き書きしたのは、まさに戦略の第一の基本は、情報だということで、それを書きました。たしかに、当たり前のことですが、その当たり前のことができないのが人間であり、とくに切羽詰まったときなどは、多くの情報を見逃してしまいます。
(2015.4.23)

書名著者発行所発行日ISBN
ビジネスの先が読めない時代に 自分の頭で判断する技術小林敬幸角川書店2015年1月31日9784041018392

☆ Extract passages ☆

 戦略論の第一の基本は、情報重視戦略です。
 戦略論の元祖である孫子の最も有名な名言は、「彼を知り、己を知れば、百戦殆からず」です。戦略論の大家である岡崎久彦氏は、戦略論はこの情報重視戦略の一言に尽きると言ってもいいと述べています。
 これは、「第一に外部環境を知り、第二に、その環境の中での自らの位置づけを知り、その上で個々の実行をするのがよい」と理解すれば、仕事でも私生活でも最初に立ち返るべき基本となる教訓と言えます。
(小林敬幸 著 『ビジネスの先が読めない時代に 自分の頭で判断する技術』より)




No.1074 『[新装版]日本人はなぜ水に流したがるのか』

 たしか、この本は読んだかもしれない、と思いながら読み始めましたが、読んでいるうちにそれはないと思いました。かつて読んだことがあるものは、いくら装丁が変わっても、内容が同じであれば思い出します。この本の旧版は1993年3月に文庫版として出ているそうですが、著者の本は何冊か読んではいますけど、この本は読んでいなかったようです。
 こんなにも悩むのは、自宅を改築したときに、だいぶ旧蔵本を整理したことが原因です。読書カードを調べてもいいわけですが、すごい数ですので、それも面倒です。どっちみち、図書館から借りて読むわけですから、まずは読めばわかると思ったのです。
 この題名もすごく内容をつかみやすいのですが、内容もすごく理解しやすく、なるほどと思いながら読みました。たとえば、将棋はインドで始まったそうですが、「将棋とチェスの違いを見るとヨーロッパや中国大陸と日本の違いが見える。……捕獲した相手の駒を自分の駒として再活用するというルールは日本だけのもの」なんだそうです。もちろん、中国を経て伝わってきたものでしょうが、中国でもこのようなことはないそうで、「日本人の罰を与えてひどい目に遭わせるというより、自分のいいように取り込んでしまうという意識がある」と、著者はいいます。
 たしかに、日本でも一度謀反を起こせば、なかなか信頼されないのは当然ですが、それでもそのことを水に流して重用された例はたくさんあります。つまりは、いったん水に流してチャラにするというのは、日本人だからこそのやり方のようです。それは、性善説にもつながり、信頼できる幅の広がりにもつながっていきます。
 また、西日本に「お笑い講」というのがあるそうで、これは笑ってもらうことで許しをえるやり方、つまりは笑いが水に流すひとつの方法として作用するのだそうです。どうするかというと、『共同体の長などが、罪をおかした者を連れて村中を歩き回って、次のようにいって拍子木を打つ。「東西東西、この男は、村の共同で刈るしばを無断でひとり占めした不屈千万な奴です。本人は深く反省してお詫びを申しておりますから、どうぞ皆さんこの男を笑ってやってくだされ」』といいながら歩くといいます。だから、この笑いは人をあざけるようなものではなく、「許してやるぞという笑い」だそうです。つまりは、「日本には、笑いによって相手の罪を清め、魂が再生産されるという信仰があった。だから、罪が解かれることへの祝福の笑いの意味になるのである。」ということです。
 たしかに、これなども、水に流す良い方法だと思います。
 そもそも、日本人は農耕民族ですから、水がなければ稲作はできません。その水を確保するためには、村人一丸となってあたらなければなりませんから、村八分にされたら生活もできなくなります。その大切な水で、困ったことでもなんでも流してしまうというのは、やはり日本人だからなのかもしれません。
 ところが、今の時代は蛇口をひねればいつでも水はふんだんに使えますから、だんだんと水に流すという日本人の特質も変わってくるでしょう。いや、もう変わってきているかもしれません。このような本が、新装版になって出てくるというのも、その辺りに理由がありそうです。
 下に抜き書きしたのは、自然災害にたいしても、水に流そうとする意識が働いているかもしれないという箇所です。いつまでも考えていても始まらない、というのが根底にありそうです。
 ぜひ、読んでいただきたい1冊です。
(2015.4.20)

書名著者発行所発行日ISBN
[新装版]日本人はなぜ水に流したがるのか(PHP文庫)樋口清之PHP研究所2015年2月19日9784569763125

☆ Extract passages ☆

 自然の破壊に対して、屈するのでもなく、かといって真正面から立ち向かうのでもなく、立ち上がりながら「さて、どうしたものか」と考えるといった感じである。そして、生活基盤をととのえながら、治水工事を話し合ったり、神様に願ったりしながら、とにかく前進しようとする町である。
 日本人が、災害からの立ち上がりが早いのは、絶えず揺れ動いているような日本列島に住んでいるため、慣れてしまったということと、それが何代も続いて災害に強い特質が心の遺伝因子となって血統に伝えられたためだということがある。そうやって、災害に強い性格ができあがったようである。
 それは、強いとは違う、諦めのよさと、立ち直り、身変わりの早さといったほうがいいかもしれない。これも、一種の「水に流せる」性格形成に役立ってきたのだろうか。
(樋口清之 著 『[新装版]日本人はなぜ水に流したがるのか』より)




No.1073 『私の体を鞭打つ言葉』

 著者の原田まりるって「誰」、ということで読み始めたようなものです。肩書きの「哲学ナビゲーター」って、何をするわけ、と思いましたし、題名も装丁もなんとなく不思議な印象で、だから書かれている内容を推理することもできなかったようです。
 著者は1985年生まれで、経歴を読むと、レースクィーンや男装アイドルユニット、さらにはマンガソムリエなど多彩で、現在は「原田まりるの哲学カフェ」を主催しているとか。どこで、それらが結びつくかもわからないような多彩な経歴です。あっ、そうか、哲学カフェを主催しているから哲学ナビゲーターでもあるわけで、パラパラとめくっていくと、たしかに哲学者らしい名前があちこちに散らばっているようでした。
 では、ということで読み始めましたが、あっという間に読み終わりました。というのは、たしかに異色な経験をたくさんされていますが、ナビゲーターとしての結論は、ほとんど了解ずみのようなものでした。
 たとえば、サルトルと青春についての項では、『青春時代が終わって、後に振り返ったときに、「ああ、あの頃は青春だったなあ」と感じられるようになるだけで、青春の真っ只中にいて、青春を感じることは難題なのである。サルトルも小説『自由への道』で、輝きや苦悩がぐちゃぐちゃに詰まった青春の釈然としない性質について語っている。他人が口を揃えて、「青春はいいね」と言うにもかかわらず、青春真っ盛りの人間にとってみれば、決して「いいもの」ではなく、「苦悩にもがく毎日」である。』と書いています。たしかに、青春しているときに、私は今青春のまっただ中にしてそれを謳歌しているなんて、絶対に思わないはずですし、私も思いませんでした。それは、健康なときに、健康が一番大事だと思わないけど、健康を損ねたときに初めて、健康って有り難いものだなあ、と思うのと似通っているようです。
 また、エマーソンと自分を信頼することの項では、『自分を信じて立ち向かうことで、何ができるかというのは、やってみるまでわからない。自分の可能性も未知数であるし、行動することによってどうなるかという可性も未知数なのだ。』と書いて、その大切さを唱えた哲学者がエマーソンだといいます。このようなことは、エマーソンでなくても、ほとんどの哲学者がいいそうなことでしょう。
 下に抜き出した幸福に関しての話しでも、あまりにも当たり前過ぎて、ほとんど読んでいても気づかない程度のことでした。
 でも、よく考えてみると、哲学なんて、そういうものなのかもしれないと思いました。
 むしろ、当たり前のことを当たり前のように考え、そして言うことが大切なことかもしれないと感じました。そういう意味では、若い人たちには、このような取っつきやすい哲学書もありだと思います。
(2015.4.17)

書名著者発行所発行日ISBN
私の体を鞭打つ言葉原田まりるサンマーク出版2014年10月30日9784763133809

☆ Extract passages ☆

 幸運ばかりが続き、何一つ苦悩のない人生など存在しないのである。苦悩や苦境が目の前に立ちはだかっても、自身の力で立ち向かい、苦悩を経験することで、新たな価値観で自身を成長させていく。そのような生き方が「英雄的生涯」ではないだろうか。
 これは苦境だけではなく、失敗も同様である。
 大きな失敗や、激しく悔やむような過ちがあるからこそ、「自分らしい生涯を歩めている」と、無理やりにでも、自分の誇りに変換するしたたかさが必要なのではないだろうかと、私は思う。
(原田まりる 著 『私の体を鞭打つ言葉』より)




No.1072 『桜』

 東京は桜が散ってしまったようですが、こちらは芽もまだ赤くはなっていないようです。小野川は、例年ゴールデンウィークころが開花期ですから、今年も平年並みのようです。
 春は、やはりなんといっても桜が花の代名詞のようですが、あまりにもありふれすぎて、しかもあっという間に散ってしまうので、あまり意識しないようです。だから、少しは桜を知るために本でも読もうかと思うのですが、花が散ってしまうとその意欲も霧散してしまい、何年も過ぎてしまいました。そこで、今年こそ読もうと思って手にしたのが、この新刊本です。
 読んで見て、桜って、こんなにも奥が深いのかと、改めて感じました。日本には自生種が、「生物学で用いられている種の概念で分類すると、サクラ類は世界におよそ100種、日本に10種しかない。日本に分布しているサクラ類の種は、ヤマザクラ、オオシマザクラ、カスミザクラ、オオヤマザクラ、マメザクラ、タカネザクラ、チョウジザクラ、エドヒガン、ミヤマザクラ、カンヒザクラ」だそうです。ただ、野生のカンヒザクラが見られるのは、沖縄県の石垣島の一部だけなので、もともと自生していたのか、あるいは海外から持ち込まれたものなのかはわからないようです。もし、海外から持ち込まれたとすれば、9種類しかないということになります。
 では、なぜ、桜の花は春に咲くのだろうかといえば、この本によると、「花が咲く時期も受粉にはきわめて重要である。訪花昆虫はどの季節にもたくさん存在するわけではない。当然ながら昆虫は寒い冬には少なく、暖かくなると数が増えていく。他の植物に先駆けて咲くエドヒガンやオオヤマザクラなどは、ギリギリのタイミングで咲いている。これより早く咲くと、充分な訪花昆虫が訪れない可能性がある。しかし、他の植物よりも早く咲くことで、この時期に活動している昆虫に訪れてもらう機会が増えるとともに、同じ種の花を移動する確率が増加し、受粉する効率が高まると考えられる。短い期間に集中して咲くサクラは、こうした生存戦略を用いているのである。」と書いてあり、なるほどと思いました。桜は春に咲く、というのも、ちゃんとした理由らしきものがあるわけです。
 また、ビックリしたのは、「オオシマザクラでは、こうして散り際の花弁を赤くすることで咲き始めの花の色と違うことを示し、訪花昆虫に咲き始めの花に来てもらうよう誘導しているのではないか、という考えもある」ということで、咲き始めと咲き終わりで花色が変わってくるのはなぜだろうかと考え、だんだんと花色が薄くなるのなら理解できるけどと思っていましたが、そうではなく、訪花昆虫を効率的に誘導している結果かもしれないとわかり、驚きました。
 やはり、植物はすごい、と思いました。動けないからこそ、そこにしたたかな戦略が隠されているのかもしれないと思いました。
 下に抜き書きしたのは、染井吉野の短命説について書いてあるところで、実は短命ではなく、自分たちの人生に合わせて考えているからではないか、という想定です。
 このような考え方も、たしかにあるかも、と思いました。
(2015.4.15)

書名著者発行所発行日ISBN
桜(岩波新書)勝木俊雄岩波書店2015年2月20日9784004315346

☆ Extract passages ☆

′染井吉野′の一生は人の一生とタイムスケールがよく似ていることに気がつく。実はここにも′染井吉野'の短命説が広まった理由があると思われる。日本人の平均余命は、明治時代は40歳台であったと考えられている。′染井吉野′が当初言われていた寿命である30年とよく似ている。日本人の平均余命はその後上がり続け、男性では1950年には58歳、1970年には69歳、1990年には76歳、2010年には80歳となった。 これは ′染井吉野′ について言われる「寿命」と奇妙に一致する。
 現在植栽されている′染井吉野′の古木の多くは、第二次世界大戦後に植栽されたもので、団塊の世代とほぼ同じ年齢である。この世代の人たちが、自分とはぼ同じ年齢の′染井吉野′に人生を重ね合わせて見ることは、ごく自然な感情であろう。
(勝木俊雄 著 『桜』より)




No.1071 『教養としての宗教入門』

 4月8日のお釈迦さまの花祭りをきっかけに、宗教関係の本を立て続けに読んでいますが、仏教や神道などは知っているつもりでいますが、その他の宗教となると、なかなかわからないことが多いようです。そこで、この「教養としての宗教入門」を読み始めました。日本の場合は、学校でほとんど宗教教育をしないので、自分でするしかないわけです。しかも、副題は「基礎から学べる信仰と文化」ですから、宗教には文化をかもし出す力があるというわけです。
 この本の全体の構成は、序章から第7章までは各論みたいなもので、後半部分に資料編として「世界の主な宗教 概説」とあり、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、仏教、ヒンドゥー教、儒教と道教、そして神道と日本の民族的世界、とわかれています。資料編は、その名の通り、いわば教科書的な書き方で、これを読めば世界の主な宗教について概略でつかめますよ、ということです。
 おもしろいと思ったのは、ブッダとgodの関係で、『仏教は紀元前5世紀頃にインドの釈迦(本名ガウクマ・シッダールタ)が開いた宗教である。当時も今も、インド人は無数のデーヴァ(deva)を拝む。devaはラテン語deusと語源を一にする語であり、英語ではgod、現代日本語では「神」と訳される。伝承によれば、釈迦は瞑想を通じてデーヴァたち(神々)も知らない知恵を得て、彼らを感服させてしまった。宇宙第一の真理を悟った釈迦はBuddhaすなわち「目覚めた人」となり、弟子に教えを広めた。デーヴァもまた釈迦から教えてもらう立場である。だから仏教のロジックにおいては、ブッダはデーヴァより格が上である。Buddhaはgodより、仏は神より格が上なのだ。』と書いています。たしかに、仏教的にはそのほうが論理的に一貫しています。
 そういえば、今、世界中でいちばん取りあげられるイスラム教については、「ムハンマドはイエスと違って神格化されなかった。彼はあくまでも、神のメッセージを伝達する普通の人間なのである。イスラム教においてイエスに匹敵する存在は、むしろクルアーン(コーラン)である。これはムハンマドが受信した神の言葉を編纂した一冊の本だ。キリスト教徒は、救世主イエスのうちに神の姿を見ようとするが、イスラム教徒はクルアーンの言葉のうちに神の姿を見ようとする。」とあり、同じ一神教でありながら、少しずつ性格が違うようです。でも、だからこそ、ひとつの宗教として成り立つわけで、その違いこそ、他宗教の人たちも理解しなければならないところだと思います。もちろん、一神教の立場からいえば、理解するのではなく、私たちの神を信仰しなさいというかもしれませんが。
 この本は、あくまでも教養として知ることに重点を置いています。先ずは、知ること、理解すること、その先の信仰するとかとないとかという問題は個人の問題でしょう。
 下に抜き書きしたのは、今は主流である一神教ですが、もともとはどこも多神教が普通であり、それがなぜか旧大陸の西の方に誕生した、というところの部分です。
 多神教は、「神も霊も人も動植物もいわば複雑な生態系を織りなす」という考え方に興味を持ちました。これからの世界は、やはり、多神教的なすべてが生かされる世界を目指すべきではないのかと思いました。
(2015.4.12)

書名著者発行所発行日ISBN
教養としての宗教入門(中公新書)中村圭志中央公論新社2014年11月25日9784121022936

☆ Extract passages ☆

 太古の人類社会においては、どこでも多神教が普通であった。一神教のはうがむしろ例外であった。アメリカの先住民も、アフリカの部族民も、本来は多神教徒である(現在ではキリスト教やイスラム教に改宗している人が多い)。ヨーロッパ人も、ギリシア神話やローマ神話のゼウス(ジュピター)、アポロン(アポロ)、アフロディテ(ビーナス)といったキャストからもわかるように、古代には多神教徒であった。
 一神教はなぜか旧大陸の西の方に誕生し、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教という形で西方の世界を覆うようになった。しかし、東方では、これまたなぜか多神教がそのまま発展し、繁栄している。その代表的宗教がヒンドゥー教、道教、神道である。
(中村圭志 著 『教養としての宗教入門』より)




No.1070 『日本人が知らなかったイスラム教』

 ちょっと古い本ですが、今、世界中でイスラム教のことが問題になっていることもあり、仏教の次はこの本を読んでみました。
 この本には、イスラム教の結婚についても書いてあり、先月の3月8日にカリマンタンの結婚式に参列した後なので、実に良く理解できました。結婚に際しては結納金のような「マハル」を支払うことが絶対条件で、それらがしっかりと結婚契約書に書かれています。おもしろいのは、なんらかの理由で離婚せざるをえないときには離婚金「ムタアッハル」の金額まであらかじめ決めてあるそうです。それら細かい条件が契約書に書かれていて、その契約が交わされて初めて結婚ということになります。
 その様子を見ていると、ある親族の方から、写真を撮ってもいいと言われ、何枚かそのサインをするところを撮ってきました。まさに、役所で所定の用紙に署名をするような感じです。
 また、よく、イスラム世界で道を尋ねると、知らなくてもウソでも平気で道を教えるということを聞きます。つまり、どんなことでも「No」とは言わないようです。なぜかというと、この本には、『アラブでは、拒否はタブー。人から物を頼まれたとき「ノー」と答えてはならないというのが礼儀なのである。 だからアラブ人は「何々をしてください」と頼まれたとき、二つ返事で承知する。そしてそれをまったくはたさずに、あっさりと報告する。「一所懸命やったのですが、結果はだめでした」』と書いてありました。つまり、あの砂漠世界の中では逃げも隠れもできないので、先ずはその場その場で切り抜けることが大事だというわけです。
 だから、「我々は、人間関係は徐々に蓄積されるものと考える。旧友、昔からの取り引き先、などという蓄積された人間関係が、いろいろな局面で強力な武器となることも多い。断続的な関係であっても、信頼がとぎれるわけではない。 しかし、過酷な風土から生まれたアラブ人の信頼関係は、あくまで進行形であり、商談にしても、何度実績があろうとも、毎回毎回、一からやりなおしなのである。」と書かれています。日本人は、どちらかというと性善説に立ちますが、イスラム社会では、やはり性悪説の立場のようです。だから、彼は友だちだと思っていても、その友だち関係を常に確認し合うということが大切です。たとえば、夫婦であっても、毎朝「愛しているよ!」と言うようなものです。その確認をしないと、不安なのかもしれません。日本のように阿吽の呼吸とか刎頸の友という感覚はなさそうです。
 でも、それがイスラム社会だといわれれば、そのようにつき合っていくしかないわけです。
 この本が書かれたときから15年近く経っていますが、おそらく、今のこのような社会ではないかと思います。だって、イスラム原理主義という考え方があるわけですから、100年や1000年が経っても精神的には同じようなものです。
 今、イスラム社会は混沌の中にあるというのが日本人の感覚です。でも、それだって、歴史を紐解くと、昔からそのような状態だったと考えることができます。
 下に「戦争」に書かれたところを抜き書きしましたが、その必要悪みたいなことが書かれてありました。これが本当かどうかはわかりませんが、ある一面であることは想像できます。
 ぜひ、読んでいただければ有り難いと思います。
(2015.4.10)

書名著者発行所発行日ISBN
日本人が知らなかったイスラム教(PlayBooks)佐々木良昭青春出版社2001年10月10日9784413018463

☆ Extract passages ☆

 まるで手のひらを返すように、昨日の友を今日の敵としてしまう。それが何度も、繰り返されているのがアラブの歴史である。
 そして、その種の手のひら返しは、戦争をすることで自国の内部矛盾を隠し、あるいはごまかしていく作用をするため、国内を安定させる政治の手段として用いられるのである。
 すなわち、我々日本人からみると、戦争というのほ平和な生活を破壊する絶対的な悪だが、彼らにしてみれば戦争そのものが生きて行くための手段であり、生活の一部なのである。とくに指導者にとっては、自分の生命を守る不可欠の延命手段となる。
 指導者たちは延命手段のひとつとして、絶えず敵をつくり戦争を仕掛けるわけだが、一般人にとっても、戦争は不可欠なものだ。なぜなら戦士になると生活費を入手しやすくなるという事実があるからである。
(佐々木良昭 著 『日本人が知らなかったイスラム教』より)




