シャクナゲ栽培を原点から見つめ直す
(小島英司)
No.1 日本石楠花は深山に咲く
日本石楠花は、深山に咲く幽玄な花として、古くから人々を魅了し、今も多くの愛好家が春の開花を待ちわびています。
しかしその実、この植物に関わる栽培条件につきましては、よく解明されぬままで時が過ぎてしまったように思われます。
少し話が横にそれますが、昭和初期のこと、全国の有数な水族館の専門家たちが南米の美しい熱帯魚を熱心に輸入いたしまして飼育を試みましたが、しばらくは生きていましたがことごとく死滅させてしまった歴史がございます。
どこか日本石楠花の運命に似た経過を辿った時期があったようです。
さてそれでは、日本石楠花とは一体どのような植物なのでしょうか。
高山地帯から条件によっては低山にも自生しています。
耐寒性には優れた適応性を持っていますが、長期にわたる暑さには対応が難しいとされています。しかし万年雪の残る高山地帯を唯一の自生地とするキバナ石楠花でも一定の条件を与えますと、夏の酷暑が3ヶ月にも及ぶ大都市の住宅街でも既に8年もの間、栽培されています。
今回はこの機会に
@ 用土と発根
A 二重底鉢
B 肥料
C 秋口に行うメンテナンスの秘密
等に分けまして少し説明させていただきます。
今回は@用土と発根につきましてのご説明の前半の部分につきお話をいたします。10年前のことですが、北海道より購入いたしましたキバナ石楠花の角鉢は日高砂の単用でみごとな根張りを見せていました。
キバナ石楠花には火山砂系の用土が最適であろうと信じ込んでしまい、手厚く栽培を致しましたが、数ヶ月で枯れてしまいました。
その後は、二重底鉢を考案したことによりすぐに枯れることは無くなりましたが、春・秋の発根には適切な季節を経過したにも関わらず、細根の発生がほとんど認められませんので、自生地の調査に活路を求めることにいたしました。
北アルプス乗鞍岳、中央アルプス駒ヶ岳に赴きまして、自生する環境を調べつくし貴重な資料をうる事が出来ました。
さらに群馬県嬬恋村の浅間山中腹で阪井氏のキバナ石楠花専用の2カ所に区分された圃場の調査をさせて頂きました。2つの圃場の用土をいただいて帰り、比較検査をいたしますと、キバナ石楠花の生長を維持するために必要な環境、用土が鮮明になってきました。秋10月になるのを待って、実験的に新しい栽培技術と二重底の組み合わせを実行し、二重底鉢の庇護を受けて細々と生き延びてきましたキバナ石楠花に、翌春真っ白な無数の発根を確認いたしました。
次回は、この内容を詳しくお話ししたいと思います。
No.2 日本石楠花の栽培用土について その1
高山性石楠花の用土の検討を進めていますと、季節に関係なく適正な用土の選択につきましていろいろな相談が入って来ます。
要約いたしますと次の通りです。「接木苗を何年も続けて購入していますが、2.3年で弱り大きく育つことが出来ずいずれ消滅して庭の隅は空の植木鉢がうず高く・・・」と有りまして、一度は見てくれぬかと申されます。伺いますと、高山性石楠花でもない通常の日本石楠花が、栽培棚の上には葉を垂らして新芽や蕾の痕跡も小さくあわれな姿が痛々しく並んでいます。
用土の配合、水遣り、肥料、鉢のサイズ、通風等は標準どおりで、いずれもこの惨状とは深いつながりはないように思えます。そして、衰弱した株の根は申し合わせたように腐っていまして、正常な株の購入時の3分の1ほどに縮小しています。
無論のこと、すべての木が今まで順調に育っていたとしましたら、このようなお宅は石楠花のジャングルになっていたかもしれません。
幸い原因は極めて簡単です。それは、石楠花の鉢の用土が38℃以上に時々なっていたと思われる明らかな証拠です。
冷涼な生産地で育った日本石楠花が、高温な都会に移植され、そして次々と消滅して行くミステリーのこれが目に見えぬ主役でした。
このような弊害を避ける為に、接木苗の場合は、6月下旬から60%くらいの遮光ネットで囲ってください。
高地性の石楠花は80cm以上の棚の上で6月初旬から80%以上の遮光ネットで終日、通気よく囲ってやってください。特に植木鉢の用土の上に、水こけを2cmほど敷き詰めまして、早朝の水遣りをしたしますと、ほぼ終日気化熱で根を守ります。
なお、この季節は西洋石楠花以外すべて完全遮光が条件です。
時々であゥても、直射日光が植木鉢に当たっていますとその株は前述の株と同じ運命を辿ると思います。
石楠花の葉は大きくて、ソーラーパネルのように明るい目陰であれば十分に炭酸同化作用をいたしますし、何の障害も発生いたしません。
このように、用土の選択違いで木が弱ると思われがちですから灼熱の夏を控えたこの季節には、緊急避難的な意味を含めまして、充分な配慮して頂きたいと思いましてこの項を設けさせて頂きました。
No.3 冷涼な里山では・・・・・
冷涼な里山では容易に栽培できる日本石楠花でも、暑い都会へ移植しますと、植物は生理的なさまざまな障害を発生します。
たとえば、夏も終わらぬうちに枯死してしまったり、涼しい秋風が吹くころに衰微したみじめな姿を良く見かけたりします。毎年のように繰り返されるこのドラマを、この辺りで幕引きとするために、都会専科の栽培法が無いものかと思います。
今までの栽培法の見直しをするためには、まず夏の都市圏で枯死する何らかの原因を改めて調べてみる必要があります。そのメカニズムを解明できれば、予防も枯死対策も出来るのではないかと考えました。
幸いに植物の生命維持は、哺乳動物ほど難しいメカニズムではありません。水分の吸収、養分やミネラル類を根から取り込みまして、生命維持の多くは一種の化学反応として進行しています。化学反応は低温下ではゆっくり進行いたしますが、環境温度が上昇いたしますと化学反応も急速に進行していきます。気温が下がれば反応も下がりまして、元の正常値に戻りますが、高温状態が継続しますと植物の生理反応も際限なく継続されていきます。
植物は概ねこのような体質を持っていますので、山岳地帯を生息地とする日本石楠花は、都会へ移植されただけで、体内の細胞はにわかに活性化されます。更に、灼熱の夏には異常なほど急激に代謝が進行し、外見上は何の活動もしていないようにみえますが、蓄積されていたエネルギー源の備蓄はどんどん消費され尽くすのです。