No.1069 『池上彰と考える、仏教って何にですか?』

 お釈迦さまは旧暦の4月8日に生まれたと言われていますが、インドのルンビニにその日に行きましたが、なんら法要らしきものはありませんでした。日本では、各地のお寺で誕生を祝う「はなまつり」が行われるので、この本を読むことにしました。
 著者は、とても分かりやすい解説をするということでテレビでも引っ張りだこですから、ご存じの方も多いかと思います。でも、私はこの著者の本を読むのは初めてです。というのは、なるべく解説本より、そのもの自体に触れたいという思いがあり、それでもわからなければ解説本でも読もうかという程度です。
 たしかに、この本は概略を知るにはいいのかもしれませんが、あまりにも簡単に触れるだけなので、いわば初心者向けのようです。たまたま、この本とほぼ一緒に見つけたのが「教養としての宗教入門-基礎から学べる信仰と文化」中村圭志著、中公新書、で、こちらの方は仏教に限定せず、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教、儒教、道教、神道まで、世界の8つの宗教についてガイドしています。
 先ずはこの本ですが、仏教の解説だけではなく、ダライ・ラマ法王との対談などにも触れ、最後のところで、「仏教を知ることは己を知ること。そして、日本を知ることです」と書いています。おそらく、そこの部分が最も大切なことで、日本人は信仰心が薄いといわれていても、本来は風俗習慣に色濃く仏教の精神が繁栄されていると私も思っています。
 たとえば、葬式に関して著者は、「日本の仏教の歴史の中で、鎌倉仏教が革新的だったのは、それまで国家や貴族のものだった仏教を、庶民のものにしたことです。死者を浄土へと送り出す葬儀を進んで引き受けるようになったのも、救いを求める庶民の気持ちに応えようという仏教側からの働きかけの一環でした。 今でこそ葬式仏教と揶揄されていますが、そもそも、誰もやりたがらなかった葬式を引き受けてくれたのです。世の中がもっとも切実に求めた仏教の姿だったのです。葬式仏教は当初、仏教の堕落ではなかったはずです。」といいます。
 つまり、良くも悪くも葬儀というものが、今の仏教を考える上でのキーポイントになります。ただ、それだけではダメで、もう少し仏教の「教え」の部分をしっかりと伝えていくべきではないかと思います。
 やはり、人には死の恐怖があります。だからこそ、ほとんどの宗教がその恐怖を軽減するような考え方をしています。ダライ・ラマ法王は、「死とは衣服を着がえるようなもの」と言ったそうですが、輪廻転生を信じられれば、そのように考えることもできます。でも、ほとんどの日本人は、この世がすべてで、死んでしまえばそれで終わりと考えています。もともとお釈迦さまも、あの世のことは何も話しませんでしたし、気にすることはないと言っています。つまり、この今の今をしっかり生きること、それが大事なことだと常々話していたそうです。
 でも、普通な人はそんなに達観できるものではなく、やはり死を意識しないではいられないと思います。だとすれば、『「来世」の存在を信じていれば、本当に次の人生を楽しみにしながら、死を迎えることができるかもしれません。しかし、信じていなくても、意義のある人生を送ったという充実感があれば、死が近づいたとしても穏やかな気持ちでいられるでしょう。』というわけです。
 たしかに、そうです。輪廻転生を信じるか信じないかということだけではなく、つまりは毎日毎日をしっかりと過ごしているかどうかなわけで、そうであれば、死を迎えて少しは穏やかに迎えられそうな気がします。
(2015.4.8)

書名著者発行所発行日ISBN
池上彰と考える、仏教って何にですか?池上 彰飛鳥新社2014年10月20日9784864103725

☆ Extract passages ☆

 キリスト教やイスラム教の聖地は、確かに心安らかになれる居心地のいい雰囲気の場所ばかりです。洋の東西を問わず、人間が心地よいと感じることにそれほど違いはないのです。
 ただ、教えとして自分にしっくりくるのは、やはり仏教ではないかと次第に思うようになりました。この世を創った絶対的な神様などはいない。宇宙には始まりも終わりもない――こうした仏教の世界観は、信仰を持っていなくても受け入れられるものです。キリスト教やイスラム教の教えは、基本的には人が変えることのできない厳密なルールに基づいていますが、仏教には懐の深さを感じます。
 ダライ・ラマ法王との出会いによって、仏教の説く教えこそ、生きていく上での道しるべ、あるいは灯明として活かしていけそうだと確信できるようになりました。
(池上 彰 著 『池上彰と考える、仏教って何にですか?』より)




No.1068 『趣味力』

 著者の秋元康氏といえば、わからない人もいるでしょうが、あのAKB48といえば知らない人はほとんどいないかもしれません。その総合プロデューサーをしているのが、秋元氏です。
 彼はいろいろなことをしているそうで、あるとき、自分でいくつぐらい仕事をしているのか50まで数えたそうですが、イヤになってやめたそうです。それぐらい、いろいろな仕事をこなしているわけで、睡眠時間も平均して5時間程度だそうです。
 秋元氏は、以前、ギャンブルにはまっていたとある週刊誌で取りあげられたこともありますが、この本では、それをあっさりと認め、なぜギャンブルが楽しいか、なぜそれをやめたのかなど、第3章で「僕は趣味のギャンブルから人生を学んだ」と書いています。そのなかで、これはと思ったのが、「ギャンブルというのは、上手くならないからである。ギャンブルには、上達とか成長ということがないからだ。たとえば、ビギナーの人と僕がルーレットで賭けても、どちらが勝つか負けるかは、そのときの運でしかない。」といいます。
 そういわれれば、そうです。初心者でも、20年やっていた人も同じでは、私もつまらなくなりそうです。私は茶道をしていますが、初心者と20年やっている人とでは、まったく違います。いや、比べられるようなものではありません。おそらく、30年やっている人と、さらに50年やっている人とでも、確実に違います。その差は歴然としています。
 その違いが出るから、一生懸命修練を続けるのです。これは、仕事の世界でも趣味の世界でも同じことです。続けてきたからこそ、そこに別な世界が見えてくるような気がします。おそらく、陶芸もそうではないかと思います。
 そういうことを実感としてわかってきて、40代になって、陶芸という趣味に目覚めたのでしょう。その趣味について、『そもそも趣味とは何かと考えてみると、ちょっとおおげさにいえば、その人の人生観や価値観をあらわすものでもある。趣味という言葉には、ホビーとしての趣味だけでなく、「物事の味わいを感じとる能力」という意味合いもある。着る物の趣味とか、食べ物の趣味とか、串の趣味とか、それらについて「あの人は趣味がいいね」という。要するにその人の趣味を通して、美意識から判断力から選択能力までが見えてくる。』といいます。
 私はあまりそう思わないのですが、趣味にも高尚なものとか低俗なものとか、世間の判断はいろいろあります。でも、それだって、その人が楽しければいいのではないかと思います。趣味って、仕事ではないのですから、まずは自分自身が納得できることが一番です。
 下に抜き書きしたのは、趣味はあくまでも楽しくなければならないという、いかにも秋元氏らしい言葉と感じたことだからです。また、趣味である以上は、失敗したとしても、たとえ恥をかくようなことであっても、そんなことは気にしない方がいいとも書いています。まずは、楽しむことが一番だといいます。楽しいから続けられるわけで、もし楽しくなければ、サッサとやめたほうがいいということになります。
(2015.4.6)

書名著者発行所発行日ISBN
趣味力(生活人新書)秋元 康NHK出版2003年4月10日9784140880647

☆ Extract passages ☆

 この年になったら、人生、もうやりたくないことをやっている時間はないのである。自分にとって楽しくないこと、好きでないことは、できるだけ切り捨てていきたい。
 僕にとって仕事は大事であるし、その中ではルールを守らなければならない。しかし、趣味だけは何をしてもいいのだ。自分にとって楽しいことだけをやるというのが、趣味におけるたったひとつのルールなのかもしれない。
(秋元 康 著 『趣味力』より)




No.1067 『老いかた道場』

 たしかに、生まれてきた以上は、必ず死ぬしかなく、どんなにじたばたしてもそれから免れることはできません。自明の理とはいうものの、死ぬことを自覚するのは健康を害したり、ある程度の年齢に達してのことのようです。
 老いを生きるコツってあるのかといいますと、著者は、「老いを生きるコツは、自分のいいところをたくさん見つけることです。体も心も、人間関係もそうでしょうね。いちばんいいところを見つけ、それを守る努力を重ねていくことで、悪いところもカバーできます。たくさんのお年寄りを診てきて、きっとそうだろうと思います。」といいます。そういう生きかた、つまり老いかたの指南がこの本というわけです。
 私自身もボケるのはイヤなので、5つのボケにご用心とあるので読んで見ると、先ず1つは「年金注意」だそうで、それだけを頼って生きていこうとするのは良くないそうです。でも、頼れるほどの年金をもらえない立場としては、注意のしようもないわけです。2つめは「退職用心」だそうで、退職をして毎日をボーッと何もなく暮らしているとダメだそうです。3つめは「退屈退治」だそうで、目的ももたない、時間ばかりもてあます生活もダメです。4つめは「不安追放」だそうで、なんでも心配しすぎることは精神的にもよくなく、あっさりと物事を受け流すことも大切だそうです。5つめは「昔にこだわらない」で、古い経験にこだわってばかりいると、新しいことが身につきません。チャレンジ精神というか、なんでも感動的にみるということは必要です。と書かれていましたが、今のところ、私自身に当てはまるところはなさそうです。
 それでも、『「生きる」ためには、いきいき生きてください。いきいきとは、「行き来」なのです。行ったり来たりすることです。人間同士でもかまいませんし、人間と動植物、人間と自然、空気、山、川、水、なんでもいいのです。お互いの間を行き来する。そのツーツーの垣根のない姿が、いきいきということです。いつでも、どこからも、だれでも行ったり来たりできる間柄。要するに、お互いに壁がない、塀がない、いつでも出入りができる、そんな生き方です。』、これがいきいきと生きる姿だといい、なるほどと思いました。
 人はいろいろな人やものに生かされている、たしかにそうです。それを意識しないでいられれば、それも幸せなことです。だからといって、感謝しないわけにはいかないのです。すべての人やものに感謝するからこそ、生かされているのかもしれません。
 下に抜き書きしたのは、病をあまり敵視しないこと、つまり病と上手につき合うことで、このような考え方こそが新しい健康観だと、著者はいいます。
 ぜひ、この言葉を噛みしめながら、読んで見てください。
(2015.4.5)

書名著者発行所発行日ISBN
老いかた道場(角川oneテーマ21)早川一光角川書店2005年2月10日9784047041912

☆ Extract passages ☆

 極端にいいますと、病は正常です。むしろ、病を起こすことが健康なのです。病を起こさないということが健康ではなくて、病も健康のなかのひとつだということです。
 もっとわかりやすくいうと、たとえば「いい天気」「悪い天気」とみなさんおっしゃいます。でもそれは、天気には変わりはないのです。晴れの日だけがいい天気ではありません。晴ればかりが続きますと、必ず生き物は生きていけなくなります。だからといって、雨ばかり降っても、生きていけません。晴れがあり、曇りがあり、雨があって、これが天気なのです。ですから、「いい天気」「悪い天気」というのはありません。
 雨が降っても、「いいお湿りですね」と言ってください。晴ればかりでは、植物は育ちません。動物も死んでしまいます。
 それと同じで、やはり病のときがあり、病でないときがある。それが実は健康だと考えてください。これが新しい健康観です。
(早川一光 著 『老いかた道場』より)




No.1066 『思いやること』

 この本をちょっと見たときには、あいだにカラー写真が載っていたり、190ページ程度なので、なんとなくサーッと読めそうな気がしました。ところが、読めるのですが、理解するのはなかなか大変でした。そんなに難しい言葉を使っているわけではないのですが、内容を理解するのはとても難しく感じました。さらには、たとえ理解できたとしても、それを実千するのはさらにさらに大変です。
 たとえば、敵は有り難い存在であるといい、「当然ながら、仲間には親しみを覚えるでしょう。敵に対しては、距離を感じるだけでなく、怒りや苛立ちを覚えることもあります。仲間でも敵でもないニュートラルな人には、何も感じないでしょう。しかし、仲間は常に助けてくれて、敵は常に害を及ぼし、ニュートラルな人は常に助けも害しもしない――というわけではありません。あなたがネガティブな思いを抱き、憎しみや怒りのようなネガティブな感情を生み出せば、仲間でさえ敵に見えてくるはずです。逆に、敵に対するネガティブな思いが消えれば、敵が仲間になるでしょう。」とあり、怒りや憎しみのような煩悩があるからダメなので、むしろ敵を有り難い存在と理解すべきだといいます。
 また、あるところでは、「苦境のときには、問題と向き合うための精神力や決断力、勇気が育まれます。弱気になってくじけてしまったら、それこそ大失敗です。貴重な成長のチャンスを手放してしまったのですから。揺るぎない決意を保てたとしたら、それ自体が収穫です。困難な時期には、うぬぼれも見せかけも捨てて、現実に近づくことができます。すべてが順風満帆なら、人生はあっという間に、中身よりも歩き方やしゃべり方といった決まりごとばかりが重視される、公的行事のようになってしまうでしょう。しかし、危機に見舞われたら、儀式の衣裳なんてどうでもいい、と気づくはずです。私たちはもっと、現実的にならなくてはいけないのです。」と書いてあり、これなどは、実践するかしないかを棚上げすれば、それほど理解するのに難しいということはありません。
 考えてみれば、すべて書かれていることは宗教的にみて、当たり前なことですが、それを実践することに意味があります。ただのお題目でしかなければ、何の役にも立たないのです。
 つまり、ここでも書いてあるように、見せかけのうわべより、儀式の衣装なんかより、逆境に立ち向かう精神力や決断力、勇気が必要だといいます。苦境を「ありがたいもの」と考えることだといいます。
 そういえば、訳者は表紙などには書いてないのですが、最後のところに訳者長澤あかね、翻訳協力瀧下哉代、株式会社トランネット、とありました。さらに協力として、ダライ・ラマ法王日本代表部事務所とあり、多くの方々の手で出版されたことがわかります。
 そういえば、本文のなかで、
1. スーパーマーケットにあるすべての食べ物と、それを提供するのに関わったすべての人たち(農家の人からトラックのドライバー、棚に陳列したスタッフに至るまで)を思い浮かべましょう。
2. グラス一杯の水でさえ、膨大な人のつながりに支えられている、と理解しましょう。
3. 利用している施設(建物、道路、トンネル、橋、バス、車など)はすべて、ほかの人たちの手でつくられたことに思いを馳せましょう。
 と書いてあり、このような具体的なことなら、少しはできそうかな、と思いました。
 下に抜き書きしたのは、いかに優しさや愛情、真の意味での兄弟愛が大切かを説いてる部分です。ぜひ、これだけでも、読んでいただければと思います。
(2015.4.3)

書名著者発行所発行日ISBN
思いやることダライ・ラマ14世 著、ジェフリー・ホプキンス 編東洋出版2014年10月2日9784809677519

☆ Extract passages ☆

 私たちはみな、無力な赤ん坊として生まれてきます。親の優しさがなければ、成長するどころか生き延びることもできません。頼れる人がおらず、絶えず不安を感じて育った子どもたちは、生涯苦しむことになります。幼い子どもの心はとても傷つきやすいので、明らかに優しさを必要としています。しかし、大人も優しさを必要としているのです。
 誰かが優しい笑顔であいさつをし、心から友好的な態度を示してくれたら、私はとてもありがたく感じます。知らない人だつたり、言葉さえ通じない人かもしれませんが、心はたちまち喜びで満たされます。反対に、同じ文化を持つ長年の知り合いだったとしても、優しさが欠けていれば気づきます。優しさと愛情、真の意味での兄弟愛、これらは非常に尊いものです。こうしたものがあってはじめてコミュニティが成り立つわけですから、あらゆる社会の根幹をなすものだといえます。
(ダライ・ラマ14世 著、ジェフリー・ホプキンス 編 『思いやること』より)




No.1065 『お寺からの賜り物』

 この本は、2005年春から213年冬にかけて『寺族春秋』(四季社)に連載したものだそうで、あくまでも対象者はお寺向きです。この題名は、「はじめに」のところで、「私を産み、育て、今後も私を支えるであろう環境や思考法、伝続や創造性、そして人間関係の全てを含んでいる。お寺関係以外の人々には、珍しかったり懐かしかったり、あるいは奇異に思えることもあるかもしれないが、異界を覗くつもりで気楽に読んでみていただきたい。」と書いています。たしかに、お寺関係以外の人にとってはこんな内部のことを話してもいいのかと思うかもしれませんが、今は広く知っていただくことのほうが大切だと思います。
 ところで、この本の元になった原稿を持つ四季社は大震災の影響などで倒産したので、これを大法輪閣に渡されたことで、この本ができたようで、まさにお寺に関することだからこその希有な賜り物かもしれません。
 さて、この本に出てくる飯台は、わが家にもあり、つねづね便利なものだと思って使っていますが、他の家ではほとんど見なくなっています。それを、「一般のお寺では、本堂で大抵のことはしたはずである。だからこそ、飯台が何にでも使えた。写経も勉強も食事も会議も、みな飯台の並べ方を変えれば対応できたのである。本来、人はこの飯台のように、状況に応じて何にでもなれる存在である。」とあり、なるほどと思いました。ところが、今では各家の部屋も個人仕様になり、お医者さんも専門科になり、なかなかすべてに応用できるということが少なくなってきました。それは時代の要請でもあるかもしれませんが、お寺に残っているということは、とても大事なことだと思いました。
 また、過去帳のことに触れ、今ではパソコンも使っているそうですが、「なかには一旦付けられた戒名が直されたり、あるいは転出や転入のため欄外に書かれた戒名の記録もあるが、赤線を引かれて直されているから一目瞭然である。コンピューターだと、修正した記録が残りにくいという憾みもあるような気がする。」とあり、たしかに整然と分かりやすくなってはいますが、その訂正個所から垣間見えるところに隠された本当の姿が隠されているかもしれないのです。だから、私もパソコンは多用していますが、手書きも大切だと思っています。
 下に書き抜きしたのは、まさにそのことで、便利な機械が入ると、さらに便利なものをもとめてしまい、いつの間にか機械に使われているかもしれないのです。今、ロボットの開発が進み、介護ロボットができるのではないかという報道がありました。
 でも、私は介護してもらうなら、やっぱり人手のほうがいいです。だって、ぬくもりが違いますし、優しさも感じられます。一番イヤなのは、あのロボットの人工的な声です。まったく抑揚がなく、何を考えているかわからないし、つまりはインプットされた作業をただこなしているだけです。
 明日から新年度が始まります。
 人の手でこつこつとする、その価値を改めて感じてみたいと思いました。
(2015.3.31)

書名著者発行所発行日ISBN
お寺からの賜り物玄侑宗久大法輪閣2014年12月8日9784804613680

☆ Extract passages ☆

 孔子の弟子である子貢が楚に行った帰り、ある不思議な老人に会う。その老人は畑仕事をしており、畑に水を入れるため、坂道に井戸を掘り、その中にいちいち出たり入ったりして甕で水を汲み出していたのである。子貢はその作業があまりにも大変そうなので同情し、あくまでも好意から「はねつるべ」という機械を使ったらラクじゃないかと勧める。するとその老人は、そういうモノがあるのは知っているけれど、恥ずかしいから使わないのだと答えたのである。
 なぜかと云うと、機械に頼ると、我々の心が細工を好むようになる。そのような心を、荘子は「機心」と表現するが、この機心が宿ってしまうと、「道」に見放されてしまうというのである。
 簡便で、手間ひまの要らないものがどんどん発明され、世の中に普及している。しかしそれをどんどん使ったのでは、失われてしまうものが大きすぎるではないか、と荘子は警告しているのである。同様の主旨のことは老子も書いている。
(玄侑宗久 著 『お寺からの賜り物』より)




No.1064 『和食はなぜ美味しい』

 茶の湯の次は和食ということで、この本を選んだわけではありませんが、たまたま近くにこの本が並べてあったというだけです。副題は、「日本列島の贈り物」とあり、おそらくは日本各地の和食の美味しいものをとりあげているのではないかと思いながら読み始めました。そして、3月2日から海外に行くので、帰ってきたらまず最初はお寿司や蕎麦なのですが、その他に食べたいものがここで見つかるだろうかとも思いました。
 ところが、著者は食の専門家でも調理師でもなく、専門は理学だそうで、本人は「マグマ学者」として登場します。これはおもしろそうです。
 そして、読んで見て、またまたビックリです。というのは、著者は東京にいる姪っ子が転勤で大阪に来るということで、ホテルのコンシェルジュという仕事柄、関西の美味しい食べものも知っておきたいということから話しが始まります。しかも、その姪っ子が食べものだけでなく、食材を生み出した日本列島の自然についても質問するので、ついつい蘊蓄を傾けたというのがこの本です。だから、食べものの割合より、日本列島の成り立ちとかプレートの動きだとか、はたまた火山についてとか、いろいろの話題が飛び出します。
 和食がなぜ美味しいか、つまりは、この日本列島のどこかの食材が、いろいろの組み合わせを海、長い伝統に裏付けされた板前さんが調理をするということで、そのもともとの日本を知るということはとても大切なことです。そう考えれば、マグマ学者が和食のことを書くのも意外ではないのかもしれません。
 たとえば、京都の料亭が東京に進出するにあたって、なぜか東京では京都と同じような出汁の味ができないという話しを聞いたことがありますが、それは水の問題だそうです。この本では、硬水と軟水の違いを「水に含まれるカルシウムイオンやマグネシウムイオンは、木が河川を流れる間に地表の岩石から溶け出したものである。つまり、これらのイオンを多く含む岩石、たとえば石灰岩が流域に広がっていると、当然、水の硬度は上がることになる。……もう一つ、硬度を決定する重要なファクターがある。それは、水が地表を流れている時間である。ゆっくりと流れる河川では、水と岩石が反応する時間が長いために、カルシウムイオンやマグネシウムイオンを多く取り込み、その結果硬水となる。そして、河川の流れの速さを決めるのが、「河床勾配」、つまり川底の傾き具合である。日本列島の河川は圧倒的に急勾配であるために、水は短時間で流れ下り軟水となる。」と説明していました。
 なるほど、これで納得です。しかも説明も科学的というか、具体的なので、理解しやすいのです。
 下に抜き書きしたのは、この硬水軟水とも関わりありますが、パスタを茹でるときに塩を入れます。これはなぜだろう、と思っていました。たとえば、ウドンや蕎麦を茹でるときには、差し水はしますが、塩は使いません。では、なぜパスタだけと思っていましたが、これにもちゃんとした理由が書いてありました。その理由を下に載せました。
 おそらく、知らない方もおられると思いますので、ぜひ納得してみてください。そして、和食に興味があれば、ぜひお読みいただければと思います。
(2015.3.29)

書名著者発行所発行日ISBN
和食はなぜ美味しい巽 好幸岩波書店2014年11月21日9784000062268

☆ Extract passages ☆

 その理由は二つ。まずは味つけの役割。パスタの原料となるデュラム小麦はグルテンとなるタンパク質が多く含まれているので、生地づくりの過程で塩を入れなくともコシがでる。しかしこれだけでは味がそっけないので、塩味をつけるのである。もう一つは、日本特有の事情だ。それは……、日本は軟水の国であることに由来する。グルテンは硬水で茄でると壊れないが、軟水では破壊されてしまってとてもとてもアルデンテにはならない。そこで擬似硬水とするために塩を加えるのだ。だから、日本でパスタをつくるなら、大量に塩を投入した湯で茄でて、そのあと熱湯で塩を洗い流すのがコツである。……このことは、シチリアと日本で同じパスタ(乾麺)を使って試した「実験結果」である。
(巽 好幸 著 『和食はなぜ美味しい』より)




No.1063 『茶室がほしい』

 私もお茶を習って40年ほどになるので、この題名だけで、つい、手が伸びてしまいました。
 女性は先生になって教えようとしなければお茶室がなくてもといいますが、男性はどうも形から入る傾向があるので、もしできるならお茶室でもあれば、と思ってしまいがちです。この本の著者も、お茶を習い始めて、少しわかってくると、和服でお茶を点てたいとか、お茶の道具がほしいとか、茶室がほしいとか思うようになってきます。それが自然の成り行きかもしれません。
 副題は「茶室から入る茶の湯の愉しみ」で、なんでもそうでしょうが、まずはやってみないことには、その愉しみはわからないでしょう。それをこの本では、茶室というものから、茶の湯というものを考えたというストーリーになっています。
 でも、和服とか道具などは必要のないときには仕舞っておくことができますが、お茶室だけは、そうはいきません。とくに雪国なら、今年のような大雪の年にはなんどか屋根の雪おろしをしなければなりません。まして、萱葺屋根だとすれば、屋根職人もほとんどいない状態です。とにかく、建てることも大変ですが、その維持管理だって、相当大変だと思います。
 そこで、著者は、いわばセカンドハウスという考えで、京都の古い町屋を茶室として使えるように作り替えます。それがこの本の主題です。そして、そこに至るお茶のお稽古と、そのお茶とどのようにふれあうかなど、外堀から少しずつ埋めていきます。それが、お茶をやっている者には、なんとなく自分のことのように思えてしまうのです。
 たとえば、一昨年の8月にお茶の仲間と盛岡に行き、ある古い料亭で懐石の勉強をしようということで、予約しました。ところが、その日は盛岡芸者さんと遊ぶという企画で、三味線や謡いの音などがするけどいいですかといわれ、その他の当てもないので、了解しました。案の定、懐石の途中でも、お茶を点てているときでも三味線の音が聞こえ、これも一種の風情かなと思いながらお点前をしました。すると、この本にも、『たとえば高橋箒庵が明治43年(1910年)に木挽町(現在の東銀座)の料理屋の茶室を借りておこなった茶会。点前が始まると別室から琴と三味線の音楽が聞こえてきたのだという。曲は「茶音頭」。この時代だから生演奏だ。帯庵はBGMに合わせて点前をしてみせた。お茶は釜の湯が沸く昔に耳を傾けながら静寂を味わうものという常識からするととんでもない茶会なのだが、招かれた客たちは大いに楽しんだようだ。』という例が載っていて、我が意を得たりと思いました。
 また、お茶につかう和菓子だって、老舗だから美味しいとはかぎらないと思っていましたら、今の人と昔の人とでは同じ味覚を感じる舌ではないから、味覚もだいぶ違うのではないかとあり、これもその通りだと思いました。私たちは、クリスマス茶会などと銘打ってお茶事をしますが、そのときには手作りのケーキが出たりします。それはそれで、お抹茶によく合うと思います。
 下に抜き書きしたのは、「エピローグ」の最後の最後で書いてあるところで、おそらく、「お茶室がほしい」、そのお茶室というのがこれではないかと思いました。
 たしかに、お茶室のなかで、何もしないで座っている時間が持てることこそが、最高のゆとりなのかもしれません。私も、そういう空間がほしいです。
(2015.3.26)

書名著者発行所発行日ISBN
茶室がほしい永江 朗六曜社2014年11月25日9784897377834

☆ Extract passages ☆

ぼくにとっての茶室も、誰かを招くためというよりも、ときどき妻とお茶を点てていただくための空間であり、何もせずにぼんやりしている空間であり、ときには茶杓を削ったり本を読んだりする空間だ。ごくごくたまにお茶事をしたい。
 わずかばかりの茶道具しか持っていないが、それは客に見せるためのものでなく、自分で眺めるためのものだ。自分のための道具に囲まれ、自分のための空間で、何もしない時間を持つ。最高の贅沢だ。
(永江 朗 著 『茶室がほしい』より)




No.1062 『これからはあるくのだ』

 ちょっと重い本を読んだあとは、ずっと軽めのさらっとした本が読みたくなります。それは、何時何時やってくるかわからないので、すぐに手を伸ばせば取れるところに積んであります。そのなかから、これを選びました。おそらく、記憶にないところをみると、だいぶ前に買ったことだけは間違いなさそうです。
 文庫本で、しかも薄いし、あっという間に読み終えました。ところが、この「本のたび」を書こうと思ったら、何も書けません。前回の本は、いくらでも書けたのにと思いながら、もう一度読み返しました。すると、おもしろいところが見つかって、また、これを書き出しました。なんか、今はやりのゆるキャラみたいな感じでした。
 それでも、これはいいと思ったのが、ネパールから来たばかりの若者が、日本語を習いたいというので、その理由を聞くと、「あるとき電車に乗っていたら、近くに座っていた子供が彼を日本人だと思いこみ、不安気な表情で何かを訊いた。質問を繰り返すその子供がものすごく困っていることはわかるのだが、何を訊かれているのかさっぱりわからない。何もできない。これはまずい。本気で日本語を覚えなくてはならないと思った。それが彼の答えだった。」そうです。たしかに、私も親しくしているネパール人がいますから、この答えに納得できます。でも、このような答えをするような、日本人を私は知りません。
 もう1つ気に入ったのは、タイのスラーターニーという町から2つボートを乗り換えていくような小さな島でのことだそうですが、「夕方、バンガローの前の海岸は人でにぎわう。泊まり客や島の住民たちが皆毎日、海に沈む夕日を眺めにくる。昼間バナナを売ってくれた若い女も赤ん坊を連れ、バンガローを仕切る老夫婦も島の犬たちも、ただ砂浜に腰を下ろしている。最後の光が海に消えると彼らはそろそろと立ち上がり、薄闇の中自分の場所へ戻っていく。」といいます。みんなで、ジーッと海に沈む夕日を見ているというのは、ちょっと滑稽でもありますが、これほど幸せなこともないのではないかと思います。著者は、心の中に天国と呼べる場所があるとすれば、ここですと書いていました。
 私はこのようなところには行ったことがありませんが、いつかはぜひ行ってみたいと思いました。
 下に抜き書きしたのは、もしドラえもんに何を一番出してもらいたいかという話しで、著者は「どこでもドア」がいいと答えています。そういえば、家の孫にも聞くと、やはりこの「どこでもドア」がほしいと話していました。
 その流れで書かれた文章で、これなども、ちょっとゆるキャラっぽい内容だと思いますが、たしかに言われれば、その通りだと思いました。
(2015.3.24)

書名著者発行所発行日ISBN
これからはあるくのだ(文春文庫)角田光代文藝春秋2003年9月10日9784167672010

☆ Extract passages ☆

 異国の飛行場も好きだ。町からバスや鉄道で飛行場に到着すると、その場所がいかに非日常なのかがわかる。町の喧騒や、猥雑さや、人いきれや、食べもののにおいと、どこまでもかけ離れている。手提げカバンを枕にして眠っている若い男や、家族親戚一同に見送られている女もいる。不安げにガイドブックを広げている旅行者も、免税品を夢中で買っている旅行者もいる。ここではないどこかへいくこと、というのが、かぎりなく非日常に近いことを感覚で知る。
 飛行機が、というより、飛行場がたぶん、今現在の私のどこでもドアなんだと思う。
(角田光代 著 『これからはあるくのだ』より)




No.1061 『一神教VS多神教』

 今年の1月7日、風刺画を売りものにしているフランスの週刊新聞「シャルリー・エブド」の事務所がイスラム教過激派の男たちに襲撃されました。多くの尊い人命が奪われたわけですが、そのとき、たしかに表現の自由は大切だけれども、人の嫌がることをわざわざしなくてもいいではないかと思う人もいたのではないかと思います。欧米では、表現の自由こそ大事な権利であり、その権利が損なわれるようなことがあれば、そこには争いが起きます。ところが、これを表現の自由を絶対化する新たな暴力だと考える立場もありますし、どちらが正義かといわれても、どちらにも言い分はあるはずです。
 そこに、日本人の人質問題が出て、毎日のようにニュースで取りあげられましたが、普通の日本人にとっては、自分もそうですが、なかなか理解しにくいところもあったのではないかと思います。
 そのようなときに、この本に出合いました。まさに、そのものずばりの題名で、対談ではないのですが、この本を出版した新書館編集主幹の三浦雅士氏が聞き手になって、著者から聞き出すという方法をとっています。だから、とても難しい内容ですが、話し言葉が多く、理解しやすいと思いました。
 著者の岸田 秀氏は、心理学者、精神分析学者で、現在は和光大学名誉教授だそうで、多くのエッセイも書いているということです。私はほとんど週刊誌を読まないのですが、週刊誌等に対談・エッセイなどで登場することも多いとあるサイトには書かれていました。
 たしかに、本を読んでみると、精神分析的なことも書かれていて、一神教と多神教についての分析も、科学的一面が感じられました。たとえば、「聖なるものというのは、結局、アイデンティティの安定にかかわるものだと思いますね。誇りとか価値、集団の和、生きる意味、闘う目的といった、人間の行為を意義づけるものが聖なるものなのではないかと思います。自我は幻想であって、本当は根拠のないものですが、その自我に根拠を与えるものが聖なるものではないかと思います。そういうものは合理的には発見できないのです。」などというところです。
 でも、自分の考えを述べるところでは、案外ストレートで、たとえば、「一神教の悪いところは自分のものとは違った信仰、考え方、見方をすべて認めないというところです。一神教それ自体が絶対に悪いというわけではないですよ。一神教的な考え方であっても、他にいろいろある中のこれもひとつの考え方なんだ、自分はこの考え方が好きで選んでいるんだというように考えているなら、別にかまわないわけですよ。でも、自分の考え方もいろいろある中のひとつの考え方なんだと認める一神教的な考え方なんて、形容矛盾ですかね(笑)。」というところなどは、つい、そうですね、と言ってしまいそうになりました。
 もちろん、仏教というのは多神教です。多くの神様仏様がいらっしゃるということで、それぞれに存在理由があります。インドで生まれた神様や仏様がいたり、中国で加わった神様がいたりするし、その性格もいつの間にか変化したりします。たとえばインドで生まれた弁財天ですが、インドではサラスバティといわれ、いわばカンジス川のせせらぎの化身です。それが日本まで来ると、財運の神になったり、芸能の神になったりします。インドの弁財天はシタールという楽器を持っていて、その傍らには水鳥がいます。そして、日本に来る途中で、そのシタールが琵琶になり、水辺にまつられるようになります。おそらく、ほとんどのお弁天様は、池や湖や川のほとりにあるのは、このような理由からです。また、持っている琵琶は、本来はガンジス側のせせらぎの音を奏でるものですが、その琵琶が芸能につながったり、弁財天という名前が、財を弁ずるになったり、お金を水で洗うとお金が増えるという信仰に結びついたりします。いわば、神様がその国の人たちが望むような形になるというようなもので、融通無碍です。これでは、争いごとになりえません。弁財天は、インドではこのような姿だから、絶対にこのような姿で、このような考え方でなければダメだといわれれば、おそらく、それになかなかなじめないのではないかと思います。
 下に抜き書きしたのは、原理主義についてです。ものごとを原理原則だけで考えれば、これぐらい楽なこともありませんし、ある意味、怖いことでもあります。ぜひ、読んで見てください。
(2015.3.22)

書名著者発行所発行日ISBN
一神教VS多神教岸田 秀新書館2002年9月5日9784403210792

☆ Extract passages ☆

 原理主義というのは、どの宗教のものでも非常に堅苦しい。タリバンにしてもそうで、女には教育は受けさせないとか、ヒジャーブとかいう覆面で顔を隠させるとか、われわれには何のためにそんなことをしなければならないのかわかりませんが、非常に堅苦しくなるわけですね。なぜ堅苦しくなるかといえば、追いつめられているからです。人間というのは、幸せにのんびりふらふら暮らしていたほうが本当は楽なはずです。人間は本来、堅苦しい世界に生きるのは嫌なはずです。にもかかわらず、堅苦しくなるのは、追いつめられて、このままではいけないことは確かだが、何がどうなっているのか考えてもわからないとき、考えることをやめ、事態を単純化して何か絶対的なものをひとつ見つけ、これさえ守ればいいんだ、救われるんだと決め込んで安心しょうとするからです。原理主義は思考停止の一症状だと思います。
(岸田 秀 著 『一神教VS多神教』より)




No.1060 『葬儀社だから言えるお葬式の話』

 今、少子化の影響で、幼稚園や学校などは子どもたちが集まらず大変なようです。ところが葬儀社は、これから戦後のベビーブームで急激にお年寄りが増え、その対応に忙しいといいます。
 つまり、生まれた以上は必ずその終わりが来るというのは当たり前ですが、それが突然やってくるので大慌てになるわけです。だからといって、常々それを考えておくというのもなかなかできません。しかも、身近であればあるほど、なんとなく縁起が悪いような気がして、つい、そのままにしてしまいます。だからこそ、自分でちゃんと終活をしておくというのは、大事なことなんでしょう。たまには、このような本を読んでおくのも大切だと思い、読み始めました。
 仕事柄、他の人よりは葬儀に関しては知っていますが、それは自分の立場からわかるということで、葬儀社の立場からはわからないこともあります。
 たとえば、『じつは、葬儀業界では、「祭壇は男に決めさせ、料理は女に決めさせろ」ということがよく言われています。つまり、祭壇の豪華さに見栄を張ったりするのは、たいてい男性(の遺族)、女性は料理が足りるかどうかなどを気にしがちだ、というのです。だから、高い祭壇を使ってもらうには、男性にアプローチしたほうがいいというわけです。』などということは、読んだからこそわかることで、たしかにその通りだと、思います。でも、祭壇などは、必要以上に立派にしてみても、そのときだけのことです。ところが、食べものに関しては、「食いものの恨みは一生」などという言葉があるように、後々まで残ります。やはり、しっかりと考えるべきことなんでしょう。
 また、この本でなるほどと思ったのは、葬儀の費用を2つに分けて考えるということです。1つは「参列者をおもてなす費用」と、もう1つは「故人を偲ぶ費用」です。たしかに、このように考えれば、少しはわかりにくい葬儀費用も整理できそうです。「参列者をおもてなす費用」などは、その人数が変われば当然変わってきますし、ある意味、終わってみなければ正確にはわからない部分です。でも、「故人を偲ぶ費用」はそうではなく、祭壇とかお花とか写真とか、さらにはお寺さまへのお布施も入ります。おそらく、この部分が金額に差の出やすいものではないかと思います。しかも、こだわればきりがない部分です。
 そういえば、最近は地方でも家族葬というのが増えてきましたが、この本でも、そのメリットを取りあげています。それを抜き書きしますと、
@参列者の人数を限定することで、費用の無駄がなくなる。
A参列者が「少人数のごく親しい人」なので、余計な気遣いがない。
 ということだそうです。たしかに、誰が来てくれるかわからないより、わかっていたほうが対処のしようもありますし、それよりなにより、ほとんどお付き合いのない方に来ていただくことで気を遣うのも大変です。私的には、こちらのほうが有り難いから増えているのではないかと想像します。あるいは、これも個人主義の広がりの結果なのかもしれません。
 その変化は、葬儀後のことも例外ではなく、たとえばお墓にしてもそうです。そこを管理する方がいなくなれば、そのお墓はどうしようもありません。そこで、最近は「墓じまい」ということも増えてきているそうです。
 そこで、下に抜き書きしたのは、その「墓じまい」のことで、直接葬儀とは関係ありませんが、これも考えておかなければならない1つだと思い、ここに載せました。しかも、このことで、もめる事例も増えているのだそうです。飛ぶ鳥跡を濁さず、やはり、最後の最後まで、人が亡くなるということは、大変なことだと、改めてこの本を読んで感じました。
(2015.3.19)

書名著者発行所発行日ISBN
葬儀社だから言えるお葬式の話(日経ブレミアシリーズ)川上知紀日本経済新聞出版社2014年12月8日9784532262563

☆ Extract passages ☆

 お墓を処分し、中の遺骨を永代供養のための合同墓に移すことを、一般に「墓じまい」と呼んでいます。核家族化、少子化が進む現在、これまでのお墓を今後どうするかという問題は、切実かつ、すみやかに(自分の代で)対処しなければならないものでしょう。
 墓じまいは、言ってみれば「お墓の引っ越し」のひとつ。お墓の引っ越し全般は「改葬」と呼ばれ、これも墓理法の定めにより、勝手にできるものではありません。一度納めた遺骨を取り出し移動させるには、まず管轄の市町村役場から改葬許可の申請書をもらい、さらにお墓の管理者に埋葬。埋蔵証明書をもらわなければなりません。
(川上知紀 著 『葬儀社だから言えるお葬式の話』より)




No.1059 『笑える! 世界の七癖 エピソード集』

 たとえば、インドやネパールなどでは、かわいいからといって子どもの頭をなでたりすると、とても嫌がられます。それは、インドでは、頭に神が宿るとされているからです。だから、日本の常識が世界でも通用するわけではなく、逆に日本では絶対にしないことが、ある国では当然のようにする場合もあります。
 そこで、この本を読めば、いろいろとおもしろいことがわかるのではないかと思い、読み始めました。もう、おもしろいことが次々と出てきます。でも、風俗習慣というのは、おもしろいといっては差し障りがあるかもしれないのですが、やはり他の国の人にとっては驚きというよりは楽しくて笑えるものです。なぜ、こんなこと、というのはどこにでもあるものです。
 とくにおもしろいと思ったのは、『例えばフランスでは、風邪をひいてもマスクなどしない。トイレから出たあとも手を洗わない。だから各家庭のトイレに洗面台がない。変に手を洗ったり、マスクをしていようものなら、逆に「病気か?」と疑いの眼差しを向けられるほどである。またフランス人だけでなく、多くの欧米人は、夜にシャワーも浴びない。パジャマに着替えることもなく、下着姿か昼間のままの服装で寝ていたりする。』そうで、たしかに日本人はちょっと潔癖症気味かなと思うこともあります。
 でも、それは日本が湿気があり、ものがかびやすいからかもしれませんし、水も日本の水はきれいですが、ヨーロッパなどでは水そのものが貴重だし、湿気が少ないので、あまり身体にベタベタ感がないからかもしれません。
 また、カップの受け皿は、熱いときには、それにいったん垂らして早く冷めるようにする、というのは知識としては知っていたのですが、まさか、本当にそのように使えとは思えなかったのです。昔はそう使っていたのだが、今では、無用の長物ということだと思っていました。ところが、「手食が基本のインド、ネパール、スリランカ、アフリカでも、人々は猫舌だった。手でこねて冷ましてから口に運ぶのだ。インド人やパキスタン人などは、ティーカップに入れられたチャイを、わざわざカップの下の皿に入れ替え、冷まして飲む人々もいる。」と書いていますが、私はそのようにして飲むのを見たことがありません。ただ、猫舌だからなのか、彼らとお茶をしていると、思った以上に時間が過ぎてしまいます。それを、気持ちがゆったりしているからと思っていましたが、もしかすると、猫舌なので、お茶やコーヒーなどを冷ましながらゆっくりと飲んでいるからなのかもしれないと思いました。
 下に抜き書きしたのは、「アイムソーリー法」という法律についてのことです。たしかに、私も外国で事故等にあったときには、自分が良くても悪くても絶対に先に謝ってはダメと教えられましたが、なんともおかしな話しだなと思っていました。ところが、最近では医療ミスによる損害賠償などが増え、医療現場でもその対策が優先され過ぎて、すぐに治療ができないこともあるそうです。どんなお医者さんでも、治そうとして治療にあたるわけですから、そこは考えるべきだと思います。お互いに、「すみません」というところから、精神的な解決の糸口がみえるような気がします。
 2009年には、アメリカの35州でこの法律が制定され、さらにカナダの各州でも法制化が進んでいるそうです。
(2015.3.17)

書名著者発行所発行日ISBN
笑える! 世界の七癖 エピソード集(PHP新書)岡崎大五PHP研究所2009年10月30日9784569773032

☆ Extract passages ☆

 事の発端は35年も前の1974年のことである。
 東海岸のマサチューセッツ州で、自転車に乗った16歳の少女が単にはねられ亡くなつた。当時、州上院議員だった父親は、どんなに頼んでも相手が謝罪してくれないことに憤慨し、
「わびる言葉さえ禁じられたのでは社会生活が立ち行かない」と「アイムソーリー」法案を提出、長い審議の末、1986年に立法化された。
 つまり、過ちを犯した者が謝罪しても、それが法廷では証拠として採用されないということが確認されたのだ。ただし「すみません」とか「申し訳なかった」と言うだけである。「脇見運転してまして……」などと言ったら、証拠になってしまう。
 この法案は、少しずつ全米各州に広がっていった。なかでも医療ミスの訴訟に悩む医師たちに評価されるようになっていく。