次に考えられます原因としまして、植物は生活環境の気温が上昇いたしますと、気孔から体内の水分を蒸散させまして、その冷却作用で体温を調節し、生命を守る重要な機能を備えています。しかしこの作用を高温下で激しく継続しますと、ここでもエネルギーが大量に消費されるのです。
この2つの生理反応は、例外なく同時進行いたします。
これらの激しい消耗を伴う生理反応は、日没後には正常に戻るはずですが、連日のように熱帯夜が続きますと、もはや都市空間は石楠花のブラックホールとなってしまいます。石楠花は自分の持っている宿命的な体質が災いして、急激な代謝を繰り返すこととなり、自らの生命体を衰弱させてしまう弊害を持っているかのようです。
以上が夏の都会で衰弱して枯れていく過程ですが、ご理解頂けましたでしょうか。
さて、用土と発根というテーマから横道にそれたままになってしまい心苦しい限りではございますが、いま少し話を続けさせて頂きます。
一般論としまして、石楠花の栽培が難渋したままでその原因の調査も対策も改善されぬままに年月ばかりが過ぎてしまったかのように思います。これらのことを考えずに、このままきれいごとを並べただけの栽培の話しを続けてもあまり意味がないのではないかと考えます。そこで、本来のテーマに戻る前に、最後にひとつ知っておいて頂きたい重要なことがあります。
通例としまして私共は、苗木を入手しますと白いポリポットから根鉢を抜き、従来の石楠花栽培の技法にそって余分な細根を鋏で除き、竹串などで根鉢を捌きまして、一回り大きな植木鉢へと移します。これは新しい用土へ発根させる伝統の技法とされていますが、何が気に食わぬのか都会育ちの石楠花は、頑固に発根を拒み続けます。
実は、このように根鉢を捌くことは、いたずらに根量を大きく減らすことになり、水分や養分が多量に消費される真夏に対応できず、急激に弱体化して葉を落としてしまうことになります。夏に高温化する都会では、植え替え後の発根の遅速が石楠花の生死を分けることとなります。
しかし確実に発根させる用土と技法は未だに確立されておりません。
その為に季節を急ぐあまりあえて危険を推してでも、根鉢を捌き後悔することにもなるのです。そこで、根鉢を捌くことも無く正常に発根させる見通しが立ちましたので、このことを順を追ってご紹介いたします。
10年ほど前のことですが、日本石楠花を手探り状態で育てていました。その当時は、春に購入した苗木の大半が秋までに姿を消してしまいました。私が住む名古屋の町の夏の暑さは特別と言われていますが、それにしても、大変な出費でした。
今は年間2〜3本くらいは姿を消しますが、これは地元の石摘花愛好家にお願いをして、庭が石楠花ジャングルのような状態になる前にもらってもらう為なのです。このように栽培状況が変化した主な理由は、高山植物の生理的な弱点を知ることができたからです。
それは、一般の栽培マニュアルに書かれているよりは早い時期から、さらに強く遮光ネットを掛けておいたことと、根鉢が高温化する危険を避けるように側面からの直射日光にも十分な配慮をしたことによります。その上で、通風にも十分な配慮をしてきました。
都会では、庭木の木陰ほど危険な場所も無いということに気が付きましたのも有効でした。さらに、栽培の参考書やマニュアルが、冷涼な環境や里山での栽培記録や記述等に基づいて書かれてることことが多いのではないかと早く気づいたことも幸運でした。
これらが石楠花の栽培状況を急変させた主な理由です。基本を完全に履行するだけという、誠に単純極まりない内容なので、おそらく幾分かは失望された方もいらっしゃるかと思います。しかし、自根のキバナ石楠花、エリモ石楠花、アズマ石楠花等の栽培となりますと、用土、肥料、植木鉢の構造等にかなりの配慮が必要となります。
石楠花栽培に興味をお持ちの方は、もうしばらくお付き合い下さい。
No.4 遺跡の土器の中から
遺跡の土器の中から、2千有余年前に古代人の手で収穫された蓮の種子が発見され、現代人の手で奇跡の復活となりました。そして開花の季節になると、新聞等でもよく紹介されます。また、エジプトの王棺の中で発見されたカビの種子(胞子)は、4千年後のいまに、科学者たちの手で蘇っています。
植物の体の組織の中で、根はもっとも重要でありながら、脆弱であるため、発根の時期に水分、温度、必要酸素量等に異常があれば抑制機能が働き、安全な環境が整うまで発根を制御してしまう品種があります。
石楠花にも、同じ傾向が見られます。
大雪山のキバナ石楠花は、旭川東部くらいまでは移植後の自主発根が期待できますが、札幌あたりではすでに自主発根が難渋しますので、移植の際根鉢の表面を削ぎ落とす作業が必要とされています。無論名古屋あたりでは、どのような手段にも何の反応もありません。
吾妻石楠花も暖地静岡市あたりでは、自主発根は難しくなりますが、同じ県内の標高のある冷涼な場所に移植しますと、発根制御装置のキーが外れまして、自根のまま順調な再発根栽培ができます。
しかし、日本石楠花の自生地よりはるかに高温になる名古屋市内では、全種類ともに移植後の発根は不可能かと思います。
石楠花の発根を止めてしまう制御装置のキーは、温度条件だったようです。
日本石楠花が植物として備え持つこのような制御抑制機能を除去しない限り、名古屋での日本石楠花の自根栽培は、極めて難しいことがわかりました。なお、アカボシ石楠花でさえ、用土が高温になりやすい鉢植えでは、かなりの影響を受けています。
この事実に気付くのが遅かったためと対応の遅れなどから、多くの優秀な日本石楠花だけでなく、もっとも熱心であった都会の愛好家の多くも失ってしまいました。これらのことをひとつずつ解決していくためには、発根を強く促す誘引物質の発見や開発が、残されたひとつの手段ではないかと思います。温暖な都市でも、日本石楠花等が無難に楽しく、そして趣味として誰でもが栽培できるようにするため、これを求める探索の旅に出てみようと考えています。
静かに流れる朝霧のなかを、松本で長野自動車道と別れ、車は梓川沿いに上高地へと向かいます。湯川渡から進路を変え、白骨温泉を過ぎますと、道はにわかに高度を上げて行きます。北アルプスの乗鞍岳は、車で行ける唯一のキバナ石楠花の自生地なのです。花の季節も終わってしまった自生地へは、付き合っていただける趣味家もなく、独り高山蝶の飛翔を目で追いながらの調査となりました。ここではまず、自生地の用土のサンプルを採取して、土壌の成分を調べまして難渋しているキバナ石楠花等の栽培用土の手がかりでも見つからぬものかと、這松の間から頭を出しているキバナ石楠花の根元からいくらかのサンプルを集めてきました。