(岡崎大五 著 『笑える! 世界の七癖 エピソード集』より)




No.1058 『道徳性の起源』

 副題は「ボノボが教えてくれること」とあり、本の題名もそうですが、この副題にも興味を持ちました。著者は、『利己的なサル、他人を思いやるサル』など、霊長類研究の第一人者で、今回は道徳性という、もっとも難しいところに切り込んだのではないかと思い、読み始めました。
 それと、しばらく旅をしていて、しっかりした内容の本を読めなかったという反動もあるかもしれません。ちょっと重くて、内容もちょっと難しそうな本を選んでしまいました。最後まで、読み通せるかどうか、心配です。
 ところが、読み進めると、ボノボだけではなく、チンパンジーやゾウなどの話しも出てきて、おもしろく読むことができました。最近では珍しく、カードも12枚ほど書きました。でも、ある程度のキリスト教の知識がないとわからない部分もあり、おそらく訳者が註釈を入れてくれていますが、それでも理解できないところがありました。著者は無神論の立場だといっても、西欧的な文化の背景がわからなければ、やはり理解が難しいと思います。
 おもしろかったのは、公平感の感覚についてですが、『霊長類は、キュウリひと切れと引き換えに喜んで課題をこなすのに、キュウリよりずっと味の良いブドウの粒を他者が受け取るのを目にするとやめてしまうことを、私たちは数年前に実証した。キュウリを与えられた者は激高して投げ捨て、ストライキを始める。相棒がもっと良いものをもらっているのを目にした結果、非の打ち所のない食べ物が、受け容れ難いものに変わったのだ。私たちはこれを「不公平嫌悪」と名づけた。その後このテーマは、犬を含め、他の動物でも研究されている。犬は報酬なしで芸を繰り返し行なうが、別の犬が同じ芸でソーセージ片をもらうのを目にした途端、もうやるのを拒否する。』と書いていました。
 これを読んで、まるで人間のようだと思いました。というよりか、人間も霊長類も祖先は同じだと思いました。ヒトもいくら貧しくても、みんな貧しいなら、なんの不満も不平も感じません。でも、そこに不公平な差が出てくると、自分の貧しさが耐えられず、それを素直に受け入れられなくなります。相手を思うというような気持ちさえ持てなくなります。
 この思いやりに関しても、この本では、タイの自然保護区で盲目のゾウが仲間といっしょに歩き回っているところを見たことがあるという記述があります。それは、「私はタイの自然保護区で、盲目のゾウが道案内をしてくれる仲間とともに歩き回っているのに出くわした。血のつながりのないこれら2頭のメスのゾウは、まるで腰のあたりでつながっているかのように見えた。盲目のゾウは案内役のゾウが頼みの綱で、案内役のほうもそれを承知しているようだった。案内役のゾウが移動すると途端に、低く重々しい声を2頭が発した。ラッパのような甲高い鳴き声が聞こえるときすらあった。盲目のゾウに案内役のゾウが居場所を伝えているのだ。この騒々しいショーは、2頭が再びいっしょになるまで続く。それから熱烈な挨拶が交わされる。2頭は耳を何度もばたつかせ、触れ合い、匂いを嗅ぎ合う。二頭は緊密な友情を楽しんでいた。この友情のおかげで、盲目のゾウは比較的正常な暮らしを送ることができていた。」といいます。
 このゾウの思いやりの話しを聞くと、人間も教えられることがありそうです。この本では、道徳性は本来持っていたとして、論を進めています。公平性と公正さ、さらには思いやりなど、いろいろな例証をあげて、その説を展開しています。
 下に抜き書きしたのは、共感の問題に関しての研究の一例です。これらをみても、ヒトって、意外と本心ではこのようなものなのかな、と思いました。
 この本は、たしかに読み通すのは大変ですが、読み終わって初めて、理解できることもありました。もし機会があれば、ぜひどうぞ。
(2015.3.15)

書名著者発行所発行日ISBN
道徳性の起源フランス・ドゥ・ヴァール 著、柴田裕之 訳紀伊國屋書店2014年12月11日9784314011259

☆ Extract passages ☆

チンパンジーも人間も、知らない相手よりよく知っている相手のあくびにつられやすい。たとえば他者の苦しみに対する神経の反応を計測したチューリヒ大学の研究で明らかになったように、共感には絶望的なほどのバイアスがある。被験者たちは、自分の応援するサッカークラブのサポーターと、敵対するクラブのサポーターのどちらかが、手につけた電極で痛みを与えられるのを見ていた。言うまでもなく、スイス人はサッカーとなれば真剣だ。共感は自分と同じクラブのサポーターに対してだけ引き起こされた。それどころか、敵対するクラブのフアンが電気ショックを受けるのを見ると、快楽にかかわる脳領域が活性化した。隣人愛など、その程度のものなのだ。
(フランス・ドゥ・ヴァール 著、柴田裕之 訳 『道徳性の起源』より)




No.1057 『オランウータンの不思議社会』

 オランウータンは、東南アジアのボルネオ(カリマンタン)とスマトラという2つの島にしか生息していない大型類人猿です。そこは熱帯降雨林で、背の高い木々の上で生活していることや生息数も限られているで、なかなか見ることができないそうです。
 このオランウータンというのは、「オラン」がインドネシア語でヒトを意味し、「フタン」が森を意味していることから、「森のヒト」というわけです。現地では、「森の哲学者」ということもあるそうで、たしかに穏やかで何かを考えているかのような雰囲気があります。
 今、このカリマンタンのバリクパパンから3月9日にサマリンダに入り、マハカム川を船で遡上しました。その川の両岸はうっそうたる熱帯降雨林で、まさにこの本の写真に出てくるような雰囲気でした。でも、この写真は白黒なので、いまいち臨場感がありませんでしたが、こうして自分の目で見てみると、いかにも赤道直下で、2月15日にNHKの「ホットスポット 最後の楽園 season2」の「巨木の森 空飛ぶ動物たち 〜スンダランド ボルネオ島〜」を思い出しました。
 この本を読むと、まだまだオランウータンのことはわからないことが多すぎるそうです。生息数のことにしても、いろいろな数字があり、しっかりした調査で導き出されたものだけではないようです。そういえば、番組のなかでも、オランウータンの群れと言っていましたが、それも独特の生態があります。たとえば、『オランウータンのオスは、ある夜、丘を越えてやってくる。そこで一声大きく鳴くと、自分の存在はそれで充分メスに知らせたとばかり、森はふたたび静まりかえる。森のなかには、「デート・スポット」とでも呼ぶような、彼らの出会いの場があることは前に述べた。彼らはそのような場所で陣どるのである。ふて寝したまま、何日でもそこに居すわる場合もある。付近に発情期を迎えたメスがいればやってくるはずだし、やってこなければ、次の場所へ行く以外にない。発情期を迎えそうな個体がいると、その近くに頻繁にやってくる。そして近接関係をつくり上げ、交尾期を迎えるのである。』ということだそうです。チンパンジーやゴリラなどは、オスが集団で群がっているか、メスのなかにいるのが普通ですが、やはり、オランウータンはだいぶ違うようです。
 そういえば、ニホンザルの場合は、オスが出て行きますが、チンパンジーの場合はメスが集団から離れて、別の集団に入るそうです。ところが、オランウータンは6〜8歳まで母親と暮らし、生きる術を学ぶのですが、オスもメスもその後は自分で生きていくそうです。それでも、なかなか親離れしないときには、かみつかれて地上に落とされたりして、半ば強制的に引き離されるといいますから、厳しいものです。
 ヒトの場合も、もともとはそうだったのですが、今はあまりにも甘やかされすぎて、親も子も離れられなくなりつつあります。おそらく、大型類人猿の調査研究というのは、このようにヒトに置き換えられるという意味でも、大切なことだと思います。
 下に抜き書きしたのは、本当のやさしさとは何であろうか、と結んでいる箇所です。ちょっと考えてもらえれば、と思います。
(2015.3.12)

書名著者発行所発行日ISBN
オランウータンの不思議社会(岩波ジュニア新書)岡崎大五PHP研究所2009年10月30日9784569773032

☆ Extract passages ☆

 私は、オランウータンの本当の姿、本当の社会(それを「種社会」という)を知りたいと考えて、20年間を森で過ごしてきた。だが、それでもまだ、それぞれの個体の血縁関係やオスたちがどこまで動きまわるかといった「種社会」を理解するうえで基本的な問題も明らかにできたとは思っていない。
 でも、オランウータンの社会で、最初に見えてくるものは、何よりも母と子の関係である。やさしさ、おだやかさ、のんびり、謙遜、放任、何でもある。本当のやさしさとは何であろうか。

(岡崎大五 著 『オランウータンの不思議社会』より)




No.1056 『旅は俗悪がいい』

 今、カリマンタンのバリクパパンにいます。その旅で読んでいるのですが、ここは赤道直下の雨林ということで、古ぼけた文庫本を持ってきました。しかも、ブックオフで108円で買ったものです。
 やはり、旅に持ち出すのは文庫本の大きさが一番気軽だし、108円なら、帰りの荷物が重くなったらどこへでも捨てられると思っていますが、それが不思議と捨てずに持ち帰っています。やはり、本は大切なものだという、そのような気質が抜けないのかもしれません。こうなると、高い安いの問題ではなさそうです。
 さて、著者は宮脇 檀(みやわき まゆみ)氏で、その名字から旅行作家の宮脇俊三氏とつながりでもあるのかな、と思いましたが、それは思い過ごしでした。でも、1954年に東京芸術大学に入学し、そこで都市計画に興味を持ち、そこから東京大学大学院に入学し、高山英華研究室で学んだそうです。その後、建築家として大成し、エッセイストとして活躍しているそうです。
 だから、この本に書かれた旅は、そのほとんどが建築物などを見るためで、ホテルの部屋などの実測図やイラストもこの本のなかに入れられています。このような目的のある旅は、とてもおもしろそうです。でも、著者は、ちょっと照れながら、旅というものは「第一によい建築物がある所、二にうまいもの、三に美人という基準」で選んでいるとうそぶきます。その姿勢が、この本の題名の『旅は俗悪がいい』にもあらわれているような気がしました。
 このような旅行記は、旅のお供に最適ですが、いろいろなところが次々に出てくるので、ちょっとの間に読めることもいいです。あまり難しすぎても飽きてきますし、あまり簡単すぎてもあっという間に読み終わってしまいます。今回は3冊持ってきましたが、最後の帰国の飛行機のなかで読むのを1冊残しておかなければなりません。必ず、もう1冊ぐらい持ってくればと悔やむのですが、荷物が重くなるのがイヤで、カバーも外してくるぐらいです。
 そうそう、昨日読んだ、モスクなどの宗教施設などで、写真を撮っていると屈強そうな門番に大きな声で呼び止められ、ビックリしてると、実は自分の写真を撮ってほしいということなども、私もインドでそのような経験があります。それとは逆に、私自身ではないのですが、いっしょに行った人が撮ろうとして、カメラそのものを取りあげられようとしたのですが、なんとか中のフィルムを渡して、納得してもらったこともあります。これは昔のカメラだからできるわけで、当然そのフィルムは露光してしまい、使い物にはなりませんでした。日本人は、どこでも写真を撮りたがりますが、やはり国によってできないこともあるので、注意が必要です。
 旅行をしていると、何があるかわからないのですが、それが旅行の楽しさでもあります。この本の中にも、旅のノウハウだけでなく、そのおもしろさが一杯つまっています。もう、だいぶ前の本ですが、だからこそ安くも買えるので、機会があればお読みください。
 下に抜き書きしたのは、いかにも建築家という目線で日本の古いホテルを評価しているところの文章です。ぜひ、このようなところに泊まってみたい、と私も思いました。
(2015.3.8)

書名著者発行所発行日ISBN
旅は俗悪がいい(中公文庫)宮脇 檀中央公論新社1988年12月10日9784122015731

☆ Extract passages ☆

 海外を旅するのと近い目線で日本国内を旅してみる。すると、怠惰な日常の中では気にも留めていなかった、我が国の魅力に改めて気がつく。それは四季折々の自然美だったり、地方色豊かな食文化だったり、歴史あふれる郷土の伝統だったり。感じ方は人それぞれだろうが、少なくとも僕にとっては発見の連続だ。旅を通じて日本と向き合うのは、至福のときなのだ。
 日本の美しさに気づかせてくれたのは、僕の場合、海外旅行であった。
(宮脇 檀 著 『旅は俗悪がいい』より)




No.1055 『3日もあれば海外旅行』

 今、私はインドネシアの首都ジャカルタから南に60qぐらいのところにあるボゴールにいます。泊まっているホテルの近くには、1817年につくられたというボゴール植物園があります。
 ここに3泊して、次はカリマンタンのバリクパパンに向かいます。植物の仲間たちといっしょなので、とても楽しい時間を過ごしています。
 さて、この本は新書版なのであまり荷物にならないことと、旅に出たときにはなるべく旅の本を選ぼうということで持ってきたものです。これがおもしろくないから違う本でも、というわけにはここではいかないのです。だからといって、ある程度まで読んだのでは、持ってくる意味がありません。そこが思案のしどころです。私は目次だけでも読んでしまうと、読み切りたいと思ってしまいます。だから、持ってくる本を選ぶのは、一種のばくちのようなものです。
 では、この本は当たりかというと、『非常に個人的な趣味の話になり恐縮だが、僕自身が近頃執心しているテーマを一つ紹介すると、「植物」が挙げられる。以前はさほど関心がなかったが、30代も半ばを迎えた頃から急に気になり始めた。そこで、旅先では植物の匂いを追い求めることになる。各国の植物園を巡り、自然公園などに足を延ばす。フラワーフェスティバルなどの植物関連のお祭り情報に、敏感に反応するようになった。旅先で園芸ショップを見つけたら用がなくてもふらりと立ち寄るし、規模のやや大きい植物市場があったあかつきには歓喜する。』というような記述があり、今の自分たちの旅も似たようなものだと思いました。
 この本の中身は、旅の仕方というか、そのノウハウのようなことが書かれていて、「航空券予約をはじめとする旅の各種攻略法、週末海外、世界一周、マイレージ、スマートフォン」など、多岐にわたっていて、今の旅の姿が見て取れます。
 初めて一人でネパールに行ったときには、パソコンこそ使っていましたが、それを海外に持って行くという発想はありませんでした。荷物はなるべく軽いほうが動きやすいと考え、今のような電子機器はまったく持って行きませんでした。
 でも、カメラは持って行きましたが、かなり重い一眼レフとレンズ数種類、そしてたくさんのフィルムでした。それが今ではデジタルカメラになり、さらにミラーレスになり、だいぶ軽くなってきました。もちろん、必ずパソコンやiPodなども持って行きます。それらを入れるハードケースもほんとうに軽くなりました。
 それと、ビザなし渡航も増え、航空券も格安になり、海外旅行もお手軽になってきたのですが、危険地帯も増えているようです。むしろ、これからは安全にもそうとう気をつけなければならなくなってきたようです。
 下に抜き書きしたのは、国内旅行についてです。これは「終章 たとえばこんな新しい旅」の最後に書いてあるものです。海外にいてこんなことを言うのもなんですが、これからは国内に目を向けることも大切なことでしょう。
(2015.3.3)

書名著者発行所発行日ISBN
3日もあれば海外旅行(光文社新書)吉田友和光文社2014年11月20日9784334037178

☆ Extract passages ☆

 海外を旅するのと近い目線で日本国内を旅してみる。すると、怠惰な日常の中では気にも留めていなかった、我が国の魅力に改めて気がつく。それは四季折々の自然美だったり、地方色豊かな食文化だったり、歴史あふれる郷土の伝統だったり。感じ方は人それぞれだろうが、少なくとも僕にとっては発見の連続だ。旅を通じて日本と向き合うのは、至福のときなのだ。
 日本の美しさに気づかせてくれたのは、僕の場合、海外旅行であった。
(吉田友和 著 『3日もあれば海外旅行』より)




No.1054 『10年たっても色褪せない旅の書き方』

 私は、旅行というと、なぜか団体旅行をイメージしますし、旅というと、一人旅を連想してしまいます。でも、何人かで行く旅行であっても、旅の雰囲気がある場合もあるし、一人旅であっても、出張などの単調なものもあるはずです。
 だとすれば、旅に出る人の旅に対する考え方次第なのかもしれません。
 この本では、「まず旅があり、そのあとに旅の話がある。しかし、旅の経験をきめるのは、じつは旅そのものでなくて、旅のあとの旅の話だ。」と旅の後になって旅の話しがはじまると書いていて、なるほどと思いました。
 実は、明日、3月1日の夕方に東京まで出て、翌2日にインドネシアに行きます。一番の目的はカリマンタンで、ボルネオ島の南側です。そこで、自生の植物を見てきます。たくさんの写真を撮ってくるのですが、帰ってきてからそれらの写真を整理していると、旅の思い出がよみがえり、なんども旅をし続けている感覚になります。そして、その作業のなかで、その旅が自分の脳に定着していきます。まさに著者が言うように、「いつだって旅は、終わったときからはじまるのだ。……旅はかならず終わる。終わるたびにはじまるのだから、旅はいつも新しい。」のです。
 そういえば、私はどちらかというと、行く前にあまり調べずに出発します。なぜなら、あまり先入観があると、初めて出合うものに新鮮な印象が持てないのではないかと思うからです。ところが、この本では、旅の楽しみの三段構えとして『旅に出る前の準備としての「学習」を楽しみ、現地でその実際にふれて楽しみ、帰国してから、「記録」と「記憶」を楽しむ。この三段構えの楽しさこそ、旅の醍醐味です』と書いています。たしかにそうかもしれませんが、私は知識にしばられるのも、日程にしばられるのも、あまり好きではないのです。ここに居たいと思えば少しでも長く居たいし、ここはつまらないと思えば、すぐにでも立ち去りたいのです。だとすれば、やはり、一人旅が一番合っているということになります。
 だとしても、気の合う仲間がいれば、それはそれでとても楽しいものです。知らないことに出合っても、三人寄れば文殊の知恵で、誰かが教えてくれます。そこに、話題の渦が巻くのです。とくに、移動中なら、なおさらです。一人で運転しているなら、まずは音楽を聴くのが関の山ですが、何人もいれば、話しの輪が広がります。
 この本のネライを、著者自身は、『この本は、文章一般について語るのではなく、旅の方法と、その旅の文章(つまり紀行文)の書き方の、両方について考えてみようという、いささか欲張ったネライに発している』と書いています。
 とくに参考になったのは、地名でも食べものの名前でも、きちんと記すということです。名も知らぬ山というより、吾妻山とか飯豊山とかきちんと記すことだそうです。それはそうです。名前が入っただけで、その旅の印象はより具体的で楽しみもダイレクトに伝わってくるような気がします。
 下に抜き書きしたのは、旅だけでなく、いつでも、「当たり前」に何かを感じることだといいます。それはとても大事なことで、だから、ここに掲載したいと思いました。ぜひ、読んで見てください。
(2015.2.28)

書名著者発行所発行日ISBN
10年たっても色褪せない旅の書き方(PHP新書)轡田隆史PHP研究所2015年1月8日9784569821658

☆ Extract passages ☆

 旅するわたしたちにも求められるのは、だれもが、見たり、聞いたりしている、ごく日常的な「当たり前」に、何かを感じる心の働きです。
 ずっと前に紹介した「うらに廻る」というのもそれです。石碑があったので、裏に廻ってみたけれど、何もなかった。それこそが「当たり前」です。
 廻ってみたけれど、何もなかった、ことを発見したのです。古い池があったので、ちょっと寄り道して水面を眺めていた。何もなかったけれど、カエルが飛びこんでポチャンと音がした。ただそれだけ。まさに「無」ですね。
 何もない、ことを発見するのも発見のうちです。わたしたちの旅で、ビックリ仰天するようなことがあったらむしろ大変です。
(轡田隆史 著 『10年たっても色褪せない旅の書き方』より)




No.1053 『ダヤンの絵描き旅 ボルネオ』

 本の装丁がおもしろくて、さらにその大きさがCDサイズより縦長にしたような感じで、ちょっと目立ちました。
 パラパラとめくると、なんか楽しそうな絵がたくさんあり、私もボルネオ島に行くんだからと思い、読み始めました。でも、この本のボルネオ島は、マレーシア領です。それでも似通ったところがあるのではないかと、ゆっくりと読みました。というか、絵も楽しみました。
 そういえば、2月15日に放映されたNHKの「ホットスポット 最後の楽園 season2」の「巨木の森 空飛ぶ動物たち 〜スンダランド ボルネオ島〜」でも、テングザルの川へのダイビングが映っていましたが、この本の中でも、このテングザルのことをとても好意的に取りあげていました。
 それは、「ああ見えてテングザルは悲しいまでに平和を愛し、争いを嫌う種族。闘うどころか、ついには争わないですむように、ほかの動物が食べない未熟な実や毒のある果実、消化の悪い葉を食べるようになったそうだ。食べ物をめぐる争いから解放されたテングザルは、はかのサルとのねどこ争いからも手を引く。小さなカニクイザルの群れが近づいてきただけで、ボスの指揮のもと、全員が無抵抗で場所をゆずるのだ。生存競争の激しいジャングルを独特の戦略で何十万年も生き抜いてきたテングザル。その生き方を知ればなおさらあの鼻がいとしくなる。」と書いていました。
 また、広々としたパームヤシのプランテーションも映像にありましたが、実はこれはとても日本と深いつながりがあり、ポテチやインスタントラーメンなどの植物油使用というのは、このパームヤシがほとんどだそうです。この本でも、「パームヤシは赤道近辺でしか栽培できなくて、マレーシアとインドネシアが85%を生産している。もはや食料品などの製造にはかかせないし、値段も安いから需要も高く、ボルネオの人たちがどんどんパームヤシのプランテーションを作りたくなるのもわかる。だけど、そのために毎年静岡県くらいの大きさの森がなくなっていくっていうのは、ちょっとやり過ぎだと思うんだ。」といいます。
 これでは、いくら広大な熱帯雨林といえども、つまりは開拓され、プランテーションになってしまいます。
 この本は、ボルネオといってもほとんどがマレーシアのことで、第5章の「ボルネオ横断ツーリング」のところだけ、3カ国に渡って書いています。でも、インドネシアについては、ほんの少し赤道のモニュメントを見るために入っただけで、カリマンタンにの様子は書かれていませんでした。
 それでも、下に抜き書きしたような「シメコロシイチジク」などは、カリマンタンにもあるといいます。ぜひ、今回の旅で、これも見た見たいと思っています。
(2015.2.25)

書名著者発行所発行日ISBN
ダヤンの絵描き旅 ボルネオ池田あきこ出版ワークス2014年10月28日9784309920320

☆ Extract passages ☆

 最初はほかの木に着生して場所を借りるだけだったのに、元の木を殺し枯らしてしまうのが、その名も恐ろしいシメコロシイチジク。
 その乗っ取りプロセスは……。
 毎年必ず実をつけるイチジクの木は熱帯雨林の食堂。大好物のその実を食べた鳥やサルのふんが木に落ち、芽吹いた枝葉は光を求めて上へ。いっぽう根は下へ伸び、水分を取り入れてぐんぐん生長。巻きつかれた木はついに締めつけられ、光も届かなくなって枯れてしまうという気の毒な話。
(池田あきこ 著 『ダヤンの絵描き旅 ボルネオ』より)




No.1052 『ブルネイでバドミントンばかりしていたら、なぜか王様と知り合いになった。』

 この本を手に取るきっかけは、なぜこんなにも長い題名をつけるのかと思ったからです。それと、ブルネイというのも気にかかりました。
 というのは、来月早々にも行く予定のカリマンタンは、ボルネオ島にあり、この島は世界第3位の面積をもつ島です。そして、このブルネイとそれを取り囲むようにしてマレーシアがあり、さらに南にインドネシアのカリマンタンがあります。だから、同じ島だから、少しは似通ったところとか、参考になる風俗習慣でもあるかな、と思ったのです。
 ところが読み始めると、経産省のお役人である著者が、ブルネイの日本大使館に出向して第二書記官となり、さまざまな軋轢をバドミントンで乗り越えるという、いわば悪戦苦闘の物語でした。まさか、と思いながらも、バドミントンを通して不思議な出会いを重ねて、それらを見事に克服していくものでした。ドキドキ、ワクワクしながら読み、やはり「事実は小説より奇なり」だなあ、と思いました。
 もともと、ブルネイ人は水上に暮らす民だったそうで、『伝染病をもたらす蚊を避けるため、川の上を吹きわたる風に涼を求めるため、あるいは外敵の侵入に備えるために水上に巨大集落を築いたのだ。いつ、誰が、どのようにしてカンポン・アイルを築いたのか、その起源は記録がないからはっきりとは分からない。一説には、その歴史は6、7世紀ごろまで遡るという。ブルネイの王宮もかつては水上にあった(第二次大戦後に地上に移転)。十六世紀にブルネイを訪ねたイタリア人旅行者がカンポン・アイルを「東洋のヴェネチア」と称した記録が残っているが、以後ほんの70年前まで、カンポン・アイルは政治経済の中心地であったのだ。今もその人口は、2万人に及ぶ。バンダル・スリ・ブガワンの人口が14万人だ。首都に暮らす人々の約7人に1人が水上生活者という計算になる。』そうです。
 そういえば、地球の歩き方の「インドネシア」にも、カリマンタンのバンジャルマシンなどには水上市場などがあり、大きな河沿いに集落があると書いてありました。今回はマハカム川の流域もボートで訪ねることにしているので、水上生活も垣間見ることができるかもしれません。
 ちょっとビックリしたのは、ブルネイの多くの人たちはイスラム教ですが、ここでは死者は死後45日間弔いの場に置かれて、その後に他界するのだそうです。つまり、日本の仏教の四十九日に似ていています。イスラム教はわからないと思っていましたが、似ているところもあって、意外でした。じつは、来月の旅では、ある方の結婚式にも出席することになっていて、おそらく、それはイスラム教式だと思います。それも非常に興味深く、この死後45日間弔いの場に置くことを知り、さらに出席することが楽しみになってきました。
 下に抜き書きしたのは、日本との文化の違いです。一概には言えないでしょうが、どちらかというと、南の国の人たちは細かいことを考えないようです。ある意味、おおざっぱです。ミャンマーでもタイでも、そうでした。ちょっと働けば食べていけるし、着るものだって、簡単でいいわけです。住まいだって、もちろん立派なものはありますが、簡単な建物もたくさんあります。それでも住むには十分なんです。
 そう考えれば、下の言葉も納得できそうな気がします。国際化、グローバル化といいますが、やはり、相手の立場に立って、考えなければならないと思います。この本は、あまり知らなかったブルネイという国の良さが行間から読み取れるような気がしました。
 機会があれば、ぜひ読んで見てください。今では経産省を退職して、家族共々ブルネイに移住し、そこでイスラム圏に進出しようとしている日本企業などのサポートの仕事をしているそうです。
(2015.2.24)

書名著者発行所発行日ISBN
ブルネイでバドミントンばかりしていたら、なぜか王様と知り合いになった。大河内 博集英社インターナショナル2014年2月30日9784897377834

☆ Extract passages ☆

ブルネイでは、7割がたできれば、「できた」と言うことだ。日本では10割できないと評価されないがブルネイでは違う。譬えて言えば、日本のモノサシは1ミリ刻みだが、ASEAN諸国のモノサシは目盛は5ミリ刻み、いや1センチ刻みなのである。何事につけ細かい日本の尺度をあてはめていけば、彼らASEAN諸国の人たちとうまく付き合っていけないだろう。
(大河内 博 著 『ブルネイでバドミントンばかりしていたら、なぜか王様と知り合いになった。』より)




No.1051 『猫本屋 はじめました』

 私は本は好きですが、猫はそんなに好きでもありません。でも、この本を読もうと思ったのは、猫を題材にするだけで本屋ができる、ということに興味を持ったのです。あるいは、中身がわからないから、気になりだして読み出したともいえます。それも、1つの興味の持って行き方かもしれません。
 たしかに、猫本と猫に関する雑貨を実店舗で営業するには、その品揃えが大変です。でも、この本のようにネットショップなら、比較的手軽に始められそうですし、全国のお客さまをターゲットにできるメリットもあります。限られた地区では、猫好きも限られてきますが、全国区だともしかすると成り立ちそうです。現に、この本の著者は2013年2月22日の「猫の日」に商売を始めました。この猫の日というのは、「猫と一緒に暮らせる幸せに感謝し、猫とともにこの喜びをかみしめる日」だそうで、1987年に猫の日実行委員会が定めたそうです。このような日があるなんて、知りませんでしたし、全国にどのぐらいの猫好きがいるかもしりません。
 でも、すでに約2年ほど仕事を続けてますから、それなりの数はいるのかもしれません。
 だとすれば、犬本屋だって、できる可能性はあるかもしれません。ただ、猫と違って、犬の場合は散歩をさせなければならず、意外と手間暇がかかりそうですから、本を読む時間は削られそうです。
 この本の前半は猫本屋の出来るまでと出来てからの活動記録ですが、後半は、猫本屋「吾輩堂」が案内する猫本の世界で、15冊が紹介されています。そしてその後に、金井美恵子さんや金井久美子さん、そして桜井美穂子さんたちとの座談会、さらには横尾忠則氏との対談も収録されています。
 この猫本のなかで、我輩堂が案内する猫本ワールドのなかで、まだ読んでいなくて読みたいと思ったのは、『ニュースになったネコ』マーティン・ルイス編、武者圭子訳、筑摩書房、1994年、です。これはイギリスBBCのニュースキャスターが集めた19世紀末から20世紀後半にかけてのネコにまつわるニュースの数々を紹介するもので、ニュースになったぐらいですから、おもしろいのではないかと思いました。ところが、すでに絶版だそうで、これは古本で探すしかなさそうです。
 下に抜き書きしたのは、横尾忠則氏との対談での話しの一節で、猫はアーティストの本来のあるべき姿と言い切っていることです。横尾さんも当然アーティストですし、タマという猫を子猫のときから飼って15年間、家族みたいに一緒に過ごしたといいますから、その本性を見抜いているのではないかと思いました。
 とくに、犬は飼い主に忠実だけど、猫は自分の思いに忠実という言葉に、アーティストの姿を重ねて見る思いがしました。
 古本屋をしてみたい、あるいは本が好きという方なら、ぜひ、この本を読んで見て欲しいと思います。もし、このような特異な古本屋をしてみたいと思っている方は、第5章の「書肆 我輩堂日記」が参考になるのではないかと思います。サラリーマン退職から猫本屋の開店まで、そしてその後も日記でそのあらましを綴っています。開店までや開店後の仕事のいろいろを日にちを追って書いてあるので、とても参考になるのではないでしょうか。
(2015.2.22)

書名著者発行所発行日ISBN
猫本屋 はじめました大久保 京洋泉社2014年12月18日9784800304360

☆ Extract passages ☆

猫って、アーティストの本来あるべき姿だと思うんですよ。あのわがままさ。アーティストにとってもっとも重要な資質ですよね。犬は飼い主に忠実だけど、猫は自分の思いに忠実。猫は絶対に媚びないでしょう。その一点だけでアーティストですよ。猫は人間をしもべだと思ってますよね。タマも横尾家に住んでるとは思ってなかったはず。「タマ家」にぼくたちが住まわせてもらっていた。ぼくとタマの関係で言えば、たまたまベッドが共通のテリトリーだったというだけで、飼い主とペットという上下関係はなかった。そういうふうに認識しないと猫との関係は裏切られていくはずです。
(大久保 京 著 『猫本屋 はじめました』より)




No.1050 『里の時間』

 なんとなく、日本の森の次は里、というようなイメージで読み始めました。もちろん、題名の『里の時間』というのにも興味がありました。しかも、パラパラと見てみると、岩波新書にしては珍しく写真がいっぱい載っていました。
 この本は、2006年末に創刊し、2012年初夏に24号となる最終号までの季刊新聞「リトルヘブン」に掲載したものだそうで、宮崎県在住の写真家芥川さんと東京暮らしのフリーライターの阿部さんのコンビで、各地に取材に行ったときの記事です。ほとんどが、いわば限界集落とでもいえるような奥まったところの人たちの暮らしぶりが紹介され、それがなんとも暖かくて、懐かしいのです。そうそう、みんな昔はこのような生活だったよね、と言いたくなるような懐かしさに充ち満ちています。それが写真と相まって、いい雰囲気を醸し出しています。
 「あとがき」で、毎回その取材先を決めるのは芥川さんで、事前に1人で現地入りし、ある程度目星をつけた地域を歩いてみて、小集落を決めていたと書かれています。やはり、写真家という職業意識が、写真になりやすいようなところを選んでいたのではないかと思います。それと、人との出会いです。風景だけではだめで、そこに生き生きとした人たちが映り込んでこそ、暮らしぶりが生き生きとするのです。もう、忘れられたかのような山間の生活が、潤いを持って描き出せるのです。
 たとえば、奈良県の宇陀郡曽爾村のイノシシをさばくときのことですが、「持ち帰る分以外の臓器は、沢ガニをはじめ、カラスや狸などにお裾分けとなる。意外だったのは、解体現場には獣の匂いがはとんどなかったことだ。川の水が血も匂いも洗い流していた。義典さん宅に移動すると、猪の突き出た鼻に針金を巻いた。スカスカになった腹に棒を張り、六頭全部を小屋の梁に吊り下げる。二、三日干すことで、肉の旨みが増すという。乾燥させると胃の薬になるという胆嚢も吊るした。生き物の命をいただくためには、これだけの手順を経なければいけないのだと、あらためて思い知った。すべてを無駄にしない覚悟が、一連の作業から伝わってきた。本日はここまでで、まだこの先には、皮を剥ぐ、肉を切り分ける仕事が残っている。店で買う肉の塊しか知らない者にとっては、気が遠くなるような作業だ。」とありますが、たしかにその通りだと思いました。
 現在では、ほとんどの肉がきれいにさばかれて、しかもパックに包まれて、これが数日前まで生きていたという印象すら感じられないほど細切れになっています。だから食べられるという意見もありますが、そこに感謝の気持ちが生まれるかというと、そうではないように思います。人間というのは、生きているものから命をいただかなければ生きていけないという現実を知ることも大切なことです。それを知ると知らないのとでは、食べものに対する感謝の気持ちも違ってくると思います。里には、そのようなすべての生き物に対する感謝の気持ちが充ち満ちていたように感じました。
 下に抜き書きしたものは、この本のもとになった季刊新聞「リトルヘブン」発刊にあたっての思いを綴ったもので、著者の1人、芥川さんは今もこの気持ちに変化はないといいます。
 ぜひ、読んでいただき、今も、あるいはつい最近までこのような生活が日本のどこにでもあったということを、ちょっとは考えてほしいと思いました。
(2015.2.19)

書名著者発行所発行日ISBN
里の時間(岩波新書)芥川 仁・阿部直美岩波書店2014年10月21日9784004315117

☆ Extract passages ☆

 私たちの国は、すでに世界に類を見ない物質的豊かさを手にしている。敗戦直後に生まれた私も、その恩恵を十分に受けて育った。しかし、誰もがすでに気付いていることだが、その一方で、身近な自然は失われ、暮らしを支えてきた地域の太い絆が揺らぎ始めている。「リトルヘブン」では、身近な自然が残る各地を訪ね、自然と共に暮らす人びとの魅力をお伝えしたい。「幸せ」の意味を、改めて考える機会にしていただければと願っているからである。
(芥川 仁・阿部直美 著 『里の時間』より)




No.1049 『森と日本人の1500年』

 前回はイギリスの森について読んだので、じゃあ、日本の森はどうなっているのか、と思いながら、この本を読みました。すると、意外と知らないことが多く、ビックリしてしまいました。
 たとえば、一昨年、伊勢神宮の20年に一度の式年遷宮がありましたが、あの宮域林は明治時代にはとても荒れていたそうです。でも、1923年に本多静六氏も参加して森林経営計画を立案し、実行したことにより、現在では「見事な針広混交林となり、ヒノキも順調に育つ。蓄積量は70万立方メートルまでに回復した。2013年に行われた第62回式年遷宮には、90年生のヒノキを間伐して造営に必要な材の約2割を供給した。直径は50センチ未満だったが、宮域林から木材を調達するのは700年ぶりだそうだ。」とあり、今までの認識を改めざるをえませんでした。
 この本を読み、日本人は森の恵みにはぐくまれてきたように思うのですが、意外とそれを意識しだしたのは古いことではなく、恵みが危うくなって初めて考え出したようです。この毎日見ている風景でも、もし樹木が違ったり、管理が変われば、風景そのものも変わってきます。まさに風景に占める樹木の割合は相当なものです。
 それらの樹木も、昔は、それなりにとことん利用されてきました。著者は、「搬出した木は、太さに合わせて出荷する。細い丸太は、先を尖らせて杭用にする。少し太くなると稲穂を干す架木になる。さらに太くなると建築現場の足場丸太用。そして柱材用。いよいよ大径木になると、高く売れる木材市場を探して運ぶ。これはさまざまな角材や板に製材された。大木を伐採したら、樹皮もきれいに剥いて出荷する。屋根葺き用や壁材として、杉皮・櫓皮の需要もあったからだ。雑木や柴(枝葉や小径木類)も商品だ。コナラやシイ、カシなどは薪にして近隣の町に出荷し、スギ菓や枝は近くの寒天農家が焚きつけ用に買いに釆た。山菜やタケノコはもちろん、林床に生えるサカキやシキミも神棚用や仏壇用に売れる。マツタケはやはり人気で高く売れたという。さらに下草は家畜の餌や堆肥づくりに回した。」といいます。つまり、「山には捨てるものがなかった」ということです。だから、山さえ持っていれば、それで生活が十分成り立っていたわけです。
 それが現在では、輸入材の問題だけではなく、さまざまなことが理由になり、山を持っていてもそこで生活はできなくなりつつあります。それをどうするか、それを考えるのもこの本の役割の1つです。
 著者は東日本大震災の翌年、スイス林業の視察に訪れたそうですが、択伐による針広混交林づくりが行われ、天然林に近い森づくりが進んでいるそうです。景観も大事ですが、生物多様性などの環境保全も考えてのことだそうで、森と林業を持続させたいとしているそうです。もともと日本のように1,000種を越すほどのたくさんの種類の樹木があるわけではないので、そこでさらに一斉林にしてしまうと、災害にとても弱くなります。そのことをチューリッヒ州のフォレスターは、「トウヒやモミ、アカマツなど針葉樹は、木材として有用な樹種だが、一斉林にしてしまうと災害に弱い。風雪害のはか、トウヒなどはシカの食害に悩まされている。一方で広葉樹のブナは家具材などに人気が高いものの、生長は遅く、しかも今は価格が下落して利益が出ない。タモは生長も早く比較的高値だが、ヨーロッパ中で害虫被害が広がっている。十分育つかどうか、質の高い木材が収穫できるかどうかわからない……。」と言っていたそうです。だから、少しでも多くの種類の木が育つようにしているということです。風水害にも強く、治山効果も高まるし、成長を自然に任せるようなものだから、管理コストもかからないということで、森と林業を持続させるのに好都合だと思います。
 しかも、スイスといえば観光も大切な資源ですから、森の景観にも寄与しているわけです。もともとスイスの高木樹種は26種で、低木を含めても41種しかないそうです。
 下に抜き書きしたのは、これからはどのような森を作ればいいのか、という著者の1つの考え方で、まずは「美しい森づくり」をしようと提案しています。では、なぜ美しい森なのかという理由のいくつかをあげています。たしかに、なるほどと思います。
(2015.2.17)

書名著者発行所発行日ISBN
森と日本人の1500年(平凡社新書)田中淳夫平凡社2014年10月15日9784582857511

☆ Extract passages ☆

 人が美しく感じるのは、五感で得る情報を無意識に解析して、草木が健全に育ち、生物多様性も高いと読み取った結果の感覚と思える。逆に不快感を抱く景観は、人間にとって危険な要素を含むのかもしれない。見通しが悪かったり暗い森は、草木も育ちにくい。樹木がうまく育っていないところは、空気がよどみ、人に害を及ぼす虫や菌類が増殖しているかもしれない……。つまり人間の美的感性は、危険を察知するセンサー的役割を持っているのではないか。だから不健全な森を直感的に「不快な景色」「美しくない」と感じる。そのように理解できないだろうか。
(田中淳夫 著 『森と日本人の1500年』より)




No.1048 『森と庭園の英国史』

 昨年の7月、縁あってイギリスの庭園を巡ってきましたが、本屋さんでこの本を見つけ、そのままになっていました。それを思い出して、読み始めたのです。
 著者の遠山茂樹さんは、この山形県内の東北公益文科大学の教授で、専門はイギリス中世史だそうです。この大学は比較的新しく設立されたもので、理事長は平田牧場の新田嘉一氏です。ちなみに、『公益とは「自立して生きること」』だそうです。
 それはさておき、自分が巡ってきた庭園などの来歴もわかり、とても興味深く読みました。たとえば、7月に訪ねたキューガーデンでは、大変貴重な資料や標本を数多く見せていただきましたが、現在のキューガーデンは、この本によれば、「敷地面積およそ300エーカー(36万7000坪余り)、建物数39、温室数6、植物標本650万点、図書館に収蔵されている書物および雑誌の数は75万冊、スタッフ総数550余名を抱えている。保存育成されている植物は約38000種で、地球上の開花植物のおよそ十分の一に相当する。文字通り、イギリスが世界に誇る植物研究の殿堂である。」といいます。
 このキューガーデンは、ある意味、植物だけではなく、他の学問とのつながりもあるようで、たとえば、昨年見せていただいた石版刷の『The Rhododendrons of the Sikkim-Himalaya』(シッキム-ヒマラヤのシャクナゲ)という本を書いたジョゼフ・ダルトン・フッカー(1817〜1911)は、進化論で有名なチャールズ・ダーウィンとはとても仲が良く、ダーウィンから進化論の仮説を最初に聞いたのもフッカーだったというのが通説です。この本でも、『フッカーはケント州のダウンにあったダーウィンの自宅ダウン・ハウスをしばしば訪れ、数多くの植物学上の質問に答えていた。ダーウィンも植物学者としてのフッカーを尊敬し、ガラパゴス諸島で収集した珍奇な植物の分類をフッカーにゆだねている。ダーウィンはフッカーについて、自伝のなかで「生涯を通じて最良の友の一人」と記している。』そうです。
 ダーウィンもガラパゴス諸島など世界の各地を訪ねましたが、フッカーもヒマラヤなどでプラントハンティングをしました。そこで自ら描いたり、標本を作製したりもしましたが、キューガーデンでその標本を見せてもらい、とても感激しました。これらがきっかけになり、イギリスにシャクナゲのブームが起きたといわれています。この本でも、「プラントハンターがもたらしたシャクナゲは、キジの格好の隠れ場となった。大庭園をもっていた貴族がシャクナゲを好んだ背景には、観賞以外にキジの飼育・保護という目的もあったのである。」とあり、それを裏付けています。
 ところが、残念ながら、そのシャクナゲの1種ポンチカム(R.ponticum)は、とてもイギリスの風土に合うのか、現在では増えすぎてしまい、「イングランドの森の頭痛の種」(the bane of English forest)とまで言われ、駆除の対象になっています。その実情を聞くと、『シャクナゲは生物多様性を破壊する「森の殺し屋」(A killer of the Countryside)』とまでいわれていて、徹底的に駆除する団体まで誕生しているそうです。
 ある程度、聞いてはいたのですが、まさかこれほどまでとは思っていませんでした。実際に昨年の7月9日にイギリスのKing's Lynnに行ってみましたが、道の両側が一面のシャクナゲに覆われていました。これでは、駆除の対象になったとしても仕方がありません。
 やはり、この本を読んだだけでは、わからないこともたくさんあります。やはり、百聞は一見に如かず、です。
 下に抜き書きしたのは、昔からイギリスでは造園を含む園芸が盛んでしたが、その1つの表現が「土運びをしています」というそうです。いかにもイギリスらしい言い方だと思い、ここに載せました。
(2015.2.14)