しかし、岩だらけの山は”この高山帯のどこかに、あなた方が探している大切な用土が眠っていますよ”と風のささやきのような独り言が聞こえたようにも思えましたが、それ以上は何も教えてくれませんでした。
凡人の私には、大切な資料を手に持ってはいましたが、特に有益なものとは気付かずに夕暮れにせかされるように乗鞍岳山頂を後にしました。
No.5 キバナ石楠花の分布と這松の分布
恒例になっている富士見園芸の展示即売会は、信州の遅い春の到来を告げるかのように、大変な賑わいとなります。
顔なじみの山野草の卸業者がワゴン車で新鮮な高山性の盆栽、石楠花、山草類を満載して到着しますと、待ちかねたように、どっと人がたかります。即売が始まりますと鳥肌が立つような昂ぶった雰囲気があたりを支配しはじめます。やがて人々は、手に入れた逸品に心なごませて、自慢話に花を咲かせながら、高原を吹き抜ける風の中を都会へ帰って行きます。
春もすぎ、やがて暑い夏も終わりかけた頃、その逸品に微妙な変化があらわれて来ます。
静岡の花田宏重氏が貴重な体験談をまとめた石楠花栽培逸話集のキャッチコピー「まさかの石楠花またかの記」の名文句は、石楠花という植物の本質を心憎いばかりに浮き彫りにしてなお、愛好家の心情を余すところなく代弁してくれています。早春に都会にやってきた時は高山植物であった石楠花が、いつしかさつき盆栽と並んで置かれていたりしまして、秋過ぎて寂しく枯れていく石楠花の運命を一言で語りつくしています。わたくしも幾度となくこの悲哀を知り、少しずつ栽培の楽しみも覚え、いろいろな悪知恵もつきました。そして少々工夫すれば、都会でも自宅の庭で日本石楠花の開花を自根のままで楽しむことが出来るようにもなってまいりました。
都会の夏を無事に越させるにはまず「根を作れ」とは、常々から東京在住の中野秀男氏が申されています。わたくしも高山性石楠花の根を作る技法を習得すべく再び自生地へ向かうことにいたしました。
中央アルプスの盟主、駒ケ岳は麓を走る中央自動車道から好天であれば、岩肌も荒々しい山頂やガレ場を流れる白い雲、厳しい岩稜まで遠望ができます。山を詰めていきますと、森林限界を過ぎた辺りから、やがてわずかに熊笹を交えた這松地帯となり、山頂へと進む登山道はゴロゴロした岩や、大地にへばり付く様な、這松の濃い緑があり、寄り添うようにキバナ石楠花や、ハクサン石楠花は少々ですがこの辺りにまで自生しています。標高3,000m近くの稜線を越えて白いガスが一面に湧き出てきますと、たちまち視界を奪われ、人の気配も消えまして、もはやそこは神々だけの庭となります。
心地よい風に乗って、ガスが消え再びこの神々の庭園に視界が広がりますと這松を始めとして、雑草にも似た様々な高山性の草がゴロ石を覆い隠すように生えています。
這松の古い落ち葉とこれらの草々が何億年もかけて、ふわふわとした腐葉土とか、腐植土らしきものになり、キバナ石楠花の根をかろうじて支えています。自生の状況から判断して、雨水も時として風までも根に直接に触れているようです。とりあえず根の届く範囲の腐植土らしきものを、数箇所に渡り採取してタッパーウエァーに分別しておきました。
乗鞍岳と木曽駒ケ岳での自生地の環境は、取り分けて大きな違いはありません。そして、駒ケ岳のキバナ自生地には、熊笹も散見されますが狭い環境にありながら、なぜかそこには1株のキバナ石楠花もできません。
世界的に見たキバナ石楠花の分布図は、東シベリアからカムチャッカを経て、日本の中部山岳地帯に至っています。モスクワから飛行機で南下すること3時間、北緯70度付近、中部カフカズの氷河に沿って見られる、キバナ石楠花の群生地の開花の季節は、想像をはるかに超える濃黄色の広大なじゅうたんとなり、青い海のような空の下でこれが(ロードデンドロン)の花とはとても信じ難いと登山家塚本珪一氏は著書の中で述べています。
このキバナ石楠花の分布図と這松の分布とは、重なり合って南限の日本の中部山岳地帯に至っています。この両種の親和性の強さは、そのまま乗鞍岳にも木曽駒ヶ岳にも完璧に適合しています。
同じ高山帯に生育している熊笹や他の植物群の周辺には、キバナの育成が見られないという状況も何かの判断材料にしたいと思いまして、この地域の用土もサンプリングして持ち帰っておきました。
これらの山の資料の分析を始めてみますと、石楠花が強く指向を示している用土と趣味家が栽培上で採用している用土にかなりの格差があると思われるデータが出てきてしまい、判断に苦しむこととなりますが、最終的には群馬県嬬恋村の浅間山での調査がその結論を出してくれることになりました。
No.6 トラウマを考える
国の研究調査の対象は、人に有意な植物であるか、あるいは弊害を伴う物質を持っていたり、他の生態系への影響が懸念される植物以外は、おおむね外されてしまいます。そこで、趣味の植物栽培は、やむなく経験則が適用されるのが一般的です。
このような事情から、タブーや鉄則というものが、迷信よりひどく頑迷なことがあります。また、悪意から出たものではないにしても、趣味家に強い影響力を持つ場合もあります。そして、それが時として、トラウマとなって栽培法の進歩を完全に止めている事例も見受けられます。
このレポートは石楠花栽培上で、すでに固定観念化しているトラウマに配慮した上、別途の栽培手順に新たな可能性を求めた試行錯誤の道のりをまとめたものです。資料も集まって参りましたので、いろいろなデータの分析と推論をも取り合わせまして、一応の結論を出してみたいと考えています。
中部山岳地帯のキバナ石楠花の自生地には、土らしきものといえば前述のようにシンプルな構成の高山植物の腐葉土から成り立っていまして、主としてカヤツリグサ科のイワスゲ、ヒメスゲ、タニスゲ、さらにはイネ科のイワノガリヤス等の腐葉土とこれらに根を下ろした這松の落ち葉が幾層にも重なりまして、岩やゴロ石を覆うように堆積し、その上に新しい生命を育んでいます。
二つの山の高山地帯から持ち帰った腐葉土の水素イオン濃度測定値は、PH 5.2が表示されました。これは、強い酸性土であることを意味しています。
草本類はほぼ中性と考えられますので、高い酸性を示している原因は這松の腐葉土であろうと思われます。
因みに、這松単独の測定値はPH 4.5と表示されますので、キバナ石楠花自生地付近一帯の水素イオン濃度を強く酸性に支配しているものと判断されます。
世界の這松の分布図を参考にするまでもなく、キバナ石楠花の自生と這松との強い親和性は立証されています。これは這松の強い酸性体質に由来すると考えるのが自然であろうと思います。しかし、この高い酸性用土が石楠花に最適であると結論付けるには、まだ資料が不十分です。同じ環境の中で、酸度の低い用土を用いて栽培した場合どのような結果が出るかを見極める必要があろうかと思います。
万が一その成長に大差が出たものといたしますと、今までの栽培法は、根底からの見直しが必要となります。このことは、高山植物を栽培するには最も危険な都市環境の中で、この石楠花に最善の選択であろうと信じて、実は不適切な用土を選んだ上で正常な成長を期待していたことになります。しかし、この2つの酸性濃度の異なった土質での試験栽培は、長い年月を必要とします。
そんな時、意外なことから、この課題を解き明かしてくれる機会が訪れました。
No.7 酸度のヒント
群馬県吾妻郡嬬恋村は活火山浅間山の北麓にあり、高原野菜の生産地でもあります。
見渡す限り黒褐色の火山砂礫の拡がる標高1,600m前後の高原地帯にアズマ石楠花の大群生が見られますが、これはすべて「あららぎ園」の坂井氏の植生によるもので、人の背たけを超えるものもあり庭木として出荷されています。かつて五葉松ブームのときにこの大規模なアズマ石楠花の圃場の一隅に五葉松が植樹され、今では大株となり立派な松林となっています。その株元の広い空間を利用して、大雪キバナ石楠花のポット苗が試植されて、天径30cmぐらいまでに生長しています。圃場の土の表面はやや灰色を帯びています。
この松林に大量に稚積する五葉の落葉や周囲の広葉樹の腐葉土、群生している杉苔等が農耕機で土と撹拌混入されていました。そこの約100株から3株を掘り起こしてみますと、出てきた根塊の大きさに、言葉を失いました。
樹形に較べ異様に大きく生長しているのです。
いくら努力をしても、年々矮小化する都会の石楠花の根を知る私には、この光景は異次元の植物と写りました。この貴重な用土を、大量に持ち帰りました。
この圃場の脇に、10uくらいの黒褐色の土に小さな畑があり、木影を利用して幼いキバナの苗が30株程植栽されています。同じく3株を掘り起こしてみますと、未だ貧弱な根がひょろひょろと付いているだけです。この30株は、4年前に松林へ植えた大雪キバナの残りをまとめて植えておいたもので、日頃からその生長のあまりの悪さを不審に思っておられたそうです。この土も大切に持ち帰り、調査の結果報告を約束して、いただきました高原野菜をお土産に、信州菅平上田インターより帰路につきました。
大都市圏ばかりでなく、東北地方でも都市化が進んでいたり、盆地の中では夏の気温は高く、自生地の気温との差がはっきりいたしますと、前述のような理由から石楠花は発根能力を抑制されてしまいます。そして、品種にもよりますが長期の栽培に支障を来すことがあります。この状況を正常な栽培に引き戻すには、強制発根と言う新たな技法が必要ではないかと考えまして、その機能を備えた物質を求めるための旅をしたわけです。ずいぶん回り道をいたしましたが、ここで白い細根を伸ばさせ得る物質のひとつが決定することとなります。
浅間山の五葉松林の用土はPH5.2と算出されました。そして生育の極めて悪い黒褐色の土はPH6.4の弱酸性でした。このことから判断いたしますと、強い酸度がそのまま株の成長、とりわけ根の発達には重大な関与があると証明されたものと思います。
この事実を有効利用する栽培法につきましては、別途に後述いたします。
その他にこの浅間山の五葉松林では、注目に値する現象が発生しています。
既にお気づきの方もいらっしゃると思いますが、五葉松林では自生地と同じ酸度でありながら、根の発育が自生地のキバナ石楠花よりはるかに良いということです。この理由は、松林の周囲には広葉樹がありまして、その腐葉土が多く混入されていることに由来していました。栽培実験では、用土に腐葉土を混入させますと、それだけでも石楠花は白い細根を出し一斉に腐葉土に絡み付いていきます。
浅間山では、五葉松の腐葉土に由来する高い酸性の水分を吸収した根は活性化しまして、広葉樹の腐葉土を活用し自生地よりはるかに成長肥大していたのです。浅間山の環境では過剰な肥大と思われますが、都会で石楠花を栽培するためには広葉樹の腐葉土は不可欠な用土ではないかと思います。
なお広葉樹の腐葉土を、都会で栽培に活用するには発酵の危惧のない安定した使用法が必要と思われます。
この事案も別途後述します。
石楠花類の根は、一般の植物に比べ、いくらかの特異な体質になっています。
真夏でも30度前後の気温の中で栽培できる環境の方を除きますと、この特異体質に対応できる新栽培法を活用しませんとトラブルの続発を招きます。都会派の趣味家が日本石楠花の栽培から離れて久しくなりますが、その根源がこの特異体質に由来していました。この植物の根は常に多量の酸素を必要としまして、不足しますと新陳代謝の運用機能が著しく低下します。これは石楠花の生命維持が難しくなるということですから、石楠花は渇水の恐れも省みず地上すれすれに根を展開させまして酸素との接触を試みています。そのため、地表の乾燥が速い南側斜面では長く生存することが出来ません。
石楠花の根は光合成で得た糖分を日没後になりますと、酸素の力でアデノシンTという高いエネルギー物質を作りまして、日々の生命活動の源泉にしています。高山性の植物は環境が高温化してまいりますと、大量のエネルギーが消費されてしまいまして新たな酸素の供給がありませんと、発根等のためのエネルギーが不足することになりますので、発根のための細胞分裂に至らぬまま季節が過ぎてしまうようです。この一連の現象が都会で石楠花を正常な形で育てるための大きな障害になっていたのでした。
空気が循環する植木鉢を使用されている趣味家は、高温化する都市環境の中でも自根のままのアズマ石楠花、ハクサン石楠花を何の支障も無く正常な発根を伴う栽培をされております。これらの実情から高温下で自根の日本石楠花の発根を引き出す誘因物質は酸素が重要なキーとなっているように考えています。
また、発根作用を備えた用土の使用でようやく発生した根も従来タイプの植木鉢の中では、密閉状態になりやすく酸欠が長期化しますと、根の細胞が壊死しまして根は機能を失ってしまいまして根腐れとなります。これは真夏の高熱による根腐れとは全く原因が異なりますが、機能を失うという点では同じです。都会で旧タイプの植木鉢を使うとこの現象が高い確率で発生しています。