書名著者発行所発行日ISBN
森と庭園の英国史(文春新書)遠山茂樹文藝春秋2002年8月20日9784166602667

☆ Extract passages ☆

『ロビンソン・クルーソー漂流記』で有名なダニエル・デフォー(1660〜1731)によれば、18世紀には「土運びをしています」という言いまわしが造園の控え目な表現とされ、経済的にゆとりのないジェントルマンでも蛇行する川と木立を備えた庭づくりにいそしんでいた。
(遠山茂樹 著 『森と庭園の英国史』より)




No.1047 『美術、応答せよ!』

 久しぶりに楽しい本と出会いました。このような本が出版されれば、前回読んだような、まさに「本の力」になるんではないかと思いました。
 そもそも、この本は、2012年1月号から2014年2月号の「ちくま」誌に26回にわたり連載されたものだそうで、副題は「小学生から大人まで、芸術と美の問答集」です。つまり、とてもわかりにくい芸術とか美というものに関して、いろいろな質問が出て、それに対して著者が答えるというかたちです。
 著者の答えでおもしろかったのは、『「芸術」とは青春時代に似ています。子ども時代は、誰もが自分の快感だけを追いかける、基本、ひとり遊び優先の世界です。他人がいようが、まわりがどう感じようが、そんなことはおかまいなしの王様であり王女様です。でも次第に、世のなかには自分とは異なる他者がいることに気づくようになり、ついにはそんな他者たちが集まって形成する社会の一員として、おとなの原理で生きる術を覚えていく。ならば「芸術」とは、子どもとしてのひとり遊びの世界から、おとなとしての社会生活への移行期、子ども以上おとな未満のファジーな時間である青春時代に近い。人間誰しも、他者には理解しえない「私事」という宝物を大切に抱えていますが、同時に、生きていくためには「社会」という政治原理と経済原理を身につけた大人にならざるをえません。その子どもからおとなへの移行期、子ども以上おとな未満の青春という矛盾をいかにして持続させていくかが、「芸術」を生み出す鍵なんですね。』と説明していて、なるほどと思いました。
 そういえば、芸術家のお顔を拝見すると、どちらかというと童顔ぽいのが気のせいか多いようです。岡本太郎やピカソなど、いつまでたっても子どものような目つきをしていたように思います。
 また、芸術のオリジナリティについての質問には、「矛盾とは異常事態なのではなく、ありふれた日常である」といい、さらに、『私はこう思います。重要なのは、矛盾を解決することではなく(そもそも解決が不可能だから矛盾をはらむわけで)、なんと言ったらいいか、いわば矛盾を「噛み締める」ことである。そして、あえて付け加えるなら、その噛み締めた味わいが芸術となる。』と答え、矛盾すらもかみしめるのが芸術だと言い切ります。
 このような、はっきりと描いた美術論は、あまり読んだことがありません。とてもすっきりとして、後味がさわやかに残ります。
 下に抜き書きしたのは、昆虫採集とカメラの撮影が似ているというところの記述です。たしかに、このように解説されると、その通りだと思います。
 私も写真を撮ることから、この説明にとても興味を持ちました。
 つまり、写真とは自分自身の「あの日、あの時、あの場所で、確実に生きていた」という証しでもあります。そう思って、今まで撮りためた写真を見てみると、たしかに、そのときの情景が浮かんできます。それも私の確実な時間のなかにありました。
 ぜひ、機会があれば、読んでいただきたい1冊です。
(2015.2.12)

書名著者発行所発行日ISBN
美術、応答せよ!森村泰昌筑摩書房2014年7月30日9784480873743

☆ Extract passages ☆

ファインダー越しに現れる被写体は、止めることのできない「時間」の流れです。その本来は止まらぬ(止められぬ)「時間」の流れを、カメラという光学的掃虫網を使って一コマだけ捕獲する。「私」がシャッターを押した瞬間、一羽の「時間」が光となって、レンズという名の網から暗箱のなかのフイルムへと瞬時に移送される。この光速による転送に立ち会うことで、「私」も光の余波(バイブレーション)を受け、人知れず輝くことになる。その輝きは、写真を撮った「私」が、あの日、あの時、あの場所で、確実に生きていたことの輝きであり、「私」の存在の証としての光でもある。
(森村泰昌 著 『美術、応答せよ!』より)




No.1046 『本の力』

 著者は紀伊國屋書店代表取締役社長の高井昌史さんで、副題は「われら、いま何をなすべきか」で、ある調査によると、1999年には全国に22,300店あった本屋さんが、2013年には約14,000店にまで減少してしまっているそうです。そういえば、最近は町の本屋さんが少なくなってきたようにやはり感じます。
 私は旅に出ると、必ずまわるのがその場所の本屋さんで、地方の本はもちろん、とんでもない珍しい本があったりして、とても楽しめます。海外に行っても、必ず本屋さんにはまわり、重い重いといいながらも、スーツケースにしっかりとパッキングして持ち帰ります。中国に行ったときには、何度か行ったこともあり、とうとう中国植物大図鑑などをすべて揃えました。今でもときどき参考にしますが、この本にも旅の記憶がしっかりとつまっています。
 そうはいうものの、一般的には本は売れなくなってきたとよく言われます。あるいは、本を読まなくなってきたとも言われ、この本にも書かれていますが、「1日にまったく本を読まない」と答えた大学生は40.5%もいるそうです。だとすれば、大学生でもない普通の人の読書は推して知るべしです。その原因を著者は、1に親、2に学校、3に出版界にあると書いています。読書離れが進んでいるとばかり嘆かないで、その流れを食い止めることも大切だといいます。私は子どものときからの読書習慣が大切ではないかと思っています。
 本屋さんを考えなければ、今の時代は本を読むには一番いい時代かもしれません。欲しいと思えば、すぐにアマゾンでもその他の通販会社からでも買えるし、ほとんど翌日には手に入ります。あるいはブックオフなどの古本屋に行けば、信じられないような安い値段で何冊も買うことができます。洋書でさえも、アマゾンで古書からでも選んで買えます。
 でも、本を見ながら、立ち読みしながら選ぶという楽しみは、本屋さんでなければありません。たとえば、装丁の出来、紙の質感、紙の白さと活字の読みやすさ、持ったときの重さなど、上げれば切りがありません。私は背表紙から本の中身を考えるのが好きで、それだけで買ってしまう本もあります。ネパールで、ある本が気に入り、自分専用に皮の装丁にしてもらったこともあります。これなどは、世界中でたった1冊しかなく、個人名も入っています。
 本の読みやすさというのは、いろいろな要素が絡み合って生まれてくると思います。それをディスプレーだけで見てわかるはずはありません。だから、早く読みたい本は通販で手に入れても、じっくり選びたい本は本屋さんにするし、あるいは図書館で時間をかけて楽しみながらということもあります。
 本の楽しみは、読むだけでなく、選ぶところから始まっています。時間は限られていますから、そのなかでどのような本を読むか、それが一番の関心事です。この「本のたび」をみてみると、その選定に首尾一貫性がないと思われるかもしれませんが、自分では、そのときどきの興味や関心で精一杯楽しみながら選んでいるのです。
 でも、著者が『私は、世の中のベースには、常に本があると思っています。それは間違いありません。映画や演劇、すべての文化は本に帰結します。文化という形を取って、それらにつめこまれた「知」は、本を通じ、新たな世代へと受け継がれていくのです。』と書いていますが、私も本はそのようなものだと思ってはいます。
 下に抜き書きしたのは、題名の『本の力』というものを端的に表現したところではないかと思い、掲載しました。ぜひ、皆さまもたくさんの本と出会い、楽しんでいただきたいと思っています。
(2015.2.9)

書名著者発行所発行日ISBN
本の力高井昌史PHP研究所2014年12月4日9784569822297

☆ Extract passages ☆

本はひとりひとりの人生にも大きな影響を与えます。「あの本との出合いが、自分の人生を変えた」。その道を極めた達人や、一流スポーツ選手の中にも、そのように語る人はたくさんいます。
 ふらりと、街の書店に足を踏み入れる。平積みにされた売れ筋の本を横目にしながら、ゆっくりと棚の問を歩く。そして、何気なく立ち止まった所で一冊の本を手に取り、ぱらぱらとページをめくる。理由もなくそれを小脇に抱え、レジに向かう――そのようにして偶然手に入れた本が、その後の人生を大きく変えるものになるかもしれないのです。
 こうした本との素晴らしい出合いを、より多くの方々に提供するために、出版界に携わるものはいま一度原点に立ち返り、行動を起こさねばならないのです。
「本の力」を信じて。
(高井昌史 著 『本の力』より)




No.1045 『アフガニスタン ぼくと山の学校』

 いつかは訪ねてみたいと思っていたアフガニスタンだけど、どうも紛争とか戦争とか、ちょっと危険すぎるような気がして、なかなか機会がなくていました。では、なぜアフガニスタンかというと、山の仲間がだいぶ前にフンザ村のアンズの花の光景がよかったと話していたことや、あの衝撃的な2001年3月12日のタリバーンによるバーミヤン大仏の破壊のその後などを知りたいと思ったことなどがあります。
 でも、この本の表紙の子どもたちの写真を観て、初めてネパールの奥地を訪ねたときのことが思い出され、読み始めました。
 この本は、写真家である著者が、多くの賛同者を得て、「山の学校」やその村に援助の手をさしのべながら関わり合ってきたことなどが描かれています。もちろん、写真家ですから、たくさんのこどもたちの写真やパンシール谿谷の村々の写真などもたくさん掲載されていて、それもこの本の大きな魅力になっています。あっという間に読み終えのも、写真が多いからというのもその理由の1つです。
 それにしても、ネパールの奥地の子どもたちのイメージとダブってしまうのは、似たような環境からかもしれません。私も2年続けて同じ場所を訪ね、前年に撮らせてもらった子どもたちの写真を持って行ったのですが、最初のときは撮られるのが恥ずかしいのか隠れるようにしていた女の子たちも、自分たちの写真を見て、今度は自分たちから積極的に撮ってほしいという態度にはビックリしました。もちろん、自分の写真が欲しいということもあるのでしょうが、写真そのものが非常に貴重品だということもあり、ほとんどの子が持っていなかったからです。その写真を見比べて、前年と同じ服を着ていたこどもたちが多いのには、またまたビックリしました。
 そんなこんなで、ネパールの村を思い出しながら、読みました。そういえば、アフガニスタンとネパールの地理的距離は、日本からみるのとではだいぶ近いわけで、ある意味、共通点も多そうです。
 この本のなかで、子どもたちが学校を好きな理由を、『子どもたちが学校を大好きな理由の一つに、一瞬でも「私生活や仕事から離れ、まったく違う世界に連れ出してくれる」からという理由があると思う。同世代の子と冗談を言い、一緒に笑い、ボールを追いかけ無心に駆ける。地球儀を見、図書館でまったく知らなかった国の生活や世界の出来事にふれ、宇宙や天体など未知の世界を探ったりもする。学校は日常から離れ、子どもなりの好奇心に胸躍らせる貴重な場所なのだ。』と書いていますが、家族の大切な働き手として、登校前と放課後にも子どもたちが仕事をしているのをみると、なるほどと思います。
 考えてみると、子どもといえども働き、地域みんなで助け合う、だからこそ「ともに生きる」ことができるのだと思います。この本に出てくるこどもたち、たとえば、けがをしたナスラトラーも小児まひのシラスディンものけ者にされたりはしません。この厳しい自然のなかで生きる、だからこそ生きていけると思います。助け合いは誰かから押しつけられるのではなく、あくまでも自然に普通にする、それがとてもいいことだと思いました。
 そういえば、東ネパールの小さな村の学校で、いっしょにサッカーをしたことがありますが、とても生き生きとして、その俊敏な動きにとてもついていけませんでした。それはそうです。でも、なぜか私のところにボールが集まり、なんとかシュートを決めさせたいと思っていたようです。そして、偶然にも1点入れることができました。その時のこどもたちの拍手と歓声は今でも忘れられません。あの、真っ青な青空のもとでのサッカー、一生の思い出です。
 おそらく、この本の著者も、そのようなたくさんの思い出があると思います。それを考えながら、あっという間に読み終えました。
 下に抜き書きしたのは、フランスで起きた風刺画問題で気づいたことで、このような厚い信仰心にちゃかしたような画を掲載するのはいかがなものかと思ったからです。もちろん、表現の自由は大切ですが、だからといって、相手が嫌がることをするというのは、私ならしないと思います。いや、すべきではないと考えています。それがお互いに相手を尊重する大切なことだと思っています。
(2015.2.6)

書名著者発行所発行日ISBN
アフガニスタン ぼくと山の学校長倉洋海かもがわ出版2014年10月20日9784780307283

☆ Extract passages ☆

 アフガニスタンの多くの人は信仰心が厚く、価値観の中心に「神」の存在がある。もちろん、人間だから、なかには人をだましたり、盗みをする人もいる。悪事をはたらいた人の話になると、「神が見ているから、いつか罰が与えられる」と話すような人も多い。2011年、タリバーンが首都から撤退した直後、シャモリー平原で出会ったブドウ農民。畑をすべて焼かれてしまい、肩を落としながらも、「ブドウ作りは神から与えられ仕事だから、また一から始めるしかない」と話した。そのときも、「神が心のなかに生きている」と感じた。
(長倉洋海 著 『アフガニスタン ぼくと山の学校』より)




No.1044 『京都で寺カフェ』

 節分も過ぎ、今日は立春、つまり今日から春です。
 そう思ったら、だいぶ前にお茶の仲間たちと京都に行ったことを思い出しました。そのときは、なるべくお茶つながりで京都を観て回りましたが、今でも印象に残っているのは、清水寺にお詣りし、東山の高台寺麓の「ねねの道」沿いにある「旅館元奈古」です。1泊目は嵐山のちょっと安めのところに泊まり、2泊目はこれぞいかにも京都という風情のある旅館をさがして、ここにしました。
 これは正解でした。ここを選んで、みんなにも喜ばれました。筋向かいには「草ワラビ餅台寺洛匠」があり、ここにもみんなで行きました。その出来たてのわらび餅の美味しかったこと、今でもときどき食べたいと思い出します。
 そんなこんなの思い出で、この『京都で寺カフェ』を読み始めました。副題は「悠久の喫茶空間」です。
 そういえば、この京都への旅行のなかで、冬の京都企画ということで、昼食は東福寺で「京懐石」をいただいたのですが、覚えているのは方丈庭園の北庭の市松模様です。白御影石と青々とした苔との対比がとても斬新でした。おそらく、この同じようなものをお寺以外で見ても、もしかするとこれほどの印象に残らなかったかもしれません。それがお寺という空間の不思議さです。
 下に抜き書きしましたが、お寺という特別な空間に身を置くだけで、今までと違った自分を発見できるかもしれません。
 そのようなお寺に、植物園に行くように、美術館に行くように、一服のお茶を飲むために行くように、などという想いで書かれたのがこの本ではないかと思います。文章も丁寧で、写真もたくさんあって、お寺のお土産や自分自身が集められたご朱印の紹介もあり、一般向けのハウツーものとはひと味違います。
 たとえば、私が学生時代に行った大原三千院近くの宝泉院では、この本を読む限り、その当時の雰囲気とそう違いはなさそうです。額縁から眺めるような青竹のすがすがしさがあり、お菓子こそ違いますが一服のお抹茶があり、三千院と違いまったく団体客の来ない奥まった静けさが感じられます。この本では、「宝泉院に心惹かれるのは、独り居の時間の中で、ただただ座っていることを静かに受け止めてくれるから。そして、庭から一枚の葉っぱが舞い落ちてきたり、白い蝶がふと迷い込んできたりすることさえも、自分の内部とつながる物語として静かに味わうことができるから。そうした内と外との情感さえはらんだつながりの中で、一服のお茶をしみじみ味わいながら、とりとめのない心で居ることを許してくれるからなのです。」とありましたが、私もまったくそのように感じたことを思い出します。まさに、「立ち去り難い」という印象です。
 また、この本を読んでいると、今まで知らなかった京都を見つけられるような気がしました。京都は観るだけでなく、味わうこともできます。たとえば、建仁寺では、秋の紅葉期には庭に「観楓茶席」がもうけられ、「桑抹茶」も味わうことができるといいます。この桑抹茶は、あの『喫茶養生記』に「服すれば長寿無病を得られるという妙薬である」と書かれているそうで、私も一度は飲んでみたいと思いました。
 ぜひ、この本を読んで、新たな自分の京都を見つけてみてはいかがでしょうか。
(2015.2.4)

書名著者発行所発行日ISBN
京都で寺カフェ早川茉莉+すみれ図書室大和書房2014年11月30日9784479783053

☆ Extract passages ☆

 考えても、どうにもならないことはたくさんあります。
 届けようとしても、届かない言葉もたくさんあります。
 忘れようとしても、忘れられないこともたくさんあります。
 変わろうとしても、変われない自分をどうすることもできないこともあります。
 それはごく自然なことであり、当たり前のこと。でも、お寺の門をくぐり、その空間に身を置いてみると、ランドスケープで風景を見るように、違う角度、違う時間軸、違うスケールでものごとを見る、そんなものさしを贈られたような気持ちになり、心に抱え込んでいた、たくさんのことがサラサラと心を流れはじめ、まるで魔法にかけられたように、あってよし、なくてもよし、そんなふうに思えてくるから不思議です。
(早川茉莉+すみれ図書室 著 『京都で寺カフェ』より)




No.1043 『科学者には世界がこう見える』

 この本は、装丁が真っ白で活字だけが印刷されていて、とてもシンプルです。ほとんど真っ白な空間にちょっとだけ活字があるというような感じです。でも、今の季節、ここは雪が多いので、ちょっと寒々しい感じがしましたが、春以降ならこの装丁を見ただけで手に取ってしまうかもしれません。
 今の時代、どうも過剰な装丁が目に付きますが、たまにこのようなシンプルなものに出会うと、逆にインパクトがあります。そして、著者の略歴をみると、1938年に山形県鮎貝村、つまり今の白鷹町で生まれたとあり、とたんに親しみがわきました。まさに現金なものです。
 それにしても、科学者の見方というのはおもしろいと思いました。たとえば、太陽を見れば、ものすごいエネルギーを持っていると考えますが、科学者はそれをちゃんと計算してしまいます。「太陽は膨大な発熱体であるから太陽の質量分だけの人体の発熱量を合わせても及びもつかないように思える。ところが計算してみると人体の方が太陽よりもー万倍も激しく発熱していると結論される。要するに太陽は図体が大きいだけで、人体の方が同じ目方の物質を使ってより効率よくエネルギーを生成しているのである。」というのです。でも、そう言われても、なぜかすんなりと納得できないのが普通の人の感覚です。
 また、科学者といえば、アインシュタインが有名ですが、今の科学の世界では、相当前から一般相対論は現実の物理学には役に立たないばかりでなく、量子力学を認めなかったこともあり、すでに過去の人だったそうです。ではなぜ一般の人たちに人気があるのかというと、『光の行路が重力で曲げられる角度が一般相対論で計算され、これが日蝕時の星の方角の測定で実証された。こんな高尚な科学記事が瞬時に熱狂を巻き起こすことなどあり得ない。この記事が瞬時に人々の熱狂を引き起こしたのは 「敵国同士の科学者が協力して人類共有の知識の大発見をした」という麗しい物語である。人工的な国境を隔てて敵味方で殺し合った愚かさを噛みしめつつ、総動員態勢の戦争の惨禍の中で人々は放心状態にあった。だから、ドイツの科学者アインシュタインの論文が中立国オランダを経て英国に伝わり、英国の天文学者が英領西アフリカでの日蝕観測でこの計算値を検証したという物語に心底から揺さぶられたのである。人々はこの麗しい物語に絶望から立ち上がる希望を見たのである。』ということが真相のようです。
 つまり、科学的業績というよりは、その時代の民衆の思いと合致したというのが人気の理由のようで、それが今も続いているといえそうです。
 そういえば、昨年大きな話題となったSTAP細胞問題も、名を変えて「刺激惹起性多能性獲得細胞」というそうですが、検証の結果、ないということになりましたが、これから先、もしかすると「ある」という結果がでるかもしれません。あのアインシュタインの相対性理論でさえ、今では否定されているのですから、どうなるか誰にもわからないといえるのではないかと思います。
 下に抜き書きしたのは、昨年は異常気象の影響からか、ゲリラ豪雨や土砂崩れなどが相次ぎました。そういえば、以前より観測史上初というような、とてつもないような記録が次々とマスコミで報道されています。でも、昔から、天災などはあったでしょうから、昔の人はどのように納得していたのかと考えていましたが、科学者の立場からは、意外と淡々とした考え方が書かれていました。それをここに掲載させていただきました。
 たしかに災害は悲惨なものですが、この地球は、人間ばかりに都合良くできているわけではないということがわかりました。
(2015.2.3)