No.8 日本石楠花の栽培用土について その2
日本石楠花の品種は11種類とも言われ、それぞれ自生地の環境が大きく違っていることと自根の栽培、または接木栽培等で条件が変わりまして、皐月栽培のようなシンプルな用土の選択がしずらいとされています。
その上に石楠花の根は、温度の上昇に過剰なほど敏感に反応しまして、植物の生命維持を司る根毛があっけなく壊死してしまいます。動物にこのような異常が発生しますとすぐ重体となり間もなく生命維持力を失いますが、一方の石楠花の樹体は意外なほど強く、実質的に生命力が無くなっているにも関わらず葉が下がって無残な姿になるのには、ながい月日がかかります。
枯れるまでには季節も変わってしまいまして、原因の特定が一層難しくなってしまいます。その為に、やむなく当て推量でいろいろ原因を考えまして、やたら用土を工夫しながら、試行錯誤を続けてきた歳月であったようにも思えます。
これまで述べてきましたように、石楠花を育てていくにつれ、また経験を積むほどに迷いが多重になり幾多の参考書刊を枕にして、多数の石楠花と討ち死にをすることになってしまいました。一株も活着もせず、どのタイプの用土を使用しても何の効果も無く、やたら暑い我が町を恨んでいた時期もありました。どうせだめなものならばと、大きな駄鉢に畑土を詰めまして、斑入りのツクシ石楠花の苗(30cm)を埋め込んでみましたのが、既に暑くなってきた7月初旬のことと覚えています。
それから4年後に人にもらって頂くまで、見事に成長を続けてくれました。
この事実は、馬鹿げているようですが、都会における石楠花用土の重要なキーポイントが隠されていました。そしてゆくゆくキバナ石楠花等の高山性の強いタイプを都会で育成する為の用土の選択を的確に示唆してくれることになったのです。
全国の石楠花ファンを魅了してやまなかった、銘文『まさかのシャクナゲまたかの記』のキャッチコピーさながらに、都会のブラックホールに消えてしまった私の石楠花たちも、それからはいろいろな用土で栽培しましても自然に活着するようになりました。
ご承知のように植物の生理や成長は一種の化学反応です。夏に高温化する都市で栽培するにあたりまして、絶対にやってはならぬことと、やらねばならぬことがあったのでした。
この事案に関しましては、用土そのB〜Cにてご説明をいたします。
今ではジャングル状態に、近づいた庭をぼんやり眺めて当時を懐かしく思い出しています。
その後いろいろテスト栽培を重ねましたところ、多少の条件は付きますが、日本石楠花のうちキバナ、エリモ、アズマ石楠花以外は、接木であれば次の用土で栽培できることがわかって参りました。
@日向軽砂
A日向土
B鹿沼土
C赤玉土
D畑土(汚泥状の微粒子タイプを除外する)
E硅砂
F陶器の粒状のもの
Gガラスの粒状のもの
H山砂
I川砂
Jバーク
これらの単用またはミックスで、栽培しますと名古屋の市街地でも順調に栽培できることがわかってきました。さらに安定性を強く希望される方や、美しい花を十分に楽しんで頂く為には、後述の用土と管理を採用してください。
高山帯のキバナ石楠花や亜寒帯等で自生する品種と、弱っている接木石楠花、自根の日本石楠花の場合は、別メニューの用土と肥料を必要としています。
次回からは、栽培の難しい石楠花の用土の詳細とその用土を与える理由につきましてご報告させて頂きたいと思います。
No.9 用土の選択と配合
市販の栽培用土には良質な資材が揃っています。
石楠花の栽培はこれらの用土の組み合わせでよく育ちますが、都会で栽培しますと、行き届いた遮光下にありながら、どの用土を組み合わせてみましても2〜3年で枯れてしまいます。その原因は、温度障害の作用で、石楠花は新しく発根する能力を失っておりますので、早い時期に発根能力を、正常に戻す作業が必要です。
この機能を備えた二つの資材の名称と特徴、使用法等を説明いたします。
1.(高い酸性が機能する物質)
1.北海道ピートモス
北海道産ピートモスは、堆積後の年数が浅く長い草の繊維が団子状に絡み合い、また有機成分が多く夏に高温化する都市圏の鉢植え栽培では発酵のリスクがあります。
2.水苔
水苔は安定した保水性に難点があります。
3.山苔
山苔は乾燥、粉砕混入が容易であり、山苔の強い酸度で植物体の活性化を計り花付、花色を向上させる技法は名古屋のさつき栽培の裏技として活用されてきました。
4.カナダ産ピートモス
カナダ産ピートモスは、針葉樹の腐葉土や湿地性植物が幾世紀を経て堆積し、地層となった腐植土を粉砕機で処理されていますから、攪拌混入がもっとも手軽に出来ます。
5.松の腐葉土
松の腐葉土は松林に堆積している落ち葉の上部を除きまして、やわらかく黒化した層から採取して細かく刻んで叩きます。
石楠花の根はこれらの酸性物質から、滲み出る水分を取り込んで、初めて活性化する体質の植物です。同じようにアルカリ成分を吸収しないと体調の維持が出来ない植物もあります。
栽培上難物と言われた南アルプスの北岳草も用土をアルカリ性に変えますと、高山植物でもそんなに栽培が難しくなくなります。ちなみに高い酸性土壌のなかを生活圏としているキバナ石楠花を、中性に近い用土のなかで栽培することは、たいへん難しかったと思います。
また、都市圏の真昼の日射しが鉢や用土に当たっていますと、毛根や細根まで溶けたように消滅してしまいます。根圏への通気不全も同様な症状で根を失い、再生は不能となってしまいます。
遮光の完備と鉢内への通気には、これからもしっかりとご配慮をお願いいたします。
尚、鉢植えで大きく育った石楠花を庭に移植される際には、カナダ産ピートモスと腐葉土を等分配合して30%くらい混入してください。深刻な発根不全もなく、安定した活着が見られると思います。キバナ、エリモ、アズマ等の品種は根圏への通気の確保が出来ませんので、暖地での地植えへの対象にはならないようです。
2.(発根誘因物質としての腐葉土)
石楠花は主根を地中に伸ばして、樹体の保持をします。細い根は地表の腐葉土か腐植土の土に浅く根を展開させまして、生命維持に必要な物質を生涯を通してここで調達します。