書名著者発行所発行日ISBN
科学者には世界がこう見える佐藤文隆青土社2014年12月10日9784791768349

☆ Extract passages ☆

 確かに自然災害は悲惨で不条理であるが、避けられないものである。そして古来人間は、居住地を選ぶなどの方策で、それとの共存を図ってきたのである。共存の基準の一つは「時たま」である。「ない」を求めず「時たま」は許容する姿勢である。それは「ない」ということは「ない」ことを実感で感じているからである。何しろ自然は人間のために作られているのではないから、不都合は決してなくならない。そうかと言って「時たま」に常時備えるという生活はまた異常なものになる。この微妙なバランスで人々の生活は営まれてきたのが歴史的現実である。
(佐藤文隆 著 『科学者には世界がこう見える』より)




No.1042 『ご縁とお役目』

 副題は「臨床医が考える魂と肉体の磨き方」で、お医者さんが魂と肉体とをどのように考えているのかに興味を持ち、読み始めました。すると、仏教が出てきたり神道に触れたり、意外と宗教的な内容も含んでいて、救急部・集中治療室で長く仕事をしていることと何か関係があるのかな、と思いました。
 そもそも、この本の題名もお医者さんらしくなく、この本のなかで両方に通じる文章は、「私たちの本質は魂であり、この肉体はこの世でさまざまな体験をするために魂が纏う不自由で特色のある道具(着ぐるみ・乗物)です。魂は別の世界において皆つながっています。……つながっているからこそ、ご縁があるのです」だと思いますが、いろいろのところで、ご縁やお役目という言葉が出てきます。これは、やはり、直接この本を読んでみないことにはわからないと思います。
 そういえば、この本のなかに読書の大切さが書いてあり、『インターネットの情報は玉石混交なので、裏打ちとしての本の効用は今でもなくなることはありません。特に古い情報は、必ずしもインターネットに出ているわけではありません。本から得られる無数の知識や知恵に、いくらお金を積んでも得難い価値があることに気づいてほしいものです。時間や空間を超えて、世界中のさまざまな人が体験したものがギュッと詰まっている本という存在は「知恵の宝庫」です。』とあり、このような「本のたび」を書いているぐらいですから、私もその通りだと思っています。本を読むことは、今まで行ったことのないところに行ったような気になりますし、古典などを読むと、タイムスリップした気分にもなれます。ただ、著者も言うように、本だけを読めばよいというわけではなく、本を読んでその場所に興味を持ったら実際に訪ねてみるとか、古典に出てくるような歌枕を訪ねる旅も楽しそうです。つまりは、バランスが大切で、事実は小説より奇なりですから、実際の多くの経験も必要です。
 お医者さんという立場と祈りということで印象的な言葉は、『1988年、サンフランシスコ総合病院のランドルフ・バードはCCU(心臓病患者を収容する集中治療室)に入室した393名の患者を、通常の医療に加えて院外から「回復の祈り」を受けるグループと、通常の医療のみを受けるグループに分け、その比較結果を報告しました。それによると、祈りを受けた患者グループは祈りを受けなかった患者グループに比べて、明らかに症状が改善していました。ハーバード大学、コロンビア大学、デューク大学といった名門校でも祈りに関する研究は盛んで、その研究事例は1200を超えているという話です。』と書いていて、そういえば、私もあるところで、この話しを紹介したことがあります。
 また、よく平均寿命といいますが、それは「ゼロ歳児の平均余命」だそうで、つまりはその人があと何年生きられるかという期待値に過ぎないそうです。当然ながら、人はみな違いますから、平均寿命だって違ってきます。平均はあくまでも平均であって、自分のものではありません。
 下に抜き書きしたのは、著者がこの平均寿命にあまり重きを置かないという姿勢について書いている部分です。
 私は著者の考え方を一番端的に示していると思い、ここに掲げました。ぜひ味わってみてください。
(2015.1.31)

書名著者発行所発行日ISBN
ご縁とお役目(ワニブックス「PLUS」新書)矢作直樹ワニブックス2014年3月28日9784847065460

☆ Extract passages ☆

もっと若返りたい、100歳どころか150歳、200歳まで生きたい――そう願う人が大勢いるのは理解しますが、有限だからこそ懸命に生きようとする、己の加齢に応じて佇まいや居住まいを直す、それが人生における美学ではないかと私は感じています。
 限られた時間を過ごしながら肉体死を迎えてあちらの世界へと戻り、また時間をおいてこちらの世界へと転生し、そこでまた違う人生を歩きながらいろいろ学ぶという生死を繰り返しながら違う人生を経験する。そんな仕組みこそ最適なのだと感じます。
(矢作直樹 著 『ご縁とお役目』より)




No.1041 『人生を考えるのに遅すぎるということはない』

 著者は安藤忠雄氏他9人ということで、「15歳の寺子屋」という若者向け叢書から10人を選んで、ここに掲載したそうです。だから、特別につながりがあるとかいうことではなく、10人がそれぞれに若い人たちにへのメッセージのようなものを書いているわけです。
 もちろん、私は若くありません。でも、この題名の『人世を考えるのに遅すぎるということはない』と思っていますし、もし孫から何かを相談されたら、少しは参考になるかと思いながら読みました。やはり、15歳というのを意識して書いているようですから、ちょっと老人にはあまり関係ないかなと思うところもありますが、それでも、カードを16枚も作ったということはいいことが書いてあったということです。しかも、ほとんどの著者からまんべんなく書いているところをみると、編集者の選択はとてもいいと思いました。
 その著者は、「人生のつくり方」建築家の安藤忠雄、「ホスピタリティが仕事の原点」洋食料理家の三國清三、「よりよく生きるための日本語教室」言語学者の金田一秀穂、「ゴリラが語る「ヒトとは何か」」人頬学・霊長類学者の山極寿一、「森づくりは未来づくり」作家・環境保護活動家のC・W ニコル、「「いのち」を思いやる」旭山動物園元園長の小菅正夫、「もっと自由に生きればいい」作家・僧侶の瀬戸内寂聴、「沈黙のカを信じる」詩人・思想家の吉本隆明、「人生の「基礎力」を鍛える」理論物理学者の益川敏英、「善意を伝える」医師の日野原重明の10名の方々です。おそらく、知らない人はいないのではないかというそうそうたるその道の代表者たちです。
 たとえば、言語学者の金田一秀穂さんは、「テレビのバラエティ番組で箱の中に何かを入れ、出演者に箱に手を入れさせ、当てさせるというのがあるでしょう。おっかなビックリで手を入れて何かに触った瞬間、「キャーツ!」と悲鳴を上げる。あれは、中に入っているものが何だかわからないから、こわいんです。もし、箱の中にカエルが入っていても、それがカエルだとわかっていれば、それほどこわくはないでしょう。ところが、正体がわからないものというのは、ものすごくこわくて、不気味になる。正体のわからないものは、言葉で示せないものだからこわいのです。」と書いています。たしかに、中に入っているのが縄かヘビか、もし縄ってわかれば、安心して手が入れられそうです。
 また、小菅正夫さんは「生態系というのはジグソーパズルのようなもので、一枚一枚のピース(生き物)が全体(自然界)の構成に寄与しています。エゾシカのピースがあったところにべつの動物のピースが入ってくるということは、北海道の自然環境が変わることを意味します。「変わる」と一口にいっても、今までいなかったような虫や生き物が異常に増えた結果何が起こるかは、まったく予想がつきません。」といいますが、まさにその通りだと思います。人間の浅い知識で自然をどうこうしようというのは大きな間違いです。もしすれば、相当手痛いしっぺ返しが必ずあるはずです。
 下に抜き書きしたのは、4番目の山際寿一氏で、ゴリラが語る「ヒトとは何か」という題のなかに出てくるのですが、遊ぶことの大切さです。しかも、小さいころに同じような年ごろの子と遊ぶ経験がとても大切だといいます。
 それを今の時代の人たちに照らし合わせて考えてみると、たしかに頷けます。もしかすると、今の時代の人たちは、ゴリラより劣ってしまっているのかもしれないとすら、思ってしまいました。
 これを含め、ぜひ若い人たちに読んで欲しいし、さらにはいろいろな年代の人にもお読みいただければと思います。今年最初の一押しの1冊です。
(2015.1.28)

書名著者発行所発行日ISBN
人生を考えるのに遅すぎるということはない安藤忠雄他9人講談社2014年11月10日9784062191906

☆ Extract passages ☆

 この遊ぶ能力は、生まれつき備わっているものだと考えられています。ただし、その能力を引き出すには、小さいころに、同じような年ごろの子と遊ぶ経験が必要です。
 今、日本の動物園では、ゴリラが繁殖できないことが問題になっています。動物園で育ったゴリラは、子ども時代に同性、異性を問わず、遊ぶ機会が少なくなってしまいます。それが原因で、交尾ができなくなったゴリラも少なくありません。
 「遊び」の中で、いろいろな相手と体を触れあううちに、同性同士はもちろん、自分とは違う体を持つ異性とも共感できるようになります。この共感がないと、交尾さえできなくなってしまうのですね。
(安藤忠雄他9人 著 『人生を考えるのに遅すぎるということはない』より)




No.1040 『生と死をめぐる断想』

 生きるとか死ぬとかというのは、なかなか普段は考えないけれども、いざ大病を患ったりすると考えるものです。よく生まれた以上は必ず死にますとはいわれるものの、たえずそれを意識していては生きにくいもので、だからこそあまり生死を考えないようにしているのかもしれません。
 それと、今の日本の教育制度では、宗教に関する教育はないので、それもその理由の1つかもしれません。この本でも、「宗教が基礎教育に入っていれば、答えそのものでなくとも考える糸口くらいは示されるのかもしれない。日本ではその機会はほとんどなしに成長する。科学的な思考、社会的な態度を身につけるとは、自己にとっての世界の意味を保留して、客観的に世界を見られるようになることだ。」と書いています。たしかに、そうだと思います。
 この本の序章「死をそばに感じて生きる」のなかで、宗教学者の岸本英夫氏の生死観(死生観ではなくこの言葉を彼は遣う)を語るには2つの立場あるとして、説明しています。『第一の立場は「自分自身にとっての問題はしばらく別として、人間一般の死の問題について考えようとする立場である。これは、いわば、一般的かつ観念的な生死観である。……』というものと、『第二として「もっと切実な緊迫したもうひとつの立場がある。それは、自分自身の心が、生命飢餓状態におかれている場合の生死観である」。』ものです。
 たしかに、生命の危機にさらされれば、死というものを切迫した状態で感じざるをえないでしょうが、それではあまりにも絶望的だと思います。本来は元気でいるうちに生死を考えるべきで、だからこそ、よりよく生きられるということもあると思います。
 そのような思いがあるからこそ、この本を手に取ったのかもしれません。
 この本は、どちらかというと、著者もいうように「読書ノート」のようなもので、自分が読んだ本のなかから心にふれた記述を書き留めたものが題材になっています。さらに、自分自身も40代でガンになったことや、さらにはあの東日本大震災のこともあるでしょう。とくに最近の異常気象は、各地に大きな災害をもたらしています。いつ、自分がそれに巻き込まれるかもしれないのです。だとすれば、生死はいつやってくるかは誰にも分からず、それなりの準備をしておくことが大切なようです。
 下に抜き書きしたような考え方は、精神科医だった頼藤和寛氏の『人みな骨になるならば』という本に書かれていることだそうですが、無駄だから何もしないというのでは虚無的になりすぎ、自暴自棄につながっていくのではないかと思いました。無駄でもやる、たとえば明日死ぬとしても1本の木を植えることが大切だ、と自分なりに理解しました。
 これって、なかなかできないようでも、このように考えて生きるということはとても大事なことです。
(2015.1.25)

書名著者発行所発行日ISBN
生と死をめぐる断想岸本葉子中央公論新社2014年11月10日9784120046803

☆ Extract passages ☆

 無駄と知りつつ何かに熱心に取り組むことができるかどうかが、われわれの人生の質を決めることになる。いや、むしろ「なにをしても無駄」と覚悟していることが、「それでも、なおこれをする」という決断に重みを加える前提でさえある。
(岸本葉子 著 『生と死をめぐる断想』より)




No.1039 『独学でよかった』

 副題は「読書と私の人世」で、図書館でたまたまこの本の隣りに並んでいた本がいろいろな本との出会いが楽しいという趣旨の本だったので、著者がどのような方か知らずに、借りてきた1冊です。
 「プロローグ」で、著者は映画の批評と映画史の研究を主とする文筆業と日本映画大学の学長をされているそうで、その日本映画大学という存在すら知りませんでした。しかも最終学歴は工業高校の定時制で、だからこそ独学をするしかなかったようで、それがよかったに通じるようです。
 たしかに大学に行けば、それなりの研究のしかたとか論文の書き方とか、いろいろと学ぶ機会も多いでしょうが、むしろそれにこだわらずにやれることも、独創性が産まれる素地になります。目の付け所も、違ってくるような気がします。
 著者は、「若者が時代の思潮や自分自身の生き方の問題をとらえようとするとき、まず哲学をよりどころにしようとした時代があり、次いで小説や戯曲を語ることで生き方を考えた世代が続く。私などは主に映画で人生論や社会論を語るところから出発している。私ごときが人生を語ってはたしてどれだけ文筆業としてもつかとはじめは不安だったが、映画は世界中にあって、世界中の自分に似た奴、似ていない奴、似ても似つかない人々と自分を見較べて世界のありように思いをはせることが可能だと分ってきて、書くべきことは無限にあると思えるようになった。」と書いていますが、後者のような考えが基本にあるようです。そもそもこの本は、2007年にチクマ秀版社から同じ題名で出版されたそうですが、ところが出版されるとすぐに同社が倒産してしまい、あまり世に知られることがなかったそうです。そこで、あらためての出版され、この再登場に当たってその後のことなどを加筆されたそうです。
 おそらく、人世にもこのようなことがありそうです。せっかく出ようとしたのに、さまざまなアクシデントに見舞われるとか、あるいはまだそれが出来る時代ではなかった、というようなことは、おうおうにしてあります。でも、それに慌てずくさらず前向きで進んでいけば、必ず日の目を見るときがあります。
 著者は映画の批評などもしていて、そのことからの思いなのかはわかりませんが、「人間とは、性別、年齢、人種、階級、職業、地位、気質、能力、それに多くの偶然と不確定の要素によって、さまざまな役割りを当てがわれて存在するものである。人間は、じつは当てがわれたものにすぎない役割りを天命か宿命のように思い、それを自分自身と信じて疑わないことが多いが、じつは人間とは本質的に俳優のようなものであり、たまたま、ある役割りとして社会的に存在する自分というものを演じているのかもしれないのである。」といいます。
 そういえば、人の一生は演劇のようなものだという人がいますが、まさにこの文章は、そのようなものだというとらえ方です。人生の役割と考えれば、そういえないこともありませんが、それに安住してしまってはダメなような気がします。
 下に抜き書きしたのは、著者の読書観と日本映画大学の学長として学生たちと接して感じたことが書かれています。よく、最近の学生は本を読まないといいますが、たしかにインターネットやケイタイなどの使用で時間がないこともあるでしょうが、本はそれなりに読んでいるのではないかと思いました。
(2015.1.23)

書名著者発行所発行日ISBN
独学でよかった佐藤忠男中日映画社2014年11月29日9784879198211

☆ Extract passages ☆

 読書は、好きな本を読むのが基本だが、少し背伸びして、自分が尊敬したいと思う人にあやかるようにすると着実に視野が開ける。それは別に、難しい本を読めということではない。他人や他国や他文化、そして知らないものの考え方に極力親しみ、視野を開こうということである。大人たちはよく、近頃の若者は本を読まず勉強にやる気がなくて困ると言うが、それは上からの詰め込みの勉強に若者たちがうんざりしているというだけのことではないか。実習本位でやっている私の学校では、実習作品をめぐつての学生同士や教師との議論が学習の中心で、そこで学生が創意を発揮してぐんぐん成長することにいつも私は驚いている。読書のもとになる知的好奇心は健在だと思う。
(佐藤忠男 著 『独学でよかった』より)




No.1038 『系統樹をさかのぼって見えてくる進化の歴史』

 図版が多く、正月明けの疲れた頭にちょうどいいかも、と思って読み始めました。すると、副題が「僕たちの祖先を探す15億年の旅」で、その15億年の最後に出会うのが、なんとシャクナゲです。それは第19章で、「シャクナゲとヒトの共通祖先」でした。しかも、僕たちヒトからヒマラヤの山中に咲くシャクナゲまでの旅ですから、これは早くそこまで読んでしまわなければと思いました。
 ところが、写真や図版が多いとはいうものの、すべての生き物を系統樹であらわすわけですから、相当な想像力がなければ読み解けません。読んでは戻り、なんとか理解しては先に進みの連続で、かえって頭が疲れてしまいました。でも、おもしろかったです。
 よくヒトに一番近いのはチンパンジーとゴリラとオランウータンだといいますが、実はチンパンジーが一番近いとわかってきたのが1990年代のことだそうです。年代的には約600万年前にヒトとチンパンジーの共通祖先がいたといいます。さらにヒトとチンパンジーとゴリラの共通祖先は約800万年前、さらにそれにオランウータンを加えた共通祖先およそ1,700万年前と考えられるそうです。これらは1990年代になって分子系統学の研究が進んだことでわかってきたそうです。
 それで類推すると、ヒトとニホンザルの共通祖先は2,700万年前頃にはいたと考えられるそうです。ということは、ヒトとチンパンジーとの共通祖先に比べると、ずいぶん離れているような感じがします。
 では、ヒトとシャクナゲの共通祖先はというと、「およそ15億年前に生きていた僕たちとシヤクナゲの共通祖先はミトコンドリアをもち、酸素呼吸する生き物でした。シアノバクテリアが植物に共生して葉緑体ができる前ですから、細菌などを食べる従属栄養の生き物だったと思われます」と書かれています。とは言われても、これだけではなんのことかわかりません。そもそもミトコンドリアというのは、この本によれば、「真核細胞内に共生したアルファ・プロテオバクテリアという酸素呼吸する細菌から進化したもの」だそうです。
 こうして、ズーッと考えてくると、生き物はみなどんなものでもどこかでつながっているということだけはわかりました。つまり、みな仲間だということです。
 これは、おそらく東洋的な考え方に近く、そもそもこの本のなかで系統樹マンダラということも、仏教でいう曼荼羅という考え方のようです。そういえば、だいぶ前にブータンに行ったときに、シムトカゾンに宇宙マンダラがあり、このような山の中で海さえも見たことがないのに、このような空間を考え出すというのは不思議でした。おそらく、それと同じことだと感じました。そもそもマンダとはサンスクリット語で円とか中心という意味だそうですが、その円のなかにいろいろな仏さまがいらっしゃるという階層的な配置です。だから、このようなマンダラにするととてもわかりやすいと思います。
 下に抜き書きしたのは、「エピローグ」の「いま生きている奇跡」に書かれていることですが、この進化し続ける生物のなかで、今、この地球に生きているということが奇跡だと感じました。
(2015.1.21)

書名著者発行所発行日ISBN
系統樹をさかのぼって見えてくる進化の歴史長谷川政美ベレ出版2014年10月25日9784860644109

☆ Extract passages ☆

 僕たちヒトが環境破壊を続け、多くの種を絶滅に追いやっても、数百万年というスケールで見れば、絶滅した種を埋め合わせるような進化は必然的に起こります。ヒトが愚かな核戦争で大量絶滅を引き起こして自らも滅びても、絶滅は新たな進化の幕開けとなり、数千万年後には安定した地球生態系が形成されるはずです。ヒトには地球を徹底的に破壊し尽くすだけの力はないのです。ですから、地球生態系という観点から見ると、なにも心配したり悲観したりすることはありません。問題は僕たちヒトの子孫がどうなるかという点だけなのです。
(長谷川政美 著 『系統樹をさかのぼって見えてくる進化の歴史』より)




No.1037 『世界でふつうに働くために英語力より大切な39のこと』

 よくグローバルとか国際化とかいわれますが、今の日本を見ていると本当にそのような感覚で捉えているのかと不思議に思うことがあります。そして、まずは英語が話せなければ乗り遅れるといいながら、外国人とちゃんと話せる人は本当に少ないようです。かくいう私もそうです。
 だから、英語力より大切なことというこの本の題名に飛びついたのかもしれません。それにしても長い題名だな、と思いました。
 でも、この本を丁寧に読むと、なるほどと思うところもたくさんあり、もし外資系企業に再就職するなら、ここに書いてあるようなことは必要だと思います。たとえば、「持続的な信頼関係を築くために、相手はあなたのビジネスに対する考えや哲学、その根本にある価値観を知りたいと思うはずです。それなのに、こちらが自分や自分の先祖のことも語れないのでは、土台のない建物を建てているようなものです。海外の人たちと付き合いが深くなると、お互いに自分の国や家族について語り合う場面がよくあります。世界には長い歴史を持つ国だけでなく、移民によって成成立した歴史の浅い国もあります。これまで知己を得た若い国の人たちは、それでも自分たちのルーツをはっきり語っていました。」そうです。でも、これなどは、外資系企業に再就職するに必要というだけではなく、みんながこのようなルーツをしっかりと話せるようになっていなければならないのではないかと思います。
 また、なるほどと思ったのは、「転職とはご緑で、転職の話は野球になぞらえると打席に立つチャンスが来たということです。話を聞かず、打席に立たないまま、チャンスを見送る手もたしかにあります。……打席に立てばバットを振ることができます。空振りもありますが、ホームランやヒットが出るかもしれません。……一つ確実なことは、打席に立たなければバットも振れない。そしてバットを振らなければ、絶対にヒットは生まれないということです。」というのも、どんな場合にも当てはまるような気がします。
 やはり、転職に限らず、新しいことにチャレンジするのは先行きわからないこともあり、怖いものです。でも、それが吉と出るか凶と出るかは誰にもわかりません。それは打席に立たなければわからないと同じです。もしかすると、三振するかもしれません。あるいはホームランでなくても三塁打かもしれません。それでも、チャレンジする価値はあると思います。せっかく与えられたチャンスを見逃すのは、どうかと思います。
 下に抜き書きしたのは、題名の『世界でふつうに働くために英語力より大切な39のこと』のその英語力をアップするための方法として書かれたものです。
 もちろん、これはレジメですから、内容がしっかりしていることも大切なことですが、どこから突っ込まれても答えられるような覚悟で準備することとも書かれていました。そう考えれば、それらを英文で書くというのは相当大変そうです。つまりは、英語力をアップするにしても、最大限の努力が必要ではないかと感じました。
(2015.1.18)