腐葉土が植物の一生にこれほどまでに深い関係を維持している例は他にあまりないと思います。植木鉢の底に腐葉土をそっと隠しておきましても、まっすぐ下に向けて発根を始める行動はするどい嗅覚を持った生き物のように見えます。腐葉土は、発根誘因物質としての資質を備えた重要な用土です。
◎腐葉土について
広葉樹林内の窪地には大量の落葉が堆積します。上、中部を取り除きますとその下に古く黒化した腐葉土があります。これは微生物により既に有機質は分解されて発酵力の低下した腐葉土です。
また、各都市の園芸店から大量に出回っている腐葉土は発酵力を弱めるため、一次発酵済みです。但し新しい落葉や上層部の腐葉土を大量に鉢に詰め込みラップ等で密閉し、通気を遮断して加温しますと発酵の可能性があります。ご注意ください。
ツツジ科の中でも,強い浅根性を持つ石楠花類のアキレスケンは根圏の通気障害です。この状態が持続しますと、根の細胞の壊死が始まります。万全の備えの中で栽培する鉢の中へ日暮れと共に侵入して石楠花の息の根を止めてしまう炭酸ガスは石楠花の枯死の80%に達していると思います。
原因と対策につきましては次回にいたします。
◎配合比率について
A. 発根障害に対応するためには、この2つの物質(腐葉土とピートモス)を等分配合して植木鉢の20%ほど用意します。
B. 発根を強制するほどの作用はありませんが、石楠花は細かくやわらかい用土に親和性を持っています。
この性格を利用するために通常の鹿沼土の中小粒30%ほど用意します。東北、北海道では生の微塵の多い日高砂を使用してください。
C. 石楠花には、根の通気が必須条件になりますので、桐生砂、日向砂等の用土を50%用意しまして、攪拌混入して使用してください。
用土と発根の関連の通常仕様の説明はこれで終わりとしますが、嬬恋村の実例のように栽培適地でありながら、無機質な火山性用土だけでの無残な育生状態と比べまして、無機質な用土の中へ酸性用土と広葉樹の腐葉土を混入した場合では超えることの出来ない明確な差が出ています。
石楠花が命綱にしているやわらかい腐葉土や酸性の用土を敬遠して、最も苦手とする硬くて酸度の低い用土を主力とする今までの栽培法にもそれなりのメリットがあるものと思いますので、しばらくは経過を観察していきたいと思います。
尚、このレポートの対象とする石楠花は、主として都市圏で鉢植え栽培する自根または実生のキバナ石楠花、エリモ石楠花、アズマ石楠花を想定しております。ホン石楠花系統もこれに準じてください。
No.10 高山植物の生理機能
このホームページや園芸関連誌のグラビア等で紹介されている日本石楠花の花の美しさは、国内の多くの愛好家や海外のファンを魅了し、しかも高い評価を頂いています。この石楠花を自宅の庭に置き、この花を眺めて都会の喧騒を忘れ、ひと時の静寂に心を休めてみようと願う方もいらっしゃるかと思います。
石楠花の木は亜高山帯や寒帯で育成する植物ですが、周りを山と緑に囲まれた冷涼な里山で栽培してみますと、春には花が見事に咲き誇っています。しかし、近くの市街地に移してみますと、それだけで衰弱し始めてしまいます。
名古屋市内の住宅街に置いて見ますと、壮健種に接木された日本石楠花でさえ長く栽培するにはかなりの経験を要し、なかなか一般の方の手に負える植物ではなさそうです。
石楠花栽培の手引書は、既に多くの方が出版されていますし、参考資料も入手できますが、実生栽培の限界が実質的には前述の里山での栽培までのようで、大都市圏での栽培はなかなか難しいようで、栽培作業も空白になっているようです。
この栽培上の空白を埋め、高層マンションの谷間に魅惑の花を咲かせてみたいと思いませんか?
その、ご案内とお手伝いをさせていただきます。
ちなみに、名古屋の住宅街に私の住まいがあります。
庭に小さな石楠花園を造り、すでに11年が経ちました。そこには、日本石楠花のほぼ全種類が集まっており、春になると次々と花を咲かせ、物珍しさも手伝って都会の人が次々と訪れていらっしゃいます。
むろん、栽培を始めたころは、枯れ木の山を築くようなことばかりでした。十数冊の参考書を精読しましたが、すべて里山までの栽培手引書とは気が付かず、灼熱都市名古屋で栽培していたわけですから、亜高山帯の植物である石楠花が育つはずは無かったのです。
これから説明いたします都会での石楠花の育て方は、古くから伝わっているツツジ・サツキ・石楠花の栽培法では、対応できないことがわかりましたので、亜高山帯に自生する木本科の植物を都市圏で栽培する技法を用いて育てようとするものです。使用する用土は前述のように通常のサツキやツツジの用土に酸度を加えたもので十分です。鉢はそのまま使わせてもらいまして、高山植物用に少しだけ手を加えて使います。
栽培するに当たりまして、まず高山性(寒帯)の植物の基礎的な知識を知っておいて下さい。学術的な考証は難解になりますが、高山植物栽培の核心になりますので、わかり易く高山植物の生理機能の説明を致しますが、その中でこの度は栽培に必要な部分だけを取り上げまして、高山植物の生理機能を誰もがご存知の魚の生態に例えまして説明いたします。
@まず小さなガラスの水槽に、2、3匹の金魚を入れて2千数百メーターの高山帯に置いてみます。昼間とはいえ水温は7℃未満と考えられます。なかの金魚はわずかに動きますが、餌も取らず時々小さく呼吸しています。この状態になりますと餌の量も酸素量も排泄量もごく少量で生きていられますし、体の成長も極めて緩慢になります。
このような原理は活魚の長距離への輸送に生かされています。この高山に育成する植物の代謝も、すべてこの金魚のようにゆっくりと進行していきます。
Aこの水槽を標高1,500メーターまで下ろしてみます。水温は13℃くらいに上昇することと思います。本来高山性の植物である日本石楠花の自生にはうってつけの環境です。
魚はゆっくり回遊し始めまして、時々は餌をとり始めますが、ゆっくりとしか活動できませんので、呼吸量も少なく新陳代謝も低く少量の酸素で十分に生きて行けます。高山性植物も少量の栄養分と、少量の酸素で何の不足も無く育っていきます。
B気温35℃前後の都会に水槽を移しますと、活発に動き始めた金魚は多量の餌をとり、頻繁に排泄し、新陳代謝もピークに達すると共に大量の酸素を消耗し、小さな水槽の中はたちまち酸欠状態となり、放置しますと中の魚は死んでしまいますので、水温が低下する季節を迎えるまで、エアーレーション等で凌ぎます。
この魚たちと同じ新陳代謝を持つ高山植物は、どうなるのでしょうか?
この対策が高山植物栽培の重要なキーとなります。
この対策は次回にご説明いたします。
No.11 酸素不足は致命傷
酸欠は動物に致命的な損傷を与えますが、植物も酸素が不足しますと同じく致命的なダメージを受けて枯れ死致します。さらに植物の根は、土の中で空気を呼吸して酸素を体内に取り込んで動物と同じように生きています。
夏の夜店で掬った金魚が翌朝に全部死んでしまった悲しい思い出があります。消毒用の塩素による薬害で腐ってしまった魚の鰓は水中の酸素を体内に取り込む機能を失ってしまったのです。
植物の根の先端の細く白い根毛は、魚の鰓や動物の肺の粘膜のような機能を持っていまして、空気に触れますと酸素だけを溶かして植物体に取り込み光合成で獲た糖類と反応して高いエネルギーに変換させまして、肥料や水の吸収と地上部へ送り込む為の原動力にしています。植木鉢の中で糖類と酸素が反応しますと、同時に炭酸ガスを植木鉢の中に大量に排出します。これが植物のライフサイクルです。
このような植物にとって、重要な根の先端は脆弱な組織ですから、植物が要求するだけの酸素に不足しますと細胞が壊死を始め動物の肺や鰓に相当する部分から根腐れをおこし枯れ始めてしまいます。
高山植物も水槽の魚も、環境が高温化しますと大量の酸素を要求します。放置しますと、共に生命を失います。
魚にはエアレーションで酸素量を増やせば問題ありません。
高山植物は、冷房室へ入れるか、植鉢の中へ空気を送る装置を作って根の要求量を満たせば問題の発生はありません。これが前回のBの正解と対応策です。
この設備があれば、冷房室を設けるまでも無く都市圏でも自根のままで北海道のエリモ石楠花から鹿児島県の屋久島石楠花まで確実に栽培出来ます。また、夜温の低い地域の方々であれば、レペンス・プロテオイデス・キバナ石楠花等を栽ることも難しい作業ではありません。
熱帯雨林を持つ南米アマゾンに住む美しい熱帯魚が都会の店の美しいガラスケースの中で、群れになって泳いでいます。じんべいザメが巨大な水槽の中を悠然と回遊する近代水族館等の舞台裏をのぞいて見て下さい。日本に住めないはずの熱帯の魚や海水魚を育てるために、膨大な配管や配線がひしめいて魚の生命維持を行っています。
亜高山帯にしか自生できない石楠花を、都会で栽培するにしては、適切な用土がないから、うまくいかないのではないかと言われておりますが、これはひどい誤解ではないでしょうか。
ご案内のように石楠花という植物は、サツキ栽培のように用土の選択だけで片が付くほど単純な生き物ではないのです。それだけに美しくもあり、心に響く花を持って迎えてくれるのではないでしょうか?
これで、高山性植物を都会で栽培できる理論付けは終わりましたが、固定性の水槽と違いまして、植木鉢は数も多く移動させる機会が頻繁におきますので、エアーの配管が実質的に困難になります。また、都会に移植された石楠花は冷涼な自生地のほぼ3倍くらいの酸素を消費すると共に同量の炭酸ガスを排出します。
従来の植木鉢は小さな底穴がありますが、用土を入れてしまいますと密閉状態となります。排出された炭酸ガスは重い比重の持ち主ですから、植木鉢の隅々までどっしりと居座り続けまして、外部からの新鮮な空気は一切侵入することができません。明らかな酸欠状態となりまして、最も恐れていた前述の根腐れが発生して高山性の石楠花は都会に移植されますと、次々に姿を消すことになってしまっていたのでしょう。
この炭酸ガスの比重の重さを逆手に取って自動的に空気の流通が起きる方法が開発されまして、灼熱都市名古屋の街でも簡単に石楠花の美しい花を満喫できるようになりました。
この装置の活用に大変便利な仕組みを考案されまして、都市圏ではかつては難物であったアズマ石楠花や、ひ弱で可憐なツツジを200株以上もこの装置で見事に栽培していらっしゃる、静岡県の太平洋沿岸にある空中湿度にはまったく無縁の清水区にお住まいの花田宏重氏が、作製方法の手順とコメントを次回は担当していただくことになりました。
ご期待ください。
No.12 ネット2重底植え (特別寄稿 静岡県花田宏重氏)
今年の猛暑、酷暑で枯れた鉢を整理し始めた。今年のように35℃をこす猛暑日をかって何方も想像し得なかった。しかも、連日続く事を。10月に入っても、なお、30℃を越す秋が来る事を。
今から40数年前、東京オリンピックの頃は30℃を越えればニュースになった。車にも、家庭にも、事業所にもエアコンなどは無かった。バブル華やかになる一寸前から、時々33℃というのが出始めた。車にも、家庭にも、事業所にもエアコンが備えられるのが当たり前になった。今、車にも、家庭にも、事業所にもエアコンが無かったら、運転できない、生活できない、活動できない。今、車内は、室内は、工場内は充分涼しい、そして消費する電力(エネルギー)の3倍も3.5倍も排熱している。そう、外は35℃だ。
この猛暑、シャクナゲが多少枯れても驚くに当たらない。枯れるだけなら33℃が話題になった昭和60年前後のほうがはるかに壊滅的に枯れたのだから。
5年程前から鉢底に円錐形のネットを入れる「ネット2重底植え」を取り入れた。枯れないならば何でもやってみようと思っていた時期だ。随分前からアイデアとしては、円錐型のネットを入れる、あるいは小さなプラスチックの笊をひっくり返して入れたらどうだろうかと思っていた。しかし、「こんなことをしても上手く行くかな?。」戸惑っていた。其処を「上手く行くよ。」と肩を押してくれたのが愛知の小島さんだ。当初、「ケイサ、ケイサ」と言われるので「硅砂」のことかと、探し回って「硅砂」に相当する用土を仕入れた。信じる物は救われる、これを使って植えたのは今も元気だ。ケイサとは「軽石の細粒(砂)」の事だった。