書名著者発行所発行日ISBN
世界でふつうに働くために英語力より大切な39のこと後藤 均 ×佐藤 豪日本能率協会マネジメントセンター2014年9月30日9784820719106

☆ Extract passages ☆

 まず自分の英文レジメを作ってみて下さい。多くて4枚くらい。キャリア目標、自分が得意な能力、そして職歴を簡潔、具体的に書いてみて下さい。文法は多少間違っても良いのです。「The」があるかないか迷ったらどちらでもいい。ただし自分の持てる力を出し切って、自分の仕事人生を4ページに凝縮する思いで一言、一言綴ってみるのです。英語から起こすのがどうしても苦手だという場合は日本語から作成しても構いません。その上で英語にして、その後英語をネイティブ並みに使える人に、文法の間違いや構文の間違いを直してもらいます。ただしその人には文意を変えたり、難しい言い換えはしないよう釘をさして下さい。
(後藤 均 ×佐藤 豪 著 『世界でふつうに働くために英語力より大切な39のこと』より)




No.1036 『カフェと日本人』

 この本を読みながら、高校生の頃はだいぶ喫茶店に通っていたことを思い出しました。そうそう、昔は「サテン」といったり、「純喫茶」などとも言っていました。おそらく、学校の規則では禁止されていたのでしょうが、ほぼ毎日通っていた記憶があります。そういえば、「同伴喫茶」などというのもありました。コーヒーだけでなく、レモンスカッシュ、通称レスカなども人気がありました。
 東京に出てからは、人との待ち合わせに使ったり、授業の時間調整に使ったり、朝はモーニングを頼んで朝食代わりにもしていました。たまには、新宿の歌声喫茶やジャズ喫茶にも行きましたし、考えてみたら、私の青春は喫茶店は欠かせないものだったように思います。
 だから、知らず知らずにこのようなタイトルの本を選んだのかもしれません。
 でも、自分があまり利用しないからなのか、あるいは本当に喫茶店が少なくなってきたのか、ちょっと気にはなっていました。ちょっと飲みたいならドトールやスタバに行けばいいし、最近はコンビニのコーヒーも美味しいと聞きます。でも、私はまだ一度も利用したことがありません。学生時代から、自分で豆を調合し、自分でひいてコーヒーを入れていました。だから、今でも、美味しいコーヒーを飲みたいなら、自分でやったほうがいいと思っています。
 この本によると、実は、自宅で飲むというのも増えているそうで、『コーヒー業界に限らず、4半世紀にわたり、さまざまな業界を取材しているが、昔に比べて「外の専門家に頼む」から「似た結果を得られるものを家で行い、節約する」傾向が強まってきた。たとえば、ワイシャツやセーターをクリーニングに出さずに自宅で洗う。美容院や理髪店でカラーリングをしないで、自宅で毛染め剤を使うといったことだ。もちろん、これらに対応する家庭用品も増えているのだが、コーヒーを飲むという行為にも共通する。「使えるお力ネが少ない」「先行き不透明な時代の消費抑制」につながっているのだろう。』と書いてありました。
 この傾向はどの業界にもあるようで、ある造園家に伺ったことがありますが、今の家庭園芸は昔のように松や庭石にお金をかけられないから流行ってきたという側面はあります。
 そうすれば、コーヒー豆を直接買ってきたり、あるいはどこにもないような希少な豆をお店で出すようになるのは当然のことでしょう。そのような流れに「シングルオリジン」というのがあります。
 下にそれがどのようなものなのかを抜き書きしました。
 時代は急速に変わってきています。それでも、喫茶店は永遠に不滅だと思っています。この本を読んで、それを感じました。
(2015.1.15)

書名著者発行所発行日ISBN
カフェと日本人(講談社現代新書)高井尚之講談社2014年10月20日9784062882873

☆ Extract passages ☆

 最近では「シングルオリジン」を提供する店も増えてきた。まだ一般にはなじみの薄い言葉だが、文字どおり一種類のコーヒー豆を使うもの。その意味ではストレートコーヒーと似ているが、ストレートコーヒーは「ブルーマウンテン」「キリマンジャロ」や「マンデリン」といった産地や銘柄を記しているが、シングルオリジンの定義はさらに細かく、一般には、誰が(どの国のどんな農園で)、いつ作ったかがわかる豆をさす。たとえば「グアテマラ アンティグア サンセバスチャン農園」といったように生産国、生産地、農園名が記されている。中には希少性は高いが、味はいま一つという豆もあり、農作物ゆえ天候にも左右されるところもワインの世界に似ている。
(高井尚之 著 『カフェと日本人』より)




No.1035 『溺れるものと救われるもの』

 この本は2000年に朝日新聞社から単行本として刊行されたそうですが、その年の3〜4月に初めて一人でネパールに行くことになり、むしろヒマラヤ関係の本などを中心に読んでいました。だから読む機会がなく、そのままになっていましたが、昨年に朝日選書に入ったこともあり、読み始めました。それでも正月明けに読むのは、ちょっと辛いものがありました。
 そのきっかけは、昨年からマスコミでも取りあげられているイスラム国の問題です。もちろん、現在のイスラム法では、ユダヤ教徒とキリスト教徒の奴隷化を禁じています。しかし、20世紀の半ばころまでサウジアラビアでは奴隷制があったようです。ところが、このイスラム国で奴隷制を認めたというのです。その理由がとても理解できないのですが、ユダヤ教もキリスト教も、そしてイスラム教ももともとは同じ神の教えだから神学的にも奴隷制は認められないけれど、ヤズィーディー教徒はそれらと違うから奴隷にされてもいいということらしいのです。
 そこで思い出したのが、奴隷とはまったく違うのですが、まったく自由を奪われ、いつ殺されるかわからない極限の強制収容所に入れられたユダヤの人たちのことです。この本は、自分が経験した強制収容所のことを書いたもので、学生時代に読んだヴィクトール・フランクルの『夜と霧』を思い出しました。むしろ、それよりも心理的考察が加えられ、人間はそこまでやるのか、という不気味さを垣間見るような感じでした。
 たとえば、アウシュヴィッツでは非ユダヤ系ドイツ人囚人以外はすべて左の前腕部に入れ墨をされたそうですが、そのことを「その作業は少しも痛くなく、1分も続かなかったが、心は傷ついた。その象徴的意味はすべてのものに明らかだった。この印は消えることはない、ここからはもう出られない、これは奴隷や、屠畜用の家畜に押す刻印で、おまえたちもそうなったのだ。おまえたちにはもう名前はない、これがおまえたちの新しい名前だ。入れ墨の暴力は理由のない、それ自体を目的とした、純粋な虐待であった。ズボンと上着と冬用のマントに縫いつける、布製の三つの番号札で十分だったのではないだろうか? いや、そうではなかった。それ以上のものが、言葉ではないメッセージが必要だった。それは無実のものに、自分の皮膚の上に刑罰が書かれているのを感じさせるためだった。それは野蛮時代に戻ることであり、正統派のユダヤ教徒を非常に狼狽させた。まさにユダヤ人を「野蛮人」から区別するために、入れ墨はモーセによって禁止されたのだった。」と書いています。これを読むと、まさに虐待だと思います。それも意図的な心理的貶めです。
 そして、著者は「これは一度起きた出来事であるから、また起こる可能性がある」と結論のところで書いていますが、たしかに起こりえないとは誰も断言できないと思います。ある意味、イスラム国で起きているかもしれないのです。だからこそ、このような思い出したくもないことを書くのではないか、これらを次の世代まで語り伝えるべきではないか、と思うのです。
 さらに考えるべきは、これがほんの一握りの狂信的な人間が、大多数の普通の人間をいともたやすく教育し従順化してしまうかということでもあります。ほとんどの人間は、本来、私たちと同じような人間だったからこそ、恐ろしいことです。つまり、これらはこの時代のようなことになれば、誰でもヒットラーの手下になり得る可能性があるというのが怖いことなのです。また、ならないという保証はどこにもないのです。
 この本は、ここで詳しく紹介するより、自分の意思で読んだほうがいいと思います。下に抜き書きしたのは、仕事というのは、本来、このようなものだと思ったからです。これだけは、ぜひ読んで欲しいと思います。
(2015.1.13)

書名著者発行所発行日ISBN
溺れるものと救われるもの(朝日選書)プリーモ・レーヴィ 著、竹山博英 訳朝日新聞出版2014年6月25日9784022630223

☆ Extract passages ☆

 私は仲間の何人かが見せる奇妙な現象にしばしば気がついた(時には私自身もそうなった)。「良い仕事をする」という熱望は非常に深く心に根づいているので、自分の家族や味方の害になる敵の仕事さえも、「良くやってしまう」ように突き動かされるのだった。それを「まずく」するためには、自覚して努力する必要があった。ナチの仕事をサボタージュするには、それは危険なことである以外に、祖先伝来の心の内部の抵抗を克服する必要があった。……私の命を救ってくれたフォツサーノの煉瓦積み工は、ドイツ、ドイツ人、その食物、その話し方、その戦争を嫌っていた。しかし爆撃の防御壁を建てさせられた時、彼は、煉瓦をしっかりと組み合わせ、必要なしっくいをすべて使って、それをまっすぐに、堅固に建てた。それは命令に敬意を表したためではなく、職業的な自尊心からだった。
(プリーモ・レーヴィ 著、竹山博英 訳 『溺れるものと救われるもの』より)




No.1034 『謎の蝶 アサギマダラはなぜ未来が読めるのか?』

 この本の題名を見て、えっ、ほんとうにアサギマダラは未来を読めるの、と思いました。それがこの本を読むきっかけになったのです。
 でも、この本を読み進めるにしたがって、アサギマダラが未来を読めるのではなく、アサギマダラを知ると「時間と空間と物質と人間社会と生態系」という環境を読むことができると書いてありました。つまり、だからこそ、アサギマダラの移動などのデータをたくさん集めて調べることが大切だというのです。だとしたら、アサギマダラは未来を読めるのではなく、アサギマダラだけではなくすべての生き物を知ることによってそれらの環境を読めるということではないかと思いました。そのことに付いて書いたのは、下に抜き書きしました。著者の思いをここからくみ取ってください。
 でも、これが好きになるということかな、とも思いました。すべて、好きになったしまったアサギマダラを通してすべてを推し量る、そんな感じです。そうでもなければ、全国各地を歩き回ってマーキングをしたり捕獲をしたりはできません。それはそれで、すごいことだと思いながら、読みました。
 とくに興味深かったのは、アサギマダラが植物の毒を活用しているという事実です。この本には、「この蝶は2種類の毒物を2段階の目的で用います。……幼虫時代にはガガイモ科の植物を食草とします。ガガイモ科の植物は一般にアルカロイドと呼ばれる毒物を持っています。……アサギマダラは幼虫時代に食べることを通してこの毒物を蓄えます。蓄えた毒物は成虫になっても有効で、それは他の動物に自分が食べられることを防ぐことに役立ちます。……成虫になってからは吸蜜植物の中のPA物質(ピロリジジンアルカロイド)を取り込み、それをフェロモンや仲間同士のコミュニケーションに活用するのです。この物質も本来は毒物なのです。……一般には、フェロモンとなる物質は、異性を引き寄せ、生殖に役立てる物質を言いますから、自分で合成するのが自然でしょう。実際、多くの昆虫はそうなっています。ところがアサギマダラはなぜかその必須であるはずのものを自分では作れないのです。そのために雄はPA物質を持った植物を敏感に見出して、一生懸命吸蜜したり、場合によっては舐めたりかじったりして取り込もうとするのです。」と書かれていました。
 ちょっと長い引用になってしまいましたが、これも謎の多い蝶だからこその活用方法なのかもしれません。
 蝶というのは、意外と好き嫌いがはっきりしていて、嫌いな人はあの鱗粉がイヤだといいます。でも、あの飛び方は優雅で好きな人も多いのではないでしょうか。
 もし、機会があれば読んで欲しい1冊です。
(2015.1.9)

書名著者発行所発行日ISBN
謎の蝶 アサギマダラはなぜ未来が読めるのか?栗田昌裕PHPエディターズ・グループ2014年9月30日9784569820071

☆ Extract passages ☆

 私はアサギマダラを知るということは、アサギマダラを取り巻く環境のビッグデータをとらえることだと感じているのです。
 ということは、アサギマダラの心を知るということは、その「小さな脳みそ」を解剖して分析することではなく、アサギマダラの周囲に限りなく広がる、「時間と空間と物質と人間社会と生態系」という環境を読むことなのです。
 私はそこにアサギマダラの大きな心の広がりがあること感じっつ、10数万頭の小さな命に接し続けて来たのです。
(栗田昌裕 著 『謎の蝶 アサギマダラはなぜ未来が読めるのか?』より)




No.1033 『犬も歩けば物理にあたる』

 副題は「解き明かされる日常の疑問」とあり、このほうが内容が端的にわかる題名です。でも、本の題名というのは中身が想像できるというだけではなく、何が書いてあるのかという興味を持ってもらうことも必要で、だからなのか最近はなかなか書いてある内容がわかりにくい題名が多くなっているような気がします。でも、それは本の題名だけでなく、テレビなどのコマーシャルもそうで、最後の最後まで見てわかるというものもあり、なかには最後まで見ても結局は何のコマーシャルなのかがわからないのもあります。
 でも、この『犬も歩けば物理にあたる』というのは、なんとなくわかり、どんなことにも物理的な解釈ができるのではないかと期待を持たせます。しかし、この世界には七不思議だけでなく、なかなか解明できないこともあり、また、それが新たな興味となってくるようです。
 それにしても原題は『The Flying Circus of Physics(物理の曲芸飛行)』なのか、ちょっと不思議です。もしかすると、自分自身が曲芸飛行をしているような気持ちで、物理の王道に挑戦するというような気持ちのあらわれかもしれませんが、この日本語題名のほうが内容にふさわしいような気がします。
 読んで見て、不思議さの感じ方も、アメリカ人と日本人では違うと思いました。たとえば、90問ありますが、なぜ食品用ラップフィルムが容器にくっつくのかとか、スキーはなぜ滑るのかとかというのは、日本人でもなぜと思います。でも、唾液を細く伸ばすと糸の上に数珠玉ができるのはなぜかなどというのは、あまり考えたこともありません。でも、これだけの設問を考え、それに的確な答えを導き出すのは、たいへんな作業だと思います。そうとう、いろいろな物理現象を知らないと書けないでしょう。それには敬服しました。そして、このような日常の疑問から物理を知ることも、とくに若い方々には大切なことだと感じました。
 たとえば、熱いコーヒーを飲んでもなぜやけどしないのかなどというのは、あまり考えて飲んでいないような気がします。それでも、もし、その熱いコーヒーがズボンの膝にでもかかったらやけどするかもしれません。そう考えれば、やはり不思議です。
 その回答は、下に抜き書きしましたので読んで見てください。
 そうそう、この本の中に、「神道の湯立で、行者がやけどしないのはなぜか?」というのがありましたが、この湯立はもともと修験行者の修行法の1つです。でも、それなども知っていたというのは、いかに、広範囲なところから問題を考えているかという証しでもあります。
 もし、興味がありましたら、ぜひ読んで見てください。
(2015.1.6)

書名著者発行所発行日ISBN
犬も歩けば物理にあたるジャール・ウォーカー 著、下村 裕 訳慶応義塾大学出版会2014年9月20日9784766421644

☆ Extract passages ☆

 やけどの危険は、口の中に入る食物の温度に明らかに依存するが、それ以外にも、食物の量、食物が口に熱エネルギーを運ぶ効率、そして食物が口に接触している時間にもよる。……こぼした場合、かなり多量の熱い液体が服をぬらしてとどまり、十分に長い間、皮膚と接触するので、相当な量の熱エネルギーが皮膚に運ばれるのだ。
 それに対して、ひとすすりした場合は、ほんの少しの量の液体が口に入り、口の中のどんな特定の部分ともわずかな間だけ接触する。すすることには、さらに2つの効能がある。@空気を液体に混ぜることで、液体を冷ます。A液体を【小さな】液滴に分解することで、それらひとつひとつが口の中のどこに触れてもわずかな量の熱エネルギーしか伝えない。
(ジャール・ウォーカー 著、下村 裕 訳 『犬も歩けば物理にあたる』より)




No.1032 『異常気象が変えた人類の歴史』

 この題名の『異常気象が変えた人類の歴史』という視点で考えるというのは、おもしろいのではないかと思い読み始めました。とくに今年は、異常気象だけでなく御嶽山などの噴火もあり、どうも地球そのものが活動期に入ったのではないかと思わせることが相次ぎました。このような視点で歴史を見直すことも大事なのではないかと思ったのです。
 たとえば、気象で歴史が変わるといえば有名な弘安の役があります。これは神風が起こって元寇の大軍を押し返したといわれますが、実はまだ台風シーズンが来る前の現暦の6月16日に対馬を攻略し、6月21日には博多湾に姿をあらわし7月2日には日本軍と交戦していますが、一時海上に引き上げ、江南軍の到着を待っていたといわれています。ところが、江南軍の司令官が急病になったり、合流地点が壱岐ではなく平戸島に変更になったり、その後も様子見をするような緩慢な作戦であったようです。そして、伊万里湾から上陸し太宰府を目指したのが8月22日で、その日から翌23日にかけて台風による暴風雨となり、元の大艦隊の多くが沈んでしまったということです。だから、これは異常気象ではなく、普通の台風シーズンになってしまったことで、たまたまそれに遭遇したというわけです。でも、これがなければ、日本の歴史も大きく変わってしまっていたかもしれないのです。
 だから、それが異常気象ともなれば、相当な変化をもたらします。
 では、そのような長い人類の歴史のなかで、いつ異常気象が現れたのかがわかるかというと、1つは酸素同位体比率などによる気温推計などの科学的手法や、あるいは文学的な日記などの文献資料、さらには南極などの氷山や樹木の年輪などの測定など、多岐にわたります。たとえば、「地球全体で急激な寒冷化に襲われた痕跡は、世界各地の樹木の年輪に残っている。スカンジナビア半島のフユナラの年輪幅は過去1500年で540年から541年にかけてもっとも狭く、次いで536年の箇所であった。アメリカ西部のシュラ・ネバダのフォックステール・パインの年輪幅は過去2000年間で、535年、536年、541年が2番目、3番目、4番目に狭く、これらの年の夏の気温は平均よりも3℃以上低かったと推測されている。モンゴルのシベリア・パインは530年代から540年代にかけて年輪幅が狭く、536年に霜によるダメージを受けた痕がある。南半球にも影響が及び、チリのカラマツの年輪からも537年から538年にかけて寒冷化した跡が残っている。」といいます。つまり、世界中のなるべく巨樹を調べれば、わかるというのです。
 そうえば、今年は未年ですが、いつ頃からヒツジは人間に飼われているのかと思っていたら、この本のなかに、「8200年前に400年程度の一時的な寒冷化時代に、羊を飼育する牧畜を開始している。この時の寒冷化とは、アメリカ大陸北部で最後に残った大きな氷床の塊が大西洋に流れ込んだためだと考えられている。短期間の寒冷化の後、再び高温・湿潤な気候に戻ったが、彼らは羊を連れてサハラの草原を遊牧する生活を続けた。」とあり、さらに「羊を育てる適地が少なくなると、遊牧民は水を求めてナイル川流域へと流れ込んだ」と書いてありました。ということは、ヒツジとの関係は相当古くからのものということになります。
 下に抜き書きしたのは、最高の弦楽器とも賞されるストラディバリウスの弦楽器が、なぜにあのような破格の評価をされるのかということに、異常気象の観点から推論したものです。今までにも制作技術の高さとか木材の乾燥度、さらには木材に塗るニスの違いではないかなど、いろいろの憶測がありました。でも、それぞれにはっきりと裏付ける証拠はありませんでした。これも、確固とした証拠とはいえないかもしれませんが、推論としてはおもしろいと思い、ここに掲載させていただきました。
 このような説もある、ということでお読みいただけれはと思います。
 さて、今年もこの本から始まりました。今年はどのような本と出会い、何冊ぐらい読めるのか、ちょっと楽しみです。
(2015.1.3)

書名著者発行所発行日ISBN
異常気象が変えた人類の歴史(日経プレミアシリーズ)田家 康日本経済新聞出版社2014年9月8日9784532262624

☆ Extract passages ☆

 2003年、コロラド大学の気候学者ロイド・バークルとテネシー大学の年輪研究者ヘンリー・グリシノ=メイヤーは、アントニオ・ストラディバリが用いた頃のトクヒが特別な材質であったからだとの論文を発表した。彼が生きた時代は、太陽活動がもっとも低迷したマウンダー極小期という小氷期の中でも寒冷化の極であった期間と重なる。彼が使ったトウヒの原木は、小氷期の極である寒冷な天候によって成長が鈍化し、結果として年輪幅が小さく硬い材質のものになったというのだ。西ヨーロッパの気温推移をみると、小氷期を通しての低下幅は0・5〜1・5℃程度であるが、マウンダー極小期では1〜2℃と低下が大きかった。
(田家 康 著 『異常気象が変えた人類の歴史』より)




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