別に「キバナ」や「エリモ」が咲かなくても良い、普通のシャクナゲが元気の育ち、綺麗に咲いてくれればそれで良い。高山性のものが上手く育つなら一寸低い所にあるものはもっと上手く育つだろうと。小島さんが薦めた方法は盆栽用の角鉢あるいは楕円の平鉢にネットを平面に使うことだ。丸い育成鉢にはどう対応するのが良いか。鉢の形に鋏でネットを切るのはしんどい作業だ。一度やってみると良い。暖めていたアイデアが始めて孵化した。平面でなくとも良い。円錐だ。では円錐をどう作るか、面倒ではやりきれない。最初は原寸を展開して型紙を作り、それでネットに罫書きをし、鋏で切って見た。確かに無駄は出ない。1枚2枚なら問題ないが50枚60枚では日が暮れる。サークルカッターで丸く切って、中心まで鋏を入れてクルットやれば円錐になる。かくて名付けてコーン・ネット。大小合わせて500枚位切った年もある。今年の植え替えからは使い回しが出来るようになった。
空気の流通が良いとはかくも素晴らしい物かと。ここ数年枯れるのは水が掛からなかったとか日陰になって日照不足のものだけだ。根が腐る、酸素不足で窒息死なんてなかった。(今年は一寸この言葉を飲み込まないと恥ずかしかった。) もう一つのポイント、「夏にも肥料」を実行した。その結果は見事だ。昔から夏、窒素はいらないというのも一理在るなと思ったのは、窒素肥料があると新芽が真夏にドンドン出てくる事だ。この夏芽は大抵いじけてしまう。だから一寸押さえ気味にしている。燐酸、カリはたっぷりと遣っている。
1)乾燥が激しいのは想像以上だった。今まで通りの用土で植えたものは1日3度の水遣りでも追いつかない。小粒細粒に切替た。赤玉も少し入れるようになった。でも、風のある日は追いつかない。今年の植替えからは「ヘゴ屑」「クリプトモス」「モスピート」と赤玉の組合せを始めてみた。ピートの混入も良いのではと考えている。もし皆さんがこの植え方を採用する時は水持ちの良い用土に心掛けて欲しい。折角、この植え方を採用し始めたが水が追いつかなくて駄目にしたと元の植え方に戻ってしまった方もいる。植替えは少し小型の鉢を使うようにと言うのが昔からの作法だった。用土が多いのは根腐の原因になると、これは元々鉢の中に停滞水が発生する事を前提にしている。ネット植えでは停滞水は発生しない。一回り大きめな鉢にたっぷりの用土を入れて欲しい。
2)乾燥するから根の周りはこれも想像以上。今年枯れたのは根が網の上と下にそれぞれ1pくらいビッシリと着いてしまって自身で通気通水を妨げてしまった事だ。どうにも動きが取れなかった。今までよりも短い間隔で植替えを心掛けたほうが良い。特に成長の早い幼苗は気をつけないと、最低でも2年に一度出来るなら毎年でも良いだろう。花の咲くようになった鉢も3年から2年に一度は必要だろう。
3)折角、空気の流れが良いようにと始めるネット2重底です。鉢を置く場合は鉢の底の形状等も考慮して空気が滞らないように置いて下さい。直に地面に置く場合は高台との間に隙間が出来るようにして下さい。地面にペタッとつけたのでは空気の流れは発生しません。
この植え方と水冷2重鉢の組合せもやっています。カンピロジャイナム、ギグハとエゾムラサキの交配が静岡清水で育てられるなんて思いもしませんでした。この一番の問題は薮蚊の発生をどう防ぐかです。
シャクナゲ以外のツツジにも良い結果だった。ミヤマキリシマ、手に入れても年々枝枯れを起こして小さくなって何年後かに消滅していた。これが無くなった。しかし時既に遅く何年か前に仕入れたものは殆ど消滅した後だった。ミツバツツジ、鉢植えでは結構気難しい。やっと手に入れたヒメミツバは2,3年で消滅を繰り返した。3度目の正直がこのネット2重底植えだった。花が咲き、種が採れ、実生ができるようになった。
勿論、このネット2重底植えが完全無欠の最良の手段だとは思いません。しかし、今まで想像する事も出来なかった栽培が可能になったのは事実です。より多くの方が違った条件で栽培すれば問題点の洗出しと解決が出来、更により良い手法となるでしょう。
2年先、3年先にこれは素晴らしいと実感されることを願ってます。
静岡清水 花田宏重
●『ネット植えの図解』●を参照しながらお読みください。
私のホームページ「シャクナゲを咲かそう」も是非ご覧になってください。

このたびの特別企画、「シャクナゲ栽培を原点から見つめ直す」と題し、愛知県の小島英司氏に長期にわたり書いていただき、心から深く感謝申し上げます。
おそらく、多くの読者の皆さま方は、目から鱗の部分が相当あったのではないかと思われます。自分が経験されたことを、包み隠さず、まさに懇切丁寧に書きつづってこられたその姿勢に、あらためて頭が下がります。
また、最後の稿は、小島氏からの特別なるご要請によりまして、静岡の花田宏重氏にお書きいただき、恐縮至極です。とても感謝しきれるものではありませんが、多くの読者に成り代わり感謝いたし、ぜひ「シャクナゲを咲かそう」を見ていただければと思います。
今、シャクナゲ界は沈滞しているように感じられます。それは、シャクナゲやツツジの枯らすことのない技術がおろそかにされているからではないでしょうか。栽培ができて、はじめて興味も関心も生まれます。もっと、もっとここに書かれている栽培技術を広めるべきだと強く思っています。
これからも、もし機会があれば、ぜひ小島英司氏や花田宏重氏などにお書きいただければと考えています。よろしくお願い申し上げます。
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